Angel Sugar

「嫉妬かもしんない」 第5章

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 何度も考えて博貴は居ても立っても居られなくなった。その勢いで真喜子へと電話を入れる。
「もしもし、真喜子さん?光だけど。藤城って男と大ちゃんとで会ったんだって?どういうことなんだい?」
 そう言うと、真喜子は申し訳なさそうな声で事情を話した。
「……最初から隠さずに言ってくれていたら良かったよ……。こっちはその事で、とんでもなくもめてるんだけどね……」
 少し嫌みを含めて博貴は言ったが、今はそれどころではなかった。
「少しでもお詫びの気持ちがあって、真喜子さんが私を友達だと思ってくれているのなら、藤城って男の住所を教えてくれないかい?嫌だとはいわせないよ」
 最初、渋っては居たが、真喜子は仕方なく住所を言った。それだけ分かると博貴は電話を切った。もう少しすればこちらも出勤の時間であったが、そんなこと今はどうでも良かったのだ。上着を着て、滅多に乗らない車のキーを持って外に出た。コーポの二階から一階まで駆け下りるように降りて、借りている隣のガレージを開けると車を出した。
 車自体が好きでないために、手入れもしないし乗りもしない。その為うっすらと埃をかぶっていたが、そんなものを取り払っている時間も惜しかった。
 まだ大地と話は付いていないのだ。何度だって謝る。何故そんな風に意固地になったかも話していない。そんなもろもろを、お互いとことん話し合って、どうにもならないのなら仕方がない。
 いや、仕方ないと諦める事ができるなら追うことなどしない。例え藤城に大地が既に身体を任せてしまったとしても、構わない。大地を取り戻すことが出来るなら、良い。今はもう大地無しの生活は考えられないのだ。
 聞いていた住所に着く頃には日は既に落ちて薄闇に包まれていた。藤城の家は洋館づくりの結構な家であった。門は高く、どうしようかと考えて、門の横にある戸を押すと簡単に開いた。
 ラッキー……と思いながら、視線を巡らすと、横には大地を連れ去った車が停まっていた。ここにいると分かったことで博貴はホッとし、洋館の扉の所に立った。そちらは閉まっていた。
 さて、どうしようかと悩んだ末、うろうろと開いている窓を探して周囲を一周した。すると、トイレの窓が開いた。入り込むにはやや窮屈ではあったが、身体は何とか通り抜けることが出来た。泥棒のような行為だと思ったが、横から大地をかっさらった藤城も同罪だと博貴は思った。
 トイレを出、キョロキョロと見回したが、シンと静まり返って人の気配がしない。気味が悪いと思いながら、そろそろと人の声がしないかと、あちらこちらの扉の前で耳を澄ませるが、どうも一階には居ないようであった。
 では二階か……博貴は階段を上がりながら鼓動を早めた。二階に居るとすれば、寝室に居るのかもしれない。そうなる、といきなりとんでもない光景を見てしまう可能性だってあった。
 どうする?ベットの中で大地が藤城に求めている姿を見たらどうする?
 階段の上まで上がりきったところで、博貴は足を止めた。絡み合い、愛していると囁きあっている二人を見たら、なんと言うんだ?
 散々悩んだ末に出た答えが、それでもつれもどす、であった。
 ようやく歩を進め、何となく人の気配がする扉を、息を吸って開けると最初に目に入ったのは藤城であった。だが大地は居ない。藤城の方は驚いた顔をしている。当然だろうと博貴は思ったが、そんなことより大地が居ないのだ。
「大地は?」
「大地君の元彼氏が今頃何の用なんだね?」
 余裕綽々という態度で藤城が言った。
「貴方には関係ないことだよ。大地は何処にいる」
「彼はもう私が慰めてあげたよ……君の出番は無いはずだが?」
 不敵な笑みを藤城が浮かべながらそう言うと博貴は、頭に血が上り殴りかかりそうな気持ちに駆られたが、ぐっとそれを堪えて言った。
「そんなことはどうでも良い……」
「……どうでも良いことではないだろう?もう大地君は君のことなど何とも思っていないんだよ。それがどうでも良いことなのか?」
 と、藤城が言ったところで扉の開く音がし、博貴はそちらに視線が向いた。そこには大きな瞳を更に大きくした大地がバスローブ姿で立っていた。博貴は大地の言葉も待たずにその身体を抱き上げた。
「だ、大良!な、何だよ!何でここに居るんだよ!」
 身体をバタつかせて大地は言ったが、下ろすつもりは無かった。ただ無言で部屋から出ようとするのを後ろから藤城が声をかけた。
「大地君又ね」
 その言葉に博貴は又ムッとしたが、階段を駆け下り、大地を抱き上げたまま藤城の家を出た。暴れる大地を車に無理矢理後部座席に乗せて博貴は車を出すと家路を急いだ。
「……どういうつもりだよ……お前……何なんだよ……」
 大地がそう言った。しかし答えてやる余裕は無かった。ちらりとバックミラー越しに大地に視線を向けると又前を向いて博貴は運転を続けた。
「俺はもうお前と何でもねえんだぞ!それなのにどうして余計なことするんだよ!」
 そう怒鳴る大地を無視して博貴は運転に集中した。免許は持っているが、滅多に乗らないのだ。集中していないと冗談ではなく事故を起こしてしまう。
 大地を無視していた本当の理由はそこにあった。
「大良!なんか言えよ!お前人の家に勝手に上がり込んで泥棒じみたことしたんだぜ!わかってんのか?何で……何でそんなことしたんだよ!はっきり言えよ!」
「大地……頼むから暫く黙っていてくれないか?運転がひさしぶりなんだよ。話したいことは山ほどあるけど、今は運転に集中させてくれないかい?」
 今はもう、大地を振り返る余裕もなく、真っ直ぐ前を向いて博貴は言った。
「え……お前……」
 絶句したまま、大地はコーポに着くまで何も言わなかった。

 腹は立っていたが、命が惜しかった。その為コーポに着くまで黙っていた。博貴は何も言わずに無言だ。その理由は分かっていたが、何か言って欲しかった。どうしてあそこに来たのかその訳を聞きたかった。
 正直に言って大地は博貴を見た瞬間ホッとしたのだ。抱き上げられて暴れてみせたもののそれは本当の気持ちではなかった。だがそれを言うのも腹立たしいのだ。もう、どうでも良いはずの大地に、どうしてそう思わせぶりなことをするのか信じられなかった。
 コーポの着くと、博貴は大地に自分の上着を渡し羽織らせた。次に手首を掴まれると、部屋へと引きずられるように連れて行かれた。
「君は……自分が一体何をしてたのか分かってるのか!」
 いきなり怒鳴られて大地も頭に来た。
「五月蠅い!お前にそんなこと言う権利なんてねえよ!それにな、もう、俺はお前の事なんて何とも思ってなんかねえぞ!ちょっとでも俺がお前を好きだと大良が思ってるんなら、大きな間違いだからな!」
 そんなこと無かったが、思わず大地はそう言った。すると博貴がちょっと視線を落としてみせると、もう一度こちらを見て言った。
「大地……あの男のこと……好きかい?」
「ああ……」
「……愛してる?」
「そうだよ……」
 そんなことなど考えたことは無かった。馬鹿な意地だった。
「私より」
「ああ、ああっそうだよ!」
 違うのに……言葉は心で思うことと正反対のことばかり大地は言ってしまった。
「あの男と……寝た?」  
「そんなこと聞くな!お前が惨めになるだけだろ!」
 どうして俺はこんなにも素直になれないんだっ!
「大地……キスして良いかい?」
 博貴は壁に手をついてこちらを覗き込みそう言った。
「俺が言ったことお前聞いてね……」
 言葉は博貴の唇に塞がれて最後まで言えなかった。逆らおうとしたが、するりと入り込む博貴の舌を追いだすことなど出来なかった。
「……やめ……ろ……」
 絞り出すように大地はそう言いながら、手で押しのけようとするが、博貴はその手首を掴んだまま全く堪える様子もなく、大地の口内を堪能しているようであった。そんな状態で博貴は足の膝を曲げて大地の両足の間に入れると器用に膝を動かし、敏感な部分を撫で上げた。
「や、止めろ!」
 ようやく博貴の唇から逃れて大地は言った。が、絡めらた足を解く気はないようだった。
「あ、足もどけてくれよ……頼むよ……」
 痺れるような感覚が下半身を覆っていた。久しぶりに受ける博貴の愛撫は鮮烈過ぎて、大地の理性が保たない。
「大地……私は……嫉妬してたんだ。いや、今もしている……」
 そう言って博貴の手は大地のバスローブの紐を解くと、そのまま手の平で胸を愛撫しつつ股の敏感な部分へとと下ろされた。
「あ、……っ……や……」
「君があんまり嬉しそうに……あの男に笑みを向けていたから……。私以外の人間にあんな笑みを向けていたから……。だから嫉妬した。こんな気持ちは今まで感じたことが無かった。だから持て余して……。どうして良いか分からずに……君に当たってしまった。普通で考えたら、君が人から買ってもらった物を平気な顔をして私に渡すなんて事なんかあり得ないのに、嫉妬がそう思わせたんだ」
 嫉妬?こいつは何を言ってるんだ。誰が誰に嫉妬してると言ってるんだ?
「……大良……止めろ……。話をするんなら、こんな手は卑怯だ……」
 そう言うと博貴はやっと大地を解放した。
 身体がやっと自由になり、ホッとするのもつかの間、博貴は大地を抱き上げ、下へと連れていった。
「だ、大良!だから俺は!」
 博貴は大地をベットに下ろすと、博貴の方は対面を向くように床に座った。
「大地……どうしたら君を傷つけてしまった事を許してくれる?」
 じっと博貴はこちらを見ていった。
「……もう遅い……そう思わないのか?」
 嘘だ、そんなことない。大地はそう思いながら言った。
「思わない……思いたくない……私には少しの希望もないのかい?」
 酷く辛そうな目で博貴が言った。こんな博貴を大地は初めて見た。母親が亡くなったときでもこんな目はしていなかった。その瞳に大地は動揺すら感じた。
「……そ、そんなこと言ってるけど……お前、あの日……女のホテルに行ったじゃねーか。俺なんかいなくたって……お前には代わりはいくらでもいるだろ!」
 ずっと引きずっていた事を大地は叫ぶように言った。
「あの日?って?」
 博貴は、それを聞いて、きょとんとした顔をした。
「こ、ここまで来てとぼけるのか?お前の誕生日の日だよ!俺見たんだからな!お前が……ホテルに女と入っていくのを……。俺が……駄目だったからって……お前は……」
 思い出して泣きそうになるのをぐっと堪えて大地は言った。そうだこのことがあるから俺は素直になれないんだ。大地はようやくその事に気がついた。
「あ、あ~ああ、あれねえ。え?君、あの女性と私がなんかあったって思ってるわけ?」
 思い出したのか博貴がそう言って、急に笑い出した。
「おま、お前!笑い事じゃねえだろ!」
 先程まで辛そうにしていた博貴が、今ではお腹を抱えて笑っていた。そんな姿に大地はむかつき、もう少しで又手が出そうになった。
「大ちゃ~ん。同罪!」
 ようやく笑いが止まり、出た博貴の言葉それだった。
「な、何言ってるんだ?何が同罪なんだよ!」
 大地がそう言うと、博貴は大地を急に抱きしめた。
「馬鹿だなあ……ははっ……まあ、私も誤解してたからねえ……。だから同罪なんだよ」
 ギュッと抱きしめられて、思わず何もかも許してしまいそうになった大地はそんな気持ちを振り捨てた。
「は、離せっ!離せ!大良!」
 大地は腕の中で暴れたが、博貴の方はものともせずに大地を抱きしめ、頬に擦り寄ってくる。
「大地……あの日は随分前からあそこのホテルのレストランと、上のスイートを予約していたんだ……。君と過ごしたかったからね。でも君が駄目になって、今更キャンセルもできないから一人で食べて一人でふて寝したんだよ。で、あの女性はね、私の客で、自分のご主人と、そのホテルに入ってる日本料理店で待ち合わせだったんだ。そのお客さんと偶然道で会ったものだから、一緒にホテルまで行っただけ。中に入ってからは別行動だったよ」
 それが本当だと大地に分かるわけなどない。博貴が嘘を言っている事も考えられるのだ。
「信じろって……言うのか?それを……」 
「じゃあ、ホテルのレストランに問い合わせてみるかい?多分まだ覚えてるだろうねえ。二人分のコースを必死に食べていた、恋人にすっぽかされた私のことをさ」 
「お前、馬鹿じゃねえのか?」
 そんなかっこの悪いことを博貴がしたのだ。このどこから見ても男前で散々女性を泣かせてきた奴がだ。まず想像付かなかった。
「だってねえ、家に帰っても行くところないし、君はどうせお兄さんの所に泊まってくるだろうから……誰もいないうちに帰りたくなかったんだ。それに予約していたレストランの料理は特別料理でキャンセル出来ない物だったし、スイートだってそうだよ。どちらにしてもキャンセル料払うくらいなら一人で堪能してやれってね。でね、スイートって置いてあるワイン飲み放題でね。君がいない寂しさを紛らわせるために、でっかいバスタブを泡泡にして、ワインを何本もそこに持ち込んで、まあーしこたま飲んだんだよ。だから酔っぱらって帰って来たのさ。で、分かってくれたかい?」
 ニコニコとしながら博貴は言った。
「だから同罪って言ったのか?」
「そう、お互い……きちんと話し合わなかったから、こんなしなくてもいい誤解をしたんだよね。だから……同罪……」
 この話が本当なら、自分達は一体何をしていたんだろう。大地は情けなくなり、目を伏せた。最初にちゃんと自分の言いたいことを言っておれば、最初に博貴が言いたいことを言っておれば、こんなにこじれることは無かった。一瞬でとける問題だったのだ。
 ちょっとした行き違いと、互いに何処か遠慮する部分があり、それがこんな結果を招いた。その上信じると言った自分の気持ちがこれほど脆弱なものだと思わなかった。大地にしても、ラブホテルならまだしも、ただのホテルに入っていったからと言って二人が抱き合っている所を見たわけでは無い。それなのに、自分に対する自信のなさと、相手を信じ切れなかった心の弱さが招いた結果であった。
「…………」
「狡い言い方だけど、私がしてしまったことは……今回だけは、お互い様と言うことで……許してくれないか?」
 博貴だけが悪いのではない。だが素直に大地は「うん」と言えなかった。お互い誤解していたとはいえ、大地は藤城に抱かれても良いと思った瞬間があったのだ。だが博貴はそんなことは無かった。わざわざ探して連れ戻してくれたのだ。藤城を愛していると、決して本心ではなかったが、博貴に言ったのだ。それでも、それでも博貴はこうやって側にいたいと思ってくれている。
 愛していても、誰か他の人を好きになったであろう人を、それでも取り戻したいと言える博貴の事を自分には真似できそうにない。
「大地……何か言ってくれないか?」
「でも……俺……」
 そう言うと博貴は大地のバスローブをひっぺがし、素っ裸にすると抱き上げ、バスルームへと向かった。
「……大良?」
博貴は大地を下ろすと、浴槽に湯を張り、腕まくりするとシャワーを出した。
「……うーん……君が嫌だと思うけどね。私自身が納得できないから、洗ってあげる」
「え?」
 どういう意味か分からないまま、じっと博貴の行動をみていると、ボディソープをスポンジにたっぷり出して泡立て、まず大地の首筋を洗い出した。
「おい、何するんだよ……いた……痛いって……」
 力強く身体を擦られて大地は思わずそう言った。
「考えるとね……腹が立って腹が立って仕方ないんだよ。君のこの身体をあの男も知ったという事が……。ああ、全く……この嫉妬心だけはどうにもならない。これでキスマークでも付いていた日には、自分自身どうなっていたか分からないよ。幸い、君が嫌がったか、既に薄くなってるのか分からないけど、そう言う印が無いのだけが良かったというか……何というか……」
 小さく溜息をついて博貴は、逃げをうっている大地の身体を引き寄せて、自分もずぶぬれになるのを気にも留めずに大地の身体をスポンジで撫で回した。
「ちょ……ちょっと……俺……」
 ぺたりと座り込んだ大地に構わず、博貴は指先までも一本一本丁寧にスポンジで擦る。その刺激が何とも言えない。
「大地」
 博貴は自分も泡だらけになりながら大地にキスをねだった。大地はそれに自然に応え、受け入れた。そこら中に舞う泡が口元に入り、苦い石鹸の味がした。それでも大地は自らも腕を回し、博貴に密着したまま舌を絡めた。だが、博貴の手が背から双丘に廻されると思わず仰け反った。
「待てよ」
「ここにあの男も銜え込んだんだ……。大地が悪い訳じゃないのは分かってる……分かっているけど……」 
 そう言って博貴は石鹸の滑りを助けにそのまま指を一本突き入れた。
「あっ……ちょ……博貴……」
 膝ががくりと折れ曲がり四つん這いになった大地は自分の手で、突き入れられた指を外そうと博貴の腕を掴んだが、その瞬間又力が入れられ、更に奥へと入り込んだ。とたんに身体が折れ曲がり、顎がタイルの冷たさを感じた。
 博貴はシャワーのヘッドを掴むと、いきなり頭から湯を浴びせた。こんな扱いを受けるいわれなどない。藤城とは何も無かったからだ。それを言おうとするたびに博貴はこちらの言葉が出ないような状況に追い込む。
「止めろよ!ちょ、俺はっ……あっ!」
 四つん這いの後ろから博貴が双丘を撫で回していた。明るい中で隠したい部分が丸見えになっている事で、大地は羞恥心で真っ赤になってしまった。
「あの男が触れた所を全部消してしまいたい……。でも大地が汚れたとかそんなこと思っていないよ。そうじゃないんだ……。ただ、嫌なんだ……誰にも触れられたくない大地にあの男が、ここをこんな風にしたと思ったら……」
 博貴はそう言って、ひくついている蕾を舌で舐め上げた。抱え込んでいる腕はやや立ち上がっている敏感な部分を握りしめて緩やかに上下させている。その刺激が益々大地を高揚させた。こんなに明るい場所で見られているという羞恥心と、それすら快感に思う自分が頭の芯まで痺れさせるのだ。
「い、嫌だ……博貴……頼む……待ってくれよ……」
 絞り出すように大地はそう言うと博貴の手が止まった。
「……大地、誤解は解けたよね。でも、君の気持ちはもう戻らないのかい?私とはもうこんな風に抱き合えない?あの男の方が……」
「大良……俺……先に言いたかったことが……」
 ようやく解放された大地は博貴の方を向いて言った。博貴はちょっと待ったと言う風に手を出して、深呼吸を二、三度してから言った。
「……良いよ……言ってくれ」
「俺ね……その……」
 今更、実は何も無かったとは言い出しにくかった。これこそ博貴を騙したことになるからだ。あとでゆっくり話そうと思ったが、今話しておかないと、とんでもない目に今日はあわされそうな気がして大地は観念した。それほど今の博貴は何かに取り憑かれたような目をしてるのだ。
「大地が本気であの男を愛してるって言うのなら……もう、何もしないよ。無理矢理君を抱いても憎まれるだけだからね。嫌われるのは耐えられるが……憎まれるのは耐えられない……」
「ごめん!違うんだ。そうじゃないんだ。俺……その……嘘ついてたんだ。藤城さんとは何も無かった。ホントだよ……あったのは……この間家の前で突然キスされた位で……その……ごめん……」
「え?」
 目をまん丸にして博貴は言った。
「ごめん……嘘ついてたんだ……。その……お前が女を抱いたと誤解して……俺、悔しくて……俺だけ何も無いの……すごく悔しくてさ……」
 ちらりと博貴の様子を伺うと満面の笑みがそこにあった。
「大ちゃあああん」
 そう言って博貴は泡だらけの大地を抱きしめ、左右に揺すった。
「馬鹿、お前も泡だらけになっちゃうぞ」
 嬉しいときに博貴は良く、小さい子供を振り回すような仕草をするのだ。
「大ちゃん……だああいいちゃん」
 頬をぐいぐいとすり寄せて博貴は言った。
「なんだよ、止めろよ……」
 博貴の嬉しいという気持ちがこちらまで伝わって、大地まで何故か嬉しい。
「大地……大地は最初から私のものなんだね……」
 顎をそっと掴むと博貴はそう言った。
「ま、まあ……そうなるよな……」
 照れくさくて大地はそう言った。
「この身体は……私しか知らない……」
 ふふふっと笑いながら博貴が言った。
「お前の言い方……嫌らしく聞こえるぞ……。それよりお前、濡れ鼠みてー」
 博貴の言葉と姿があまりにも差がありすぎて大地は笑った。髪にも付いている泡と、びしょびしょの上着とズボンが、何処かの川に落ちてはい上がってきたような姿だ。
 大地は久しぶりに笑ったような気がした。
「んー確かに気持ち悪いよ……」
 そう言うと博貴は服をその場で脱ぎ、全部ひとまとめにして外に放り出した。
「お前ってやること、すげえおおざっぱ……」
 と言ったところで大地はくしゃみが出た。
「おっと、風邪をひかれて、お預けになるのはちと困るねえ。ただでさえお預けくってるからさ。さっさと温まろうか」
 博貴が浴槽に入り、湯船の中で身体を伸ばした状態で大地を呼んだ。いつの間にか入っていた温浴剤で乳白色の湯がゆらゆらと湯気を立てていた。
「お前が一杯一杯入ってるんじゃねえか。身体曲げろよ」
「私の上で君が身体を伸ばせば良いんじゃないか」
「……え、と……」
 もじもじしている大地を博貴が無理矢理湯船に連れ込んだ。
「ほら、何とか入れるだろ?」
 くすくす笑いながら博貴は言った。
「まあね……」
「キスしてよ……大地……」
 そう言って腕を廻してきた博貴にこちらからも抱きついて唇を重ね合わせた。軽い気持ちでキスをしたつもりが、博貴の方は貪るようなキスを繰り返し、息苦しくなった大地が必死にそんな博貴を離そうとするのだが、がっしりと背中で組んでいる博貴の腕がそれを許さなかった。
「だ……い…ら…。う…」
「教えただろう?こういう時は博貴だってね」
 ようやく唇を離して博貴は言った。
「お前……息ができ……」
 抗議の声を上げようとした大地を博貴は自分の胸へ引き寄せた。
「温泉に行きたいね」
 大地の髪を撫でながら博貴は言った。博貴はこっちの言うことを聞いていない。
「……う、うん……だね」  
 熱い湯でだんだん頭の中がぼーっとしてきた大地は反抗する気もなく、ぼんやりとそう言った。湯の温もりと、博貴との肌の触れ合いが心地良いのだ。大地はこのまま眠ってしまいたくなった。それに気が付いたのか、博貴がいきなり大地の身体を起こした。
「え、あ、なに?」
 急に現実に戻された大地は目を擦りながらそう言った。
「大ちゃん、このまま寝ちゃいそうだから、先に上がっていいよ。私は身体を洗ってから出るよ」
「あ、うん」
 そう言って大地は浴槽から上がり、バスルームを出た。身体をタオルで拭いて、腰に巻くとベットに倒れ込んだ。のぼせているんだなあと大地は火照る身体を冷ますように手でパタパタと風を送った。
「こういう時のビールが美味いんだよなあ……」
 大地はそう言って部屋にある下専用の冷蔵庫を開けて冷えたビールを二缶取り出した。一缶をまず一気に飲んだ。喉を通る炭酸のはじける感じが気持ち良かった。
「あ~美味いなあ……」
 缶を両手に持って大地はベットに足を投げ出して仰向けになった。
「それにしても……藤城さんには悪いことしたよな……それに服……忘れて来ちゃった」
 大地は今まですっかり忘れていたことを思い出した。
 やっぱり取りに行かないといけないのだろう。だが、藤城の住所は知らないのだ。では、博貴はどうやって藤城の住所を知ったのだろうか?かといって博貴に聞くと、今度何を誤解するか分からないのだ。 
「困ったな……言い出せないや……」 
「何が困ったんだい?」
 そこへバスルームを出た博貴がやってきた。だが素っ裸だった。
「……だ、大良!下くらい隠せよ!」
 真っ赤になって大地が言うと、博貴の方は「?」という顔をした。
「どうして?男同士だよ。別に恥ずかしいことなんか何もないだろ。さっきまで裸で一緒にお風呂に入ってたんだよ……。変なこと言うんだね大ちゃんは」
 そう言う問題じゃないと言おうとしたが、言って通じる相手ではないと諦めた。なにより博貴が言う事も分かるからである。
「……まあ、まあね……あ、これ飲む?」
 視線を避けて大地はもう一本のビールを博貴に渡した。
「ありがと。で、何を困って言い出せないの?」
 受け取ったビールを飲みながら博貴が言った。
「……え、別に……何でも無いよ……」
 ははと笑って大地が言うと、じーっと博貴はこちらを見ながらビールを飲んだ。
「風呂上がりは美味しいね」
 ニコリとそう言われて大地は頷いた。
「ってね、話をごまかせたと思ってるのかい?」
 目の前に立った博貴が腰を屈めて言った。その位置に立たれると博貴の立派なモノがちらついて目のやり場に困る。
「あの……あのさあ……俺……その……」
 照れで大地は言葉の呂律が回らなかった。それが博貴には誤魔化していると見えるのか、ばさっと覆い被さって来た。
「ね、大地……君が約束してと言った二つを私は守ってきたよ。だから君も約束してくれないかい?今みたいに何かを言おうとして誤魔化したり、言いたいことを言わずに勝手に解釈したりしてほしくないんだ。今回の原因はそれが一番大きかったんだと思うからさ。私は君が聞くこと、言うことをはぐらかしたり絶対しない。都合の悪いことを聞かれたとしてもきちんと君に話すよ。だから、大地もそうしてくれないか?もう、こんな事で一時とはいえ、お互いの気持ちが離れてしまうのは耐えられないんだ」
「……分かった。ちゃんと話すよ。俺だってそう思ったし……」
 大地も今回のことは反省していたのだ。
「じゃあ、さっき言おうとしたことはなんだい?」
「……怒るなよ……」
「怒るようなことかい?」
「なあ、藤城さんの住所教えてくれない?俺さ、車で行ったから分からないんだ。住所」
 顔色を窺うように大地が言うと、博貴はにこやかに言った。
「知る必要ないだろ。それとも君は未練でもあるのかな?」
 博貴がにこやかな所が怖かった。ムッとしているはずが、それをおくびにも出さずに笑みを向けられると、不気味な怖さがあった。
「……その、未練は未練でも違う未練だよ……俺、服とか靴を全部忘れていったから……取りに行かないとって思ってさ。そりゃ、財布は持ってなかったから良いんだけど、服とか持って帰る余裕の無いような連れ出し方をお前にされたしさ……」
「そんなものに未練を感じる必要は無いね。その代わり私が弁償してあげるよ」
「……それは……」
 大地は困ってしまった。どう言っても博貴は住所を教えないだろう。かといって買ってもらうのも気が引けるのだ。そうやって大地が逡巡していると博貴が大地の頬を両手で挟んだ。
「駄目だよ大地。これ以上、嫉妬する原因を作らないで欲しいね。何も無いと思うけど、もし、あの男が急に君に襲いかかったらどうするんだい?こんな事考えさせないで欲しいんだ。だから君に服や靴を買ってあげる方が安心できるんだよ。取りに行くなんて言われたら、君を拘束するよ。言ってること分かってるよね。大ちゃん」
 やっぱりにこやかに博貴がそう言ったが、目は座っていた。これは諦めた方が良いと大地は思った。こんな博貴を振り切って藤城の家に行ったことがばれたら、こいつ今度は何をしでかすか分からないと考えたからだ。それより素直に甘えて服や靴を買ってと言った方が博貴も喜ぶだろう。
 本来なら、理由もなく服を買ってもらったりするのは申し訳ないと思って断ることなのだろうが、喜ぶ博貴の顔が見たいのだ。
「じゃあ、買ってもらっていい?いいもんじゃなくていいからさ……ごめん大良……」
「何だって買ってあげるよ……君が欲しいものならなんだってね……。謝ることなんか無いんだ。私のわがままなんだから……」
 嬉しそうに目を細めて博貴が言った。本当に嬉しそうだった。
「そういや……お前……仕事はどうしたんだよ」
「君の事の前には全てがどうでも良くなっちゃうんだよねえ」
 博貴は言いながら軽くキスを落とした。
「大良……」
「博貴……だろ?」
 そう言って博貴は大地の腰に巻かれたバスローブを捲り上げようとしたが、大地の手がそれを止めた。
「大地……お預けは勘弁して欲しいなあ……」
「違うよ……なあ、いつもみたいにもう少し明りを落としてくれよ……何かこんなに明るいところで……その……やだよ」
 博貴の身体の隅々まで見える照明はかなり恥ずかしいのだ。向こうが見えると言うことはこちらも隅々まで見えているに違いない。
「駄目だね。今日は特に隅々まで見たいんだよねえ」
「お前、それって俺を疑ってるのか?」
「言葉だけじゃ物足りない。疑われたくないのなら証拠が必要だろ?特に君はあの男の所に二日も泊まってたんだよ。何かあったんじゃないかって疑いたくもなるよ。いくら君が違うと叫んでもこればっかりは納得できるまで見ないと……」
 博貴はそう言ってバスローブを剥がした。
「博貴……っ」 
「それに……大地。正直に話して欲しいんだけど、私があの時迎えにいかなければ、君、あの男と何かあったと思うけど……。君自身はどう思ってる?」
 多分……抱き合っただろう。どうにもならないくらい自分自身も追いつめられていた。何より博貴の気持ちが分からなかった為に半分自暴自棄になっていたのだ。
「……俺……ごめん……」
 大地は正直にそう言った。
「大地……」
「……もう、大良は俺のこと何とも思ってないんだって……そう思ったから……。別に藤城さんのこと好きとかそんなんじゃなくて……優しくして貰って……俺……もう、どうでもいいやって……」
「大地は……怖い事を言う……」
 苦笑しながら博貴が言った。
「でも……俺……お前が迎えに来てくれて本当に嬉しかったんだ。さっき……言えなかったけど……本当に嬉しかったんだ」
 ようやく大地は素直に自分の気持ちを言えた。
「……こっちは怖かったよ……もし、扉を開けて君たちが抱き合っていたらどうする?とか色々考えながら、行ったんだ」
「なあ、もし、もしそんなことになってて……お前そんなの見たらどうするつもりだったんだよ」
 もう少し遅ければそんな状況になっていたかもしれないのだ。博貴がその事を予想しなかったとは思わないからだ。
「もちろん、それでも引き離して連れ戻してたろうね。それだけの気持ちが無いと奪い返しには行けないだろう」
 ニンマリ口元に笑みを浮かべて博貴が言った。
「……大良って変わってるよ……」
 照れくさいのを隠すために大地は言った。
「それだけ大地に参ってるんだよ……」
 言い終わると博貴は大地の胸の尖りを口に含んで舌で弄んだ。身体が久しぶりの愛撫にぴくりとしなった。 
「……俺……っ……」
 博貴の舌は胸から首筋の敏感なところに移動し、耳たぶを軽く噛む。指がその間も胸やお腹を撫で回していた。身体の体温が徐々にその刺激に反応して上がってくる。
「大地……愛してるよ」
 耳元で博貴が甘く囁き、その辺りにキスを降らせる。そのキスに大地は酔いそうだった。
「あっ…博貴……っ……俺……」
「身体を預けてくれないかい?なーんと無く抵抗してるような気がするんだけどね」
 顔を少しあげて博貴が言った。
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