「疑惑だって愛のうち」 第3章
結局ベットは、祐馬が気に入った事もあり、レザーのダブルを購入する契約にした。が、納品には二、三週間かかる為、当分フローリングの上で寝ることになった。
それは良いのだが……
「祐馬……あんな高いの買ってどうするんだ……」
家具屋からの帰り、フレンチの店に二人で入った。そこでランチの最中、やはり気になった戸浪は祐馬にそう言った。
「戸浪ちゃんって、なんか高いってことにこだわるよなあ……。俺そんなことより、二、三週間もかかるなんて思わなかった。んも~なんで色違いを置いてくれてないんだろう……でもあれが良かったし……」
フランスパンをちぎって祐馬は不服な顔で言った。
「……お前なあ……」
どうも祐馬とは金銭感覚が違うのだ。いや、正確には金をかける部分が人と違うと言った方が良いのかもしれない。
一緒に生活して分かったことだが、食費にしてもごく一般的な金額しか使わない。日によれば安売りをめがけて、祐馬は買い物に出かけたりする。そうかと思うと、これ見て良さそうだったから~と言って買ってくるスーツなど、びっくりするほどの値段のときがあった。そのくせ、休みの日など、何処かの安売りで買ってきたようなシャツを、平気で着ているときもあるのだ。
ちぐはぐだな……と、戸浪は思うのだが、本人これっぽっちも変だと思っていない。
「戸浪ちゃん……?」
「え、ああ……何だ……」
「あのさ…人の休みまで付け回してくるのって、やばいと思うんだけど……」
心配そうに祐馬は言った。
「そうだな……気をつけるよ……」
「んなあ、あいついくつだよ……」
「お前より二つ上だ……見えないがね……」
白身魚のオリーブ和えを食べながら戸浪は言った。
「げ、あんで俺より年上?ガキ臭かったけど……」
と、ガキな祐馬が同じガキな克弥のことを言うのだから戸浪は笑えた。
「何その笑い……それって、もしかして俺もガキなのにって思ってないか?」
「良く分かってるな……。それにお前達は似てるよ……私は会社でもお前を相手にしてるような気がして気疲れするよ……」
苦笑しながら戸浪が言うと、祐馬はムッとした顔になった。
「何だよそれ、似てるって何処がだよ。俺あんな変な奴じゃないぞ」
あ、言わない方が良かったのかも……と戸浪は思ったが、遅かった。
「ああ変な奴だ……良く考えるとお前とは違うな……」
今頃言っても遅いのだが、一応戸浪はそう言った。
「……あとで言い直したって、戸浪ちゃんはぜってーあいつと俺似てると思ってるんだ。何であんな変なのと似てるんだよ~全然似てないよ~気持ち悪いっ!」
「変なところが似てると思った訳じゃない。最初の頃のお前に似ているんだよ……」
「は?」
と言った祐馬の口からパンがこぼれ落ちた。
「お前だって私を付け回していた時期が合っただろう……。それに、会社でもこちらがいくらはねつけても、誰かさんと同じく本当にめげないんだ……。そんなところがお前と似てると私は思ったんだ」
あの頃の祐馬を思いだし、戸浪はクスリと笑った。だが祐馬の方は又考え込んでいた。
「……」
「ん?どうした?」
「別に……」
祐馬は急に食べることに専念し始めた。だがこっちは朝から時折見せる祐馬のその妙な態度が気になって仕方ないのだ。
「……朝からお前変だぞ……何だ、何か言いたい事があるなら言え」
「何でもない……」
下を向いたまま祐馬はそう言った。
「何でも無くて、お前がそんな態度を取るのか?」
「あ、ほんと何でも無いから……」
ははっと今度は笑ってそう言うのだが、笑いがなんだか浮いている。
「……そうか、なら良いが……」
言う気が無いのを、とやかく言っても仕方がない。そう思った戸浪は、それ以上追求することはしなかった。
食事を終え、暫くドライブを楽しんでから夕方マンションに戻った。だが祐馬の方はもう色々気になることがありすぎて、余り楽しめなかった。
戸浪ちゃんって……
最初微かに気になっていたことだ。
それが最近、妙に気になりだした。
その上変な奴までわいて出てきた。
「……はあもう……」
もてる恋人を持つと苦労するとは良く言ったものだ。
本を読んでソファーでくつろぐ戸浪をチラと見て祐馬は溜息をついた。
戸浪は休日になると一人で本を読んだり、ごろごろと横になるか、何をするわけでもなくぼんやりするのが好きなようだった。
だからといって出不精な訳ではなく、誘うと一緒に出かける事を結構楽しんでいるのが分かる。まあ確かに最初の頃は出かけるのに良い顔をしなかった。人混みが余り好きでは無いというのが理由らしい。
どうも戸浪は自分で何かこうしよう、ああしたいという欲求が人より少ない。だから祐馬が色々計画し、外へと連れ出すのだ。
戸浪は、それで結構満足しているようだ。
戸浪らしいと言えばそうなのだが、それがまず不安材料になっているのだ。
こういうタイプって……押しに弱いのかも……
祐馬は、かなり押せ押せで戸浪を落としたような気がするのだ。
本当に何度殴られても蹴られてもめげなかった。いやめげるつもりは無かった。
それが戸浪の好みというか、タイプというなら、あの祐馬と似てると言った、克弥はものすごく危険なタイプに属するのだ。
戸浪は本当に押しに弱い。本人はそんなことこれっぽっちも感じていないだろうが、押しに弱いのだ……。
だから祐馬が今、戸浪を自分の恋人に出来ているといっても過言ではないはずだ。
戸浪ちゃんってそういう危機感無いからなあ……
もてるという自覚も無い。
根が優しいために、本気で人を拒絶するのが苦手だ。
その性格の上に乗っかっている、押しに弱いと言うのが非常に問題だった。
んでも、そゆとこが可愛いんだけどなア~戸浪ちゃんって……
チラと又戸浪を見て祐馬は心の中で呟いた。
「何だ……さっきからチラチラ見て……気持ち悪い」
本をずらしてこちらを見るとジロッと戸浪は睨んだ。
「……え、ん~何でも無いよ~」
そう言うと、戸浪は訝しげにこちらに視線を投げかけて、又本を読みだした。
祐馬は確かに押しが強いと思う。だが肝心なエッチにまでそれが及ばないのだ。
こればっかりは……押せ押せって言うのも……
変なところで気弱になってるなあと自分でも思う。
だってなあ……聞けないし……
聞いたら絶対殺されそうだし……
そのへんはっきり聞いたらちょっと強引に行けそうなんだけど……
見てるだけじゃ、その辺り、どうなのか分からないしなあ……
と、もう一つずっと気になっていることをウジウジと祐馬は考えた。
ボコンっ
「あいたっ!」
いきなり頭を叩かれて祐馬は顔を上げた。すると戸浪が先程から読んでいる本で頭を叩いたようだった。
「な、何するんだよっ!俺なんもしてねえじゃんかっ!」
「お前、さっきから自分がどういう百面相してるのか分かってるのか?一人でにやついたり、泣きそうになったり、ふくれてみたり、そんなふくわらいみたいな表情をこっちから見てると気持ち悪いんだっ!」
「俺だって色々考えてるんだって……叩くほどの事じゃないだろ……気持ち悪いんだったら見なきゃいいじゃんか……」
「……そ、そうだがな……」
こほんと咳払いを一つして戸浪はキッチンの方へと歩いていった。その後ろから祐馬は叫ぶように言った。
「なんだよ~殴ってごめんくらい言っても良いじゃんか……も~何もしてないときくらい殴るなよっ!」
たいして痛かった訳でもないのだが、何も無いのに叩かれるのは、なんだか嫌なのだ。
だが……
もしかして、俺に構って欲しかったのかな?
と、思いながら戸浪を待っていると、誰か来たのか、玄関で戸浪が対応しているのが聞こえた。祐馬は身体を起こして廊下から玄関を覗くと、宅急便が届いたようだった。
「何か届いた?」
祐馬が戸浪にそう聞くと、こちらを振り向いてバラの花束を見せた。そうして今度はそれを宅急便の配達人に押しつけ言った。
「受取拒否」
「お客さん~」
「二度は言わん。持って帰れ」
「は、はあ……」
配達人は花束を抱えて帰っていった。
「……もしかして……またあいつから?」
「そうだ。お前もカン働くときがあるんだな」
戸浪は振り向いてそう言った。
「……なんかすげえ、奴だよな……」
自分だって押しの強いタイプだと思ってはいるが、克弥がここまでするとは思わなかった。祐馬は花束など戸浪に贈った事など無い。というより、そんな花などを贈るという気の回りは無いのだ。
「男に花なんぞ貰って何が嬉しいんだっ。ったく!」
「……だよな……」
はははと祐馬は笑った。
だがもう笑ってる場合じゃないのだ。相手は本当に本気だ。
「なあ祐馬……」
「何?」
「やっぱりお前変だぞ……何かあったのか?」
「そりゃ戸浪ちゃんに付きまとう男が現れたら俺だって変になっちゃうよ。戸浪ちゃんはあんましそう言う俺の気持ち分かってくれないだろうけどさ……」
その言葉に困ったような表情を返してきただけで戸浪は何も言わなかった。
「どう思う?」
「どうってなあ……」
川田が煙草を吸って唸った。ここ数日の事を川田を屋上に呼び出し相談したのだ。もう克弥のことを知ってからの祐馬はここのところ考え込んでばかりだ。
その所為か口数も減った。
今まではべたべたとくっついてきて仕方がなかったのだが、最近は克弥の事をずっと気にしている所為か、ぼーっと何かを考えている時間の方が増えた。
戸浪にしてみれば、何をそんなに祐馬が悩むのかが理解できないのだ。
一緒に住んで、好きだ、愛してると抱き合うこともある。そうして恋人同士だと互いに認識しているはずなのに、何が気になるのか分からないのだ。
私が浮気でもすると思ってるのだろうか……
いやそう言う訳でもなさそうだ……
「どうにかしたいんだが……」
戸浪は溜息をつきつつ、そう言った。
「ああいうのは痛い目に合わせないと引かないぞ……」
煙草を口の端にくわえたまま、川田はそう言った笑った。
「半殺し位なら、しても良いが……」
本気でそう戸浪が言うと川田が「おいおい、お前が言うと冗談にならないっ」と言っていきなり諫められた。
「お前が言ったんだろうが……痛い目に合わせろと……」
「冗談に決まってるだろう……まともに取るなよ……」
川田は苦笑しながら灰皿が変わりに持っているコーヒーの缶に煙草の灰を落とした。
「……だがもう私も疲れてるんだ。仕事が一緒と言うこともあるのだろうが、あれは?これは?と、どうでも良いことまで聞いてくるんだあいつはっ!昼もこうやって逃げないと何処まででもついてくるぞ。周囲の人間は恋愛感情と言うより、懐かれてると思ってくれているからまだ助かっているが、これ以上付きまとわれるのは我慢ならないんだ」
本当にもう金魚の糞状態だった。
「お前のことだから、須藤に注意してるんだろうな?」
「何度怒り倒しても、のれんに腕押しだ。もう……こっちが会社を辞めてやろうかと考えている程だ」
あと何ヶ月も一緒に仕事をすることなどぞっとするのだ。
克弥が来てから、毎日会社でピリピリしており、いつか頭の神経が焼き切れ、頭が禿げるのではないかと本気で思う。
その上、うちに帰るとあの馬鹿が今度考え込んでばかりで、側に恋人がいるのに上の空だっ!
何か肝心なことを忘れていると思わないのか?
「まあまあ……そう怒りなさんな……」
「もう……本当に……私は疲れてるんだ……」
会社、帰り道、うちの中という生活の全ての場でイライラすると、気を落ち着ける場所はもう無い。
「たしかにな……あいつ気持ち悪くらいお前に付きまとってるな。どうだ、そろそろ情が移りそうか?」
クククと笑って川田は言った。
「情だと?怒りで沸騰した頭に情など沸く訳無いだろう!ああもう~何かいい方法、お前思いつかないのか?」
「思いつかないが……、それよりお前の彼氏に釘を刺して置いた方がいいぞ。若いと殺傷沙汰になりかねんからさ……」
「あいつが、そんなことするかっ」
「お前の事だから、会社で苛ついたまま家に帰宅してるんだろう?そんなお前見たら嫉妬で何しでかすかわからんぞ」
意外に真剣に川田は言った。
「……そ、そうなのか?」
そんなことは考えもつかなかった。だが、最近考え込んでいるのは祐馬がそこまで思い詰めていると言うことなのだろうか?
「まあなあ……俺はお前の彼氏がどんなタイプかいまいち分からないけどさあ……俺がおまえんちに行ったくらいで、あんだけ機嫌悪くなるんだぞ……。それほどあからさまで恋愛感情の持った相手に、お前が付きまとわれているのを知って、ずっと黙ってるとは、俺は思えないんだよな……」
川田は煙草をもう一本口にくわえて火をつけた。
「……そうだな……何も無いと思うが……一応釘を刺しておく……。それはいいとして……問題はその原因になっている須藤なんだ……あいつを本気でここから突き落としたい……」
そう言って戸浪はビルの屋上から下の景色を眺めた。
「柿本部長に相談してみろよ。好きとか嫌いとかそういうのは置いて、ちょっと仕事にならないとか適当に言って担当代えて貰えよ。別にお前じゃなくても良いんだろう?」
「……そうだな……。それで終わると思うか?」
「とりあえず仕事上で絡むことは無くなるだろ?まずそれからだ。後、勝手に付きまとうのなんだが、こればっかりはなあ……」
ふーっと煙を吐き出して川田は言った。
「……どうして私なんだ……お前でも良いはずだろう……」
と、戸浪が言うと川田は咳き込んだ。
「おまっ、お前なあ、俺の何処が男に好かれる顔してるんだっ?」
「……何を狼狽えてるんだ。ほら見ろ、お前だってああいうのに付きまとわれたら嫌だということだろう……」
「嫌に決まっているだろう。ああいうのが好きって言うなら、それこそ上手くいって万々歳なんだから……」
何が万々歳だ……
「……お前は良いよ……付きまとわれた身にもなってくれ……」
深々と溜息をつきながら戸浪は言った。
その横でやはり川田が溜息をついた。
要するに決定的な解決方法が無いということだった。
うちに帰ると、祐馬は居間で膝を抱え込み、やっぱり何かを考えていた。そんな祐馬に「話がある……」と言うと顔を上げた。
「どしたの?又あいつ、くだんねーこと言ってきた?」
ムッとした顔で祐馬がそう言った。やはり克弥が気になっているようだった。
いや気になって気になって仕方のない顔だ。
「いや、お前が色々心配するのは分かるんだが、お前は絶対何もするな。克弥に文句を言うこともするな。私がケリをつけるから……分かったな」
刃物で刺すような事はするなと、ストレートには、いくらなんでも言えない。
「何だよそれ……俺に関係ないって言いたいのか?」
「関係ないとは言わないよ。でもな祐馬、今日部長に話して、とりあえず、仕事上での関わり合いを無くして貰った。まあ向こうも時期が来たら名古屋に帰るのだから、後は無視していればそれで良いんだ。だからお前が心配することは無い」
そう言うと不服な顔をして見せた。
「俺、一回あいつに会いたいと思ってるんだけど……話しあるんだ……」
おい、これって川田が心配した事じゃないかっ!
「駄目だ。会う必要など無い」
戸浪はきつくそう言った。
「俺は……心配なんだっ!分かってよ、そう言うことをさ……」
そう言って祐馬は目線を逸らせた。
やばい……こいつも危ないぞ……と戸浪が思っていることなど祐馬は気が付くはずもない。
「分かっているが、会わす気も無いし、会って欲しくもない」
きつく約束させないと駄目だと戸浪は感じた。今の祐馬を見ている限り、どうも川田が心配するような事になりそうな気配があったからだ。
「……何で?」
「どうしてもだ。この話はこれで終わりだ。分かってるな。約束してくれ……絶対会ったりしないと……」
そう言うと祐馬はじっとこちらを見てムッとしている。いや腹を立てていると言った方が正解だった。
「約束なんかできねえよ……」
「祐馬……私を困らせないでくれ……」
この男まで制御不能になったらもうどうしようもない。
「困らせてるわけじゃない」
「あのな、私が頼んでいるのに、どうしてそれを聞いてくれないんだ?お前の気持ちは分かっている。だが、お前まで入ってきたらややこしくなるだろうが……」
「ややこしいって……その言い方なんだよ。それこそ俺の気持ちなんて全然分かってねえじゃんかっ!」
もう祐馬は全く聞く耳を持っていない状態だ。
「いい加減にしろっ!二人のガキの面倒を見ろとお前は言いたいのかっ!一人で今は手一杯だと言うことがどうして分からない……」
言い過ぎた……と思ったときには遅かった。
「……だよな……戸浪ちゃんって俺のこと何時だってガキ扱いだもんな……。俺たよんないからそう思うんだろ?年下だし……別に構わないけどな……。頑張ったって三つの歳の差は死ぬまで埋まらない」
言って祐馬は立ち上がった。
「……祐馬……その……な……」
「ことある事にガキ扱いされて俺が嬉しいとでも思ってる?そやってこういう時に出る言葉って戸浪ちゃんが何時だってそう思ってるって事だろ!」
「思ってない」
「思ってるっ!」
「じゃあそうして置け。だが絶対会うな。分かったな。もし隠れて会ったら……」
「会ったらなに?俺らのこういう関係止めるっていうのか?」
「お前はどうしてそこまで話が飛ぶんだっ!」
極端すぎると思うのだが、祐馬は頭に血が昇っていてこっちの言うことをまともに考えてはくれない。
「そう言うことだろ……」
「会ったらお前を殴ってやると言いたかったんだっ!ガキだと言われたくなかったら、そんな風に意固地になるんじゃない。お前がそうだからガキだって言うんだっ!」
ここまで来るとどちらも引かないために泥沼だった……。
「良いよガキで……元々そう思われてるんだから……」
祐馬は言うだけ言うと居間を出ていった。
「ああもう……」
ソファーに座り込んで戸浪は頭を抱えた。
これ以上問題を増やしたくなかったはずが、余計に増やしてしまったのだ。
どうしたら良いんだ……
何かあってからでは遅いんだ……
いきなり刺したりはしないだろうが、暴力沙汰でも起こされたら大変だ。それで警察などに捕まったらどう説明するんだ?
それも祐馬は東都の会長の孫だぞ……いくらこちらのことを認めているとはいえ、こんな事が表沙汰になったらどうするつもりなんだ……。
そこまで考えて大人だろう……
と、戸浪は言い訳がましく思うのだが、やはり言い過ぎた。
だが言い過ぎたことを謝る事が素直に出来ない自分もガキだと思いながら、戸浪は項垂れた。
祐馬が何故それほど怒ったのか本当の理由を戸浪は知らなかった。
俺が何にも言わないから戸浪ちゃんは知らないで幸せなんだからなっ!
と、祐馬はキッチンの椅子に座ってイライラと机を叩いた。
戸浪には言わなかったが、暫く前から無言電話や、悪戯FAXが信じられないくらい届くのだ。
今は電話の線を抜いているので、悩まされることは無くなったが、とにかくそう言うことがあったので余計に祐馬は不安だった。
戸浪が帰ってくる頃には、その嫌がらせはピタリと止まる。だから祐馬に対しての嫌がらせだと言うことがありありと分かった。
そうなると誰かは思いっきり検討がつく。
「くっそ~むかつくっ!」
そんな陰湿なことを平気でする相手に戸浪は惚れられているのだ。
これで恋人のことを心配にならないのなら、よっぽどの馬鹿だろう。
その事を戸浪に言わないのは、余計に心配させると思ったからだ。何より無言電話や悪戯FAXは戸浪が帰る時間にはかからないのだ。要するに克弥が戸浪の帰宅時間を見て知っているから出来るのだ。
こんな俺が必死になってるのに~
ガキ扱いするし……。
それはもういい、そんなことより問題はあの克弥だ。
ストーカーまがいの男と、まともに話し合いが出来るのかが祐馬には不明だった。
警官になった友達に相談したのだが、こちらの事情もあり、余り騒ぎ立てるのもなあ……ということになった。但し、FAXや無言電話で一杯になった留守電のテープは保管しておくようにとアドバイスされたため、戸浪には内緒で隠してある。
これ以上酷くなったら、警告してやるよと友人の警官には言われた。だが、表沙汰には余りしたくないのだ。
男同士がこんなところでネックになるとは祐馬は思わなかった。
正々堂々ならまだ許せる。
だがこんな陰湿にされてどうして気を使ってやらなければならないのだ。
そう言う事情もあって、祐馬は本気で心配しているのだ。
自分の知らないところで戸浪に何かあったら……そんなことを最近ずっと祐馬は考えていたのだ。
何か方法はと必死に考えるのだが、良い案は出ない。
「……はあもう……ほんとむかつく~」
ついこの間までは、戸浪との初エッチの事ばかり考えていた祐馬であったが、今はもうストーカー対策で頭が一杯だ。
大体、戸浪ちゃんって全然危機感ねえんだもんな……
俺の出方より奴の出方の方がやばいじゃんか……も~
「祐馬……」
振り返ると戸浪がキッチンの入り口に立っていた。
「……何?さっきの話なら、聞かないから……」
「……頼むから大人しくしていてくれ……」
何が大人しくだっ!
「俺は俺のしたいようにする」
きっぱりと祐馬は言った。
「……祐馬……私が何とかする……だから……」
「出来る訳無いだろっ!」
簡単に出来たらこんな風に悩みなどしない。それは戸浪とて同じな筈だ。
戸浪はこういう時ほとんどというか、全く祐馬を頼らない。確かに年下で頼りなく思うのだろうが、何かあったときは相談してくれても良いはずだ。
「……お前はどうしてそうなんだ……これほど頼んでいるのだから聞いてくれてもいいだろう?」
戸浪の懇願するような声に祐馬は溜息が漏れた。
「ガキに言い聞かせるように言うなよ」
「……お前が困らせるからだ」
そう言う戸浪に近寄って引き寄せた。抵抗されるかと思ったが、意外に戸浪は身体をこちらに任せてきた。
「んな、俺もちゃんと戸浪ちゃんの事考えてるんだからさ……こゆとき位頼ってよ。自分でなんもかんも担がなくっても、俺だっているんだから……俺、戸浪ちゃんの恋人だよ。だろ?」
そう言うと戸浪が腕の中で身じろぎするのが分かった。
「……分かってる……だが今回は……」
と、戸浪が言ったところで祐馬が身体を離した。
「分かってない」
「私を困らせるのが恋人なのか?聞いて欲しいと言うことを叶えてくれるのだって恋人なんじゃないのか?」
「……俺が気に入らないんだったら……俺みたいなガキで、頼み事も聞いてくれないような男が嫌だったら、分かれるって言えばいい。でも俺、これに関して退く気はないんだっ!そんで、戸浪ちゃんが俺のこと嫌んなっても、出ていっても、俺は退かないっ!」
戸浪に何かあってから祐馬は後悔などしたくないのだ。
「お前はっ!」
いきなり殴ろうとして振り上げられた戸浪の手首を祐馬は掴んだ。それを自分に引き寄せて手の甲に頬ずりした。
「まあ…もう今更、戸浪ちゃんが俺に呆れて出てくって言っても、こっから出す気ないけどな……新しいベットも買ったことだし……逃げられないように、あそこに縛り付けちゃうのも手だよな……」
上目使いにそう言うと、戸浪はかあっと顔を赤らめた。
「なんてな……」
ニカッと笑って祐馬は今度、戸浪の頬を撫でた。
「だあれが今更手放すものかって……。こんだけ苦労してやっと自分の恋人になった戸浪ちゃんなんだ。誰にも渡さないし、誰にもちょっかいかけさせない」
きっぱりと祐馬はそう言った。
「祐馬……」
困った顔と恥ずかしい顔半々の顔で戸浪が言った。
「大丈夫だって~俺、戸浪ちゃんの立場が悪くなるようなことをするつもり無いからさ、恋人の俺をもっと信用して、頼ってくれよ。俺だって男なんだぞ」
戸浪の肩をポンポンと叩いて祐馬は言った。
「……そうだな……」
「んじゃ俺、風呂入ってくる……」
自分で言ったことが恥ずかしくなった祐馬は、それを戸浪に気取られる前に、キッチンを後にすると、バスルームに向かった。
祐馬って……
男らしくて、なかなか、かっこいいじゃないか……
なあんて思いながらペタと床に座り込んだ戸浪は、顔を又、赤らめた。
ベットに縛り付けるとは……全く……
そんなことをより先にベットですることがあるだろうに……
全くあいつは本当に……
はっ……
違うっ!
そうじゃないっ!
肝心な話はどうなったんだ?
戸浪は結局、祐馬とどういう決着が付いたのかいまいち覚えていなかった。