Angel Sugar

「監禁愛2」 後日談 第2章

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 名執は布団に潜ってはいたが、物音でリーチが帰ってきたことを知った。だが布団から顔を出せなかった。
「何だ……寝ちゃったのか……」
 言いながらリーチが布団に潜り込んできた。
 きっと、リーチはこちらを引き寄せて抱きしめてくれるだろうと名執は期待していたのだが、あっさりそれは裏切られた。
「くそっ……こいつが横にいるだけで眠れないじゃ無いか……。ったく、もう暫く飲んでりゃ良かった……」
 ごそごそとリーチは布団から這い出していく気配が名執にはした。まさか、また外に出ていってしまうのだろうかと、布団からちょっと顔を出して様子を伺うと、リーチは窓から外の景色を眺めていた。
「うん……確かに奇麗な景色だ……」
 リーチは一人そう言って悦に入っていた。
 いつになったらリーチは布団に入るのだろう……
 名執はそう思って、もう一度頭を布団に引っ込めてじっと待っていた。
「ユキはなんだかご機嫌斜めだし……ま、あいつらを見てお前も友達になれってのが間違いだったんだよな……んー失敗した……」
 うだうだをそんなことを言いながら、やはりリーチはこちらに来る気配がない。
「あーもう限界。生殺しは沢山だ……芳一ともう一度飲みなおそう……」
 そう言って立ち上がったリーチを又布団から顔を出した名執が目で追った。それに気が付いたリーチは嬉しそうな顔をするのではなく、驚いた顔で駆け寄ってきた。
「ユキ!何だどうした……泣いてんのかお前!」
「リー……チ……」
 手を伸ばしてリーチに名執はしがみついた。そんな名執をリーチはしっかりと抱きしめる。
「こわい夢でも見たのか?ん?それとも傷が痛むのか?」
 リーチはこちらの気持ちなどこれっぽっちも分からずに、名執を胸に抱いて宥めるように背中をさすった。
 本当の事を言ったら嫌われてしまう……そう思うと名執は何も言えないのだ。
「仕方ないな……ほら抱いていてやるから寝ろ!」
 言いながらリーチはこちらを離そうとした。そんなリーチに名執は逆にしがみついて離れなかった。同時に涙もボロボロとこぼれ落ちる。そんな名執の頭をリーチは優しく撫でながら声をかけた。
「なあ、なんかあったのか?」
 リーチが心配そうに言うので、名執は首を左右に振った。
「リーチ……」
「なに?」
 ようやく涙が落ち着き、名執は言った。
「しよ……」
「いいよ、やなんだろ。いいからもう寝ろ」
 困ったような顔でリーチは言った。
 先程まで名執が嫌だと言い張っていたのにも関わらず、今、こちらから誘っているのが不思議で仕方ないのだろう。
「だって……」
「いいって……無理すんなよ……」
「リーチ……」
 嫌われたのだろうか?そう思うと名執は益々不安になってきた。
「無理にやってもお互い良くないから……いいよ」
 そう言ってリーチは名執を腕の中に囲ったまま目を閉じた。
「リーチ?」
「…あしたな……」
 リーチはそう言って額にキスを落とした。
 もうこのまま眠った方が良いだろう。名執はそう思い、自分も目を閉じた。
 リーチ……
 この腕をいつまで独占出来るのだろう……
 名執は不安を心に住まわせながら必死に眠ろうとした。
 何故こんなに不安なのか名執にもよく分からなかった。



 朝目が覚めるとリーチは既にいなかった。
「リーチ……?」
 名執は慌てて服を着替えると、表に出た。
「ユキ!こっち、こっち!」
 リーチは庭に作られた池のほとりに芳一と一緒に立っていた。それを見て、名執は又胸が痛むのが分かった。だが、リーチが手招きしているので仕方無しに、リーチ達のいる所まで歩き出した。
「ユキ、見てろよ……」
 手にはパンくずを持ってリーチはそれを池の方に投げた。
 するとバシャっという音と共に大きな銀色の鯉が勢いよく水面をはね、投げたパンくずを口の中に収めた。
「見たか今の!」
 名執の方を振り返り、子供のように笑うリーチがそこにいた。
「今の……鯉ですよね」
 それはとてつもなく大きな魚であったので名執は驚いた。
「家で飼っている鯉の中で一番大きな鯉なんです」
 芳一がまるでこの場所は私のものですという様な態度で、リーチの隣からそう言った。
「芳一!あいつは利一と言う名にしよう。俺っぽいだろ」
「そうですね。ぴったりですよ。この池のボスですし、なにより凶暴で有名な鯉ですから」
 言いながら芳一は嬉しそうにリーチに笑顔を向けている。それは名執には決して見せない笑顔だった。
「俺が凶暴と言いたいのかよ……」
 ムッとした顔でリーチが言った。
「いえ、そんなことは……」
 言って二人で笑っている。その姿はとても楽しそうだ。今はとてもその間に入れそうにない。弱気なるのが一番いけないのだが、自分より付き合いの長い芳一だ。リーチも憎からず思っているに違いないのだ。
 名執は、昨日感じたよりも強い疎外感を感じた。
「名執さんも起きられた事ですし、朝食にしましょうか」
 二人の方を向くのが辛くて、名執はじっと池を泳ぐ鯉を見ていた。そんな名執に芳一が声をかける姿が、水面に映る。その顔は歪んで見えた。
「そうさせてもらおうか……な、ユキ」
 名執がそんなことを考えている事をリーチはこれっぽっちも気が付いていないのだ。
「え、はい」
 精一杯の笑顔で名執はそうリーチに言った。
「俺が好きな砂糖の入った卵焼きはあるんだろうな」
「もちろんです。ちゃんと覚えてますよ」
 そう言いながら二人は歩きだした。
 リーチって砂糖の入った卵焼きが好きなのだ。名執はそんな些細なことすら知らないとういことを思い知らされた。
 今までリーチの作る食事に卵焼きは出たことが無かったのである。
 そうして朝食をとって、昼前にリーチと名執は岩倉家を後にした。
 芳一はゆっくりしていって下さればいいのにと残念がったが、リーチがそれを断った。
 今日は二人の久しぶりの休暇なんだ……
 リーチがそう言って車を出したとき、芳一が寂しそうな顔をしたのを名執は見逃さなかった。



「な、ユキ何処に行きたい?」
「別に……何処でも……」
 走る車の外を見ながら名執はぼんやりと言った。
「あんまり人込みは嫌だしな……」
 ふだん人込みの中にいる所為かリーチはプライベートで外に出ても人気の無い所を好んで行こうするのだ。
「海でもいいな……」
 と、言い、すぐに「あ、やめよう……海は……な、お前が決めてくれよ……」と言った。宮原の事でも思いだしたのだろう。
 だが名執はそんなことすら今は頭に無かった。
「何処でも……いいです……」
「もう帰ろう……」
 リーチは先程とは違う声でそう言った。
「えっ……?」
 名執がやっとリーチの方を向くと、不機嫌な顔をしていた。
「送るよ……なんだか楽しそうじゃないし。俺もそんなユキとはいたくない」
「リーチ……」
「色々あるよな……気が乗らないときだって人間あるさ……」
 そう言ってリーチは車を帰り道の方向に廻した。
「ご……ごめんささい……つい、ボーッとしてしまって……あの、楽しいですから……何処か行きましょう……」
 名執がそう言うと、リーチは急に道路の脇に車を止めた。
「いいかげんにしろよ!おかしいよお前。嫌なことがあるなら言えばいいだろう!そんな不機嫌な態度を取るな!」
 怒鳴るようにリーチは言った。
「済みません……」
 謝るしか名執にはできなかった。
「言えよ!何が気に入らないって言うんだ!」
 言えば嫌われると思った名執は何も言えずに又俯いてしまった。そんな名執にリーチはもう何も聞かずに車を出した。
 そうして名執の新しいマンションに着くと車を地下の駐車場に入れ、リーチは車のキーを名執に渡して言った。
「お前の機嫌が直るまで来ない。俺も嫌な気分になるのはごめんだからな……」
「リーチ……」
 名執は止めようと思ったがリーチは既に車を降りていた。
「リーチ!」
「頭を冷やせ、この馬鹿!」
 振り返らずにリーチはそう言うと、地上に出るためエレベータに乗った。それを追って名執もリーチと一緒に乗り、すかさず自分の階のボタンを押した。
「ユキ」
「ごめんなさい……ごめんなさい……帰らないで!お願い……お願い……!」
 リーチに抱きついて必死に名執は言った。
 折角互いが取れた休日なのだ。こんなふうに気まずい別れをしたくなかった。その原因を作ってしまったのは他ならぬ自分だった。
「お茶でも……入れます」
 家に入った名執はリーチにそう言ったが、リーチはそれを止めた。
「いいから……ちょっとこっちに来い!」
 おずおずと名執はリーチの側に寄った。
「言えよ。何が原因なんだ?」
 冷たい響きのその声に名執は思わず涙が零れた。
「だって……仲良かったから……」
「はぁ?」
 リーチには名執が何を言っているのかが分からないのだろう。
「芳一さんと仲良かったでしょう……リーチ……」
 どう思われても言ってしまわなければ名執は辛くて仕方ないのだ。こういう気持ちを抱いたことが今までになかった。それが余計に自分自身を不安定にさせるのだ。
「えっ?」
 驚いたリーチが目を見開いた。
「嫉妬……してるんです!私……もう……こんなのっ……馬鹿みたい……」
 俯いて名執は震えた。馬鹿なことを言っている自分をリーチがどんな顔で見ているのかを確認するのが怖かったのだ。
「馬鹿だって笑えばいいんです……芳一さんとリーチがあんまり仲がいいから……私……嫉妬してたんです!」
 ぷっ
「え?」
 名執が顔を上げるとリーチが笑っていた。よほど可笑しいのかおなかを抱えて笑っている。そんな反応が返ってくると思わなかった名執は逆に驚いた。
「どうして笑うんですか?な、何が可笑しいんです?」
 恨めしそうに名執は、未だ笑い転げているリーチを見た。
「だってお前……それはないだろう……それは……」
 それはないだろうは、こっちの台詞であるはずだ。こちらがこんなに真剣に悩んでいるのに、その笑いは余りにも酷すぎる。
「出てって……もういいです……私がどんな思いで……」
 名執はそう言ってリーチを押した。
「おい、ユキ……」
「必死に白状したのに笑うなん……」
 名執の言葉をリーチは唇で塞いだ。久しぶりの恋人のキスは甘く熱を帯びていた。
 暫くそうして、リーチが言った。
「本当に嫉妬してたの?」
 名執の喉元をくすぐりながらリーチが言った。
「本当に嫉妬してたんです……」
 かあっと顔を赤くして名執は言った。
「ユキって可愛いな……」
 そう言ってリーチは名執を押し倒した。
「嫌……!」
 名執はリーチを押しのけようとした。
「今度はやめない……もう待てない。ここでしようよ……」
 言いながらもリーチの手は名執のベルトに回る。
「お願い……ここは嫌……フローリングの床で背中が痛いんです……」
 本当に痛かった。
 まだ体重がそれほど戻っていないので、痩せた背には結構板間は辛いのだ。
「分かった。じゃ、寝室何処?俺ここに来たの初めてだから分からないよ……」
「教えない……」
「じゃ、自分で捜す」
 名執を抱え上げるとリーチは歩き出し、ふと言った。
「お前……ここいくらで買ったんだ?」
「前のマンションの部屋が二億で売れましたので、差し引いてプラス一億円でした」
 ここは立地条件もいい、何より選んだ最大の理由が以前よりセキュリティが万全だからだ。常時管理会社の警備員が巡回する。キーもドイツ製で簡単にはスペアが作れない。その代わり管理費以外に毎月かなりの金額を支払わなければいけない。
 だが、名執にとって金額は関係なかった。安心して住める場所が欲しかったのだ。このくらいのマンションなら祖父から相続した金でいくらでもまかなえるのだ。
「いいよな……金持ちは広い家に住めて……」
 羨ましそうにリーチは言った。
「リーチの事も考えて選んだんですよ……こんな家は嫌?」
「本当?」
「ええ」
「俺の部屋も貰っていい?」
「はい」
 にっこり笑って名執は言った。
「で、寝室は何処?」
「いま立っている後ろ……」
 リーチはそれを聞くと、すかさずその部屋に入り名執をベットに押し倒した。
「嫉妬小僧のユキちゃん」
 ニヤニヤ笑ってリーチは言った。
「やめて下さい……そんな風に言うの……」
「何か嬉しいな……」
 名執の頬をリーチは自分の頬で撫でた。
「嬉しいことじゃありません」
 どれだけ自分の気持ちをもてあましていたか、リーチには全く分かっていないのだ。
「言っとくけどな……」
 急に真剣な顔でリーチは言った。
「白状するけど……俺なんかいつも嫉妬してるんだぜ……」
「私はそんな浮気者じゃありません!」
 むっとして名執は言った。
「そうじゃないよ……お前の患者とか……お前の同僚とか……お前が道を尋ねられてもその相手に嫉妬する……」
「え……」
「もう見境なく嫉妬するんだ……」
 そう言って、リーチは名執の胸に頭を擦り寄せた。
「最初なんかもっと酷かった。仕事をしていても気になってさ……俺、自分に自信がなくて……お前にいつ俺より好きな奴が現れたらどうしよう……とか、誰かがお前にちょっかいなんか、かけていないか……とか……もう嫉妬の嵐……」
「リーチ……」
 恋人の告白に名執は驚きながらも嬉しさが込み上げた。
「今回だってお前にいい人できたと勘違いしてさ…結局傷つけてしまったけど……お前のこと思って物分かりのいいもと彼氏になろうと必死だった。でも頭がぶん殴られたみたいなショックを受けてどうしていいか本当に分からなかった。嫉妬で死んじまうかと真剣に思った」
「リーチ……本当にそう思ってくれているの?」
「うん。俺にはユキだけだから……芳一は仲のいい友達……それだけだよ……」
 その瞳に嘘は見辺らなかった。
「もう一つ……いい?」
「何?」
「美女十人切りってなに?」
 一瞬青くなったリーチは嘘がつけないタイプであることを物語っていた。
「あれは本当の事なんですね……」
 名執が白けた顔をして言った。
「ち……違う!あれはその……なんだ……」
「昔のこと……ですね……」
 名執はそんなリーチにそう言った。
「はい……嘘はつきません……ごめんなさい……でも今はユキだけです」
 妙にかしこまったリーチが可笑しかった。
「昔な……酷く荒れた時期があってさ、トシは知らないけど……毎日遊び歩いてた。何か物足りなくてさ……。馬鹿なことも随分やった。あいつらに会ったのもそんな時期でさ……今も付き合いは続いてるけど、トシにはこれだけは言えなくて……。あいつどちらかと言えば潔癖症だからな。暴力団のことは毛嫌いする方だし……でも、世の中って明るい所もあれば暗い所もある。そういうのひっくるめて世間を見ないと本当の自分が置かれてる所って分からないんだよ……。汚い、目を瞑りたくなるような部分も現実にあって、認める部分と、認められない部分をしっかり自分の中に持たないと押し潰されるか流される。だから俺はトシが明るい部分を引き受けてくれれば、その他は面倒見ようと思っているんだ……駄目かなこういう俺は……」
 名執は首を横に振った。
「お前にも本当はさ、良い部分だけ見て貰おうと思ってたけど、そんなの本当のつきあいじゃないだろう?だから敢えて彼らに会わせた。それでお前が俺を嫌になっても仕方ないと思っている。お前に嫌われることになっても……。それでも、ああいう人間も俺の友人であることを知って貰いたかった……。こんなの聞いて俺のこと嫌になった?」
 名執はもう一度首を横に振った。
「もう気が付いてると思うけど宮原の件も彼らの力を借りた。方法はそれしかなかったから……。最初は半殺し位に考えてたけど、お前があいつに刺されて、許せなかった。自分の手で殺さなければ俺の気持ちが収まらなかった。お前を……大切なお前を傷つけたあいつが許せなかった……。だから銃で散々撃って殺した。ちっとも心は痛まなかった。そんな俺のこと怖い?」
「リーチ……もうやめて下さい……」
 辛い表情で言うリーチが見ていられなかった。
「私は貴方の何を聞かされても、貴方を想う気持ちは揺るぎません。私が怖いのは貴方のことを何も知らないということを思い知らされたとき……それが一番悲しくて寂しく思う。例えば……」
「例えば?」
「貴方が砂糖入りの卵焼きが好きだということを、芳一さんは知っていて、私は知らなかったということ……すごく悲しかった。そんな日常の事すら自分は知らなかった。そう思うと腹が立って悲しくなった」
 名執がそう言うとリーチは目を真ん丸にしているのが分かった。
 黒目がちの瞳が余計に大きく見える。
「そんなことはどうでも良いことだろう?」
「貴方の全てが知りたい……小さなことも大きなこともみんな、みんな知りたい……貴方を愛しているから……私のことはリーチにみんな知られてしまったのに、私だけリーチのことを知らないなんて……狡い……」
「狡い……か……」
「狡いです」
 名執はそう言ってリーチに腕を廻した。
「貴方を愛してる……どんな貴方も愛している。今私に見えているリーチが本当のリーチであればそれでいい。過去に何が、今誰と友達であってもそれは変わらない……」
 そう、大切なのは今だからだ。
「ユキ……」
「嘘はいや……真実が欲しい。真実であればどんなことでも私は受け入れることが出来る。それに貴方が思うほど、人に恥じるような生き方はしていないじゃないですか……私に比べれば……」
「よせ!」
「リーチ……」
「お前だって恥じるような人生は歩んでないだろ?一生懸命生きて来たんだから……」
「本当に、本当にそう思ってくれる?」
「思っている」
 真摯な瞳が名執を見つめた。
「だって、リーチは私が退院してから……その……ずっと……」
 顔を赤くして言う。
「本当に忙しかったんだ。ごめん…トシ達にも借りは返さなければならなかったし……。ユキだから分かってくれると思ってたんだけど……」
 やや照れたようにリーチは言った。
「分かっていたんです。それでも貴方が欲しかった……。我が儘だと思われたくなくて言えなかった」
「ユキ……俺もお前が欲しくて堪らなかった……」
「リーチを私のものだって言ってもいい?」
「言っていいよ……俺はお前のものだ」
 リーチは名執の首筋を吸い付くように唇で愛撫しだした。
「お前は……俺だけのものだからな、ずっと……ずっと、ずー……とだ」
「ずっと貴方だけのもの……」
「ユキ……」
 そうしてお互いの服を脱がしあい身体を絡ませる。互いの熱を確認しあい、求められ、求めていたことに気付く。
 すると名執の腰に肉感的なものが当たった。
「あ……」
 名執にはそれが何か分かったので、思わず顔を赤らめた。
 腰に当たっていたのはリーチの欲望の塊であった。
「お前があんまり焦らすから、もうこんなになってる……」
 リーチはそう言って、名執の手を取ると既に猛っている塊に触れさせた。
 カーッと首まで朱に染めた名執が、促されるまま、肉厚なその塊の感触を指で確かめる。
 すると掴んだ指から熱くたぎるような血流を伝えた。
「あ、あの……リーチ……」
 名執はその熱い塊から手を離そうとするが、リーチがそれを許さなかった。
「ね、扱いてみて……」
 リーチは名執の耳元にそう囁いた。
「その……」
 初めてそんなことを言われた名執は戸惑いを隠せなかった。
「心配するなよ……。今日は何度だって出来る。我慢したんだ……ずっと……お前に触れたくなるのを死ぬほど耐えた……。だから……先に達かせて……お前の手で……」
 それは昼間から聞かされる言葉ではなかった。
「もう堪らないんだ……一回先にやっちゃって……」
 やっちゃってと言われても……
「早く……ユキ……」
 リーチがそう言っている間も名執は、恋人の熱い高ぶりをその手に感じていた。
「リーチ……あの……」
「俺のここ、そんなに嫌い?」
 リーチは泣きそうな顔で名執を見つめた。掴む指がいつの間にか、ぬるりと濡れだした。
「あの……口じゃだめ?」
 さらに赤さを増した顔で、名執は消え入りそうな声で名執は言った。
 いかに我慢しているかをその手に知らされた名執は、リーチの望むようにしてあげたかった。
「え……いいの?」
 何故かリーチは驚いた顔をしている。
「そうして欲しいときは…その……ちゃんと言って……私だってされるばかりじゃなくて、してあげたい……」
 恥ずかしくて思わず下を向いて名執はそう言った。
「じゃ……その……口でお願いしていい?」
「ええ……」
 名執はにっこりと笑った。
「嫌なら無理すんな……分かってるな。俺はお前が苦痛を感じることはさせたくないし、したくない」
「リーチ、身体を起こして、枕に背中をもたれさせるように座って」 
 名執に言われるままリーチは身体を起こして枕にもたれた。
「リーチ……いい?」
「うん」
 名執はリーチの内股に蹲るような格好で、ゆっくりとその膨れ上がったモノを口に含んだ。その瞬間リーチが「うっ……」という低い呻きを上げた。
「ユキ……」
 リーチを気持ちよくしてあげたい……
 自分からも何かを与えたあげたい……
 初めてリーチから求められた行為をどうすれば満足してもらえるように出来るのか分からなかったが、自分からも与えてあげたいという気持ちが名執を必死にさせたのだ。
 口内で舌を絡め、動かす。すると更にその大きさを増すリーチのモノが名執には愛おしかった。
「あ……」
 頭上からリーチの喘ぎが聞こえると、その声に反応して名執は自分の身体が先程よりも熱くなるのが分かった。
 リーチが悦んでくれている……
 その嬉しさが名執の行為に拍車をかけた。
 歯を立てて痛みを感じさせないように、優しく吸い付き上下に擦り上げた。
 名執の口の中は滲み出したリーチの蜜と自分の唾液が交ざり合い、それらを零さないように飲み込みながら愛撫を続ける。
 私にもっと感じて……
 私にもっと悦んで……
 リーチ……もっと興奮して……私に……
 それがとても嬉しいからから……
「あ……ユキ……もっ……いいから……]
 リーチは喘ぎながらそう言って名執を離そうとしたが、名執はぴたりと張り付いたまま離れなかった。
「駄目……だっ……て……」
 リーチはそう言って名執の肩を強く掴んだ。
 だが、名執は自分がせっかく与えてあげようとしているのに、途中で止めようとするリーチに腹を立て、思わず口に含んでいるモノに軽く歯を立てた。するとリーチの両足がビクッと震えた。
「あっ……馬鹿……くそっ……気持ち良いじゃないか……」
 リーチはそう言いながら何度も身体を捩ったが、名執は自分の手でそれを押さえ付ける。
 頭上からリーチの喘ぎを聞きながら、リーチをしっかり掴み名執は満足げに行為にふけった。
「ユキ……離せ……我慢……出来ない……」
 少しずつリーチの声が限界を名執に伝える。それでも名執は止めるつもりは無かった。
「駄目だ……そこまで……する必要……ない……」
 どうしてリーチはそんなことを言うのだろう……
 出していいの……だって貴方のものだから、リーチのものは全て私のもの……
 名執はそう思いながら力いっぱい擦り上げた。
「うっ……!」
 リーチはその声と同時に名執の口内に自分の欲望を吐き出した。名執はそれを全て受け止めると全て漏らさず嚥下しようとした。が、咳き込んでしまった。
「馬鹿!もういいって言っただろ!どうしてそんな無理するんだよ!」
 と、言ったがリーチに迫力はなかった。
「無理……なんか……してない…ただ…気管に……入って……」 
 咳き込み、口を手で押さえて名執は言った。
「しょうがない奴……」
 リーチはそう言いながら名執を自分に引き寄せると愛おしそうに抱きしめた。
「そんなこと言ったらもう今度からしてあげません」
 出来るだけ意地悪く名執は言った。
「また……して欲しいな……駄目?」
 リーチはそんな名執にねだるような目で問いかける。
「リーチが望むなら……いつでも……」
 そう言って名執はリーチに腕を廻し、身体を巻き付けた。
「ユキ……他の誰にもこんなことしちゃ駄目だぞ……」 
 まじめくさった顔でリーチが言った。
「他の事ならいいんですか?」
「だめ!だめ!絶対駄目だからな!」
 リーチはそう言って名執の身体に馬乗りになった。
「俺……独占欲が思いきり強いの……分かってるだろ?」
「そうなんですか?知りませんでした……」
 しれっとそういう名執にむっとしたのか、リーチは思いっきり名執の下半身のモノを掴んだ。
「あやっ……痛い!」
「ここも含めてみんな……全部俺のだからな。誰かに見せたり、触らせたりしたら……きっとお前を閉じ込めて外に出さない。触れた奴は刑務所に無理やり罪を被せてブチ込む。それにお前を傷つける奴は、何人だって海に沈めて魚の餌にしてやるからな。本気だぜ俺……お前も気をつけるんだな……」
 リーチの瞳は本気だと言うように名執の瞳を射貫く。
「わ……私だって……リーチが私にするようなことを他の人にしたら、きっと貴方を閉じ込めるでしょう。トシさんには申し訳ないですが……。でも本当にそんなことになれば、私は……貴方をきっと殺してしまう……。犯罪者になってもかまわない……永遠に自分のものにするためにきっと殺す……」
「ユキって……過激……」
 自分の言ったことも忘れたリーチが驚いた顔をして言った。
「私って過激なんです」
 名執はふふっと笑った。
「でも……貴方を愛しているから……そうしたくても出来ないでしょうね……きっと一人で誰もいない…誰も私の知らない人達のところで死ぬんですよ……私ってそういう人間なんです……」
 言葉だけは何だって言える。だが本当にそんなことになったら、きっと自分は結局何も出来ずに一人で死んでいくような気がする……。名執はそう考えて、リーチの胸に顔を埋めた。
「ユキ……」
 その瞳には涙が浮かんでいた。
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