Angel Sugar

10万ヒット記念企画 テーマ「H」 第9夜

昨夜タイトル翌夜

スペンサー&ルース

 スペンサー「H」について考える。
 
 何が悩みかというと、王子であるルースの事だった。まあ何時もルースのことで悩んでいるのだが、今回は普通の悩みではなかった。
 はあ……
 どうする?
 スペンサーは小さく溜息をついて、椅子に座り直した。目の前にある机の上には色んな本が所狭しと置かれ雑然としている。そんな本に囲まれながらスペンサーは憂鬱に輪を掛けたような表情をしていた。
 実は昨晩、王のレンドルに呼ばれ、ルースの教育について頼まれたことがあった。それについてスペンサーは深く悩んでいるのだ。
 まあ……
 放って置いてもいずれ学ぶことですが……
 先程からスペンサーが悩んでいるのはズバリ性教育なるものだった。
 何故レンドルがそんなことを直接スペンサーに頼んだかというと、つい先日ルースの部屋を尋ねたレンドルがいきなりルースから「父様、セックスって何?」なんて聞かれたものだから狼狽え、結局何も説明できないままレンドルはルースの部屋から逃げ出した。
 そういう事情で、男性と女性が出会い、愛を育み、結婚し、その後子供がどうやって出来るのかを教育してくれと頼まれたのだ。
 スペンサーとしては自然に身につけて欲しいと思ってきたのだが、ことルースは十七にもなって、その辺りの理解力が欠けているようなのだ。
 そもそもルースの恋愛観は何処かずれている。まずルースが恋する相手は男性であるスペンサーなのだ。恋愛対象に男性を持ってくるのはおかしいことだとはっきり言えないスペンサーも問題だろう。
 男が男を好きになることも、女が女を好きになることもあるはずだ……
 あるから困っている。
 男女間の話しと同性同士の違いをどう説明して良いかスペンサーにも分からない。下手に話すとなんだかとんでもない誤解をルースがしそうで恐いのだ。
 デリケートな話しだからな……
 扱いに困る……
 だがいつかは通る道なのだ……
 なにより、つい最近隣国の王子が花嫁を迎え入れたのだが、その晩夜のお勤めが出来ずに結局破談になったのは記憶に新しい。
 どうやったらいいの?
 なんて母親の王妃に、自分達が床に入ってから、イソイソと聞きに行ったのだから、花嫁の立場と、国の面目が丸つぶれになったのだ。
 それを聞いたスペンサーは、うちの王子もやりかねないと本当に同情したものだった。幾らなんでもそのような事態は避けなければならないだろう。何時までもルースは子供ではない。いずれ可愛い姫を妻に迎え入れるのだ。その時、ルースが狼狽えるような事になれば、それは教育係のスペンサーの責任だろう。
 分かっているのだが……
 ああ……
 時間が止まってくれたら……
 王子がずっと可愛い子供のままでいてくれたら……
 悶々とスペンサーはとうてい無理なことを考えながら、とうとう山のように積まれた本の中から植物学の本を引っ張り出した。
 仕方ない……
 べたなやり方だが……雄しべと雌しべしかないか……
 更に溜息をついて、スペンサーは植物学の本を眺めた。

 昼からスペンサーはルースと共に課外授業にでることにした。もちろん荷物の中に、植物学の本も入れられていた。
「スペンサー……外でお勉強なんて珍しいね」
 何も知らないルースはそう言い、愛馬のテイオーに跨り瞳を輝かせていた。
 ああ……
 私は憂鬱だが……
「たまには良いでしょう。本日は天気もいいことですし……」
 スペンサーは心の憂鬱さを一切顔に出さず、ただにこやかな表情でそう言った。
「このまま行ったら、沢まで行くよね。もしかして川遊びするの?」
 ああ……
 嬉しそうだ……
 十七にもなって川遊びがしたいなんて……
 なんだかスペンサーは情けないです……王子……
 やはりもう少し大人になっていただかないと……
 この先が不安で仕方ない……
 確かにルースにはこのまま可愛い子供でいて欲しい……
 だが時はいつの間にかルースを大人にしていくのだ。
 いずれ、巣立つ時が来る。
 それまでにきちんと身につけなくてはいけない大人のマナーを教えなくてはいけないのだ。身体だけ大人で頭が空っぽな王子にしてはならない。
 そうして二人は森の奥にある小さな広場にやってきた。そこで、お互い馬の鞍と、とうらくを外し広場に離した。
「暫く遊んでおいで……ああ、二人で遠くに行っても良いが、二、三時間程でテイオーを連れて帰ってきてくれよ……」
 スペンサーは愛馬のファルコにそう言うと、ファルコは頭を上下に振った。すると真っ黒な体躯に金髪のたてがみがサワサワと揺れた。
「テイオー行ってらっしゃい」
 ニコニコとした笑顔で、ルースも自分の愛馬にそう語りかけている。
 可愛い王子……
 フッとスペンサーはそんなことを考え、頭を振った。
 強い父親にならねば……
 父親ではないのだが、既に気持ちは保護者気分のスペンサーはそう心に誓い、持ってきた植物学の本を革袋から取りだした。

「スペンサー……何のお勉強をするの?」
 切り株に座り、ルースが興味深げな顔をした。
「本日は……その……植物の種子が出来るまでの過程と……」
 ああもういきなり話しがそれている……
「ではなくて……」
「……?」
 やや狼狽えているスペンサーにルースは首を傾げている。
「ですから……男女のお話を……」
 す、ストレート過ぎたか?
「あっ、もしかしてスペンサーこれってさ、デート?」
 デート……?
 何故そうなる?
「え、違います王子……。そうではなくて、上手な交際の仕方を……」
 ん?
 何か変な風に言ったな?
 いや……
 これで良いのか?
 スペンサーは性教育など他人に教えた事など無いのだ。その為上手い話し方が出来ないでいた。
「上手な交際の仕方って……」
 言って白いルースの頬がポッと赤らんだ。
 通じてるのか?
 そうだな……
 うん……
「そうです。王子もいずれ奇麗な姫を娶ります。その時、男らしい王子であるために、本日は普通の勉強ではなく、人生の勉強を致します」
 スペンサーがそう言うとルースは不機嫌な顔になった。
「どうされました?」
「僕、姫なんか娶らないよ。スペンサーをお嫁さんにするんだ」
 ああ……
 いきなり変な方向に……
「王子、私は男性です。分かりますか?男性同士では世継ぎが出来ません。王子のつとめはこの国の世継ぎを作ることです」
「……どうして?母さまが教えてくれたけど、コウノトリさんが僕を運んできたんだよって言ってた。男同士だとコウノトリさんは子供を運んできてくれないの?差別だよそんなの」
 ぷーっと頬を膨らませてルースは言った。
 うわああ……
 べたな考え方が擦り込まれている……
 どうする?
 コウノトリ相手にどう戦うんだ?
 と、スペンサーは自分が考えていることが無茶苦茶なことに気が付いていない。
「それは……ルース様がまだ、小さかったから、フェネス様はそうおっしゃったのですよ。本当はコウノトリは子供を運んだりしません」
「……じゃあ……子供はどこから来るの?」
 ルースは不機嫌な顔のままそう言った。
「何処って……貴方のお母様であるフェネス様のお腹から生まれてこられたのです」
「お腹?」
 驚いた顔のルースにスペンサーは頷いた。
「……こんなおっきな僕、母さまのお腹になんか入らないよ。それ嘘だよスペンサー……」
 いや……
 今のルース様を入れるのではなくて……
 小さい赤ん坊が大きくなって出てくるのだ……
 いや……
 元を正せば入れてから……
 出てくるのか?
 じゃなくて……
「スペンサー……どうしたの?顔赤いよ」
「えっ、あ、そ、そうですか?何でもありません。とにかく……ルース様は今の大きさではなくてもっと小さかったのですよ。赤ん坊を見られたことはありますね?あれよりもっと小さな姿で生まれてくるんですよ」
 慌てながらもスペンサーはそう言った。
「……ふうん。へんなの。猿みたいな顔してたけど、みんなああなの?僕もあんなだったの?」
「みんなあんな顔なんですよ」
「じゃあさあ、どうやったら子供って出来るの?手を繋いだら出来る?」
 ああ……
 可愛すぎます王子……
「いえ、手を繋いでも子供は出来ません。そんなことで出来たら国中赤ちゃんであふれかえります。そうではなくて……」
 そこでスペンサーは植物学の本を取りだした。
「これが雄しべです。男性と思ってください。こちらは雌しべ。女性だと思ってくださいね。雄しべが花粉を飛ばします。それがこちらの雌しべにくっつくと、種が出来ます。種が人間で言うと子供ですね。何となく分かりますか?」
 一気にそう話すと、ルースは益々不機嫌になった。
「どうされました?」
 スペンサーにはそのルースの不機嫌の意味が分からない。
「ねえスペンサー……そんなの随分前に習ったよ。どうして今更雄しべと雌しべなの?僕そんな馬鹿じゃないよ……」
 いやだから……
 植物の話しではなくて……
 人間の話を……
「ああ、そうですね。ただ今のお話は植物に当てはめて、人間の話をしているんですよ」
「人間にも花粉があるの?」
 花粉というか……
 何というか……
 うう……
 王子も十七になるのだから、朝自分の身体が変なことに気が付かないのだろうか?
 それすらまだなのだろうか?
 スペンサーには確かめる術がない。
「……王子……これが男です」
 言ってスペンサーはやや自棄気味に、木の枝で作った人間らしきものを、切り株に置いた。そして同じようにもう一つ作り、
「こっちが女性です」
 と、言った。
「うん……それで……」
 切り株に乗った、人間らしきものを嬉しそうに眺めながらルースは言った。
「そ、それで……彼らは……お互いが好きで付き合い出しました」
 スペンサーはそれぞれ片手に持った人形の手をあわせて左右に揺らした。
「二人はとっても仲が良く、ある日男性は女性にプロポーズをしました。いいですか、プロポーズは男性から言うのですよ。男らしく、堂々とです。王子は確かに小さな国の生まれですが、由緒正しい身分です。ですので、好きな方には堂々とプロポーズするのですよ。そんな男性に女性は魅力を感じるのですからね」
 馬鹿馬鹿しい事であるのをスペンサー自身も分かっているのだが、精神年齢の低いルースにはこういう風に説明するしかないのだ。
「うん。堂々とプロポーズするんだね」
 益々嬉しそうにルースは言った。
「こちらの女性は、その男性のプロポーズを受け入れ二人はめでたく結婚することになりました」
 ああ……
 この先をどうするんだ……
 もう……
 どうしようもない……
「うん。結婚したんだね。僕の父さまと母さまみたいに……」
「それから……結婚式の晩……」
 ああ……
 これからが問題なのだ……
「結婚式の晩……?」
 初夜って……
 どう説明するのだ?
「け、結婚式が終わった晩……ふ、二人は自分達に用意された寝所に向かいました」
 何故だかスペンサーの声が震えた。
「あ、分かった~初夜するんだ~そうでしょうスペンサー……」
 ……!!!!
 お、王子……
 御存知だったのですか?
 と、言っているつもりなのだがスペンサーの口は言葉を発せずにパクパクと開閉しただけだった。
「布団の中でいちゃいちゃするんだよね」
 いちゃいちゃ……
 いちゃ……って……
「あ、はは……はあ……そ、そうですね……そのようなもので……」
 何処まで王子は知っているのだ?
 分からない……
 どうなんだ?
「なんだかスペンサー……今度は青い顔してるよ……大丈夫?」
 心配そうにルースはそう言った。
「あ、いえ。大丈夫です。王子が良く御存知なので……少々驚いたのです……」
 いや……
 少々どころではない……
 だがコウノトリを信じていた王子が何を分かっていると言うんだ?
「知ってるよ。いちゃいちゃした後セックスするんだよね」
 クスクス笑いながらルースはそう言った。が、スペンサーはその言葉で身体が硬直してしまった。
 がーーーーーん……
 一体……
 王子は何処でそんな話しを……
 というか、コウノトリは何処へ……
 セックスを知っていてコウノトリを信じているその落差は何だ?
「あ、はははは……王子は意外に大人なんですね……」
 乾いた笑いを発しながらスペンサーは言った。
「もう……スペンサーはそうやってすぐ僕を子供扱いするだろっ!僕だってもう十七なんだから、プロポーズだって出来るんだからね」
 やや不満げな顔でルースは言った。
「そ、そうですね。色々御存知なのは当然ですね。ルース様も大人なんですから……」
「……でもね、セックスが何か分からないんだ。なんか入れるっていうのは分かるんだけど、何を入れるのか分からないんだ……」
 いれ……
 入れる……
 そ、そうなのだが……
 どうしてそう下品な言い方になるのだ?
「でさあ、入れたら入れられた方が喘ぐんだよね?イイとか言ってさ」
 真っ白……
 視界が真っ白だ……
 ここは何処だ……
 ルース様は何を言ったんだ……
 スペンサーの意識は何処かに飛んでいきそうだった。 
「……違うの?」
「え、あ……そ、それは……あの……」
「コウノトリの話しはねえ……スペンサーをからかったんだ。僕大人になったでしょ!」
 もう満面の笑みでルースは言った。
「からかう……からかうって……ルース様……。あの……レンドル様に聞かれたのではありませんか?せっ、セックスって何……と……。あれも……からかったですか?」
 セックスという言葉は声が裏返って妙な声になった。
「あの時は分からなかったんだ。それでね、スペンサーに聞こうと思ったら留守だったから、仕方無しにフェンに聞いたの。そうしたら一杯教えてくれたんだ。あ、沢山本も貰ったからそれを読んで一人で勉強したんだ。でもセックス自体がなんだか良くわからないんだ……。フェンの本を読むと、それが気持ちのいいものだっていうのは分かるんだけど……。アレとかモノとか……それって何をさしてるのか分からないんだ……」
 ちぇっと口をならしてルースは言った。
「るるるるる……ルース様……そ、それは……その本と言うのは……」
 あわあわとスペンサーはそう言った。
「フェンが言うには大人の恋愛冒険小説って言ってたよ。題名が僕には難しくて読めないんだけど、三冊あるんだ。最初はね、フェンとスペンサーがつき合ってて、僕が軟禁されていたスペンサーを助けるんだ。すっごい格好いいんだ僕……でね、僕がスペンサーにプロポーズして、これが本当の初夜だ~なんて言ってスペンサーと抱き合うんだよ。なんかもう照れくさかった~」
 寒い……
 ここは何処だ……
 氷河が見える……
 身体が……
 動かないぞ……
 一体……
 あの馬鹿狼は……
 ルース様に何を見せたのだ……
 いや……
 何を渡したのだ……
「でねえ、僕がその、なんていうの?何かを入れたらスペンサーがすっごく……え、えと、悶えるって書いてた。で、スペンサーがイイって悦ぶんだ。何がイイのかそこらへんが分からないんだけど……。死にそうなほどイイとか……もう駄目とか……。あ、駄目とか嫌とか言われても押し倒したら良いんだって。フェンの解説ついてたよ」
 ああ……
 誰か……
 ルース様の記憶を消してくれ……
 いや……
 消したら消したで一から教えることになるのだ……
 何か歪んだセックスを頭に擦り込んでいるルースだが、全く違うとは言い切れない。
 だが……
 登場人物が……
 どうしてまた私とフェンリルと王子なのだ……
「何故……私ですか?」
 涙が出そうだった。
 あの本は始末したはずなのに……
 何処かに隠していたのだろうか。
「スペンサーって書いてなかったけど……スペンって書いてたからスペンサーの事かなあって。ほらニックネームみたいに呼んでるんだよ」
 文字殺しが効かないはずだ……
 ではあれからまた……
 新しく書いたのか!あの馬鹿はっ!
 ああ……
 殺してやりたい……
 今度は何処にまき散らしたのだ……
 何故王子にまで渡すっ!
「スペンサー……大丈夫?なんか真っ青だよ……」
「大丈夫です。それよりルース様……。そのような低俗な本を読んではいけません。捨てるのが一番です」
 スペンサーはようやくそう言った。
「えー駄目だよ……あれ僕の宝物なんだから……」
 この世に……
 官能小説を宝物と言う王子が……
 何処にいるのです……
 いや……
 官能小説というもの自体、ルースは今まで見たことがないはずだ。だからそれが本当はどういう物か分かっていない。そこがまだルースが幼い証拠なのだろう。
「そのようなものを宝物にしてはなりません王子……。それに人に見せると恥ずかしいものですから、その辺に置いたままにしては駄目ですよ」
 なんとかスペンサーはそう言った。
 そうだ……
 男の子というのは……
 怪しげな本を色々かくすものなのだ……
 そうして大人の知識をいれるものだ。
 ルース様も大人の仲間入りをしようとしていると思えばいいのだ……
 ああ……
 だがその本は……
 まずい。
「え、女中さん達も同じものをこの間中庭で読んでるの見たよ。僕、何かその時分からなかったけど、フェンに貰って、あーこれだって思ったんだけどね」
 なっ……
 なんですとーーーーー!!
 あのエロ馬鹿狼は、また辺り一帯に配り歩いたのかっ!
 いい加減にしろおおおおっ!
 いつの間にか握りしめた拳がギリギリと音をたて、食いしばった歯がガチガチと鳴る。そんなスペンサーにルースは言った。
「……読みたいなら貸してあげるけど……」
 ちがうううううっ!
 全て破棄したいのだ私はっ!
 ……あ、ああ……落ち着け……
 落ち着くんだ……
 今ここで怒りを爆発させても仕方ないのだ。
「そ、そうですね。お城に帰ったら貸していただけますか?」
 速攻燃やすっ!
 全部っ!
 全部だっ!
「貸してあげるけど絶対返してよ。僕のだから……」
 不審な顔を向けてルースは言った。そんなルースにスペンサーは腸が煮えくりかえりながらも何とか笑顔を向けた。

 城に戻ってまずスペンサーがやったことと言えばフェンリルを探すことだった。そのぼんくらは人のベットで四肢を伸ばして熟睡中であった。
「貴様あああああっ!何度同じ事をすれば気が済むんだああっ!」
「は?何のことだ?」
 狼の姿のフェンリルはむっくりと身体を起こし欠伸をした。その態度が益々スペンサーのかんに障った。
「る、ルース様に何を吹き込んだっ!それより本だっ!あのいかがわしい本をまだ書いていたのかお前はっ!」
 フェンリルの胸ぐらを掴んでスペンサーは言った。
「書いちゃ悪いか?私達の愛の記録じゃないか」
「何が愛の記録だっ!貴様の脳味噌は腐ってるのかっ!」
「ああもう……五月蠅い男だ……。お前は心が狭い。あれは性教育になるだろうが。どうせお前にそんな大役はこなせんと思ったから、私がわざわざでばってやったんだ。それがなんだ、いきなり脳味噌が腐ってるとは言い過ぎだぞ」
 ふんっと鼻を鳴らしてフェンリルは言った。
「そ、そんな心配などお前がしなくてもいいっ!」
「じゃあお前、あのおこちゃまに、母親のあそこに父親の男のシンボルをつっこんで、ずこずこやってお前が出来たんだなんて言えるか?私は言えるぞ」
「そんな下品な言い方をするなっ!」
「なあにを今更ぶってんだ?幾つになったスペンサー……。お前がそんな風に腫れ物を触るように扱うからあのおこちゃまが大人になれないんだ。下品な事も知るべきだろうが。どうせセックスなんて快楽の追求だろう?ガキなんてな、その末に出来るものだ。お前はどうしてそう、セックスを綺麗なものだと言いたがるんだろうなあ……堅物め」
 呆れた風にフェンリルは言った。
「とっ、歳の話はどうでも良いんだっ!それより貴様のエロがルース様に伝染したらどうしてくれるっ!」
「そんなもん、伝染するものか。男がエロいのは当然だろうが。聖人君子じゃあるまいし、好きな女でも男でもいい。見て抱きたいと思うのが自然だろ。全く……お前の方がおかしいぞ。おこちゃまもいずれ大人の男になるんだからな。町中じゃあ、もっとすごい官能小説があるんだぞ。そんな事も知らずに大人になって、いい年した男が普通の男なら笑って仲間に入られる話題でも、なんて低俗なんだと恥ずかしがっている方が気持ち悪いぞ。まあ、私から見るともっと早く男に目覚めてもいいと思うくらいだ」
 それを言われるとスペンサーは辛い。
 今まで羽の下に保護した卵を守るようにルースを見守ってきたのは他ならぬスペンサーなのだ。世間知らずな、ただ可愛いだけの王子に育ったのは自分の所為かもしれないと、時折悩んでいたのは確かだ。
「……とにかく……お前が書いたあのいかがわしい小説は全部燃やすっ!記憶も消すっ!要するに……名前が悪いと何度言ったら分かるんだっ!何故私達が主人公なんだ?」
「身近な人物設定の方が話に入りやすいだろう?何度言ったら分かるんだ。所詮作り話だろうが……。狼狽えてるお前の方が実はそういう話が好きなんじゃないのか?」
 かかかと笑ってフェンリルは言った。だがスペンサーは笑い事ではないのだ。
「フェンリル……死んでみるか?」
「お前の為なら死ねるが?出来たら心中にしてくれ。それなら私も永眠できる」
 うっとりとした瞳を見せるフェンリルをベットに叩き付けた。
「貴様と誰が心中するかっ!エロはそこで勝手に死ねっ!」
 後は振り向かずに部屋を出ると、スペンサーは早速例の本の始末に出かけた。
 くそ……
 あの男……
 今度やったら本当に殺してやる……
 スペンサーは城じゅう走り、ばらまかれたエロ本をかき集め、それら全てを破棄し記憶を消して回った。
 そうして最後にスペンサーは、もうよろよろになりながら、ルースの部屋を訪れた。
 だが……
「……絶対返してよ……絶対だからね……」
 ルースはただならぬスペンサーの様子に驚きながらもベットの下に隠していた本を出してきた。一応、その辺に置いては駄目だという認識があったのだ。
「……ルース様……これは下品な本ですからね……やはり始末しましょう」
「え……そんなあ……」
 始末すると言われたルースは、緑の大きな瞳に涙を浮かべた。そんなルースにスペンサーは弱い。  
「だって……この中のお話に出てくる僕ってすっごく格好いいんだよ。こんな立派な男の人になりたいんだ……あこがれなんだ……。なのに……捨てちゃうって言うの?」
 許すまじフェンリル……
 そんな事を考えながらも、こんな官能小説に出てくる自分と同じ名前のキャラクターに感情移入しているルースが哀れで仕方ない。
「……私も……読んで、それからお返ししましょう……」
 全部内容をチェックしてからだ……
 とにかく……
 余りにも酷い性表現の場所を何とかしないと……
 こういう本も確かに年齢的に必要なのかもしれない……
 全て駄目だと言っては余りにもルース様が可哀想だ……
「約束だよ。ちゃんと返してよ」
 ようやく笑顔になったルースの顔を見てスペンサーはホッとした。
 ……まあ……
 とにかく……
 内容だ……
 
 その晩、スペンサーの部屋から絶叫が聞こえたのは言うまでもない。

 スペンサー「H」について考える。
 こういうことを上手く説明してくれる人を切実に募集……

―完―
昨夜タイトル翌夜

ああー、スペンサーは肝心なことを忘れている。フェンの書いた小説って、ホモなんだけどなあ……いいのかなあ……って、心配しても仕方ないんですけど(笑)。でもって、ルースが意外に冷静に読んでいるところに注目(おい)。将来、スペンサーを押し倒す日が訪れるでしょう。ははは。

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