Angel Sugar

「唯我独尊な男5」 第3章

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「でも犯人が捕まったってことは、何か証拠があったからじゃねえの?」
『匿名の投書があったんですよ。捜査本部は最初信じていなかったんですが、すでに八方ふさがりでしたので、とりあえず調べてみたら……となったんです。そうしたら爆弾を作る技術も持っていることだけでなく、ショッピングセンターを恨む理由が出るわ出るわ……。もっとも他にも様々な捜査を行った上で逮捕にこぎ着けたんですが』
「だったら犯人じゃねえの?」
『証拠がそろいすぎていると……なんだか疑いたくなるんですよね。気持ち悪くありません?』
 利一はう~んと唸っている。
 だが、恭夜には疑いなど別になかった。
「まあ誤認逮捕は後のその人の人生を考えると、ごめんじゃすまねえし、違ってたらさっさと謝罪して、解放したほうがいいぜ。警察はここしばらく不祥事続きだしさ」
 警官の痴漢や、詐欺、暴行など、ここしばらく警察は謝罪してばかりなのだ。だからこそ爆破魔逮捕で少しでも信頼の回復をしたいだろうが、もし犯人ではなかったら、恥の上塗りだ。
『それはそうですけど。それより私がちょっと呆れてるの分かります? いえ、ちょっとどころじゃないですが』
「なんだよ」
『どうもあれほどの倒壊に巻き込まれた人のセリフには思えませんね。もし本当の犯人が野放しになっているとしたら……恭夜さんだからこそそういうの恐くないですか?』
「え……俺? そりゃあ思い出したら恐いけど……またあることじゃねえし……」
 恭夜はそれ以上に恐ろしい体験を経験している。
 ニールに拉致され見知らぬ男たちに輪姦され記憶までおかしくなってしまうほど酷い経験をした。
 ショッピングセンターの事故に巻き込まれ、本当の記憶が一部もどってきてからも、変な男に銃は突きつけられるわ、殴られるわ、拉致されるわ、撃たれるわ。
 利一も知らない、恐ろしい目に恭夜は遭ってきたのだ。
 そんな、恭夜だからこそ襲われるという恐ろしさに比べたら、恭夜を狙って爆破したわけではないあの事件は、まだましなのだ。
 そう……時間が経てばちゃんと癒えてくれる類のものだ。
 しかもあれがあったから、恭夜はジャックの事を思い出すことができた。
 そこに救いがある。
『恭夜さんって絶対危険に対するセンサーが故障していますよね。ジャック先生の心配もよく理解できますよ。それはもう言っても仕方ないことですから……。というわけで、もしかすると逮捕した犯人は爆破魔ではないかもしれないことだけ伝えておきますね。本当に気を付けてくださいよ』
 まるで爆破魔がダイナマイトを手に持って、恭夜を追いかけ回すとでもいいたいようだが、利一なりに心配してくれていることはよく分かる。
「……分かった。サンキュ」
 久しぶりに仲のいい友人の声を聞けたからか、恭夜は逆に気分がよかった。
『あれ、今日は素直ですね』
「……素直じゃ悪いか」
『そうじゃないですけど……あ、分かりました。ジャック先生の拘束がきつくて、恭夜さん心身共に疲れ切ってるんでしょう?』
 利一は笑っている。
「知ってるのかよ」
『知ってるもなにも。科警研でのジャック先生に関することはすぐに警視庁まで伝わってきますよ。今、ジャック先生の送り迎えで恭夜さんが科警研に通ってるって』
「誰がそんなことを流してるんだよっ!」
 恭夜が怒鳴ると、利一は何を今更というふうに言った。
『こちらにもファンクラブみたいなものがあって、婦警さん達が科警研の研究員と情報交換してるみたいですよ。いや~ジャック先生の人気は男の恋人がいても絶大なんですよね』
 いやだから、婦警が情報を交換していることは分かったが、だからといってどうして利一がそのことを知っているのだ。
 可愛らしい顔をしているくせに、本当に侮れない男だ。
「それさあ、どうにかできねえのか? 俺のプライバシーはどうなるんだよ……」
 どうして赤の他人に、自分の日常を監視されなくてはならないのか。考えるだけで気味が悪い。
『いいじゃないですか。日本人はほら、金髪碧眼の男前には弱いですし……。なんか妄想しやすいんですって』
 なんの妄想だ。
 そう尋ねてみたかったが、何かやばいことを聞かされそうな気がして、やめた。
 知らぬが仏と言うこともある。
「……その話はもういいよ。あ、そうだ。お前暇な時間ねえの? よかったら飲みにいかねえ? 帰国してからずっと家と科警研の行き帰りだけで、うんざりしてるんだよ。隠岐に土産買ってあるから、それも渡したいしさ」
『ジャック先生が夜出ることを許してくれるんですか?』
「そりゃあ……約束をしたんだから勝手に反故にはできねえって、言うよ。それにジャックは隠岐のことすっげ~信頼してるみたいだし、隠岐なら大丈夫だって」
 知り合いはいても友達などいないと豪語するジャックだが、利一のことは意外に高く評価しているようだ。今までも利一と飲みに行ってもジャックは何も言わなかった。
 だいたい、いい年をしているのに、夜出かける許可がどうして必要なのか。考えれば考えるほど異常だろう。
『私の方は突然事件が入らなければ、お会いすることはできますけどね……。でも今のジャック先生は尋常じゃないって聞いてますけど』
 意味深な利一に恭夜は尋ねた。
「……どう、尋常じゃないんだよ?」
『講習自体はいつもどおりだそうなんですが、オフィスを訪ねた人間は、切れ味のよすぎるジャック先生の言葉に、数日は立ち直れないほど打ちのめされているらしいんですよ。まあ……単に機嫌が悪いんだろうと言われてますけど、違うんでしょう? こちらの新聞には載りませんでしたが、恭夜さん、アメリカでまた何かあったんじゃないですか?』
 何もかも見透かしたような利一の口調に、恭夜は内心驚きつつも、笑って誤魔化した。
「え……別に何もねえよ。ジャックって昔からときどきああなるんだよな。愛されすぎるのもつらいよな~」
『……何でもいいですけど、声、上擦ってますよ。まあでも、お土産は欲しいですし……じゃあ、とりあえず月曜か木曜がいいですね。水曜、週末は事件が多いですから』
 利一の言葉に恭夜は携帯を持ったまま頷いた。
「分かった。じゃあ、木曜な。俺の部署、今そんなに忙しくねえから、大丈夫だ」
『心配するのは突然入るかもしれない仕事のことじゃなくて、ジャック先生の事だと私は思いますけどね……。じゃあ、木曜に』
 利一は余計なことを言いながらも嫌がっている様子もなく、通話を終えた。
「一言余計なんだよ……あいつ」
 と、誰もいないのに恭夜はそう呟いた。
 久しぶりに利一に会える嬉しさに、恭夜は自然と笑顔になっていた。
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