Angel Sugar

「やばいかもしんない」 第6章

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 翌日は休日だったので家で大地は布団からも出ずにうつらとしていた。昨晩大崎に言われたことがずっと大地の心に堅いしこりとしてあった。
 あんな風に言われても自分がどうして良いか分からない。今はただ何も考えずに眠りたかったのだ。
 目が覚めたのは昼過ぎであった。玄関の扉がバンバンと叩かれている音で目が覚めたのだ。
「どなたですか……」
 こんな時間に誰だろうと大地は玄関の鍵を開けながらそう言った。
 まだ意識がぼんやりとしているのだ。
「大?寝てた?」
 扉を開けると徹が立っていた。
「あ、あー……会う約束してたの忘れてた……」
「あのなあ……」
 ふてくされた顔で徹はそう言った。
「ご、ごめん……入って入って」
「お前も結構狭いうちに住んでるんだな」
 部屋に入った徹の第一声はそれだった。お前もということは徹もこんな感じの所に住んでいるのだろうか?
「徹もこんな感じ?」
「似たか寄ったかだな」
 そう言って徹は笑った。
「あ、そうそう、シャツ返さなきゃね」
 既に洗い、きちんと畳んであったシャツを入れた袋を徹に渡した。
「悪いなあ、ちゃんと洗ってくれて……」
「……いや、借りたものだし……」
 言いながら大地はキッチンに立った。お茶でも入れようかと思ったのだ。
「なあ、大、なんかあった?」
 何となく元気のない大地に気が付いた徹がそう言った。
「え、ううん。別に……。ほら、夜勤明けだから、ちょっと体力無いだけだよ」
 実は違うのだが、そんな話を徹に出来るわけなど無い。
「じゃ、飲もうぜ……色々愚痴あるんだろ。俺聞いてやる」
 嬉々として、五百ミリのビール缶を机にゴロリと並べて徹はそう言った。
「昼間から?」
 呆れた風に大地は言った。
「昼だろうが夜だろうが、俺はのみてえときにのんじゃうよん」
 と言って徹は早速ピールを開けると、ごくごくと飲んだ。
「そうそう、つまみも一杯買い込んできたんだ」
 徹は嬉しそうに、干物やスナック菓子を机に並べた。小さな机がそれらのもので一杯になる。
「うん……ま、いいか。どうせ今日このまま休みになるし……」
 大地はそう言って自分も座布団に座り缶ビールを空けた。何より飲みたい気分であったので、大地は空の胃にしこたま飲んだ。
 暫く昔話に花を咲かせてから、大地はふと徹に尋ねてみた。
「なあ……おまえさ、誰かとつき合ってる?」
「え、俺?いや、今の所ちゃんとつき合ってるのは無いな」
 徹がするめをくわえてそう言った。
「そか……」
「ん、お前もしかして恋愛問題で悩んでる?」
「え、……ああ、あ!それよりお前!この間俺に悪戯しなかったか?」
 大地は急に思いだして徹にそう言った。
「はは、ばれた?んでもさー、一つくらい増えたってどうって事ないって感じだったぜ」
 徹が、意味深な目でそう言って笑うと大地は思わずビールを吹き出した。やはり見られていたのだ。
「げほげほ……」
「でよ、大、お前……男とつき合ってるのか?だってキスマークなんてよ、女がつけるもんじゃねえだろ?だから男かなって……いや、ちゃかす気は無いんだけど……」
 言いにくそうに徹がそう言った。あそこまで見られて否定などできやしない。しかしそうは思えど「はいそうです」とはっきりは言えなかった。
「……ま、まあ……へへ……なんていうか」
「……騙されてんじゃねえだろうな……お前、人を簡単に信用しちまうから、心配してたんだけど……」
 本当に心配そうに徹が言うので、大地は怒鳴ることは出来なかった。
「それは……ないよ……」
 口元を拭きながら大地は言った。大地自身の口から、人に自分が男とつき合っていると公言したことが無かったので、何処まで徹に話して良いのか分からない。
「……ま、誰とつき合うのは自由だから……俺別に構わないけど……」
 ちょっとふてくされたような顔で徹が言った。
「そう言う話しはさ~やめよ~徹……」
 この話をここで終わりにしたかったのだ。
「おまえな、分かってるのかよ!ちゃんと覚悟してつき合ってるんだろうな?」
 徹がいきなりそう言って机を叩いた。この様子では既に徹は酔っぱらっている。だが大地も酔いはかなりきているのだ。思考をまだ保っているのが不思議なくらいだった。
「……覚悟って……別にいいじゃん……」
「あのなあ、男同士だぞ。結婚できるわけでもないし、どっちかが飽きたら終わりじゃん。まあそれがお前かもしれないし相手かもしれないけどさ。おりゃ、相手しらねえから分からないけど、家継ぐのに結婚したり、家庭築こうとしたらさ、男切る方選ぶじゃねえか!そういうのわかって、覚悟してつき合ってるのか?」
 その事を昨日の晩、大崎に言われてショックを受けているところに、徹からも似たような事を言われるとショックが更に大きくなった。
「そんなの……わからねえよ!お前に関係ないじゃん。ほっといてくれよ!」
 ぐっとビールを煽って大地は言った。むしゃくしゃして酔っていないとやってられないのだ。
「俺、心配して言ってるんだぜ、だってな、俺だってお前のこと大事にしてきたんだぞ、それがさ、なんでいつの間にか他人のものなんだよ……」
 そう言って徹は大地に擦り寄ってきた。
「よせよ……なんっで徹は冗談ばっかり言うんだよ!俺はね、俺は……これでも真剣なんだよ……好きなものは……仕方ね~んだっ!」
 ビールの缶を両手で挟んで大地は言った。
 昨日大崎から言われたことが、一時も忘れられなかった。
 それがずっと心を支配している。
 エゴ……
 俺は自分のエゴで博貴とつき合ってる……
 博貴のことなど何も考えずに、自分の事だけ考えている……
 これは愛情じゃない……
 そう言われたことが、心で渦を巻いているのだ。
「なあ、俺の見間違いかもしれないけど?お前すげえ、辛そうだぞ……酔ってなかったら泣いてそう……」
「……辛くなんかねえよ……ただ、ちょっと……色々言われてさ。お前以外に……それで落ち込んでるんだよ……」
 誰でも聞いて貰いたい気分の大地は徹にそう言った。
「……俺、聞いてやるよ……相談事……何時だって聞いてやっただろ?」
 徹が穏やかな口調でそう言った。大地はそんな徹に、一瞬全部言ってしまいそうになったが、喉元まで出た言葉を飲み込んだ。
 相談してどうなる?
 何も変わらない。
 どうにもならないし、できないのだ。それに、女みたいに考えている自分を見て、徹が軽蔑したらどうしよう。そんなことを考えると何も言えなくなるのだ。
「……うん。気持ちだけもらっとく……」
 視線を逸らせ、床を見ながら大地はそう言った。
「大……」
 じりっと側に近づいて徹はそう言うと、大地の頬を右手で撫でた。
「徹……」
「……うん。言っていいよ……」
「よし、吐くまで飲むぞ!つき合えよ」
 大地はそう言って徹の肩を叩いた。
「え、あ、おー!」
 二人は話していた内容も忘れて、ひたすらビールを飲みだした。 

 博貴はその日久しぶりに定時に退社した。まあ、まだ色々あるのだが、今日は大地が休みであるのを知っていたので、さっさと帰る事にしたのだ。
 だが、自宅に戻ると隣の部屋から、大地以外の声が聞こえてくるので、誰かが遊びに来ているのだろうと思い、扉を開けて入るのは止めた。
 そう言えば友達が来ると言っていた事を思いだし、博貴は仕方なく冷蔵庫からリンゴを取り出してかじった。
 この間、大地の機嫌を損ねて以来、いつも作っていてくれた夕食が途絶えてしまったのだ。もしかして今日はお願いしたら作ってくれるかなあ……と思って帰ってきたのだ。
 まあ、もう少し様子を見てからにしようと、博貴がテレビを付けようとした時、いきなり隣から大地の怒鳴る声が聞こえ、それに驚いた博貴は思わず扉を開けて入ってしまった。
「……」
 中に入ると大地も、友達の方もべろべろに酔っぱらっている。大地は壁に保たれてなんだか眠そうな目をしているが、手にはしっかり缶ビールを握っていた。友達の方は大地から離れたところに転がっているが、こっちも酷く酔っている。
 なんだか悪さをされ、それに腹を立てた大地が友達を蹴り上げたようだ。全くあれ程飲むなと言い聞かせても、どうも大地は余りその辺りを真剣に捉えていない。
「いいじゃんか……ちょっとだけ……」
 友達の方はまだ果敢にアタックしようとしている。思わずムッとした博貴はその友達が大地に向かって這いずろうとしている首根っこを捕まえた。
「あのねえ、隣の住民だけど、ちょっと静かにして貰いたいんだけど、五月蠅くて叶わないよ」
「んだよ、あんた。ひとんちに勝手に入るなよ」
 酔っぱらって目のすわった男はそう言って手足をばたつかせていた。一発殴ってやろうかという気になったが、ガキに本気になるほど博貴は子供ではなかった。
「はいはい、君飲み過ぎだよ。大ちゃん君も!」
 視線を上げて言いながら大地を見ると、ようやくこっちに気が付いた大地が、急に泣きそうな顔をした。
「……大良ア……」
 こちらをはっきり認識したのか、大地は四つん這いでやってくると博貴の膝にギュッと抱きついてきた。
「かなり酔ってるね……」
 溜息をつきながら、もう一人の方を向くと、首根っこをこちらに掴まれたまま、ジロリと睨んで来た。
「お前か?」
「いきなり何がお前か……だっ。君は年上に対する口の利き方がなってないね」
 まあ、いきなり首根っこを掴むこっちもこっちだとは思うが、掴んでいないと大地に飛びかかりそうであったのだ。
「お前が大を泣かせたなっ!」
 そう言ってバタバタと手足を振り回すので、仕方なく博貴は首元から手を離した。すると男は急に博貴から離されたためにバランスを崩して、床に顎を打ち付けた。
「あいった……た……なにすんだよ!」
 よろよろと立ち上がって男が胸ぐらを掴むのだが、足下がおぼつかない。
「何するんだってねえ、いい加減にしてくれないかい?」
 と言って振り払おうとすると大地がそれに気が付いて、男のシャツを引っ張り、引き離そうとした。が、こっちは男に胸ぐらを掴まれていたために、一緒に倒れ込んだ。
「ああーーっ……!大良!何するんだよ!大良は……俺の……」
 大地は一緒に倒れたこちらをみて、誤解したのかそう言って背中に張り付いてきた。すると、下敷きになっている男が又首元を掴んでなにやら意味不明の言葉を言い出した。
 よっぱらい二人を相手にするには、こちらは酔っていないだけに分が悪い。
「君たちね、離して欲しいんだけど……」
 お願いしても離してくれない二人を博貴は仕方無しに、下にいる男の顔を平手で軽く叩いて首元から手を離させ、亀の子供を背中に背負ったような状態で大地を背負って立ち上がった。
 大地の方は「大良……」と言って背中に頬を擦りつけてギュッと力を込めてしがみついている。
 もう、この酔っぱらい達をどうしたらいいのか博貴も困ってしまった。
「お前が大を騙してるんだろう!こいつが騙されやすいのを良いことにさ!なんでお前みたいな奴が後から出てきて、かっさらうんだよ!しんじらんねえよ」
 身体を起こした男がそう言って怒っている。全く状況がつかめない博貴はなんと言って答えて良いか分からない。
「ええっと、君は大ちゃんの……友達?だよね」
 膝を付いて博貴はそうきいた。
「そうだよ。悪いか?何だよあんた、女も男も泣かせそうな顔しやがって!」
 その言葉にムッとし、博貴は思わず窓から突き落としてやろうかと本気で思った。
「あのねえ、初対面の君にどうしてそんなことを言われなきゃならないのかな?」 
「どうせ気まぐれだろ、遊びなら止めてくれよ……あいつ泣くの俺嫌なんだよ」
 と言った本人が泣きそうな顔をする。まともに相手するのが馬鹿馬鹿しいほど酔っている。
 博貴は溜息をつきながら背中に張り付いた大地の様子を伺うと、じいっと後ろからこっちの顔を覗き込んでいた。
「大ちゃん?」
「良いんだ……俺……大良……遊びでも……俺……」
「はあ?何を言ってるんだい?」
 と、大地に気を取られていると、今度は男の方が又こっちの胸ぐらを掴んで叫んだ。
「何いってんだよ大!遊ばれてるの分かっててこんな奴とつき合うのか!こんな……っ」
「俺が良いっていってんだよ!徹は五月蠅い!黙っててよ!関係ないだろ。俺が誰とつき合っても……誰に捨てられても!」
「良い訳無いだろ!」
 博貴を挟んで怒鳴りあうのは良いが、内容があまりにもこちらを無視している。一体何があってこんな風に大地が怒鳴っているのか全く分からない。それとも酔っている分素直になっていて、普段思っていて口にしなかっただけだろうか? 
「いい加減にしなさい!」
 博貴が怒鳴ると二人ともシュンとなって項垂れた。
「あのねえ、君たち二人ここに置いておくと近所迷惑だから、大ちゃんの方は連れて行くよ。いいね。分かってる?君は今晩ここに泊まって良いから。大ちゃんはうちに泊めるよ。聞こえているかい?」
 徹と大地が呼んだ男は、虚ろな目をして頷いた。何よりものすごく眠そうな目になっている。
 博貴は大地を背中に張り付かせたまま、押入から客用の布団をひいてやり、徹をそこに寝転がすとすぐに眠ってしまった。
「大ちゃん……大ちゃんはこっちだよ」
 そう言って博貴はようやく静かな自分のうちに大地を連れ帰ることが出来た。一階にあるベットに下ろすと大地の目が泣いていたのか赤く腫れている。
「君は何度言っても私の言うこと聞いてくれないみたいだね。どうしてあんなにべろべろになるまで酔うんだい?それとも……」 
 大地の上をまたいだ博貴がそっと覗き込んで続けた。
「何か嫌なことでもあった?」
 そう言って鼻の頭を指先でつまむと、大地は急にボロボロと涙を流し始めた。突然のことに、博貴の方が驚いて声が出なかった。
「俺……大良に……話し……話しあって……」
 言いながら大地は博貴の首に腕を廻し、抱きついてきた。
「うん、話し?何?その前に水飲む?」
「水……飲みたい……」
 大地がそう言うので身体を起こそうとするのだが、大地がやっぱりしがみついたまま離れそうにないので、抱き上げて冷蔵庫のまで連れて行き、ミネラルウオーターのボトルを取り出した。
「大地……ほら……」
 手渡してやろうとするのだが、博貴に廻した腕を解こうとせずにじっとこちらを見る。仕方無しに博貴は、水を口に含んで大地の口に流し込んだ。すると大地は飢えたようにこちらの口元から水を受け取った。
「……ん……」
「満足した?」
 眠そうに大地は博貴にもたれかかると頷いた。こんな大地も可愛いなあと博貴は思いながら再度ベットに連れて行き、横にさせると首元のボタンを外し、ゆるめてやる。
「博貴……俺……」
「はいはい、この酔っぱらい君。話しできるかい?」
「眠い……」
「明日でも良いんだよ……」
 そう言うと、何故か怯えたような顔をして、顔を左右に振った。
「大地?」
 どうも様子がいつもと違う大地であった。
「……俺……いいや、ごめん……何でもない……」
 思い詰めた感じがするのは、先程言った遊ばれているという事を本気で大地が思っているからだろうか?それなら例えこういう時でもきちんと言っておかないと……と、博貴は思った。
「ねえ、何でもないって誤魔化すのは止めようって話し合ったよね。気になること、聞きたいことは話し合おうって約束したよね?だからちゃんと話してくれないかい?」
「……でも……俺告げ口するみたいだから……そんなの嫌だから……いい……」
「告げ口?誰かに何か言われたのかい?」 
 そう聞くと、又大地はじっとこちらを見て、何かに耐えるような表情になる。苦しいのか目がどんどん潤んで、涙が又零れそうだった。
「大地?ねえ、大地……そんな顔する理由なんだい?告げ口になるの嫌なら、誰に言われたのか黙ってくれていいんだよ。私はそんなことより君が何を言われてそんなに苦しんでいるのか知りたいんだ。教えてくれないのかい?それともさっきの事を聞きたいの?私が君と遊びでつき合ってるとか言ってたよね。そんなこと無いの大地が一番良く知ってるじゃないか。そう誰かに言われたら、きちんと否定するよ」
 宥めるようにそう言うと、大地は違うと首を左右に振る。
「じゃあ何?教えてくれたら酔っぱらったこと許してあげるよ」
「……博貴……っ!」
 そう言って大地は博貴に抱きついた。
「大地……何を言われたの?私のことなら聞く権利あると思うよ……」
 大地の頭を何度も撫でて、宥めるように博貴は言った。
「俺っ……ごめん……ごめん……」
 大地が謝ることと言えば何だろうと不吉な考えを一瞬博貴は思い浮かべた。
 もしかして私以外の人間と?と思ったが、告げ口になるような事ではない。
「どうして謝るんだい?」
「俺……お前の……為になってねえ……」
「何が?」
「俺が……本当にお前のこと……大事に思っているのならっ……、身を引くのが本当の愛情じゃないのかって……お前の将来のこととか、世間体のこととか色々考えてたら……身を引くのが本当の……愛情だって……。それ考えられないで側にいるのは……ただのエゴだって言われた。俺……俺だって考えたよ。考えたんだ。お前が……本当に自分で将来選んだら……俺のこと……邪魔だって……そう思ったら……俺……仕方ないって、そうなったら仕方ないって……。それまで……エゴって言われても……俺……お前の側にいたいんだ。それってやっぱりエゴなんだろうけど……俺……自分から離れるなんて……出来ないっ……。だから……俺のこと……もう……じゃ、邪魔だったら……言って……良い……」
 そう言って大地はひたすら涙を落として博貴からまるで落ちないようにとすごい力でしがみついて言った。その密着した身体は震えている。こんな風に大地を不安がらせた相手を呪いながら博貴は言った。
「大地……誰がそんなくだらないこと言ったか聞かないけどね。今私が酒井の会社を手伝っていてそう思うんだったら、明日から行かないよ。それで君の不安が解消されるなら、明日から行かない……」
 髪をかき上げて、額に何度もキスを落としてやると、涙で曇った大きな瞳がこちらを見た。
「うっ……うっ……俺……っ……」
「私はね……君とずっと一緒に居るつもりなんだけど……駄目なのかい?私の気持ちはどうなるんだろうなあ……ねえ、大地。私の気持ちはちゃんと伝えてあるよね。なのに誰かが君に言ったことをこんなになるまで考えるくせに、私の気持ちは考えてくれないのかい?それは嫌だなあ……」
 博貴がそう言うと、大地の目から先程より大量の涙がこぼれ落ちた。
「う……うわあああん……」
「あわっ……大地?私は怒ってるんじゃないんだよ。ほら、泣かない泣かない」
 酔っているせいか涙腺もかなり緩い。大地はひたすら、わんわんと泣き出した。
「大地……ほら、泣いちゃ話しできないでしょ?ん?」
 まるで小さな子供のように泣いている大地が可愛くて仕方ない。そんな大地の目元を優しく拭ってやる。
「ごめん……俺……俺のエゴだけど……俺……」
 ぐすぐすと鼻を鳴らして大地は言った。
「だからね、大地……私は君と一緒にずっといたいんだよ。君を本当に愛しているんだ。私の将来はあの会社を継ぐことなんかじゃない。酒井もそんなこと望んでないよ。君とずっと一緒に居ることだけが私の望みだ……叶えてくれるよね……大地……」
「でもっ……俺……お前に家族作れないぞ……お前欲しいだろ?お前が一番っ……」
「あれ?大地は家族じゃないの?私は君が恋人で、君が家族なんだと思ってきたんだけど……。大地……そんなことで悩むんじゃない。誰に何を言われても、私がどう思っているか一番に考えて欲しいな。私は君がどう思っているか一番に考えているよ」
「俺……」
「エゴエゴって悪い言い方してるみたいだけど、私が君を独り占めしたいって思うのもエゴだろうし、君を愛しているって言うのもエゴだ。別に悪いもんじゃないだろ?」
「……うん……」
 ようやく口元に少し笑みを浮かべて大地は言った。
「ああもう、大地。話してくれて良かったよ。君が突然私の前から消えたら、そんな理由なんか思いも付かないよ。だってねえ、私は一度だって考えなかったことで、君が悩んでいたんだからね。反対に、私を嫌いになって、いなくなったんだと考える筈だよ」
「俺……お前のこと嫌いなんかならないっ……一緒に……ずっと一緒に居るんだ……」
 博貴は腕の中で必死にそう言う大地をギュッと抱きしめた。
 だが一体誰がそんな事を大地に吹き込んだのだろうか?
 酒井だろうか?
 いや、酒井はどう考えてもそんなことを言いそうにない。可能性のありそうな高良田はまだ入院中だ。
 だったら誰が?
 もしかしてあの徹という友達に相談でもして言われたのだろうか?
 それを教えてくれる唯一の大地は、どうあったも教えてくれそうに無い。
「信じてるよ大地……一緒にいようね」
「うん……俺……お前と一緒に居るんだ……」
 そう言って大地は頬を擦りつけてきた。一つ一つの仕草が幼いのだが、そんな大地が益々愛しい。口づけをかわしてシャツにかかるボタンの隙間から手を差し込んで、胸元を愛撫してやると、くすぐったいのか大地は身をよじらせた。
「あ……っ……博貴……っ」
「大地……」
「博貴……俺……嫌だ……今日はこのまま……このままがいい……」
 胸を這う手を掴んだ大地が訴えるような目でこちらを見ている。
 時にはこうやって抱きしめてやることの方が大切なのかもしれない。博貴はそう思いながら大地の髪を、ただかき上げてやった。
「博貴……」
 子犬が母犬に甘えるように大地は胸に擦り寄って、上目づかいにこちらをみる。そんな大地の背中に腕を廻して手を組むと博貴は言った。
「……で、誰に言われたの?」
 大地はすっと視線を逸らせて目を閉じた。
「……たく。はいはい、聞きませんよもう……」
 呆れた風に博貴はそう言って大地の額にキスを落とした。
 お腹が空いたなあ……とふと博貴は思ったが、この状態から身体を離すことが出来ず仕方無しに、そのまま眠りについた。
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