「君がいるから途方に暮れる2」 第7章
「……別に何でもない」
戸浪はそのまま祐馬の横をすり抜けて扉の外に出ようとしたのだが、手首を掴まれ阻止された。驚いた戸浪は祐馬の方に視線を向けたが、当の本人はこちらを見ていない。
「雅之……てめえ……」
「え?もしかして何か勘違いしてる?」
雅之は一瞬何のことだという顔をしてから、怒りを身体から立ちのぼらせている祐馬の姿に向かって問いかけるように言った。
「三崎……離してくれ」
戸浪は二人の事など見ずに掴まれた腕を振る。だが、祐馬の手は緩まない。
「俺に話せって何をだ?お前らができてるってことか?」
「馬鹿かお前は。僕がどうして澤村さんとできなきゃならないんだ。全く、くだらないこと言うんだったら縁を切るぞ」
今までになくきつい口調で雅之が言う。その間を縫って戸浪は手首を振り続けるのだが、祐馬の手はしっかりと手首を掴んで離れなかった。
……
嫌だ……
ここから逃げ出したい。
口元を噛みしめて、戸浪はそればかり考える。
「……すまん……」
「わざわざここまで澤村さんを連れてきてやったんだから感謝してほしいよ……」
溜息をつきながら話す雅之の声が戸浪の耳に入り、目を見開いた。
動物園で出会ったことは偶然だったのだろうが、ここに連れてこようと思ったのは祐馬に引き合わせるためだったのだ。
「は……離してくれっ!」
声を張り上げようとも、祐馬の手は離れない。そんな祐馬に対して戸浪は瞳がうっすらと涙で滲んだ。
「……悪かった。こいつ連れてくよ」
チラリと戸浪の表情を見て、次に手を引っ張ると通路に連れ出された。このまま祐馬の部屋に向かうのだ。逆らったとしても、祐馬の手は絶対に弛むことがないだろう。
「カッとなって又くだらねえこと言うなよ」
背後から響く雅之のどこかのどかな声に戸浪は肩越しですら振り返ることが出来なかった。
「分かってる」
そう言って祐馬は再度こちらに視線を落としてきたが、戸浪は受け止めることが出来ずに顔を逸らせて俯く。
「三崎……頼む……離してくれ……」
「やだね……」
半ば引きずられながらエレベータに乗せられ、とうとう戸浪は祐馬のうちに連れ込まれた。
「……戸浪……」
玄関先で靴も脱がずに祐馬は戸浪を激しい勢いで胸に引き寄せ、胸元で抱え込むように抱きしめる。痛みを伴うほどの拘束であるのに、戸浪は久しぶりに感じる祐馬の体温が、冷えて鉛のようになった己の身体を暖めてくれるのに気がついた。
「……」
「悪かった……も、俺こればっか言ってるけどさ。頭に血が昇って……。でも……俺は別れたいなんてこれっぽっちも思ってないんだ。だからさ……問題があるならお互い話し合って解決しよう」
「……私は……話しなど無い」
一瞬夢心地になりかけた戸浪はそれを振り払うようにそう言った。
「お前に無くても俺にあるんだよ」
言いながら祐馬は戸浪を玄関先に座らせると靴を無理矢理脱がせる。その間、祐馬は戸浪が逃げ出さないようにと足首を掴んでいた。
「……」
「立てよ……戸浪……」
見上げる祐馬の瞳は真剣そのものだ。
戸浪は言われるがまま立ち上がり、今度はリビングにあるソファーに座らされた。するとトナミがきゅうと鳴きながら走ってきたが、二人の雰囲気に異様なものを感じたのか、立ち上がったまま顔を左右に振った後、すごすごと戻っていった。
「……で、何があったんだ?何かあったから、お前は止めたいと思ったんだろ?」
射抜くような瞳で祐馬は戸浪は見下ろす。その瞳に屈しそうになって、思わず戸浪は視線を床に向けた。
「……三崎……もう、済んだ話しだ……」
「言っただろ。てめえ一人で納得するなって。雅之に聞いたけど、あいつが言ったこでお前が何か考えたのなら、気にするな」
「言ったこと?」
思い当たることがない戸浪は、やや顔を上げた。
「……その、俺にあうのはぼーっとしたタイプとか、俺が優しいから嫌いになってもずるずるつき合ってるとか……だよ」
「……そんなことじゃ……」
「じゃあ、何だよ」
「……三崎……お前に関係ないことだ……」
「三崎、三崎って言うな!……祐馬って呼べよ……」
身体を屈め、床に膝をつけると、祐馬は戸浪の膝に手を置いて懇願するような声色で言う。
「……そんな関係ではもう……」
と言うと祐馬は戸浪をいきなりソファーに倒して自分の下に組み敷いた。
「三崎……っ……」
「言わないなら……言わせてやる……」
「……身体だけなら……好きにしろ……」
戸浪が逆らうこともせずにそう言うと祐馬はカッと頭に血が昇ったようであった。
「ああ、ああ、言ってろ。でもな、俺はそんなつもりで抱くんじゃねえぞ。お前を愛しているから欲しいんだ。だが、聞きたいことも吐かせてやる」
祐馬は手荒く戸浪の着ているものを剥ぎ取りながらそう言った。
「……これでは強姦だ……」
「そうか?」
言って祐馬は口元に笑みを浮かべる。ごく普通の、いつもの笑みだ。
「そんなことをしても……」
「俺はお前を抱いているとき、少しだけお前が分かるような気がするんだ。普段何考えてるのかわかんねえのに、お前自身も開放感があるんじゃねえのか?」
そんな風に言われ戸浪は顔が真っ赤になった。
そうなのか?
「ち、ちがっ……ん……う」
侵入してきた祐馬の舌は拒む戸浪の舌を今までになく優しい。
行動と扱いがこれほど違うと戸浪自身、とまどいが隠せない。手荒に扱われたのなら踏ん張れるのだろうが、言葉とは裏腹に、祐馬の手の動きや舌の動きはとても優しく心地良いのだ。舌が絡められると、まるで心まで絡め取られそうな気がして仕方がない。そのせいか、祐馬を押しやろうとする腕が震えて力が入らなかった。
そんな戸浪の両手を取って祐馬は口づけた。
「戸浪……」
囁きながら祐馬は戸浪の手首にワッカを通す。ワッカには紐が付いている。
「な、なに……」
「これ、トナミの遊び道具なんだよな……。この輪をくぐらせたりするんだ。でもこうすりゃお前にも使えるみたいだ……」
ワッカに付いているロープをソファーの足にくくりつけ、戸浪の両手の自由を奪った。そうして何時用意したのか分からないバスタオルを腰元に敷く。
「み、三崎っ……」
「……素直に吐いたら許してやる。一体何が気になってるんだよ?」
戸浪は小さく顔を左右に振った。
話して理解できることではないからだ。
戸浪が戸浪である限り、祐馬が祐馬である限りどうにもならないこと。
「……っ!」
いきなり胸の突起を口に含まれて戸浪は身体を反らせた。抵抗しようにも手首の自由は利かない。ぎりっと力の入った部分だけが虚しく擦れて手首に痛みを走らせるだけだ。
だが、祐馬の愛撫は戸浪の身体のつぼを心得ていて、丁寧に愛撫されると痛みも感じなくなる。
「優しくしてやるけど、苛めてもやる……お前がちゃんと白状しない限りな……」
祐馬は身体を起こしてこちらを見下ろしてそう言った。
「……止めてくれ……」
「これからだろ……」
そう言って祐馬は戸浪の下半身にあるものを掴み、根元で締め上げる。
「いっ……嫌だ……何を……」
「イキたいけどイけないって辛いだろうな……」
祐馬は戸浪に覆い被さってそう言った。もちろん、腰元で掴まれているモノから手を離すことはない。
「……三崎……こんな……」
「祐馬だ……」
耳朶を軽く噛み、そのまま舌を入れてくる。甘い刺激が耳の内部から感じて戸浪は己の身体の体温が上がる気配を見せて動揺した。
「あッ……嫌だ……」
「覚悟しろよ、だってな久しぶりだからさ……俺も。こんな風に苛めたくないけどさ、お前、何もいわねえし。仕方ないよな……」
首筋を愛撫し、少しずつ祐馬の身体が自分の下半身に下がっていくと戸浪は怖くなった。
身体が小刻みに震え、怖さと、それを上回りそうな程の期待が心の中で渦巻く。
こんな戸浪の身体のことをピッタリと肌を合わせている祐馬が気が付かないわけがない。だが、祐馬は知らん顔で自分の行為に没頭していた。
「あっ……はあっ……いや……だ……」
根元近くまで祐馬の口に含まれた自分のものは、舌で執拗に嬲られどんどん追いつめられていく。だが、せき止められたものはどうあっても解放することが出来ないようにされていた。快感が苦痛になり、戸浪を苛んだ。
目から涙がボロボロとこぼれ落ちて、目の焦点がぶれる。息が荒く吐き出されて気が狂いそうになったが祐馬は一向に戸浪を楽にさせてはくれなかった。
「辛そうだな……じゃ、吐けよ。お前が何故止めたいと思ったかをさ。そうしたら楽にしてやる……」
「……私は……何も……かくしてなんか……」
何とかそう言ったのだが、祐馬はそんな戸浪にじれて口に含んでいるものを離さず指で蕾の周りをほぐし始めた。
「……ひっ……あ……。や……や……」
指がぬるっと戸浪の中に侵入し、次に迎えるものの為に指はその場所を内側から押し広げるように動かされた。
「戸浪……俺、我慢できないから先にイカせてもらうぞ……」
そう言って祐馬は戸浪の両足を抱えて自分のものを戸浪の中に沈めた。背骨を伝ってその甘い痺れは戸浪の頭の奥をかき混ぜた。
「……あっあっ……ゆ……ま……やめ……はあ……はあ……」
祐馬が腰を動かすと戸浪はもう口を閉じていることすら出来なくなった。身体中が痺れて言うことを利かないのだ。
身体に蓄積される快感と下半身に重くのし掛かっているうずきは解放される術がない。辺りに響く淫猥な音と祐馬の荒い息の声すら身体を締め付ける要素になる。
「戸浪っ……強情張るな……マジで俺一人でいくぞ……いいのか?辛いだろ?」
「あっ……ああっ……はっ……はっ……も……や……やめ……っ……」
ギリギリと締まる手首は必死に祐馬の背を掴みたいと無意識に力が入っていた。身体を離されたままの状態が辛い。
祐馬の荒い息を、体温の上がった身体を、近くで感じたいのだ。だが、それを叶えてくれそうにもない。そうして蓄積されるだけの快感は本当に拷問だった。
「……はっ……あ……くそ……っ……駄目だ……悪いな……」
グイッと突き入れられると同時に中に何か温かいものが溢れる感覚があった。祐馬は満足なのだろうが戸浪の方は、一人突き放された気分だ。痺れた身体は小刻みに震えることを続けて、酷く空しい。
「……く……」
ズルリと引き抜かれて太股に温かいものが伝った。
「辛いだろ……だからいえって。言ったらこれを楽にしてやるから……」
パンパンになった戸浪のものを両手で握り、指先で先を弾く。
「ゆ……ま……許してくれ……」
もう何がなんだか分からない。
ただ、祐馬に突き放され独りぼっちになったということが酷く自分を辛くさせていた。身体のほうも、ガクガクと震え、楽にならない甘い拷問が身体中を拘束していた。
「戸浪……」
両手で頬を包み込み、祐馬は戸浪を覗き込んでくる。今は出来ないが、祐馬に腕を回し、戸浪はしがみつきたかった。
「……祐馬……う……ううう……」
止まらない涙が頬に手を掛けている祐馬の手を濡らした。
「……こんなの……やなんだぞ……俺だってな……」
戸浪の顔を見たくないのか、祐馬はそう言って頬から手を離す。
その手を離さないで欲しい。
瞳を逸らさないでくれ……と、言いたいのだが戸浪には言葉が上手く出なかった。
視界から遠ざかる祐馬を引き留めたいと必死にもがくのだがどうにもならない。
「お前の顔……みてられねえよ……」
そう言って身体を俯きに返され、戸浪の頭はソファーの肘掛けの部分に押しつけられた。だらり落ちた両手はワッカの中で回転し、指先がカーペットの毛に触れた。
見えるのは床に敷いているカーペットの模様だけだった。
「……うっ……」
「お前ってほんと強情だよな……」
腰をぐいと抱え、祐馬は戸浪の柔らかく解けた部分を更に広げながら、双丘を舐めた。指先は腫れ上がったものを何度も弄んだ。
「……こんなの……いや……だ……ゆう……ま……嫌だ……」
くぐもった声で戸浪は言った。
指先が必死に祐馬を求めてカーペットを虚しくひっかいている。涙で霞んだ先にはもう何も見えなかった。
冷たく心が更に冷える。
まるで動物園でたった一人ベンチに座って己自身の手を温めていた時のようだ。
寂しいのだ。
一人は嫌だった。
こんな自分が情けない。本当は愛されたかった。
祐馬にだ。
自分がもっと素直になれたら良かった。この男に似合う恋人になりたいと切実に思った。なのに、どうやってもそんな風になれない。
鈍い痛みが又身体を支配した。祐馬は背中から覆い被さって戸浪を抱きかかえるようにして蕾を穿っていた。背に密着した祐馬の肌が心地よかった。
伸ばされた手が戸浪のカーペットを這っていた指を握りしめる。その手の温もりをより感じたくて戸浪はしっかりと握り返した。
これだけで良い。
この温もりだけでいい。
特別な存在にならなくて良かったのに。
何故それ以上を望んだのだろう。
望んで叶って……
怖くなった。
「戸浪……おい……根を上げろ!頼むから……」
「……ゆ……ま……私は……以前の関係でも……いい……なら……ずっとこうして……おれる……」
握りしめた祐馬の手をじっと見つめて戸浪は言った。
「はあ?……おい、何言ってるんだ?」
「……何も……望まなければ……良かった……」
戸浪はそこで意識を失った。