Angel Sugar

30万ヒット記念企画 テーマ「酔っちゃった」 第6夜

昨夜タイトル翌夜

リーチ&ユキ

■ 迷惑な男

 本来なら、本日はリーチが来る予定だった。だが名執にはどうしてもやらなければならない事があり、初めて「今日は駄目なんです……」と言ってしまったのだ。
 自宅で時計の針が進むのを何度も見ながら、名執はノートパソコンのキーを打っていた。その手は余り軽快なものではない。
 言わなければ良かった……
 手元の机には参考書が山ほど並べられ、明日出さなければならない学会用の資料をユルユルと作っている。早めに作成しておればこんな事にはならなかったのだが、今週は珍しく毎晩リーチが訪れていたため、一日くらい仕事で来られない日があるだろうと高をくくっていた結果がこれだ。
 資料は全く進まない。だが資料を作成するのも、リーチが主導権を持っているのも本日が最終だった。そうであるから、仕方無しに名執はリーチの携帯に連絡を入れたのだが、にこやかに対応する利一の言葉からは不機嫌になった気配は感じ取れなかった。
 だが名執には分かっていた。
 リーチは今頃酷く不機嫌だろう。それでも名執には駄目だと言うほか無かったのだ。
 ああもう……
 リーチが不機嫌なのではないかと想像するだけで、名執の手は進まない。側に居るだけならという条件を出しても良かったのだが、リーチが側に居ると行き着くところは分かっているだけに、その提案も出来なかった。
 怒ってるんでしょうね。
 それとも残念がってるんでしょうか……
 断ったとはいえ、結局リーチのことばかり名執は考えている。
 仕方ないです……
 資料を作ることに専念しないと……
 ようやく名執はそう自分に言い聞かせ、資料作成に専念することにした。

 時計が十二時を指す頃、玄関のベルが鳴った。
 ……え?
 こんな時間に誰が……
 まさか……
 ドキドキしながら名執は一旦資料を保存すると、椅子から腰を上げた。
 いくらなんでも……
 あれだけ駄目だと言ったのですから……
 でもこんな時間に来ると言ったらリーチしか……
 名執は足早に玄関に向かうと、既に合い鍵で扉を開けて入ってきたリーチが立っていた。
「リーチ……」
 呆れた口調の中に、名執は嬉しさを隠しきれなかった。だが、リーチは初夏であるのに何故か身体をすっぽり覆うコートを着ていた。
「よ~こんばんは~」
 リーチは靴を立ったまま脱ぎ、玄関を上がる。
「今日は駄目だと申し上げた筈なんですが……」
 でも来てくれて嬉しい……
 だけど……
 まだ資料が……
 複雑な気持ちの名執であったが、リーチを目の前にして帰ってくれ等口が裂けても言えないのだ。
「うん……分かってる。お前なんか作るのに忙しかったんだよな……だからな、俺は今日は側に居るだけ。明日からまた一週間会えないし……お前の顔見ておきたいから……」
 名執はそのリーチの言葉に涙が出そうなほど嬉しかった。
「そういうことでしたら、リビングにでくつろいでくださいね。お仕事ご苦労様」
 にこやかな顔で名執はスリッパをリーチに勧めた。だがその足元を見て不審に思った。
 裸足……
 靴下は?
 スリッパをリーチの足元に置き、コートの下から出ている素足を確認すると、名執の視線は上を向いた。リーチの方はニコニコしている。しかし、そのにこやかさに何か違和感があった。
 何だか……
 顔赤い?
「リーチ……もしかして酔ってます?」
「うん。ちょっとだけな……」
 満面の笑み。
「……その……飲み会ですか?」
 一瞬名執はやばい……と、思った。
 リーチは酔っぱらうと、兎に角名執に絡んでくるのだ。それもベタベタ身体を寄せてくることから始まり、結局行き着くところまで行くのが、決まりのようになっている。
 別にリーチは酔ったからと言って、その勢いに任せた無茶な抱き方はしないが、こちらの身体がくたくたになるまで、リーチは何度もねだるのだ。
 普段なら良いが、本日はまだやることが残っており、リーチにつき合うことは出来ない。酔ったリーチにその事が本当に理解できているのか名執には分からなかった。
「いや。うちで飲んでたんだ。まあ刑事がその辺りの店で酔っぱらった勢いでくだまけないだろう?だからね。うちで……。たまには……こう……酔っぱらいたいしさ……。だって俺……今日ユキちゃんに振られちゃったしなあ……」
 へらっと笑ってリーチはそう言うと、ぺたぺたとリビングに向かって歩き始めた。その後ろを名執は追いかけた。
「あ、いいよ……俺、勝手にするから……お前はお前の大切な仕事をしてろよな」
 振り返り、笑顔で言う割には、リーチの言葉には刺々しさがあった。しかし、名執はその事について何も言わなかった。
 どうしても資料を作らなければならないのだ。
「そうですか……済みません。また再来週は……。あ、温かい飲み物をそろそろ作ろうと思っていましたので、リーチの分も作りますね」
 名執はニコリと笑ってリーチに言った。
「ん~そうだな……酔い覚ましに良いかもしれない……」
 小さく欠伸をし、リーチはまたリビングに向かって歩き始めた。
 無茶苦茶酔っぱらっているようでもない……
 これなら大丈夫かも……
 名執はリーチの後ろから付いて歩くと、リビングに一緒に入り、自分はそこから繋がるキッチンに入った。
 そうしてリーチの好きなココアでも作ろうかと、戸棚からココアパウダーの入った缶を取り、次に冷蔵庫から牛乳を出してキッチンテーブルに置いた。
 あとは鍋……
 小さな鍋で良いですよね……
 キッチンの下の扉を開けて名執は小ぶりの鍋を掴むとそれをコンロに置き、先程出した牛乳を少し注いだ。
 チラリとリーチの様子を伺うと、何やら鼻歌を歌ってソファーに身体を伸ばしている。余程機嫌が良いようだ。
 でもあのコート……
 ソファーに横になるのは良いのだが、相変わらずリーチはコートをしっかり着込んでいるのだ。その上足は素足。
 変なの……
 どういう意味なんでしょうか?
 何だか奇妙な格好のリーチなのだが、名執は手元の鍋で温もり始めた牛乳に視線を戻し、ココアパウダーを入れるとスプーンで練りだした。
 綺麗にパウダーが溶けたところで、名執はまた牛乳を注ぎゆっくりとかき混ぜる。
 気になる……
 あの格好……
 一体どういうつもりなんでしょう……
 例え小さな事でも気になると名執はその事ばかり考えてしまうのだ。
 何か新しい遊び?
 でも遊ぶって……どうやって?
 私が今日、相手が出来ないことはリーチも分かっているはず……
 じゃあ一人で遊ぶ為にあんな格好をしている?
 一人で何を楽しむんです??
 沸騰間際までココアを温めると、名執は火を消し耐熱性のグラス二つにココアを注いだ。
 まあ……
 聞いたりするとまた調子に乗りそうですから無視しましょう……
 きっとリーチは今、聞いて欲しくて堪らないと思ってるだろうし……
 それに乗ると、また資料を作る時間が減ってしまう……
 今から頑張っても資料が出来上がるのはどう見積もっても三時を過ぎてしまうのだ。それほどせっぱ詰まっている中、リーチと何かあるとかなりまずい。
 名執は心を鬼にして、リーチの奇妙な格好について問うことは絶対しないと自分に言い聞かせた。
 ココアを入れたグラスを両手に一つずつ持ち、名執はキッチンから続きになっているアーチを越えて、リビングに入ると、リーチの横たわるソファーの所まで近づいた。
「リーチ……はい。ココアですよ」
 言って名執はリーチの分をテーブルに置いた。
「ありがと……。でも、ほんと、もういいからお前は自分の仕事しろよ。な?」
 ニッコリ。
「……ええ。本当に済みません。じゃあ私は書斎の方へ行きますね……」
 気味が悪い……
 何か絶対考えていそう……
 ビクビクしながら名執は、自分のグラスを両手で持ち、リビングを出た。だがリーチが追いかけてくることはなかった。
 ほっ……
 良かった。
 別にあの格好に意味などないのだろう。名執の勘ぐり過ぎなのだ。そう思うことで名執は気持に余裕が出た。
 リーチが側にいる……
 同じうちに居る……
 それだけでホッと出来る……
 名執はリーチが自分のうちに居るだけで、とても心が穏やかになるのだ。安心感が沸くと言った方が良いだろう。
 何も出来ないのは残念だが、そんな時もあっていいのだ。
 温かい心になったところで名執は資料作成のためにもう一度椅子に座り、持ってきたココアを机に置いて又キーを打ち始めた。
 リーチと半分ずつしたココアがとても嬉しい……
 キーを叩きながら、名執はココアの入ったグラスを見つめる。まだ湯気の出ているココアは、その半分を今リーチが飲んでいるのだ。
 それを思うと、そのココアを飲むのが勿体ない気分になるほどだった。
 少しキーを打ってはココアを飲み、資料作成のためにガチガチになっている脳味噌をほぐしながら名執は更にキーを打った。
 そうして、ココアが無くなる頃、書斎の扉が叩かれた。
 ……やっぱり……
 名執は心の何処かでこうなるのではないかと思っていた。その上、駄目だと思いつつも期待している自分が居たことも充分理解していた。
 ああ……
 どうしよう……
 意外に手が進み、予定よりも早く資料が出来上がりつつあったのだが、だからといって今リーチの相手は出来ないのだ。
「何ですか?」
 名執はとりあえず締まった扉の向こうに居るであろうリーチにそう言った。
「入って良いか?」
 ……うーん……
 どうしましょう……
 そうだ……
 仕事に熱中している振りをして、リーチに付け入る隙を与えなければいい……
 名執はようやくそう思い、「どうぞ」と言った。だが視線はノートパソコンに固定したまま、リーチの方を見なかった。
「ユキ~ちょっとこっち向けよ……」
 ほら来た~
「いいえ。仕事が忙しいんです」
「見るだけで良いからさあ……」
 もうーーー!
 見てどうしろと……
 と、仕方無しに名執が顔を上げるとリーチは扉の前に立っていた。
 だが……
「……なんの冗談です?」
 絶句したように名執は言った。
「変態おじさんだぞ~」
 ははは、と笑ってリーチはコートの前を開けていた。だがそのコートの下にあったのは素っ裸の姿だった。
 その上股下のモノを勃てている。
 ……これは……
 どういうリアクションを取れば良いんでしょう……
「……楽しいですか?」
 言葉が見つからない名執はそう言った。
「あれ?なんか予想していたのとは違うよなあ……。普通こういう男が居たら、あら、貴方って小さいのね……なんて言うんじゃないのか?」
 それは……
 道ばたでの女子高生の言葉だろうとは流石に名執も言えなかった。
「……その格好で、リーチは自分の家からここまで来たのですか?」
「ん?いや……着替えるのめんどくさくて、パジャマを隠すコートを羽織ってきたんだ。で、なんとなくコートを見ていたら、変態なおっさんを思いだしてさあ……。ユキを楽しませてやろうと思って、リビングでパジャマを脱いできたんだけど、失敗したな」
 頭を掻きながら、リーチは広げていたコートの前を閉じ、床に腰をかけると近くにあったクッションを手に取った。
「……はあ……。何を考えてるんですか……もう……」
 溜息を付いて名執は頭を押さえた。
「酔っぱらいはどうしようもないなあ~あはははははは」
 お気楽にリーチは笑いながら、持っていたクッションに頭を乗せて横になった。
「もう……邪魔をしないで下さいね。本当に……本当にこの資料を作ってしてしまわないと、明日私が困るんです」
 お願いするように名執はそう言った。
「分かってるって……仕事してろ。俺はここでお前の顔を見てるから……それで満足だからさあ……」
 くすくすと笑ってリーチは酔った目を名執に向けた。
 ……うう……
 それは嫌です……
 だってリーチ……
 絶対そこで大人しくしてはくれないでしょう?
 とは思え、そこまでリーチには名執も言えなかった。言えばまた不機嫌になるからだ。名執が見たくないものは、リーチの怒った顔や、不機嫌な顔なのだ。それが自分がらみだととても悲しくなる。
「リーチがもし寝てしまったら、毛布持ってきますね……」
 言って名執は顔を引きつらせた笑いを向けた。すると敏感に名執の事を感じ取ったのか、リーチの眉がピクッと動いた。だが、何も言わずにリーチはクッションに頭を乗せたまま、こちらに視線を向けるに止まった。
 ……良かった……
 リーチはいないと思うしかないです。
 名執はまたキーを叩き出したが、視線を外さずじっと見つめているリーチの気配が堪らなかった。
 もう……
 違うところを見てください!
 恥ずかしい……
 自分の視線をパソコンの画面から一切離さずに、名執はひたすらキーを打ち続けた。すると奇妙な声が聞こえてきた。
「ああ……ユキ……イイよ~」
 一体今度は何を……っ!
 そっと視線を上げると、リーチはこちらを見ながら、自分のモノを掴んで扱いていたのだ。その上、何時持ってきたのか分からないが、ご丁寧にティッシュの箱が側に置かれている。準備は整っているのだろう。
 ひーーーーっ!!
 なっ……
「何をやってるんですかーーーー!!」
 立ち上がって名執がそう言うと、リーチはあっけらかんとした声で言った。
「だってよ。今晩は出来そうにないから……っていっても、言うことを聞いてくれない部分があるんだよな。だからお前の顔を見て、色々想像しながら、こう……俺の息子ちゃんを満足させてやろうって思っただけだよ。ほっとけ」
 ムッとしながらも、自分のナニを掴んでリーチは扱いていた。
 私の姿は……
 お、おかず???
「リーチ!そう言うことは何処か別の場所でやって下さいっ!困るんですよっ!」
 見るのが嫌なのではない。
 ただ、リーチのそういう行為を間近で見せられると、こちらの身体も言うことがきかなくなるのだ。
 今も既に頬は赤く染まり、体温が上昇し始めている。
「なんだよ。お前は仕事しろよ。集中していたら、気にならないだろうが。俺はお前に手を出してるわけじゃないんだから、お互い自分のことに専念してたら良いことだろう?」
 何か……
 何かその理屈は変じゃないですか?
 だが何が変なのかはっきり説明できない名執にはどう今のリーチを説得すればいいのか分からなかった。
「そ……そうですけど……」
 浮いた腰を再度椅子に下ろし、名執は言った。
「仕事してろ!俺も仕事する」
 貴方の仕事ですかそれは……
 名執は本当に涙が出そうになった。
 しかし、リーチはやると言ったらやるのだ。もう無視するしかない。そう思った名執は、リーチの事を視界から外し自分の今しなくてはならない事に専念することにした。
 だが……

「すげえ……ユキ……」
 うう……
 声を出さないで……
「お前ってほんと可愛いな……」
 だから……
 声を上げないで……
「あ……そんなことまでしてくれるのか?」
 って……
 何をしてるんですか私は……
 いえ……
 貴方の想像している私ですけど……
「……あ……イイ……」
 かああああ……
 酷い……
 一人で気分いいなんて……
「もっと俺のも舐めて……」
 なんでもします……
 だから……
 ああ……
 リーチ……
「ここ……何度俺が入れても……締まってる……」
 褒めてくれてる……
 嬉しい……
「ユキ……入れて良い?」
 何度でも……いい……
 入れて……
 奥まで……
 激しくして……
 貴方を感じさせて……
「お前の中ってほんと気持ち良い……最高……」
 私だけですよね?
 そう思ってくれてるんですよね?
 だめ……
 身体が熱い……
「……ユキ……愛してる……」
 私も……
 リーチ……
 私も貴方を愛しています……
 って……
「やっぱり駄目ですっ!ここでは止めてくださいっ!し、仕事になりません!」
 と、言った矢先にリーチは一人欲望を遂げていた。
「はあ……すっきり。俺の息子も満足したみたい……」
 ティッシュでふきふきと、リーチは自分のモノを拭きながらそう言った。
 ……貴方は……
 それで良いかもしれませんけど……
 私は……
 私はどうしてくれるんですか?
 目にうっすらと涙を溜めて名執は更に言った。
「酷いリーチっ!自分一人で満足してっ!」
「だって……お前が相手してくれないんだからしかたねえだろ」
 コートだけを羽織ったリーチは前を全開にしてそう言った。
「絶対……リーチって……私を煽りに来たんでしょう……」
 じーっとリーチを見ると、ニッコリと笑った。
「うん。そう」
 やっぱりーーー!!
「でもな……まあ……お前の仕事もあるから……。良いぞ俺はこれで満足だから……。多少煽ってそれでも駄目なら、本当にお前の仕事が大変だって思うことにしてたし……。ホント、大変そうだなあ……」
 えへへへと笑ってリーチはまた自分のナニを掴んだ。
「……リーチ……何度する気ですか?」
「お前の怒った顔ってすっげー興奮する……ああもう……駄目だ……もっかい……」
 言ってリーチは又自分のモノを扱きだした。
「止めてくださいっ!私が居るのに……。私が側にいるのに一人でしないでっ!」
 顔を左右に振って名執はそう怒鳴った。もう資料のことなど頭から吹っ飛んでいた。今はリーチの事しか考えられないのだ。
「じゃあ……相手してくれよ……」
 そう言ってリーチは名執の方をじっと見つめた。その瞳の奥には、一人では満足しきれない飢えが見えた。
「リーチ……」
 リーチの瞳に誘われるように名執は椅子から立ち上がると、横になっているリーチの側に名執は近づいた。
「欲求不満だと、仕事もはかどらないだろう?」
 側に来た名執を抱きしめてリーチが言った。それに答えるように名執は頷いた。
 ああ……
 もうこうなったら……
 徹夜でもいい……
 最終的に出来上がったら良いんだから……
 名執の身体はそこまで追いつめられていたのだ。
「リーチ……愛して……」
「ユキ……」
 と、言ってお互い抱き合った瞬間、リーチの携帯が鳴った。
 ぎく……
 もしかして……
「はい……隠岐です。え、分かりました。すぐ現場に向かいます」
 リーチはいきなり利一モードでそう言って携帯を終えた。
 じーーーーっ……
 名執はリーチの方を睨むように見つめた。
「ははははは。仕事だって~。仕方ないから着替えて行ってくるよ。悪いなあ~」
 リーチは笑いながら抱きしめていた名執を離すとそう言って立ち上がった。
「リーチって……最低っ!」
 このままあと一週間我慢することになるのだ。その信じられない拷問に、名執はまた目に涙を溜めた。
「ごめんって……ははははは。ほら、お前だって仕事あるだろ?これで良かったんだよなあ~。んじゃ……わりい……」
 慌てたようにリーチは部屋から出ていった。名執のうちにはリーチの衣服もかなり置いており、いつでも着替えられるのだ。
 いや……
 それはいい……
 そうじゃなくて……
 私は?
 私の立場は??
 し、信じられない……
 目に一杯溜まった涙が頬を伝う頃、リーチは着替えてまたやってきた。
「ほんと……悪い。また来るから……そうだ!上手く言いくるめてトシのプライベート一日取ってやるから……それで良いだろう?」
 苦笑したようにリーチは言って、名執の頬を伝う涙を拭った。
「明日……いえ……今晩来てくださいっ!良いですよね。こんな……こんな盛り上がった身体を数日あなたに放置されたら……私……誰かに付いていきますからねっ!いいですか?本気ですからっ!」
 そんな事など出来るわけなど無いのだが、名執はきつくリーチに言った。
「うん……分かった。じゃあ……行ってくる……」
 頬に触れていた手が離れ、リーチはまた部屋を出ていった。暫くして遠くから玄関の開閉の音が聞こえる。
 ……もう……
 リーチって……
 ……
 ……あ、でも資料……
 名執は目を擦りながら、少しずつ現実に引き戻されていた。
 あのまま抱き合っていたら、資料は完成しなかっただろう。だがそれは許されないことだったのだ。
 明日の期限は絶対だったし……
 その事実をようやく名執は冷えた頭で認識した。
 ……これでよかったんだ……
 そうですよね……
 ああもう……
 すぐリーチに流されてしまう……
 駄目ですね……私は……
 でも可笑しかった……
 くすくす笑いながら名執は変態おじさんの格好をしたリーチを思い出し、笑いが漏れた。
「さて……資料を作りましょう。まったくもう……」
 名執は笑いが止まらないまま自分の席に座ると、今度は最後まで資料を作ることが出来た。

 結局の所、一番迷惑を被ったのは、この後のトシだった。

―完―
昨夜タイトル翌夜

珍しくこちら、エロなし……なしというより1人で満足しただけのリーチというか……よくよく考えるとトシが一番迷惑を被ったのかも……。可哀想に……上手くリーチに言いくるめられたのだろう。きっと幾浦が泣いていたことに……あはははは。しかし……目の前でやるなよリーチ……。

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