「疑惑だって愛のうち」 第5章
コンビニ?
こんな時間に?
戸浪は毛布に潜り込んでいた身体を起こし、寝室の扉の方を向いた。
同時に玄関の開閉の音が戸浪に聞こえた。
祐馬は出ていったのだ。
「……何を買いに行ったんだ?」
立ち上がってそろそろと寝室を出ると、閉じた玄関の扉を見つめた。
それにしても……っ!
どうしてこうあいつは、鈍感なんだっ!
あのまま一気に進むものと戸浪は本当に、心底思ったのだ。
「なにが今回はこれで許してやるだっ!違うだろうっ!」
こっちに夜這いでもかけろというのか?
イライラと戸浪はバスルームに向かうと、服を脱ぎだした。そして服を全て脱ぎ捨てると、扉を開けて中に入り、コックをひねってシャワーを浴びた。
熱い湯が上から降り注ぎ、戸浪は溜息をついた。
何が不思議かというと、これほどどうして我慢が出来るのだろうか?
祐馬は健康な男で、普段の様子を見ている限りでは、触れる、キスをするという行為自体は嫌いでは無いようだ。いや、好きだと言っても過言ではないだろう。
だがそれ以上に進まないのは何故だろう……
もちろん、ここというときに邪魔が入るのは、もう呪われているとしか考えられない程なのだが、毎日普通の生活を送っている中で、先程のような状況になっても、そのままなだれ込むことは無い。
平日、会社に勤めている為、毎日どうこうというのは勘弁して欲しいとは思うが、たまにはいいんじゃないかと戸浪は思う。
最初にこだわる祐馬の気持ちも分かるが、いい加減どうにかしてくれと心底思うのだ。
恥ずかしい質問をしに弟の所に行ったのだろう?
それを何時生かすつもりで居るんだと、とんでもないことを考え、戸浪はバシャバシャと顔を洗った。
……それにしても次どんな顔で会えばいいんだ……
特に博貴……
何を聞いたのか詳しく祐馬は話さないのだが、大地の怒り具合から、かなりつっこんだことを聞いてきたのだろう。
ああもう……その事は許してる。
祐馬も悩んでいるのだと思うと、許すしかないと思ったのだ。何より祐馬は元々ノーマルだ。それが生まれて初めて同性とどうこうという事を考えたとき、やはり誰かに相談したいと思うだろう。
まあかなりボコボコにしてからこう言うのも何だが……
と、戸浪は誰もいないバスルームで一人苦笑した。
……
……違う……
私は何か肝心な事を忘れていないか?
「あっ!祐馬に肝心なことを聞くのを忘れて居るぞっ!」
昼間、川田の話を聞き、こちらにも被害が及んでいないかを祐馬に聞こうとずっと戸浪は考えていたのだ。だが、帰り際克弥から迫られた所為で、それをすっかり忘れていた。
この事は、はっきりとさせておかなければならない。
帰ってくるのを待つか……
そう心の中で呟きながら、祐馬が付けた痕を指でなぞった。赤く鬱血した痕は胸元や腹の辺りにも付けられていた。
その時の感触を思い出し、戸浪は身体が震えるのが分かった。
祐馬……
もうそろそろ何とかしてくれないか?
中途半端に煽られて辛いのはお前だけじゃないんだ……
私を早くお前のものにしてくれ……
もう……
堪らないんだ……
私だって限界なんだ……祐馬……
と、祐馬が聞いたら鼻血ものの事を戸浪が考えていた頃、その当人はコンビニではなく、とある喫茶店に居た。
「ごめんっ宇都木さん!色々頼んじゃってさ……」
宇都木は既に席に着き、こちらの呼びかけに振り向くとニッコリと笑った。宇都木は東都の会長に子供の頃拾われた男で、以来ずっと本家に住み、今は会長の個人的な秘書の仕事をしている。
祐馬が本家に遊びに行くと何時も相手になってくれていたのが、この四つ上の宇都木だった。歳は上なのだが、祐馬にとって兄弟と言うより親友のような存在だった。
アメリカの東都でアルバイトをしていたときも、こちらを気遣い、トラブルなどをこっそり解決してくれていた。何より何処で調べてくるのか分からないが、どんな情報でも宇都木はすぐに調べてくる。その為、祐馬はこういう時、何時も頼ってしまうのだ。
「で、じいちゃんには内緒にしてくれた?俺、あっちには迷惑かけたくなかったしさ……じじい出てくると大事になっちゃうだろ……」
言いながら祐馬も宇都木の前の席に腰を下ろした。
「ええ、それはもちろん。それより、祐馬さんが急いでおられる様子でしたので、時間は時間ですが連絡させていただいたんです」
やや長めの前髪を掻き上げて、宇都木は持ってきた書類を祐馬の方へ差し出した。
「もう、ちょっと、マジやばい事になってきてさ、俺これ待ってたんだ。だから時間は気にしなくていいよ」
差し出された書類を受け取り、祐馬は中身をごそごそと出した。
「あんまりくだらない事を言ってくるようでしたら、私の方で何とかしますが……」
優しげな笑みを浮かべているが、この男のなんとかは恐いことを祐馬は知っていた。
まず手加減という文字を知らないのだ。
それは東都の会長の側で育ち、その哲学を継いでいるからだろう。
ほっそりした体つきに、優しげな瞳が、そんな性格にこれっぽっちも見せない。居るのか居ないのか分からない気配の時もある。
それでも宇都木の目の奥には侮れない光を宿しているのだ。
「い、いいよ。大げさにしたくないっていってるじゃんか……宇都木さんがそういう方が俺恐いよ」
ぶんぶんと手を振って祐馬は言った。
「……残念ですね……」
フッと口元に笑みを浮かべて宇都木は言った。
「あ、それとさ、じいちゃんにいっといてよ。俺から言っても全然聞いてくれないんだ」
「なんでしょうか?」
「もう毎年金振り込んでくるなってさ……生前分与かなんか知らないけど……俺いらないよ」
「それは私の口からは申し上げられません。いつも祐馬は祐馬はと心配なさってるのですから、そのくらい受け取って下さらないと……。他の方はもっとご主人様に甘えていらっしゃるのですから……」
宇都木はとんでもないというふうにそう言った。
「……だけどさ……口座番号代えても、またどっからか調べて振り込んでくるんだぞ…誰が調べてるのか知らないけど……」
どうせ宇都木が調べているのだ。が、祐馬はそう言った。それを聞いた宇都木は、ただ笑うだけだった。
「都様がご心配されておりました……」
突然宇都木がそう言った。ある意味祖母が一番大変な人なのだ。
「ばあちゃんが?」
「祐馬は苛められてないかしら……とね」
言ってクスリと笑った。
「なにそれ……俺もう大人だぞ。孫も一杯いるんだから俺ばっか心配するなよな……そんなガキじゃ無いのに……これでも働いて社会人なんだけど……。もう~二人とも俺を過保護にしすぎるんだよ……。ほっといたって死にはしないんだから……。それとさ、俺の恋人のことも絶対宇都木さんが調べたんだよな……でもって爺ちゃん達に報告したんだろ?」
「当たり前です。何か下心をもって近づかれでもしたら、大変ですから……」
当然のように宇都木は言った。
「……と、思った……。んでも戸浪ちゃんはそんなんじゃないよ。俺がそう言ってたってちゃんといっといてね。それと邪魔しないでよって……そりゃ婆ちゃんは喜んでくれたけど、相手男だし、何いちゃもんつけてくるか分からないだろうし……訳分からないことしてきたら、俺、絶対許さないからな」
「本気で邪魔をする気でしたら、もう終わってますよ……」
恐いことを言って宇都木は意味ありげに笑った。
終わってるの意味は聞かなかった。物騒すぎるのだ。
「……まっいっか。俺、それじゃあ帰るよ。これ上手く使わせてもらうね。ありがとう」
中身を確認し終わり、封筒に戻すと祐馬はそれを小脇に抱えて立ち上がった。
「それでケリがつかない場合は、必ずもう一度連絡を下さい。その時は一人で何とかしようとは絶対思わないように。逆に下手に動かれて、余計に事を大きくされると困りますので……いいですか祐馬さん」
くどいくらい宇都木は言った。珍しく心配そうだった。
「分かってるって!」
そう言って祐馬は喫茶店を後にした。
自宅のマンションの玄関を開けると、寝たと思っていた戸浪が仁王立ちしていた。
「何処へ行ってたんだこんな時間に……」
「え、コンビニ……」
靴を脱ぎながら祐馬はそう言った。
「で、コンビニで証券封筒など買うのか?それも中身が詰まっているようだが?」
戸浪が祐馬が小脇に抱えている袋をじっとみて、怪訝そうな顔で言った。
「え、別にいじゃんか……何を買ってもさあ~」
帰りにマジで何か買ってきたら良かった~
祐馬は本当に戸浪は寝たと思っていたのだ。
「もしかして誰かと会ってたのか?」
「……だからコンビニだって……もうっ!戸浪ちゃんが煽るだけ煽って、俺をほったらかしにするから、エロ本買ってきたんだよっ!そんなん素のまま持って帰られないだろっ!」
と、苦肉の策で祐馬は叫んだ。
中身はエロ本ではないのだが……。
「き、貴様はっ!恥知らずな奴だっ!」
カッとなった戸浪に殴られながら、祐馬はそれに耐えた。
俺って……絶対良い恋人だよな?
「……じゃあ俺……書斎にちょっと行くから……」
戸浪が殴り終わると、祐馬はそう言った。書類を隠して置かないといけないのだ。克弥からの嫌がらせFAXなどもそこにある机に直して鍵をかけてあった。
今日はもう遅いので、克弥に電話する事は出来ない。明日にでもと祐馬は思っていたのだ。だがそんな祐馬に戸浪はまた怒りの目を向けた。
「……そんなもので慰めて……お前は面白いのか?」
戸浪がそう言って何故か顔を赤らめた。
エロ本と違うけど……。
「……俺のことはほっといてよ。戸浪ちゃんは寝たらいいだろ……」
「……そ、そんなものじゃなくてもっ……わ、私が……」
うわずったように戸浪がそう言って、視線を逸らせた。
「え……」
……
嘘っ……これって……二度目のお誘いじゃんかっ……
今晩はどうなってるんだよ~
でも、でも、今はこれ直さないと……
ていうか、中身見られるとエロ本よりやばいんだよ……
「……私がって……戸浪ちゃんが銜えてくれるの?」
と涙を堪えながら祐馬が言うと、戸浪は思いっきり祐馬の頭を殴りつけてさっさと行ってしまった。
「あてててて……」
殴られた所を撫でながら、祐馬は溜息をついた。
何でこんなに何時も間が悪いんだよ……
はあ……と、祐馬が大きな溜息をつくと書斎に入った。
机の上に書類を置いて、そおっと扉を振り返り戸浪が覗いていないのを確認し、封筒の中に同じ物が二つそろっているのも、もう一度確かめた。
脅しをかけるには、原本とコピーが必要だからだ。
さすがだなあ……宇都木さんって……言わなくてもちゃんとそろえてくれてる。
それにしても……
克弥のことを祐馬は気持ち悪い奴だと思っていたが、本当に気持ちの悪い奴だった。
もう感想はそれしかない。
出した書類を直してキーのかかる引き出しに直した。
「……ああもう……それにしても……俺これで当分機嫌の傾いた戸浪ちゃんの相手をしなきゃなんないんだ……くっそ~あいつの所為だ……」
とにかく克弥を抹殺しなければ、自分達に幸せは来ない。それくらい祐馬はもう克弥が邪魔で邪魔で仕方が無かったのだ。
それに戸浪を襲ったと聞いたからには、ぐうの音が出ないほど圧力をかけないと、益々エスカレートするだろう。
俺が絶対戸浪ちゃんを守ってやるんだ……
祐馬はそう心に決めていた。
機嫌がとにかく悪かった。
何も無かったように声を朝の挨拶をしてきた克弥に対してもそうだが、何よりも昨日の祐馬に対してムカムカとしていたのだ。
何が……
なにが銜えてだっ!
ああもう……腹が立つことばかりだっ!
がしっと製図板を叩いて戸浪はゼーゼーと息を吐いた。
それに又肝心なことを聞けずじまいだったのだ。
嫌がらせを、克弥にされてるのか、されていないのか、たったそれだけを聞くだけであるのにどうしてこう、ごちゃごちゃと間に入るのだ。
「ご機嫌斜めですね……」
こちらに聞こえるような小さな声で、すれ違いざま克弥が言ったものだから、後ろから追いかけ、蹴りの一つでも入れてやりたい気分になった。
仕事中だが……仕方ないな……
携帯をポケットに入れると、戸浪は自部署を出てエレベータに乗った。そうして屋上まで来ると、戸浪は祐馬へと電話をかけた。
「あれ~どしたの?」
朝あれ程こちらが機嫌が傾いていたにも関わらず、祐馬の声は明るく元気だった。
こう言うところは褒めてやるが……
「聞きたいことがあったんだ……」
「なに?」
「祐馬……お前……須藤に何か嫌がらせをされていないか?」
「え?無いよ。どして?」
「……いや……川田がえらい目に合ってるそうだ……」
「川田さんって以前うちに酔っぱらって泊まった人だよね」
「そうだ。……一応私達の事を知っていてな。まあ……それで須藤に忠告をしたらしのだが、それから無言電話と悪戯FAXに悩まされているらしい……それでうちには無いのかと聞いてきた。私はここのところずっとお前より後に帰っているから、その辺りが分からないからな。どうなんだ?」
「別になんもないよ……で、戸浪ちゃんどこからかけてるの?」
「屋上に居る。大丈夫だ誰もいないから聞かれてはいないよ」
心配性だなあと戸浪は思い、笑みが漏れた。
「誰もいない方が問題だから、もう、電話切って、人の居るところに移動してよっ!何度言ったら分かってくれるんだよっ!気を付けてくれっていう俺の言ってること全然分かってないじゃんかっ!」
祐馬はそう言って怒鳴った。
「耳が痛い……怒鳴るな。こんな昼間に何かをするなんて、お前は考えすぎ……」
と、そこまで言って戸浪は意識が飛んだ。
殴られたような気がしたのだが、はっきり分からなかった。
気が付くと薄暗いところに両手を後ろで縛られ、転がされていた。
「……っつ……」
首の辺りが痛むのはそこを殴られたからだろう。
「目、覚めた?」
見下ろすように克弥がそう言った。
「……お前……いい加減に……」
と戸浪が言葉を続けようとすると、克弥は自分の服を脱ぎだした。
「……っ……なっ……何をっ」
「何をって……やるんじゃない……」
裸になった克弥はそう言って笑った。
「嘘……いきなり……がつんって……がつんって何?」
突然切れた電話に祐馬は茫然となった。
「戸浪ちゃん?」
なんかあった?
なんかあったんだっ!
外回りの営業中だったが、もうそんなことは放って、祐馬は歩道を走りだした。
だから俺があんなに気を付けてって頼んだのにっ!
何やってるんだよっ!
同じ区に戸浪の働くビルはある。急いでいけば何とかなるっ!
祐馬はもう息が切れるんじゃないかと思うくらい必死に走り、笹賀建設のビルにたどり着いた。
入り口でぜーはー言いながら、戸浪が確か屋上にいると言ったことを思いだして、エレベーターに乗ると、Rのボタンを押した。
こういう時に限って、エレベーターは各階止まりだった。
イライラしながらようやく屋上に着くと、確かに誰もいなかった。ISO14000に絡む緑化計画の一環で、このビルも屋上に木が植えられている。
何処……
何処なんだよっ!
走り回ってようやく戸浪の携帯が落ちている所を見つけた。
戸浪ちゃんのだ……
それを拾って頭を上げると、近くに機械室を見つけた。
もしかして……あそこ?
そう思うと同時に祐馬は機械室に走り、扉を開けた。
「戸浪ちゃんっ!」
「祐馬っ!こいつをっ!こいつをどうにかしてくれっ!」
こちらに驚きながらも、戸浪はそう叫んだ。
やはり克弥が犯人だったのだ。
だが……
「お願いだから僕を抱いてっ!僕を苛めてっ!無茶苦茶にしてっーー!」
と素っ裸の克弥が戸浪の足に絡みついて懇願している。
っておいまて……
こいつって受け?
「戸浪ちゃんって……攻めだったっけ?……イヤ、俺もちょっと疑ったことあったけど……やっぱりそうなの?」
今までどんなにチャンスがあっても上手く事が運ばないのは、もしかして戸浪が攻めだからだろうかと、心の隅の方でずっと考えていたことだった。
最初、身体が強ばる理由はそれもあるのではないかと疑っていた。
ほんの少しではあったが……
もちろん、如月が受けなんて事は考えられないのだが、世の中には外見だけで中身が分からないことが多い。
あの暴力をふるう凶暴な(笑い)一面を見た後で、受けというのもちょっと想像が最初つかなかったのだ。
祐馬が年下で、しかも同性は初めてというのを考慮して、嫌、嫌、受け側に廻ってくれていたのかもしれない……と。
「お前はっ!い、今っ……今更一体何を言い出すんだっ!誰が攻めなんだっ!」
戸浪は顔を真っ赤にしながらそう叫んだ。
まあ私は受けだとは声を大にしては言えないだろう。
でも、受け同士、どうにもならないはずだ……
多分……どうにもならないよなあ……
じゃあ心配して馬鹿馬鹿しかった……と祐馬は息を吐いた。
「お前ッ突っ立ってないで、こいつを何とかしろっ!き、気持ち悪いっ!」
ちらと視線を向けると戸浪は両手を後ろで縛られていた。だから克弥をボコボコに殴れなかったのだろう。
「うん。分かった」
だがそんな二人の会話の最中も、克弥は裸の姿で戸浪にしがみついていた。その克弥の首を掴み祐馬はグイッと戸浪から引き剥がした。
「あのさあ、受け同士どうにもならないでしょ……」
溜息をつきつつ祐馬は、戸浪の両手首にかかる縄を解いた。すると克弥の顔が真っ青になった。
「それで受け?信じられない……」
思いっきり侮辱するように言われた戸浪の方が今度は怒りモードに突入だった。
「貴様も受けだろうがっ!その言い方止めろっ!」
戸浪ちゃん……
それはあまりにも低俗な言い合いだよ……
まあ俺ははっきり戸浪ちゃんが受けだって分かってホッとしてるけど……
「受けってもっと可愛らしいものだろっ!どう見たって澤村さんは攻めじゃないかっ!騙されたっ!」
「だまっ……騙された……っていうのは、なっ……なっ……なんだあああっ!貴様が勝手にそう思っただけだろうがっ!」
もう戸浪、自分が自ら男とつき合っている、その上受けだと公言していること等怒りで全く気付いていなかった。
「もう止めなよ~馬鹿馬鹿しい……」
「馬鹿馬鹿しいってなんだっ!」
その祐馬の言葉に戸浪の怒りの矛がこちらに向いた。
「えっ……俺が怒られること?」
「お前っ年下が受けって相場は決まってるだろっ!気持ち悪いっ!」
と、克弥が間に入って祐馬に向かって叫んだ。
「うっせーなっ!年下の攻めで悪かったなっ!」
ってあんたまで一緒になってどうするんだ?
「こんなの……酷い……」
と言って今度克弥は泣き出した。
「……戸浪ちゃん……もう帰ろうよ……何か俺すんげー疲れた……」
「……私もだ……半休取るよ……」
はあと大きな溜息をついて戸浪は言った。
「あ、でも俺肝心な事をあいつに言うの忘れてた」
本日克弥に会う約束をして、見せようと思っていた物を鞄から取り出した。
「あのさあ、これあげるわ。こういうのばらまかれたくなかったら、もう大人しくしてくれないかなあ……まあ、もう彼に付きまとうことは無いと思うけど……。無言電話も悪戯FAXも無しな。やったら、俺本当にばらまいちゃうからね。もう一部持ってるから……」
そう言って祐馬は泣いている克弥の足下に昨日貰った書類を置いた。
「何だあれは……」
戸浪が訝しげに聞いてきた。
「……別に戸浪ちゃんが知る必要は無いよ……」
ううんと伸びをして祐馬はそう言って笑った。
祐馬とはビルのホールで別れ、戸浪は半休を申請し、昼から自宅のマンションへ戻った。祐馬も休むと言っていたが、先に帰り着いたのは戸浪の方だった。
あ、無言電話と悪戯FAX……あったけど戸浪ちゃんに言ったら又気分を悪くすると思って言わなかったんだ……。
祐馬はそう言って別れ際笑った。
自分に心配をかけさせまいと思ってくれていた祐馬に、胸の辺りがポッと暖かくなる。
やっぱりいい男だ……
と、思いながらフッと戸浪は昨日のエロ本のことを思いだした。
どういうエロ本を見てるんだ……
気になった戸浪は書斎へと足を運んだ。だが探してもどこからもそれらしき物が出てこない。あとキーのかかった引き出しだけが残った。
……キーは無い……
仕方無しに戸浪は机をひっくり返した。
かなり重かったが、鍵を無くした机はひっくり返すことで開くことを知っていたのだ。
ようやく引き出しを開けることに成功したのは良いが、出てきたのは大量の悪戯FAXと、留守番用のテープ、それと昨晩祐馬が持って帰ってきた証券封筒だった。
あのガキ……
こんな物を送りつけて居たのかっ!
又新たなむかつきを覚えながら、封筒の方の中身を確認して凍り付いた。
「なっ……なっ……なんだこれはーーーーっ!」
引きつけを起こしそうな戸浪の所へ帰ってきた祐馬が顔を覗かせた。
「ただい……あーーーーっ!開けたんだっ!駄目だよ見たらっ!」
だが祐馬のそんな言葉は遅かった。
「……これを見てお前は興奮するのか?」
ジロリと祐馬を睨んで戸浪は言った。
「え、違うよっ!それはあの男が自分で撮影して雑誌社に投稿してた写真だよっ!俺、汚いと思ったけど、興信所使ってあいつを調べたんだ。そしたらこういう事実が出てきたんだってっ!ほら、俺、あいつにさっき渡した物があっただろ?それを渡したんだっ!」
それらは裸でポーズを取る克弥の写真だった。
「……何故同じ物が家にあるんだ……お前……最初はこれを使って脅すつもりで……渡すのが惜しくなって、同じ物を二つ作ったんじゃないんだろうな……」
「げーーっ!そんなことするわけないじゃんかっ!脅し用と保険に二つ作るのは当たり前だろっ!」
こいつなんだか手慣れてないか?
「祐馬……お前はこういうことを妙に慣れた風に言うな……。何処で教わったんだ」
「え、普通はそうじゃんか。慣れてるからじゃないよっ!」
わたわたと両手を振って、祐馬は言った。
「……怪しいが……まあ良い。それよりも……お前に聞きたいことがあるっ!」
「えっえっ、何?」
狼狽えながら祐馬が言うところを見ると、こちらが言いたいことを分かっているのだろう。
「……で、誰が攻めだって?」
「俺」
はははと笑って祐馬が言った。
「私のことを誰が攻めだと疑っていたんだ?」
「……あのクソガキじゃんか」
「お、ま、え、もだろうがっ!!それでお前はずっと私のことを疑って、手を出さなかったのか?ギリギリで何時も引くのは、それが一番の理由か?お前は私にやられるのはごめんだとでもずっと思っていたのかっ!」
吐き捨てるように戸浪は言った。
「ええええっ!ち、違うよっ!戸浪ちゃんは受けだって分かってたって……だって如月が受けなんて考えられないだろっ!」
そう言って弁解すればするほど、祐馬が怪しくて仕方ないのだ。
「如月の話は出すなっ!」
「……ごめん……」
しゅんとなって祐馬は小声で謝った。
「……それでっ、私がもし攻めだったら、どうしてたんだ。お前は私を好きだと言ったな。じゃあ受けてくれたのか?」
「……げ」
「げって何だっ!お前の愛情はその程度のものかっ!」
「戸浪ちゃん無茶苦茶だよ……」
「疑っていたのはお前だろうがっ!」
「違うよ~あの須藤って奴じゃんか……」
「いや、お前も疑っていた」
「……んも……そんなのどうでも良いだろ……もうあいつのことはケリついたんだから……」
祐馬は宥めるようにそう言うのだが、それすら戸浪は腹が立った。
こいつは受けを馬鹿にしているっ!
「じゃあこうしよう……お前が受けろ。私が攻めてやるから……愛情があるならどっちでも良いことだからな……そう思うだろう?」
戸浪は自分が攻めなど出来るわけ無いのだが、そう言った。
「げえええっ!そんな~そんなの無いよ~」
祐馬は涙目でそう言った。
当分泣いてるがいいっ!
戸浪は暫く許す気等なかった。
―完―