《アーサー王諸国漫遊記》


   『第9話:ユングヴィの女神はご健在』

グランベル帝国ユングヴィ領。ヴェルダン王国の北東に接する、聖弓イチイバルを受け継ぐ国である。
いや、受け継いでいた、と言うべきか。
現在のイチイバル後継者・ファバルは父ジャムカの意思を継ぎ、ヴェルダンの統治に追われている。
そして、ファバルの妹、パティは恋人のイザーク王・シャナンを追いかけて、今のところイザークに出張中である。
よって、今この地に残っているのは、ファバルの従兄弟のレスターのみ。
……ちなみに、レスターの妹(つまりファバル達の従姉妹)のラナは、グランベル帝国セリスの妻、王妃となっている。
そして、レスターの他にもう一人。
レスターの母に当たる、ユングヴィの姫君であったエーディンである。
聖戦中は修道院で祈りを捧げていた彼女であったが、聖戦後は懐かしい故郷へと戻ってきていた。
思えば、英雄シグルドの悲劇の始まりの地であるユングヴィ。
アーサーとフィーの次の目的地であった。


「……パティには本当に困ってるんだ………。」
そう言ってレスターは深い深いため息をついた。
「セリス様には『パティだからね、仕方ないよ』と笑われたが、それで済む問題ではないと思うんだ。」
その通りである。
「いつまでもこのままではマズイし、何より臣下に示しがつかない。」
確かに。
「今は何故か領土も落ち着いているが、いつ騒ぎが起こることか……。」
「はは…大変だな、レスターも………。」
アーサーは少し汗を流しながら答えた。
普段ヴェルトマーでは、自分が領土を大臣達に任せてブラブラする立場だったりする。だからレスターに同情はしても、それほどパティに何も言えないアーサーだった。
それに気付いたフィーが、ほら見なさいとばかりにからかい混じりの視線をアーサーに送った。
遊びに行く自分達は良い。しかし、困るのは残された大臣たちなのである。
………まぁ、もう最近では大臣たちも慣れたものみたいだけれど。
でも、それに甘えているわけにはいかない。この旅が終わったら、少しアーサーを城に縛り付けておこう……そう心に誓うフィーであった。
「で、でもレスターもすごいじゃないか。領主がいなくても十分に土地を治めてるわけだし。」
頑張って話をそらそうとしているアーサーに気付いているのか、レスターはまぁな、と頷いた。
「パティはあんな風にしたい、と希望だけはたくさんあったが、それを治世にどう生かすかというのは苦手みたいで、俺がそれをやっていたようなものだからな。」
「あ、なるほど。」
確かに、帝王学やら治世の何たるかをあまり学ぶ事の無かったパティにはいきなりの政治は辛いかもしれない。
その点ではアーサーも似たようなものだが、あまり本人は自覚していない。
ひとえにヴェルトマーの家臣の質と、しっかりした政治体制のおかげである。
その反面、レスターはティルナノグにいた頃からオイフェに色々教わっていたのでまだどうにかなるのだろう。
…と、そこまで考えた時にフィーがそういえば、と口を出した。
「今更気付いたんだけど、レスターってパティを呼び捨てにしてるの?」
「当たり前だろ、仲間なんだから。」
「そりゃアーサーは気にしないだろうけど。一応領主で、レスターは側近なんでしょ?」
確か以前からレスターはそこら辺はきっちりしていた気がする。そのレスターが一応仲間とはいえ目上に対して呼び捨てで口を聞くのはフィーには不思議だった。
レスターはああ、と納得して言った。
「確かに俺も始めはそう呼ぼうとしたんだけどな。」
どうやら一回目に呼んだ瞬間に、『領主命令』で呼び捨てに変えさせられたらしい。レスターの気持ちも分かるが、むしろパティの気持ちの方が痛いほど分かるアーサーは、パティらしいやと腹を抱えて笑った。
そこへ、部屋の奥のほうから鈴を振るような声が聞こえてきた。
「遅れてしまってごめんなさいね、アーサー卿、フィー王女。少し用事があったもので。」
現れたのは、長い豪奢な髪を高く結った女神のごとく美しい女性。青い瞳を細めて微笑む様は聖女のそれで、歳を重ねているはずなのに微塵もそれを感じさせない。
ユングヴィの元姫君で、今はレスターとラナの母親、エーディンである。
「あ、どうも初めまして。」
さすがの鈍いアーサーも少し目を見張った後、慌てて頭を下げる。フィーは少しムッとしたが、まぁあの人なら仕方ないなと心を広くする事にした。
聖母エーディン。聖戦中もレスターやラナ、オイフェなどから話を幾度か聞いたことがある。何でもその美しさに、慕う男の人は多かったのだとか。
エーディンはそんな二人を見やってクスッと笑うと、「初めまして、ではないのですが。レスターの母のエーディンです。」とお辞儀をして見せた。
「え、あれ………?」
「一緒に戦争が終わった後のバーハラでの祝宴に参加していたんだ。あの時はそんなに喋ってないような気もするからなぁ。」
「あ、そうか。なるほどなぁ。」
アーサーの不思議そうな目線にレスターが答える。
それで納得したらしく、アーサーがあの時か、と手を打つ。あの時は慣れない生活への緊張と、久々の仲間との再会であまり視野が広くなかったのだ。
もちろんフィーもそれは同様で。
「そうでしたか…失礼しました、エーディン様。」
「いえいえ。」
気にしなくていいんですよとばかりに手を振る。
その仕草がまた洗練された動作で、何故か人の目を惹きつけた。
少しぼうっとした後、アーサーは思い出したように言った。
「あぁ、えーと。………何の話をしてたんだっけ??」
「あんまり大したことは話してなかったけどな。」
エーディンの魅力には無関心男のアーサーも敵わないらしい。まったく会話が成り立っていない。
いや、むしろエーディンの魅惑の力。戦争時より上がっている気がするのは気のせいだろうか?
「あ、そうだっけ…。………いててっ、何だよっ?」
「べーつーにぃー…?」
少し頭に霧のかかっていたアーサーだが、突如現実に戻る。
どうやら陰でフィーがアーサーのブーツのつま先を踏んづけたらしい。
眉をしかめるアーサーに、しかしフィーはツンとして知らん振りをする。
「本当に仲がよろしいわね。」
アーサーのような反応は慣れたものらしい。エーディンがころころ笑いながらこんな事を言い出した。
「べ、別にそんなんじゃっ……!!」
真っ向からこう言われると思わず否定してしまうフィー。しかし、エーディンは気に留めずに続ける。
「羨ましい……少しはレスターにも見習ってほしいものだわ。」
「母上っ……!」
レスターが少々困ったようにエーディンに呼びかける。
「いいじゃないの、丁度良い機会ですからお二人にも協力していただきましょうよ、レスター。」
「協力??」
「何をですか??」
彼女の口から出た言葉に、アーサーとフィーは問い返す。
「それはですね、……あ、例のものをとってちょうだい。」
エーディンの呼びかけに応え、使用人が幾冊かの本を持ってくる。
その本を一冊一冊開いてみせながら、彼女は説明を始めた。
「こちらがアブストル家のシャレル公女。そしてこちらはトルテ家のサミー公女。そしてこちらが……。どうでしょう、どなたが一番レスターにふさわしいと思いますか?」
「母上っ!!」
さすがに照れたのか、レスターがエーディンに強く呼びかける。
見せられた本には、様々な絵姿が収められていた。
しかも、どれもこれも美人ぞろいである。
「へー…。」
「これ、皆もしかして婚約者の候補、というヤツですか?」
「ええ。」
エーディンは軽やかに頷いた。
そして、手に本を持ったまま、どこか陶酔したような目をして語る。
「ユングヴィ家、ウルの血を引く身ですもの…私のレスターにはそれ相応の身分の、そして美しい方を選ばなければ。<FONT size="2">……まぁ、私よりも美しい人はそうそう…いえ、いないと思いますけど……。</FONT>」
何やら最後の方は聞き取れなかったが、アーサーは迷わずレスターに小声で言った。
「……………お前の母さん、変わってるんだな。」
「まぁ…あんまり気にしないでくれ。」
レスターはいかにも悩み事ばかり、という感じで頭を抱えた。
人の事言えないでしょ、とアーサーの独り言を聞いてフィーが呟いたとかいないとか。


そして、出立の時。
「次に行くのはヴェルダンか?」
「あぁ、このコースだとな。」
「ファバルによろしく頼む。たまにはこちらに戻るようにも伝えてくれ。」
レスターが困ったように微笑む。
その笑みは男にしては非常にきれいで、どことなくエーディンを思わせた。
やはり親子なのだろうか。
「ああ、分かった。…しかし本気で大変だなー、レスターも。」
最後に思わず付け加えた言葉に、レスターは「まぁ仕方がないさ」と返した。
「昔から頼られるのは嫌いじゃなかったし。パティやファバルたちが俺を信用してくれてる、ってことにしとくさ。こういう立場も嫌いじゃないしな。」
そうあっさり言って笑うレスター。国民達が彼を慕うのもこの辺の性格だろう。
「……エーディン様は?」
「………まぁ、いつまでたっても俺は母上の子供ってことだろ。」
フィーの言葉に今度は少々肩を落としてみせた。
「ま、頑張れよ。」
「そっちもな。」
がっしりと握手して微笑を交す。そして、マーニャの翼がバサリと鳴った。


ウルの血を強く引く者たちがいない国。
しかし、それをしっかりとまとめ、治める者がいる国。
今もなお、金髪の聖女が微笑を向ける国――――。
アーサーとフィーは、見えなくなるまで領主レスターが手を振るのを眺めていた。

次に目指すは、森と湖の国である。


《つづく》




ビッグバード>ついにユングヴィまで来ましたね!そしてやっぱり登場エーディン母さん!!というよりいるなら戦いに参加してくれなんていう言葉は置いといて(笑)、やっぱり
魔性の女健在(失礼)でしたね〜。キング・オブ・朴念仁のアーサーも見とれるとは!さすがエーディン様@個人的にはレスター好きなので格好よくて嬉しかったです〜。
続きも楽しみにしてます!

レースル>エーディンが魔性の女だ!腹黒ー(笑)。にしても、レスターが色々と哀れだと思ったのは私だけですか?中間管理職みたい…(笑)。でも綺麗だって書かれててちょっと感動!!いいわいいわ!!そう、レスターは美形なのよ!!
次はヴェルダンなんですね〜。楽しみにしてますv




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