Angel Sugar

「苦悩だって愛のうち」 第2章

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 朝目を覚ますと、頭がガンガンとしてもう死にそうだった。飲み過ぎたなと祐馬は思いながら身体を起こそうとすると、何故か戸浪も横になってこちらを見ていた。
「おはよ……あれ、今日も出社って言ってなかったっけ?」
 土日共に出社だと戸浪から聞いていたから祐馬はそう聞いた。
「ああ……足がね……痛くて……」
 目を伏せて戸浪はそう言った。
 その姿は本当に痛そうだった。
「戸浪ちゃんっ!そんな会社に行けないくらい痛いんだったら、病院に行かなきゃ駄目だよ」
 ガバッと起きあがって祐馬はそう言った。
「……日曜は休みだから……」
 なんだか話し方も弱々しい。それほど痛いのだ。
「温めたらましになるんだよな?」
「……ああ……」
「ちょっと待ってて。多分ホッカイロがどっかにあるはずだから」
 こちらも頭が痛いのだが、そんなことを祐馬は構ってられなかった。
 ベットから飛び降りて、ホッカイロを探しにリビングへ向かった。確か棚の引き出しに直して置いたはずだった。
 がさがさと棚を開けてようやくホッカイロの束を見つけた。それを二つ破りながら寝室に戻る。
「戸浪ちゃん、ホッカイロ。これきっと良いと思う」
 言いながら毛布をめくり、次に戸浪のズボンの裾を上げて膝を露わにすると、戸浪はそれを止めた。
「ホッカイロくっつけたら……このサポートが毛羽立ってしまう……」
「え……別にいいじゃん」
「……悪いが……ハンカチか何かに一旦くっつけてから膝に巻いてくれないか?祐馬が折角買ってきてくれたものだから……そんな風に扱いたくないんだ……」
 その言葉が祐馬は無茶苦茶嬉しかった。
 自分が買った物を大切にしてくれていると思っただけで、祐馬はそのへんを飛び回るくらい嬉しかった。
「分かったっ!もうちょっと待ってて……」
 バタバタとまたリビングに戻って、大きめのハンカチを二枚取り出し、持っていたホッカイロを張り付け、又寝室へ戻った。
「これでいいよな」
 ベットに登って、戸浪の足に、ホッカイロをくっつけたハンカチを両膝に巻いてやると、戸浪が小さく息を吐くのが聞こえた。
 まくったズボンの裾を元に戻して、毛布を掛けてやると戸浪が言った。
「祐馬……ありがとう……」
「何か調子狂うなあ……戸浪ちゃんがそんな風に素直だと……」
 言いながら自分も戸浪の隣に横になる。先程から何故かじいっとこちらを見つめる戸浪の瞳がどうにも気になる。 
「なあ、なんかあった?」
 祐馬は手を伸ばして、戸浪の額にかかる髪を撫で上げた。
「……昨日来た男は知り合いか?」
「男?あ、俺、酔っぱらってたから送ってもらったんだよな……。あの人、如月さんって言って姉貴の旦那の弟さんだよ。え、もしかして昨日、俺とその人のこと疑っちゃったとか?そんで元気ないの?」
 それなら嬉しいなあ、なんて思いながら祐馬はえへへと笑った。
「馬鹿だな……疑うわけなど無いだろう……」
 はあと大きな溜息をついて戸浪は言った。
「俺さ、如月さんのことすげえ尊敬してるんだ。あの人は東都のアメリカ支社で働いてるんだけど、俺がアルバイトしてるときから世話になったの。俺のこと弟みたいに可愛がってくれて、俺も兄貴みたいに思ってる人なんだ。それに仕事もバリバリしてすごい人だよ。男前だっただろ?」
 祐馬はそう言って笑いかけるのだが、戸浪は何処か遠くを見ている。
 どうしたんだろう……
「そうか……」
 遠くを見ていた目が伏せられる。
「じゃあ、戸浪ちゃん会ったんだよね。如月さん変なこと言わなかった?」
 如月が戸浪と住んでいる相手に、礼を言うとか何とか言っていたのを思いだして祐馬はそう聞いたのだが、戸浪の方は顔が蒼白になった。
「ちょっと、何、どうしちゃったんだよ?気分悪いのか?もしかして風邪も引いてる?」
「祐馬……」
 戸浪はそう言ってこちらに抱きついてきた。なんだか良く分からない。何か変なことでも言っただろうかと考えるのだが、普通の会話しかしていないはずだ。
「戸浪ちゃん?何……どうしたの?」
 オロオロとそう言うのだが、首元に絡まってくる戸浪は何かじっと考えているようであった。
「……暫くこのままで居てくれ……」
「良いけど……」
 祐馬はそう言って戸浪を抱きしめながら、その背を撫でた。何か如月が変なことでも言ったのだろうか?
 口ではつき合う相手は男でも女でも構わないと言っていたが、本当はそんな気など無く、戸浪に説教でもしたのだろうか?
 如月ならそれも考えられる。
「やっぱり余計なこと言われた?男同士でつき合うなとかさ……。もし言われたんなら気にしなくて良いよ。俺、戸浪ちゃんと別れる気なんて無いから……」
 そう言うと腕の中にいる戸浪の身体が強ばるのが分かった。
 やはりそう言うことを言われたのだろう。
「今度会ったら怒ってやるから……ホントにもう、余計なこと言うんだからな。戸浪ちゃん、ほんと気にしなくて良いから……」
「もう会うなっ!」
 戸浪は突然そう言った。
「え……?」
 その剣幕に祐馬の方がたじろいだ。
「……あ……いや……いいんだ……」
 戸浪はフッと上げた顔を又こちらの胸元に埋めた。
 こんな風に嫌がるほど、何言われたんだろう……
 そう思うと如月に対して祐馬は腹が立ってきた。
 戸浪を落ち込ませる様な事を言った如月に、一言文句を言ってやらなければ気が済まないのだ。なにより戸浪がこんな風に落ち込むというのはめったやたらに無いことだからだ。と、言うことはかなり辛辣な事を如月が言ったのだ。
 もう絶対文句言ってやる!
 だがそんなことを言うと又戸浪が嫌がりそうだったのでそれは言わなかった。
「分かった……うん。戸浪ちゃんが嫌なら会わないよ。そんでいい?そんでホッと出来る?それにさ、あの人は暫くこっちに居るけど又アメリカに帰るから……心配しなくて良いんだ……」
 戸浪の頭を何度も撫で上げて祐馬は言った。
「……そうか……」
 ようやく安堵の表情を浮かべて戸浪はそう言った。
「うん……だからね……もう心配しなくて良いから……」
 戸浪の額を唇で愛撫しながら祐馬は言った。
「……済まない……」
 なんだかどんどん戸浪の気分が落ち込んでいくような気がする。
「戸浪ちゃんの謝る事じゃないだろ?」
「……」
「じゃあさ、楽しいこと考えようか?俺ね考えてたんだけど、戸浪ちゃんの足が治ったら一泊でいいから旅行に行きたいなあなんて考えてるんだ」
「旅行?」
「うん。ほら、やっぱりさ、初めての初夜だし。なんかこう思い出になるような場所でやりたいなあって」
「お前って……」
 呆れたような顔で戸浪はこちらを見た。
 何時も通りの表情だ。
「だってさあ、初エッチだぞ。記念イベントじゃんか。だろ?近場で良いから金曜の晩に出て一泊して、土曜に帰ってきて、日曜はゆっくり家で過ごすんだ。なかなか良い案だろ?俺結構良い考えだと思ってるんだぜ」
 そう言うと、戸浪はプッと笑った。
「何が記念イベントだ」
「記念だよ……俺にとったらさ~だって大好きな戸浪ちゃんと、初エッチだぞ。色々気合い入るにきまってるじゃん。それに、こんだけ焦らされてるんだから俺燃えちゃうぞ」
 戸浪はそれを聞いて顔を真っ赤にした。
 逆に祐馬はそんな戸浪を見てホッとする。
「戸浪ちゃん……好きだよ……」
 腕の中にいる戸浪をギュッと抱きしめてそう言った。
「私もだ……祐馬……大切なんだお前が……」
 戸浪はそう言って目を閉じた。
 俺って幸せ者だあ~と祐馬は思っていたのだが、戸浪の方はそれどころではなかった。
 
 どうしよう……。
 戸浪はそればかり考えていた。
 昨晩、如月とあれから数時間ほど話をした。
 如月とあんな風にきちんと話をするのは何年ぶりだっただろうか……。
 いやそんなことは良いのだ。
 届かなかった手紙……
 それは何処に行ってしまったのだろう……
 あの時それが届いていたら、今どうなっていたのだろう。
 そんなことを考える。
 だが、時は確実にあれから進んでいた。
 あの時には戻れないのだ。
 戸浪は如月にそう言った。
 手紙が届いていたら、自分がどうしていたか分からないが、今は祐馬が好きだとはっきりと言った。
 確かに昔のわだかまりは随分消えた。だからといって、今更如月とどうこうは考えられないと言った。
 もちろん如月本人を目の前にして、心の深い部分でやはり疼くものがあった。
 それでも、それは過去の痛みか、過去あった想いのかけらだ。
 だが……

「戸浪……私はお前を取り戻したいと思っている。いや、そのつもりで帰ってきたんだ。祐馬には悪いが、これは譲れない……」
 キッチンの椅子に向かい合わせに座って如月は不敵にそう言った。
「お前にとったら可愛い義理の弟だろうが……そんな祐馬を泥沼に引っ張り込むつもりか?」
「泥沼だろうが何だろうが、関係ない。待ち続けた手紙が来なかった理由も分かったことだしな……進んだ時間はいくらでも取り戻せる」
「……無理だ……」
 何を考えて居るんだ……
 今更もう遅いに決まっている。
 それが何故分からない。
「無理じゃないさ……」
「……悪いが……もうここには来ないでくれ……」
 もう会いたくないのだ。
「なあ戸浪……」
「……」
「祐馬は私との付き合いがお前との付き合いより長い……」
「何が言いたい?」
「あの子は私を信用している。もし嘘を付いてもお前より私の方を信じるだろうな……」
「……なっ」
「私が過去の男で……祐馬に隠れて本当は戸浪と会っているなんて知ったら、あの子はどうするだろうか?それも、私は祐馬に悪いと言って断ったが、戸浪……お前が誘ってきたと言ったらどうだろう……」
 この男はこんな男だったろうか?
 戸浪には過去の如月と今の如月を、同じ人物には見えなかった。
「そっ、そんな嘘なんかあいつは信じないぞっ!何よりお前と隠れてなんか会ってないっ!」
「今がそうだろう?この事を祐馬に言えるのか?」
 クスクスと如月はそう言って笑った。
「……」
「一つ隠すのも二つ隠すのも同じ事だろ?」
「お前は……そんな奴だったか?そんな酷いことを平気でする男だったのか?」
 あの祐馬を辛い目に何故合わせられる?
 長い付き合いならどうしてそんなことをしようと思えるんだ?
 戸浪には理解出来なかった。
「好きな相手を取り戻すのに、方法など構ってられないんだ」
 そう言って微笑む如月に戸浪はぞっとした。
「……勝手に言ってるがいい……私の気持ちはもう決まっている」
「……私達がどんな風に愛し合ったか祐馬に教えてやろうか?」
「止せ……」
「なあ……お前が誘ってくる日は燃えたな……」
「止めてくれっ!お前は……お前はそんなことを平気で祐馬に言えるのか?本気でそんなことを考えているのか?」
 信じられない……
 こんな男だったのか?
「言える。お前を取り戻せるなら何だってする。戸浪……お前は知らないんだ。どれだけ私がお前を想ってきたのか……この何年間、ずっとお前を忘れられなかった私の気持ちなどお前は知らないだろう。それだけの気持ちがあるんだ。汚いと言われようと、その数年を取り戻せるなら私は何だって出来る」  
 何故この男は自分の事をこんな風に押しつけられるのだ?
 自分だけが苦しんだと思っているんだ?
 私も苦しんだ……
 そしてようやく癒してくれる相手を見つけた。
 その傷を今頃になってどうして抉るような事が出来るんだ?
 何故過ぎた日を取り戻そうと今更するのだ?
 何処まで……何処までこの男は傲慢なんだ……
「……私は……お前が分からない……」
「じゃあ、今から知るといい。私はどんな手を使ってもお前を取り戻す。例え祐馬を傷つけても……覚悟して置くんだな……」
 そう言って如月は立ち上がった。
「如月……頼む……、本当に私のことを想ってくれているのなら、もう……もうそっとして置いてくれっ!私は……私が今大切にしたいのは……」
 と言ったところで如月に口元を掬われた。
「……っ!」
 逃げるこちらの舌を、力強く如月の舌は捕まえて翻弄した。昔……遠い昔に感じた感触が戻ってくる。
「そう言う台詞は聞きたくないからね……」
 口元を離し、如月は言った。
「……お願いだ……祐馬を傷つけないでくれ……お願いだから……っ……」
「……済まない……戸浪の頼みは何だって聞いてやりたい……何だって聞いてやるつもりだ。……だが、それは聞けない……」
 言って如月はマンションを後にした。
 
 話した方が良いのか?
 如月が何か言う前に……。
 だが……
 私の言うことを本当に信じてくれるのだろうか?
 如月が言うように付き合いは向こうの方が長い。何年も一緒に仕事をしていたのだ。祐馬は兄のように慕い、信頼している相手が嘘を付くなど、こちらがいくら言ったとしても信じられるわけなど無い。 
 祐馬の手は何度も戸浪の頭を撫で上げてくれる。それは心地良かった。
 如月では絶対貰えない暖かさを祐馬は持っている。
 何時だって戸浪のことを考えてくれる。
 膝のことも本気で気遣い、心配してくれる。
 そう、祐馬は本当に戸浪を大事にしてくれるのだ。
「祐馬……」
「あれ、眠ったんじゃないの?」
 ニコニコとした笑みを浮かべて祐馬が言った。
「……私は……」
「あ、お腹空いた?んじゃ何か作るよ。あ、冷蔵庫あんまり入ってなかったなあ……ちょっと買い物行ってくるよ。何か食べたい物ある?あったら俺ついでに買ってくるけど」
 嬉しそうにそう言う祐馬に、戸浪は結局何も言えそうにないことが分かった。
 祐馬の笑顔が曇るような事を言いたくない……。
 ただそれだけだった。
「そうだな……プリンが食べたい……」
「ぶっ、何それ……何か似合わないけど、買ってくるよ」
 そう言って祐馬は身体を起こした。
「気をつけてな……」
「何心配してるの?珍しいなあ、そんなこと言うの……」
「いや……ふとそう思っただけなんだ……」
 なんだか祐馬が居なくなってしまいそうな気がしたのだ。
「寝てろよ~行ってくる」
「いっらっしゃい……」
 祐馬が暫くするとパタパタと出ていく音を聞きながら戸浪は目を閉じた。
 どうして良いか分からなかった。 
  
 さっとシャワーを浴びて服を着替えると、祐馬は財布を持って外に出た。外は天気が良くて快晴だ。こんな日はマンションの前の公園を戸浪と一緒に歩きたかったが、あの膝では暫く無理だろう。
 でも会社を休むほど痛みが出ているのなら病院に連れて行った方が良いよな~と祐馬は考えた。しかし、明日になるとあの足を引きずって戸浪が会社に行くのは目に見えていた。
 戸浪のことを最初仕事人間かと思ったのだが、そうではなく、ただ単に責任感が強いからだと最近分かった。本人は自分と同じく余り仕事に対して何かこうしたいああしたいというのは無いようだ。
 そう言うところは俺と似てるんだろうなあ……と祐馬は考える。
 それにしても……だっ!
 如月が昨日の晩、余計なことを言ったのだろう。何を言われたのかは分からないが、戸浪がものすごく気にしているのが分かった。
 ぜってー文句言ってやるっ!
 祐馬は出てきたことを良いことに如月の携帯に連絡を入れた。二週間は日本に居ると聞いていたからホテルにでも居るだろう。
 携帯は二コールで繋がった。
「もしもし……あ、俺……うん祐馬……。悪いんだけど会えない?」
 そう祐馬が言うと如月は快く承諾してくれた。
「えーと、じゃあ俺そっちに行くよ。ロビーで待ってて」
 東京駅の方まで行くのは少々時間がかかるが、行って少し話して帰ってくるだけなら昼には戻れるだろう。
 祐馬はそう思った。
 そう決めると、すぐに山手線に乗り、東京駅まで来ると、如月が泊まっているホテルに向かった。
 如月は英字の新聞を片手にロビーのソファーに座っていた。長い脚を組んで座る姿は、まるで絵のように決まっていた。
 ふと、かっこいいなあなあんて思った祐馬はそれを振り払った。
「如月さんっ!」
「ああ、祐馬。話ってなんだ?」
 振り返ると青い目がこちらを見る。とても奇麗な目だった。
「あのさ……」
「ま、そこに座ると良い。コーヒーでも飲むか?」
 そう言って如月は持っていた新聞を畳んで脇に置いた。
「あ、いいよ。俺すぐに帰るから」
 言われたとおり如月の前のソファーに祐馬は座った。
「そうか、で、話ってどうした?」
「昨日俺……送ってもらったのは感謝してる。たださ、俺ベロベロに酔っぱらって知らなかったんだけど、俺と同居してる人になんかくだらないこと言った?」
「ああ、戸浪ちゃんね……」
 クスクスと笑って如月は言った。
「それは俺だけが言っていいの。如月さんは駄目だ。彼、澤村って言うんだ。そんなのはどうでもいいんだけど、男同士でつき合うなとか言ったんじゃないの?もう、戸浪ちゃんすげえ気にしてるんだからな」
 そう祐馬が言うと、如月はちらりとこちらを見てクスリと笑った。 
「確かにちょっとそんな風に言ったかな……でもほら、やはりこれはちゃんと言っておかないといけないだろう?可愛い祐馬の為にね……」
 何となく意味ありげに聞こえるのだが、気のせいだろう。
「それはありがた迷惑だっての。あいつ気にしだしたら、人間の生活忘れるようなタイプなんだから余計なこと言うなよ」
「そうかそんなに気にしているのか?」
「そうだよ。本当は今日出勤だったのに、何かもうすげえ落ち込んじゃって……会社休んじゃったんだから……」
 膝よりそっちの方が多分気にかかっているのかもしれないと祐馬は思った。
「悪いことをしたね……」
 申し訳なさそうに如月は言った。
「もう二度と言わないでやってよ。例えば姉さんがごちゃごちゃ言ってきたら俺に言ってくれたらいいから、あいつには言わないでくれる?」
「そうだな……」
 チラと視線を逸らせて如月は言った。
「分かってくれたらそれで良いよ」
 言って祐馬は立ち上がった。
「祐馬……帰るのか?」
 何故か如月も立ち上がった。
「買い物して帰らないと……ここに来るの言ってないしさ」
「なんだかお前主婦みたいだな……」
 ククッと笑って如月は言った。
「五月蠅いよ。あ、そだ、ここのホテルのプリンって美味いかな?」
「は?なんだそれは……」
「いや……あいつが食べたいって言ってたからさ。こういうとこのって美味そうじゃんか。だから買って帰ろうと思って……」
 と言ってキョロキョロ見回すと、やはりケーキ屋があった。あそこに売っているだろう。
「じゃあ俺帰るわ」
「祐馬……買い物につき合ってやろうか?献立は決まっていないのだろう?」
「ええ~いいよ」
「そうだな、特選の牛肉でもフグでも何でも私が買ってやるが……」
 ニコニコと如月はそう言った。
「……うう~俺の甲斐性じゃ買えない物ばっかり考えてるだろ……」
「まあ、彼に謝りたいのもあってね。気に障ったのなら、何か買って許して貰うのが一番だろう?お前の大事な人ならやっぱり私も好かれたいからね」
「……全くもう……如月さんはすぐそれだから……」
 如月はきっと自分のことを考えて戸浪に言っのだ。祐馬はそう思った。
 まあ、男と暮らしている事をいきなり知ると、つき合っている相手に色々言いたくなる気持ちも分かる。
 だが如月を味方にした方がこれからのことを考える上で良いのかもしれない。確かに戸浪は色々言われた為に、会うのが嫌になっただろう。だがこれから先、家族から何を言われるか分からない。その間に如月が入ってくれるのならこれほど心強いものは無いだろう。
 祐馬はそう思い、如月に言った。
「んじゃさ、一緒に昼飯食う?金出してくれるの如月さんだし……」
「そうか、そう言ってくれるのを待っていたんだ。もう外食は飽き飽きしていたからな」
 やけに嬉しそうに如月が言った。

 祐馬遅いな……
 そろそろと起き出して、服を着替えると戸浪はリビングで足を延ばした。足はそれほど痛くなかったのだが、気分が悪くて会社を休んだのだ。
 まあ、明日から暫く残業すれば取り戻せるだろう。
 しかし何処まで買い物に行ったんだ……。
 溜息をついていると玄関の開く音が鳴った。
 よいしょと立ち上がって、戸浪は祐馬を迎えるために玄関に向かった。
「あ、戸浪ちゃん、大丈夫なの?」
 そういう祐馬の後ろには如月が立っていた。こちらを見るとニッコリと笑う。
 う……嘘だっ!
「……あ、ああ……それで……どうして如月さんが」
 平常を装うとするのだが、声が震える。
「うん。なんか昨日戸浪ちゃんに色々言ったんだろ?戸浪ちゃんの様子が変だから多分そうだと思って、俺如月さんに怒ってやったら、ちゃんと謝ってくれたよ。戸浪ちゃんも、もう気にしなくて良いから、で、誤解も解けたところで、如月さんがお詫びにって色々食材買ってくれたから、折角だし一緒にお昼でも食べようって事になったんだ」
 何も知らない祐馬はそう言って笑った。
 こちらは笑い事ではない。
 だが何も知らない祐馬はとても嬉しそうだ。
「そうか……」
 如月の奴……
 一体何を考えて居るんだっ……
 目眩がしそうだった。
「俺、準備するから……あ、戸浪ちゃん足のばせる方がいいよな。んじゃ、リビングの机でお昼にしようか……そっちで座っててくれたらいいよ。ごめん如月さん、荷物だけ一緒にキッチンに運んで貰ってもいい?」
「ああいいよ」
 そう言い合いながら、持ってきた買い物袋を二人はキッチンへ運んでいった。
 どうしよう……
 嫌だ……
 そう思っていると如月がやってきた。
「ほら、昼食を一緒に食べるんだろう?さっさとこっちに来るんだな……」
「お前は……何を企んでるんだ……」
 祐馬に聞こえないように小声でそう言った。
「何も企んでない。祐馬から誘ってきたんだ。私じゃないさ」
「……お前が……そうし向けたんだろう」
 ギリッと睨んで戸浪はそう言った。
「そんな顔もお前は可愛い」
 如月はそう言ってこちらの頬に手を掛けようとしたのを振り払った。
「なにをっ……」
「何?何やってんの?」
 祐馬がそう言ってキッチンから顔を出した。
「いや、昨日のことを直接謝っていたんだ。ちゃんとお許しは貰ったよ。今度からいつでも来てくださいって言ってくれたよ」
 如月はサラリとそう言った。
「そっか~んじゃ外食ばっか嫌だったら、日本に居る間俺んちに食べに来てくれてもいいよ」
 祐馬はニッコリ笑ってそう言った。
 何も知らないからだ。
「でもさ、もそろそろ準備できるからさっさとこっちに来て座ってよ」
 言って祐馬は顔を引っ込めた。
「ああ、すぐ行く」
「……っ」
「そんな顔してないで、行くぞ。ばれたくなければ何時も通りにするんだな」
 如月はそれだけ言うとさっさと行ってしまった。
 戸浪も仕方なくその後に続いた。
 リビングに入ると既に机の上にホットプレートが置かれて、皿と箸も置かれていた。
「すんげー良い肉買ってくれたんだよ。戸浪ちゃんも一杯食べて体力付けなきゃな」
 肉など食べられる気分ではなかったが、何とか祐馬に笑いかけて自分も足を伸ばして座った。
 如月はその前に座る。
 何を考えているんだ……
 ぞっとする気持ちを必死に隠して戸浪は祐馬に促されるまま肉を食べようと努力した。だがこれは如月が買ったという事実が、喉を通せなくしていた。
「戸浪ちゃんしっかり食べなきゃ……」
 心配そうにそう言う祐馬に絞り出すように「そうだな」と返し、暫く野菜をつついていると足に何か触れた。
 え……
 顔を上げると如月がニッコリと笑う。
 さ、触られている……
 気が付くと、こちらの伸ばした足に絡めるように如月が足を伸ばしてきていた。その足は器用に戸浪の太股を撫で上げてくる。止めさせようとするのだが全く如月は堪えない。祐馬に気づかれないように、必死で足を移動させるのだが、そんな戸浪に益々執拗に如月の足は絡んでくる。
「……っ……」
 本当に戸浪は吐きそうだった。
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