Angel Sugar

「やばいかもしんない」 第1章

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「ねえ大地、ちょっと話しがあるんだけど……」
 仕事から帰ってきた大地に博貴がまじめくさった顔で言った。
「え?なに?」
 靴を脱いで部屋に上がった大地は顔を上げてそういった。
「一ヶ月だけなんだけど……」
 博貴は大地を引き寄せた。
「なんだよ、はっきり言えよ……気持ち悪いなあ……」
「うーん……あのねえ……。一ヶ月だけ働くんだ」
 博貴はまだ家でごろごろしており、無職のままだった。
「……なにそれ?ホストに戻るのか?」
「いや、一ヶ月だけ手伝うことになったんだけど……」
 博貴がはっきり言わないことで、大地はなんだか気持ちが悪かった。
「なあ、人に言えないような仕事でもするのか?だから言葉を濁すのか?」
「え、違うよ。色々事情があって、酒井の会社をね……手伝うことになったんだ。大地にしてみれば気分が悪いと思うけど……」
 酒井というのは博貴の父親である。だが正式な息子ではない。
「……ふうん。別に俺に断ることねえじゃん。やれば?俺、いいと思うぞ」
 大地は博貴の父親に会ったことがある。博貴が言うほど悪い感じはなかった。それより博貴と和解できるものなら、和解して欲しいと思っていたのだ。
 確かに博貴は愛人の子で、色々複雑な事情があっただろう。だが、博貴にとって家族はその父親しかいない。仲良くなれとは言わないが、憎みあうのは悲しい。
「いいのかい?」
 驚いた顔で博貴は言った。
「だから、お前の事だろ。別に一ヶ月じゃなくてもさあ、ずっとでもいいじゃんか」
「……誰がずっと働くって?そんなことする訳無いでしょ。それが済んだらホストに戻るよ。榊さんも五月蠅く言ってきてるしねえ……」
 ははっと笑って博貴は言った。
「でさあ、なんで一ヶ月なんだ?その変な期限……」
「一ヶ月後のお楽しみ」
 博貴は何か隠しているような笑みを口元に浮かべた。
「……むーっ……俺に隠し事するのかあ?」
 大地は博貴の顔を睨んでそういった。
「だってねえ……大地を驚かせてあげたいんだよ。だから内緒。今言ったら楽しみがなくなるでしょ」
 楽しみ?そういう事なら仕方ないかと大地は思って「分かった」と納得した。 
「大ちゃん……本当に納得してくれたのかい?」
 博貴は大地に廻している腕に力を込めて耳元で囁いた。
「悪いことするわけじゃねえんだからさあ……納得できない理由無いよ」
 どうして博貴がそういう風に言うのか大地には分からなかった。
「……君は……どんな目にあわされたかもう忘れちゃったのかい?」
 困惑したような顔で博貴はそういった。
「まあ、色々あったことは確かだけど、俺、あのことに関しては今はもう腹立ったりしてないんだ……。だって俺は何も失わなかったんだからさ……」
 そういって大地は博貴の胸に擦り寄った。
 大地にとって日常が戻ってきただけで幸せなのだ。
「大地……」
 博貴は小柄な大地を腕の中にすっぽりと包み込んで、大地のさらっとした髪に頬ずりしてきた。だが、どういうお楽しみが待っているのだろう。手伝うことで何が楽しみに繋がるのか大地には全く分からなかった。
 そんなことを考えていると博貴の手はシャツの下に潜り込んで、大地の腹をサラリと撫でた。
「うわっ……まてまてまて……俺、先に飯食いたい」
 バッと博貴を押し返して大地はそういった。
「ん……そうだねえ……」
 残念そうに博貴はそういった。
「でもさ、お前身体は大丈夫なのか?」
「毎晩大地と運動できるくらい回復したんだからね。もう大丈夫」
 思わず顔が真っ赤になるような事を博貴が言った。
「ばっ……馬鹿野郎……そんな言い方するな!」
 エプロンをつけ、台所に立ちガタガタと鍋を鳴らしながら大地は言った。
「まーだ納得してないんだからね。君とやれなかった分を取り戻すまでは、大地を見るたびにやりたくて仕方ない……」
 今度博貴は大地の後ろから抱きついてそういった。その廻してきた手はすかさずズボンの中に潜り込んだ。
「お前はっ……こんなところでさかるんじゃねえ!」
「大地……」
 博貴は首筋を愛撫しながら、ズボンの中にある大地のものをそっと掴んだ。
「あっ……も、よせって……」
「なんかさあ……エプロン姿ってこう、扇情的なんだよねえ……襲ってみたくなるだろう?」
「お前っ……な、なんかの……ドラマ見過ぎ……っ……」
 ステンレスの縁を掴んで大地はそう言った。掴んでいないと座り込んでしまいそうになる。掴まれた下半身のものは博貴の手の平で、与えられる刺激を悦び、ビクンと痙攣する。
「大地のここは敏感だねえ」
 くすくすと背後から笑い声が聞こえ、大地は体温が上がった。
「やめ……ろよ……」
 はあっと息を吐き出して大地は言った。
「やめないよ……」
 博貴はそう言って大地の背をペロリと舐めた。
「誰か来たらどうするんだよ……俺……嫌だよ……鍵かけてねえし……っあ……」
 博貴の手は大地を追いつめるように、その手を上下させていた。ふくらみを持った欲望は早くも液を先端から零れさせて博貴の手を濡らした。
「誰も来ないよ……」
「あ……っ……や……だ……っ……」
 身体をくねらせて大地は言ったが、そんな行動すら博貴を煽るのか「色っぽいよ……大地」と嬉しそうに言う。
「あっ……ん……んん……」
 もう少しで解放されると思った瞬間、玄関の戸が叩かれる音がした。
「嘘だろ……」
 博貴が舌打ちしながらそう言ったが、大地は思わずシャツを掴んで座り込んでしまった。
「大地……帰ってるかい?」
 兄の戸浪の声であった。
「だ、だからやだって……」
 恥ずかしくてその場から動けなくなった大地の代わりに、博貴が玄関に向かった。
「大地は?」
 不機嫌そうな戸浪の声が聞こえる。
「ええ、ちょっと……」
 困ったような声で博貴が言った。
「靴があるということは帰ってきてると言うことだね」
 めざとく戸浪はそう言った。上がらないでくれよと大地は、がさがさとシャツを着込んでズボンをあげると、そろそろと玄関に顔を出した。
「兄ちゃん……なに?」
 出来るだけ普通の顔で言ったのだが、戸浪は何かを感じたのか、全くという顔をした。
「……まあいい、今週末実家に帰ることを覚えているか?」
「え、そんな話ししてたっけ?」
 大地は覚えていなかった。
「ああ、やっぱり忘れているな。それでだ、切符は取らなくて良いから……」
「え?」
「いや、……そのだな。三崎が車を出してくれるんだ」
 ごほんと咳払いをして戸浪は言った。
「兄ちゃん……父ちゃん達に白状するの?」
「ば、馬鹿者、そんなこと出来る訳無いだろうが。違う。三崎はホテルに泊まるんだ。ついてくると言って聞かないからな」
 ちょっと頬を赤くした戸浪が言った。
 大地は三崎という男は戸浪より年下で、いつ見てもへらへらしていて、頼りになるように思えず、あまり好きなタイプではなかった。が、戸浪が良いと思っているのなら仕方ないと思うことにしていた。
「ふうん。そういうこと。別に構わないよ……でもさあ、そんなの電話でも良かったのに……」
「近くまで来たから寄ったんだ。で、いるなら一緒に食事でもと思ったが、迷惑だったようだな。じゃあ」
 冷たい目で戸浪はそう言って出ていった。
「に、兄ちゃんっ……。お、お前が悪いんだからなっ」
 博貴の方を向いて大地はそう言った。
「はは、悪いねえ……でも大ちゃん……来週末帰るんだ」
 博貴がちょっと寂しそうな顔で言った。
「……お前も来る?」
 一緒なら嬉しいなあと思いながら、大地は言った。二人で旅行などは行ったことが無いからだ。
「いや、私の方は明日から仕事に入るから……暫く休みが無いだろうからねえ……」
 惜しかったなあという顔で博貴は言った。
「そっか、仕方ないよな。じゃ、夕飯今度こそ作らせろよ。またしょうもないことしやがったら飯抜きだからな」
「……それは困る……」 
 そう言って博貴は大人しく座敷の方へと座った。
 ようやく大地は今度こそ夕食を作る事に専念した。作りながらちらりと博貴の方を向くと習慣になっているのか新聞をやっぱり広げて読んでいる。
 ホストより、サラリーマンの方が良いのかもしれないと思いながら、あの肩まである栗色の髪を切らないのだろうかとふと大地は思った。
「なあ、その髪の毛……きらねえの?」
「……んー……やっぱりまずいと思う?」
 新聞をちょっと目線から外してこちらを見ると博貴は言った。
「だって、そんな髪のサラリーマンなんていねえよ……」
 いや、面接段階で落とされてるだろう。
「まあ、そうだろうねえ。でも一ヶ月だから……」
「お前さあ今から髪切って来いよ。その間に飯作ってるから……」
「……えー……時間かかるよ……」
 嫌そうに博貴は言った。
「ほら、まだ七時だし、滑り込みセーフってとこじゃねえの?」
「私はセットして貰う人を指名してるんだよ。急には無理だね」
「無理って……お前、その辺の散髪屋でいいじゃんか」
「よしてくれよ……」
 手を振って博貴はそう言った。行く気が全く無いらしい。
「……絶対真っ先に注意されるぞ……」
「だろうねえ……」
 人ごとのように博貴は言った。大地はこれ以上話しても無駄だと思い、その話はそこで切り上げた。
「んでさ、何の仕事するの?」
「あ、ああ……秘書」
「秘書?お前が?」
 この顔で、この髪型で、秘書?
「うーん……高良田が今入院してるらしいんだよ。その代わりにね暫く代行、身内にしか見せられない書類とかあるらしくてね。その整理とかするんだよ」
「……入院って……怪我でもしたの?」
「……まあ、そうらしいね。私も良く知らないんだよ。ただ、何だか暴漢にあったようだねえ、いい気味だ。まあ、そう言うことで、いなくて良かったのかもね」
 博貴は何だか意味ありげにそう言ってくすくすと笑っていた。
 気持ち悪い笑い方だなあ……
 高良田とは博貴の入院先で会ったのが最後であったが、あの時頭に血が昇っており、余り覚えていないが、元気だったはずだ。その後何かあったのだろうか?
 と、思いながら、その暴漢が博貴だとは気づいていない大地だった。
「ふうん……」
「ああ、大ちゃん……暫く忙しくて構ってあげられないかもしれなけど、浮気しちゃ駄目だよ」
 真面目な顔で博貴が言った。
「はあ!?っ……っち」
 持っていた鍋を落としそうになって大地は慌てて体勢を立て直した。
「わっ……大ちゃん大丈夫かい?」
 博貴が慌てて側にやってきた。
「大丈夫ってなあ、何言い出すんだよ……それもマジ目で言うな」
 湯が跳ねた指を振って大地が言うと博貴はその手を取って、自分の口元に運んだ。
「は、恥ずかしいことするなっ」
 大地はそう言って口に含まれた指を離すと、今度博貴は大地に擦り寄るように腕を廻してきた。
「心配なんだもんねえ……」
 べたべたと身体をすり寄せてくる博貴を、押しやって大地は言った。
「もー……ひっつくなっ。大丈夫に決まってるだろ。ほらー飯運んで」
 身体が治ってから博貴はもう、ことあるごとにベタベタしたがるのだ。
「大ちゃん冷たい……」
 渋々博貴は、出来上がった料理をもって居間の机に運んだ。
 全部運び終わり、大地が座ると博貴が言った。
「私のことは心配しなくても大丈夫だからね。大地一筋だから」
 何故かキラリンと目を輝かせて博貴が言った。
「……あのなあ、何で急にそんなこと言い出すんだよ……」
「多分ホントに毎日遅くなりそうなんだよ。暫くこうやってご飯を一緒に食べられないかもしれないから……それを変な方に想像されたくなくてね……」
「想像なんかしねえよ。仕事だろ?ならいいじゃん。いただきますー」
 大地は手をあわせてそう言うと、箸を持った。
「少しくらい寂しいよとか言って欲しかったのになあ……」
 残念そうに博貴が言った。
「大の大人が何言ってるんだよ……全く。何でも良いからさっさと食え」
「はいはい。いただきます」
 博貴は観念したようにそう言うと、箸をもって食べることに専念した。
 高々一ヶ月、そのくらい我慢できるに決まってると大地は思った。
 それにしても楽しみなこととは何だろう。大地は色々考えたが、これというものは思い浮かばなかった。


 
 博貴が会社に行き始めると大地は夜勤になり、本当に博貴に会わなくなった。顔も見ることが無くなったのだ。朝も早く出ているようで、朝方帰ってきても博貴は既に出勤した後なのだ。
 だが博貴は伝言板として使っている冷蔵庫に毎日メモを貼ってくれているので、寂しいことは寂しいのだが、互いを繋げているメモのお陰で何とかしのげていた。実際、会話が出来ないということが、これほど辛いと大地は思わなかった。なにより一人で摂る食事もわびしい。
 ようやく週末は日勤に戻して貰い、明日から実家に帰るのだが、今日は遅くても博貴の顔を見たいと思った。だが最近は帰ってきているのか、まだなのか良く分からないのだ。
 そんなことを一日考え、仕事を終えて戻ってくると、博貴の方のうちに明かりがついていた。珍しく早く帰ってきたんだと大地は急に嬉しくなり、鞄を置くと隣へと続く扉を開けた。 
「今日は早かったん……」
 と、途中まで言って大地は言葉が切れた。博貴は髪を切ってさっぱりしていたことも驚いたが、奇麗な女性がそこに座っていたからだ。スーツをきっちり着こなし、髪は短く化粧もそれほど濃くはない。だがそんなことをしなくても、充分元が良いから薄化粧なのが大地には分かった。
「やあ、大ちゃん。今日は早く帰りたかったから、帰っては来たんだけど仕事がまだ残っていたから持って帰ってきたんだ。あ、こちらは同じ秘書の大崎さん」
 そう博貴が言うと大崎はぺこりと頭を下げた。
「彼は隣の住人の澤村さん」
 今度はこちらを紹介したので大地は「こんにちわ」といった。
「あ、済みません、お邪魔でしたよね。じゃ……」
 大地はそう言って自分の部屋に戻った。仕事を持って帰ってくるのは良いが、どうして女性まで連れ帰るんだと大地はムッとしたが、仕方ないのだと諦めた。それほど忙しいのだ。
「それにしてもあいつ……何時の間に髪の毛を切ったんだろ……」
 一瞬だけ見た博貴は、肩まであった髪をすっぱりと切り、さっぱりとしていた。栗色の髪だったのだが、染め直したのか濃い茶色になっていた。別に顔かたちが変わったわけではないが、整った顔立ちが更に際だったような気が大地にはした。多分今まで顔のラインが出るような髪型ではなかった所為だろう。
 どちらかというと甘い感じが、精悍な顔立ちになっていた。
「……やっぱりあいつって、かっこいいよな……」
 博貴がこの場に居ないにも関わらず、大地は自分の頬が赤くなるのを感じた。そんな自分を振り払いながら、キッチンに立って食事を作り始めた。
 博貴がどうするのだろうかと考えたが、仕事を手伝ってくれている女性がいるのだ。博貴のことだから食事でもおごるだろうと思い、自分の分だけ適当に作るとそれを食べ、風呂に入ると明日の準備に取りかかった。
 着替えを適当にバックに詰め終わり、時間を確認すると十一時を過ぎていた。布団に横になると、先程は聞こえなかった声が隣からした。
 どうもまだ大崎が博貴の部屋に居るようであった。
 おいおい、こんな時間までいるのかよ……と、大地は嫌な気分になった所で電話が鳴った。
「もしも……あ、兄ちゃん?」
 相手は兄の戸浪であった。
「明日は七時に迎えにいくからな、ちゃんと起きて待っていろよ」
「そ、そんなに早く出るの?」
 七時に起きなければいけないのなら、博貴と抱き合うわけにはいかなかった。そんなことをすれば絶対起きられなくなるのが分かっていたからだ。
「馬鹿だな。土曜の日中は混むだろ。渋滞を避けたいんだ」
「あ、そか。分かった七時にコーポの下で待ってるよ」
「分かったよ。お休み大地」
「お休みなさい」
 電話を切ると大地は、仕方無しに部屋の電気を消すと布団に潜り込んだ。暫くするとうとうととしだしたが、隣から何かが割れるような音がして目が覚めた。耳を澄ませていると大崎が「ごめんなさい」と言い、博貴が「気にしなくていいですよ」と、よそ行きの口調で言っていた。
 壁が薄いのは嫌だなあと大地は思った。博貴のすまいのうち、一階の方は後から防音の為に工事したらしいので、たとえピアノを弾いていても隣近所に迷惑がかからないらしい。
 だが、二階部分は防音処置をする必要が無かったために、薄い壁のままであったのだ。だから小声で話す分は隣に聞こえはしないが、少々大きな声となると、薄い壁を通り越して結構何を話しているか分かるのだ。
 暫くすると大崎が「じゃあ、また明日」という声が聞こえた。ようやく帰るようだ。にしても明日は土曜日だ。なのにまた明日と言うことは休日出勤なのだろう。
 大変だなあと大地が思いながら、起こした身体をもう一度布団に沈めて目を閉じた。
「うーわ大ちゃん冷たい!」
 いきなりそう言われて大地は飛び上がった。
「えっ……あ、大良……び、びっくりした」
 大地をまたぐように膝をついた博貴がこちらを覗き込んでいるのを間近で見た大地は心底驚いてそう言った。
「何の為に早く帰ってきたと思ってるんだい?」
 そう言って博貴は軽く口づけをしてきた。
「何が早いだよ……早く帰ってきたか知らないけど、お前今までうちの中で仕事してたんだろ。んなの待ってられるかよ……」
 既に眠る体勢であった大地は、目がしょぼしょぼとして、今、目を開けているのも辛いのだった。そんな大地に構わず博貴は布団ごと担ぎ上げた。
「ちょ、ちょっと待てよ……俺明日早いんだよ……兄ちゃん七時に迎えに来るから六時には起きなきゃならないんだって……」
「寝なきゃ良いだろ」
 サラリと博貴がそう言って、担ぎ上げた大地を連れて一階の寝室まで運んだ。
「あーのーなー。お前だって明日仕事だろ?」
「……聞こえてたんだ?」
「壁薄いから聞こえるんだよ」
 大地はそう言って手足をばたつかせようとしたが、巻き付いた布団が手足の自由を奪っていた。
「まあ、変に勘ぐられないからそれはそれで良いことかア……」
 博貴が妙に納得した顔でそう言いながら布団に丸めた大地をベットに下ろすと自分の下に組み敷いた。
「俺の話聞いてる?」
 大地がそう言うと博貴は、ニッコリと笑みを浮かべた。怖いのは浮かべながらも大地を包む布団を剥ぎ取って既に手はシャツの中に入れられていることだ。
「聞いてるよ」
 耳元でそう囁くと吐き出す息が感じられ、大地はぞくっとしたものが身体を走るのが分かった。
「俺……六時に起きないと……」
 やんわりと抵抗したが、大地とてこういう博貴を止めることなど出来ない。
「起こしてあげるから……言うことを聞いてくれないかなあ……。ずっともう大地を抱きしめていないから、限界だよ……」
 胸の突起を指先で揉まれて大地は小さく喘いだ。
「お……俺……ん……」
「大地の身体は素直に私を受け入れてくれているよ……」
 首筋から鎖骨にかけて愛撫を繰り返す博貴に大地は観念した。
「……ん……仕方ないよなあ……絶対起こしてくれよ……」
 そう言って大地は博貴の首に腕を廻した。だがいつも触れる髪がそこにない。何となく妙な気分であった。
「約束するよ……」
 頬を両手で挟さみ、大地の唇に軽くキスを繰り返し、暫くすると肉厚の舌が口元を割って侵入してきた。舌は口内でまるで生き物のように蠢き、その刺激だけで大地は身体の体温が上昇した。
「……ん……っ……」 
「なんだか大地……普段より敏感だね……」
 クスリと笑った博貴は、二度惚れするような顔をしていた。短い髪も似合うなあと大地は思わず見とれた。
「髪……切ったんだ……」
 と言って頭を触ると、何だか手の感触がいつもと違った。
「……ん?」
 ぐいっと引っ張ると、髪が落ちた。
「ぎゃーーーーーーっ!なんだこりゃあああっ!」
 手に髪の束を持って大地は叫んだ。
 とにかく気持ち悪かったのだ。
「なんだい、そんなに驚くこと無いだろう?カツラだよカツラ。切るとねえ、ホストに戻ったときが今度まずいからねえ……だからカツラ」
 そう言う博貴の頭はピンをあっちこっちとめて長い髪を上にアップしていた。
「ぎゃはははははっ!なんだよその頭っ!どっかのばばあみたいだっ!」
 今度は可笑しくなった。先ほどまで感じていた快感はどこかへ吹っ飛んでしまった。
「やっぱりまずかったんだよ。似合わないかい?」
 苦笑して博貴は頭のピンを取って、元々の髪を下ろした。
「似合うとか似合わないとかじゃなくてさあ……変なんだもんなお前……。んじゃ毎朝頭アップしてカツラかぶってるわけ?」
「そーだよ」
 ムッとしてそう言いながら博貴の唇は大地の胸元から腹へと移動していく。
「……っ……」
「カツラのことなんか、どうでもいいだろ……」
「でも俺……ああいう髪型嫌いじゃないよ……」 
「惚れ直した?」
 笑いを含んだような声で博貴は言ったが、その表情は分からなかった。
「……うん……かっこ良かった……」
 よどみのない博貴の愛撫に、ぼーっとしながら大地は言った。
「大地にそう言って貰うと嬉しいねえ」
「もてるんだろうなあ……大良……」
 これだけの男前で、更に愛人とはいえ社長の息子だ。もてないわけはない。会社でどんな風に博貴が振る舞っているのかは分からないが、外面のいい博貴のことだ、もてまくっているに違いないのだ。そう考えるとなんだか大地は腹立たしい気持ちになった。
「もてる訳無いでしょ。私は臨時雇われ人で、それが終わったら職無し何だからねえ。そんな甲斐性無しの男に惚れる女性がいるかい」
「……そんなの言わなきゃ分からないだろ……いたっ……」
 博貴は大地のものを口に含んで歯を軽く立てたために痛みを感じた。
「くだらないこと言うからお仕置き……」
 そう言って今歯を立てた部分を今度は優しく舌で舐め上げた。すると下半身から立ち上る快感が大地の身体を走った。 
「あっ……や……」
 大地は上半身を起こし、博貴の頭を抱きかかえてそう言った。
「簡単にイキそうなほど大地のもうパンパンだよ……」
「……そんな風に……言うなよ……」
 図星を指されて大地の顔は真っ赤になった。
「ねえ大地……」
 口を離すと博貴は自分も身体を起こした。
「なに……?」
 浅く息を吐き出しながら、大地は言った。ここで止められるのは辛い。
「あーのーねえ……」
 ニヤニヤと口元に笑みを浮かべて博貴は大地を膝に乗せた。
「……何だよ……その笑い……」
 何となくギクリとして大地は言った。こういうときの博貴は意地悪なことを考えているのだ。
「大ちゃんって私がこうやって相手をしてやれない時は、自分で処理したりするのかい?」
「ば、馬鹿……な、なな、何言ってるんだよ」
 身体をずらそうとしたが、博貴の腕が大地の腰に廻っており、動くことが出来なかった。
「だってねえ……気になるだろう?」
「そ、そんなのしないよ……」
 嘘だった。
「またまたー。十八歳の健康な男子が一週間も何もしないで耐えられる訳無いでしょ」
「う、五月蠅いな。しねえっていったらしねえよ」
 かあっと首元まで赤くして大地は言った。心なしか身体も赤い。
「信じないよ……」
「お前……何が言いたいんだよ」
「ねえ大地……どんな風に一人でするんだい?」
「……お、まえ……っ」 
 やって見せてとでも言うのだろうか?そんなはずないよなあと思ったのだが、じっと見つめる博貴の瞳は本気の色合いを見せていた。
「嘘だろ?」
「じゃあ、大地は誰かにやって貰ってるとでも言うのかい?」
「そんな訳無いだろっ……何考えてるんだよ!」
「なにって……大地が私を想って自分を慰めている姿を見てみたいんだよ……」
「……お、おお、お前……へ、変態だよ。あんなものは人に見せるもんじゃねえだろ」
 大地は怒鳴るようにそう言った。
「やっぱり、一人で慰めていたんだねえ……うーん。ごめんよ大地……寂しい思いをさせてしまったね」
 ギュッと博貴に抱きしめられて大地は息が詰まった。博貴はそれを知りたいだけだったのだろうか?いや、違う。絶対見たいと思っているに違いないと確信した。
「……なんか……お前やっぱり……」
 ちょっと怯えたようにそう言うと博貴はニッコリ笑って大地の手首を掴んだ。そうして大地の手をやや立ち上がったモノに誘った。
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