50万ヒット記念企画 テーマ「一人でできるもん」 第9夜
ユウマ&ウサ吉+アル
■ 一人で十分だもん
ある日突然やって来たのは、俺よりちっさくて、ふかふかのウサギだった。戸浪ちゃんは暫く仲良くするんだよと言ったのだが、正直言って俺は最初このウサギが気にくわなかった。
無視だ……
気になりながらも俺はそう考えることにした。何が問題だったかというと、祐馬が買ってきた猫じゃらしというプラスティックの棒の先についた毛と同じ匂いがするウサギに俺は手が出そうになったのだ。
それを、めざとく見つけた祐馬が怒ったんだ。
「ユウマ。このウサギは生きてるんだからな。分かった?爪を立てたリしちゃだめだぞ」
生きているのは俺にだって分かる。ただ、どうしても手が出そうになるのは俺の所為じゃない。手を出すなと言った張本人が、ウサギの毛で出来ている猫じゃらしを買ってきたものだから、俺がいまこの衝動と闘わなくてはならなくなったんだ。
ウサギは、大地君によって「ウサ吉」と名付けられた。
だせえ……
とはいえ、自分の名前もあのぼんくらと同じ名前なのだから、人のことは言えないだろう。
それにしてももう少し考えようがあるだろう……と俺は思う。俺のユウマと言う名前も考えると祐馬と同じ名前であるからややこしい。
ウサ吉の場合はそのまんまだ。
まあ俺より少しましになるのだろうか?
要するに澤村兄弟はみんな名前を付けるセンスが無いのだと思うしかない。
戸浪ちゃんがつけてくれたから俺は文句言えないんだけど……
ふうと溜息をついて俺はふかふかの毛をしているウサ吉を見た。
ウサ吉はリビングにある籠の中に今入っている。元々あの籠は俺のものだった。それが取られたような気がして少しだけ腹が立っていた。
「ユウマあ……ねえねえ……」
ウサ吉は俺の視線を感じ取ったのか、籠からごそごそと出てきた。
「なんだよ……」
一応戸浪ちゃんが優しくしてやれと言った事を俺は守るつもりでいた。そうでもしないと戸浪ちゃんに嫌われてしまうからだ。
「僕……僕ね……おしっこしたい……」
がーっん……
おしっこしたい?
俺が教えるのか?
目をまん丸くして俺はウサ吉を眺めていると、そわそわとあちこちへ視線を彷徨わせ、トイレが出来そうなところを探していた。
やばい……
こいつのトイレって何処だよ?
俺は走って、自分のトイレである砂の入った入れ物の所へ直行した。それは玄関のホールに新聞紙が敷かれて置かれているのだが、その隣にウサ吉専用の新聞紙が新たに用意してあるのを見つけた。
ここ……
敷くのはいいけどさあ……
誰かウサ吉に教えてやったのか?
あいにく、今はこの家に誰もいない。と言うことは俺が教えてやらなければならないのだ。
仕方無しに俺はリビングに引き返した。
「おい、お前のトイレを見つけたぞ」
丸くなっているウサ吉に俺は言った。
「え、ほんと?ユウマ……何処にあるの?」
鼻を相変わらずピクピクと動かし、ウサ吉は言った。
せわしない奴だなあ……
いちいち鼻を動かさなくてもいいのにさ……
「こっちだよ。付いておいで……」
何となく保護者になった気分に陥りながらも俺はそう言ってウサ吉をトイレに案内した。
「ここ……ここにしたらいいの?」
新聞紙の上にまた丸くなったウサ吉は不安げな顔をしている。その表情が俺は嫌いだった。
「そうだよ……」
「ねえ、この隣にある砂の上は駄目?」
チラリとウサ吉は俺のトイレを眺めて言った。
「駄目。それは俺の」
「砂の上がいい……」
我が儘言うなっ!
「……駄目」
ジロリとウサ吉を睨むと、ウサ吉は先程よりも小さく丸まった。
「怒らないで……ご免なさい……」
イライラ……
イラ~!!
俺はこういう自立心のない奴は嫌いなんだっ!
「怒ってない」
「だってユウマ怒ってる……」
潤んだ目で俺を見つめるウサ吉は、今にも泣きそうだった。
「怒ってないっ!砂がいいなら……そっちでしろよ。俺は……別に構わないから……」
ムカムカしながらも、まだ小さい子供だと言い聞かせて俺はようやくそう言った。
「いいの?」
ウサ吉は相変わらず脅えたような目でこちらを見る。
うお~
イライラする……!!
「そっちでしろっ!」
子供相手にムキになっている自分を俺は自覚していたけど、やっぱりイライラするのだから仕方ない。
「うん……」
ウサ吉はごそごそと、隣にある四角い入れ物によじ登り、砂の上に立った。
「さっさとしろよ……」
眉間に皺が寄せられるのなら、俺は寄せていたに違いない。
だが相手は小さな子供なのだ。俺は心を大きくしてつき合ってやらなければならない。
様子を窺っていると、ウサ吉は砂をごそごそと掘り、そこに用を足していた。
俺のなのに……
トイレを共有するのは嫌だけど……
仕方ないよな……
溜息をついてユウマはウサ吉を相変わらず見つめていると、何を思ったのか、砂を掘り起こし始めた。
「なにやってるんだよっ!掘るなよ!!」
俺は慌ててウサ吉を止めた。何より俺の隠したものが出てきそうでぞっとしたのだ。
「……だって……土を掘り起こすの好きなんだもん……」
鼻の頭を真っ白にして、ウサ吉は言った。
「それは土じゃねえっ!掘り起こしたら二度と俺、そこでしていいって言わないからな!」
怒鳴るように言うとウサ吉は泣き出した。
「ご免なさい……ユウマ……御免ね……僕……悪いと思わなかったんだ」
泣くな……
めそめそ泣くなーーーー!
「わっ……分かったら良いんだよっ!ほら、さっさとあっちに戻ろう……」
俺はそれだけ言うと、リビングに向かって廊下を歩きだした。すると後ろからウサ吉がぴょこぴょこくっついて歩く音が聞こえた。
こんなウサギの何処が可愛いんだ……
俺の方が絶対可愛いのにさ……
みんなウサ吉ウサ吉って煩いんだから……
俺は急に孤独になっていた。ウサ吉が来てからと言うもの、戸浪ちゃんまでウサ吉をだっこして可愛がる。俺はそれが気に入らなかった。
もちろん戸浪ちゃんのお兄ちゃんが連れて帰ってきたのは仕方ないとして、どうして俺が面倒を見なくちゃならないんだ。
腹が立つのはそこだった。今までは静かだったこのうちが、ウサ吉が来たことで俺はみんなが留守をしている間、面倒を見なくちゃならない。それに対して俺にご褒美なんかこれっぽっちも無い。
「ユウマ……ユウマって……」
言ってウサ吉は俺の身体にすり寄ってくる。
気持悪い……
こういう小さな生き物が、近寄ってくると俺はすぐに手を出しそうになるのだ。
「……なに?」
「遊ぼ……」
ウサ吉は俺の考えていることなんかこれっぽっちも分からずに、嬉しそうにそう言ってきた。
「俺はね。猫なの。一日だらだら横になるのが好きなんだから、遊びたかったら一人で遊べよ。俺はソファーで寝るの」
リビングまで戻ってきた俺はすぐにソファーに飛び移り、お気に入りのクッションに丸くなった。
「ユウマあ……ねえって……」
ウサ吉はまだ小さい所為で、こちらの登っているソファーにはよじ登ることが出来ないようであった。
ぴょん
ドカッ!
ゴロゴロ……
ぴょん!
ドカッ!
ゴロゴロ……
暫く目を閉じていると、下の方からそんな音がずっとしていた。一人遊びをしているのだろうが、奇妙な音だと思った俺は、ソファーから身体を起こし、下を眺めた。するとウサ吉がこちらに登ろうと先程からチャレンジしていたのだ。
今は失敗して床に転がっている姿だ。
「何やってるんだよっ!」
お腹を見せ、前足と後ろ足を前後に振り回しているウサ吉を見て、俺は言った。
「僕もそこに登るの……」
よいしょっと身体を起こし、ウサ吉はまた飛び跳ね、ソファーの側面に辺り、後ろに跳ね返ると転がっていた。
その姿が俺は可哀想に思った。
「……う~仕方ないな……」
俺は床に下りると、ウサ吉の首根っこを銜えてソファーに飛び乗った。
「すごい……すごいや~!」
ウサ吉は長い前足をばたばたさせながら喜んだ。だが俺は憂鬱だった。俺は静かに寝るのが好きだからだ。
「俺……寝るから」
それだけ言うと、俺は先程のクッションにもたれて丸くなる。するとウサ吉は俺に寄り添うように丸くなった。
「……っ!なんだよっ!寄ってくるなっ!」
驚いた俺はソファーの背もたれの部分に飛び乗り、下にいるウサ吉に怒鳴った。
「だって……」
ウサ吉はまた潤んだ目を向けてそう言う。
「だ……だってじゃないっ!俺は一人で寝るのが好きなのっ!」
「ぼ……僕……一人じゃ寂しいんだもん……」
寂しいって……
そ……
そんなこと言われても……
「うう……」
「僕……以前、飼われていたおうちで……一杯苛められて……最後に……ゴミ箱に捨てられたから……一人になると、また捨てられるような気がして恐いんだ……」
……
俺はそういう話しに弱いんだ。
だって……
俺もそうだったから……
「ちゃんと……ここに拾われたんだからいいじゃないか……」
背もたれから下を見つめて俺が言うと、ウサ吉は相変わらずこちらをじっと見つめていた。
「ユウマあ……側にいてよ……」
ぐすぐす……
ああもう……
なんで泣くんだよ……
「ここにいるだろっ!」
「一緒に寝ようよ……」
……
なんだかなあ……
俺が保護者になるのか……
あまりにもウサ吉が泣くために、ユウマは仕方無しにソファーの上に下りると、泣いているウサ吉の頭を舐めてやった。
「分かった……全くもう……」
「ユウマ~ユウマって優しい……」
スリスリと身体を擦り付けられ、俺は溜息をつきつつ丸くなった。その隣にウサ吉も丸くなる。奇妙な図だ。
「ねえ……ユウマ……」
寝るんじゃないのか?
静かにしてくれよっ!
猫って言うのは一日の殆どを寝て暮らしてるんだぞっ!
とはいえ、そんなことを言えばまたウサ吉が泣きそうな気がした俺は黙って聞いていた。
「僕……もう捨てられないかな?ここにいていいのかな?」
その言葉に俺は不覚にも涙が出そうになった。
俺がずっと考えてきたことだったからだろう。
ここにいても良いのだろうか?
戸浪ちゃんと一緒にいてもいいのかな?
祐馬は俺のこと嫌いなんじゃないかな?
そんな風にこのウサ吉も考えているのだ。一度捨てられた俺達のような動物が必ず抱える不安なのだろう。
だけど俺は知ってる。
戸浪ちゃんは優しくて、祐馬は面倒見が良くて、その弟である大地も優しいし、一番上の兄である早樹も動物好きである事を俺はよく分かっている。
そんな彼らが、俺であろうと、ウサ吉であっても二度と捨てることは無いだろう。
「もう捨てられたりしないよ……安心しても良いんだ……」
尻尾を左右に振りながら俺はそう言った。
「ほんと?ほんとかな?」
ウサ吉は鼻をピクピク動かしながら言った。何故ウサギは鼻を動かしながら口元のひげまで動くのだろうと俺は思いながら更に言った。
「ああ、大丈夫だよ。俺も捨てられた口だけど、ここの人はみんな優しいよ。そんな心配はしなくても良いんだ」
出来るだけ優しい口調で言えるように俺は努めた。ウサ吉はまだ不安なのだ。俺が最初そう感じていたようにだ。だからウサ吉を邪険にすることも、責めることもしてはいけないのだろう。
「うん……嬉しいや……」
ウサ吉は何故か後ろ足で耳を掻きながらそう言った。
「……」
「なんだかユウマって僕のお母さんみたい……」
……
お母さんって……
はあ……
やっぱ俺が保護者なのか……
いいけどさ……
ってことは……
当分俺が面倒見ることになるんだな……
まあいいか……
頼られるのも悪い気はしない。
そう思いながら俺はウサ吉と一緒に昼寝を楽しんだ。
数日後、ウサ吉は戸浪ちゃんに連れられて行ってしまった。俺はすごく寂しかった。あれだけ手がかかった割に、俺は清々したという気持にはならなかった。
「ユウマあ……」
戸浪ちゃんにだっこされたウサ吉は俺を見ながらそう言った。
「大丈夫だよ。また会えるから……。可愛がって貰えよ~」
寂しさを隠すように俺はそう言った。
ウサ吉は目をウルウルさせながら連れられていった。
今までも俺だけだったんだし……
だが俺は何処に行くにも後ろを追っかけてきたウサ吉がいなくなったことでとても寂しく思っていた。
早樹兄ちゃんの見送りに行ってしまった為、このうちの住民は誰もいない。急に俺は寂しくなり、またいつものようにソファーで丸くなった。
夕方、帰ってきた戸浪ちゃんと祐馬が、俺を元気づけるためか、また公園に連れ出してくれた。そこでアルに会った。
「なんだ……元気ないんだ……」
アルはそう言って大人びた笑いを俺に向ける。そんなアルに俺はウサ吉のことを話した。誰かに聞いて貰いたかったのだろう。
「ふうん。弟分みたいに思ってたんだね……」
「そんなんじゃないけどな……。やっっぱちょっと寂しいかなって……」
ふかふかの毛のウサ吉がもういないことがとても寂しかったのだ。
「……でも……私はそのウサ吉がいなくなってくれて嬉しいな」
まじめな顔でアルは言った。
「はあ?」
「だって……君たち……その……一緒に寝ていたんだろう?何となく狡いと私は思うんだ。私だって……その……ユウマ君と……ごにょごにょ……」
……
こいつって……
何考えてるんだよ……
「アルに話したのが間違ってた……」
ムッとした声で俺は言った。
「あ、そ、そう言うつもりじゃなくて……」
慌ててアルはそう言った。
「何だよ……俺は誰もウサ吉の面倒を見られなかったから俺が見ていただけだ。それが悪いのかよ……」
「……だから……私もそんな立場になりたいなあと思っただけなんだ……」
ははと笑うアルに俺は驚いた。
「……アルって……一人じゃ何も出来ないのか?ウサ吉は子供だから分かるけど、アルは大人じゃないか……何言ってるんだよ……」
「いや……その……」
急に肩をすくめてアルは情けない声を出した。
全く……
どいつもこいつも自立心がなさ過ぎるよな……
「なんだよ……」
「なんていうか……私もユウマくんに色々世話をして貰って、あと身体を寄せ合って寝られたら気持いいだろうなあって思っただけなんだ……」
……
俺はアルのその言葉にノーコメントを通した。
―完―
50万記念これにて終了!なんだかラストを飾るような作品にならなくてすみませんでした。うう……変なの……。まあいいか。連続とは言い難かった今回の記念ですが、お付き合いありがとうございました。期間中、体調が悪化して落ちた日もあり、ご迷惑や心配をおかけしてしまいました。なのに、心優しくお待ちいただいて本当にありがとうございました! メールで励ましてくださった方、掲示板にカキコいただいた方、日参してくださった方、本当にありがとうございました。またこれからもどうぞ当サイトをよろしくお願いしますね!! |