Angel Sugar

「暴力だって愛のうち」 第4章

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 マンションに戻り、祐馬は先程の事など何も無かったように「俺、風呂入ってくる~」と言ってさっさとバスルームに走っていった。
 戸浪はキッチンに戻り作ったカレーをやっぱり流しに捨てた。腹が立つとか、辛いとか思わなかった。既に自分の作るものは不味いと分かっていたのだ。だからただ片づけているという位の感覚しか戸浪にはなかった。
「それにしても……私が作るものはどうしてこう不味いんだ?」
 ある意味そちらの方が疑問に思う。そのカレーを作った本を読み返して、頭をひねった。分量も間違っていないはずだ。自分の口が信じられないのだから、きっちり書かれた分量しか調味料は使ってない。
 はずなのだ……。
 並べられた調味料を見て、使ったものを確認する。
 やはり分量通りだった。
 ある意味これは天才なのか?
 戸浪は洗い物をしながら思わず苦笑した。
「あ、もしかして……カレー捨てたんだ……」
 そう言って祐馬は頭からタオルをかけて濡れた頭を拭いていた。相変わらずその姿は腰にバスタオルを巻いているだけの姿だ。
「ああ。どうしようも無いものを置いておけないだろう」  
「……あれは実は……美味かった」
 祐馬がこちらの顔色を窺うようにそう言った。
「何だと?」
「きょ、今日は戸浪ちゃんに告白しようと思ってたんだよ……だから……やっぱこう、ムードっているじゃんか。それでさ、ああいわないと外に出られないなあ……と思って」
「き~さ~ま~!」
 分量は間違っていなかったのだ。それが分かると戸浪は拳を振り上げた。
「うわっ……だから謝ってるだろ!」
 両手を併せて必死に謝る祐馬を殴ることも出来ずに戸浪は溜息をついた。
「……はあ、もう……」
「なあ~戸浪ちゃん~」
 祐馬は甘えるような声を出してこちらの背中に張り付いてきた。
「おい……」
「家事終わった?」
「ああ。そんなことは良いから背中からどけ」
「じゃあさ、も、寝よっか?」
 祐馬は顎を戸浪の頭にすりすりと擦りつけてきた。
「勝手に寝ろ」
「え~独り寝嫌なんだよ~」
 と言ったところで、戸浪はひじ鉄を食らわせた。
「げふっ……痛い!何すんだよ」
「いい加減にしろ。寝たきゃさっさと寝ろ!」
「ちぇっ……」
 意外に素直に祐馬はキッチンから退散した。
 なんだ、簡単に引き下がるのか?
 と思った戸浪は自分がそんな風に一瞬でも思ったことに頭を振った。頭を冷やせ。また同じ事を繰り返す気か?
 もう二度とあんな別れなど経験したく無いのだ。例え祐馬と今は楽しく過ごせたとして、それがずっと続くなど考えられない。
 確かに戸浪は祐馬のことを嫌いではない。こちらがマイナス思考の性格をしているため、ああいうプラス思考の男は一緒に居て楽だった。小さな事にこだわらない大らかな性格は戸浪をホッとさせる。
 だが、そんな祐馬が戸浪の性格にいつか嫌になるだろう。戸浪はそれが分かっていて飛び込むほど無謀ではない。無謀さなど社会人になった戸浪には、これっぽっちも残っていない。いや元々無謀なタイプではないのだ。
 無謀さは全て下の弟が持っていってしまったようだ。 
 何より相手は年下だった。まだ学生の青臭い部分が残っている。だから現実が分からないのだろう。これから祐馬も社会に染まっていくのだ。そうなったとき、戸浪の事など邪魔意外何ものでもなくなるだ。
 数年経てば祐馬もそれに気が付き、あの時馬鹿なことをしなくて良かったと胸を撫で下ろす日が来るはずだ。
「……」
 全ての家事をやり終えて戸浪も風呂に入りパジャマを着ると、寝室に向かい、扉を開けると、いつものように既に祐馬は寝入っている様だった。
 それを見てホッとし、戸浪は眼鏡を外そうと手を伸ばして気が付いた。眼鏡は先程祐馬に奪われたのだ。明日返して貰えば良いと戸浪は思いながら、小さく灯った白熱灯の電気を消そうと手を伸ばすと、祐馬がこっちをじっと見ていた。
「起こしたか?」
 電気を消そうと延ばした手がそれを躊躇うように下に降りた。
「眠れないんだ」
「子守歌は歌えないぞ」
「ば~か。そんなんじゃねえよ」
「目を瞑っていたらいつの間にか寝てる。そういうもんだ」
 戸浪は先程下ろした手を上げて再び白熱灯を消そうとした。その手を祐馬が掴んだ。
「くだらない事をしようと企んでいるなら、私はソファーで寝るぞ」
 そう言うと祐馬はムッとした顔を向けた。
「ガキなんだよお前は。自分がしていることが分かっていな……」
 戸浪が言い終わらないうちに祐馬が、ものすごい力でこちらを引っ張った。
「い、痛いぞ!何を……」
 祐馬の上に乗った形で戸浪は言った。
「俺なんかいっつも痛いぞ。戸浪ちゃんにぼこぼこ殴られてるんだもんな」
「それはお前がっ……あっ……くそっ……離せっ!」
 抱きすくめられた身体をバタバタさせて戸浪は言うのだが、祐馬の廻された腕が背中でしっかり組まれ、そこから抜け出せなかった。
「戸浪ちゃんの身体っていい匂いするよな……」
 鼻先を戸浪の首元に近づけて祐馬は犬のようにクンクンと鼻を鳴らした。
「ただの石鹸の匂いだ!いい加減に離せ!」
 カーッと顔を赤くして戸浪は言った。
「やだよ~」
 激怒する戸浪とは対照的に祐馬は満面の笑みでそう言った。
「無理矢理やる気か?」
 まさかと戸浪は祐馬に聞いた。
「……え?そんな気は無いよ。無理矢理やったら俺、戸浪ちゃんに半殺しにあうじゃん。でもさ~半殺しも良いかなって思うけど、ヤだろ……そんなの。戸浪ちゃんもさ。だから今はこれでいい……。このままさ、朝まで一緒に寝よ。人の温もりって気持ち良いだろ?戸浪ちゃんこう言うの嫌いじゃないだろ?」
 祐馬はそう言って戸浪の頭に手を掛けて、グイッと抱き込んだ。頬に祐馬の頬が触れ、戸浪は又顔が赤くなるのを感じた。
「ほら、嫌いじゃない……」
 言いながら祐馬は戸浪の髪を撫でさすった。
「……私は……」
「何も言うなよ。俺、今すげー良い気分なんだから……ぶち壊すような事なしだからな」
「……」
 本当は逃げられない訳ではなかった。だが戸浪自身が逃げたいと思わなかったのだ。
 祐馬の胸はとても温かかった。ある時から、ずっと癒えずに固まっていた心が、その温もりで解かされていくような錯覚を戸浪は覚えた。
「戸浪ちゃん……好きだよ……すっごく好きだ……」
 耳元で祐馬は何度もそう繰り返した。
 その言葉があまりにも心地よく、戸浪はそのまま目を閉じた。
 
 くすぐったいと思って目を開けると、祐馬がこちらの頬に吸い付いていた。それを引き剥がして戸浪は怒鳴った。
「あ、朝から何をしてるんだっ!」
 グイグイと近づけてくる顔を両手で押しやるのだが、そんなことで祐馬はひるむことは無かった。
「おはようのキスじゃんか~うちゅ~ってさ」
「……うわっ……止せっ!」
 がきっ!
「わっ!いってええ!今の思いっきり顔面に入ったぞ!」
 鼻を押さえながら祐馬は言った。
「さっさと起きろ。お互い仕事だろうが。それと、昨日お前が持っていった眼鏡を返せ」
「……ったく。昨日の晩はあんなに可愛かったのに、これだもんな……」
「なんだと!」
 もう一発殴ってやろうと手を振り上げると祐馬はベットから飛び降りた。
「はいはい、眼鏡ね、昨日の上着のポケットに入れたまんまだよ。ほんと戸浪ちゃんってこえ~」
「悪かったな」
 戸浪はそう言って自分もベットから降り、洗面所へ向かった。祐馬もその後を犬のように付いてくる。
 そうしてお互い顔を洗い、いつものように歯を磨いた。
「あ、そだ」
 と歯ブラシを口にくわえたまま、そう言った。その為こちらに泡が飛んできた。
「汚いなっ。歯ブラシをくわえたまま話すな!」
「あ、ごめんっ、じゃなくて、俺、昨日の返事貰ってないんだけど……」
「何の話しだ?」
 戸浪は思い出せなかった。
「嘘お……忘れたって言う?」
「?」
 戸浪がキョトンとした顔をしたので祐馬は今度怒り出した。
「あのさ、俺昨日言ったよな。一緒に住もうって。何だって戸浪ちゃんは肝心なこと忘れてるかな……」
「あ……」
 戸浪はようやく思いだした。
「あってねえ、も~。で、一緒に住んでくれるんだろ?」
「……それは……駄目だ」
 このまま行くとどう考えても自分は祐馬に引きずられてしまう。それはお互いのためにならない。この限られた期間だけにしないと、自分がどうなってしまうか分からない。
 祐馬を押しとどめる自信が戸浪には無いのだ。
 心の何処かで戸浪は祐馬を望んでいるからだ。
「何でよ。別にいいじゃんか。お互いメリットあるしさ~」
「お前のメリットだけだろう」
 口元をタオルで拭いて戸浪はそう言った。  
「あ~そう言うこと言う?」
 ギロッと睨み付けて戸浪は祐馬を黙らせた。
「さっさと朝食を食って出かけるぞ」
 祐馬の返事は無かった。



 出社して暫くすると川田が走ってきた。
「澤村!お前も来い!」
「え?」
「こないだ言ってた東都建設の営業部長と設計部長が来たんだ。今から打合せ」
「どうして私が……」
「急だったからお宅の柿本部長出張でいないだろう。だから担当設計マンが出るって事だよ。ほら、行くぞ」
 そう言えば設計部長は今東京に出張中だ。それも今からやるという物件の会議の件で行っている。
「私は何も話すことなど無いぞ」
「座ってるだけで良いんだよ。JVの件だから、その比率を決めるだけだ。金の話は無しだからな。面倒な設計図面の話が出たら、適当に流してくれたらいい」
「そう言うことなら……。川田、先に行ってくれ必要な図面を持っていく」
「分かった。第四会議室だ」
 川田はそう言ってバタバタと走っていった。
「全く……」
 戸浪は丸めた図面を小脇に抱えて、自分も会議室に向かった。
 だが、会議室に入り、中のメンツを見て、思わず戸浪は回れ右して帰ろうとしたのを自分の所の営業部長が止めた。
「ああ、彼がこの図面を担当した澤村君ですよ。澤村君どうした?忘れ物か?」
「……あ、いえ……」
 仕方無しに戸浪は会議室の椅子に座った。
 そうして顔を上げて東都建設から来ている人間の顔を確認した。
 嘘だろう……。
 そこには祐馬が混じっていたのだ。普段のおどけた所など全くない、社会慣れした営業マンがそこにいた。
 どういうことなんだ……。
 頭が混乱して戸浪はまともにものを考えられない。
 川田が以前言っていた向こうのルーキーというのは祐馬の事だったのだ。
「それで、お宅はやはり入札は叩き合いで行く気か?」 
 東都の営業部長が言った。
「東都さんの言い分も分かりますがね。順番はこちらなんですから守っていただかないと……。うちのミスと言っても、あれはミスのうちに入らないでしょう」
 こちらの営業部長がやんわりとそう言った。
 まだ向こうは諦めていないのだ。
「だが金額の叩き合いでも負けるつもりは無いぞ……その場合、JVになったらお宅は下の方で我慢して貰うことになるが……」
 東都の営業部長はなおもそう言う。
「嫌ですねえ、東都さんがそんな風におっしゃるんでしたら、うちが取ったらJVの比率は下の方で我慢して貰うことになりますよ。そんな話は止めて、ここはどちらが頭を取っても二番手はお互いと言うことにしませんか?」
 そう言うと東都の営業部長は何か祐馬と小声で話した。こちらからは何を話しているか分からない。
「まあ、この話はもうやめよう。お互いどちらが取っても二番手ということにして話を進めるか……だが、頭はゆずらんよ」
 まだ諦めずに東都の営業部長はそう言って笑った。こちらの営業部長も不敵に笑い返している。
 こういう駆け引きの場は戸浪には苦手だった。
 だがそんなことより、問題はこの状況だ。何故あちらに祐馬がいるのだ?
 訳が分からない。
「おい、ぼーっとするな。どうしたんだよ」
 川田がこちらの様子を不審に思ったのか、小声でそう耳打ちしてきた。
「あ、ああ、済まない……」
 戸浪は、気を取り直してそう言ったが、まだ混乱していた。
 これはもしかして……私は、祐馬にはめられたのか?
 祐馬はこちらがどういう職業に就いて、何という会社に勤めているかは知っていた。最初名刺を渡したからだ。そのとき、祐馬は同業者だとは言わなかっのだ。普通同じならそう言う話があっても良かったはずだ。だが祐馬は一言もその話をしなかった。
 その上戸浪は祐馬がこの物件にかかわっているのを知らずに会社の重要書類を何度も持ち帰っていたのだ。
 祐馬がそれを見たことがあったのも知っている。一度だけだったが、こっそり見ていないと何故言える?
 ライバル会社にこちらの情報は全て筒抜けになっていたのだ。
 それを知りたかったのか?だからおどけた姿を演出していたのだろうか?こちらを油断させるために、あんな態度をとり続けたのか?
 今視界に入る祐馬は、驚くほどスマートな営業マンだ。淀みなく話し、的確な質問を投げかけてくる。あれが祐馬なのだろうか?
 しかしそんなことよりもっと大きな問題があった。
 不味い……次の入札では負ける……。
 うちは五千万下げた。だが例え五千10円でもあちらが安ければこの物件は東都が取ることになるのだ。こちらは今更入札金額を変更出来ない。
 嘘だ……。
 嘘だろう……。
 戸浪は全く会議に身が入らなかった。

「おい、あの会議ではどうした?もしかして風邪でも引いたか?」
 会議が終わり、自分の席にようやく戻ってきた戸浪に、すぐ後から走ってきた川田が言った。
「いや、済まなかった……。突然のことで動揺して……」
「動揺?お前が?」
 川田は驚いた顔でそう言った。
「ああ、でかい物件だからな。こう言うのは初めてで……」
「ふうん。ま、そう言うこともあるか……」
「ところで、以前お前が言っていた新人の営業マンというのは今日いたあの若い男か?」
 動揺を気取られないように戸浪は川田にそう聞いた。
「あ、そうだよ。社長の親族系列の孫かなんからしくてさ、小さい頃から英才教育されてたそうだ。で、高校からはアメリカで教育受けて、向こうでも大学に通いながらあっちの支社でかなり経験積んで帰ってきたらしい。だから今年入社って言っても、全然新人っぽくないんだよ。で、今回の物件を強引に取りたがってるのは、その大事な孫にはくを付けたいからみたいだ。ったくお家の事で約束事をねじ曲げるなよな……」
「……なんだ……そうか……」
「おい?やっぱり気分悪いみたいだな……早退したらどうだ?」
 青くなった戸浪を見て川田は心配そうにそう言った。
「え、あ、大丈夫だ……」
「なら良いけどな……さて、俺も戻るわ……」
「川田!入札は何時だった?」
「明後日だよ!それ済んだら飯おごるわ!」
 手をひらひら振って川田は戻っていった。
「……駄目なんだ……川田……すまん……」
 小さく呟くように戸浪は言った。
 戸浪が笹賀建設に勤めていることを祐馬は知っていたのだ。何より気を付けてみれば社章をスーツに付けている。こちらは余りそう言うことに気が回らないために、今まで祐馬の社章が東都建設だとは気が付かなかった。
 いや、スーツをプレスしていたときには社章はついていなかった。と言うことは、こちらにばれないように外していたのだ。
 全て計算済みだったと言うことか……。
 あのお調子者の姿も、好きだと言う言葉も……優しさも全部芝居だったのだ。それほどまでしてこの物件が欲しかったのだろうか?
 欲しかったのだ。
 戸浪にとっては今問題になっている物件は、もうどうでも良かった。別にその物件を取れなかったらこの会社は潰れるという訳ではないのだ。もとよりそう言う事に戸浪は興味が無い。
 興味があったのは祐馬だった。
 私は馬鹿だな……
 自分の気持ちが傾いていることは既に分かっていた。祐馬に惹かれているのを否定出来ないところまで来ていた。だからキスも抱擁も拒むことが出来なかった。
 結局みな出世したいのだ。業績を上げ、人から賞賛され、有利な結婚をする。
 一度失敗したのに……もう二度と失敗しないと誓ったはずなのに……そう自分に言い聞かせたのに……。
 バンッと戸浪は机を叩いた。
 周りが驚いて戸浪の方を見たが、その視線を振り払うように戸浪は立ち上がって、自分の席を離れた。
 何かから逃げるように戸浪は屋上に来ていた。
 景色は何時も変わらぬ様相を戸浪に見せる。
 ……馬鹿だ……私はどうしてこう馬鹿なんだ……
 二度と、こんな思いをしたくなかった。
 二度こんな目に合うとは思わなかった。
 溶け始めていた、何かが又、戸浪の心の中で冷たく固まっていくのが分かる。
 寒い……何故こんなに寒いんだろう……。
 裏切られたからだろうか?はめられたからだろうか?あの優しさも全て祐馬の演技だったからだろうか?
 祐馬に聞けばどう答えるだろうか?全てが終わったら、何も無かったように突き放すつもりだったのだろう。こちらは利用するだけの存在だったからだ。その理由が無くなれば戸浪のことなどもう邪魔な存在でしかない。
 それとも一緒に暮らそうと言ったのはこれから先もこちらの情報を得たいと思ったからだろうか?
 ビルを吹き抜ける風が、戸浪の髪をさらっていきそうな程の強さで通り抜けた。
 もう止そう……こんな事を考えるのは……。
 考えたところで何も元には戻らないのだ。恨むことも憎むことも私には出来ない。起こってしまった出来事を全部受け入れて、これからも又いつものように仕事をすればいい。川田には悪いが今回の物件は諦めて貰おう。
 彼の夢を潰してしまったのは悪いと思うが、こちらの情報が筒抜けだったのだから仕方ない。それとも、逆に先手を取ってもう少し金額を下げるか?
 そこまで考えて戸浪は頭を左右に振った。
 もうあの金額で全てが動き出したのだ。金額はばれた。なのに向こうがいくら下げてくるか予想が付かない。そんな状況で闇雲に現場を混乱させることは出来ない。それなら潔く負けを認めるのだ。
 ああ、祐馬が一枚上手だったのだ。
 それだけだ……。
 完敗だ……。
「澤村さんっ!」
 聞き慣れた声が自分を呼んだ。まさかと思って振り返るとそこには祐馬が立っていた。
「な~んてね。びっくりした~会議室に戸浪ちゃんが入ってくるんだもんな」
 悪びれる様子もなく祐馬はそう言って近寄ってきた。
「……貴様……」
 戸浪は屋上からこの男を突き落としてやろうかと本気で思った。
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