Angel Sugar

「煩悩だって愛のうち」 第6章

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 不思議なもので、あれだけ悩んでいたというのに、毎晩ベットに入ってからは祐馬と抱き合い、軽くキスをし、最後には離れて眠るのだが、布団の中では手を繋いで朝を迎える毎日を過ごすようになってから、食欲も随分戻った。
 私も現金なものだ……
 子供のような恋愛だなあと思うが、それが出来ずにナーバスになっていたのは他ならぬ自分であるのだ。
 鞄の中にはカロリーメイトが祐馬によって入れられている。それを仕事の合間にかじりながら、会社にいても祐馬の優しさが身に染みて、幸せだなあと感じる。
 確かにまだ鈴香は家に居座り、祐馬に絡んでは居るようだが、以前感じたほどのむかつきは無くなった。祐馬が言うとおりに、やはり触れあうことは大切なことなのだろう。例えつき合っているのが分かっていても、言葉だけでは足りない物があるのだ。
 今回それが身に染みた。
 祐馬が抱きしめてくれることでホッと一日の疲れがとれる。安心して身体を預けることがこんなにも自分に必要だった。頑なな自分が祐馬の腕の中では素直になれるような気もするのだ。いや、素直なのかもしれない。
 あれから旅行の計画は戸浪が立てるともう一度きちんと話したのだが、祐馬がやっぱり俺が立てると言い張ったために、結局、祐馬が再計画をすることになった。
 最初が肝心だから……だそうだが、戸浪が立てるとビジネスホテルなどを選びそうで嫌だと言うのだ。確かにそれは言えているかもしれない。
 戸浪は昔からそう言う計画を立てるのは苦手なのだ。相手を喜ばせたいという気持ちはあるのだが、何故だか面白みのないところばかりを選んでしまう。
 多分、遊び心が無いのだろう。その点、祐馬には人を喜ばす為に全身全霊を傾けるところがある。その上、戸浪と違い遊び心を充分持っていた。
 任せるのが一番だろう……。
 それにしても……と、戸浪は又鈴香の事を考えた。
 二人のことを気が付いているのかどうかがいまいち分からない。何より戸浪は相手がどう考えているのかなど、ましてや女性の考えることなど良く分からないのだ。
 祐馬はあの通りの性格であるので、自分が好かれている事など全く気が付いていない。
 いくら私でもそのくらい気が付くが……
 鈴香は戸浪がいようといまいと、祐馬に甘えて相変わらずわがまま放題だ。最近は祐馬も閉口しているようだが、まだ本気で怒るところまでいっていない。それでもたまには我慢できなくなるようで、祐馬は声を荒げて、絡む手を振り払っているのだが、鈴香はそんなことではめげたりしない。
 すごい女性だ……
 もうここまで来るとすごいとしか言いようがない。あんな女性がこの世には一杯いると川田が言うのだが、戸浪には恐ろしいことだった。
 いや、逆に、祐馬と似ているのかもしれない。祐馬もあんな感じに戸浪に最初絡んでいたような気がするのだ。
 もしかして三崎一家関係はみんなあんな風に果敢なのか?
 いや、しつこいのか?
 だったらすごい女性ではなく、すごい家系なのだ。
 それの方が恐いぞ……
 以前、祐馬は祖父の誕生パーティに出かけたことがあるが、そこに集まった親族関係者はみんなあんな感じなのか?
 こわ……
 パーティ会場に集まっただろう人達をフッと想像した戸浪は、全員が祐馬の顔に見え、なんだか背筋が寒くなり、そこで想像するのを止めた。その代わり時計で今の時間を確認して、今もっている仕事とつき合わせる。
 今日は早く帰られそうだな……
 フッと口元に笑みを浮かべながら戸浪は又仕事に取りかかった。

 久しぶりに定時に帰ることが出来たのは良いが、うちに帰ってくると祐馬はまだ帰っていなかった。
「戸浪ちゃんお帰り~今日は早かったんだ。祐ちゃんはまだだよ」
 鈴香がそう言って玄関で迎えてくれた。
 う……時間を潰して帰ってくれば良かった……と戸浪は思ったのだが、後の祭りだった。どうも鈴香と二人きりというのはちょっと辛い。
「あ、そうか……三崎も忙しいんだろうな……」
 何時だってこちらより先に祐馬が帰っていたために、何故か祐馬は先というのが当たり前になっていたのだが、考えてみると、向こうも残業だってあるだろう。いくら新人だからといってもそろそろ忙しくなってくるはずだ。
「私ね、戸浪ちゃんに聞きたいことあるんだけど……」
 うわあ、最悪じゃないのか?
「え、な、何かな?私が聞いていいのかい?」
「うん」
 もう嫌で仕方ないのだが、鈴香に促されるまま居間に二人で向かった。
「あのね、鈴、祐ちゃんが好きなこと戸浪ちゃんに言ったよね」
「ああ、聞いたよ」
「でも祐ちゃん全然私にその気になってくれないの」
「……それは本人の好みだから……」
 っておい、ちょっときつくなかったか?
 と、思ったが、鈴香は全く堪えていない様子だった。
「鈴ってそんなにブスかな?」
 悲しげな顔で鈴香が言った。
「君は可愛いよ。でも……三崎は誰か好きな人がいるんじゃないか?だから鈴ちゃんのことは可愛い従姉妹としか思えないんだよきっと……」
 そう言うとこちらをじーっと見て鈴香は何か言いたげな表情を向けた。
 ……おい、やっぱりばれてるのか?
「そんな女性がいるって祐ちゃん言わなかったよ……」
 おい、何故嘘でも居ると言わなかったんだあの馬鹿っ!
 いや嘘じゃなくて居るだろうがっ!
 相手は男だが……
「……あ、そうなの……じゃあ私にもどうして良いかわからないなあ……。以前も言ったとおり、これは三崎が決めることだからね……」
 と言って笑ったのだが空虚な笑いだった。
 私に演技はできない……
 戸浪はそう痛感した。
「ねえ、私襲っちゃおうか?」
 ってなんだそれは?
「はあ?」
「だからあ、戸浪ちゃんが夜中ちょっとだけ寝室離れてくれたら、私その間に祐ちゃんと同じ布団に潜っちゃおうかなあって……駄目?」
 駄目に決まってるだろうが!この馬鹿女っ!
 と、心の中で戸浪はそう叫んだが、口には絶対出さなかった。
「そ、それは止めた方がいいよ」
「えーどうして?お酒とか飲ましちゃって、襲っちゃえば後は既成事実を作れば良いじゃない」
 そう言って鈴香はにこやかに笑った。
 恐い……
 どうしてこんな考えが思いつくのだ?
「止めなさい。私はそう言うことには協力しないよ。君自身も、もっと自分を大切にしなければならない筈だよ。そんなやり方で手に入れても、ちっとも嬉しく無いだろうに……」
「それでもいいもん」
 いいもんじゃないっ!
「駄目だ。協力はしないよ。それに本気でそんなことを言ってるんだったら、この事を三崎に話すからね。そう言うやり方には感心しない……」
 全く今時の子は~
 と思っていると、鈴香が泣き出した。
「……あ……その……」
 どうして良いか分からない。
 こういう場合はどうやって慰めるんだ?
 で、間の悪いことに祐馬が帰ってきた。
「どしたの?」
 泣いた鈴香を見て次に戸浪を見る。
「三崎……その……」
「祐ちゃあん!戸浪ちゃん酷いのっ!」
 こちらが何か言う前に、鈴香は走って祐馬に抱きついた。
「え?何?一体どうしたんだよ……」
 言いながら祐馬は抱きつく鈴香の頭を撫でながら、戸浪に、なんかあった?という表情を向けた。
 思わず手を左右に振って、違うという意思表示をした。
「鈴、お前、なんかまたくだんねーこと言ったんじゃねえの?」
「違うもん。戸浪ちゃん酷いんだもん。鈴のことブスとか言うんだもん」
 んだと、このガキ!
 と、戸浪は一気にむかついた。
「戸浪ちゃん?」
「そんなことは言ってない」
「言ったっ!」
 祐馬にしがみつきながらこちらを向いて鈴香は怒った顔で言った。
「この……」
 男だったら殴っていただろう。だが女性相手にはいくら何でも戸浪も殴ったり出来ない。
「祐ちゃん、どっち信じてくれるの?」
「え?俺?戸浪ちゃんに決まってるじゃん」
 そう速攻言った祐馬を褒めてやりたいと、戸浪は本気で思った。
「なんでっ鈴の方が祐ちゃんと付き合い長いじゃないっ!」
「戸浪ちゃんが女性に向かってブスなんて言う訳無いだろ。それに俺がお前に言ってることだろそれ。あのなあ、毎度毎度泣くの見てたら、全然可哀相になんかみえねえぞ。何話しててお前泣いてるのかしらねえけど、思い通りにならないからって泣いて誤魔化すなよ。うざいんだってそういうの……」
 もう、ホテルだってなんだって一緒に行ってやると戸浪は本気で思った。
「……で、飯何?」
 そう祐馬が言うと鈴がいきなり怒り出した。さっきまで泣いていたカラスがなんとかだ。
「何よっ!どうして鈴のこと信用してくれないのよっ!祐ちゃんの馬鹿っ!勝手に食べてると良いのよ!もう知らないっ!」
 ドンと祐馬を突き飛ばして鈴香は自分にあてがわれた部屋へと走っていった。
「なんだありゃ……」
 祐馬の方が驚いた顔で言った。
「……あの子なあ……ちょっときついぞ……」
 戸浪はホッとして座り込んだ。
「で、何があってあいつ泣いてた?別に泣かしたって良いぞ。あいつ昔っからすぐにべそべそ泣くんだよ。泣くとみんなが色々してくれるの知ってるから、思い通りにならないとすぐ泣くんだ。も、そろそろ大人になって欲しいよ」
 はあと溜息をついた祐馬に戸浪はもう仕方なく先程の事を話した。だが祐馬はただ笑うだけで信用しない。
「それ、からかわれたんじゃないの?あいつ俺のことなんかそんな風に見たりはしねえぞ。絶対それ戸浪ちゃんがからかわれたんだよ」
「……お前なあ……」
「ほんとほんと、あいつそやって相手からかうの昔から好きなんだよ。戸浪ちゃんがオロオロするの見たかったんじゃないのか?」
「祐馬、嫌いな相手に、あんな風に甘えたりするのか?腕に絡まったりするか?良く考えてみろっ!」
 ムッとした顔で戸浪が言うと祐馬は又笑った。こっちは笑い事じゃないのだ。
「あいつ誰にでもああだぞ。俺の姉ちゃんにも義兄ちゃんにもそうだし……誰だって良いんだよ甘えただから……」
 戸浪は益々鈴香が分からなくなった。
「……」
「あいつな、小さい頃お母さんが入院してさ、そんで、お父さんが付き添いで行った晩一人で留守番してるときに、夜、雷に合って一晩押入で過ごしたんだ。それから雷が恐いんだよ。でもって、小さい頃にそう言う事情で半年ほど母親が留守にしてたから、あんな風な甘えたになっちゃったんだよな。だからこう、人の関心を引くような事ばっかりしたり、言って、わがまま言うんだよ。でもって母親が居ないことでじじいとかが甘やかしちゃって、余計に自分が一番偉いみたいに扱われるのが当然だと思ってるの。適当に受け流してたらいいんだよ」
「……私には分からない……」
 本当に分からなかった。女性は良く分からないが、鈴香のようなタイプはまず知らない。
「悪い子じゃないんだけどね……」
「なあ、祐馬……あの子いつまでここに居るつもりなんだろう……」
 戸浪は本音を漏らした。
「……うーん……そうだよな……俺も気になってたんだけど……今度又聞いてみるよ。あんまし長期になるんだったら、ホントにおばさんの所に行って貰わないと、俺も困るし……」
 祐馬はそう言って苦笑した。
「私は……」
 居場所が無くなるような気がして嫌なんだ……
 と、言いたかったのだがそこまでは言えなかった。
「何?」
「いや、何でも無いよ。夕食にしようか?」
「え、うん。でさ、今、何言おうとした?」
「忘れた……」
「んも~なんだよ~気持ち悪いなあ……その、言い出して止めるの……」
「何か言おうとしたんだが……本当に忘れたんだ。思い出したら言うよ」
 そう言って戸浪は立ち上がった。
 二人でキッチンに行って、食事をし始めたのだが、いつまで経っても鈴香は来なかった。業を煮やした祐馬がご機嫌取りに席を立ち、暫くすると鈴香を連れて戻ってきた。
 鈴香はこちらをキッと睨んで椅子に座る。
 最悪だ……
 だが私が何をしたって言うんだ……
 こちらもムッとしながら食事をしていたために、異様な雰囲気がキッチンに漂っている。だが祐馬は全くそんな気配など感じていないようだった。
 羨ましい性格だ……
 こちらはいちいち睨み付ける鈴香に肩を竦めて、ボソボソと口元を動かすのだが、もう堪らなくなって食事を終わらせた。
「戸浪ちゃん……又ちゃんと食べてない……」
 余り食べなかった戸浪に気が付いた祐馬がそう言うのだが、こんな張りつめた空気の中で何故食欲が出るというのだ。
「いや、食べた。今日は久しぶりに早く帰られたことだし、早めに休むよ……」
 寝室しか行き場のない戸浪はそう言った。
「そう……分かった」
 不服そうだが祐馬はそう言った。
 風呂に入り、頭を洗って湯船に浸かった。久しぶりにゆっくりとした夜が過ごせるはずが、いきなりの鈴香攻撃に、もう一気に疲れてしまった。
 はあ……
 祐馬にあの鈴香が何故理解できるのだろう……
 どう説明されても、良く分からないのが本当の所だ。知れば知るほど益々理解不能になってくる。
 仕方ない……ああいう子だと思うしかないんだ……
 風呂から上がり、パジャマを着ると戸浪は寝室に向かった。中に入ってようやく本当にホッとする。
 ベットに寝ころんで目を閉じ、身体を伸ばした。
 今度は一体何処に行こうと言ってくれるのだろう。
 楽しいことを考えようと戸浪は旅行のことに思いをはせた。
 別に同じ中軽井沢でも良い。
 ああ、近くに湖があってもいい。
 二人きりで過ごすのは一体どんな感じだろう……
 祐馬と二人きりなのだ。
 邪魔は誰もしない。
 誰かの目を気にすることもない。
 ただ、あの祐馬が二人きりになったら、こうしたい、ああしたい、と恐ろしいことを一度言ったことがあったが、本当にそんなことを考えているのだろうか?
 まあ……今あいつは性欲の塊みたいになっているしな……
 等と思うのだが自分だって余り言えないのだ。
 戸浪がそんなことを考えて、クスクス笑っていると祐馬が入ってきた。
「あ、何か気持ち悪いぞ戸浪ちゃん……何笑ってるの?」
 何~と言う顔で祐馬はベットに登って、こちらの顔を覗き込んできた。
「大したことじゃ無い。それよりお前までこんな時間から寝るのか?」
 時間はまだ九時を少し廻ったところなのだ。
「だって~戸浪ちゃん寝る体勢だし……」
「……ここが落ち着くんだ……」
「戸浪ちゃん……」
「いや、深い意味は無いぞ。ただほら、久しぶりに早く帰られたからな。本でも読みながら、眠くなったら寝ると言う事を久しぶりにしようと思って……」
 身体を起こしてそう言うと、祐馬はニヤニヤしていた。
「何だその笑いは……」
「えへへへへへ。電気消しちゃおうかなあ~」
 言いながら既にスイッチの所に立っている。
「……あのな。こんな時間にどうこうはまずいだろう……」
「まずくないもんね~真っ暗ならわかんないじゃんか~」
 そう言って祐馬は電気を消した。
 暫くすると暗闇の中祐馬がこっちに近づくのが分かる。こちらからも近づき、そうっと祐馬の腕の中に入る。
「なんかさ、最近の戸浪ちゃんって素直だよな~俺すげえ嬉しいかも~」
 こちらの額に頬をすり寄せて祐馬が言った。
「……そ、そうか?」
「だって以前だったら絶対、ぶん殴られてた気がする……」
 クスクスッと笑って祐馬が言った。
「……ま、あまな……」
「これってさ、もしかして、戸浪ちゃん、鈴に焼いてる?」
「なっ……何を言っ……」
 言いきる前に祐馬の口元が重なってきた。何度もキスをしているのに、祐馬からもたらされるキスは心地良い。
「……ん……」
 一度も口元を離さずに、祐馬は何度も舌を絡めては吸い付く。これだけの事に熱くなる身体が、最後までいったらどうなるのだろう。
 期待と不安が戸浪にはある。
 いつもはそこで終わりなのだが、今日は違った。時間が早いと言うこともあるのだろうが、祐馬の手は戸浪のパジャマの裾から入り、胸元を撫で回した。
「……っ……ゆう……まっ……」
 ようやくそう言う口元に、又祐馬はしっかりと舌を絡ませてきた。
「……う……ん……」
 大きな手の平はサワサワと戸浪の胸元を這う。心地良いのだが、このまま止まらなくなったらどうしようという不安と、このまま最後までいきたいという気持ちが戸浪の中でせめぎ合った。
 ここで止めるのが辛い。
 だがこのまま突き進むわけにもいかない。
「はあっ……」
 ようやく祐馬の口元が離れ、同時に胸元に置かれていた手が離れた。
「ああ……も、俺マジ辛い~」
 溜息と共に祐馬がそう言って、戸浪を抱きしめた。
「……祐馬……」
「夢に出てきてうなされそうだ……」
 情けない声で祐馬がそう言う。暗闇のために表情が分からないが、口調と同じような顔をしているのだろう。
「済まない……」
「戸浪ちゃんが謝ること何かないじゃんか。それよかこれだけでも許して貰ったのが奇跡なんだからさ……戸浪ちゃん頭固いから……」
 そ、そんなに私は頭が固いのだろうか?
「奇跡って……そんなに大げさなものか?」
「この辺のズレが俺と違うとこなんだよな……はあ……」
 言ってもう一度祐馬が溜息をついた。

 数時間戸浪とベットの中で話をした。小さい頃こんな風だった、あんな風だったと色々話すのだ。聞くと戸浪も小さい頃は結構腕白だった事が分かるとなんだか可笑しく祐馬には感じられた。
 逆に、そんな腕白だった戸浪が、どうして今は自分を抑圧するような性格なのか逆に不思議だった。
 それは膝の事故など色々あったからなのかもしれない。兄弟三人もいて、その真ん中に位置するとこんな風に耐えるタイプになるのかもしれないとも祐馬は思った。
 だがこの今の戸浪が好きなのだ。
 俺ってすげえ戸浪ちゃんのこと愛しちゃってるなあ~なんて改めて思い、祐馬は思わず照れた。そんな表情がこの暗闇で戸浪に見られず良かったとホッとした。
「そろそろ寝るか?」
 戸浪がそう言ってきた。
「……うん」
 お互い少し離れて手を繋ぐ。
 抱き合ってキスをして、手を繋ぐ……それだけで祐馬は満足だった。
 今は……だ。
 もう、一度だって最後までいったら、毎晩励んでやると祐馬は誓っていたのだ。戸浪に殴られようと、嫌がられようと、この三ヶ月の禁欲生活分を取り返すまでは一晩に何回でもやってやると本気で祐馬は考えていたのだ。
 ぜって~寝かせねえ~
 自分の頭の中はピンク色に腐ってるんじゃないかと思うくらい、祐馬はそんなことを、ここずっと考えているのだ。戸浪にはそこまで言わないが、とにかくもう何かに取り憑かれたようだった。
 戸浪が風呂から上がってきた姿を見て、頭の中でそのパジャマを脱がして全裸を想像してしまう。
 寝顔を見ては、イく時の表情を想像し、快感に喘ぎ涙を落とす顔を思い浮かべてしまうのだ。こんな事を言えば、それこそボコボコに殴られてしまうことが分かっているため、祐馬は口が裂けても白状しないのだが、本当はそんなことばっかり考えていた。
 とにかく……一度最後まで行けばこっちのものだ……
 祐馬はそう考えていた。
 後はもうなし崩しにやれるにちがいない。そうだ、そうするんだと考えていると、なんだか自分の上に誰かが乗った。
 戸浪ちゃんかなあ~と思うのだが、手は繋いだまま、その上、スースーと隣からは寝息が聞こえてくる。
 何……お化け?
「ぎゃあああっっ!でたーーっ!お化けがっ!ぎゃーーーっ!」
 祐馬が自分の上に乗っていた物体を押しのけ、飛び起きると、ベットに付いている電気を点けた。するとぼんやりとした白熱灯に浮かび上がったのは鈴香だった。
「……鈴香?なっ、何やってんの?」
 鈴香を見て次に戸浪を見ると、今の騒ぎで目を覚ましたのか、戸浪は目を見開いて驚きで何も言えないようだ。
「だって……私だけ一人で寝るの寂しいんだもん……だから来ちゃった」
 えへっと笑ってそう言うのだが、一人で寝るのが寂しいからといって男二人が寝ているところに忍んでくるとは一体どういう了見だっ?と言いたかったのだが、祐馬はあまりの事態にすぐには声が出なかった。
「私も混ぜてよ~」
 と言って鈴香はこっちにべったりと抱きついてくる。
「いい加減にしろっ!何考えてるんだよっ!年頃の女の子のする事じゃないっ!」
 カーッと頭に血が昇った状態で祐馬は怒鳴りつけた。
「だって……好きなんだもん……」
 何が?
「祐ちゃんのこと好きなんだもん……」
 俺が?
 ちらりと戸浪を見ると、やはりこちらを見ていた。その表情は、だから言っただろうという顔だった。
「お前、冗談言うなよ……」
 焦った祐馬はそれだけをようやく言った。
「就職活動なんて嘘だもん。鈴、祐ちゃんと結婚したいから来たの……お嫁さんにして欲しいの……駄目?」
 つき合うを通り越していきなり嫁かい!!
「おま、お前っ……お前なあっ!」
 パニックだった。だが逆に鈴香は冷静だった。
「戸浪ちゃん、邪魔っ!」
 ジロリと戸浪の方を見て鈴香が言うと、戸浪は溜息をついて、ベットから降りようとした。
「あ、俺一人にすんなよっ!」
 そう祐馬が慌てて言うと、戸浪はちらりとこちらを見て、小さく溜息をつくと、ベットの端に腰をかけた。だが、こちらには背を向けている。見たくないと言う意思表示なのだろう。それでも出て行かれるよりましだ。
「邪魔っ!戸浪ちゃん邪魔よっ!」
「鈴ッ!いい加減にしろっ!」
「だって鈴、祐ちゃんに抱かれたいんだもん。抱いてよっ!」
 っておい、パジャマ脱ぐなーーーっ!  
 いきなりパジャマを脱ぎだした鈴香にもう祐馬はどうして良いか分からない。
 だがパンッという音が響き、目が覚めた。
「いい加減にしなさい」
 戸浪が鈴香の頬を叩いた音だった。
「……っ何よっ!男の癖に嫉妬しないでよっ!知らないと思ってるの?戸浪ちゃんだって祐ちゃんの事好きなんでしょっ!だからって私に当たらないでよっ!」
 もしかして、こいつ俺らの事気がついてたのか?
 だから邪魔するような事ばっかりしてたのか?
 それが分かると祐馬は本当に頭に来た。
「鈴っ!お前知っててっ!」
 こっちが殴ってやろうと手を上げた瞬間、その手を戸浪に止められた。
「もういい。一度でいいんだ」
 戸浪は意外に冷静だった。 
「戸浪ちゃん……」
「気持ち悪いっ!男同士の癖にっ!最低よっ祐ちゃんっ!」
 言って鈴は半分脱いだパジャマを速攻着直すと寝室を出ていった。
「……なんじゃそりゃ……」
 もうそう言う言葉しか出ない。
「祐馬……だから言っただろう……。あの子はお前が好きなんだって……」
 やっぱり冷静に戸浪が言う。だが心の中ではものすごく慌てているのが祐馬には分かっていた。
「ほっとけよ。いいんじゃねえの、これで出ていくだろうし……ったく、知ってたんならここに居座るなよ。なあにが気持ち悪いだっ!お前のやってることこそ気持ち悪いって言うんだよっ」
 言われたことに腹が立ち、今からでも追いかけて殴ってやろうかとも思った。だが戸浪は何とも言えない表情で、鈴香が出ていった方向を見ていた。
「……戸浪ちゃん?」
「あの子がお前の事を親戚に話したら……まずいんじゃないのか?」
「別に……そんなん俺に関係ないよ……」
 はあと溜息をついて祐馬はベットに寝転がった。
「関係ないって……お前そんな簡単な問題じゃ無いだろう?」
 戸浪は何故か必死にそう言った。
「だから何?俺はばれたって良いって言ってるだろ。男同士が一緒にずっと暮らしてたら変だって思われるの当たり前じゃんか。それが早いか遅いかの違いなんだからさ……」
 だから祐馬はこの間、覚悟を決めていると言ったのだが、戸浪には分からなかったのだろうか?
「……だが……」
「ねえ戸浪ちゃん。俺言ったよな、覚悟決めてるって。戸浪ちゃんも覚悟決めてよねってさ。それどういうつもりで聞いてたわけ?俺、今みたいな事を含めて言ったんだけど……」
 こっちは真剣にそう言ったのだ。なのに戸浪にはそれが通じていなかったのだろうか?何より、あの時戸浪も同意してくれたのは、その場限りの返事だったのだろうか?
「……私は……」
 言って戸浪は目を伏せた。
「俺はずっと一緒に居たいと思ってる。でも戸浪ちゃんは違うわけ?俺達って、ばれたらもう嫌になるような関係か?そんで終わりに出来るようなものだったのか?」
 戸浪を追いつめてはいけないことを分かっていながら、祐馬は言った。これだけははっきりさせておきたかったからだ。
 ちょっとしたことで、自分達の関係を恥じ、一緒に暮らすのが辛くなるのなら、この先二人で暮らすことなど出来ない。いや、つき合っていくことなど不可能だ。
 いつかばれる。
 だから祐馬は最初に覚悟をした。
 そして同じ覚悟を戸浪に求めた。
「……私は……お前が親戚や、家族に責められたりするのは嫌だ……」
 小さな声だった。
「何言ってるんだよ。そんなん言ったら、一緒に暮らせないじゃんか。いつかばれるんだぞ。覚悟決めてくれたんじゃないのか?」
「決めた。最初お前とつき合うと決めたときに……だが……」
「俺は良いって言ってるだろ。どうして悩むんだ?悩むって事は戸浪ちゃんの覚悟が出来てないってことじゃん。俺……その方が……嫌だ。誰にばれるよりも、誰に責められるよりも、戸浪ちゃんがそんな風に思う方がショックで……嫌だ」
「祐馬……」
 顔を上げた戸浪の目は潤んでいる。
 それは悲しいのか嬉しいからなのか分からない。
「頼むから……俺が泣きたくなるようことは言わないでくれよ……」
 言いながら祐馬は戸浪を引き寄せた。
「私がもし家族にばれても……大地という味方がいる。だがお前には居ないだろう……それが……」
 最後の言葉は聞き取れなかった。
「居るよ。俺にもすげえ味方。いったじゃんか~。戸浪ちゃんのこと、ばあちゃんに話したら喜んでくれたって。ばあちゃんが味方なら俺そんでいいんだからさ……」
「祐馬……」
「まあ例え味方が一人も居なくても俺は別になんも、こわかねえけどな。いいじゃん孤立無援でも。二人で一緒に居られたら俺そんでいい。俺さ今まで欲しい物って無かったし、何かに執着したこと無かったけど……戸浪ちゃんは欲しい。すっげー執着してる。生まれて初めてそう思ったんだ……。だからさ、も、こう言うことで悩むの止めよう……」
 宥めるように祐馬がそう言うと、ようやく戸浪が固いながらも口元に笑みを浮かべた。
 それを見てホッとする。
「もう、あいつほっといて寝よ。ばれたんだから、抱き合って寝よ……いいよな……」
 それを聞いた戸浪は緩やかに笑った。

 翌朝、当然の如く朝食の用意は無かった。だが久しぶりに戸浪はパンを焼き、コーヒーを入れた。
「おはよ……あ、やっぱ鈴まだ怒ってるんだな……」
 朝食の用意を戸浪がしていることで祐馬はそう思ったようだった。
「みたいだな……。それより昨日は悪かった……女性に手を挙げるなんて……」
 戸浪はそう言いながら、祐馬に焼いたパンを渡した。
「いーの、戸浪ちゃんがひっぱたいてなかったら俺が殴ってた。それよか今日あたり、出てってくんないかなあ……そしたら俺、戸浪ちゃんと……」
 へへへへと、いやらしく笑うので、戸浪は祐馬の頭を叩いた。
「あだっ!んも~」
「で、どうするんだ?」
「俺、まだ話する気無いよ……っていうか、二人きりになるの俺恐い……なんかやっばいことされそうじゃん……貞操の危機って奴だよな」
 と、なんだかちっとも危機感のないように言ったため、又戸浪は殴った。どうして祐馬はこんな風にしか言えないのだろうか?
「……朝からボコボコ殴んないでよ……」
「お前が、のほほんと言うからだ」
「あのさ、俺でもマジで二人っきりになるの恐いから、帰る時間併せていい?お互い帰る時間に電話して、途中で合流して帰ろうよ。頼むよ戸浪ちゃん……」
 祐馬には珍しく弱腰でそう言った。まあ確かにそれは言えると思った戸浪は頷いた。

 本当にこれで出ていってくれるとありがたいのだが……
 会社に出社し、戸浪はそう思った。だが何か引っかかるのは何故だろう……。
 そんなとき携帯が鳴った。
 不審に思って取ると相手は如月だった。
「……一体……どこからかけてるんだ?」
 如月はアメリカに帰ったはずだった。
「出張でな、今、日本に帰ってきて居るんだが、面白い話を小耳に挟んでね……」
 言いながら如月は笑った。
「だから何だ?さっさと言わないのなら切る」
「そう冷たくするなよ……長い話になる。会えないか?」
 信用ならない男が二人きりで会おうと言って、どうして首を縦に振れるんだ?
「……お前は二人きりになるとやばいからな……」
「ははっ、まあそういうな。お前と祐馬の事だ。知りたいだろ?ちゃんと人の多いところで会うつもりだよ。喫茶店ならお前もオッケーくれるか?」
 そう言って如月は再度笑った。
「……分かった……」
 お前と祐馬のことだと言われて思わずそう言ったのだ。
 そうして、如月と会う約束をした。一体何を言いたいのだろう……
 戸浪には予想も付かなかった。
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