Angel Sugar

「やばいかもしんない」 第8章

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「あ~分かるような気がするよ。くせ者だからねえ彼女は……」
 驚きもせずに博貴がそう言ったことの方が大地は驚いた。
「……くせ者ってなに?」
「大地ね、ああいう女性もこの世の中に一杯いる事知らないとね。まあ、普通の男の人なら信用しちゃうから、君も例外じゃなかったってことだよ」
「俺……お前が何言ってるのか分からない……」
「だからね、男に上手く言い寄るタイプだよ。ああいうのって痛い目に合うんだ。そんな風に一件見えないのが困りもんなんだけど、自分を下に見せて実はとんでもない事をさらって言うんだよ。でも絶対自分は悪者にならないように行動する女性がいるんだ。彼女はそういう部類の女性だよ」
「……え……」
「だから、私はホストで女性の扱いは長けてるよ。どういうのがやばいのか位心得てるつもりなんだけどね。君が納得できないんだったら真喜子さんに聞くと良い。彼女もそう言う女性のことちゃあんと知ってるよ。あっちはそんな女性に苦い目にあってきてるしね」
「でも、大崎さん……自分のお姉さんとお前が……婚約するみたいに……」
「……大崎さんにお姉さんが、いることはいるけどもう結婚してるよ」
 呆れたように溜息をついて博貴は言った。
「ええええ?」
 じゃあ、あの大崎のあれは演技だったのか?
 あんな風に貴方の為ですといって結局、自分の事を考えていただろうか?
 博貴に聞けば全部嘘だとばれるのに、そんな事を全く考えずにあんな嘘を付くことが出来るのだろうか?
 大地は呆然としてしまった。
 余りのことに思考が止まっているのだ。
「大地、はい、勉強になったね。ああいう女性には気を付けるんだよ。君はね、見たまんま、聞いたまま信用してしまうところがあるからね。心配だよ。まあ、素直で人を疑うことの知らない君の、そう言う所に惚れたんだけどね……」
 小さく溜息を付いて博貴が言った。
「し……信じられない……そんな風に見えない。だってお前のこと考えて言ってるんだって……俺……そう思って……」
 普通はそう思うよな?
 思うはずだと大地はようやくそう考えた。
「じゃあ、大崎さんの事を信用するのかい?私より?君と暮らすためにマンションを分与して貰うんだよ。なのに誰と暮らすって?君以外に?大ちゃんねえ、ちょっとは私を信用してくれないかな、なんだか不安だよ。愛されてないのかい私は……」
 拗ねたように博貴がそう言った。
「ううん……ごめん……俺びっくりして……なんだかもう、訳が分からなくなって……」
 もちろん博貴を信用するに決まっている。だが、まだ頭が混乱しているのだ。
「まあ、気持ちは分かるけどねえ……彼女ね、二人きりだと随分私にあからさまに迫ってくるよ。君がちゃんと私の恋人だって話してあるのにね」
 苦笑しながら博貴が言った。
「……はあ?」
 大崎が博貴に迫っている?
 俺が恋人だって知っているのに?
 それもよく分からない。
「困ってるけど、無下扱えないしね。営業だと思って適当にさばいていたんだ。でも君が大崎さんに酷いことを言われていたなんてね。許せないよ」
「大崎さんお前が好きなんだ……」
 大地は呟くようにそう言った。
「……さあねえ、それも良く分からないよ。ただ、私自身より酒井と、酒井の会社を見ているのは分かるよ」
 分からないって……
 お前が言うなあ~と大地は叫びそうになった。
 ただでさえ、大地には理解不能な大崎なのだ。その上、博貴までよく分からないと言い出したら誰に答えを求めれば良いのだ?
「それどういう意味だよ?」
「彼女ね、あれで結構もてるのに、男友達はいるけど恋人はいない。なかなか見合いも縁談が決まらない。理想が高いんだろうと思うけど……。まあ、彼女のうちもお金を持っていて、それなりの相手でないと納得できないのもあるんだろうけどね。私もちょっと分からないね。そういう部分での彼女は……」 
「だってお前、会社は継がないんだろ?」
「仮に何かの間違いで、こっちがその気になったとしても酒井が納得しないよ。あの男はあれで実力主義だからね。だから会社があれだけ大きくなったって言っても過言じゃない。その辺は認めてやるよ」
 博貴には珍しく酒井を認めた発言をした。
「……じゃあ、なんで大崎さんがお前に……」
 それこそ理由が分からなくなってくる。
 博貴に対して恋愛感情がない。その上、博貴は会社を継ぐ気など無い。だったら何故大地にごちゃごちゃ言ってくるのだ?
 それも別れさせようとするのだ?
「知らないね。でもホストに戻ったらきっと見向きもしなくなると思うよ」
 うんうんと頷きながら博貴が言った。
「そういうもんか?そんなこと考えて相手選ぶのか?」
「さあ、いろんな女性がいるからね。まあ、大崎さんには私からも一言いっておくよ。これ以上君が振り回されるのは私も辛いからね。ほんと、怖い人だよ……」
 今度は、やれやれという風に博貴は言った。
「あのさ、大崎さんと別に何も無いんだよな。あるから向こうがお前に執着してるわけじゃないんだろうな」
「……私ってそんなに疑わしい態度をとってるかい?」
 ニヤニヤとしながら博貴は言った。
「それは知らないけど……お前が優しくしたりとか、思わせぶりな態度とったりしたかもしれないし……誤解されるようなことしてないって言い切れるのか?」
 じーっと博貴を見つめて大地は言った。
「大ちゃん、それってもしかして嫉妬?」
 満面の笑みで博貴が聞いてきた。何が嬉しいのかこちらは分からない。
「なんだよ……その顔。何がそんなに嬉しいんだよ……」
「だって、大ちゃんが嫉妬してくれるっていうことは私に惚れてるからだろう?だから大崎さんのことが気になるんだろ?それが嬉しいんだよねえ」
 言って博貴は大地を引き寄せた。
「……馬鹿かお前……俺は別に……」
 違う~何かが違うぞ……
 と、大地は思うのだが、引き寄せられてちょっぴり嬉しい。
「ちょっと疑って嫌な気分になったんでしょ?疑われるのは嫌だけど、こういうのもいいね。君が私を好きだって事が再確認できる」
 嬉しくて堪らないという顔で博貴がこちらをじっと見る。その嬉しさが移ってこっちまでどんどん嬉しくなってくる。
 俺ってやっぱり単純かもしれないと大地は思った。
「……はあ……俺は疲れちゃたよ……ここんとこお前のことばっかりで、ごちゃついてたもんな……」
「済まないね……でもほらもうすぐだから……大地、ここを引き払って一緒に暮らそう。いいね?」
「あっ!マンション!」
 思い出して大地は大声を上げた。
「そんなでっかい声で喜ばなくても……」
「お前!マジで言ってるのか?」
「マンションのオーナーだよ私は。まあ、榊さんから五月蠅く復帰するように言われてるから、週に四日くらいホストのバイトするけどね」
 博貴はそう言って大地の鼻をつまむ。こっちがどうしたいかなど全く考えていない。
「……俺一緒に?」 
「そうだよ。だってここ引き払うだろ。大ちゃんだけここに置いて置けないからね。じゃあ、一人で住むのも広すぎるから、君も一緒に住めばお互いにとって良いだろう?今だってほとんど一緒に暮らしているようなものだし……」
 確かにそうだ。だが、本当に一緒に暮らすことは考えたことは無かった。そんな考え込む大地に博貴が心配そうに言う。
「どうして考えるんだい?答えは決まってるはずだろう?それとも、君じゃなくて他の誰かを住まわせても良いって思ってるのかい?私はこれでも寂しがり屋だから、広いうちで何ヶ月も暮らせないよ。君がいてくれないと……」
 大地を自分の腕の中にすっぽりと納めて博貴は言った。
「分かってるけど……ええっ??」
「君ね、何言ってるか自分で分かってるのかなあ?」
 クスクスッと笑って博貴が言った。
「だって、マンションって……酒井さんがやるっていったのか?」
 あげるといってポンと人にあげられるものなのか?大地にはその感覚が分からないのだ。
「そうだよ、元々私と母が住んでた土地だって言ったでしょ。返してくれるっていうのは良いんだけど、マンションが建っちゃっててね。それもおまけに付いてきたってことだよ。だから私は仕方なくそれも譲り受けることになったんだ。大地、そんなことより、一緒に暮らしてくれるんだろうね。君と離ればなれになるくらいなら、酒井に断る」
「でもお前の思い出の土地だろ?」
「思い出は心の中にある。今が私には大切なんだ。その今が不幸になるくらいなら、私は土地もマンションもいらないよ。欲しいからくれと言った訳じゃないんだからね」
 もし大地がマンションに住むのは嫌だといえばこの男は酒井に断るだろう。酒井はきっと父親らしいことが出来なかった博貴に精一杯のことをしてやろうと思い、生前分与しようと思ったに違いないのだ。
 いや、もしかして自分の方が先に死ぬ後のことまで考えたのかもしれない。息子である博貴にどんなことがあっても生きていけるように、確実な収入を確保してやりたかったのかもしれない。
 そんな酒井の気持ちを大地の事だけで無駄にはしたくなかった。
「……分かった……いいよ」
「なんだか嫌々っぽいね」
「え、違うよ……嬉しいけど……複雑なんだよ。一緒に暮らすって実感いまいちないから。だって今も一緒に暮らしているようなもんだし……」
「だからね、特に生活自体が変わる訳じゃないんだから、気楽にちょっと場所を変えるだけって思えば良いんだよ。だろ?」
「うん。そうだね」
 考えてみるとただ住むところが変わるだけで生活自体が変わるわけではない。今も殆ど一緒に暮らしているも同然だ。それに兄の戸浪も祐馬と同じマンションに住んでいる。あれと似たようなものなら別に構わないか……と大地は思った。
「ああ、良かった。大地が嫌だって、ごねたらどうしようかと思ったよ。色々もう準備していたしね」
「準備って?」
「マンションの方、空だからソファー入れたりカーテン入れたりね。そっちにもかかってたから遅くなったりしてたんだよ」
 これでもかと言うくらい嬉しそうな顔で博貴が言った。
「……なあ、どういうマンションだ?」
「まだ連れて行ってあげる時間が無いから、今のお勤めが済んだら一緒に行こうね」
「……分かった……」
 すげえとこだったらどうしよう……なんて思っていることなど博貴には分からないだろう。こっちは貧乏人の子供なのだ。金持ちの感覚など分かりはしない。
「ねえ、そろそろ夕ご飯にしないかい?私はお腹すいちゃったよ……」
 博貴は最近、大地の顔を見ると、いつもお腹が空いたと言っているような気がし、思わず笑ってしまった。
「なんだい?」
 大地が何、故笑っているのか分からない博貴は怪訝な顔で言った。
「お前、最近俺の顔見たら腹減った腹減ったばっか言うからさ、それがおかしくてさ」
 そう言うと博貴は苦笑した。 
「俺もまだだし、一緒に食おう」
 大地がそう言って台所に立つと、博貴はようやくホットしたような顔になった。

 翌日会社に出社すると、博貴は真っ先に大崎を捜した。大地にはそれほどこちらの腹立ちを見せなかったが、内心大崎に平手でも食らわしてやろうかと言うくらい博貴は怒っていたのだ。
 干渉されるいわれもない相手にどうしてここまで翻弄されなければならないのだ。そう言う気持ちが怒りを更に倍増させるのだ。だからといって怒りに我を忘れるわけにもいかない。ああいう相手は難しいことを博貴は知っていたからだ。
 一方的に責めると今度は何を周りに言うか分からない。
 大崎は朝のコーヒーを休憩所で取っていた。そこへ博貴が足早に向かうと、それに気が付いた大崎がぺこりと頭を下げた。
「大崎さん。ちょっと良いですか?」
 博貴は表情を変えずに大崎の隣に座った。
「はい?」
 何だろうと不思議な顔をし、大崎はこちらを見つめ返す。
「私の恋人に色々忠告していただくのはありがたいんですけど、私は迷惑しています。貴方に関係無いことですから今後一切関わって欲しくありません。例え会うことがあっても私の恋人に話しかけるのを止めていただきたいのですけどね」
 穏やかに笑みを絶やさず博貴はそう言った。会話の聞こえない周りにいる人達は、仲良く朝の会話を楽しんでいるようにしか見えないだろう。
「……えっ?」
「いやだなあ、色々話しされたんでしょう?まあ、そんな話しをされたからと言って別れてしまうほど柔な関係じゃありませんから、いいんですけどね。鬱陶しいんですよ。他人に波風を立てられるのは」
 不安そうな顔で大崎はこちらを見ている。たいした女だと心の中で博貴は思った。
「私のそう言う気持ち分かっていただけますか?」
「あの、私、別に悪いことを言ったわけでは……」
 おどおどしたように大崎が言った。
「そうですね、私のことを色々考えてくださったのはとてもありがたいんですけど……」
 一呼吸置いて博貴は続けた。
「迷惑だと言ってるんです」
 そう言って博貴は立ち上がると後ろを振り返らずに、自分の仕事場へ戻った。その為、大崎がどんな顔をしていたか全く分からなかった。

 博貴がそんな会話を朝したとはつゆとも知らず、大地は機嫌良く巡回をしていた。
 まあ、又大崎からごちゃごちゃ言われるかもしれないのだが、聞き流せば良いのだと自分に言い聞かせた。
 今でも大崎が博貴の言うような、そんなたいした女性には思えなかったが、こちらは経験も少なく女性の性格など、見ただけでは全く分からないのだ。
 何よりどちらを信用するのだと聞かれたら、博貴だと答えるに決まっている。大崎の言うことも聞いているときは、そうか、そうなのだろうと納得するのだが、後で考えると、どうしてそんなことを言われないといけないのだと考え込んでしまうのだ。
 これは二人の問題であって血縁関係者でも無い大崎にごちゃごちゃ言われる理由も筋合いもない。
 そう考えると気が楽になった。うじうじ悩んでいたのが馬鹿らしい。
 晴れやかな気分で、大地は色々あって忘れていた事を片づける為、昼休みを利用して銀行に出かけた。
 両親にお金を送ると言って忘れていたのだ。
 昼休みなのに意外に人は少なく、大地は振り込み用紙に金額などを記入し、手続きを終えた。同時に母親に連絡を入れて無事に振り込んだことを知らせ、無事に手続きを終えたことを知らせた。
 ふと気が付くと大崎も銀行に来ていた。何か言われる前にさっさと帰ろうと出口に向かおうとすると、やはり大崎に呼び止められた。
「……なんですか?」
「あの……済みません。色々澤村さんに言ったこと……謝りたくて……」
 しおらしくそう言う大崎は本当に感じのいい女性に見えた。とても博貴の言うような女性に見えない。
「……はあ……いえ」
「悪気があった訳じゃないんです……本当に……ただ……大良さんのこと考えて……」
 何度もお辞儀してそういうので大地の方が困ってしまった。
「あ、良いんです……気にしないで下さい。その気持ちだけ受け取っておきます……」
 大地は慌てて手を左右に振ってそう言った。
「嘘も付いてしまって……ほんと馬鹿ですね……私」
 そう言ってちょっと悲しそうに笑う大崎は、可愛らしいと大地は思った。
「そんなこと無いです。もう、止めてください。俺……気にしてませんから……」
「良かった……じゃあ、私これで……」
 そう言って大崎はくるりときびすを返して会社へと帰っていった。
「ちょっとびっくりしたなあ……」
 大地は頭をかいてそう呟いた。あんな風に言われると怒る気など失せる。何より大地は女性に対して怒鳴ったりするのが苦手なのだ。以前少しだけつき合った同級生にだって何を言われても怒鳴ったことなど無かった程だ。
 もしかして、博貴が何か言ってくれたのだろうか?
 大崎の機嫌を損ねなかったのだろうか?
 まあ、その事は帰ってから博貴に聞けばいいのだと大地はそう思った。

 夕方勤務を終えて大地が帰り支度をしている頃、博貴が詰め所にやってきた。
「警備員さん。これ落とし物です」
 ニコニコとそう言って博貴は小さな紙切れを大地に握らせた。
「落とし物ならこちらに記入して下さい」
 そう言ってシートを渡すと「あ、勘違いです」と、苦しい言い訳をして、さっさと行ってしまった。
「なんだい今のは?」
 怪訝な顔で同僚の福井が言った。
「さあ、勘違いでしょう……」
 ははっと笑って大地は言った。時間が来ていたので、服を着替えながらそっと紙切れを読むと「今日は早く帰れそうだから、どっかに食べに行こうか?」と書かれていた。久しぶりの外食だあと、うきうきしながら大地は裏口から会社を出て、いつものように地下鉄を乗ろうと交差点下の地下歩道に入った。
 時間はまだラッシュになっておらず、人通りがそんなに多くない。大地はそこを抜け、階段を上がり上に出たところで急に後ろから首元を殴られた。あっと思ううちに身体が前に崩れ、その身体が一瞬のうちに引きずられてワゴンに連れ込まれた。
「なっ……」
 大地はガンガンとする頭を抱えながらも狭いワゴン内で暴れた。
「うわっ!いてっ!このガキっ!」
「いでっ!」
 大地を捕まえようとする四人が、反撃を受けて叫んだ。
「薬つかえ薬!」
 運転している男が振り返ってそう言った。
「ったい!なんなんだよっ……うっ……」 
 鼻につんとした臭いがしたと思ったとたんに大地の意識が飛んだ。
 俺、一体何に巻き込まれたんだろう……と、遠くなる意識の中で大地は思った。

 目が覚めると手が後ろで縛られ、足も縛られてコンクリートの上に転がされていた。まだ視界がはっきりと見えず大地は何度も目をしばたいた。
「……何処……ここ……」
 何とか身体を起こして周りを見回すと、薄暗い場所は周りに幾つか木箱が積んである。芋虫のように這い、扉のある階段を何とか上ろうとすると、急にその扉が開いて見知らぬ男達が五人入ってきた。どう見ても知らない顔ばかりである。
「お姫様はお目覚めみだいだな……」
 背の高い男がそう言って笑った。
「なっ……なんなんだよ!俺あんたら知らないぞ!人違いだろ!」
 そう言うと顎を蹴られ、ようやく何段か上がれた階段から落ち、下のコンクリートに転がった。
「って……え」
 背中をしこたま打った大地は唸るように言った。
「このガキ……俺の肋骨にヒビはいっちまったんだぜ。その責任取ってもらいてえなあ。他の二人もえれえいたがってるぜ」
 派手なシャツを着ている男が言った。そう言えば暴れたときに、何人か殴りつけた記憶があった。
「あんたらが俺をっ……っつ」
 今度は足で腹を蹴られた。こっちは手足が不自由でどうにも動けない。
「あのさあ、君、自分の立場分かってる?」
 そう言うと胸ぐらを掴まれ、ナイフを頬に当てられた。
 ひんやりとした感触なのだが、大地には怖いという感覚はまだなかった。
「俺が一体何したって言うんだよ!なんでこんな目に合わなきゃならないんだっ!」
 そう叫ぶと同時にシャツが首元から下まで切られた。
「う……あっ……」
「大人しくしてないと、余計なところまで切ってしまうよ……別にかまやしないけどさ。おい、押さえとけ」
 男は他の二人に言うと、大地は身体を仰向けに押さえつけられた。
「……俺を……殺そうとしてるのか?」
 そこで初めて自分の顔色が無くなるのが大地に分かった。
「いや、ちょっと俺達と楽しませてくれたら、ちゃんとおうちに帰してやるよ。なあ」
 なあと言って他の二人を見渡すと、二人ともニヤリと笑った。
「……嘘……だよな……俺、男だし……」
 女と思われた?
 まさか……
「あれ、慣れてるって聞いてるぜ。初めてじゃねえんだったら、別に恥ずかしがることもねえし、痛くもねえだろ?ちょっと気分を変えてみるのもいいってことだ」
 それは博貴とのことを言っているのだろうか?
 どうしてこいつらがその事を知っているのだろう?
 それより向こうはこちらが男で、しかも大地だと分かっていてそう言っているのだ。
 間違いでここに連れてこられたのではない。
 分かっていて拉致されたのだ。
「畜生っ!」
 大地は身体が動かないので、目の前を覗き込む男の額に自分の頭をぶつけた。
「こっ……のがきっ!」 
 するとバシッと平手打ちを食らわされ、大地は頭の芯がぶれるような痛みが走った。だがこんな奴らに良いようにされるのはごめんだった。
「あいててててて」
 今度は近づいた男の手に噛みついて反撃した。口の中に鉄の味が広がる。
 このまま食いちぎってやろうと思ったのだが、足で蹴られて口元が離れた。
「薬もってこい!こういうガキは薬使った方が良い」
 嫌だった。
 そんなの絶対嫌だと反抗するのだが、どうにもならなかった。数人に押さえつけられ、腕からチクッと痛みが走ると、青ざめた顔が更に青ざめた。
 どういう薬を打たれたのか分からない。それが余計に心臓の鼓動を早めた。
「暫くしたら嫌でも、やって下さいってお願いすることになるぜ。ったく手間取らせやがって……」
 大地から一歩ずつ下がって男達は見下ろして言った。
「な……なんだよ……一体……なんなんだよ……」
 不安だけが頭をもたげる。
「さてねえ……非合法の薬だけど、気持ちよくセックス出来るぜ……」
 くくくと笑って残酷な事を言った。
「……う……嘘だっ……そんな……あ……」
 身体の血流が一気に上昇してきたような気がした。
 頭の芯がふらふらするのだ。少しずつ息が上がってくるのも分かる。
 俺……こんな奴らと……絶対嫌だ!
 俺は……っ!
「ほーら、だんだん気持ちよくなってきただろ?」
 そう言って頬に手を伸ばしてくる男の指にまた大地は噛みついた。
「がっ……このっ……!」
 今度は蹴り上げられて又コンクリートに転がった。
「っ……」
 先程からコンクリートにしたたか身体を打ち付けているために、間接や擦れた部分が痛む。その痛みを堪えてようやく顔を上げると、自分をじっと見つめる三人の男達がいる。
 どうする?
 逃げ出したいのだが、拘束された両足は全く自由にならない。それよりも身体が徐々に痺れてくるような気がした。
 薬……
 薬ってなんだ?
 気持ちよくなるって……何だよっ……
「もう暫くしたら観念するだろ。」
 遠目にこちらを見ながら男達の一人が何故か嬉しそうに言った。
 博貴……俺、俺……どうなっちゃうんだろう。
 嫌だこんなの……何でこんな目に合うんだよ。
 あんな不意打ちさえ食らわなかったらこんな事にならなかったのに……。
 嫌だ……嫌だよ……。
 男達は大地が観念するまで手を出そうとはしなかった。ニヤニヤと口元に笑いを浮かべ、こちらがどうにもならない状態になるまで待つつもりのようだった。
 博貴……
 意識が何処まで持つのか大地には分からなかった。
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