「監禁愛2」 第6章
「ん……あーっ……!」
頭が仰け反りながらも全身の隅々まで行き渡る心地よい痺れと快感が名執をうっとりさせた。
「あ、ああ……リーチ……動いて……」
その言葉を受けてリーチはゆっくり腰を動かし始めた。その動きはあくまで傷ついた名執の身体をいたわるような緩やかなものであった。
「あ……ああっ……ああ……」
身体の間接がギシギシと軋み出すが、その痛みよりも身体全身に与えたれる快感の度合いの方がはるかに上回り、喜びを露にした表情を名執はその顔に刷いた。
「ユキ……苦しくないか?」
「気持ち……いい……」
名執はそう言って笑みをこぼした。
「ユキ……聞かせて……俺を愛してるって……言ってみて……」
リーチは腰を動かしながらそう言った。
「あ……愛して……る……貴方だけを……愛してるの……」
必死に訴えるように名執は言った。分かってくれるだろうか?
名執がどれほどリーチを求めているか、どれだけ大切な人だと思っているか……
そんな心を見せることが出来たらいいのにと名執は思った。
「ユキ……」
リーチは名執のモノを掴んで腰の動きに合わせて上下に擦り出した。甘い痺れが身体全体を支配していく。息を付くこともだんだん苦しくなるのだが、その喘ぎの中から必死に名執はリーチに愛していると言った。それに答えてくれないと、リーチに対して泣きそうな顔をして見せた。
「リーチ……もっと奥まで……突いて……もっと奥……まで……」
そんな要望にリーチはしっかり応えてくれる。名執にとってそれが本当にありがたかった。リーチに愛されているとようやく思えるのだ。
「…いい……もっと……もっと深く……身体の奥から……私を奇麗にして……!」
名執のそんな懇願に煽られたリーチが益々強く突き上げ、触れることすら出来ない最奥を突く。その場所でリーチは腰をひねり奥を掻き混ぜ、所有の証しを身体の奥にまで刻みつけているのが分かった。
「リーチ……貴方の色に染めて……私を染めて……生まれ変わらせて……貴方にしか出来ない……貴方しか欲しくない……」
「俺も、お前しか欲しくない……もう二度とこんな思いはさせない……誓うよ」
リーチは限りのない愛情を名執に与え続けてくれた。
「ユキ……奇麗だ……ユキ、奇麗だよ……」
リーチの繰り返される言葉が身体の隅々まで行き渡り、自分が奇麗になってくるのが名執には分かった。
そして押し寄せる快感の渦……
「あ……ああ……ああ……!」
互いの息が激しくなり、汗が流れ落ち、ヒーターを止めた筈の室内の温度が二人の熱で再び上昇した。
「リーチ……ああっ……もう……どこにも……いか……ないで……私を捨てないで……お願い……お願い……リーチ……私を嫌いにならないで……!」
名執の頭の芯は愉悦を感じながらも、回らぬ口でそう言った。
「何処にも……行かない……お前の側に……いるから……愛してるんだ……ユキ……」
そう言ってリーチは力を込めて最奥を抉る。
「貴方の……側に……側に……ずっと……いる……!」
弓なりになった背中が痛み、これでもかと曲げた膝がきりりと痛む。それでも名執はリーチからもたらされる刺激がたまらなく欲しかった。
全身を走る悦楽が名執を狂喜の世界へと誘う。
宮原に抱かれながらも、相手はリーチだった。
宮原の向こうにリーチがいた。
いつだって抱かれるのはリーチだった……
本当の意味で宮原には抱かれていない……
心はいつもリーチの側にいた……
心は誰にも蹂躙されてはいなかった……
私の心を壊すことが出来るのはリーチだけ……
貴方の愛が私の元から消えたとき……
きっと心が壊れるのだろう……
きっと生きてはおれない……
名執はそう確信していた。
「お願い……リーチ……ずっと側にいてね……約束して……」
涙を零しながら名執は訴えた。
「いるよ……お前が嫌がっても……側にいる。約束を持ち出したのはお前だから……お前から離れるなよ。分かったな。俺からは絶対離れない……約束する」
二人は何度もそう言いあってお互いの想いの深さを確認し合った。
「ああっ……っ……リーチ……達って……私の中で……達ってーっ……!」
酸素を求め、激しく息を継ぎながらお互い頂点を目指した。
「っ……!」
名執は身体の奥が暖かいもので満たされた事を突き抜けていく快感と同時に感じた。
「リー……チ……」
名執は自分の身体に覆いかぶさって、まだ荒い息をしているリーチの頭を優しく抱いた。こちらの息も荒く、心臓がまだ落ち着かずにその鼓動は早かった。
「リーチ……」
込み上げくる愛しさに名執は涙を流した。
この人に出会って……私は初めて人に愛されることを知った……
この人に出会って……私は初めて人を愛することを知った……
出会えて……良かった……
抱え込んだリーチの頭がサラサラとした髪をこちらに落としてくる。真っ黒なリーチの髪は名執の鼻をくすぐった。
ようやく現実にリーチの腕の中に戻れたと名執はホッと安堵した。
「あーもう。やるつもりなかったのに……」
呼吸を整えながらリーチは顔を上げた。
「嫌だったの?」
名執は本当に悲しそうな表情で言った。
「お前の身体が心配なんだよ!って言っても、もうしちゃったからな……説得力が無いけどさ……」
そう言ってリーチは名執の髪をクシャクシャにした。
「リーチ……くすぐったい……」
「煽ったのはお前だからな。俺を責めるなよ」
名執はそう言って笑うリーチに抱きついた。
「どうした?」
「良かった……」
名執は小さな声でそう言った。
「そんなに気持ち良かったのか?」
「え、そうじゃなくて……貴方が側に帰って来てくれて良かったって思ったんです」
あわてて自分が言った恥ずかしい言葉の説明をした。
「じゃ、良くなかったのか?」
リーチがにやにやとしながらそう言った。
「ええっ……!」
名執は顔を真っ赤にして顔を横に向けた。
「な、ユキ……言って……良かったって……俺に感じたって……言ってみろよ」
首筋にキスを落としてリーチは名執の答えを待った。
「よ……良かった……。すごく……感じた……」
名執は消え入りそうな声で囁いた。
「じゃさ、またやりたいって言って」
「…………」
首まで赤くなった名執は言葉が出ないほど恥ずかしかった。。
「ほら、聞かせてくれよ……」
リーチはそう言って名執の耳朶に噛み付いた。
「や……!」
その刺激に思わず甘い声で答えた。
「ユキって可愛い……」
耳の中に入り込んできたリーチの舌は、耳の入り口を丁寧に舐める。
「リーチ……からかわないで下さい!」
名執はリーチの方を向いてそう言った。
「やっとこっちを向いたな」
にこやかな笑顔のリーチがそう言った。もうこんな風に戻れないと本当に思った。そして諦めた。
だが今また信じられないことに自分の元に戻ってきてくれたのだ。
じいんと胸が一杯になって、名執は声が出ない。
「リーチ……」
「じゃ、これだけ聞かせて……愛してるって言って……」
それに対して名執は泣き笑いで答えた。
「愛してます……リーチ……貴方だけを愛しています」
名執とリーチは再会を確かめるように、もう一度抱き合った。
「せっかくシーツも代えたばかりなのに、汚しちゃったな……」
リーチがベットに寝ころんで言った。
「リーチ……床に転がっている空のペットボトルと、タオルは何に使ったのですか?」
名執は先程から気になっていることをリーチに聞いた。
「え、お前……覚えて無いの?」
驚いた顔のリーチに名執の方が困った。
「覚えて無いって……何のことですか?」
「お前の身体から薬の習慣性を取るために、散々水を飲ませて汗をかかせたんだよ……それでお前の意識が今はっきりしているんだよ!丸一日、薬、薬と騒いでいたのも覚えて無いとか言う?」
コクリと頷く名執にリーチはため息をついた。
「俺が必死にお前の面倒を見たっていうのに覚えて無いなんて……でもいいか……苦しい思い出なんか無い方がいいものな」
名執はそこでようやく気が付いた。
自分の身体を元に戻してくれたのはリーチだった。
薬浸けの身体から救ってくれたのはリーチだった。
「リーチ……」
もう薬のために身体がおかしくなることは無いのだ。宮原に薬を求めて、自分の意志に反して身体を差し出すことも無くなる……。
「ユキ?」
「ありがとう……私を助けてくれて……ありがとう」
この身体が元に戻らないと思ってた……
それをリーチが戻しててくれた……
「遅すぎたけどな……ごめん……」
先程から飽きずにリーチは名執を確かめるように抱きしめた。
「嬉しいんです。嬉しいの……」
リーチの胸に涙を零しながら名執はそう言った。
「さ、身体をシャワーで奇麗にして、着替えて、今から俺の家に行くんだ。狭いけど一人くらい大丈夫だから。俺は奴を取っ捕まえて殴る蹴るの暴行を加えてやる。どうせ、またやってくるだろうからな……」
また来るというリーチの言葉に名執は恐怖で身体が急に強ばった。
「大丈夫……俺がいるだろう?これ以上、奴の好きにはさせない」
「リーチ……」
そうして名執はリーチに抱えられバスルームに行くと、二人でシャワーを浴びた。
「大体いつ来るんだ奴は……」
シャツを羽織りながらリーチは聞いた。
「大抵……十時以降……昼間は来ないし、毎日も来ない……」
「そうか……」
リーチは今、八時なのを確認して安堵した。
「俺、下に行ってタクシー捕まえて来るからさ、お前、着替えとかバックに詰めて待ってろ。今、歩くのも辛いだろうから、俺が下まで抱き上げていってやるからな」
本当は名執の車を使えばよかったのだが、利一が今住んでいるコーポには駐車場は無く、かといって外車をその辺に停めておくともなると悪戯されるのは目に見えていた。名執のお気に入りの車を傷つけられるのは避けたかった。
「はい……」
名執は微笑みながら言った。
「すぐ、戻って来るからな。あ、着替えとか自分でバックに詰められるか?」
「そのくらいは出来ます」
名執は慌ててそう言った。本気で抱き上げて下まで連れて行く気だろうか?
「じゃ、さっさと用意しろよ」
そう言ってリーチは駆け出して行った。
名執はその後鍵をかけ、居間に戻ると一旦ソファーに腰を下ろした、自分で用意すると言ったものの、まだ立って歩くと貧血に似た立ちくらみが起こるのだ。しかしリーチが出て行ってすぐに、もう二度と会いたくない人物がやって来た。
「あ……」
名執は忘れていた。宮原もスペアーキーを持っていたことを……
「さっき玄関から出てった奴がお前の恋人か……」
「寄らないで……彼はすぐに戻って来て、捕まえますよ」
「刑事みたいに言うんだな」
「彼は刑事です……」
「じゃ、見せてやろうか、俺たちの濡れ場を……」
じりっと歩を詰める宮原に名執は後ずさった。
リーチ……早く……早く帰って来て……!
名執は祈るように切望した。
「何だ……薬が抜けた顔してるじゃないか……」
残念そうに宮原が言った。
「彼が助けてくれた……もうお前の思い通りにはならない……」
「なんだぁ……お前、俺にいっぱしに逆らうのか?」
宮原はそう言って懐から刃物を取り出しパチンと刃を延ばした。
「痛い目に合いたくないだろ?言うことを聞かなきゃ今度は顔に傷を付けるぜ」
もう触れられたくない……!
せっかくリーチに奇麗にしてもらった身体を汚されたくない……!
「ほら……来いって……彼氏には黙っててやるからさ……言っただろう、俺はお前の身体だけが目的だってな。別にお前が誰と付き合っても構わない。だがな、身体を自由にはさせない!」
どんどん迫って来る宮原が名執に決心させた。
触れられるくらいなら……
私は……私は……
その瞬間、名執は 宮原の持つナイフに向かって駆け出した。
次にドスッー……という鈍い音がした。
「雪久……お前……」
「これで……お前は殺人犯に……なる……い……一生豚箱に入れば……いい……」
そう言って名執はズルッと床に倒れた。
名執の脇腹からは真紅の血が辺りに流れ出した。
「う……うわ……うわああ……!」
宮原はその血が自分にもベッタリと付いているのを確認して、その場を逃げ出した。
「俺……俺じゃ無い……俺じゃ無いからな……!」
宮原が玄関で靴も履けずに飛び出そうとすると、帰って来たリーチとぶつかった。
「お、お前!性懲りもなくまた……」
リーチは言葉を言い切ることが出来なかった。
宮原のシャツに多量の血が付いていたからである。
「ま、まさか……その血は……」
一瞬呆然としたリーチを押しのけ、宮原は逃げ出した。
「ユキーっ……!」
リーチは宮原を捕まえることより名執の事の方が気掛かりだった。
あの血は……あの血は……一体……
その名執は居間の床を真っ赤に染めて倒れていた。
「ユキ!ユキ!ユキーっ!」
抱え上げた名執はぐったりしていた。
「リー……チ……」
弱々しくそう名執はリーチを呼んだ。
「何も話すな!今すぐ病院に連れて行ってやるからな、大丈夫。大丈夫だからな……」
リーチは自分の上着を名執の脇腹に巻き付けた。
だめだ……救急車を待っていたら間に合わない!下に呼んだタクシーに乗せよう。
こういう場合、ショック状態で体温が下がることを知っていたので、毛布を寝室から持って来て名執を包み、抱き上げてリーチは走りだした。
マンションの下でタクシーの運転手は驚いた。
「嫌ですよ……その人怪我してるんじゃないですか……犯罪に巻込まんで下さいよ」
「乗車拒否は認めない……」
すごい形相でリーチは、運転手を睨み、警察手帳を見せた。
「す、済みません。で、何処の病院に飛ばせばいいんですか?」
リーチは暫く考えて、近くでしかも融通の聞く川崎総合病院を指定した。
「俺が全ての責任を負う。命がかかっているんだ。飛ばせ!」
「は、はい!」
運転手は怯えながらもリーチの言うことを素直に聞いて、制限速度をかなりオーバーさせて走りだした。
リーチは素早く携帯で川崎病院へと電話を入れた。
「川崎院長先生をお願いします。私は警視庁捜査一課の隠岐と申します」
暫くすると院長の川崎が出た。
「隠岐さん。どうしました?」
「どうしても……どうしても助けて欲しい人がいるんです。今そっちに向かっていますので、助けてやって下さい……」
「分かりました。貴方にはとても世話になりましたから。全力を尽くしましょう。それでどんな種類の怪我なんですか?」
「刃物で……脇腹を……刺されました。出血が酷い……」
そこまで言って思わず涙が込み上げ、言葉が継げなくなった。
「すぐにオペが出来るようにしておきます。後どのくらいでこちらに着かれますか?」
「後どのくらいだ?」
リーチは通話口を手で押さえて運転手に聞いた。
「十分位です」
「五分に縮めろ!でないとお前を逮捕する!」
「そんな……殺生な……」
そう悲鳴を上げる運転手を無視して、再度会話を始めた。
「五分位で着きます。宜しくお願いします」
「お待ちしております」
携帯を切ったリーチは蒼白な顔色の名執の様子を伺った。
うっすら開いた瞳がリーチを見つめている。
「ユキ……しっかりしろよ……すぐに病院に着くからな……心配しなくてもいい」
ポロポロと涙を落としながらリーチはそう言った。
落ちた涙は名執の頬を伝う。
「リー……チ……ごめ……ん……ね……」
「馬鹿!しゃべるな!黙ってろ!」
「これで……良かっ……たの……最初から……間違ってた…の……私が生まれ……た…ことが……間違ってた……の」
「何、言ってるんだよ!馬鹿なこと言うな!」
「さい……ごに……貴方に……抱かれて……奇麗になって……逝ける……」
青白い顔に笑みが浮かんだ。
「あり……が……とう……でも……私の……ことは……忘れて……ね」
「ユキ!言うな!そんなこと言うな!お前は助かるんだ!死なないんだよっ!」
リーチは自分のズボンが生暖かいもので濡れ出すのが分かった。
くそ!出血が止まらない!
「忘れ……て……幸せ……に……なって……ね……」
「しゃべるなって言ってるだろ!黙れ!黙ってろ!」
「う……ん……もう……げ……ん……かい……」
ゆっくり目を閉じだす名執にリーチは必死に声をかけ続けた。
「ユキ……ユキ……!だめだ!寝たら死んじゃう!死んでしまう!」
名執はリーチの声にもう答えることも無く、小さな息だけが命の火がまだ灯っている事を知らせていた。
「まだか!まだ着かないのか!早くしろ!」
「この通りを抜けたら川崎病院ですよ」
奇跡的にスピード違反でパトカーに追いかけられる事なく、目的の病院に着いた。
「釣りは要らない。だが忘れろ!」
そう言ってリーチは運転手に一万を押し付けるように渡した。
運転手は面倒なことに巻き込まれたくなかったので、それを受け取るとさっさと車を出した。
病院の玄関には既に川崎と、看護婦数人が待っていた。
看護婦に名執はストレッチャーに乗せられ手際よく病院内に運ばれる。その様子をリーチは蒼白な顔で見送った。
「院長先生……助けて……助けてあげて下さい……こんなところで……死んではいけない人なんです。私の大切な……人なんです……」
リーチは川崎にしがみついてそう訴えた。
「全力を尽くします。後は任せて下さい。私が担当しますので行きますが、待合室でお待ち頂けますか?」
「はい。宜しくお願いします……」
そう言ってリーチは深くお辞儀をした。
川崎が去って行く姿を見送ると、リーチは薄暗い待合室の椅子に腰をかけた。
俺はどうしていつもお前を助けてやれないんだ!
リーチは自分の不甲斐なさを恥じた。
ユキ……死んだらだめだ……お前が死んでしまったら……
俺はどうやって償えばいい?
涙が止まる事なく流れ続ける。
ふと気づくと自分の手やシャツ、ズボンが名執の流した血で染まっていた。
あいつには今、体力は無い……
身体も痩せて……
そんなあいつがこんなに血を流したんだ……
ユキの……血……ユキの命が……零れている……
「あああああ……っ……!」
リーチはそう絶叫すると床に蹲って泣いた。
ただ、泣く事しか出来なかった。