「唯我独尊な男5」 第8章
クーパーは、もう二度と声を聞くことも、会うこともないだろうと考えていた相手だ。
なのにあまりにも唐突にかかってきた電話に、恭夜はすぐに現実を取り戻せなかった。
もしかするとまだ恭夜は眠っていて、夢を見ているのかも知れない。
こういう経験はよくあるのだ。
『どうした? もしかして、側に奴がいるのか?』
黙り込んだ恭夜にクーパーは言葉を重ねた。
やはり夢ではない。
ここはベッドの中ではなく科警研で、視界には智宏の姿も見えている。
では、恭夜はクーパーの声を確かに聞いているのだ。
「……え……いないけど……ちょ……ちょっと待てよ。どういうことだよ」
『驚いているのか?』
「当たり前だろ。もう二度と、電話をかけてこないと思ってたからな」
『ああ、そのつもりだったが、気が変わった』
クーパーは何もなかったような、恭夜のよく知るいつもの口調だ。
もちろん恭夜はクーパーのことを許したし、いつか遠い未来、また会うこともあるかもしれないと、漠然とした予感はあった。
けれどそれは今ではないし、連絡を取る時期としては早すぎるはず。
「……気が変わったって……そういうもんじゃねだろっ!」
『そう怒るな。俺から連絡があったことをジャックに話してもいいから、電話を切らずに少し話を聞いててくれ』
もちろんクーパーから連絡があったことを黙っていたとしても、ジャックのことだから絶対に気づくだろう。
恭夜は嘘をつくのがただでさえ下手だし、ジャックは嘘を見抜くプロだからだ。
ただそれを逆に話してもいいと言われると、恭夜自身に何か大きな問題でもあるのか不安になる。
「……なにか問題でもあったのか?」
『俺はこれでもいつでもキョウのことを考えてる。そのお前が危険だと感じたら、たとえ奴に知られて怒りを買おうと、連絡を取るさ』
「俺が……危険なのか?」
『キョウが危険な立場にいることは、最初から分かっていたことだろう? 大丈夫か?』
「え……あ……分かってるよ。でも改めて言われると違和感があるっていうか……分かるだろ。俺は逆にそういうの考えないようにしてるからさ」
恭夜が記憶の中に何か重大なことを封印している。それが一部の人間にとって不都合らしいのだ。いや、必要なものかもしれないが。
だからといって恭夜は怯えて毎日を暮らしたくない。自分の置かれた状況をできるだけ忘れることで、平穏を取り戻したのだ。そんな恭夜に利一はいつも危機感がないと呆れているが。
『最近、中東出身らしい外国人がうろついているのを見たことはないか?』
「……」
『どうなんだ?』
「見たことはあったけど……何で?」
『見ただけじゃないだろう?』
「……知ってるなら、知らないふりをして質問するなよ」
『素直に教えてくれるかどうか確かめただけさ。あいかわらず、俺に対して信用がないようだ』
クーパーはそう言って電話向こうで笑う。彼が今、何処にいるのか知らないが、恭夜の状況を把握しているようだ。もっともCIAの人間だから、どんな情報でも手に入れられるだろう。
「ひっかけるような奴には正直になる必要ないだろ」
『まあいいさ。ジャックはピリピリしてるはずだな』
「ああ。毎日、科警研に送迎してくれるよ。うんざりするほどべったりだぜ」
『なら、安心だ』
「なあ……他に言うことないのか? 連絡してきた理由をきちんと話してくれよ」
『いろいろときな臭い奴らが動いているのが確認されているんだが、これといった動きを見せたのは、キョウが拉致されようとした事件だ』
白人なら分かるが、どうして中東の人間にまで狙われているのか、もう恭夜も訳が分からない。
「……みんな何を知りたがってるんだよ。あいつは教えてくれないし……あんたはどうなんだ? 教えてくれる気はあるのか?」
『鍵はお前の記憶だというのは聞かされているが、どういう記憶が必要なのか、俺も知らされていない。トップシークレットなんだろう』
クーパーの言葉を信じるのなら、一体誰が恭夜の疑問に答えてくれるのだろう。
「……ジャックは知ってると思うか?」
『それはなんとも言えないな。だいたい、誰の指示で上が動いているのか、黒幕自体が分からないんだ。まあ、下っ端の俺が知りうる事実など、秘密でもなんでもないんだろうが』
「俺はまた襲われるのかよ……」
『人目を気にせず実力行使にでたということは、向こうも焦っているんだろう』
日本で外国人はやはり目立つ。
なのにわざわざ日本にまでやってくる外国人がいるのだから、よほど焦っているのだろう。
「殺そうって思ってたりするのかな?」
『記憶を持ったまま死なれては困るから、今も生かされていると考えた方がいいな。面倒なら殺せばすむことだが、キョウは生きている。違うか?』
「……怖いこと言うな」
『あそこで生き残ったのはキョウだけだ。本当に何があったのかを知っているのもキョウだけ。キョウの記憶に夜も眠ることができず、かといって殺すこともできない人間がこの世にはいて、俺たちのような人間を動かすことができる、相当な権力をもっている奴がいる。俺なら首を吊っているところだ』
冗談っぽく言われたら少しは聞き流せたのだろうが、淡々と話されると、相手がクーパーなだけに、笑えない。
せっかく気にしないようにしているのに、これではまた胃が痛くなる。
「朝からお先真っ暗になるようなこと言わないでくれよ」
『置かれた立場を再認識させただけだ』
「で、電話の理由は何だったんだ?」
『ジャックに伝えて欲しいことがあるんだ』
「俺じゃなくてジャックかよっ!」
だったら、直接ジャックに連絡を取ればいいのに、どうして後から問題が起きそうな恭夜に連絡をしてくるのだ。
『そう、怒鳴るな。あいつは俺からの連絡を一切遮断していて、取り次ぐことすらしてもらえないのは、分かっているだろう?』
「……仕方ないな……で、伝言はなんだよ」
『今日から二週間、特に身辺に気をつけろと伝えてくれ。それで分かる』
「……俺には分からないけど……って、おい、待てよっ!」
かかってきたときと同じように唐突に切られた通話に、恭夜は慌ててリダイヤルしたが、繋がらなかった。
「何で二週間なんだよ……理由くらい言え」
恭夜はため息をつきつつ、いつ、ジャックに打ち明けようか、今から気が重かった。