Angel Sugar

「心の問題、僕の苦痛」 第5章

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 その週幾浦は三度トシと会ったが、様子はやはり妙であった。態度はよそよそしく、幾浦との距離が近いとトシは酷く緊張しているようであった。
 一番気になったのは幾浦が身体に触れることを嫌がり、キスさえもさせてくれなくなった。最近は会ってもすぐに何か理由を付けて帰ろうとする。そんなトシが幾浦には訳が分からなかった。
 ただ会うたびに二人の間にある距離が遠くなっていく。それだけは幾浦にも分かる。こちらに向ける笑顔も作ったような笑顔だ。
 理由は全く分からない。
 一つだけ知っていることは、北村には笑顔を見せることが出来ると言うことだ。もしかするとトシは幾浦に対する気持ちがすでに離れ、北村の方に向いているのかもしれない。
 本当は認めたく無いがそう考えると最近のトシの様子が幾浦にも理解できる。
 退院した日、二人で抱き合ったのだろうか?
 リーチが主導権を持っている週の間、幾浦はずっとその事を考えていた。リーチなら教えてくれるだろうかとも考えたが、もしトシが本当に北村と出来ていたのだとしたら、リーチは話してくれないだろう。なにより聞くのも躊躇われた。
 事実を知るのが怖いと思ったのかもしれない。多分怖いのだ。だから答えをはっきりさせるのを延ばし延ばししているのだろう。 
 しかし限界というものもある。このまま行けば理由も分からず二人の関係は自然消滅するだろう。何も分からず自然消滅するのは幾浦自身納得できなかった。
 壊れたとしても……それは仕方のないことなのだ。
 幾浦はリビングのソファーから腰を上げると窓に近寄り半開きになっていたカーテンを開けた。その動作に、アフガンハウンドのアルも付き添い幾浦の足元に丸くなった。
 外は明かりもなく雨の降る空は暗く雲が低い位置までたれ込めている。そこから落ちてくる雨の粒は何処かの木々の葉に当たり、パサパサという音をあたりに響かせていた。
 風はなく、細い雨に煙る景色が外灯を滲ませ弱々しい光とともにちらついているのが見える。それは雨の日の景色であり、変わらぬ日常の中のひとこまであった。
 だが幾浦の心は、例え晴天であってもこの今見えている景色と同じ光景を住まわせていた。
 ずっと……
 すっとだった。
 トシ……
 今、眠っているであろうトシは何を考えているのであろうか?
 これほど離れてしまった心を取り戻すために何をしたらいいのだろう。
 幾浦が暗い空に向かってため息をつくと、足下で丸くなっていたアフガンハウンドのアルが「う~ふ」と鼻息を漏らし、また目を閉じた。

 翌週トシの週が始まったが心配していたとおり幾浦がようやくトシと会う約束が出来たのは週末であった。これで今週は一度しか会えない計算となる。このまま行くと今度は一ヶ月後になるのだろうか?幾浦はため息を付きながらそう考えた。
 そのトシからは先ほどメールで連絡がはいり、もうすぐこちらに着くということだった。やっと会える今日もトシはさっさと帰るのだろう。
 それが杞憂に終わればいいのだが、もちろん希望的観測でしか他ならない。
 何故こんな事になったのだ……何度も幾浦は考えて答えが出なかった。幾浦自身は何も変わっていないからだ。
 いつも通りにトシを大事にして愛してきた。変わったとしたらトシが誰に愛情を注ぎたいと思っているのかだろう。
「今晩は……」
 トシが玄関を開けそう言うとアルが真っ先にトシに飛びついた。久しぶりのトシの訪問にアルは身体全体を使い喜びを表している。
「アル……駄目だって……」 
 笑顔でアルにそう言っていたトシが幾浦を見て笑顔が曇った。
 いかにも見たくない相手を見たという態度だ。
「……今週は随分忙しかったんだな」
 そんなトシの様子に気付かない振りをして幾浦はいつも通りに言った。
「かなり追われてたよ」
 作ったような笑みをその顔に浮かべてトシは問いに返してきた。そんなに嫌だと思うのなら、どうしてここに来るのだろうか?幾浦はそれも分からないトシの行動の一つであった。
「夕飯は食べてきたのか?」
「あ、うん」
 最近は滅多に二人で食事をとることはなかった。ここしばらくトシは幾浦に顔を見せては何かにつけて理由を作り、すぐに帰ってしまうのだ。
 幾浦がコーヒーを入れている間にトシは居間のソファーでアルとじゃれていた。いつもの光景であるにも関わらず芝居かかったように幾浦には見えた。
「コーヒー入れたよ」
 リビングの机にコーヒーカップを置くと、幾浦もトシの前のソファーに座った。本来なら隣に座りたいのだが、真横に座ると酷くトシが緊張するのを知ってから隣には座らなくなった。その代わりに元は幾浦の場所であったところにアルが我が物顔で座り込んでいる。
 アルにはトシも自然体だ。
「ありがとう」
 カップを手に取りトシは言う。
「で、どういう理由で今日は帰るんだ?」
 自分のカップを手の中に入れた幾浦は、トシの方を見ずにそう言った。トシの顔を見てそんな話など今の幾浦には出来ない。
「え……」
 幾浦にはトシが身じろぎするのが気配で分かった。
「なあ、お前がずっと妙なのは分かってる。それにトシも今の自分は変だと思っているんだろう?そろそろ理由を教えてくれないか?」
 自分から最悪の答えを引き出すしかないのだと自分自身に言い聞かせながらも言わなければ良かったとも幾浦は瞬時に思った。だがいったん口から離れた言葉はすでにトシの耳に届いていた。
「理由……そんなの無いよ……」
 目線を床に落としてトシは言った。
「……なら、今晩はつき合ってくれるのか?」
 ゆっくり視線をあげてトシは幾浦を見る。やや困惑したような表情をしているが、本当に嫌ならそう答えるだろう。
 幾浦には待つしかなかった。
 暫くするとトシは小さく頷く。それを合図に幾浦はソファーから腰を上げるとトシの方に移動して手を差し出した。トシはそんな幾浦の行動に躊躇いがちに手を伸ばすと差し出された手を取った。
「恭眞……」
 どこか不安げなトシの声に幾浦は何も答えずに寝室へと運び、ベットの上にそっと腰をかけさせた。するとトシの瞳は揺れながらも幾浦を見ていた。
「トシ……」
 そっと唇を重ねると、トシの身体が硬直する。そんなトシに苛立ちを覚えたが、幾浦はここでやめるつもりはなかった。トシがもし途中で拒んだとしたら、幾浦自身が考えていた理由が全てを裏付けてくれるのだろう。そう思ったのだ。
 トシのシャツのボタンを一つ二つと弾くように外すとトシの両手が幾浦の肩を掴んだ。トシの表情は辛そうにしかめられている。
「……」
 何とかその顔を見るのを避けて、幾浦はトシのむき出しになった肩を愛撫しようと覆い被さるとトシが両手で幾浦を押し返した。
 気が付くとトシの身体は小刻みに震えている。
「……そうか」
 自分が想像したとおりだと絶望した幾浦はトシのシャツを元に戻した。
「僕……」
 両手で身体を守るように交差させてトシは自分自身を守るように抱いていた。明らかに幾浦の事を拒否しているのだ。
「謝らなくてもいい……」
 座り込んでいるトシから距離を取ると幾浦はもう一度ベットに座った。
「恭眞……僕……」
 潤んだ瞳でトシは幾浦を見ている。だが泣きたいのは幾浦も一緒だ。
「……私では駄目なのか?」
 それに対してのトシの答えは無い。仕方なしに幾浦は続けていった。
「何となく……変だと思っていたよ。いや、気付かない訳無いだろう。それほどトシはここ暫く変だった。いずれどういう事かトシから話してくれると思っていたが、トシにそのつもりが無いのだからな……。なあ……このまま行けば自然消滅だ……。それだけは避けたかった」
 ちらりとトシの様子を伺ったが、トシはじっとシーツに視線を落としていた。
「お前が言えないのなら……私から言おう。トシ……私と違う誰かを好きになったんだろう?それならそれで仕方のないことだから……。私はお前を責めたりしない。ただ本当の事が知りたい」
 トシの方をじっと見つめて幾浦は言ったが、トシはすでにこちらを見ていなかった。ただひたすら床のカーペットを眺めている。
「……」
「だから……私が触れるのが堪らなく嫌なんだろう?」
「……う……ん」
「……そうか。分かった。でも私たちは友達ではいられるな?」
 それが最善だと幾浦は思った。トシの方は床から視線を天井に向け、次に部屋の四方を眺めてから口を開いた。
「……うん」
「トシ……悪いが……帰ってくれないか。暫く一人になりたい……」
 この状態で一晩明かすことなど幾浦には出来なかった。
「……」
 トシは無言で立ち上がると寝室から出ていった。暫くすると幾浦の耳にマンションの扉の開閉する音が聞こえた。
「……まだ……現実感が無い……」
 呟くように幾浦は言い、ベッドに身体を倒した。

 幾浦のマンションから、とぼとぼとトシは歩いた。例の公園を抜けることはせず、回り道をして大通りまで歩き、タクシーを拾う。そうして自分のコーポに着くと何をする気も起こらずベットに倒れ込んだ。
 僕は愛される資格なんか無いんだ……
 トシは何も無かったように幾浦の前で振る舞おうとした。努力した。だが出来なかった。こうしよう、ああしようと考えれば考えるほど余計に色々なことが気になり、それらが挙動不審として態度に表れたのだろう。
 今トシの身体は誰であろうと触れられることを拒むのだ。ただの挨拶として肩を叩かれることも吐き気がするほど嫌だった。幾浦のことを受け入れたいと心の中で求めながら、身体は拒否するのだ。
 そんな自分をトシはどうしようもなかった。
 今現在、トシの心と体は別物のように遊離してしまっている。必死に自分でなんとかしようと思ってきた。だがどうにもならないのだ。
 幾浦がトシのことを変だと思うのは当たり前だ。だが心の中で求めても身体が誰であろうと拒否をする。
 幾浦だけはそんなことになって欲しくなかった。反対にそうなるのではないかという不安がトシを後込みさせていた。そして失敗した。
 愛している幾浦にさえ、触れられたくないと身体が拒否したのだ。一番恐れていた事態になってしまった。
 もう駄目なのだ。一生、自分は誰にも愛されることは無い。愛してくれたとしても、応えることが出来る身体がもう無いのだ。
 だが本当にそうだろうか?友達としてはつき合っていけるのだ。その間に自分の身体も少しずつ元に戻ってくれるかもしれない。
 戻ったら……まだそのときも幾浦が自分を愛してくれていると言う確信が持てたら……もう一度二人の関係を元に戻せるかもしれない。
 トシはなんとか自分にそう思わせる事で涙は出なかった。まだ何とかなる。
 互いに心変わりをしたわけでは無いのだから……
 トシはリーチを起こした。
『どうした?』
「僕……恭眞と友達になったよ……」
 電灯をつけていない部屋で天井を眺めながらトシは淡々とそう言った。
『……お前……幾浦にちゃんと話したのか?』
 驚いた声でリーチは言った。
「話せなかったし……恭眞でさえ触られると怖くて……怖くて仕方なかったんだ……」
 ギュッと目を閉じ、トシは言った。
『そうか……』
「でもね、ほら、友達付き合いして、もう少し時間が経てば僕のこの身体も元に戻るかもしれないでしょ?そのときまで少しの間、恭眞と友達付き合いしようと思って……。それまで恭眞が僕のこと好きでいてくれる保証は無いけど……。もしその間に恭眞が誰か他の人を選んだら……仕方ないと諦める。それまで僕、泣かない……だってまだ希望があるから」
 明るく振る舞いながらトシはリーチに言った。今トシが前向きに出来ることと言えばそれしかない。
『トシ……そんなに辛いのなら……俺が幾浦に話してやるよ。お前はなんにも悪くないんだし、そんな辛い事を選択しなくても良いじゃないか』
 リーチはトシにそう提案してくれた。だがそれはずっとトシに言い続けてくれた事だった。そのたびにトシは断ってきた。
「ううん。それは嫌だ。絶対嫌だ」
『分かった……』
「来週からプライベート取ってくれて良いよ」
 身体の傷がようやく見えなくなったからトシはそう言った。
『そうしてくれるとありがたいよ……ユキが滅茶苦茶へそ曲げてるから……』
 平静にリーチは言った。
「雪久さんには内緒だよ」
 とにかくトシは誰にもあのことを知られたくなかった。
『絶対言わない』
「ありがとう……。リーチ……ゴメンね。一杯迷惑かけて……」
『いや、俺のことは心配するな』
「うん……」
 その日トシは毛布を抱きかかえるようにして眠りについた。



「やっと、来てくれたのですね」
 名執は嬉しそうに玄関口で靴を脱ぐリーチに言った。
「……ま、色々あってさ……」
 リーチは適当に誤魔化しながら名執の差し出してくれたスリッパを履き、久しぶりの部屋の空気にホッと気持ちを和らげながらリビングに向かった。
「お茶……入れますね」
 にこやかに名執がそう言い、リーチは頷きながらソファーにごろりと横になった。幅広のソファーはふかふかで、ここに寝転がるのがリーチは好きだった。
 暫くそこでごろごろと身体を上に向けたり下に向けたりしていると名執がお茶を入れた湯飲みを持ってきた。
「悪いなあ……」
 身体を起こし、目の前に湯飲みが置かれるのを待てずにリーチはお盆の上から直接手に取った。
「慌てなくても……」
 くすくす笑いながら名執はリーチの隣に座った。そうしてチラリとこちらを見る。
「なんだ?」
「……リーチやトシさんには申し訳ないのですが……本当は何があったか知っていました。……だから私は今まで何も言わなかったのです」
 いきなり名執にそう切り出されたリーチはお茶を吹き出した。
「なっ……何を言ってるんだよ。俺には何をお前が言ってるのか分からないぞ」
 口元を拭きながらリーチは言ったが、名執はただ悲しげな笑みを浮かべただけだった。
「……済みません。医者としてどういう怪我だったのかを担当の先生から伺ったのです。私は隠岐さんの主治医ですし……」
 膝で組んだ手を何度も組み替えながら名執は言う。
「……そう言うことか……。意外にお前がすんなり俺の嘘を信じて追求しなかった理由が分かったよ」
 会えない理由をあれやこれやつけて、ずっとリーチは名執と会わなかったのだ。その都度、不審気な顔を名執はしていたが、必ず簡単に引き下がっていたのがリーチには不思議であったのだ。まさか知っていたからだとはこれっぽっちもリーチは考えなかった。
「済みません……」
 名執はもう一度謝った。
「知ったんじゃ仕方ないよな……でも、絶対トシにお前が知ってること言うなよ。そぶりも見せるな。あいつ……お前に知られたことを知ったら何するかわかんねーから」
 それだけははっきりと分かってもらわなければならないことだった。
「それは充分、分かっているつもりです」
 名執は当然のように言った。
「なら、良いんだけど……」
「信用……出来ませんか?」
「いや、信用してるよ。……そっか……知ってたんだ……」
 お茶をもう一口のみ、リーチは背をソファーにもたれさせた。
「トシさん……大丈夫ですか?」
 心配そうに名執はリーチの方にすり寄った。久しぶりの名執の体温に、リーチは心地よさを感じた。この温もりを感じるたびに、リーチはここが自分の帰る場所だといつも思えるのだ。
「あいつ、自分の責任だって言ってさ……。別に言い訳じゃないんだけど、俺が交替すると言っても聞かなかったんだ。仕方無しにトシがああいう目にあったんだ。何より利一がそんな目で見られるなんて思ったこと無かったし……。刑事だって過信が何処かにあったのかなって……。でも、あいつが恥に思うようなことは無かったんだ。最後まではいってない。だから普通に幾浦に話せってトシに言うんだけど……全く聞き入れなくて困ってるんだ」
「では幾浦さんにすら話していないのですか……?」
「あの状態のトシには言えないだろう。黙って、何も無かった事として、いつも通りに振る舞おうとあいつはしたみたいだけど、駄目だったらしい。今トシは誰に触れられても……単に挨拶代わりに肩を叩かれることすら怖いようだ。そんなトシが幾浦と上手くいく訳無い。幾浦も事情を知らないからどうも誤解してるみたいで……昨日幾浦と友達関係になったってトシから聞いたよ。俺が幾浦に話してやろうかって何度も言ったんだけど、断られた。時間が経てば自分の中にある恐怖感も無くなるだろうから、それまで友達関係でいるってさ。それで自分が元に戻れたら、そのときまだ幾浦が側にいてくれたら、元に戻りたいって言ってた。俺は……何もしてやれないのが辛い……」
 やや視線を床に落としてリーチは言った。そんなリーチに名執は腕を廻してもたれかかった。
「……私にもトシさんの気持ちが分かる……」
 ほかの誰が言ったとしても陳腐に聞こえる言葉が名執だと重い。
「だけど私は……どんなことがあっても……例え貴方に嫌われるかもしれないと不安になりながらも……黙っていることが出来なかった。……私は貴方無しでは生きてはいけないことを自分で自覚しているんです。それに私がどんな目にあっても必ずリーチは許してくれる。と、信じている。逆に嘘をつく方が、貴方は私に何があったことよりも怒ることを知っているから、私は今までも話すことが出来たのです……」
 名執は俯き加減にそう言った。
「うん。俺、嘘ついたり隠される方が怒るな」
 笑みを浮かべたリーチは、もたれかかっている名執の頭をゆるやかに撫でた。
「リーチ……例え幾浦さんがその事を知ったとしてもトシさんを一人にすることは無いと思います」
 覗き込むようにリーチの表情を名執は窺った。
「分かってるよ。それはトシにも言ったんだけど聞き入れなかった。どうしても嫌なんだって。性格的なものだからこればかりは無理強いできない……」
 トシは無理に何かをさせようとしても絶対に動かないのだ。それは生まれたときから今までつきあってきたリーチであるからよく理解している。
「トシさんの性格は私も分かりますが、例え時間がどれだけ経ってもトシさんの心の傷は今の状態では癒えません。人に触れられる事に嫌悪を抱くことも、幾浦さんから許されたとトシさんが知ることによってようやく癒えると思うのです。私だって貴方に癒して貰ったから、今、こうしていられる……」
 すり寄るように名執はリーチの胸元に頬を近づける。
「ユキ……」
 リーチはそんな名執の顔を上げさせ軽く口づけた。
「俺は暫く様子を見ることにしているんだ。例え幾浦に俺がこっそり話したとしても、トシが納得しない。こればっかりはトシが自分で何とかしないとならない問題なんだ。もちろん俺は相談に乗るけど、それ以上は何もしてやれないし、したとしてもトシはそれを拒否するだろうから……」
 トシが頑固なのは筋金入りだった。
「確かに……トシさんの性格だと仕方ないかもしれません。私の方が狡いのでしょうか?リーチはどんなことがあっても私をひとりぼっちにしないと分かっているから、貴方が嫌だと思うことも話してしまうのかも……」
 申し訳なさそうに名執が言い、リーチから視線を逸らせた。そんな名執の視線を戻すようにリーチは頬を軽く撫で、こちらを向くように促した。
「お前が狡いのなら、俺、ユキが狡くてもいいよ。確かに俺はお前にぞっこんなんだ。だからお前を手放すことより許す方が容易いから何でも許しちゃうんだろうな」
 やや笑いを含んだ声でリーチは言う。そうすることで名執の気持ちを楽にさせてやることが出来るのを知っていたからだ。
「リーチ……」
 潤む瞳が名執の薄茶の瞳に何とも言えない輝きを持たせる。この瞳が俺を虜にしたのだとリーチは思った。
「それにお前は自分から望んだ訳じゃない。望んだとしたら……俺はきっとお前を許せなかったと思う。お前にとって不本意だったからこそ、俺は許せたんだ。違いが分かってくれるか?」
「ええ……」
 名執はようやく微笑んだ。
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