Angel Sugar

「疑惑だって愛のうち」 第4章

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 翌日憂鬱な気持ちで出社し、自分の席に座ると、案の定克弥が近寄ってきた。
「どう言うことなんですか?」
 ややご立腹のようだ。だがこっちは立腹どころの騒ぎではないのだ。
「私もね、色々忙しくて、君の面倒を見られなくなったって事だよ。悪いとは思うんだが……」
 先日、部長の柿本に、今は忙しくて面倒を見られないということを戸浪は話した。それで今日から戸浪はこの克弥の面倒を見なくて済むのだ。だがそれは仕事上の事だけであった為、安心は出来ないのだが、こちらが仕事をしている間中、質問責めにあうことも、じっと見つめられることも無くなる。
 それだけでも充分、戸浪は落ち着きを取り戻せるのだった。
「僕が気に入らないんですか?そんなに仕事が出来ないですか?」
 おい、会社でそんなことを言うな……
 と、思うのだが、それは言えないだろう。
「そうじゃない。本当に私が忙しいんだ。君の質問にもいちいち答えてやれないくらいにね。本当はきちんと教えてあげたいことでも、そういう理由でぞんざいになる事は否めない。それが分かっていながら無責任なことはしたくない。そう言うことだよ……」
 言いながら話は終わりだと、戸浪は新しく積まれた図面に目を通しだした。
「……そうやって気を引いてるんですね……」
 ぼそっとそう言って克弥は新しくあてがわれた席に戻っていた。
 気を引くって何だ?
 私が何時お前の気を引いたんだ?
 思い切り毛嫌いしているだろう?
 無視も大げさにしているだろう?
 それの何処が気を引く態度なんだ?
 そんな風に思えるお前は、どういう脳の構造をしているんだ?
 戸浪は唖然としながら克弥を見送り、川田の声でハッと正気に戻った。
「おい、なにぼーーっとしてるんだ。全くお前って最近ほんとぼーっとしてるな。別に構わしないけどなあ……」
「え、ああ、いや、何でも無い……」
 プルプルと頭を振って戸浪は言った。
「ちょっとこいつの件で打合せあるんだけどな……打合せ室テーブルの方へ移動できないか?
 川田は、小脇に抱えていた図面のを見せてそう言った。
「ああ、いいよ……」
 言って戸浪は席を立った。
「そうだ……コーヒーは俺がおごる……」
「え?何か貸しでもあったか?」
「スッチーと駄目だったからなア~俺、今給料日前で夕飯おごる飯代もきついんだよ。でもってミカンの季節じゃないしな……と言うわけで、缶コーヒーだ」
 そう言えば以前にそう言う賭けをした。だが戸浪はその事をすっかり忘れていたのだ。というより、あの時の事は川田が気を使ってそんな話をしたと思っていたから、本気にはしていなかったのだ。
「安い商品だな……」
 戸浪はクスッと笑ってそう言った。
「そういうな……」
 打合せ室の所に来た川田は、その端に設置された自動販売機でコーヒーを二缶買うと、テーブルの所まで戻ってきた。
 ここは会議室などとは違い、業者と打合せするのに使う場所で、パーテーションでしかテーブルの回りを囲っていない。その為、結構社員が空いているところでコーヒーを飲んだりという憩いの場としても使っていた。
 本日は朝早い為、まだ席はがら空きだった。二人は窓際の一番奥のテーブルを選んで向かい合わせに座った。
「で、図面はお前特有の言い訳だとして、ここに呼び出した理由は何だ?」
 コーヒーの缶を受取り戸浪はニヤと笑った。
「……分かる?分かるよな~付き合い長いからな……」
 一応仕事の格好を付けるように川田は持っていた図面を机に広げた。
「何だ……スッチーの次は誰に目を付けたんだ……」
「……違うぞ澤村……」
 情けない顔で川田は言った。
「……恋愛問題じゃないのか?」
 川田が悩むと言えばそれしか無いのだが……
「飛び火したぞおいっ!勘弁してくれよ……」
 机に広げた図面に、川田がベターッと身体を倒した。
「何だ飛び火って……」
 意味が分からずに戸浪は言った。
「お前んちは被害無いのか?」
 ジロ~っと机に突っ伏したまま川田はこちらを見る。
「被害って……被害って何だ?」
 川田が言う意味が分からず戸浪はそう聞いた。
「無言留守電とか……ファクスとか来る……大量に……入ってたし、来た。仕方ないから迷惑登録した。でもまた送ってくるんだよ~最後には電話線ぬいちまった」
 はあ~と、こちらに聞こえる位の大きさで川田は溜息をついた。
「お前、スッチーに嫌がらせ、されてるんじゃないのか?」
「……そんなわけ無いだろ……お前の事書いてあるのに……」
 言いながら片手を左右に振った。
 もう勘弁してくれという事だろう。
「私か?なんだそれはっ……」
「FAXに、お前と仲良くするな~みたいなことが色々書いてある……。こう言えば犯人が誰かお前だって検討つくよなあ~。でもさ、奴だと確信できるわけじゃないから、当人に言えないんだよ……これが……。でもそんなこと書いてくるって言ったら、あいつしか居ないだろう?」
「ど、どうしてお前に飛び火するんだ?」
「いやなあ……俺もまずかったと思うんだ……お前があんまり振りまわされてっから、こっそり内緒で、ほおんのちょっと忠告してやったんだが……それからだよ……嫌がらせ……」
 この男何を言ってそんな嫌がらせを受けているんだ?
「一体何を言ったんだ?」
「大したこと言った訳じゃない。ただ、青臭いガキが色気出してんじゃねえぞ、と言った」
 それはかなりきついんじゃないのか?
 と、思ったが、あの克弥相手ならそれほどでも無いという気もする。
 何より祐馬は克弥の頭を思いっきり殴った事があったのだ。言葉だけなら、それほどきついとも思えない。
 だが、たったそれだけの忠告でそんな嫌がらせを受けるのだろうか?
「……済まないな……」
「で、お前の方は嫌がらせは無いのか?」
「……いや……無いな」
 そんな留守電が入っていたとか、悪戯FAXの話しも祐馬から戸浪は聞いていなかった。
「変だな……、俺が口出ししただけであんな事するガキだぞ。お前なんか彼氏と住んでるんだから、彼氏に対しての嫌がらせは、俺よりものすごいと思うがなあ……」
「そ、そんなことは須藤は知らんだろうっ!」
 狼狽えながら戸浪は思わずそう言った。
 だが、あれだけストーキングし、こちらの休日まで追っかけてくる須藤が、何時も一緒にいる祐馬を、ただの友人だと思ってくれるかどうかは分からなかった。
「おいおい、お前がでかい声でわめくな。ただな、お前須藤に家まで追いかけられてるって言うのに、そんな事わからねえ奴居ないだろうよ。そりゃもちろん、ただの同居って言うことも出来るけどな。恋する男から見たら、そう言うのはピンと来るんじゃないのか?」
「……だが、三崎は無言電話やFAXのことは何も言っていなかったから、別段……」
 と、戸浪は言いながら言葉を途中で止めた。
 戸浪がどれだけ頼んでも、一向に引き下がらなかった昨晩の祐馬の様子を思い出したのだ。
 祐馬は酷く意固地に自分は退かないと言い張った。
 頑固に物事を通そうとするタイプではない祐馬が一歩も退かなかった。
 もしかすると、自分が知らないだけで、祐馬の方にも被害があったのだろうか?
「お前だって思い当たってるんだろう……ったくよ……」
 はああっと更に大きな溜息を川田はついた。
「……あ……いや、私は知らないんだが……もしかして三崎には何かあったのかもしれないと思ったんだ。あいつは何も言わないんだが……」
 もし何かあったとしたら、祐馬は戸浪にきっと隠すだろう……
 そう言う男なのだ。
 だからあれだけ意地になっていたのだ。
 ようやく、昨日の祐馬の態度が理解できたと戸浪は思った。
 克弥に何かされたのだ。
 だから、祐馬は戸浪のことを異常に心配し、どれだけ頼んでも退いてくれなかったのだ。
「そりゃあっても隠してるんじゃねえのか?そういうもんだろ?つきあってりゃさ。逆に相手のピンチを助けてやろうと思うものだろうしな……」
 当然の如く川田はそう言って笑みを浮かべた。
 どうして、川田のようにいい男が、恋愛に何時も失敗しているのか戸浪には不思議で仕方なかった。
「お前と話していると、私は自分が同性とつき合っているのを忘れるのは何故だろうな……」
 戸浪はそう言って笑った。
「男だろうが女だろうが、恋愛問題に関しては同じだろ?何処に違いがあるのか聞きたいよ。まあ使う穴は違っ!」
 と言ったところで戸浪は、まだ開けていないコーヒーの缶で川田の頭を殴った。
「余計なことは言うな……」
 今度はちゃんとプルトップを開け、戸浪は一口コーヒーを飲んだ。
「まあ、でもな、こいつあ~ちと問題有りだぞ……須藤は……」
 ようやく身体を起こして川田は言った。
「……ああ……私も困って居るんだが……」
 それにしても祐馬は何をされたのだろう……
 それが気になって気になって仕方なかった。
 今日は早めに帰って、祐馬に問いつめなければ……
 戸浪はそう思ったのだが、その日は昼過ぎから来た急ぎの図面直しで結局残業する羽目になった。

「ああもう……何時になったらこいつは終わるんだ……」
 イライラと戸浪はプロッターの前で、のろのろと動く第二原図を見ながら溜息をついた。
 先程まで数人残っていたのだが、後出力だけであったので、他、手伝ってくれていた同期に先に帰るように言い、自分は最後の仕上げが終わるのを待っていた。
 その最後の出力だけが、何故かノロノロと遅い。
 これを全部出力すれば終わりなのだ。
 チラと時計を確認して、もうすぐ十一時が過ぎるのが分かった。
 ああああもうううう……
 先程、祐馬には電話を入れ、もうすぐ帰られると言ったのだが、これではうちに帰るのが何時になるのか分からない。
 今日は祐馬に聞きたいことが山ほどあったのだ。
「手伝いましょうか?」
 と、いきなり声をかけてきたのは克弥だった。
「な、何してるんだ?こんな時間に……帰ったんじゃないのか?」
 驚いた戸浪はそう言って、やや後ろに下がった。
「ずっと仕事してましたよ。そろそろ帰ろうと思って、部署の扉のキーを閉めるのに、フロアに誰もいないか確認して廻ってたんです」
 部署の扉のキーは最後退出する人間が、鍵をかけ、ビルの一階にあるキーボックスに預けて帰るのだ。
「そ、そうか……じゃあキーを置いていってくれ。私はこれが済むまで帰られない……」
「だから手伝いますよ……」
 ニコニコと笑いながら克弥は言った。
「いや、結構だ。後これを出力するだけだから、手伝って貰うことはない。だから君はもう帰っていい」
 そう戸浪が言うと、克弥はムッとした顔になった。
「澤村さんは、そうやって僕にだけ冷たくするんですね……」
「そんなことはどうでも良い話しだ。さっさと帰れっ」
 やや口調きつく言うと、いきなり抱きつかれ、机に押し倒された。その勢いで机に乗っていた書類が散乱する。
「いい加減にしろっ!」
「あんなガキ臭いのがいいんだ……」
 それは祐馬の事か?
 多分そうなのだろうが、それを認める訳にはいかない。
「何の話しだ?良いからどけろっ!」
 克弥をぐいと手で押しのけようとすると、急にこちらに覆い被さり、口元を近づけてきた。
「いい加減にしろと言ってるだろうがっ!」
 頭に来た戸浪は思いっきり膝を蹴り上げ、克弥の鳩尾にヒットさせた。その反動で克弥は後ろに転がり、すぐには立てずに痛みで呻いていた。
「……ったく。大丈夫か?お前が馬鹿なことをするからだぞ……これに懲りたらもうこんなふざけた真似はするんじゃない……」
 言って戸浪が立ち上がろうとしている克弥に手を伸ばすと、その手を掴まれ又引っ張られた。今度はこちらも中腰であったので、体勢を崩し、克弥の胸に飛び込む形で倒れ込んだ。そんな戸浪をがしっと抱きしめて、克弥は動かなくなった。
「おいっ!離せっ!」
「嫌だ」
「嫌だじゃないっ!」
 克弥の足まで戸浪の身体に巻き付き離れない。
「こんの~離せと言っているんだっ!」
 じたばたと羽交い締めされている身体を動かすのだが克弥によって廻された腕と足は全く動かなかった。
 克弥は手を出せない戸浪の首元にチュッとキスを落としてくる。思わず戸浪はぞーーっとした。
「なっ何をやってるんだっ!このっ!吸い付くなっ!気持ち悪いっ!」
 と、戸浪は手を出すことも出来ずに必死に暴れるのだが、首元に吸い付いた克弥は離れようとしない。
「気持ち悪いと言ってるんだあああっ!」
 かあっと頭に血を昇らせた戸浪は、克弥に頭突きを食らわせた。こっちも頭の芯まで痛みが走ったが、その痛みで克弥の手足が緩んだ。その隙に戸浪は身体を離した。
「大馬鹿者めがああっ!」
 ドスッともう一発鳩尾にあてると、克弥は「ウッ」と呻いて気を失った。
「はあ……はあ……はあ……ああああもおおおう!」
 戸浪はもう仕事などこれっぽっちも頭から無くなり、克弥を放って自分の席に戻ると、鞄を取り、そのまま自部署を飛び出した。
 そうして慌ててビルを飛び出すと、タクシーを拾い、自宅へと急いだ。
 
 十二時を過ぎた頃、帰ってきた戸浪は何故か衣服が乱れていた。
「戸浪ちゃん……どしたの?」
「えっ……な、何が?」
 と言って笑いを顔に必死に浮かべようとしているのが、ありありと祐馬には分かった。
 無茶苦茶変だって……
「何がって……その格好何?」
 靴を脱ぎながら戸浪は何故か後ろを気にしてチラチラと振り返る。
「格好?ふ、普通だよ……」
 って、どこが?
「スーツの上着はボタン留めてないし、シャツもなんだかしわよってるしさ……ネクタイだって、いがんでるよ……」
 と言いながら、目線が首元で止まった。
「……何それ……」
 どう見てもキスマークだった。
 何処でつけてきたのだろう?
 一体これはどう言うことなんだ?
「さっきから何、何言うなっ!」
 気付いていない戸浪はそう言って怒鳴ったのだが迫力は無い。そんな戸浪の腕を掴んで祐馬は引っ張った。
「……おいっ、祐馬っ!痛いだろうがっ!離せっ!」
「戸浪ちゃんにそんなこと言う権利、今ないよ……」
 そう言って祐馬はリビングに戸浪を連れてくると、ソファーに座るように言った。
「だから何だ、今度は何に怒っているんだ……くだらないことなら殴るぞ」
 戸浪はそう言って怒り出したが、怒りたいのはこっちだった。
「戸浪ちゃん……自分の首元に何ついてるか分かってる?」
 そう言うと、戸浪は手を首に廻して、青くなった。その向かった手の位置はキスマークをつけている所に迷わず向かったのだから、戸浪に自覚があると言うことだ。
「なんなのそれ……虫に刺されたとか、くだらない言い訳しないでくれよ……」
 ジロッと睨むように戸浪を見ると、こちらを伺うように俯き加減にこちらを見ている。
 ここで拳が飛んでこないと言うことは、戸浪自身がキスマークの事を認めたということだ。
「……自分で……つけた」
 ってなんじゃそりゃ?
「戸浪ちゃん……そんなとこ、どやって自分でつけるの?首でも伸びなきゃ自分でつけられるわけ無いだろ。ろくろっ首じゃあるまいし……。そういうね、ふざけた言い訳しないで欲しいんだけどさ……これでも俺、無茶苦茶怒ってるんだぞ……」
「ふざけてない……」
 もう少しましな言い訳が無いのかと、祐馬は心底思った。
「俺……こんな風に話してるけど、頭に来てるんだぞっ!分かってんのかよっ!」
 怒鳴るように祐馬が言うと戸浪は肩を竦めた。
「で、何?何があったんだよ……」
 イライラと祐馬がそう言うと、戸浪は困惑したような表情になった。
「……悪戯されたんだ……」
 ようやく戸浪はそう言ったが、それも嘘っぽい。
「なあ、そやって嘘付くの止めてくれる?俺だって馬鹿じゃないぞ。そんなのつけて帰ってきて、しかも服装はなんだか乱れてる。でもって、戸浪ちゃんの笑いは妙に乾いてるのを見て、悪戯だと思うか?本当にそうなら、戸浪ちゃん怒りながら帰ってくるだろ?」
「……あ……そうだな……」
 言って戸浪は小さく溜息をついた。
 もういい加減、戸浪のその態度に祐馬は頭に来ていた。
 誰がつけたか分からないキスマークを、首元につけて帰ってきた恋人を見て、平静で居られると思ってるのだろうか?
 今も、必死にそんな自分を押さえつけて、戸浪の話を聞こうとしているのだが、肝心な相手は言い訳にもならないことばかり先程から並べている。
「そうだなって一人で納得しないでくれる?俺が納得できないんだよっ!」
「……祐馬……済まない……」
 こ、ここで謝るか?
 謝るのおかしいじゃないかっ!
「戸浪ちゃんっ!それって……それってまさか……」
 もしかして……
 誰か……出来た?
「え、何を誤解しているんだ……」
 急にムッとして戸浪が言った。
「戸浪ちゃんがそう言う言い方するからだろうっ!」
 ガッと掴んで戸浪を自分の下に組み敷いた。目線の下の戸浪より、その首元のキスマークの方が気になって仕方ないのだ。
 これ……もしかして身体中にあるとかいう?
 ぞうっとしながら、シャツを切り裂きたい思いに駆られた自分を必死に祐馬は押しとどめた。 
「違うんだ……その……突然……抱きつかれて……あ、いや、私も何発か食らわせてやったんだが……」
 もう、たどたどしくしか戸浪は話さない。
「はっきり言えっ!俺……でないと、戸浪ちゃんのシャツ……引きちぎりそうな位怒ってるんだっ!」
「祐馬……」
「良いからはっきり言えよっ!」
「言えば……お前……」
 ってまたそういう風に言うっ!
 そんな言い方をされると余計に頭に来ることを戸浪はこれっぽっちも分かっていない。
「……言えよっ!言うまで離さないからな……」
 戸浪から視線を外さずに祐馬が言うと、戸浪は大きな溜息をついた。
「仕事で会社に残っていた」
「そんで?」
「一人だと思ってたんだ……」
「誰かいた?」
「……問題児が残っていた」
 と言ったところで、この首元のキスマークをつけた犯人が分かった。
「あの須藤って奴かっ!」
 じゃあ、一人残っていた戸浪に襲いかかったのだ。
 それが分かるともう祐馬は一気に頭が沸騰した。
「……そうだ……だがまあ……大したことは……っ!痛っ!」 
 戸浪を掴む手に力がことのほか力が入った。
「あいつ……あいつにつけられたんだ……」
 力ずくで戸浪を強姦しようとでも思ったのだろうか?
 反撃され、それでも向かっていったのだろうか?
「……祐馬……力を緩めろ……痛い……」
「気をつけるって戸浪ちゃん言ったじゃないかっ!そんなことされるって事は全然気をつけてなんかないってことだよなっ!」
「……っ!だから……っ痛いぞっ!」
 眉間に皺を寄せて戸浪は呻くように言った。
「そんなのどうでも良いんだよっ!」
「祐馬ッ!いい加減にっ!」
 と、叫ぶ戸浪の口を祐馬は自分の口で塞いだ。
「……ん……」
 最初抵抗していた戸浪の手が、祐馬が離すと同時に、そのまま背に回った。
 久しぶりにかわされるキスは甘く心地よかった。戸浪の方も待ち望んでいたように舌が絡められて来たような気がしたのは、気のせいでは無いのかもしれない。
 暫く互いにキスを堪能して、祐馬から口元を離した。すると名残惜しそうに戸浪の舌が最後に絡められて、小さな口元に戻った。
「……キスされた?」
 もしそうなら半殺しの目にあわせてやろうと本気で思っていた。
「いや……いくら何でも、そんなことはされていないよ……」
 うっとりとした目で戸浪が言った。
「他につけられたりしてない?」
 言いながら戸浪のシャツのボタンを外していく。そんな祐馬の行動に、戸浪の方は全く抵抗しなかった。
「ない。断言してもいい……」
「本当に?」
「確かめるつもりなんだろう?」
 戸浪は小さく笑った。
「当たり前だよ……」
 ガサガサと戸浪のシャツを脱がして胸元をはだけると、木目の細かい肌が目に飛び込んできた。それを見て思わず感嘆の溜息が漏れる。
 いつ見ても戸浪の肌は本当に奇麗なのだ。
 手で触れると吸い付くような感触は、今まで味わったことが無いほどだ。
「私は信用ならないんだな……」
 その口調はどちらかというと楽しんでいるように聞こえる。
 そんな場合じゃないんだけど……と祐馬は思った。
「ならないよ。あんだけ注意するように言ってるのに、こんなんつけて帰ってきたんだからさ……」
 祐馬は手で戸浪の薄い胸板に触れ、隅々まで確認するように滑らせた。
「……祐馬……あ……」
 手を滑らせるたびに、戸浪はキュッと目を閉じた。
「ここしか確かについてないね……」
 最後に首元に触れて、その辺りをそろそろと撫でる。一つであっても、もう嫉妬心で身体が飽和状態だ。
「……言っただろ……」
 はあっと息を吐いて戸浪は言った。だがここにあるのも目障りなのだ。
「あのさ、そう言うこと偉そうに言わないでくれる?一個だって俺許せないんだぞ……こんなのっ俺が消してやるっ!」
 と言って、赤く鬱血している部分に祐馬は吸い付いた。
「……あ……っ……いたっ……あ……」
 痛いと戸浪は言ったのだが、手はこちらを押し返すことなく、祐馬の頭を抱えていた。
「このまま一杯つけてみようかなあ……。ねえ戸浪ちゃん……今度こんな事になっても、あいつがひるむ位一杯キスマークをつけてやろうか?」
 クスッと笑って祐馬はそう言った。
 殴られるかなあ……と思ったのだが、戸浪は何も言わなかった。祐馬はそれを了解と受け取ってそのまま舌を滑らせて、戸浪の胸元に自分の印を付け始めた。
「……祐馬っ……ん……あっ……」
 組み敷いた下で戸浪が身じろぎする。
「俺マジで怒ってるの……分かってる?俺、戸浪ちゃんがすげえ好きなんだぞ……だから他人に触れられたと思っただけで、俺気が狂いそうなんだからな……」
 指で胸の尖りを挟んで祐馬は囁くように言った。その間もあちこちへとキスマークをつける。
「……あ……祐馬……済まない……」
 小さく喘ぎながら戸浪はそう言った。
「謝るんじゃなくて……マジで二度とこんな物つけて帰ってこないでよ。次こんな事あったら俺、ほんと戸浪ちゃんを閉じこめてやるからな……」   
 呼吸で上下する胸元を通り過ぎてへその辺りを今度は愛撫する。
 だが、これ以上、下に下がると、また戸浪が殴りそうな気がして、祐馬は下半身は諦めた。以前やはりこんな状況で、頭を殴られ、それを無視して強行しようとして今度は髪が抜けるほどの勢いで引っ張られたのだ。
「この位つけたらいっか~」
 と言って急に身体を起こすと、戸浪は急に我に返ったような顔でこちらを見た。
「……もう……その……いいのか?」
「心おきなく付けさせてもらったもんね。今回はこれで許してやるっ」
 と祐馬がそう言うと、何故か戸浪は小さく舌打ちをした。
 ?
 なんか機嫌悪い?
「……何?怒ってる?そんなの変だよな。俺が怒ってるのに……」
「……うう……」
 戸浪が恨めしそうな顔で唸った。それは珍しいことだった。
「なんだよ……その、ううってさ。俺のしたこと気に入らないのか?戸浪ちゃんが悪いんじゃないかっ!」
 今頃、キスマークを付けたことを責められてもなア……と思ったのだが、ちょっと違うようであった。
「……お前はっ……もういいっ!」
 シャツのボタンを速攻留めて戸浪が立ち上がった。
「……何……何おこってんだよ……」
 そう言うと戸浪はこちらをちらりと見て「もう寝るっ」と言って行ってしまった。
「……もう……またいつもの生理かあ?」
 と、ぶつぶつ祐馬は言っていたのだが……
「ああーーーっ!もしかして……俺っ誘われてたっての?」
 気付くのが遅かった。
「あっ、待ってよ戸浪ちゃんっ!うんっ!俺もしたいっ!」
 と言って追いかけたが、戸浪に思いっきり殴られ、それで終わりだった。
 俺って……
 馬鹿かも……
 リビングに引き上げて来た祐馬は自分の携帯が鳴っているのに気が付いた。
「あーもー何だよこんな時間に……」
 そう思いながら携帯を取ると相手は少し前、自分があることを頼んだ相手からだった。
「え、今から?」
 チラと時計を確認して十二時を過ぎているのを見ながら、それでも断ることはせずに祐馬は「行きます……」と返事をかえした。
 全くこっちは恋人のことを、これだけ考えているのに~と思いながら、寝室の扉から戸浪に「ちょっとコンビニまで行って来るね」と言い、マンションを後にした。
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