Angel Sugar

「苦悩だって愛のうち」 第6章

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 暫く日が経つと、祐馬の気持ちも落ち着いてきた。そしてずっと掃除をしていなかった寝室にようやく入ろうかという気になった。
 ベットも捨てようか……
 本当にそう思った。
 掃除機を持って中に入ると、ベットの上に紙くずが散らかっている。なんだろうと思って祐馬が一枚拾うと何か書かれているのは分かったが、何が書かれているかは分からなかった。
 戸浪か如月が置いていったのだろうか?
 そう思うと何が書かれているか気になった祐馬は、全部の紙切れを拾い、それを床に並べてみた。パズルのようになった紙くずは意外に早くその本来の形を取り戻した。
 書かれていたのは如月のホテルの場所と部屋番号だった。
 これが何故ここにあるのだろうか?
 何よりどうしてこんな風に破られているのだ?
 祐馬はじっとその紙切れを見て考えた。
 如月が破るとは思わない。では戸浪が破ったのだろう。ではどうして破るのだ?
 考えても分からなかった。
 それをセロテープで留めてダイニングまで戻ると、紙切れをキッチンテーブルに置いた。
「……破ったの……戸浪ちゃんだよな……あの日破ったのかな…」
 日も経って頭も冷えた。少し冷静に考えることも出来る。 
 祐馬は戸浪のことを最初から考えた。
 本当に自分が騙されていたのかを考えてみた。
 如月と一緒に居たときの戸浪の事を思いだして、どういう反応だったかを必死に考えた。
 今から思うと戸浪は嫌がっていたように祐馬は感じた。
 如月にもう会わないでくれと戸浪は必死に言ったこともあった。
 だが祐馬が家に連れてきたのだ。
 そのとき戸浪は気分が悪かったはずだ。食事の途中で祐馬が寝室に連れて行った位だからだ。
 何故そんなに気分が悪くなったのだ?
 再会して本当に嬉しかったならあんな態度になるだろうか?
 なったとしたら会いたくない人物に会ったからではなかったのか?
 寝室で妙に祐馬に甘えていたのが今から思うと不思議ではないか?
 隠れて抱き合っていたとしたらあんな風に甘えられるものなのか?
 あの戸浪の行動全てが如月の事で不安になってたからだとしたら……
 でも、戸浪は如月を好きなはずだ。だからあの日抱き合っていた。二人で……。
 それはどう説明するんだ?
「……でも……」
 フッと祐馬は頬杖をついていた顔を上げた。
 あの日連絡を貰ったのは如月からだった。
 今から考えるといかにもという気がしないか?
 戸浪は最後まで話を聞いてくれと訴えていた。
 何を話したかったのだろう……
 祐馬は躊躇いがちに携帯を取り出して、如月の番号にかけた。電話はすぐに繋がった。
「……俺……話しあるんだけど……行っていい?」
 聞かなければ納得できないことが沢山あったのだ。
「私ももう一度会うつもりだったよ……こっちから行くか?」
「いい。俺が行くから……」
 祐馬はそう言って携帯を切った。
 戸浪が喜んで如月といるのを見たらきっと本当に諦められるだろう。
 それで本当の終わりにすると良いのだ。
 それからでも遅くはない。

 如月の部屋には戸浪はいなかった。
「……戸浪はいないよ……最初からな……」
 溜息混じりに如月が行った。
「……どういうことだよ……」
 戸浪を捜して彷徨っていた視線が如月に移った。
「どういうことだと思う?」
 言って如月は窓際のソファーに座った。その前の机にはウイスキーの瓶が幾つか空で乗っている。タンブラーにはまだ酒が半分入っていた。
 今も、飲んでいたのだろう。
 祐馬は、昼間からいい気な物だと余計に腹が立った。
「俺が聞いてるんだよっ!」
 祐馬がそう怒鳴ると、如月は苦笑いをこちらに返してきた。
「そう怒鳴るな……こっちは飲み過ぎて頭が痛いんだよ。まあ、座れ」
「ここでいいよ……」
「……どうしてきたんだ?」
「考えても……納得できないから来たんだっ。そんだけだよ!ちゃんとお前とあいつが一緒に居るところを見たら……諦められるって思ったから……」
 自分で未練たらしいことをしているのは分かっていた。
 だが、どうしても確かめたかったのだ。
「お前のその根性は国宝物だな……」
 クククと笑って如月は言った。
「これが俺だっ!ほっといてくれよ。そんなことはどうでもいいんだ。何でここにいないんだよっ!最初からいないってどういうことなんだ?」
 暫くこちらを見ていた如月が溜息と共に言った。
「色々企んだが、上手くいかなかっただけだ。まあお前は簡単に騙されたがね。結局一番手に入れたかった戸浪は戻ってきてくれなかった……」
「……えっ……」
 如月が何を言っているのか祐馬はすぐに理解できなかった。
「戸浪は折角再会した私を散々邪険にしてな。どう言っても戻ってきてくれそうに無かった。だから私は思ったんだよ。お前を失えば戸浪は戻ってきてくれるとね。この間お前が見たのは、私が戸浪を騙して家の鍵を開けさせたんだ。あんな足だ。簡単にベットに押さえつけられたよ……。お前には分からなかったのか?戸浪はあれ程昔抱き合ったにも関わらず、私を拒否した。そんな顔をしていたのに、気が付かなかったのか?お前は本当に馬……」
 最後まで言わせずに祐馬は如月を殴りつけた。
「あんた……っ!一体……どうしてそんなこと出来るんだよ!俺には信じられないっ!」
 更に殴りつけようとしてその手を弾かれた。
「お前に何が分かるっ!私達はお前より長く一緒に居た。私はお前より長い間、戸浪を想い続けてきたっ!それなのにどうして手放せる?どんなことをしても取り戻したいと思っても仕方ないだろうっ!お前みたいにまだ出会って数ヶ月のような男に何故戸浪を渡さなければならない?」
 見たこともない如月の剣幕だった。
「それは……戸浪ちゃんが決めることだ……。あんたでも俺でも無いだろ……。俺は戸浪ちゃんが本当にあんたを選んだら……仕方ないって思ってた……。何年か先……再会したときは……笑って喜んでやろうって……そこまで考えたんだっ。でもあんたのしたことってなんだよ。そんな風に好きな相手を傷つけるなんて……俺信じられないよっ!」
 祐馬がそう怒鳴ると如月は笑い出した。
「何て優しい男だろうな……偽善者ぶって……そう言う人間は……吐き気がするっ!」
「俺はあんたみたいな男の方が吐き気がするよっ!」
 これがずっと尊敬してきた男だったと思うと自分が情けない。
「さっさと出ていけ……」
 如月は意外に落ち着いた声でそう言った。
「言われなくても出て行ってやるっ!」
 くるりときびすを返して扉を出ると後ろから如月が言った。
「さっさと行ってやらないと、あいつは何処かに消えるぞ……。昔もそうだった……」
「えっ……」
 祐馬が振り返ると同時に扉は閉められた。
 如月が一体どんな顔でその言葉を言ったのか祐馬には確認することが出来なかった。

 昼から曇ってきたと思ったら、雨が降り出していた。
「嫌な雨だな……」
 戸浪は窓の外の景色を眺めながらそう呟いた。
 雨の日は嫌いだった。
 空手に膝が耐えられないと医者から言われた日も雨が降っていた。
 如月と別れた日も雨が降っていた。
 何時だって雨の日に良いことがあった試しがない。
「はあ……」
 戸浪は先程まで身体を拭いていたタオルを畳んで、机に置いた。そうしてはだけた胸元に幾つか残る痕に手を伸ばし、そっと撫でた。
 身体にうっすらと残る祐馬が残した痕はそろそろ薄くなり、後数日で消えるだろう。
 このまま消えずに残っていてくれれば良いのに……
 戸浪は本気でそう思った。
 だが薄くなってくるのを確認するたびに悲しくなるのだ。もう泣くまいと思っているのに、胸が苦しくなる。
 撫でていた手を止めてシャツのボタンを留めた。
 そして視線は又外に向けられた。
 外は激しい雨に変わっていた。水煙があがって外の景色が霞んでいる。
「……大地、傘を持って行ったかな……」
 朝から曇っていたため、洗濯物は干していなかった。だが大地が傘を持って出たかどうかまでは覚えていなかった。
 濡れて帰ってきたら可哀相だな……
 時間が来たら風呂を沸かして置いてやるかと戸浪が思っていると、博貴が扉から顔を出した。
 昨日に引き続き、また誰か来たのだろうか?
「なんだ、又誰か来たのか?」
 身体を拭いていないときで良かったと戸浪は思った。
「そうなんですけどねえ……」
 ちょっと言いにくそうに言葉を濁す。
「今度は誰だ?」
「……三崎さんなんですけど……」
「……え?」
 まだ文句があるのだろうか?
「どうします?会われます?」
 博貴は心配そうにそう聞いた。
「……ああ、良いよ……入って貰っても……」
 祐馬が言い足りないと思っているなら全部吐き出させてやった方が良いと思ったのだ。
「……分かりました……」
 言うと博貴はやはりこちらの部屋に入ってくると、大地の玄関を開けて、さっさと自分の部屋へと帰っていった。この間、如月にしたような牽制は祐馬にはしなかった。
 玄関に入ってきた祐馬は雨に濡れてボトボトの姿で立っていた。傘を持っている気配は無かった。
 この雨の中、傘も差さずに来たのだろうか?
「……お前……傘はどうしたんだ?風邪引くだろう」
 足が自由に動くなら、駆け寄って身体を拭いてあげたかった。だがそんなことをすれば逆に拒否されるだろう。
 足が動かなくて良かったのだ。
「いらない……」
 そう言った祐馬は靴を脱いで部屋に入ってきた。身体から落ちる水滴が、床に落ちる。
「……そうか……で、何か言い残したことでもあるのか?」
 戸浪は言いながら視線を祐馬から外した。
「取り戻しに来たんだ……」
 祐馬は俯き加減の顔を上げ、こちらをじっと見据えてそう言った。
「なに……を?」
 まさか……ウサギのサポート?
 それしか思い当たる物が無かった。
「ま、待ってくれ……これだけは……私に譲ってくれないか?他はお前が望むように捨ててくれて良い。高かったのなら代金を払うから……」
 膝を押さえて戸浪はそう言った。
 これまで奪われたら、何もかも本当に失ってしまうことになるのだ。
「……」
 祐馬は戸浪の斜め前に膝を付いてこちらを見つめたまま視線を外さなかった。
「……祐馬……頼むから……」
 必死に膝を押さえる手に祐馬の手が掛かる。
 私はこれまで失ってしまう……。
 これを取り戻して祐馬は捨てるのだろう。
 それを想像するのは、あまりにも辛かった。
「……祐馬……っ」
 必死にそう言うと、祐馬は泣きそうな表情を一瞬見せ、手を伸ばしてきた。
「戸浪ちゃんっ!」
 次にそう言ってこちらの身体を抱きしめた。背に廻された手はしっかりと戸浪の身体を拘束している。ただ、祐馬の濡れた身体が戸浪のシャツやズボンにも滴を落として色を変えた。その為伝わる体温は冷たく冷え切っていた。
「祐……馬?」
 驚きで何がなんだか戸浪には分からない。
 サポートの話はどうなったのだ?  
「辛かったよな……悲しかったよな……苦しかったよな……俺とあいつの間に挟まれて……。そんな戸浪ちゃんの気持ち、全然俺分からなかった……。一番辛かったの戸浪ちゃんなのに……。あいつが引っかき回して、それ戸浪ちゃん必死に何とかしようとしてたんだよな。俺が傷つくと思って……でも苦しかっただろ?それ一人で耐えてたんだ…。ずっと……。それなのに俺は何も知らずに戸浪ちゃんを責めた……。ううん話を聞くこともしなかった……ごめんな……」
 祐馬は戸浪を抱きしめたままそう言った。髪からも伝う滴が戸浪の頬に落ちる。それとは違う滴が戸浪の目から滲んだ。
「……ゆ……ま……私は……」
 何か言葉を言いたいのだが、喉が詰まって呻くような声しか出なかった。
「戸浪ちゃんが何か言い訳しようと思ってくれるのなら、しなくて良いよ。言い訳しなきゃならないの俺だもん……戸浪ちゃんじゃない……」
 冷たい身体から温かい体温を確かに戸浪に伝えてくる。
「……だから取り戻しに来たんだ……俺の戸浪ちゃんを……。俺のものだって印つけたもんな。まだ俺のだよな……俺のものだよな?」
 声が出ずに戸浪は必死に頷いて見せた。
「じゃあこのまま連れて帰って良い?俺、車で来てるし……」
 身体を離して祐馬はこちらの頬を撫でる。触れる手が可哀相なほど冷たい。だが車で来てどうしてこれほど濡れているのだろう?
「身体を……その、拭いてからにしろ……」
 戸浪はそう言って自分の膝にかけるつもりで置いていたバスタオルを祐馬に渡した。それを照れくさそうに受け取った祐馬は頭をガシガシと拭きだした。
「……勢いで来たんだけどさあ……なんか入りづらくて、車から外に出てから暫くずっとコーポの廻りをうろうろしてたんだ……そしたらこんな事になっちゃってさあ……。もうずぶぬれになって立ってたら、隣の大良さんに見つかって……。そんで手招きされて……やっとここまでやってこれたというか……何というか……」
 ははと笑って祐馬が言う。
 その笑顔は戸浪が大好きな笑顔だった。
「……そうか……」
 タオルで顔を拭きながら、急にその笑顔が曇った。
「祐馬?」
「俺……如月さんに会ってきたんだ……。戸浪ちゃんを追い出してから……やっと俺も冷静に考えられるようになって……色々考えてどうしても変だって思うことあったから、それ確かめるために会ってきた……」
「……」
「あいつ散々嘘ついてやがったのが分かって……俺殴ってきたけど……考えたら……俺が横取りしたようなもんだって……。俺より長く戸浪ちゃんを想っていた如月さんから戸浪ちゃんを取ったの俺だって思ったら……色々されたことも何だか恨むことも、腹が立つのも出来なくなった。だって、ここに来る間、俺、車の中で思ったんだけど……結局最後は俺に戸浪ちゃんを追えるようにしてくれた。それが分かったから……もう腹も立たないし……恨むことも出来ないって……」
「祐馬……私は……」
「戸浪ちゃんも悪くないんだ。戸浪ちゃんだってずっと如月さんのこと想ってたんだから……。だから私が悪いとか言わないでよ。戸浪ちゃんが悪いんだったら俺も悪いんだから……」
「祐馬……」
 どうして祐馬はこれほど優しいのだろう。
 自分より年下なのに、心がとても広くて温かい。
 そんな祐馬を好きになったのだ。
「俺達二人とも悪者だよな。そんでいいよな……」
 言ってへへへと祐馬は笑った。
「祐馬っ……」
 思わず戸浪は自分から祐馬の胸に飛び込んだ。
「戸浪ちゃんは俺のもんだ……」
 ギュッと抱きしめられて戸浪は堪らなかった。
「祐馬……不謹慎かもしれないが……今本当におまえとしたい……」
「あ、俺も……すげえしたい……出来ないのがちょっと辛いなあ……」
 耳元でそう言われて戸浪は本当に堪らなくなった。このまま抱き合って最後までいってしまいたかった。
 足なんかもうどうでもいい……
 これで一ヶ月入院することになってもそれで良いとまで思った。
「……したいんだ……祐馬……どうしても……」
 いつもなら恥ずかしいはずの言葉が、何故か今はすんなりと口をついて出た。
「でもさ……覗かれてるし……」
 と、祐馬が言ったことで、戸浪はバッと祐馬の身体を離した。部屋についた扉が薄く開いていたのか、こちらが見るとバタッと閉められた。
 嘘だろ……
「あの男は~!足が動くようになったらダンベルで殴りつけてやる!」
 一気に顔が赤くなった戸浪は、足が動くようになったら、ダンベルで叩くと死んでしまうだろうから、代わりに松葉杖で袋叩きにしてやろうかと本気で思った。
「はは、心配してくれたんだよ。とにかくさ、かえろっか?帰ってから二人で考えようよ……」
「……ああ。帰る……」
 ぶっきらぼうにそう言ったが、本当は嬉しくて仕方のないことを祐馬には分かってもらえるだろう。
 祐馬は素直になれない戸浪のことをよく理解してくれているのだ。
「弟さんには日を改めて俺がお礼をするよ……」
 ちょっと目線を外して祐馬は言った。
 戸浪もそう思っていたから頷くことで同意した。

 祐馬のマンションは出ていったときのままだった。風呂に湯を入れ、その間に祐馬は戸浪の足にビニール袋を巻いて濡れないようにし、互いに裸になると湯船に浸かった。触れている祐馬の肌はまだ冷たい。
「寒かっただろ……」
「あんときはあんまりそう思わなかったけど、今は寒気がする……」
 ブルルッと身体を震わせて祐馬は言った。
「風邪引かないように、暖まるんだな……」
「戸浪ちゃんと俺暖まる~」
 言って湯船の中で祐馬は戸浪の身体を引き寄せた。こちらは足をバスタブの縁にかけているために後ろ向きで祐馬に抱き寄せられた形になった。
「……この格好は嫌だな……」
 ちらりと後ろの祐馬を見て戸浪は言った。
「そう?いたずらされそうって思うの?」
 ニヤニヤと笑いながら祐馬は言った。何故か非常に嬉しそうだ。
「思いたくもなるだろう……。そんな笑い方をされたらな。……気持ち悪い……」
「だって~これから戸浪ちゃんとするつもりなんだもん~もちろんベットでだけどさ。良いよな~良いって言ってくれたもんな」
「……ま、まあな……」
 戸浪はそう言って顔をバシャバシャと洗った。
「大丈夫、俺ちゃんと戸浪ちゃんの膝に負担にならない方法考えたから……」
 何だかよく分からないが、祐馬には考えがあるようであった。
 まあいい、なるようになれだ……。
 意外に戸浪は根性を座らせていた。
 のぼせる手前で風呂から上がり、祐馬は先に戸浪の身体を拭いて、バスローブを着せてから自分も身体を拭いてバスローブを羽織った。
 そうして戸浪を抱き上げるとそのまま寝室へと向かう。
「そう言えば、今日お前会社は?」
「心身不良のためお休みを頂きました~」
 っておい、そんな理由で休みが貰えるのか?
「……訳の分からない休みを申請するな」
「だって、俺、思ったらすぐ行動しなきゃ耐えられない性格なんだもんな」
 嬉しそうにそう言ってベットに戸浪を下ろす。
「で、どうするんだ?」
「ちょっとしたまねごとだよ……最後まで出来ないけど……戸浪ちゃんをちゃんと満足させてやるから……」
 言って祐馬は戸浪の両足を広げて膝下に枕を置き、両足の間に身体を割り入れた。次にバスローブにある腰元の紐をするりと取る。すぐに脱がせるなら着せなければいいのにと思ったが、口には出さなかった。
「……期待はしていないがな……お前はすぐ寝る奴だから……」
「あ、まだ根にもってんの?うわ~結構戸浪ちゃんってしつこいんだ」
 くすくす笑いながら祐馬はそう言った。
「ああ、根にもつ方なんだ……私は……」
 腕を祐馬に回して戸浪はその温もりを味わった。もう二度とこの温もりを感じることが出来ないと思った。
 だが、戻ってきた……。
 嬉しくて涙が出そうだった。
「今日は身体あんま強ばってないな。やる気満々の戸浪ちゃんだ」
 というので、本当に久しぶりに祐馬の頭を殴った。
「あいたっ!何で又なぐるかな……そんな事するならこうしてやる!」
 祐馬は耳朶に噛みついて、そのまま舌を這わせてきた。ゾクッとしたものが首筋を這った。
「あっ……」
「良い声~」
 嬉しそうに祐馬は戸浪の胸元に手を這わせ、大きな手で愛撫し始めた。いつもは強ばる身体が不思議とその手にフィットしている。
「ああ……祐馬……」
 気遣うように身体を撫でられ、戸浪の体温が上がる。優しい手の動きは祐馬の気質そのものだった。
 なあんて、暫く祐馬の愛撫に酔っていると、愛撫の先がどんどん下半身に移動する。思わず強ばる身体に戸浪は舌打ちしそうになった。  
「いいんだ。俺全然気にしてないよ。この辺敏感だから強ばっちゃうの当たり前だよな」
 言いながらも祐馬はその舌を太股の付け根に這わし、両手で戸浪のモノを擦り上げる。
 堪らない感触に、いきなり身体を独占されて、戸浪は声を上げた。
「ゆ……ゆうまあっ……」
「大丈夫……一人でイかせたりしないよ。一緒にイかなきゃな……」
 辺りを散々舐め回して、満足したのか祐馬は身体を起こした。
「挿れる体勢はやっぱりきつそうだから、これで我慢しよっか?」
 祐馬はそう言って戸浪のモノと自分のモノを掴んで上下に擦り上げだした。
「あっ……ああっ……」
 祐馬の肉厚なモノの感触が自分の敏感な部分から感じられた。それは酷く熱く一緒にするとこちらの方が焼かれそうな気分だ。
「こういうのもアリだろ?とりあえず一緒にイけたらいいもんな……」
 じゅるじゅるという二つの欲望が擦り合わさる淫猥な音が耳に入るのだが、決して不快だと戸浪は思わなかった。
 逆にようやく深く繋がれるのだと思うと幸せな気分になる。
「祐馬……祐馬……好きだ……愛してる……」
 快感で一杯になった身体を必死に祐馬にすり寄せて戸浪は言った。
 この男が好きだ。
 愛している。
 大きな優しさでいつも包んでくれるこの男を愛したのだ。
 いつも相手をいたわる心を愛した。
 決して如月が劣ったわけではない。
 ただ、今はもう祐馬のことしか考えられない。
 それだけなのだ。
 悪いと思う。
 済まないと感じる。
 情の無い奴だと誰に思われても良い。
 祐馬に愛されるのなら、他人にどう思われたって良い。
 この愛はもう手放せないのだ。
「俺もっ……大好きだっ……戸浪ちゃんのこと……っ俺、ずっと愛してる」
 荒い息と一緒に祐馬はそう言って、顔中にキスを落としてきた。
 受け止める部分がどこもかしこも熱くなる。
「祐馬っ……あっ……もっ……」
「うんっ……良いよっ……」
 二人は同時にイった。
 
 互いに抱き合って暫くすると祐馬が言った。
「本番は俺一日中戸浪ちゃんとするんだからな……」
「……ああ……」
 まだぼーっとしている頭は、物事を理解するところまできていない。
「旅行先で、戸浪ちゃんが悶えて死にそうになっても俺が満足するまでやり狂ってやる」
「……ああ……」
「もう嫌だ~止めて~って泣いても俺やめないからね」
「……ああ……ああ?お前何をさっきからごちゃごちゃ言ってるんだ」
 ようやくはっきりしてきた意識が、やめないからねという言葉を聞き取った。
「だからさ、俺もう、マジで早く戸浪ちゃんの穴にいれたいんだよな~ずぼずぼって~すんげー気持ち良いだろうからさあ~一日挿れっぱなしで旅行先では過ごそうって話してるんだよ」
 生真面目な顔でそう祐馬に言われて、戸浪は開いた口が塞がら無かった。 
「お、お前っ!一体何を考えているんだ?」
 そんな事をしたら、膝じゃなくて別なところが壊れるだろうと真剣に戸浪は思ったのだ。
「何って……当たり前じゃん。散々俺焦らされてるんだぞ……そんくらいしても罰は当たらないよな」
 両足をばたつかせて祐馬は言った。
「焦らしてるわけじゃないだろうっ!あの時だってお前が先に寝たんだっ!チャンスを逃したのはお前だろうがっ!」
「あーーまたそういう古い話を蒸し返すだろ~。もーいーよー俺勝手に旅行先決めるから。戸浪ちゃんはそれまで身体を磨いて待っていてくれたらいいんだからさ~。どっこにしようかなあ~」
 このまま話しにつき合うととんでもないことを約束させられると思った戸浪は背を向けて布団に潜った。
「あーーー又そやって寝て誤魔化すんだ~!」
「五月蠅いっ!又じゃない!」
 布団の中からそう祐馬に叫んだ。
「ちぇ~っしんねーぞー俺に任したらとんでもないところに連れて行かれちゃうからなア~そんでいいんだよな~」
 祐馬がそう言って戸浪を覗き込むと、本当に又眠っていた。
「あれ??あれれ??うそおん又寝たって言う?」
 戸浪は悩んでいないときは、速攻で眠られるタイプだった。

―完―
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