「血の桎梏―邂逅―」 第3章
ライはキリーをリビングに案内して、とりあえずコーヒーを出した。キリーはソファに座り、ラシャの住まいを確かめるように周囲を見渡すと、最後にライの肩に乗っているリーガに視線を向けた。
「その生き物……譲っては頂けませんよね?」
キリーは明るい栗色の髪をしていて、可愛らしい顔をしている。ライよりも身長が低くスレンダーで、一見すると少年のように見えた。だがどれほど年若の容貌であっても、薄い茶色の瞳には、経験を積んだ人間だけが持つ思慮深さが窺えた。
もしかすると見た目よりずっと年齢が上なのかもしれない。
「ラシャの友達だから、譲るとかそういう、もの扱いはしないで欲しいんですけど……」
ラシャにとってリーガは友達とは言えないだろうが、かといってものでもない。彼らは互いに依存し合っているような関係だ。だが、それはライがそう感じたことであり、ラシャがどう思っているのか、分からない。もしかすると、ラシャにとってリーガもライと同じように『もの』なのかもしれない。
「犬型を見たことがあるんですが……原型は初めてなので、気になるんです」
「犬型がいるんですか?」
「ええ、とても大きいですよ」
キリーはカップに口を付けながら、何かを思い出すように目を彷徨わせていた。きっと犬型のバイサーを思い出しているのだろう。
「……ところで……あの……さっきの紅さんってどういう……あっ!」
キリーが着ている上着の襟の部分に刺繍された紋章に、ライはようやく気付いた。
「か……海賊……イーグルの紋章!」
金糸でくっきりと描かれた翼のマークにライは目を見開いた。それは、三大勢力の一つ、EGの紋章だ。先程、紅がキリーに預けたマントにも、同じ紋章が描かれている。しかもマントに付けられた紋章はキリーのものよりもっと豪華で、宝石までも散りばめられていた。
「海賊と言われると、ものすご~く、不愉快なんですけどね」
キリーは眉間に皺を寄せて、不快感を表している。
確かにEGは、三大勢力の一つだと言われているものの、今もなお輸送船を襲う、宇宙海賊だと聞いている。
「……違うんですか?」
「それは先代の話です。連邦では私たちの情報がきちんと伝わっていないのですか?」
「……連邦とEGは不可侵条約を結んでいて、交流がありませんし……いえ、こうやってEGの方々が連邦領にいらっしゃることは問題じゃないんですか?」
「問題でしょうね」
あっさりとキリーはそう言い、やっぱりリーガを眺めていた。余程、気に入ったのだろう。リーガと言えば何を考えているのか分からないが、口を閉ざしたままライの肩に乗り、じっとしている。
「……でしょうねって……それでいいんですか?」
「あ……それより、僕のこと、自分より年下だと思ってませんか?残念でした。DNAの書き換えをしてますから、見た目の年齢がとまってるんです。実際は貴方の年齢より随分と上ですよ」
「……俺……別にそんなこと、思ってませんでしたけど……」
一瞬、考えたが、すぐに見た目より年は上だと予想したことは、黙っていた。
「ならいいんです。よくそんなふうに思われちゃうんですよね。だから先に言っておこうと思っただけですよ。他意はありません。あ、そうそう、私たちがここにいること自体、確かに問題なんでしょうが……紅様が一向にそういったことに頓着なさらないので私たちも困ってるんです」
しれっとした顔でキリーは言い、またコーヒーを飲んだ。
「……紅様……そういえばイーグルの代表は、紅って……ああっ!」
EGの紅と言えば、二代目の代表者だ。
では、ラシャは大変な人物と知り合いになる。いや、紅の言葉を信用するのなら、血の繋がらない兄弟になるのだ。
血の繋がらない兄弟?
「何をおっしゃってるんですか……今ごろ気付かれたのですか?貴方、大丈夫です?」
「……あの……あの……ラシャと紅さんって、血の繋がらない兄弟っておっしゃってましたけど、どういう意味なんですか?」
「言葉のままでしょう?」
「……だから……血が繋がらない兄弟って……変でしょう?」
「そうですか?」
「……謎解きは……なしですか?」
「僕の口から話せることなんて、ありませんよ。とんでもない……」
「……ラシャがどうして殺し屋をしていたのか……とか、事情を話してくれてもいいんじゃないんですか?」
「そう言ったことはご本人に聞いてください」
「知っていて話してくださらないんですか?それとも知らないから話せないんですか?」
「詳しいことは存じません。でも、僅かに知っていることも話せません。だいたい、貴方は一体どういう方なんです?ここで何をされてるんですか……」
どこか迷惑そうな口調に、ライは肩を竦めた。
改めて問われると自分がここで何をしているのか、ライもはっきりと言えないのだ。
「何って……」
「ライは料理人だよ。ここで僕たちに美味しいご飯を作ってくれるんだ……」
今まで黙っていたリーガが口を開いた。しかも、なんだか嬉しそうだ。
「料理人……ですか」
「……そんな感じかも……」
「どんな感じなんですか」
キリーは唇をへの字型に曲げて、呆れている。けれど、ラシャの殺しをやめさせるために、自らの身体を提供しているという事実を話せるわけもなく、ライはそんなふうにしか答えられないのだ。
「……はあ……料理人としか答えようがないんですが……」
ライの言葉に、肩に乗ったリーガは笑いを堪えている。
「……それだけ身体に印を刻んでいて、よくそういう嘘をつけるものですね」
「……うわ~バレバレ」
と言ったのはリーガだ。
ライは耳まで赤くさせて俯くことしかできなかった。
「キリー……帰るぞ」
「はい」
リビングに顔を出した紅の肩に、キリーはすぐさまソファから離れると、持っていたマントを掛けた。
「あ~……やっぱりその子をお持ち帰りしたいなあ……」
紅はライを見つめて、そう言った。だが、背後に立つラシャの気配を察し、「いや……冗談だ」と笑う。
ライは紅と話しがしたいのだが、とても二人で話せる状況は望めない。それでもライは紅が何か言ってくれるのではないかと期待しながら、玄関に向かう彼らを追った。
「なんだ……見送りもなしか……まあいい、忠告はした」
呆れた紅の言葉に、ライが振り返ると、先程までそこにいたはずのラシャの姿が消えていた。ラシャは紅を見送るつもりがないのだろう。
「ああ、そうだ。長生きしたいのなら、ここに長居しないことだぜ」
紅はライにそう言い残し、部下を引き連れて出て行った。
「なんだか変な人だったね……」
肩に乗ったリーガがそう言うのとほぼ同時に、ライは紅を追って外へと飛び出した。
「あのっ!」
ライの声に重装備の男二人が同時に銃を向け、リーガがライを守るように、戦闘モードに入る。
「銃を下ろせ。どうしてこんな可愛い子に銃を向けるんだ……それで……ライくんは私に連れて逃げて欲しいのか。ああ、いいとも。このまま連れて逃げてやろう……」
銃を下ろさせた紅は、ライの手を取り、甲にキスを落とす。リーガは目を丸くさせ、キリーは目を細めて、怒りを押し殺した表情を見せた。
「……紅様……」
「全く冗談も通じないんだぜ、私の部下は。本当に面白みがない。ライくんもそう思うだろう?」
ライの手を自由にすると、紅は大げさにそう言う。
だが、ライには紅が冗談で言っていたようには聞こえなかった。それでも、ライはとりあえず頷いていた。
「それで……私に何が聞きたいんだ?」
「ラシャのことを……教えて欲しいんです」
「では、私とも寝てみるか?」
ライが驚きで目を見開くと、紅はニンマリと笑った。