Angel Sugar

「氷解する瞳」 第7章

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 ケインが警視庁に送ったという手紙をリーチから受け取り、開いて内容を見ると名執は思わず疑惑の目をリーチに向けた。この程度の内容で四人も監視がついたとは思えなかったのだ。だが、リーチが警視庁でどういう立場の人間であるかを考えたとき、そうなるかも……とも考えた。
 しかし、にわかには信じられなかった。

 そちらの刑事課に配属されている隠岐利一はよからぬ人物と接触しています。

「私とつき合っているということは書いて無いじゃないですか……これは本物ですか」
「考えてみれば俺が男とつき合ってるって書いて誰が信用する?あの隠岐さんが……って中傷にとる人の方が多いはずだぜ、ケインはそれが分かっていたから、そんな風に書いたんじゃないか?それに……そこまでケインは書けなかったんだと俺は思う。この手紙で牽制したつもりだったんだ。結構いい奴じゃないか……」
「いい奴……ですか……」
 納得できずにそう言った。
「お前も悪いんだ」
「え?どうしてです?」
 ムッとして名執は言った。そんな名執に気がついたのか、リーチはケインと何を話したかを聞かせてくれた。
「で、ユキの感想は?」
 にやーっと笑いながらリーチは言った。
「…………」
 言葉がなかった。
「ま、今のお前も余裕なかったしな……」
「リーチって……怖い人……」
「何で?」
「過去の私のことを……どうしてそこまで分かるのです?会ったこと無いのに……」
「内緒……」
 そう言ってリーチは満面の笑みを返してきた。
「うらやましい……ですね……」
「何が?」
「リーチは誰とでも仲良く出来るから……」
 本音であった。
「俺じゃない……利一だ……」
 少し寂しそうな顔でリーチは言った。
「ご……ごめんなさい……」
 そう、リーチがリーチとして、トシがトシとしての友人はいないのだ。彼らの友人は皆本当の彼らを知らない。リーチ達はそれを寂しいと思い、そしてそれは罪悪感として彼らの心にある。
「別に……そんなに気にしてないよ。こればっかりはどうしようもないことだから……」
「リーチ……もっと側にきて下さい……」
 名執はリーチの方に身を寄せながらそう言った。
「ユキ?」
「だから心配なのです……利一も好かれる性格をしていますし……もし利一が本当はリーチであってもトシさんであってもきっと誰でも受け入れてくれると私は思います。だから心配です。いつか貴方が私よりも……」
「ばーか……買いかぶりだよ……俺はそんなに性格良くないぞ、ま、トシはほっとけない性格してるから面倒見たくなる輩はいるだろうけどさ……」
「いいえ……貴方には頼りたくなるような雰囲気があるのです。何をしても許してくれる。どんなことがあっても見捨てたりしない……。こう……なんというか精神力がとても強い……ああ、私を守って……っていうところですか」
 自分で言ったことで名執は可笑しくなった。
「そんなに強かねーけどな……それに頼られてばっかりじゃうっとうしいって」
「……」
「ユキは俺を甘やかしてくれるから……側にいて安心するんだよな……」
 猫が甘えるようにリーチは名執の肩に頬をすり寄せた。
「何より……俺はお前の側でないと熟睡できないんだ……不思議だろ……」
 リーチは満足そうに目を細めてこちらを見つめている。
「私……貴方に頼ってばかりですが……うっとうしいですか?そう感じたらすぐに言って下さい……」
 そんな風に一瞬でもリーチに思われたら……そう考えると名執は身体が震えた。
「お前は自分が俺に頼ってるって言うけどな、お前の場合頼っていながら必死に自分で歩こうとしてる。それが分かるから、もっと頼ってくれて良いんだよって言いそうになる。なにより俺が寄りかかれる相手はお前しかいないんだ」
 言いながらリーチは名執をソファーに倒した。手は既に名執のシャツを捲り上げていた。「リーチ……本当に私を少しは頼りにしてくれているのですか?」
「うん……お前が疑問に思うかもしれないが、俺にしては珍しいほどお前に頼ってる」
 リーチの手は既に名執のシャツを脱がしてしまっていた。
「トシさん……聞けば僕は?って聞きますよ」 
「あいつも真面目で必死なんだけど……どっか抜けてるって言うか……ずれてるっていうか……平地でも転けるような奴だから、ほっとけないんだって……別に頼れないとは思っていないし、相談もするけどな、やっぱり何処か俺はあいつの保護者役なんだ。トシより二つ上の分、俺は兄貴の役目を持ってるのかもしれない。でも……お前は違う……」
 軽く口づけをされて名執は身体の体温が徐々に上がってくるのが分かった。
「リーチ……ベットに連れていって……」
「うん」
 リーチは半裸の名執を抱え上げると寝室に向かい、二人でベットに倒れ込んだ。
「リーチ……貴方には今回本当に頼ってしまいました……本当は私自身が解決しなければならなかったのに……、きちんと戻って説明してこなければならなかったのに……出来なかった……」
 そこまでの勇気は無かったのだ。
「なーに言ってるんだよ……お前が例え説明するだけのためであっても、あっちに戻ると言われたく無かったから、俺は張り切っちゃったんだよ」
 名執の胸の穿りを舌でこねならがらリーチは言った。
「あ……リーチ……」
 リーチの指が肌をなぞると甘い痺れが身体を支配する。快感のつぼを知り尽くしたその指は意地悪な動きで名執を焦らすのだ。しかしギリギリまで焦らされた後に来る快感は例えようもないものであった。
「ユキ……」
 リーチの飢えた瞳がこちらを見ていた。普段、可愛いだけの黒目がちの瞳に、こんな表情があるとは思えないほどであった。その瞳が自分を見つめていると感じただけで頬が上気した。
 それは自分だけに見せる瞳であることを名執は知っていたので益々身体が高揚するのだ。
「あっ……やぁっ……」
 両足を曲げさせられ、内股から敏感な部分にリーチの肉厚な舌は生き物のように動く。執拗な愛撫はいつもより激しいのが名執には分かった。
「……リーチ……あっ……ひっ……」
 食いつくようにこちらのモノを銜えられ、我慢できずにこぼれ落ちる白濁した液を舐め取りながらもリーチは口元を離さず舌を使う。その間、指が秘められた場所へ埋まっていくのだ。そうして内部の壁を何度も擦られ名執は快感に酔った。
 暫くすると一気に煽られた部分は、簡単にリーチに降参した。
「あ……はあ……は……あ……リーチ……?」
「ユキ……悪い……今日は歯止めが利かないかもしれない……無茶しそうだ……」
 リーチは頭を上げると、額にうっすらと汗をかいて名執に済まなさそうに言う。
「来て……」
 誘うように名執は言うと同時にリーチはいつもより早く名執の奥に進入した。その動作は、擦れるような痛みを伴った。
「つぅ……」
 痛みが瞳を潤ませたが、同時に快感も感じる。しかし潤んだ瞳を見たリーチが我に返ったように腰を引こうとしたので、名執は両手でリーチを反対に引き寄せた。
「ユキ……」
「途中で……引き下がるのなら……最初に期待させないで……」
 そう言って名執は婉然と笑みを浮かべた、その瞬間名執の身体の奥にある楔が一回り大きくなるのを感じた。
 リーチも興奮してる……そう思うと嬉しくなった。
「言ったな……後悔するぞ……」
 口の端を少し上げてリーチは微笑した。
「後悔じゃなくて……もっと貴方を感じさせて……」
 そう言うとリーチは自分の欲望をそのまま名執にぶつけるように腰を動かし始めた。痛みと快感が背を這って直接頭の奥に響く。激しくなるリーチの動きからもたらされる快感に酔いながら、痛みも快感も似たようなものだとぼんやりと名執は思った。
「あっ……ああっ……」
 半分我を失いながらリーチの背に廻した手に力が入った。
「お前の……中って……熱くて俺を締め付ける……」
 リーチが荒い息を吐き出しながらそう言い、いったん腰を引いた。中途半端に煽られた身体がベットに沈む。もう少しで達きそうな身体は震えと共にリーチを恋しがった。
「あ……嫌っ……」
 抗議の声を名執は思わず上げた。
「ユキ……乗って……」
 こちらを向いて座ったリーチがそう言って名執を招いた。名執は言葉の促すままリーチの上に乗り、堪らなくなっている部分に自ら立ち上がっているものをのみこんだ。
「う……ああ……」
 自分の体重がリーチの鍛えたものを奥深くに誘うと、又違った快感が自分を支配していることに気がついた。自分で誘ったことの羞恥心とそれを上回る快感……そっと顔を上げてリーチを見ると嬉しそうにこちらを眺めていた。
「動けよ……」
 ぬけぬけとリーチは言った。
「私のも……可愛がって……」
 かすれた声でそう言うとリーチはニヤリと笑って所在なげに立ち上がっている名執のものを掴んだ。その指は先端をグリグリと回転する。
「あっあっ……」
「く……ここを掴むとお前の中はきつく閉まる……なかなか良いぜ……もっと触ったらもっと閉まるのか?ん?」
「そ……そんな……恥ずかしい……あっ……」
 リーチの指は器用に動き回った。その度に下半身が、きゅうっと閉まる感覚が堪らなかった。
「ん……だからさぁ……お前も動けって」
「だって……リーチが……あっ……邪魔するから……」
「こんな風にな……」
 そう言ってリーチは手の中にあるものに力を込めた。名執は痛みで息が思わず止まりそうになった。
「あっ……はぁっ……や……っ」
 小刻みに身体が震え、身体が前屈みに倒れた。
「仕方ないな……ほらっ」
 言ってリーチは腰を上下させた。ベットのスプリングがいい補助に入って、上下に二人は揺れた。
「あ……いい……もっと……リーチもっと……」
 頭を振りながら、名執は喘ぎながらそう言った。
「俺も……いいぜ……ああ、何て色っぽい顔してるんだお前は……それだけでも達きそうだよ……」
「や……そんな顔……してません……」
「悪いが今晩の俺は自分の欲望が望むだけお前をむさぼるぜ……」
 名執の好きにさせるのは今だけだと言うように、暫くするとリーチは入れたまま体勢を変え、名執をベットに荒々しく倒すと、今度は激しく腰を突き上げた。振動で身体が上下にいつもより激しく動く。その所為で背中がシーツで擦れ、熱く熱をもちだした。
「あっあっ……リー……チ……」
 息をつく間も与えてくれないリーチはいつもと違う激しさがあった。息をつごうとするとリーチは自分の唇でそれを塞ぐのだ。何度も舌を絡ませてくるその激しさは、慢性的な酸素不足を加速させる。
「はっ……はっ……あ……」
 息苦しさと快感がない交ぜになって名執を狂わせた。そんな名執をリーチは執拗に責め上げる。涙がボロボロこぼれ出すが、それも快感によるものだった。
 そんなことは百も承知のリーチはこちらの涙を見ても自分の行為を止めようとしなかった。いや、止まることが出来なかったのだろう。
 リーチの激しさが、堪らなくなった名執は無意識に両手でリーチの肩を掴んで自分から遠ざけようと力を入れたが、その両腕をひとまとめにしてリーチは掴んでベットに押しつけた。
「悪いが……自分を止められそうに無い……つき合ってくれよ……」
 荒く息を吐き出してリーチはそう言ってのけた。名執には答える余裕はなかった。

 
 
 起きたのは昼過ぎであった。いつもは側にいるはずのリーチがいなかった。
「リーチ?」
 身体を起こそうとしたが、くたくたで身体が動かなかった。仕方無しに名執は目線だけを彷徨わせた。
「リーチ……」
 何処かに出かけてしまったのだろうか?
「あ……起きた?今昼ご飯作ってるからさ……で、起きられそう?」
 寝室の扉に立ち、リーチは言った。リーチの方は既にバスローブを羽織っていた。
「お腹はすいてるのですが……今すぐはちょっと……」
 恥ずかしくて毛布を引き上げて名執は言った。
「そうだよなぁ……ちょっと激しかったからな……」
 へへへと笑ってリーチは言う。
「リーチは……元気ですね……」
 疲れたそぶりも見せないリーチの姿が驚きであった。  
「俺は元気。もうすっきりって感じかな……」
 仁王立ちで言ったリーチは本当に元気一杯であった。
「……」
「ほら、仕事してないからパワー有り余ってるんじゃないかな……俺」
 リーチはこちらに近づいて頬にキスをした。
「でも、良かったろ……俺もすげー良かったもん。欲望の赴くままってのもいいよなぁ」
 その台詞を聞いて真っ赤になった名執は言葉が返せなかった。
「シーツ代えてやるからシャワーでも浴びたら?」
 リーチはそう言うが身体が怠く、すぐに動けそうになかった。もぞもぞしているとリーチはいきなり名執を抱き上げた。
「リーチ……」
「動けないんだよな……運んでやるよ。湯は張ってあるしさ」
 照れた顔でリーチは言った。その顔がとても魅力的に名執に見えた。
 この人は私の恋人なのだ……
 私だけのリーチなのだ……
 今知ったような感動が名執にはあった。
 湯船に身体を浸すと怠かった筋肉がほぐれてきた。熱い湯は身体にじんわりとしみこんでくる。
「ん……気持ちいいですね……」
 そう言うとリーチは、昨晩あれ程重ね合わせたにも関わらず、又キスを求めてくる。それに応えるように名執も舌を絡めた。
 暫く甘いキスを繰り返し、ようやく口元を離す。
「リーチ……濡れますよ……」
 バスローブの裾が下のタイルに広がっているのに気がついた名執は言った。
「え、濡れたのはお前だろ?」
 真顔でリーチは言った。
「そ……そうではなくて……もう……貴方のバスローブの裾が濡れているんですよ」
「あ、そっか……悪い……」
 リーチはばつの悪そうな笑いを浮かべて出ていった。
 うーんと湯船で身体を伸ばすと気持ちのいい怠さが身体を包んだ。スイッチを入れて泡を出す。水泡が柔らかく身体を包み出すと至福であった。
「……あ……」
 フッと視線が自分の身体にいくと体中にリーチの点けた印があった。さすがにシャツから出るような部分には無かったが、恥ずかしいところにも随分あったので名執は又顔を赤らめた。
「な……何考えているんですか……もう……信じられませんね……」
 誰に聞かせるわけでもなく、独り言を言った。言いながらも幸せを感じている自分がいた。 
 何て幸せなんだろう……
 こういうとき本当にそう名執は感じるのだ。
 愛されているのだ……と、いうことがひしひしと感じられる。昔の自分はどうであったかは覚えているが、今そんな自分に戻れと言われてもなれなかった。
 癒されているのだ……
 リーチが側にいてくれることが自分にとっての薬なのだと名執は思った。もがいてもがいて変わりたいと思って苦しんだ過去が遠くに思える。傷は消せないが癒すことは出来るとリーチが昔言ってくれたことを名執は今でも良く覚えていた。
 あのときの感動は今でも忘れられてはいない。リーチは自分の過去を受け止め一緒に向き合い背負ってくれる。だからといって過去を思い出すような事は名執には一切言わないのだ。
 前だけ向いていろ……その言葉がどれほど嬉しかったか……。
 名執は思い出すたびにリーチに出会えたことを神に感謝するのだ。
 まあ……確かに最初の出会いは最悪でしたが……
 昔閉じこめられたときのことを思い出し、思わず名執は笑みがこぼれた。
 ああいう出会いも時にはあるのだ……
 つらつらと思い出に浸りながら、うとうとし出したときリーチが又やってきた。
「おい、長風呂は風邪引くぞ……って、お前まだ身体洗ってないのか?」
 驚いた顔でリーチは言った。
「あ……浸かっているのが、あんまり気持ち良くて……」
 半分湯にのぼせた顔で名執は言った。
「全く世話が焼けるな……」
 そう言ってリーチは名執を湯船から出るように促すと、スポンジにボディシャンプーを落とし、名執の身体を洗い始めた。
「じ……自分で出来ます……リーチ……ちょっと……」
「こら、大人しくすわってろ。俺が濡れるだろ」
 子供を叱るようにリーチに言われ名執は大人しくリーチに任せた。
「それにしても……お前の肌は綺麗だな……その上色っぽい……」
 背中を擦りながらリーチは言った。
「……そ、そうですか?」
「へへへ一杯俺の跡付けてやったし……」
 嬉しそうにリーチはそう言って、名執の肌を優しく洗った。その優しい動きが名執を夢心地にさせる。
「俺ってさ、幸せ者だよな……」
 背中を洗ってくれているリーチは後ろにいたので、どんな顔をしてそれを言っているのが分からなかった。
「俺は俺自身を愛してくれる人には巡り会えないと思ってたからさ……」
 世間話のようにリーチは言っているが、ついでに何か大切なことを言うのではないかと思い、名執は聞き逃さないようにじっと耳をそばだてた。
「お前だけが俺を見てくれる……本当の俺を……ありがとう……ユキ……」
 ありがとう等と、こんな状況で言われたことのない名執は逆に気持ち悪くなった。
「気味悪いです……リーチ……突然そんなことを言うなんて……」
 振り返って言おうとしたが、リーチは振り返ることを許さなかった。
「こっち向くな。面と向かっては恥ずかしいから顔を合わせないで言ってるんだ。こういう時しか言えないだろ……。だから突然じゃなくて……言いたかったけど、面と向かっては言えなかったんだ。今なら言えそうだなって思って言ってる」
 リーチの言葉には照れが現れていた。
「そうだ……話変わるけど……俺の身体ってリバーシブルじゃないか?俺、確かにトシと身体を共有してるけど、つい最近までピンとこなくてさ、だっけどよく考えると怖いじゃん。だって幾浦だって知ってるんだぜ……俺の身体……」
 うううと唸りながら嫌そうにリーチは言った。
「ですが、幾浦さんだってそう思っていますよ、きっと。でも私は余り気にならないですが……。以前、リーチ言ってましたね、リーチの時とトシさんの時の体つきは少し違うって。そんなはず無いと私は思っていましたが、あなた達が長期に入院したとき、診察をよくしました。そのときそれが本当だと分かったのですよ。リーチは分からないと思いますが、筋肉の付き方とか少し違います。どうしてそうなるのか私にも分かりませんが……だから幾浦さんが貴方の身体がどういうものか、知るわけ無いでしょう」
「そう言えばそうだな……うん……そうだった」
 嬉しそうにリーチはそう言った。それから暫くリーチは無言になった。
「リーチ?」
「あのさ……俺一回だけだけど……トシもそうだけど……本当の自分をお互いで確認したことがあるんだ……」
「本当の自分……ですか?」
「うん。崎斗の事件で死にそうになっただろ……あのとき不思議な夢を見た……」
「夢?」
「夢かどうか……それが俺達お互いに手をつないでたんだ。あのときトシを初めてみたよ。利一の身長をもう少し下げて、顔はもっと幼くしたような顔だった。俺が言うのも何だけど可愛かったぜ」
 ふふふと笑ってリーチは言った。
「今まで見たこと無かったのですか?」
「っていうかな……俺達同じ顔だと思ってたし、どちらかが必ずこの身体の主導権をもってるだろ……。たとえば俺が主導権を持っていてトシが花畑で休憩していても、上からのぞくようにしかトシは見えないんだ。だからはっきり顔とか見えないし、見ても利一の顔だからさ。お互いを出会わす事は出来ない。……で、そんとき、手を繋いでいて離れなかった。周りは真っ暗なのに自分たちだけぼーって光っててさ、遠くの方に光りが見えた……たぶんあれに向かって歩いてたら俺達死んでたんだよ……」
「止めて下さい……その話は……」
 思わず名執は強い口調でそう言っていた。あのときの彼らを未だに忘れられないのだ。
 心臓の真上を銃で撃たれ、ようやく快方に向かい始めたとき、崎斗に幾浦を人質に取られ、それを助けるために彼らは病院を抜け出した。帰ってきたときは半分死んでいたと言っても良かった。切開すると血の海だった。その上、術中三度心臓は止まったのだ。それは未だに記憶に深く焼き付いていた。
「悪い……じゃなくて俺の顔と姿の話だ。自分の顔は見られなかったけど、トシが教えてくれたよ」
「どんな顔ですか?」
「利一より背は高い。たぶん幾浦くらいあるんじゃないか……で、利一の顔より大人びいていて、シャープにしたような感じだって。トシが言うには俺って格好いいらしいぜ」
「しょってますね」
 くすくす笑いながら名執は言った。
「うるさい」
「でも……見てみたいですね……」
 本当のリーチはどんな顔をしているのだろう……
 想像してもうまく形にならないのだ。
「そうだ……一回モンタージュ作ってみようかな……お互いにさ。あ、何でこんな簡単な事思いつかなかったんだろう……」
「リーチ……それはまず刑事として復帰してからでしょう。とにかく田原さんに……」
「分かってる。だけどこんな機会は滅多にないから、もう少しゆっくりしてからな」
 あ、何だかさぼり癖が付いてる……
「……勘が鈍っても知りませんよ」
 クスリと笑いを口元に浮かべて名執は言った。
「戻れそうなら戻るけど……戻れないこともあるだろうから、期待はしてないよ」
「リーチ……」
「ほら済んだ。もう一度暖まってから出て来るんだ。その後ご飯にしよ」
 濯ぎの為のシャワーをこちらに浴びせながらリーチは言った。
「ええ……私も本当にお腹が空きました」
「じゃ、すぐ出て来いよ」
 リーチはそう言うと風呂場を出ていった。名執はリーチの言ったように、湯船にもう一度浸かるとすぐにバスからあがり、リーチの後を追うようにバスルームから出た。
 
 キッチンテーブルには既に料理は出来上がっていた。ペスカトーレにサラダ、湯気の立っているパンプキンスープが並べられていた。しかし、かなり余分に作ったのか、パスタがまだ随分残っていた。
「作りすぎたのですか?」
 滅多にない事なので名執は聞いた。
「や、うーん。みたいだな……気がついたら何かたくさん作ってた」
 何でかな?という表情でリーチは言った。
「いいや、食おうぜ」
 そうして一緒に頂きますを言ったところで管理人からのベルが鳴った。
「リーチ……お客さんですが……どうします?」
 既にもしもしとサラダを頬張っているリーチがこちらを不審気に見た。
「なんだぁ……何で来客があるんだよ」
 急に不機嫌になる。
「いえ……レイとケインが……」
「……だから多めに作ったのか俺は……」
 妙な事をリーチは言い、続けて「五分後に上がってもらえ、俺、着替えるよ」と言いながら、既にクローゼットに向かって歩き出していた。名執は管理人にその事を伝え、自分も大急ぎで着替えた。
 暫くすると来訪を告げるベルが鳴った。
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