Angel Sugar

「嘘かもしんない」 第4章

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 ふと気が付いてみると、大地の顔が赤かった。
「大ちゃん……大丈夫かい?」
 博貴は心配そうにそう言った。見ると大地は四本目を空けようとしていた。
「大丈夫……大丈夫」
 えへへと笑顔でそう言って大地は手をゆらゆらと振るがその手つきも妙に頼りなかった。
「んー……もう、よしたほうがいいね」
 大地がどの位酒量がいけるのか、博貴には分からなかったが、この辺りで止めさせた方が良いだろうと思った。商売柄、相手の上限が見極められるのだ。
「なんでっ?お……れ……まだ飲む」
 取り上げた缶を取り返そうと大地は手を伸ばしてきたが、よろよろと博貴に倒れ込んだ。
「ほら、弱いんだから無理して飲むと、病院行きになるよ。まあ、明日の頭痛は見えてるけどね……」
「ん……んなことねえ……」
 そう言って大地は博貴を見上げた。潤んだ目が何とも言えないほど可愛いと博貴は思った。確かに謝ろうと思って大地を本屋まで追いかけたが、横にいた女性に気が付かなかったわけではない。知っていながら、二人の前に姿を見せたのだ。大地が女性にそれも博貴から見てそれほど大したことのない相手に、顔を赤らめている姿にムッとしたのかもしれなかった。あの程度の女性と大地がつき合うなどと考えたくなかったのだ。
 何故そう自分が思うのか、自分の中の漠然としたものの正体は分からなかったが、きっと保護者のように考えているのだろう。ちょっとしたことで傷つき、騙されやすい大地を守ってやりたいと思う。大地がつき合う相手もこちらが納得できるような相手でないと、なんだか許せないのだ。
「あー……何か大良っていい匂いするなあ……」
 大地が博貴の胸に顔をこすりつけてそう言った。こういう仕草をされるとくすぐったい。
「オーデコロンだよ……ほら、しっかり座って……」
「なんか……すげー気持ちいいや……」
 ぼーっとした表情で大地がそう言った。
「大ちゃんって、酔うと面白いねえ」
「酔ってなんか……ねえぞ……」
 そう言ってよろよろと立ち上がった。足もふらふらだ。
「あーあーもう良いから、後片づけておくから、寝た方がいいよ」
「俺……お前のとこ……探索する!」
 そう言って大地はよたよたと扉まで歩き出した。
「はあ?」
 何を突然言い出すのだろうと博貴は驚いた。
「だってな、お前って俺んち、どかどか入ってくんのに……俺、おまえんちどうなってるかしらねーもん……」 
「そんなことは、酔っていない時にしなさい」
 呆れた博貴はそう言って引き留めた。が、「酔ってない!」と大地は言い張り、こちらが掴んだ手を大地は振り払ってよろよろと博貴の部屋へと入っていった。全く困った子だなあ……と思いながらも、嫌だという気はしなかった。酔った大地がどんな行動をするのか見ていると結構楽しいのだった。
「ん……やっぱ二つ借りてぶち抜いてると……結構広いんだア……」
 へえという風に大地は言った。
「忘れてるね正確には三つだよ……」
 一階は窓のない寝室だけの部屋である。
「お前って……やること変だなあ……ん、な、面倒なことせずにさあ、広いマンション借りたらいいじゃん……」
 床にぺったり座り込んだ大地が不思議そうにそう言った。確かにそうなのだが、ここが気に入っているから仕方ない。それに、生活していて狭くなれば上手く隣の部屋が空いたり、一階が空いたりした。それらを追加で借りたりしているとこんな状況になったのだ。それに大家も壁をぶち抜こうが、一階と二階を繋げようが文句を言わない人であったから結構リフォームを好きに出来たという自由性も気に入っていた。但し、ここを出るときは、元通り復旧させてから出ていくという契約だったが……。
「そうすると大ちゃんに会えなかったからねえ……ここに居座っていて良かったよ」
「うん……そうだなあ……俺も大良が隣で良かった……だって俺……大良の事すげー好きだぞ」
 酔った目ではあるが、真っ直ぐこちらを見る大地の目は、博貴の胸をドキリとさせた。おいおい、と、思いながらも嫌な気はしない。純な瞳はこちらまで忘れた何かを思い出させてくれるのだ。
「そう言って貰えると嬉しいよ」
「あーー……何か一杯貰いものあるぞ……お前やっぱり悪い奴だなあ……貢ぎ物ばっかじゃねーの?」
 ディスプレイ用の棚に置かれた時計やネックレスをみて、大地は言った。その横にも空けていないプレゼントの箱があった。それらも見て大地は顔をしかめた。
「まあねえ、くれると言うんだから貰わないと向こうも気を悪くするでしょう。仕方ないんだよ」
 苦笑しながらそう言った。悪いが無理矢理頼んで貰ったものなど今までに一つたりともなかった。
「悪魔だ……」
「言い過ぎだよ。大ちゃん。傷ついちゃうよ」
「はっはー……お前が傷ついたりする訳ないだろ」
 相変わらずへらへらしながら、大地は這いながら隣の部屋へ移動していく。それを博貴は笑いを堪えながら付いていった。大地自身自分が何をしているのか分かっているのだろうか?多分認識していないのだろう。
 大地は普段見ていると、詮索好きなタイプではない。聞いてみたいという事はあっても、聞けないのだろう。なにより、こっちが話したくないことを聞いてきたとしても簡単に煙に巻けるのだ。大地は巻かれたと言うことにも気が付いていないのだろう。だからこうやってうろうろと見て回っているのは、普段から見て回りたいと思っていたのだ。酔った勢いで本音が出ているのかもしれない。
「シングルのベッド……良いなあベッド置けて……ああ、でもさあ、こんなの狭いんじゃないのか?」
 ベッドの脇でそう言った大地は暗に女性と一緒だと狭いと言いたいのだろう。本人は悪いと思っているのか、その事が気になるのか分からないが、大地はベッドの上には登ろうとしなかった。
「あのねえ、たまにあるかもしれないけど、最後までここでやるためにベッドがあるんじゃないの。手で終わることだってあるんだから……。そういうのは大抵外だよ。後始末も面倒くさいしね」
 そういうと、大地は顔を更に真っ赤にしておどおどと、ベッドから離れた。あまりにもその姿が可笑しくて、博貴は笑いを堪えるのが大変であった。
「服も一杯あるなあ……へええ……あれえ、階段……あ、そっか、下にも部屋があるんだった……あっ」
 と、言った瞬間大地は階段の下、あと何段というところで、ごろっと下に落ちた。あっというまであったので、博貴はそれを捕まえることが出来なかった。一瞬嫌な過去が思い出され、心底ぞっとした博貴は慌てた。
「大ちゃん!」
 下で丸くなっている大地を抱え起こすと、半眼の瞳がのぞいた。何処か怪我をしていないかを見ようとするが、酔っていて身体が赤くなっているために打ち身なのかアルコールの所為か分からなかった。
「あーー……何か目が回る……」
「大丈夫か?何処か痛いところないのか?」
 こっちは真っ青になっているというのに、当の本人は相変わらずへらへらとしている。
「な、なんだよ……身体触るなよ……くすぐったいっ!」
「痛いところないかと聞いてるんだよ。ないんだね?」
「別に……」
 腕の中で、ぐにゃあと身体を伸ばして大地は言った。泥酔状態ならこういう状況は危険だろうが、意識はあるのだから、本当に痛いのなら痛いと言うだろう。まあ、空手をやっていたという位だから、身体は頑健に出来ているはずだ。何より、三段くらい踏み外してもたいした怪我などしないだろう。ただ、こっちは嫌な思い出があるものだから、普通より敏感になってしまうのだ。 
「酔っぱらいめ」 
 はあーっと溜息をついて博貴は言った。大地はこちらがどれだけ心配したのか分かっていないようで、腕の中でじっとせず、もぞもぞと動いていた。
「わあ……魚が泳いでる……ん、なんだあ、ここにもベッドがある……」
 ホログラフィーの水槽を見て大地は言った。部屋はセミダブルのベッドと、ワインセラーがあり、バスルームがあった。本を置く棚もあり、沢山の本が神経質なくらい綺麗に並べられている。その壁沿いに水槽が部屋の端から端まであった。周囲は壁の下につけられた電灯が淡く光っており、ベッドの近くにも丸い電灯がいくつか置かれていた。
「ここはプライベートルームだよ」
「ここに女連れ込むんだなあ……確かにこんなところで大良に口説かれたらいちころだろうなあ……」
 腕の中で頭だけを部屋に向けて大地は言った。 
「あのねえ、こんな所に案内する訳ないだろ。ここは私だけの部屋だよ。今まで大ちゃんしか入ったことがない。上のベッドがシングルなのは女性がその気になっても狭いからと言って断れるからね。でも本当はこっちで広々と寝るのが好きなんだよ」
 そういうと大地は博貴の腕から離れてベッドに倒れ込んだ。
「ふかふかだあ……羽布団だあ……気持ちいいなあ……良いなあこんな所で眠れて……」
「大ちゃんの布団は身体が痛くなりそうだからねえ……」
 ベッドに腰をかけて博貴は言った。見ているとどんどん大地は布団に潜っていく。
「ん……こっちの方がいいや……」
「お気に入りましたか……」
 くすっと笑って博貴は言った。
「ん……気に入った……」
 そう言ってうとうとしだす大地に思わず博貴は見とれた。何て可愛いんだろうと目が細くなる。
「そう……だ、あのさあ、俺……その……」
 布団から顔を出して大地がなんだか言いにくそうに言葉を発した。
「いいよ、そこで寝たいんなら眠っても……」
「あーー違うよう……俺、ふかふかで思い出したんだけど……」
「何を?」
「笑うなよ……」
 大地の目は座っていた。
「約束するよ」
「俺さあ……こういうとこで……その……彼女とさ……へへへ」
 照れくさそうに大地はそう言った。全く、人のベッドに寝転がって何を思い出しているのか。
「はいはい、ホテルに行ったんだね」
「で、さあ……言われたんだよ……」
 次に悲しそうな顔をする。振られたのだろうか?
「何を?」
「お前にだから白状するぞ……」
「はいはい。誰にも言わないよ」
「俺さあ……キスが下手だってさ……まあ、何もやらずに帰った訳じゃないけど……すっげー気になってさ…その後振られちゃったし……」
 酔っているが、真面目な顔で大地が言うと、博貴は思わず吹き出しそうになった。だが、吹き出すと大地が怒って又へそを曲げてしまうだろうと思ったので、必死にその笑いを堪えた。
「……そう」
 博貴は喉元まで笑い出しそうなのを堪えて、何とかそれだけを口にした。
「……分かんないよなあ……上手いとか下手とかさあ……」
「教えてあげようか?」
 そういうと大地はきょとんとした顔をして、博貴を見た。酔っていなければ蹴りの一つでも入っていただろう。
「ホントに?どうやって?」
 大地は完全に酔っている。何となく儲けたような気分に博貴はなった。
「私にキスしてみてくれるかい?」
 布団に潜っている大地にそっと近づいて博貴は言った。
「お前に?俺が?」
「だってねえ、下手とか君がどういう風にしてるか知らないと分からないし、アドバイスしてあげられないだろ」
 上手い言い方だと博貴は思った。こういうのをまともに取るのが大地の単純なところであった。
「そうだなあ……ん、それもそうだ」
 何故か納得している所が又可笑しい。ここで笑い転げたいのだがそれは出来なかった。
「で、どうする?」
「お前下」
 仰向けになれと言っているのだろう。博貴は笑いを堪えながら言われるままに仰向けになった。すると大地の顔が近づいて唇が触れた。それだけであった。
「なあ、下手?」
 一瞬の事でこちらの方がきょとんとしてしまう。博貴はなんと言えば良いのか分からなかった。
「下手と言うより……小さい子供の挨拶じゃないんだから……」
 これでは相手も満足しないだろう。
「どうせ子供だよ……下手なんだろ……言えばいいじゃん……」
 プイッと向こうを向いて大地は布団に潜った。
「大ちゃん。大人のキスっていうのはね……」
 そっと近づいて頬に手を掛けこちらを向かせる。
「うん……」
 大地は嬉しそうな顔をしている。可愛すぎる……博貴の方がドキドキしてしまった。
「少し、口を開けて……ほら、歯は食いしばらないの、半開き!」
 ぐいっと人差し指で大地の閉じた口を開かせた。大地の方は何で?という顔をしている。
「そのまま、そのまま……」
 そう言いながら博貴は大地の唇に触れ、そのまま下に組み伏せると舌使って歯を撫であげ、逃げをうっている大地の舌を捉えて転がした。大地の舌は怯えたようにこちらに絡めてくる。暫く中を味わって博貴が唇を離すと、大地の目がうっとりとしていた。
「すげ……気持ちいいや……」
 まだ自分がどんなに恥ずかしい事をしているのか大地は気がついていなかった。そんな大地が愛しく博貴には思われた。このまま抱きしめたいという気持ちが沸々と心に沸き上がってくる。だが、それは出来なかった。今大地は酔っていてそこに本当の気持ちはないのだ。単純にキスをして、気持ちいいとしか感じない本能だけしかない。
「キスというのがどういうのか分かった?」
「あー……うん。これを知ったら俺のキスなんて子供だなあ……」
 何故か嬉しそうだ。
「さあ、君は明日も早いんだろう?ここで寝てもいいから寝なさい」
 そうでも言わないと、こっちの身が保たないのだ。
「そうだなあ……シャワーは明日でもいいか……」
 もそもそと布団に潜って大地はそう言った。
「電気……消しちゃうよ」
「あ、真っ暗やだからな……」
 布団からぴょこっと顔を出して大地は言った。十八にもなって恐いのだろうか?それもまた大地らしいとも博貴は思った。
「じゃ、こっちの小さいのを点けておいてあげるよ」
 そう言って博貴はベッド際にある電灯を一つだけ残して他を消した。
 こちらがうとうとし出すとまた、大地が言った。
「大良……寝た?」
「ん?眠れないのかい?」
 子守歌でも歌って欲しいのだろうか?そう考えて笑いを押し殺しながら博貴は言った。
「あのさあ、お前ってあれも上手いんだろうな……」
「はあ?」
 思わず博貴は身体を起こした。
「だってさあ、女が寄って来るんだよ。それってあれもいいって事なんだろう?」
「さ、さあねえ……そういうことは、私が分かる訳ないだろう。それに相手に聞くわけにもいかないしねえ」
 苦笑しながら博貴は言った。
「そうだけどさ」
「そんなことはいいから寝なさい」
「あのさ、そういうテクニックは教えてくんないの?」
 ものすごいことをさらっと大地が言った。博貴は目が点になる。
「あのねえ、そういうのは経験!口で教えられることじゃないの」
 いい加減にしなさいという感じの口調で博貴が言うと、大地は暫く静かになった。こっちの身も考えて欲しいと博貴は思った。
「なあー大良あ……」
「寝なさい」
 酔った相手に真剣に考えることほど馬鹿らしいものは無かった。
「教えろよ」
 もう一度身体を起こして博貴は言った。
「あのねえ、大ちゃん。教えてあげられることと、教えられないことがあるでしょうが!君は今酔ってるんだよ。全く、何を考え……」
「俺女役」
 そう言って両手を上にあげて大地はにっこりと笑った。博貴は開いた口が塞がらなかった。この男は自分が一体何をこちらに求めているのか分かっていないのだ。
「勝手にやってなさい。呆れて私は何も言えないよ」
 大地に背を向けて博貴は横になった。
「あーー俺の飯を腹一杯いつも食ってんじゃん!その恩返ししろよ」
 で、俺を食えとでも言っているのだろうかこの酔っぱらいが!と、博貴は思い無視をすることにした。
「ぐーぐー」
「てめえ……狸寝入りすんじゃねーよー」
 後ろからわしっと抱きついた大地はゆさゆさと博貴の身体を揺さぶった。
「大ちゃん、いい加減にしなさい」
 また身体を起こし、半分怒った口調でそういうと大地は今度泣きそうな顔をした。次は泣き落としかとげんなりしながら博貴は続けて言った。
「私は酔っぱらいは相手にしないの。大人しく寝なさい」
「酔っぱらってなんかない……」
 ぽろぽろと涙を零しながら大地が言った。一体こういう状況をどうすればいいのか博貴もお手上げであった。
「なあ、駄目か?」
 駄目なことはない。ただ明日正気になったときの大地の怒りが怖いのだ。腕一本で済めば軽く済んだことになるのだろう。
「いや、そういう訳じゃないんだけどねえ……。大ちゃん明日になったら、私を半殺しにするような気がしてね」
 本心だった。
「なんで?俺そんなことしねーよ」
 酔っぱらいの大地は信用できない。
「する。絶対にする。私はまだ命が惜しい」
「じゃ、こうしよ。誓約書書くからさ、なんか書くもん貸して」
「え?」
「だから書くもん貸せって」
 博貴がメモを渡すと、大地はゆるゆると書き出した。
「えーーっと。俺、澤村大地は大良に何をされても怒ったりしません。けったり殴ったりもしないことを誓います。はい、これでいい?」
 本当に酔っぱらっているのだろうか?
「大ちゃん……冗談はそれまで、寝なさい」
「大良!俺の真剣をお前はぺってそのへんに捨てるのか?」
 何がどう真剣なのだ?博貴の方が混乱していた。だが暫くにらみ合って、やらなきゃ互いに寝ることも出来ないと気がつくと、博貴は溜息を一つついて「分かった」と言った。
「最初からそう言えばいいんだよ」
 その大地の強気がいつまで続くか分からないが、やれと言ったのは向こうだ。責任は取らないぞと博貴は考えた。
「途中で、やだと言っても止まらないぞ。いいんだね」
「覚悟してるもんね」
「覚悟……覚悟ねえ……」
「お前のやり方覚えてプロになるんだ」
 嬉しそうにそういう大地は全くお子さまであった。
「まあ……出来るだけ優しくしてあげるよ……」
 身体をずらして大地の上になると博貴はそう言った。
「いつも通りでいいんだぜ」
 男と女の身体の違いをこの男は分かっていない!と、言いそうになったが、身をもって知った方が身の為なのかもしれないと覚悟を決めた。それにしても心のどこかで、やっぱり得した気分になった。
 大地に口づけると先ほどの怯えなど感じないものがあった。自然に腕を巻き付けてくる。なんだかなあと、ふと博貴は思ったがやると言ったからにはご希望に添いましょうという意地もあった。
「あ……」
 耳朶を軽く咬むと素直な喘ぎを大地は漏らした。シャツをまくり上げて下から手を這わすと小さく身体が震えた。そのまま胸の突起を指先で転がす。
「大地……」
 耳元でそっと囁くと、大地が言った。
「大ちゃんじゃないのか?」
 一気に熱が冷めるような事を言いだしたのを聞いた博貴から苦笑が漏れた。
「囁くように……名前を呼ぶんだ……君も言ってごらん……大良じゃなくて博貴だ……」
「博貴……」
「そう……博貴だよ……身体をそんなにかたくしないで力を抜いてごらん……」
 博貴が言うと、強張っていた身体が少しリラックスする。全く素直な身体であった。
「あ……そこ……駄目だよ……」
 もう片方の手が大地の太股の辺りを撫でるとそう言った。まだまだこんなものではないのにと笑みが漏れたが、ここまで来てこちらも止めることなど出来なかった。
「教えてと言ったのは君だよ……」
 有無を言わせず、ズボンをはぎ取り、シャツも脱がせて博貴は言った。
「そ、そうだけど……」
 こちらもシャツを脱ぎ、肌が直接触れ合ったことに大地が尻込みしているのだった。そんな大地を宥めながら、薄い布の上から大地のまだ力の入らないモノを撫で上げる。
「ん……あ……大良……」
「大良じゃないよ……博貴だろ……」
 言いながら首筋に舌を這わし、そのまま愛撫しながら胸の突起を口に含むと、大地の押し殺したような声が聞こえた。
「優しく……手で……舌で身体を愛撫してあげるんだよ……壊れ物を扱うように……」
 唇をどんどん下に這わし、少し立ち上がった大地のモノを口に含むと、ビクッと両足が動いた。その太股を博貴は両手で押さえるように抱え、大地の下半身に頭を埋めた。
「あっ……ま、待て……そこ……ん……」
 早くなった呼吸と一緒に大地はそう言った。
「最初に軽く達かせてやると、感じやすくなって二度目がイイんだよ」
 口を離してそういうと博貴はもう一度口に含み下から上へ舐めあげた。時にはきつく、次に緩く舐めあげた。手は周りを愛撫し、何度も緩く下の方を擦りあげた。
 脂肪のない締まった身体であったが、堅くぎすぎすはしていなかった。肌はきめが細やかで、しっとりとしている。意外に白い肌が艶めかしく見えた。その上アルコールでほんのり色づいた大地の身体は妖艶でもあった。
「あ……駄目だ……くっ……」
 大地は博貴の中へ止めることも出来ずに放出した。今度、博貴は小刻みに震えながら喘いでいる大地の後ろから背に唇を這わせた。足を絡ませ、右手を大地の前に回し、そのまま、蕾の位置で指を蠢かせた。左手で顎を掴んでやや上向かせた状態で首筋などを愛撫する。すると大地は前へつんのめるように丸くなろうとするので、その度に顎を上に上げさせた。
「丸まっちゃ駄目だよ……大地……」
「……だって……」
 両手で顔を隠しながら大地は言った。そんな大地の両手を解かせてこちらに導いてやる。
「だってじゃないの」
 くすっと笑って博貴は首筋に歯を立てた。
「博……貴……」
 途切れ途切れに大地は博貴を呼んだ。完全に大地はこちらの手の内に入っている。博貴も満足していた。この身体は素直で、感じやすい。最初こちらも戸惑ったが、なかなかどうして、大地は極上の女性にもひけを取らない肌の触りと、感度を持っていた。腕の中で押さえることもない嬌声を聞いて、こちらまで煽られるのだ。その上、長いまつげに大きな瞳の大地が潤んだ瞳を向けると、征服したいという男の本能が沸いてくるのだ。
「大地……どう、気持ち良いかい?」
「なんか……変だ……俺……確かに気持ち良い……でもなんか……変だ……」
 ぶるっと身体をふるわせて大地は言った。確かに変だろうなあと、ぼんやりと博貴は思った。男同士で抱き合っているのだから変だろう。だが、博貴の中にはどんどん大地が愛しく思えてきた。可愛くて仕方ないのだ。素直で純粋な性格の大地。物事を真っ直ぐとしか見ない性格。そんなところで悩んで変わることが出来ない。そんな大地が愛しいのだ。彼を守ってやりたい。抱きしめて愛してやりたい。
 博貴にとって、こんな感情は初めてであった。考えてはいけない想いが博貴の心をよぎった。こんな感情は危険だとどこからか警告する様な声も聞こえてくるが、大地の嬌声にそれはかき消された。
「大地……」
 右指が蕾の周りが柔らかく溶けてきている感触を伝えた。そろそろ一本目の指を入れても良いだろうと博貴はそっと、今まで誰にも触れられたことのないであろう蕾に指を入れた。中は熱く入り口は思ったより堅い。だがじっくりと博貴はそこを押し広げた。
「あっ……あ……や……やだ……」
 蕾の入り口でくちゅくちゅと指をこね回すと大地はそう言って身体をまた丸めようとするので、博貴は大地を俯かせて膝を立てさせた。
「今更やだは聞かないよ。最初に約束しただろう?」
 ここまでこちらも煽られて途中で止めることなど出来ないのだ。そんな残酷な仕打ちを自分の肉体に課すことなどできやしない。それに求めたのは大地の方なのだ。こちらは最後まで拒んだんだぞと博貴は自分に言い聞かせた。
「だ……だって……大良……俺……」
「だっては却下。感じているんだ。何も考えずに……。素直に快感を身体で感じてくれていて良いんだよ。私が君を達かせてあげる……」
 そう、大地が感じたことのない世界を教えてあげているのだ。
「あっ……ああ……あ……」
 大地は両手をシーツに這わして、必死に掴んだ指に酷く力が入っているのが博貴に見えた。が、そんなものなどに慈悲などかけられなかった。指がするりと入りだした頃、博貴はその襞に舌を入れた。ぬるりとした周りは既に滑りが良くなっている。
 ああ、ここに早く入りたい……博貴はその思いを必死に耐えて、出来るだけ柔らかくなるまで舐め回し、指で愛撫した。大地からはすすり泣きのような快感の声が発せられていた。
「あ……うあ……あ……苦しい……博貴……」
「苦しい?ふ……嘘だろう?……君は感じているんだよ大地……私も感じさせてくれ……独り占めはいけないね……」
 口の端を少し歪めて意地悪く博貴はそう言った。
「駄目……博貴……」
 達かせて貰えない辛さが、大地の口をついて何度も出てきた。確かにこちらの下半身も限界であった。パンパンになった自分のモノが欲望を満たせる入り口を必死に求めている。
「私も限界だよ……大地……。力を抜いて……そう……息をゆっくりするんだよ」
 そう言って博貴は大地の中へゆっくりと自分のモノを沈めた。
「あ……ひっ……ま、待って……博貴……」
 下からの重圧感に大地は背をしならせた。大地が、拒もうとする力が下半身に掛かって中は酷く狭く、博貴のモノを締め付けた。きついと思いながらもその締め付けが快感として伝わってくる。博貴も感じたことのない快感が背を走った。
「大地……力を少しで良いから抜いてくれないか?確かにイイが動けないよ」
 大地はやや顔をこちらに向けて快感の混じった不思議そうな顔をした。一体何が進行しているのか全く理解していない顔であった。それでも口元は半開きで浅く息が吐き出されていた。快感を全身で受け止めている大地がそこにいた。
「あ……っ……何処に……なにして……」
 なんだか妙な問いかけだと博貴は思ったが、答えてやる余裕はない。大地が出来ないのならこちらは無理にでも動くしかないと考え、ゆっくりと揺さぶりをかけた。
「ひっ……あっ……あっあっあっあ……あ……」
 先ほどよりも強くシーツを掴んだ大地の指が白くなっていく。
「大地……すごい……君の中は……なんて気持ちイイんだ……信じられないよ」
 食い尽くしてしまいたいという欲望が博貴に生まれた。ゆっくり動かしていた腰が、もうそんなことは出来ないという風に激しく揺さぶられていた。熱く、粘りがあり、きつかった。しかし、女性では味わえない快感がそこにあった。
 なんて熱さだ……博貴は快感を全身に感じながら思わず口にしそうになった。これほどのものを感じるとは予想外だったのだ。手のひらで遊ばせてやるつもりが、こちらの余裕もほとんど無くなっていた。教えてあげるといった自分が教えられているような気がしてくる。プライドが許さないとふと思ったが、ここまで来てプライドも何も吹っ飛んでいることが分かった。何より今はただ一緒に高みに駆け上がることだけを望んでいるのだ。
「あっ……ああ……駄目だ……俺……も……駄目……」
 一人で果てようとしている大地のモノを根元で押さえつけて、大地の快感も煽ると、今度は半泣きの声で哀願した。だが、快感に震えるその身体は初めて知る悦びに酔っていることを博貴は知っていた。 
「一人で……達くのは反則だよ……こういうの……一緒でないと……ね……」
 口元に力が入りながら博貴は言った。
「博貴……ひ……ろき……っ……駄目だ……ああ……」
 ギシギシというベッドの音と二人の接合点から漏れる音が周囲に響いた。博貴の額から落ちた汗が大地の背に落ちる。
「ひろ……きっ……頼むよ……俺……あああ……お願いだ……も……」
 大地の押さえた部分が上部から滴った液で既にぬるぬるとしていた。こちらもそろそろ限界であった。
「ああ、そうだね……一緒に……」
 博貴は最後の言葉を言えずに二人は同時に果てた。
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