10万ヒット記念企画 テーマ「H」 第5夜
宇都木&如月
宇都木未来「H」について考える。 滅多に如月と二人で食事などしたことはないのだが、ごくまれに時間が合うと、如月の方から誘ってくれた。 その時も当然、友人なのかセックスフレンドなのか、互いの関係はあやふやなものであったが、宇都木にしてみればごくまれに普通の恋人同士のような気分を味わえる少ない機会だった。それで充分幸せだと思えた。 ある時はまるで神様が時間をくれたのだと思った日があった。それは一年前のクリスマスだ。 如月は日本がクリスマスのまっただ中、出張で東都の本社に訪れていた。その日来ることを知っていた宇都木はいつもの如く偶然を装って如月に会ったのだ。もちろん如月はそんな宇都木のことなど知らない。 「えらい時に帰ってきてしまったな……」 こちらを見つけ、開口一番、如月はそう言って苦笑した。普通なら家族や恋人の元でクリスマスを祝っているはずなのだが元来仕事人間の如月が、そんなことなど気付くわけなど無かった。宇都木の方も町中を歩いて初めて今日はクリスマスなのだと気が付いたほどだ。 それほど日々の行事にお互いが関心無かった。そんな日に、あぶれた二人が食事に出たのは、別段大したことではないいつもの事だった。だがその特別な日に如月と過ごせたことが宇都木は嬉しかった。 だから良く覚えている…… 「誰も飯につき合ってくれなくてなあ……参った……」 そう言った如月の言葉がどれだけ宇都木は嬉しかっただろう。 「クリスマスですからね……」 クスクスと笑いながら宇都木は言った。 「そんなこと、すっかり忘れていたよ……飯行かないか?」 「ええ……私も暇ですから……」 そうして会社近くにあるイタリアレストランに入り二人でワインを飲みながら、スパゲティとピッザをつつくことにした。 「なあ……宇都木の名前は男にしては可愛らしい名前だな……」 如月はそう言って興味深げな目を向けた。 「母がつけてくれたそうです」 未来に羽ばたけるように……と母が願いを込めて未来とつけた事を聞いたことがあった。だがその母の願いは今だ叶えられていない。 「でもまあ……私は邦彦だからな……そのへんにごろごろいる名前だから、変わった名前は羨ましいよ」 飲んでいたワインのグラスを下ろしてそう言った。 「私は女みたいな名前は嫌なのですが……」 苦笑して宇都木は言った。この名前の所為で苛められたことも多々あったのだ。 「そうか?希望に満ちあふれた感じで良いと思うんだが……」 「希望ですか……」 なんだかその言葉が滑稽で宇都木は笑ってしまった。 「可笑しいか?お前、自分の名前だろう……」 と言っている如月もなんだか顔が笑いで引きつっている。 「貴方だって笑ってるじゃないですか……」 「いや私は……、お前どっちかというと線が細いだろう。そのお前が太郎とか洋三とか似合わないなあと思ってな……そんなのを想像したら可笑しくなった」 そう言って如月は青い瞳を潤ませ笑いを堪えている。 「……普通そんなこと考えます?」 太郎とか…… 洋三とか…… 「さあ……どうだろうな……。人はどうかしらないが……私は想像した。その顔で……義三……」 如月はどうも受けているようだった。その楽しそうに笑う如月の姿を見ているだけで宇都木は幸せだった。 「洋三でしょう?」 そういうと「あっ、そうだったな」と言ってまた如月は笑った。だがフッと窓の外に視線を移し笑うのを止めた。 「……クリスマスなんだな……」 何となく寂しげにそう言って如月は行き交う恋人達の姿を眺めている。 「……そうですね。私には小さい頃から行事に何かしてきたことが無いので、別段何の感慨も無いのですけど……」 誕生日を祝って貰ったこともない。そんな自分にクリスマスなどあるわけなど無かった。正月にお年玉を貰い、挨拶回りをする。そんな行事すら無かったのだ。 小さな頃は憧れたこともあった。 だが望んでも与えられないことを良く知っていた。だから望まなくなった。 祝える人は祝えばいいのだ…… 私には関係ない……と。 「なんだ。お前の家族はめんどくさがりやなんだな……」 …… 何か違う…… と、思うのだが、自分がこれだけ不幸でしたとひけらかす気は宇都木にはなかった。 「面倒だったのでしょう……。良いじゃないですかそんな話しは……」 そう宇都木が言うと、何となく雰囲気で分かったのか、如月は「まあな」と言ってその話しをそこで終わらせてくれた。 「……それにしても……あのホテル…全部屋電気がついてる。あれにぎっしり恋人達が詰まって、全員がやりまくってると考えるとなんだかなあ……と思わないか?」 立ち並ぶホテルを今度はみながら如月が言った。 「……貴方は変なことが気になるんですね……」 普通そんなことを考えるだろうか? 人の名前がどうだとか…… ホテルでみんなやりまくってるとか…… 「変か?」 頬杖をつき、チラリと目線だけこちらに向け、口元で如月は笑った。 「変ですよ。全く……別にどうでも良いじゃありませんか……恋人同士なんですから……」 「……不倫かもしれんぞ……」 如月は言って笑う。 「祝いたいんでしょう……クリスマス」 「日本人はどうしてこう行事でやるのが好きなんだろうな……」 小さく溜息をついて如月は言った。 「記念にしたいんですよ……」 「記念にやるのか?」 「違いますよ……もう……。この日を記念にしたいと思ってるんですよ」 呆れた風に宇都木はそう言った。 だが流石にここまで来ると宇都木にも分かった。 如月は今晩一人でいたくないのだ。だが直接的な言葉は言わず、宇都木の方から言わせようとしている。 狡い人だ…… でも…… 今日は私も記念にしたい…… 恋人同士のまねごとが出来る…… 「そろそろ出ましょうか……混んできました」 言って宇都木は立ち上がった。すると如月も何も言わずに立ち上がる。もちろんレシートは如月が持っていた。 何時だって如月が精算する。それは毎度のことなのだが今日という日は割り勘にして欲しかった。 全て如月に払われると、抱き合うことの報酬の様に思えて仕方ないのだ。 今日だけは…… それは嫌だ…… そう思った宇都木はチラリとレシートの金額を見ると、店を出たところで如月のポケットに自分の分より少し多めの金額を入れた。 「私が誘ったんだから私が払うよ……」 言いながらポケットにつっこんだお金をまたこちらに押しつけようとしたので宇都木は首を横に振った。 「その変わり今日は恋人のまねごとでもしませんか?折角ですし……」 周囲は恋人達が溢れている。そんな中で欲望だけで繋がった二人が一緒に歩くのはあまりにも切ない。 「面白いな……そういうまねごとも楽しそうだ……」 如月は何処か遠くを見ながらそう言った。昔あった楽しかったことを思い出しているのかもしれない。 それでもいい…… 「……じゃあ……貴方がリードして下さいよ」 宇都木がそう言うと如月が、目をまん丸くして次に緩やかに笑った。こんな風に笑いかけられるのは滅多にない。 優しげに細められた青い瞳…… まるで本当の恋人に向けるような慈しみのある瞳だ。 夢みたいだ…… 夢かもしれない…… 「恋人だろ…嬉しそうな顔しろ…」 「えっ……あ、そうでした」 自分から言ったことであるのに、それが叶えられている事で現実か夢か分からなくなっていたのだ。 嘘じゃない…… 嘘じゃないんだ…… 「久しぶりに映画でも見るか……」 宇都木は大きく頷いた。 映画は何年ぶりだろう…… 映画館に入り座席に二人仲良く並んで座りながらそんなことを宇都木は考えた。そうしてチラリと横に座っている如月を見ると、目が合った。びっくりした宇都木は又視線を逸らせた。 「なんだ……?」 「いえ……別に……」 自分の気持ちを気取られないように、必死に平静を装って宇都木は足をそろえ直した。 「お前SF好きだったか?」 恋愛ものの映画はクリスマスとあってか、満員だったので、仕方無しにこちらに入ったのだ。流石に人の入りは少ない。 「……ほら、隣は一杯でしたから……でも私、SF好きですよ。現実じゃないのがはっきり分かりますから……」 恋愛ものに感情移入をするとかなり辛い。だがSFは作り話だと分かっているのでそこまでのめり込まないのだ。 ただまあ…… ムードは無いですけど…… 立ち見は嫌だったし…… 「実は宇都木……私は小さい頃宇宙飛行士になりたかったんだ……笑うだろう?」 言って如月はクスクスと笑った。 「え、素敵な夢じゃないですか……目指さなかったのですか?」 「はは……夢だよ……小さい頃はみんなそんな感じに色々と憧れるだろう……」 そうなのだろうか…… 私が夢見たのはお腹一杯御飯を食べることだった…… 「そうですね……」 「宇都木……お前は何になりたかったんだ?」 「……え……」 答えられずにいると映画が始まるベルがなった。 宇都木はホッと胸を撫で下ろしたが、なんだかこの差が辛かった。 育ちが違うのだろう…… 普通は宇宙飛行士になりたいと思うのだ…… 子供はみんなそんな夢を持つ…… 私は…… そんな夢など持ったことは無かった。考えることもなかった。 寂しい子供だったのだ…… 今は…… 寂しい大人になった…… そんなことを考えて視線が俯く。映画など楽しんでみていられなかった。ただこんな風に会話をし、如月との違いを知ると何時も自分がとても惨めになる。 話しを合わせることが出来ないのだ。 考え方が違うのか、育った環境が違いすぎるのかそれは分からない。だが普通は簡単に答えられることが宇都木には出来なかった。 答えたとしても、多分普通の人はこう答えるだろうという答えで本当の宇都木の思った事ではない。本当の事などあまりにも惨めで人に話すことなど出来ないのだ。 今の表情は多分酷く悲しい顔をしているに違いない…… だけど…… 真っ暗だから…… 彼には見えないだろう…… それでいい…… そんな風に思っているとそっと如月の手が宇都木の手の甲に重なった。ハッとして顔を上げると、如月が言った。 「恋人のまねごとするんだろう?」 その一言でようやく宇都木の気持ちが和らいだ。 そうだ…… 今日は楽しまないと…… もう多分…… 二度とこんな日は来ない…… 宇都木は自分の手の平を表に返し如月の手を握った。その手は温かく宇都木の心まで温めてくれる。 思わず宇都木はそっと頭を如月の肩に寄せた。 ああもう…… 涙が出そうだ…… 所詮まねごと…… それでもこんなに満足している。 本当に恋人同士になれたら…… どうなってしまうだろう…… そんなことを一瞬考えて宇都木はその考えを振り払った。 希望を持つことはもう止めたのだ。そうしなければ叶わなかったときのショックが大きいからだ。 今晩だけの夢…… 如月の肩もとても温かかった。 「……おい、終わったぞ」 肩を揺すられ、ハッと気が付くと自分が眠っていたことに気が付いた。 「す、済みません……」 「まあ……実は私も寝てた……人様がこっちを見て笑ってる声で起きた」 苦笑しながら如月は言った。 「……そ、そうなんですか?」 「実は昨日寝てないんだ。徹夜だよ。まあ……ほら、時差ボケもあってな……お前がこう肩にもたれかかってきて、なんだか気持ちよくてな。うつらうつらしてたら、二人とも寝てたようだ。それも手を繋いでな。明るくなって客がそんな二人を目撃したものだから可笑しかったんだろう……」 はははと笑いながら如月は言った。 「……は……恥ずかしいですね……」 手でパタパタと火照った顔を冷やしながら宇都木は言った。 「良いんじゃないか……目撃した人は家にかえって私達の話題で盛り上がるぞ。男同士のカップルが手を繋いで寝てたってな。良いじゃないか、楽しい家族団らんの話題を私達は提供してやったんだからな。こっちは二度と会う相手じゃないんだし……気にすることはないさ……クリスマスだしな」 最後のクリスマスだしな……というのが宇都木には分からなかったが、まあ済んでしまったことだから仕方ないと思うことにした。 「何処かバーでも行くか……」 如月はそう言って腰を上げた。 「静かなところで飲みたいですね……」 暗にホテルでの一室で飲みたいということを宇都木は臭わせていった。それに気が付かない如月ではないだろう。こうやって二人は今まで身体だけの関係を続けてきたのだ。 違う…… これからもそれは変わらない…… 「……そうだなあ……とりあえず出るか……」 チラと腕時計で時間を確認して如月は言った。 映画館から外に出ると街ゆく人が何故か上を眺めていた。 「宇都木……初雪だ……」 その声に自分も顔を上げると、白いふわふわとしたものが頬に落ちてきた。 「ホワイトクリスマスですか……なんだか嬉しいですね……」 目を細め、上からチラチラ舞っている雪を眺めた。積もるほどの大きさではなく、手や頬に触れるだけで消えていく。 幻を見ているようだ…… 現実にそこにあるのに…… 掴もうとすると手から消える…… 私の恋のようだ…… じっと空を眺めていると如月の手が肩に掛かった。 「冷えてきたな……帰ろう……」 「そうですね……」 その場で手を上げタクシーを拾い、如月の泊まるホテルまで来ると、そのロビーでなにやら客にボーイ達が配っていた。当然の如く宇都木達もそれを手渡された。 「何だろうな……」 こちらの手に持っている小さな箱を覗き込みながら如月は言った。 「ケーキみたいですよ……」 宇都木は先程から甘い香りをその鼻に感じていたのだ。 「クリスマスだから宿泊客へのサービスなんでしょう……」 続けてそう言うと如月は笑った。 「……もしかすると、一階のケーキ屋で余ったんじゃないのか?で、勿体ないから配っていた。ほら、だからこんな時間に配っていたんだ。普通ならもっと早い時間に配るだろう……」 「……またそんな風に言う……」 笑いがこちらまで移り、狭いエレベーターの中で二人は目を合わせてクスクスと笑った。 心が温かくて仕方ない…… こんな風にずっと二人で笑っていたい…… 如月の笑顔を見ながら宇都木は思った。 自分の中でわき上がる希望を…… 何度も自分で壊してきた。 だが壊しても壊してもそれは何度でも復活するのだ。 いつか愛されたい…… 愛されることなど無い…… 行ったり来たりする想いが何処に行き着くのか自分でも分からない。 「宇都木……」 青い海の色の瞳がじっとこちらを見つめてくる。それに応えるように宇都木は如月の唇に自ら口付けた。 如月の泊まる一室に入ると、宇都木は手に持っていたケーキの箱を窓際にある机に置いた。 「美味いと思うか?」 何が美味いのだろうと思っていると、如月は何故かケーキの箱をあけ、中身を確認している。 「なんだ……ケーキじゃなくてタルトだな。箱がでかすぎる」 タルト型のケーキは真ん中にイチゴが乗せられ回りを生クリームで、飾り程度にデコレートされていた。 「こんな時間にショートケーキは誰も食べないでしょう……だから小さいタルトなんですよ……きっと。一応二つ入ってますし……」 椅子に腰を掛けて宇都木はそう言った。するとその前の椅子に如月も座る。 「ま……これも私の宿泊料に上乗せされているということだ……」 やれやれという顔で如月が言った。 「上乗せじゃなくて込みですよ。そんなに大きなケーキが食べたかったのですか?」 甘いものを好んで食べる男ではないのだ。 「……うーん……そう言う訳じゃないが……ろうそくの一本でも立てたいだろう」 それは幾らなんでも無理な大きさのタルトだ。 「……誕生日じゃないんですから……」 思わず笑いながら宇都木は言った。 「こう、ケーキを見るとろうそくを立てたくなるんだ……まあこれはタルトだから良いんだが……そんなことはいいか……」 言って立ち上がると如月は冷蔵庫から缶ビールを幾つか出し、それを持って戻ってきた。 「ワインも良いが……やはりビールがいいな……」 こちらにも一本渡し、如月は自分の分を開けるとそれを飲み始めた。こちらもビールのプルトップを開け、一口飲んだ。 如月の瞳は又窓の外を向く。落ち着くとこの男は何時も何処か遠くを見ているのだ。多分過去に別れた男を思い出すのだろう。 何処にいても…… いつでも…… 気が付くと想っているのだ。 その事が分かる瞬間、宇都木の中で苦い気持ちを引き起こす。 「……飲む気があんまりないんですが……」 言って宇都木は立ち上がり、上着を脱いだ。 「……今日は恋人同士のまねごとをするんだろう?いきなり脱ぐな」 苦笑しながら如月はそう言った。その瞳はもう過去の男の姿を映してはいなかった。 「……そうですけど……」 脱いだ上着を椅子に引っかけ又腰を下ろす。 「私はどうもこの行事にやるのは嫌なんだよ……。なんだかそれを最終目的に一日の行動が決められているような気がしてな……恋人同士のまねごとをするなら、それも含めてくれないか……」 それは今日はする気はないと言っているのだろうか? 「え?」 「あ……だからなあ……。変な話しなんだが……クリスマスや誕生日とか……どうもやる気にならないんだ。だから今日はそれは無しでいこう」 困ったような顔で如月は言った。 まねごと…… 本当のまねごとを如月は今しているのだ。 恋人とはクリスマスなどの行事ではしない。 だから私ともする気はない…… 今私は彼の恋人なのだ…… まねごとでも……そう扱ってくれているのだ。 それが酷く宇都木には嬉しかった。 抱かれることよりも…… 嬉しかった。 「それは嫌か?」 如月のその言葉に宇都木は大きく首を左右に振った。 その日はベットで抱き合って眠るだけに終わった。 だがそれは宇都木にとって忘れられない一夜になった。 宇都木未来「H」について考える。 身体を愛されるより…… 心を愛されたい……と。
なんだか、もの悲しくなってしまいました。というか……本編が終わっていないのに明るくできないというのが本音。だからまあキャラ別に上げるような作品を持ってきました。本当はもっとアマアマだったはずなのに……ああ……本編を早く終わらせてやらないと……辛いです。 |