Angel Sugar

「身体の問題、僕の事情」 最終章

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「トシ……」
 言って幾浦はトシをそっとベットに倒しそのままトシに馬乗りになった。そうして幾浦は両手でトシの頬を挟む。
「嫌じゃないのか?随分逃げ回られたが……」
 苦笑しながらも目に宿る光は優しい。
「僕は幾浦さんを嫌いじゃない……だから……」
 それは本心だ。
「幾浦じゃない……恭眞でいい。恭眞と呼んでくれ……」
 そう言って額や頬に幾浦はキスを落としていく。その唇に触れられた部分が熱く感じてトシは目を細めた。
「恭眞だ……」
「恭眞……」
 言われるがままトシはそう反復した。名前を呼ぶと急に距離が近くなったような気がした。
「愛してる……初めてあったときにこんな人間がいるのかと正直驚いた……」
 耳朶を愛撫しながら囁くように幾浦はそう言った。その息が耳元にかかりくすぐったいのと気持ち良いのとが一緒になる。
「僕……こんな僕の何処がいいの?」
 トシがそう聞くと幾浦は身体を又起こしてこちらを覗き込むようにして言った。
「トシは……真っ白なんだ……。どんなことにでも一生懸命なんだ。かといって人と競争したり策を弄しないタイプなんだ。純粋で……正直で……それでいて人に優しい……」
「僕はそんなに良い人間じゃない……」
 間違ってるよそれ。僕はそんな人間じゃない。
「誰だってそう言うだろうな……だが私はトシをそう思ったんだ。そう思わせて置いてくれ。それより私はトシに酷い男だと思われているだろが、そんな男に身を任せていいのか?」
 ちょっと意地悪な口調で幾浦は言った。トシは困った顔で笑みを返した。後でどうなっても良いから……なんて思ってるとは言えなかった。幾浦にとって今は本気でいるのかもしれないからだ。
「トシ……」
 感無量という声で幾浦はトシを抱きしめる。上からかけられた幾浦の体重が重いのだがその重さが心地よかった。人から本当の自分を求められるというのはこれほど嬉しいものなのだ。廻される腕や触れる手がどれも気持ち良い。そんな風に思っていると幾浦の手がシャツに伸びてボタンを一つずつ弾くように外されていく。
「……あ……」
 シャツがはだけた部分から室内のちょっと温度の低い空気が肌に触れ、トシはブルッと身体を震えさせた。
「恐いか?」
「あの……僕……その……こういうの初めてで……どうして良いか分からないんですけど……」
 と、言って自分がものすごく間抜けなことを言った事に気が付いた。
「っ……いえ、その……違うんです。こういう行為そのものの経験が無くて……あっ……何言ってるんだろう……」
 どんどん墓穴を掘るような事ばかり言ってしまったことで、トシは首元まで真っ赤になった。正確には童貞ではないのだ。ただ、トシ自身は経験が無いというのを言いたかっただけなのだが、そんなこと幾浦に理解できるわけなど無いのだ。普通この年齢で童貞は恥ずかしいだろう。
 何て事を自分で言ってるんだよ!と、真っ赤になった顔を隠すために思わず腕をクロスして顔を隠した。
「知らなければこれから知ればいいさ。ちゃんと教えてやるから……」
 くすくすと笑って幾浦はトシの腕をそっと自分の首に巻き付けさせた。
「……あの……僕……あっ……ちょ……」
 と言ったところではだけたシャツの間に滑り込まされた幾浦の手が、胸の尖りをつまみ、次に親指と人差し指で交互に押しつぶされた。
 決心はしたものの、トシは感じたことのない刺激にパニックになりそうであった。
「やっ……そんなこと……」
「痛くは無いだろう?気持ち良いはずだ……」
 グリグリと、まるで音が聞こえそうなくらい指の先で弄ばれてトシはそれだけで息が上がってきた。
「あっ……や……ちょっと……」
 決心はしたものの実際感じる刺激は鮮烈すぎてトシは躊躇してしまうのだ。そんなトシ等お構いなしに幾浦の愛撫はとまらない。
「や……嫌だっ……」
 恐いのだ。何が恐いのか分からないがとにかく恐い。自分が自分で無くなってしまうようなそんな怖さだった。そうなってくると身体が小刻みに震える。
「恐い?」
 そんなトシに気が付いたのか幾浦が言った。
「……うん……」
 目の端に涙がいつの間にか滲んでいる。
「恐くない……恐くないと何度も言えば恐くなくなる……」
 子供に言い聞かせるように幾浦は優しい声色でそう言った。
「……恐くない……」
 震える声でトシはそう言った。
「そうだ……恐くない。愛してあげるから……トシ……大丈夫だ……」
 言って幾浦はトシのズボンのベルトをゆるめて手を差し入れた。
「やあっ……っ」
 下半身に手を入れられたトシは驚いて身体を起こしたが、幾浦のもう片方の手でベットに押し倒され、口元を塞がれた。
「……んうっ……や……」
 次に幾浦の大きな手でトシのモノが握り込まれ、その行為に驚いたトシは身体をばたつかせたが、しっかり幾浦に組み敷かれており、逃げることは出来なかった。
「……う~っ……あっ……」
 上下に擦られ下半身が妙に重くトシには感じられた。自分で行うマスタベーションとは違い、人にされているという事が羞恥心を一気に加速させる。
「いやだっ……やめてっ……幾浦さんっ……!」
 噛みつくように触れてくる幾浦の唇から何とか逃れトシはそう言った。手足がガクガクと震えて、聞こえない筈の音が聞こえそうだった。
「大丈夫だよ。それとも手では嫌か?」
 意味が分からない。
「な?何……なんなの?」
既に息が荒くなった声でトシはそう言った。幾浦はニヤと口元だけで笑って身体を沈ませた。腹から下半身へ滑るように舌を走らせて、半ば立ち上がったトシのモノを口に含んだ。
「ひっ……やあっ……!そ、そんなところ……やっ……」
 必死にトシは幾浦を離そうと手で頭を押しやるのだが、まるで石のように動かない。
「あっ……」
 先端を吸い上げられるように何度も擦り上げられ、トシは何度も呻くように声を上げた。どんどん追いつめられる痺れが身体中を這い回る。必死に堪えようとするのだが、固くなった自分のモノは一気に解放されたがっていた。
 このままだと幾浦の口の中に出してしまう。そう思うと、トシはぞっとした。あんなものが口の中にと考えただけで、血の気が引くのだ。
 必死に踏ん張ろうとするトシに幾浦が、呆れた風に言った。
「いいから……」
 と、口を離した瞬間にトシは小さく声を上げてイった。トロリとした白濁の液は幾浦の手に滴る。
「う……あ、やだ……」
 ものすごい羞恥が襲ってきたトシは思わず涙が零れた。何だって幾浦はこんな事をするのか理解できないでいるのだ。トシのモノをまず口に入れるなどと考えるだけでも汚らしい。その上幾浦は口の中で達かそうとしたのだ。
「どうして?気持ちよくなかったのか?みんなしていることだろうが……何も恥ずかしい事じゃないだろう?」
 幾浦は身体を起こして、ポロポロと涙を落としているトシにそう言って自分の舌で涙を拭った。
「そんなこと……気持ち悪い……」
 うわずった声でトシがそう言うと幾浦はくすくすと笑った。
「本当に経験が無いようだな。良いんだトシ……普通の事だ」
 じゃあリーチもこんな事を名執にしているのだろうか?フッとそういう想像を巡らせてトシは茹で蛸のように顔が赤くなった。
 信じられない。こんな事をみんな恋人達はしているのだ。知らなかったのは自分だけなのか?確かに自分は何も知らない。これが普通ならじたばたしている自分はとても滑稽に違いない。トシはそう考え余計に言葉に詰まった。
「しかし、トシの息子は身体に似合わず立派なのに、今までこれを愉しませてやらなかったなんて、私はそれの方が不思議だよ……」
 いや自分は使っていないが、リーチは使っているのだ。ってこんな事はどうでも良いのだが、トシはそう言いそうになって思わず言葉を飲み込んだ。
「だがまだ序盤だぞ……頑張らないとな……」
「頑張る?なにを……ひあっ……ど、どど何処に指入れてるんですかっ!」
 幾浦はトシの足をいつの間にか抱え上げ、恥ずかしい部分が丸見えになるようなポーズを取らせていた。その上、窄まった部分に幾浦は何かなま暖かいものを塗り込めているのだ。
「辛くないようにこうやって専用のゼリーを使って滑りを良くして柔らかくしてやらないと、初めてだと痛いぞ」
 妙に嬉しそうに幾浦がそう言って、襞の周りを丹念に指で擦り上げ、時に窄まった中心に指が滑り込ませる。そのにゅるりとした何とも言えない感触がトシの腰を引かせた。
「痛い?痛いのは嫌だ……やめよう……も……いい……」
「だから痛くないようにちゃんと時間をかけてほぐしてやる。心配するんじゃない」
 そう言いながら先程より深く指が挿れられた。その指は内部で動き外に広げるような仕草を繰り返す。その度にトシの身体はビクリと震えた。
「嫌だ……やっ……あっ……ひあっ……」
 指を抜き差しされて、トシは今まで感じたことのない痺れが身体を走ることに気が付いた。すると普段は触れることの出来ない奥まった部分が熱く疼き出す。
「あっ……はあ……あっ……」
 トシはギュウッと瞑った目を隠すように両手で押さえ、その疼きが来るたびに頭を左右に振った。言葉じゃ言い表せない何かが身体を覆っていくのだ。それは熱く心地良いものだった。
「ちょっと悦くなってきただろう?もっと悦くなってくる……」
 と言って幾浦は、ほぐれだした中心部に今度は指を二本沈めた。
「あーーっ……あっ……」
 二本の指は中で交互に動き、内側から外側へ押し出すような動きをする。敏感な襞の粘膜を擦りながら更にトシの身体を追いつめた。自分では止めたいと思うのに、出入り口を行き来する指を取り込もうと、内側は収縮し、指すら絡め取ろうとする。そんな自分が信じられないと思いながらも、この感覚に支配されて我を失うことを何処かで望み何処かで否定していた。
 どうなるのだろう、一体自分はどうなるのだ?トシは不安とちょっぴり期待を持った心を揺れさせていた。
「んっ……」
 身体の奥の異物が急に抜かれ、トシはようやく息を付いた。
「トシ……いいか……」
 幾浦がトシの耳元で熱い息と共にそう言った。何故か先程より幾浦の息も荒くなっているような気がトシにはした。
「……え……何?」
 トシが涙目で問いかると幾浦は目で笑った。
「……な……あっ……あーーーーっ」
 先程の指とは違うもっと重量のあるものが狭い中に入り込んできた。
「……っ……トシ、もう少し身体の力を抜いてくれないか?きつい」
「あっ……そ、そんなの……出来なっ……うあっ」
 グイッと突き入れられて、先程入り口の辺りで引っかかっていたような感覚がぐうっと奥の方に移動する。何か内側が一杯に詰まったような感覚が下半身から伝わってくる。
「初めてだとかなり狭いな」
 そう言ってまだ余裕のある幾浦が低く笑った。
「あっ……何……何が……」
 トシは幾浦の首に捕まりながら視線をようやく下に移し、自分が何をされているのかをようやく現実のものとして見た。
「嘘……っ……」
「トシの下の口はしっかり私のものを銜え込んでるよ。なかなか筋が良い……」
「なっ……」
「動くぞ」
 ゆっくりとトシの内側で重量感のあるものが、襞を擦りながら動き出した。緩く擦られた襞がゾクゾクとした快感を伝える。最初少し感じた痛みは驚くほど消えていた。恐れていたほどの痛みは無く、逆に奥まで差し入れられると、脳に直接響くような快感が理性を麻痺させていく。
 ギシギシというスプリングの音も、揺れる自分の身体も何もかもが現実離れしていく。
 行為そのものの快楽より、ただ幾浦に愛されているという事が嬉しくて、その安堵感が心地良い。人に触れられることの暖かさと、決して自分は一人では無いという一体感が安らぎとなって心に満ちるのだ。
 セックスをというのをどちらかと言えば避けて通りたいと思っていた自分がとても今では滑稽に思える。
 人は気持ちがいいだけでセックスとするのではないとようやく分かる。
「あっ……ああ……い……幾浦……さん」
 身体の奥を何度も穿たれて、息も絶え絶えでトシは幾浦を呼んだ。
「恭眞だ……恭眞と呼んでくれ……」
「きょ……ま……」
「愛してる……」
 それは至福の呪文だ……。
「恭眞……」
「トシは?」
「うん……僕も……初めて会ったときから……気になってた……」
「気になっていただけか?」
 更に奥まで捻り込まれてトシは嬌声を上げた。
「ひっ……あっ……」
 仰け反った身体を引き寄せた幾浦は、薄く開いたトシの口元を舌で何度も舐め上げた。見つめる幾浦の眼差しも熱い。
 求められているのだ。この男は僕を求めているんだ。それが分かると泣きたくなるほど嬉しい。この一瞬だけでも良い。それが永遠でなくてもいい。
 今はトシだ利一じゃない。
 僕を求めて!
「恭眞っ!恭眞……っ好きだよ……僕っ、恭眞が好きだっ!」
 幾浦の頭を掻き抱くようにトシはありったけの力を込めて抱きしめた。
 伝わるだろうか、自分の精一杯の気持ちが……。
「トシ……」
 幾浦は動くことを一旦止めてトシを何度も抱きしめ、トシの額や頬にキスを落とす。
「ああっ……恭眞……恭眞ア……」
 もうどうなってもいい……。
「これからはずっと一緒にいよう……ずっとだ……」
 幾浦がそう言ったのを聞き、トシは快感におぼれながらも何度も頷いた。
 その後一気に高みまで追い上げられ、トシは意識を失った。



 目が覚めると自分は幾浦の腕の中にすっぽりと包まれていた。緩やかに戻る記憶が羞恥を蘇らせる。トシは一人で思わず頬を赤らめた。
 だが……。
 トシはすうっと顔を引き締めて、いつものように利一の仮面を被った。一晩だけだ。一晩だけの思い出にするんだ。必死に自分に言い聞かせて、そっとベットを離れ、床に散らかした自分のシャツを肩から羽織った。
 シャワー勝手に借りて良いかな……。
 そろそろと寝室を出ると、バスルームを探した。部屋を歩くと意外に幾浦の室内は無機質だ。最低限の飾り気もない。必要な物しか置かない。そんな雰囲気の家だった。そんな中、居間で寝ていたアフガンハウンドのアルがこちらに気が付き、尻尾を振って走ってきた。
「し~っ。君アルって言うんだよね」
 そう言うとアルはコクコクと頭を上下させた。この犬は人の言葉が分かるのだろうか?
 無機質な中この一匹の犬だけが、彩りを添えているような気がした。幾浦も孤独なのだろうか?実は寂しがりやなのだろうか?
 あの雰囲気から犬を飼うようなタイプに見えない。だがもしかしたら、あの幾浦の持つ雰囲気と落ち着いた瞳が損をさせているのかもしれない。
 そんなことを考えながらトシはようやくバスルームを見つけて中に入った。
 熱いシャワーを浴びて、ようやくホッとし、外に出るとタオルで身体を拭いた。鏡に映る自分を見て、身体に残された愛撫のあとを指でなぞる。
「……リーチ……ウエイクして……」
『あ?朝?』
「うん。これ見て……」
 言ってトシは自分の身体に残る後を指さした。リーチはそれを確認して声無く黙り込んだ。
「ごめん。僕、幾浦さんと寝た。昨日本屋で会って一緒に夕食を食べて……ここに来たんだ。リーチが一番嫌がってた結果になったよ。僕のこと責める?」
『……好きだったら……仕方ないさ……』
 溜息のような息を吐いてリーチは言った。
「それって、怒ってるの?」
『いや』
「僕のこと馬鹿だって思ってるの?」
『そうじゃない』
「可哀相?」
『あのなあ、お前が自分で納得してそうなっちまったんだろうが。なのに自己憐憫に浸る気か?お前が決めたのなら俺は何かを言う権利はねえよ』
「うん。ありがとう……。でもね、これでもう会わないから……」
『はあ?』
「リーチ言ってただろ。僕みたいなタイプは飽きたらぽいって……僕もそう思うよ。男相手に真剣になれるわけ無いんだから……」
『お前なあ……じゃ俺はユキに真剣になってねえっていうのか?俺は真剣だぞ』
「……」
『あの男がそんないい加減な気持ちで抱いたっていうのか?男をだぞ。わかってんのか?』
「……だって……リーチがああいう男はって、くどくど僕にいったんじゃないか」
『ああもう。俺はな、確かにこういう結果は嫌だったよ。ああ嫌だった!だからお前に諦めるような事一杯言った。だってよ受けなんかぜってー嫌だったからな。でもよ、この身体はお前にも権利がある。お前が本気で好きになった相手が男で、それに対してお前が受けだろうが、攻めだろうが、それはどっちでも良いんだよ。そうなっちまったら俺は許すつもりだったんだ。俺に対して気を使ってお前がもう会わないとか言うんならそれは間違ってるぞ。俺はお前が幸せならそれで良いんだよ』
「リーチ……」
『でもな、いつかちゃんとお前は惚れた相手に自分自身の事を告白しなきゃいけない。それだけの覚悟をきちんともてるのなら俺は応援するよ』
「……僕……」
『その決心は今すぐ付ける必要は無いよトシ……。少しずつ自分の気持ちを整理していけばいい。それまで楽しいラブラブな恋人同士してりゃいいさ。その変わり、お前俺と交替する前の日は絶対するなよ!それと、キスマークは絶対付けさせるな!それがつき合う絶対条件だ。こいつだけは譲れねえぞ』
 口調はきついがリーチの言葉は温かかった。
「うん……。ただ心の整理を付けるまでに振られちゃうこともあるし……。じゃそれまではつき合って良い?」
『お前がこの間見た長浜のことを気にしてるなら、大したことじゃねえヨ。幾浦って奴は悪い奴じゃない。俺とは性格的にあわねえけど、俺よりはましだよ。俺だって悪いこと一杯やってきたから言えるんだけどな。本当に悪い奴なら二股かけてるさ。俺はそれをやった男だ』
 それは胸を張って言える事じゃないだろうとトシは思ったが言えそうにない。
「……リーチ……雪久さんのこと本気……なんだよね?」
 この男は侮れないところがあるのだ。
『あ、当たり前じゃねえかっ!そりゃ俺、悪いことばっかやってきたけど、お前だってその理由分かってるだろ。そんな俺でも今は、ちゃんとたった一人を愛してるんだからさ』
 と、リーチは自分で言った言葉に照れていた。
「うん……そうだね」
『先のことばっかり考えてたらじじいになっちまうぜ』
「はは。だね。何かちょっと気が楽になったよ……」
 トシはそう言って笑った。
「トシ?」
 幾浦が突然戸を開けて入ってきた。
「良かった。何処かに行ってしまったのかと思った……」
 ホッと胸を撫で下ろして幾浦は言った。
『じゃ俺、暫くスリープしてるわ』
『うん。ありがとうリーチ……』
「後悔してるのか?」
 幾浦は言って腕を回し、トシの背中でその手を組んだ。
「ううん……」
 満面の笑みでトシは答えた。
 この先どうなるか分からない。ずっと続くかどうかも分からない。続いたとして自分の事を告白出来るかどうかも分からない。
 だけど……
 今、暫くはこうやって恋人同士でいたい。
 トシはそう思いながら自分から幾浦の胸に擦り寄った。

―完―
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