Angel Sugar

「恋する王子様」 最終章

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「何ですその目は……まだ頑張るつもりですか?」
 すうっと目を細めてスペンサーは言った。
「怒らせない方が良いぞ……」
 と、真後ろからいきなりフェンリルの声が聞こえた。
「お前には関係ない。さっさと帰れ」
 振り向くこともせずにスペンサーが言うと、カチカチと床をならし、狼の姿になったフェンリルがジェニファーの隣りに座った。
「……な……狼が……しゃべった……」
 と、震えた声で言うと、真っ黒な目をジェニファーに向け、その姿を元に戻した。
「お前はっ!」
「今晩は王妃様」
 見下すような目でそう言ったフェンリルはやはり表情は無い。
「この男を何とかしなさいっ!お金なら幾らでも……」
 金切り声でジェニファーはフェンリルにそう言った。
「私は見物に来ただけだ」
 言って先程ジェニファーが座っていた椅子に腰を掛けると、長い脚を組んだ。
「お前という男は……私をそそのかしたのは、そもそもお前ではないかっ!」
 おいおい、そうだったのか?
 視線をフェンリルに向けると、手だけを左右に振った。
 問いつめてやるからな……
 覚えて置けっ!
「王妃様、この男、怒らせない方がいい。私はめんどくさいことはしないが、この男は切れると恐いぞ。何せ、戦争を一夜で終わらせることなど朝飯前なんだからな……知らないのか?丁度二十年前……」
「そんな話は今は関係ない」
「聞かせてやったら面白いと思わないか?私はこういうプライドの高い女を一度泣かせてみたい」
 足を組んだ膝に肘を置き、両手を組むとフェンリルはそう言って口元を歪ませた。
 泣かせてどうするんだ……
 面白いのかそんなものが?
 フェンリルは、意味もないことが大好きなのだ。だがスペンサーには、どういう事に興味を持つのかの基準がいまいち分からない。
 一つだけ分かっているのは、スペンサーがらみだと何処にでも首を突っ込んでくる。
 そう言う男なのだ……
 溜息を心の中でつきながらスペンサーはジェニファーにもう一度言った。
「キーワードは?」
 二人の男に睨まれたジェニファーはようやく口を開いた。



 何処までも続く草原にルースは座っていた。
 ここ……
 何処?
 キョロキョロと周囲を見回すと、自分の母親のフェネスが立っているのが見えた。
 母親は薄緑の瞳をこちらに向けるとニッコリと笑う。淡い金髪がサラサラを風に揺れていた。
「かあさまあっ!」
 ルースはフェネスに向かって走り出した。そんなルースにフェネスは両手を広げて駆け寄ると、その胸にルースを抱きしめた。
「かあさま……っかあさまっ……!」
 懐かしい母親の匂いを一杯に吸い込みながら、ルースはギュッとフェネスにしがみついた。そのしがみつく身体をフェネスは優しく撫でる。
「こんなに大きくなっても、まだまだ甘えん坊さんね……」
 フェネスが生きていた頃、何時もルースはそう言われていた。透き通るようなフェネスの優しい声はホッとルースを安堵させた。
「かあさま……ねえ、今何処にいるの?とうさまはかあさまは死んだっていうんだけど、死んだら何処に行くの?ここにいるの?ここは何処なの?」
 ルースが顔を上げて、そう言うと、フェネスはただ笑うだけであった。
「かあさま……?」
「私の大切なルース……。愛しているわ……ずっと……。とうさまにも……愛していると伝えてね……」
 笑みを浮かべているのだが、目の端にうっすらと涙が滲んでいるようにルースには思えた。
「かあさま……一緒に帰ろうよ……」
「ルース……貴方だけが帰るのよ……」
 言いながらフェネスは、しがみついているルースをやんわりと離し立ち上がった。
「かあさまは?」
 離されても尚、ルースはフェネスのドレスを掴んで不安げに母親を見上げる。だがフェネスの瞳は遠くを眺めていた。
「貴方に迎えが来たわ……」
 寂しげに、そして安堵の声でフェネスは言った。
「え……」
 ルースが振り返るとスペンサーがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「スペンサー……!」
 そう叫ぶと、スペンサーは遠目からも分かるようにニッコリと笑った。だがルースはフェネスのドレスからは手を離さなかった。
「申し訳ございませんフェネス様……」
 スペンサーはそう言ってフェネスの前に跪いた。誰かに跪くスペンサーの姿をルースは見たことが無かった。
「いいえ……貴方には感謝しています」
 フェネスはそう言って笑みを零した。
「では私はルース様を連れて帰ります。引き留めてくださってありがとうございました」
 ルースはその言葉の意味が分からずに、フェネスとスペンサーの顔を交互に見たが、結局分からなかった。
「さあ、ルース様……帰りましょう……お父上のレンドル様がとても心配されていますよ……」
 スペンサーによってドレスを掴む手を引き離されたルースは、フェネスの顔を見たまま視線を外せなかった。
「でも……かあさまも一緒に……」
 次にスペンサーの顔を見て言うと、苦笑した顔がそこにあった。
「ここからは……幾ら私でも連れ帰ることは許されないんですよ……。ルース様……貴方はフェネス様が引き留めてくださっていたから、連れて帰ることが出来るんです。ですが長居は出来ません……帰りましょう……」
 手をしっかり握られ、引きずるように離されたルースは、やはりフェネスから目を離せなかった。
「かあさまっ!」
 じっとこちらを見つめるフェネスは、はらはらと涙を落としながら、手を振っていた。
「かあさまも行こうよっ!帰ろうよっ!」
 そう言ってもう一度フェネスの元へ走ろうとするルースの手をしっかり握ったスペンサーは、その手を離さず、ルースを引き戻した。
「嫌だっ!スペンサーっ!手を離してよっ!」
 引きずられるように、連れられ、フェネスとの距離がどんどん離れていく。
「スペンサーっ!」
 必死に掴む手を離そうとするのだが、スペンサーはそれを許さなかった。
「申し訳ありません……ルース様……」
 急に立ち止まってスペンサーはそう言った。
「お願いだから……かあさまも……。ねえ、とうさまも喜ぶよ……僕も……帰ってきて欲しいんだ……」
 涙を一杯溜め、訴えるように言うと、スペンサーは腰を落とし、ルースを腕の中に引き込んだ。
「ええ……私も本当にそう思います……。出来ることならそうして差し上げたい……。ですが誰にもあの聖域を侵すことは許されていないのです……。分かりますか?分からないのなら分かろうとして下さい」
 言いながらギュッとルースはスペンサーに抱きしめられた。
 分からない……
 そこにいるならどうして連れ帰ることが出来ないのだろう……
 だったら僕はどうして帰られるんだろう……
「いずれ誰もがここへ還る宿命なのですから……いつか……またここに来ることが出来るでしょう。それまでは、貴方の生きるべき所で精一杯頑張らないと駄目なのですよ……いいですかルース様……」
「嫌だっ……嫌だ嫌だっーーっ!かあさまっ!かあさまああっ!」
 限界まで盛り上がった涙が、一気の頬を伝った。スペンサーはじっと腕の中で暴れるルースを抱きしめていた。
「じゃあ……僕はここにいるっ!かあさまの側にいるっ!かあさまだけが僕を必要としてくれるっ!かあさまはここで独りぼっちだっ!僕だって独りぼっちだっ!かあさまを連れて帰られないのなら僕がここに残るっ!」
「独りぼっちですか?」
 身体をやや離し、優しげな瞳をスペンサーはルースに向けた。 
「うん……僕は……っ……独りぼっちだよ……あのおばさんも僕が邪魔だからこんなことしたんだよね……」
 すんすんと鼻を鳴らしながらルースは言った。だがその事を否定も肯定もせずにスペンサーは言った。
「少なくとも私は貴方の側にずっとお仕えしているのに、そんなことをおっしゃるのですか?」
「だって……」
「お父様のレンドル様もルース様を可愛がっていらっしゃいますよ……」
「知ってる……」
「馬番のアンクも、近衛兵のセイルも貴方のことが大好きですよ」
「ほんと?」
「貴方の愛馬も、私の鳥も貴方をとっても心配しています」
「……本当に?」
「貴方はご自分で分からないだけで、人数は少ないかもしれませんがとても愛されています。貴方の義理の母親のように、取り繕ったお友達が欲しいのですか?数だけそろえても嬉しくはないでしょう?」
 そう言われルースはこくりと頷いた。
「私も……本当に今回はぞっとしましたよ……こんな風に心配を掛けないで下さい……」
 心臓の辺りを抑えながらスペンサーはそう言った。
「心配してくれた?」
 おずおずとそう伺うように言うと、スペンサーは笑みを浮かべていった。
「心配いたしました」
 言ってスペンサーはルースの頭を撫でた。
「スペンサー……あのね……」
「はい?」 
「ずっと僕の側にいてくれるの?」
「ええ……」
「僕のこと必要?」
「もちろん」
「僕のこと……好き?」
「大好きですよ。……ルース様」
 そう言ってスペンサーはギュッともう一度ルースを抱きしめた。暖かなその腕の中でルースは目を閉じた。
 だが、遠くの方から何故か「馬鹿王子」と言うのが聞こえて涙が出た。



「馬鹿って……馬鹿ってやっぱり思ってるんだっ!」
 ガバッと身体を起こしてルースはそうさけんだ。が、へろへろと力が抜けたようにまたベットに身体が沈んだ。
「お目覚めですか?ルース様……」
 スペンサーはそう言ってベット脇の椅子に座った。 
「……ここ?」
 と言ってルースは目だけで周囲をキョロキョロと見回した。確かに余りじっくり見られるとこの家は廃屋ではないかと思われても仕方ないほど、古びている。
 掃除しておいて良かったな……
 とはいえ、煉瓦造りの家はとても古ぼけた色をしており、ベットも多分今までルースが眠っていたものとは違い、ごわごわしているだろう。その上やはりまだこのうちの中は埃っぽい。更に狭い。木で作られた机が台所に置いてはいたが。その机もない方がましな色合いをしていた。それを見てルースは複雑そうな顔をこちらに向けた。
 ああ、汚いと思っている……
 仕方ないが……
 確かに汚い……
「私の住まいです。ルース様を介抱するには城では色々足りないものがございましたのでね。まあお暇を頂いている間に掃除をしたり、補強をしたのですが、もう何年も帰っていなかったもので、これでも随分ましになったんですよ」
 スペンサーは苦笑しながらルースにそう言った。
「……そ、そうだったんだ……」
 毛布を引き上げてルースは申し訳なさそうに言った。
「呪いは解けたのですが、貴方様の身体のダメージが大きかったんですよ……まああれだけ大声を上げられるなら、もう安心ですがね……」
「馬鹿って……馬鹿って言わなかった?」
 小さくルースは先程叫んだ言葉を言った。聞こえていたのだ。
「貴方の呪いを解くキーワードがその言葉だったんです。済みません……」
 ジェニファーを問いつめ、キーワードが馬鹿王子などとふざけたことを言ったものだから、どれだけ頭に来たか分からない。その所為でもう一発平手打ちを食らわせてやった。
「……それって……やっぱりあのおばさんが……」
 どう答えて良いか分からないスペンサーは「その話は後で……」と言いながら立ち上がり、台所に向かった。起きたら何か食べさせようと、先程からシチューを火に掛けて置いたのだ。
 なにより、例え義理の母親が自分を憎んでいるとはいえ、あんな呪いをかけられたと知るとやはりルースの身体に触ると思ったのだ。
 時間稼ぎをして何か理由を考えないと……
「ところで……どういう夢をごらんになっていたのです?あんな言葉を叫ばれて起きあがる人など見たことはありませんよ……」
 クスクス笑いながら、スペンサーは台所からそう言った。
「……え……あの……僕どの位眠っていたのかな……?」
「三日ほど……ですね」
 思い出すようにスペンサーは言った。
「……僕……かあさまに会った……」
 やはり覚えていたのか……
「ええ……」
 スペンサーは火に掛けていたスープをスプーンで掬い、木の皿に移し替えた。
「スペンサーが連れ戻しに来たのも覚えてる……」
「そうですか……」
 もしかして全部覚えているなどとは言わないだろうな……
 内心ドキドキしながら、スープを入れた皿にスプーンを付けて、ベット脇に戻った。
「……僕のこと……必要だって言ってくれた」
 まずい~
「ルース様、お話は後で……先に食事にしましょう……」
 乾いた笑いを浮かべてスペンサーは言った。
「僕のこと……好きって……スペンサー言ってくれた……」
 大きな緑の瞳が、何かを期待するような目を向けてくる。
 ああ……
 あの時はね……
 あそこから連れ戻す為にそう言ったんですよ……
 本人に帰る気持ちが無いと、連れ戻せなかったからなんです……
 なあんて言えるわけがない。  
「ちょっとまて……」
 いきなりフェンリルの声が後ろから聞こえた。
「フェンリルっ!何だっ!何しに来たんだっ!」
 驚きながらスペンサーはそう言った。
「スペンサーっ!こ、この人だよっ!僕に呪いをかけたのっ!」
 ルースはそう言ってフェンリルを指さす。
「どうしてガキに告白するんだお前は……」
 フェンリルはそう言ってジロリとスペンサーを睨む。
「告白……」
 と、先程まで驚いた顔をしていたルースがフェンリルの言葉を聞いて赤くなった。
「そうだ、ガキの癖にスペンサーが好きなどと聞いたものだから、私はお前に嫌がらせをしてやったんだ」
 相変わらず無表情にフェンリルはルースに言った。
「……え、おばさんじゃないの……?嫌がらせって……?僕に?」
 何故かルースの顔が益々赤くなっていく。
 どうしてだ?
 何故恥ずかしがるのだろう?
 いや、それよりこの色ボケを何とかしなければ……
「おい、フェンリルっ!いい加減にしろっ!訳の分からないことをルース様に言うなっ!」
「おばさんなどしらん。私は年甲斐もなく、こんなガキに嫉妬したんだ!スペンサー~この長年の想いを無視してどうしてガキに告白などするんだ。それはあまりにも酷い仕打ちだと思わないのか?」
 と、本人は猫なで声で言っているつもりなのだろうが、そこはフェンリル、全く抑揚のない言葉だった。  
「ぼ、僕のこと……それで邪魔だったの?」
 ほわほわした目でルースはフェンリルに聞いた。
 まさか今回の事件そのものを、三角関係だとでも思っているのか?
 思っているんだルース様はっ!
 これをどう説明し、違うと話して聞かせて良いのかスペンサーには分からなかった。確かにあの義母の企んだことなのだろうが、これほど残酷な方法で殺してやりたいと義母が思っていることを、ルースに知らせる事が果たして良いことなのか分からない。
 どっちがましだ?
 いや、何か低次元で悩んでいるような気がするぞ……
「ああそうだ。悪かったな。この男は私のものだと思い知らせたかったんだ。どうだガキ、分かったか」
 余計なことは言うな~
 益々ルース様が誤解する~!
「この男は私のだ」
 フェンリルは、スペンサーの肩に手を回して更にそう言った。廻すと言うより羽交い締めに近い。
「ぼ、ぼ、僕とスペンサーはっ!もう恋人同士なんだからねっ!」
 何処にそんな元気があるのだと言うくらい、ルースは身体を起こしてそうフェンリルに怒鳴った。
「るるる、ルース様?」
 まさか……
 まさか……
 何かとんでもないことを覚えている?
 スペンサーの方がパニックになっていた。
「なんだと……」
 真っ黒な目をスッと細めてフェンリルは静かに言った。
「だって……僕たち、キスした間柄だもん。キスは恋人同士しかしないだろっ!お前なんかスペンサーにされたことないだろっ!」
 い、命の吐息を覚えている?
「る、ルース様……」
「ないんだろっ!」
 ルースはこちらの問いかけなど聞いてはいない。まっすぐフェンリルの方を向いて興奮していた。
「ない」
 何故かフェンリルは正直にそんな風に言った。
「じゃあ……僕のスペンサーだよ。ずっと側にいてくれるって言ってくれたし……ちゃんと好きって言ってくれたもん。言われたことあるの?」
「ない」
 真面目に応える必要など無いはずであるのに、フェンリルはルースの言葉にいちいち反応している。
 ある意味珍しい光景だった。
「ちがうーーーー!」
 スペンサーはようやくそう言ってフェンリルの廻している腕を解いた。
「ルース様、あの男の事を信用なさらないように……あの男は……」
「スペンサー……僕のこと好きだよね……?」
 う……
 ここで否定したら……
 今身体が弱っているルース様には残酷な台詞になるぞ……
 逆に違うなどと言おうものなら……
 フェンリルは自分の事を選んだと絶対手前勝手に誤解する……
 どっちも困る……
 だが……
「ええ……ルース様……」
 ようやくスペンサーはそう言った。
「良かった……」
 満面の笑みを浮かべて、それでもまだ青白い顔のルースは、ようやく起こしていた身体をベットに沈めた。
「ルース様……お話は又ゆっくりしましょうね……」
 死ぬ一歩手前まで身体はダメージを受けていたのだ。今気弱になることは言えないだろう。元気になってから、説明すれば良い。
 スペンサーはそう決めると、ルースの毛布を整えた。
「ずるいぞ」
 フェンリルは後ろから怒りのオーラを出して立っている。
「五月蠅い。お前は黙ってろ」
「ライバル宣言だ」
 淡々と言う。
「どうしてそう言うことを言うんだっ!全く……静かにしてくれないか。ルース様はまだ身体がそれ程回復されては居ないんだからな」
「僕のスペンサーだっ!」
 ルース様……
 お願いですからこの色ぼけを煽らないで下さい……
「仕方ない……当分私も城に居着かせて貰う」
「はあ?」
 その言葉にスペンサーの方が驚いた。
「浮気をされては困る」
 真顔でフェンリルは言う。
「お前っ!お前までもが城に入ったらややこしくなる。駄目だ」
 二人もスペシャル級の術者が城に居座ることは隣国に対してある意味かなりの驚異を与えてしまうのだ。
 それはあの小さな国にはあまりにも大きな負担となる。
「この姿で駄目なら、こっちでつきまとってやる」
 言ってフェンリルは狼の姿になった。
「わあっ……すごい……」
 ライバル宣言をされたにも関わらず、変身したフェンリルにルースはベットに身体を任せながらも感動の声を上げた。そんな風に言われたフェンリルは何故か得意げに胸を張った。
 よせ……
 面倒を見る相手が増える……
 トラブルも倍以上に増える……
 これ以上手が掛かると、私は過労死する……
 本当に過労死する……
「駄目だフェンリル」
「スペンサー僕は良いよ。だってほら、やっぱりこう言うのって、ちゃんと競争しなくちゃ駄目なんだよね?だってこの狼さんもスペンサーのこと好きなんだもん。正々堂々と戦わなくちゃ男じゃないもん」
 青白い顔に頬だけ赤く染めたルースはきっぱりそう言った。
「そうだ、偉いぞお前は。見直したぞ」
 フェンリルはそう言って何故かルースを褒めている。不思議なことにフェンリルは狼の姿でいると、顔の表情が豊かになるのだ。何故人間の顔で無表情なものが、狼なら豊かになるのか分からないが、ちゃんと人間味のある?狼になっていた。
「……ルース様……」
 こんな所で男にならないで下さい……王子……
「大丈夫だよスペンサー。僕こんな奴に負けたりしないからね」
 ああ……とにかく元気になって下さい……
 ぐったりと椅子に座ると、スペンサーは先程持ってきたスープの入っている皿を持った。
「はい。そうですね。とにかく食事にしましょう……早く元気になってお城に戻らなければお父様も心配されていますから……」
「うん。元気になったら又キスしてくれる?」
 無邪気にルースはそう言った。
「……はあ……そうですね……はは……こういうお話は二人きりのときにしましょうね。彼が見ていますから……」
 もう仕方無しにスペンサーはそう言った。するとジロリとフェンリルはこちらを睨んだ。
 またやっかい事が増えた……
「うん」
 一人嬉しそうなルースだけが、本当の状況を把握していなかった。
「スペンサー……!」
 そこへレーヴァンが飛び込んできた。
「なんだっ!」
「あのさ、おいら、言いつけ通りに王様に手紙運んできたんだけど……どうもお城の人らしい人間がここからすぐ近くのところでぐったりしてるけど……なんだろうな……あれ」
 不思議そうにレーヴァンはそう言った。
「城の人間がここからすぐの所にいるだって?又どうして……見間違いじゃないのか?」
「いや……王子様の服に付いている紋章と同じ柄の服を着ていたぞ」
「変だな……」
 そんな事を話していると、ルースがふと言った。
「そう言えば……僕、呪いをかけられたとき、とうさま言ってたけど……スペンサーを呼びに城の人間をこっちに向かわせたらしいけど……会った?それで来てくれたの?」
「え?お城の方がこちらに来られたんですか?」
「……そう聞いたけど……」
「まずい……迷路の結界に迷い込んだんだ……」
 このうちから出るときに、いつ戻ってこれるか分からなかった為、迷路の結界を張って出てきたのだ。
 それを解除した覚えはない。ここに入られるのは自分以外はファルコとレーヴァン、それとそれすら無視することの出来るフェンリルくらいしか居ない。
 では城の人間は迷って倒れているのだ。
「死んでるんじゃないの?」
 レーヴァンが気持ち悪そうにそう言った。
「ああもう……ルース様、私はその者達を連れてきますね。大人しく食事に専念してください。ああ、フェンリル、私が居ないからと言って訳の分からないことをルース様に言うんじゃないぞ。そうだ、レーヴァン、お前に人の声を与える。ルース様の話し相手になってあげてくれ。そうそう、一番重要なのは、この馬鹿オオカミを見張ることだ。わかったね」
 そう矢継ぎ早に言うと、椅子から腰を上げた。
「え、いいの?おいら人間と話せるの?」
「お前の今回の働きはそのくらいの褒美があってしかるべきだから、ご褒美だよ」
 言いながらレーヴァンの喉に触れ、人の声を与えた。すると、ルースは「君僕を助けてくれた鳥さんだね」と言い、レーヴァンは「おいらレーヴァンっていうんだ」と楽しそうに話し出した。少しは安心できるな……と思いながらスペンサーは上着を着た。
 そうして家の扉にスペンサーが手をかけるとルースが言った。
「スペンサー……」
「なんですか?」
 振り返るとルースは期待に満ちた顔で言った。
「お出かけのキスは?」
 思わずスペンサーはそこで転倒しそうになった。
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