Angel Sugar

「疑惑だって愛のうち」 第2章

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 散々な昼食を終え、仕方無しに克弥と一緒に自部署に戻ってきた。
 誰かさんと同じだ……
 自分の席から隣の克弥をちらりと見て戸浪は思った。
 いそいそと図面を広げている克弥はそんなこちらの視線に気が付いたのか、ニコリと笑って返してきた。
 なんだかいい傾向とは言い難い。
 変な風に好かれると困るのだ。だからといって無視をするわけにもいかない立場が辛い。
「澤村さん、あの……」
 おずおずとそう克弥が言った。
「何だ?」
「こんな事をお願いするのは申し訳ないのですが……」
「……だからなんだ?」
 戸浪は本当に祐馬にするように殴りそうになった。
「東京見物に連れて行ってくれませんか?こちらに知り合いは居ませんし、一度東京タワー登ってみたかったんです」
 私に案内しろとでもいうのか?
「悪いが当分私も忙しいんでね。誰か他の、それも女子社員にでも頼むといいよ。ああ、私から誰かに声をかけてあげても良いが……」
 そう言うと克弥はシュンとなった。
「……澤村さんに案内して貰いたいんです」
「私は遠慮する」
 戸浪は克弥に背を向けて仕事を再開した。
 当分、克弥とは話をしたくはなかった。
 放っておけばいいんだと戸浪は思っていたのだが、そんな甘くはなかったことを退社後に知った。

 ……つけてる……
 帰宅途中ずっと背後から視線を感じるのだ。気付かぬ振りをして、早足で歩き、急に何気なしにチラと視線を後ろに向けると、さっと隠れる克弥を見つけた。
 あのガキ……
 あれでは川田の言った通り、まさにストーカーだ。
 自宅を知られる訳にもいかずに、戸浪はあっちうろうろ、こっちうろうろし、バックから追いかけているであろう克弥を巻こうとするのだが、なかなか上手く巻けないでいた。
 こっちはさっさとうちに帰って、ゆっくりしたいのだ。
 早々と自分の寮に帰れっ!
 と、思っていると、問題の男が声をかけてきた。
「あの……」
「須藤っ!お前いい加減にっ!」
 戸浪が怒鳴ると、克弥は半分泣きそうな顔で言った。
「す、済みませんっ。どうしてもその……っ」
「どうしても何だ……」
 はあと溜息をついて、戸浪は言った。
「一緒に夕食でもと誘いたかったんですけど……声をかけづらくてこんな事に……」
「だからといって、何時間も追い回すんじゃない。全く……もうこう言うことはするんじゃないぞ。分かったら帰れ」
「あの……そうじゃなくて……夕食をお誘いしてるんですが……」
 こいつは私の話を聞いてないのか~!
 祐馬だったら完全に殴り飛ばしてるぞっ!
 と思うのだが、手を上げるわけにはいかない。
「私は帰れと言ったんだ。それがそのまま返事になっていると思うんだが……」
 こういう相手はきつーく断った方が良いのだ。下手に優しくしくすると又ややこしくなるからだった。  
「じゃあ何時だったらいいんですか?」
 不服そうに克弥が言う。どうして克弥が不服な顔をするんだ?
 理不尽だと思いながら戸浪は再度言った。
「私は君とは食事に行く気は無い。誰か別な相手を誘うんだな」
「……ちょっと食事するだけなのに、そこまで言わなくても……」
 お前と二人が問題なんだっ!
 ああもう、殴りたくて仕方ないっ!
「ちょっとだろうが、なんだろうが、行く気は無いと言ってるんだ」
「じゃあ、川田さんも誘って三人だったらいいですか?」
 何故か嬉しそうに聞いてくる。
「お前と川田で行ってこい。私は遠慮すると言ってるんだ」
 戸浪は、だんだん我慢が出来なくなってきていた。 
「……澤村さんって、すっごい、ガード固いんですね。仕方ないから今日は諦めます。でも益々気に入っちゃった」
 と、いきなり口調を変えた克弥はそう言うと、手を振って帰っていった。
 今のは……
 今のが本性か?
 戸浪は余りにも変わった相手に驚き、すぐには動けなかった。



 戸浪が最近又イラついているのが分かった祐馬は、下手に構うことを止めた。
 絶対、戸浪ちゃんって生理あるよな……
 と、機嫌が悪いときに祐馬は何時もそう思う。戸浪がイラつく場合、冗談でも言おうものなら本気でボコボコにされるからだ。
 最近は、戸浪が座り、ただ新聞を読んでいても雰囲気で分かるようになった。今は夕飯を食べ終わり、リビングで二人だらだらとくつろいでいるのだが、こっちは新聞を読む戸浪に話しかけずに、御菓子をつまみながらテレビを見ていた。
 こういう時は、知らん顔してるのが一番良い。
 これも一種の危機管理だよな……なんて祐馬は思っていた。
 だが明日はベットを買いに行く日だ。
 何時頃行くか位話しても良いよなあ……と思いながら祐馬は戸浪に声をかけた。
「戸浪ちゃん……明日なんだけど……何時頃行く?」
 祐馬がそう言うと戸浪はチラとこちらを見、今まで読んでいた夕刊を脇に置いた。
「ああ、そうだったな……何時でも良いが……」
 言いながら目と目の間を抑えて揉んでいた。その仕草は良く目にする。
 戸浪は設計の仕事をしている為に目が疲れるのだろう。
「目、痛いの?」
「細かい図面を毎日見ているからな……目が疲労するんだろう……」
 祐馬はそれを聞くとキッチンに向かった。そしてタオルを熱い湯に浸けて絞ると、戸浪のいるリビングに戻った。
「目が疲れてるときは温めるのがいいんだ。戸浪ちゃん、ちょっと目瞑ってくれる?」
 そう言うと戸浪は素直に目を閉じた。その瞼の上に先程絞ったタオルを置いた。
「……気持ち良いな……」
「だろ。目が疲れたときは温める方が良いんだって。こないだテレビでやってた」
 座椅子にもたれ、顔を上に向けている戸浪は気持ちよさそうに口元に笑みを浮かべていた。その横にちょんと祐馬は座ってそんな戸浪を眺めていた。
「でさ、目を瞼の上からマッサージするのも効果的なんだってさ。やってやろうか?」
「あ、そうだな……」
 と戸浪が言うので祐馬は膝を折って、戸浪をまたいだ。そうして目元に指を添え、そっと力を入れた。
「……気持ちいいよ……祐馬……」
 うっとりとそう戸浪に言われて、なんだか急に祐馬はドキッと心臓が跳ねた。
 タオルで目元を覆っているために、表情は分からないが、うっすらと開いている口は、笑みを浮かべている。
 なんか……俺……ドキドキしてきた……
「疲れたら……今度から俺、こやってマッサージしてやるよ……」
 と、言ったものの……
 うう……こんなんでも拷問になるのか?
 俺って……
「あ、そこが良い……そのへんが気持ち良いな……」
 目の縁当たりを、多分今押さえている筈だった。
「……気持ち良いの?」
 なんだか変な気分に祐馬はなってきた。状況は全く違うのだが、なんだかHをしているような戸浪の台詞がもう堪らない。
「ああ……お前は上手いな……」
 うん。多分Hも上手いと思うんだけど……
 そう言う台詞は抱き合っているときに言って欲しいなあ……
 思いながらも口に出す勇気はない。
「そか?」
 祐馬はマッサージをしながら戸浪の口元が気になって仕方がなかった。キスして良い?と聞くと、又ぶん殴られそうであったので、チラチラ見ながらどうしようか迷った。
 キスくらい良いよなあ~
 と、祐馬は決心し、そっと手を頬に移動させて、触れるだけのキスを落とした。そろそろと様子を伺うと、戸浪は何も言わずに、ただ黙っている。
「……」
「……えと……」
「何も言うな……」
 それだけ小さく戸浪は言って口を閉じた。
 う~……もちょっと良いって事だよな?
 祐馬はそう思って今度は、口元を併せると今度は舌を戸浪の口腔に侵入させた。久しぶりに味わう戸浪の口内は甘くしっとりと潤っている。そんな中で絡ませる互いの舌の感触は、頭の芯まで心地よくさせた。
「……ん……」
 暫くすると鼻から抜けるような声で戸浪がそう言うのが聞こえ、その色っぽさに余計に祐馬は煽られた。
 ああもう……こんなんじゃ足りないよ……
 良いのかな……良いのかな……と思いながら祐馬は戸浪の頬にかけていた手でタオルを外すと、そのまま背に廻した。すると意外に戸浪の方からも祐馬の背に両手を伸ばしてきた。
 なんか良いみたい……
 戸浪の唇から離れ、そのまま首元に舌を滑らせても、戸浪から拒否する言葉は発せられなかった。
「……あ……っ……」
 少しきつめに鎖骨辺りに吸い付くと、戸浪は声を上げ、こちらに廻している手に力が入るのが背から感じられた。そんな戸浪を座椅子から離れさせて、フロアーコーナー型のソファの方へ身体を倒した。
 本当に嫌なら、ここでもう抵抗されてるよな……。
 だが戸浪から祐馬を止める言葉も、拳もとんでこないところを見ると、このまま突き進んでも良いと言うことだ。
「戸浪ちゃん……好きだよ……愛してる……」
 耳元で囁くようにそう言って、戸浪のシャツのボタンを外す。
 触れあう身体から、戸浪の身体が強ばっているのが分かるのだが、それは気にしなくてもいいのだ。
 戸浪は恥ずかしいだけなのだ。
 それを知ってからは余り気にならなくなった。慣れたらこういう事も無くなるだろうと祐馬は思っていた。
 それにはまず一度は最後までやらないと駄目なのだ。
「祐馬……っ……」
 祐馬の髪をかき乱しながら、戸浪はそう言った。  
 あーやっと俺の悲願が達成出来るんだ~
「戸浪ちゃんの肌は気持ち良いよ……」
 露わになった戸浪の胸元にそっと頬を寄せ、暫くそこから感じる温もりを感じながら、感動に耽っていると、電話が鳴った。
 げ……
 こんな時間に誰だよ……
「……電話……」
 鳴りっぱなしの電話に戸浪がそう言った。
「あんなの無視……ほっとけば留守電に切り替わるし……」  
 だが戸浪の方は簡単にこういうモードには切り替わらないのだ。電話はこの際どうでもいい。
「だが……っ……あっ……や……」
 ささやかに盛り上がる乳首を口に含んで甘噛みすると、戸浪が声を上げ始めた。なんだ感じてるじゃんか~と、ほくそ笑んでいると、無視した電話が留守番に切り替わってテープを回しだした。

「あの……こちらに澤村さんがいらっしゃると思うのですが……克弥です。明日天気良さそうだし、この間お願いしてた東京見物に行きませんか?連絡待ってます。連絡先は……」

 ってなんだよそれ?
 思わず祐馬は戸浪から身体を離して電話の方を向いた。
「……祐馬……?」
 戸浪の方は、ぼんやりした目線でこちらを眺めている。
「んなあ、克弥って誰?」
「はあ?」
 そう聞くと戸浪は急に素に戻った顔で驚いた。
「そいつに、ここの電話番号教えたわけ?なんで?」
 まだ戸浪だけの回線を引いていないのだ。するつもりが色々あり、延び延びになっていた。だからここの電話は祐馬の家の電話番号となるのだ。そうであるから戸浪が引っ越し先の電話番号を教えたのは弟の大地だけだった筈だ。
 なのに克弥と名乗る男がどうしてここの連絡先を知ってるんだ?
「……どうしてお前が、あいつを知ってるんだ?」
 って留守電聞いてない~
 まあ、聞けるような状態じゃなかったかもしれないけど……。
「あのさ、留守電に今入った相手が克弥って言ったんだよ。明日は天気が良さそうだからお願いした東京見物に連れてって~なんて言ってたけど……そんな約束なんでするの?明日は俺とベット買いに行く約束してたじゃんか……」
 ていうか、俺以外と遊びに行く約束なんかするな~!と急に腹が立ってきた祐馬はそう言った。
「え、どうしてあいつがうちの電話を知っているんだ?お前が教えたのか?」
「何、ボケてるんだよっ!俺がなんで克弥なんて、しらねえ男に電話番号教えんの?んも~戸浪ちゃんだろ」
 祐馬がそう言うと、ちょっと戸浪は考えるような仕草をして「しらん」と言った。
「じゃなんで、ここの連絡先知ってるの?ていうか、克弥って誰?」
「この間言っていた、ほら、名古屋から応援に来てくれた後輩だよ」
 戸浪も身体を起こしてそう言った。
「……あっ!そいつって戸浪ちゃんに惚れてるやつじゃんか!何、そんな奴に教えたのか?何で教えるんだよっ!」
 惚れられているのを分かっていながらどうして自分のじゃなくて、うちの電話番号を教えてるんだっ!と祐馬は一気に腹が立った。確かに戸浪の電話は無いのだが、それなら携帯が……って教えること自体がむかつくんだっ!
 もう祐馬は本気で頭に来ていた。
「教えていないと言っているだろう……」
 ムッとした顔で戸浪は立ち上がり、シャツを整えた。そうして電話の所に行って留守電話を聞いた。暫くして聞き終わると戸浪が「あのガキ……」と小さくそう言うのが聞こえた。
「……戸浪ちゃん……どゆこと?」
 祐馬がじーっと戸浪を見ながら言った。
「分からんっ!だから聞くな」
「聞くなってね、相手は戸浪ちゃんに惚れてる、でもって遊びに行こう~なんて誘ってきてる相手だぞ。普通聞くよな……」
「知るかっ!」
 戸浪は急に機嫌が悪くなったが、祐馬はここで引き下がる気など無い。
「知るかってね、んな、言い方あるか?向こうはあんな気安く誘ってきてるんだぞ。戸浪ちゃんがいい顔したんじゃないのか?」
 戸浪が冷たい目で拒否した場合、あんな風に電話などかけてこられないはずだ。だがかけてきたと言うことは、気安いムードで戸浪が克弥なる後輩に接したからだ。
 もうそれが、とにかくむかつくのだ。
 確かに戸浪の笑顔は本当に例え相手が同性であってもクラッとくる。だがそんな笑顔は滅多やたらに振りまくようなタイプではない。
 それが分かっているだけに、克弥に見せたというのが本当に腹がたつのだ。
「いい顔なんぞするかっ」
 戸浪も既に怒りモードだ。
「俺言ったよな、最初に、そいつは戸浪ちゃんに惚れてるんだって。言ったのに全然そゆこと考えずに行動してたわけ?」
「普通は考えないぞ。相手は男だ」
「俺だって男だっ」
「訳の分からないことを言うなっ!」
「戸浪ちゃんが分かってないだけだろっ!」
「いい加減にしろっ!」
 と言って頭を殴られた。
「……も、いい。勝手に行けよ、あ~行けよ。なあにが東京見物だよっ!」
 明日はずっと楽しみにしていた買い物の日であるのに、戸浪が他の予定を入れようと思っていたと考えるだけでも、泣きそうだった。
「誰が行くと言った。お前なあ……ちゃんと私が言っていることを聞いているのか?」
 こっちがそれを言いたいのに、どうして戸浪が先にそれを言うのだ?
 山ほど色々言いたいのだが、胸が詰まって祐馬は言葉がもう出なかった。その変わりに涙がぼろっと零れ落ちた。
「ゆ……祐馬っ」
 突然の事に驚いたのか、戸浪は急にオロオロと言った。
「……う~っ……」
 唸るように泣いて祐馬は目元を拭った。
「……だからな、明日は……」
 こちらを宥めるように言う戸浪を振り払って、祐馬は寝室に一人で歩いていった。
 こういう自分はガキだと思うのだが、泣けて仕方なかったのだ。

「おい、いつまで拗ねているんだっ!」
 翌日いつまで経っても起きてこない祐馬を起こしに寝室に入ってくると、問題児はまだ寝たふりを続けている。
「いい加減にしないと、私がシングルのベットを二つ買ってくるぞ。それでも良いんだな。お前が行かないのなら、もう勝手に決めてくる」
 そう言うとようやく祐馬は毛布から顔を出した。
 思いっきりふてくされてるぞ……
「行くのか?どうするんだ」
「……行く……」
 むすっとした顔で祐馬はそう言った。
「じゃあさっさと顔を洗って服を着替えてこい。全く……」
 戸浪はそう言って寝室を後にするとキッチンに向かった。折角焼いたパン既に冷たくなっていたが、これでさっさと先に食べようものなら、又祐馬は拗ねるのだ。
 全くガキなんだから……
 と、思うのだが、そんな祐馬が好きなのだから仕方ない。時にはこうやって甘やかしてやるのも仕方ないことなのだと、戸浪は半ば諦めていた。
 年下だしな……
 同じようにこっちまで怒っても仕方ないのだ。
 暫くすると祐馬がキッチンへやってきて自分の席に座った。それを見て戸浪はコーヒーを祐馬に入れて渡した。
「パン冷えてる……」
 パンをかじりながら祐馬がぼそりと言うので「お前を待っていたら、冷めたんだ」と反対に戸浪は言った。
「……ごめん……」
 祐馬の良いところはすぐに謝ってくるところだ。この辺りがひねていなくて可愛いと戸浪は思うが、口に出しては言わない。
「お前が怒るのも無理はない。良いんだ。それとな、きちんと言って置くが、私はあの須藤には……ああ、須藤克弥というんだが、別に何かを約束したり、いい顔をして見せたりしたことなど一切無いぞ。奴がおおかた勝手にどっかで調べて電話をかけてきたんだろう……。お前がいるのに、どうしてあんな奴にいい顔をして見せなければならないんだ?」
 心なし、お前がいるのにを強調して戸浪は言った。
 拗ねた祐馬にはこれが一番効くのだ。すると、やはり思ったとおり、祐馬は急に嬉しそうな顔をして、正にしっぽがついていたらぶんぶんと振り回さんばかりに喜びだした。
 単純な奴……
 心の中で苦笑しながら戸浪は更に言った。
「だからお前も気にするんじゃない。分かったな」
「……分かった」
 ようやく普段の祐馬に戻ったのを確認して戸浪もパンを口に運んだ。
「でもさ、マジやばくなったらぶっ殺しても良いから……」
 心配そうに祐馬が言うのだが、戸浪にその台詞は余りにも危険だ。
「殺しはしないが、半殺しにしてやる。だから大丈夫だ」
「……戸浪ちゃん……マジ怖いもんな……」
 半分本気で言っているのが戸浪にも分かり、何だかこっちの気分が悪くなりそうだった。
「……」
 私はそんなに怖いか?
 と、あれだけぼこぼこ祐馬を殴ってそれは無いだろうと言うような事を戸浪は考えていた。
「でさ~ベット、良いの入れような~俺、無茶苦茶張り込む気でいるんだぞ」
「そんな良いもの買ったところで寝るだけだから別に安いので良いだろ……」
 呆れた風に言うと祐馬は「も~分かってない」と又ふてくされそうな気配を見せた。
「だってなあ~ベットの上でも思いで作るんだぞ。ぼろくさいの嫌だ。なんか安いの買ってその日のうちにつぶれたら嫌だもんなあ~そんなんで中途半端にまたお預け食らわされるのぜってー嫌だ。だから良いの買うんだっ」
「お前が何を心配しているのかよく分からないんだが……ベットというのはそんなに簡単に壊れるものじゃないだろうが……」
「んも~二人でエッチいことしてて、ぶっこわれたら嫌だって言ってるんだよ。ほら、激しく運動するんだか……あでっ!」
 と、言ったところで戸浪は手元にあった菜箸で祐馬の頭を叩いた。
「お前はホントに、脳味噌腐ってるんじゃないのか?まさかそんな事ばっかり考えている訳じゃないだろうな……」
「……考えてるよマジで。今晩はおニューのベットでやるんだから……」
 戸浪に言うと言うより自分に言い聞かせているように祐馬が言った。
「……全く、お前は……なんていうか……はは……」
 そんな祐馬が可笑しくて、戸浪は思わず笑いが漏れた。
「笑い事じゃないっての……こんなんつき合ってて変だと思わないのか?なんで毎日一緒に暮らしてるのに三ヶ月過ぎても俺達清い交際なんだよ。何十年も前のカップルじゃ無いんだから……」
 それは戸浪も思っていた。
 まあベットが入れば……なあんて自分も期待しているのは顔に出さない。
 本当に、こういうことも素直に言える祐馬が羨ましいと思うのだ。
「戸浪ちゃんはこういうの考えないわけ?」
 ドキッ
「さあな……」
 こちらの気持ちを気取られないように戸浪はそう言ってコーヒーを飲んだ。
「さあなって……答えになっていないよなあ……」
 と、言って祐馬が急に顔色を無くした。何を考えた為なのか戸浪には分からなかった。
「……どうしたんだ?なんだその顔は……」
「え、いや、何でもない……」
 あははと笑って祐馬は両手を左右に振った。
 怪しい……
「おい、何を考えた?」
「だから何でも無いって……あ、そろそろ行こうよ。今から行って選んで昼は外食したらいいじゃんか」
 慌てて祐馬は立ち上がった。
 気持ち悪いな……と、戸浪は思ったのだが、別に大したことでは無いだろうと言うことにした。
 話の筋から、何か考えるような事があるとは思わなかったのだ。
 どうせまた馬鹿げたことを考えたのだろう。
 戸浪はそう思うことでこの事を忘れた。

 都内の大きな家具屋に車で出かけたまでは良かったが、祐馬が寝具売り場でやらたと大きなベットの前で悩みだしたから戸浪は困ってしまった。
「おい、こんなでかいのはいらんぞ」
 寝室が本当にこれだけで一杯になりそうなほどのクイーンサイズのベットだったのだ。
「……うーん。俺、最初こんなの考えてたんだけど、やっぱこんなでかいのは駄目だよな」
 意外に素直に祐馬はそう言った。常識の文字は少しくらいこの男の頭にも刻まれているのだろう。
「だってさあ、こんなん入れて戸浪ちゃんと喧嘩したらもう、思いっきりはじっこに逃げられて、たまんねえもん」
 そう言う理由かっ!
 頭を殴ってやりたいのだが、こんな人混みの場所で殴るなどできやしない。
「……全く……」
「あ、あのレザーのすっげーいいな」
 二つ隣に置かれたレザーのベットに祐馬は釘付けになっていた。
「大きさもほら、ダブルでこんなもんだよな~うん。これにしようよ~」
 注意書きに上にのるなと書いているにも関わらず、祐馬はその上に腰を下ろしてバンバンと手で叩いた。
「お前なあ、注意書きを読め」
 と、怒っているとやはり係員が飛んできた。
「お客様……申し訳ありませんが……」
 口調は丁寧なのだが、怒っているのがありありと分かる。だが祐馬は素知らぬ顔だ。
「あの……」
「あのさ、これの色違いってないの?俺、からし色が欲しいんだけど……」
 と、いきなり買う気満々で祐馬はそう係員に言うと、怒っていたのが急に柔和な顔になった。そんな二人を置いて、戸浪はそーっと値段を確認してぎょっとした。
 五十万……って……何でこんなにするんだ?
 高々ベットだぞ……
「辛子色は現在置いておりませんが、二、三週間後にはお届けできますが……、いえ、こちらはイギリス製になっておりまして、向こうから取り寄せになりますので少々お時間がかかるのです」
「色のサンプルとか無いの?」
「ございます。ございます。こちらにおこし願えますか?」
 と、係員と祐馬は既に交渉ムードに入っていた。
「ゆ、祐馬待て、お前これの値段見たのか?」
 係員に連れて行かれそうになっている祐馬を戸浪が引き留めた。
「見たよ。なんで?こんなもんだろ」
 けろりと言われて開いた口が塞がらなかった。
「お前……金銭感覚無いのか?」
「俺が買うんだから別にいいじゃんか。んじゃちょっとここで待っててよ。俺、サンプル見てくる。戸浪ちゃんも他に良さそうなのがあったら見てて。俺、絶対これって思ってるけど、戸浪ちゃんも選ぶ権利あるしさ~」
 と言って祐馬はウインクすると係員にほいほい付いていった。
 あいつ……なんでそんな金を持ってるんだ?
 もう、選ぶ気も無い戸浪は、先程祐馬が座っていたベットに腰を下ろした。祐馬が買う気でいるせいか、誰からもとがめられることは無かった。
 はあ……もう……
 溜息を付いて、ふっと顔を上げると、柱の向こうに何かが隠れるのが見えた。
 あのくそガキ……
 どこから、いつから付けてきたか分からないのだが、ちらりと見えたその顔は克弥だった。
 こんな所まで付いてきたのかっ!
 もう我慢ならないっ!
 すくっと立ち上がると、戸浪は克弥が隠れたであろう柱に向かって歩き出した。
 柱の所に来ると、やはり克弥がそこに隠れていた。
「何をしている」
「澤村さんにつきまとってますっ!」
 元気いっぱいに言われても、こっちはちっとも笑えない。
「それはストーカーを言わないか?犯罪になるはずだが……」
 ジロリと睨んで戸浪がそう言うのだが、克弥は全く堪える様子が無い。
「あんな陰湿なことしません……」
 お前のしていることと、ストーカーと、どう違うというのだ?
「なあ、こんな事をして楽しいのか?いい加減にしてくれ。こっちは迷惑をしているんだ」
「恋する男は一途なんです」
「何を言ってるんだ……男相手に……」
「ちょっとくらい、相手してくれてもいいじゃないですか~」
 と言って腕に絡んでくる。
 うわっ!気持ち悪いっ!
「で、なにやってんの?」
 いなくなった戸浪を探しに来たのか、後ろから祐馬がそう言った。
「祐馬っ!こいつを離してくれっ!」
 絡まれてる腕を振り回しながら戸浪は言った。
「いつもみたいに殴ればいいじゃんか……」
 といって、克弥の頭をガツンと祐馬が殴った。
「いたっ!何するんだっ!」
 ようやく離れた克弥は頭を押さえてそう言った。
「あんたが殴られるようなことやってんじゃん」
「ひっ、人の恋路を邪魔するような奴は馬に蹴られてしんじまえっ!」
 と言って克弥は走って逃げていった。
「なにあれ……すんげー変な奴っぽいんだけど…あんなの知り合い?」
「……あれが昨日の電話の主だ……」
 戸浪が言うと祐馬が目を見開いてびっくりした顔をして見せた。
「戸浪ちゃん……」
「なんだっ」
「ああいうのタイプなの?」
 そういう祐馬の頭を思い切り殴った。
 だが祐馬は、又何かを考えるような目でこちらを見ただけで、痛いとも、殴るなとも言わなかった。
 こいつも今朝から気味悪いぞ……。
 その理由など全く戸浪には分からなかった。
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