「終夜だって愛のうち」 第9章
祐馬によって手を回されたまま、後ろから押されるように戸浪は歩き、寝室の扉まで来た。だがそこまでの間、また祐馬は無言であったため戸浪は不安に駆られた。
「祐馬……あの……」
「ここまで来て……嫌だなんて言わせない……」
祐馬は後ろから回す両手のうち、片手を外して寝室の扉を開ける。
「い……言わない……」
心臓の鼓動が早まり、酷く気恥ずかしい。背中にピタリと張り付いている祐馬にその鼓動が伝わりそうだ。いや伝わっているのかもしれない。
「……戸浪ちゃん……」
「……あっ……」
ぐるりと身体を反転させられ、向かい合わせになるといきなり祐馬がこちらの唇に舌を這わせてきた。キスと言うより舐められていると言う感じで、縁を舐め上げてくる。その感触に背筋がぞくりとした。
「祐……馬……」
薄く口元を開けてそう戸浪が言うと、その隙間に舌が差し込まれ、祐馬の口元がピッタリとこちらに合わさった。その間、祐馬の手はこちらのシャツの裾から手を差し込み、背を何度も撫で上げてくる。その背骨の辺りを上下する祐馬の手と、口内を何度も愛撫してくる舌があまりにも心地よく、戸浪は夢心地になった。
だが祐馬の方は余裕がないのか、こちらのシャツを手荒に剥くと、口元から離れた唇が肩に移動し、噛みつくような愛撫に戸浪の身体は小さく震えた。
「……あっ……」
肩から鎖骨へ舌が滑り、背を這っていた手が今度戸浪のベルトに掛けられた。一瞬身体が退けたのだが、そんな戸浪の身体を祐馬は力強く自分に引き寄せ言った。
「逃げないで……」
懇願するような目を向け祐馬がそう言う。その目は切なくもあった。
「……逃げない……逃げたりしない……」
戸浪は自分の身体を祐馬に更に密着させてそう言った。すると祐馬はこちらのベルトを外し、ズボンと下着を一気に下ろすと、こちらの身体はベットに倒された。その上にのし掛かってくる祐馬がじっと戸浪を眺めている。
「そんな風に見ないでくれ……」
自分だけが素っ裸になった羞恥が一気に身体を火照らせるのだ。もう何を言って良いかわからない。
「戸浪ちゃん……俺も……脱がして……」
祐馬がそう言うので、戸浪はシャツのボタンに手をかけ、一つずつ外した。すると自分より逞しい祐馬の胸板が露わになる。
「……ああ……」
その胸元に戸浪は手を這わせて、祐馬の温もりを手で感じた。
「下も……」
目の奥に欲望の火を灯した祐馬が、期待に満ちた声でそう言った。戸浪は、そろそろと両手を廻し、祐馬のズボンを下ろす。すると、祐馬の欲望が下着にその形を浮かび上がらせていた。
求められてる……
祐馬は私が欲しいんだ……
感動で震える手で、戸浪はその下着を下ろすと、欲望で張りつめたモノが祐馬の腰元で立ち上がっていた。今夜はこれが中に入るのだと思うと、戸浪は期待に胸が高まった。
「祐馬……早く……」
両手で祐馬の頬を挟んでこちらを向かせると、ニコリと笑った。その子供っぽい笑みが何とも言えない。
「俺も……止まらない……」
胸元をすり抜けた舌が、そのまま下半身に向かい、こちらの欲望の先端にキスを落とした。瞬間、身体がビクリとしなる。そんな身体のラインを祐馬は手で撫でながら、むしゃぶりつくように口内に戸浪のモノを含んだ。
「あっ……あ……」
きつく吸い上げては離し、何度も祐馬は自分の舌で口内のモノを弄び、戸浪の快感を益々煽った。その祐馬の時折当たる歯先が余計に快感を煽る。
そうして何度も揺さぶれ戸浪はとうとう、祐馬の口内で果てた。祐馬の方はそれを難なく飲み干し、そのまま身体を起こすことなく、敏感な部分に吸い付いたまま、力を失ったモノを舌で転がしていた。
「……あっ……はあ……は……」
涙目になった目を潤ませて、戸浪は膝を立てながらも両足を左右に開き、祐馬の髪を何度もかき上げた。不思議と身体は一番気持ちよくなる姿勢を自然に取ってしまうのだ。
「ごめんちょっと……」
そう言って祐馬は戸浪の身体をうつぶせにさせ、膝を立てさせた。
これは……
もしかして……
自分が想像していた通りに祐馬が、今までずっと祐馬に隠していた部分をさらけ出す格好をさせられ、戸浪は益々顔が赤くなった。
見られているという羞恥と、そこを早く触って欲しいという欲望が頭の中をぐるぐると駆け回る。
戸浪は小刻みに脚を震わせながら、祐馬が触れてくるのを待った。
「恐い?」
祐馬は戸浪が震えているのが分かったのかそう聞いてきた。だが戸浪は頭を左右に振ってそれを否定した。
恐いんじゃない……
期待しすぎて……
どうしようもなくなってるんだ……
「……いいから……触ってくれ……早く……もう堪らない……」
喘ぐように戸浪がそう言うと、祐馬は窄んだ部分を舌で舐め上げた。温い湿った感触に戸浪はまた声を上げた。そんな戸浪に満足したのか、祐馬は更に舌で器用に辺りを舐め回した。そして両手は双丘を掴み、左右に割り敏感な部分に祐馬の息がかると、ギュッと戸浪は目を閉じた。
「あ……あ……」
戸浪はただもう早く祐馬に入ってきて欲しくて仕方が無かった。すると、ぬるっとしたものが塗られて襞の周囲を祐馬は揉みだした。何かゼリーのようなものを塗っているのだろう。
何処で手に入れたのだろうと、フッと戸浪が思うと指が一本中に入ってきた。もう随分と長い間、誰にも侵入することを許さなかった部分は、ゼリーを塗って貰っているにも関わらず、擦れるような痛みを伴った。
「ひっ……ん……」
痛みで出た声を戸浪は歯を噛み合わせて止めた。この声で祐馬が退けると思ったのだ。だが祐馬の方は全く気にならないのか、最初恐る恐る忍ばせてきた指を何度も差し入れ、そして内側を擦るように指を折り曲げた。
「あっ……あっーーっ……!」
久しぶりに感じる快感は、鮮烈で酷く甘美だ。
もっと……もっとだ……
何度も心の中で戸浪はそう言い、祐馬からもたらされる刺激に酔った。一本の指が二本に増え、そして抉るように掻き回されると、産毛が逆立ちそうなほどの快感が手の先まで染み渡る。
「はっ……あっ……も……入れてくれ……頼む……」
お前が……
途中で止めそうで恐いんだ……
だから……早く入れてくれ……
こんな所で止められたら自分がどうなるか分からない……
「ゆ……まあ……頼む……入れて……」
もう一度そう言うと、祐馬が身じろぎする気配が分かった。暫くすると重厚感のあるものが柔らかくなった入り口に触れた。
「……あ……」
来る……
祐馬が……
思わず目を見開いて、じっと戸浪は待った。肉厚なものは狭い戸浪の襞を割り裂いて、太く尖ったモノが中へと侵入し始めた。
「……あっあ……あ……」
先の一番太い部分が襞を思い切り押し広げると、皮膚が切り裂かれそうな痛みを戸浪は下半身から感じた。だが、必死に息を整えて、祐馬のモノを受け入れた。
「あーーーっ……あっ……」
襞がピッタリと祐馬のモノを包み込んでいるのが戸浪には分かった。そこは悦び、取り込んだモノを必死にくわえ込んで離そうとしない。そんな中で祐馬はゆっくりと腰を動かした。
「あっ……ああっ……あ……あ……」
祐馬に引きずられるように腰を持って行かれながらも戸浪は与えられる快感を味わう。ようやく一つになれた安堵感が胸に一杯に広がった。
「戸浪ちゃん……」
腰を上下に揺らしながら、祐馬は戸浪の背にしがみついてきた。そして延ばされた手はこちらがシーツを掴む手の甲に伸ばされ、包み込むように合わされた。
「……ゆう……ま……っ……あ」
快感の涙と、感激の涙が入り交じり、頬を伝った。
「……ね……イイ?……」
掠れた声で祐馬がそう聞いてくる。戸浪は答えるように何度も頷いた。声を言葉にすることが出来ないほど、快感を味わっているのだ。そうであるから喘ぎ声しか出ない。
「あっ……あっーーっ……」
急き立てられるように二人は同時にイった。すると祐馬がすぐに腰を引こうとするので戸浪はそれを止めた。
「まだ……まだ抜かないでくれ……」
身体の奥が暖かいもので一杯になっている今、まだその感触を味わっていたいのだ。だが戸浪がそう言ったことで、祐馬の欲望がまた戸浪の中で形を取った。
「……っ……あ」
「駄目だ……まだ……足りないよ……」
もう抜くこともせずに祐馬はそう言って、こちらの力を失ったものを両手で揉み始めた。するとこちらのモノも徐々に膨らみを持った。
「……何度でも……お前の気が済むまで……いい……」
違う……
私が欲しいんだ……
「何度でも?」
「ああ……」
「一晩中でも?」
「……いいよ……」
そう戸浪はうっすら笑って言った。
祐馬が……
祐馬が……
私を愛してくれている……
それがとても嬉しい……
ずっと望んでいた……
ずっとこうしたかった……
私達はようやく始められたんだな……
変だな……
恋人として一緒にいたときはなかなか出来なかったのに……
お互いもうそんな関係でないのに……
今こうやって一緒に抱き合ってるなんて……
変だな……祐馬……
可笑しいな……私達は……
「愛してる……愛してるんだ……」
感極まった祐馬がそう言い、頬を背に擦りつけてきた。その間もひたすら祐馬は腰を揺らし続けている。祐馬にとっても初めて感じる快感なのだろう。
この時だけの睦言も……
良いのかもしれない……
ただ、快感が言わせた言葉だとしても……
それでもいいか……
いいよ……祐馬……
「……私も……愛してる……」
何ヶ月も一緒に過ごしたはずなのに、一度だってこんな風に抱き合えなかった。本来ならその間もこうやって抱き合うのが普通であるはずなのに、出来なかった。
その分を全部精算しろとは言わない……
だから……
朝まで……
何度も抱き合って……
嫌と言うほど愛し合って……
恋人同士であったあの頃を……
一瞬だけ取り戻そう……
祐馬……
私達は……
ようやく始められて……
終われるんだ……な……
祐馬に後ろから抱きしめられた形で戸浪は目を覚ませると、外は又雨が降り出しているのか、窓にパラパラという音が当たっているのが聞こえた。
雨か……
又だ……
ふと目に入った祐馬から回されている手をそっと自分の方へと運ぶ。それに頬を寄せながらも、カーテンの方をぼんやりと眺めていた。
昔から雨の日は良いことがない……
そんなジンクスを持ってきたが……
もうこれからはそんな事はない……
私は今幸せだ……
だから雨の日のジンクスなどもうこれで終わりなのだ。
幸せだ……
祐馬と一つになって……
祐馬に数え切れないくらい愛されて……
幸せだ……
ちっとも不幸じゃない……
出来るなら……
このまま時間が止まればいいのにな……
そうしたらずっとこの温もりに浸っておられるのに……
祐馬の腕の中に囲われながら戸浪は窓の外を見ながらそう思った。だが知らずに涙が頬を伝う。
「これで……終われる……」
戸浪は呟くようにそう言って目を閉じた。
形のあるものは確かに壊れるだろう……
だが、私の中に刻まれたものは私だけのものだ。例えキスマークが薄れても、身体に刻まれたものまで薄れたりはしない。
目が覚めたら……
酔っていて覚えていないと言うだろうか?
それとも酔いが自分をおかしくさせたというのだろうか?
そんな言い訳など聞きたくない……
逆に聞かされたら殴り飛ばしてしまうかもしれない。
そう思い何故か可笑しくなった。
今更何を後のことを考えて居るんだろう。
こんな風に愛されたことで何か又期待して居るんだろう……
私の悪いところだ……
連絡も無かった……
祐馬が来ることも無かった……
期待しても、これからはもう何も叶えられないのだ。
これで終わりなのだ……
何も聞く必要もない……
何も言うこともない……
私からここに来ることもしない……
あと一度だけ荷物を引き取りに来るだけだ……
その時はもう他人の顔で会わなければならない。
ずるずると、快感だけを追う関係だけにはなりたくないから……
それだけの関係など耐えられない。
だから……
これで終わりだ。
恋人として会うことはもう無いから……
一晩だけのものだから……
祐馬……
お前を一生好きでいるよ……
戸浪は身支度を追え、最後にもう一度寝室を覗くと、祐馬はぐっすりと寝込んでいた。後ろ髪を引かれながらも戸浪は寝室の扉をそっと閉めると、自分の車のキーとスポーツバックをもって祐馬のうちを後にした。
怠い身体を何とか動かし、マンションの一階まで降りると、朝早いせいか、まだ周囲は薄暗い。パラパラと降る雨は何だか涙雨のようにも見える。
そんな雨の中、傘も差さずに戸浪は歩き、駐車場までくるとその端に設置されている金網で出来ているゴミ箱からごそっという音が聞こえた。
「え……」
じーっとゴミ箱を眺めていると、またごそっと音が聞こえた。何だろうと思って近寄ってみるのだが、ゴミ箱の中は空き缶や、雑誌、弁当の屑で一杯だった。
「……」
覗き込んでいると、今度はゴミの固まりが盛り上がって沈んだ。それに驚いた戸浪は、ゴミ箱から身を引いた。
「なんだ?」
にゃ……
「にゃ?」
にゃ……にゃ……
「ね、猫?ゴミの中に居るのか?」
戸浪がそのゴミを一つずつよけていくと、大きな茶色の紙袋がいきなり動き、そこから「にゃ……」と聞こえた。
「この中に猫が居るのか?」
大きな茶色の紙袋を、ゴミ箱から取り出し地面に置くと、ごそごそと袋が動いた。その袋の口になっている部分は誰がそんな事をしたのか分からないが、紐で括ってあった。その紐を解くと、紙くずと一緒に真っ黒な子猫がころりと出てきた。
「……誰がこんな酷いことを……」
戸浪はその子猫を膝に乗せ指先でつつくのだが、ぐったりとしたまま動かなかった。
「死んでしまったのか……」
だが先程は動いていた筈だった。よくよく見ていると、小さな身体が上下するのが分かった。
「生きてる……」
そう思った瞬間、子猫は頭をようやく上げて、自分に触れる指に噛みついた。
「いいよ。人間に捨てられて、人間が嫌いになったんだろう……でもな……悪い奴ばっかりじゃないぞ……」
噛まれた指をそのままにして、逆の手で子猫の痩せた小さな身体を戸浪は撫でた。しかし、暫くすると噛みついていた指から子猫の口がは離れ、情けない顔をこちらに向けた。
「お前も……ひとりぼっちなんだな……」
戸浪はその猫を自分の胸元に入れ、家路を急いだ。
如月のうちに着くと、玄関先で如月が待っていた。
「良い根性だな……朝帰りか?」
言葉とは裏腹に、如月は苦笑している。
「まあな……たまには……。ああ、何かこいつが食べられるもの無いかな?」
言って戸浪は胸元に入れていた小さな子猫を如月に見せた。
「猫か?」
驚いた顔で如月は言った。
「それ以外に何に見える?」
呆れたように戸浪はそう言い、勝手にキッチンへ向かうと冷蔵庫を開けて牛乳のパックと取り出した。それを平たい皿にそそいで、レンジで少し温めると、そこでようやく子猫を胸元から出して床に座らせた。
「お腹空いただろ?いいよ……飲んで……」
戸浪がそう言うと、最初皿に入ったミルクを眺めていた子猫であったが、匂いで何か分かったようで、少しずつ小さな舌で舐め始めた。
「お前……動物好きだったか?」
不思議な光景を眺めているような目で如月は、膝を抱えて猫を見ている戸浪に言った。
「弟の大地は……犬を飼っていた事はあったけどな……私はあんまり動物は好きじゃないんだ。死んだとき可哀想だろう?……でもこいつが捨てられているのを見て放っておけなかったんだ」
「そうか……で、何処に行ってたんだ?」
「……もと恋人の家……」
ぽつりと戸浪は言った。
「で、朝までやりまくってたか……」
「……そうだ……やりまくってた。今はやりすぎて死にそうな気分だ……」
ミルクを全部飲んだ猫がこちらにすり寄ってくるので、戸浪はその小さな黒い頭を撫でながら言った。
「はあ……お前という男は……」
呆れたように如月は言った。
「ああ……そんな男だ……」
暫く猫を撫でながら沈黙し、又戸浪は口を開いた。
「如月……私と祐馬は今まで抱き合ったことが無かったんだ……変だろう?ずっと一緒に暮らしていたのにな……。そんな関係で無くなったとたんにあっさり抱き合えるなんて……変だと思わないか……」
「え?」
「……よっぽど呪われてるんじゃないかと思ったが……最初で最後……ようやく恋人らしい事が出来たよ……」
戸浪は言いながら涙が又落ちた。そんな戸浪を如月は何も言わずに自分に引き寄せた。
「……でも……私は後悔していないぞ……。今本当に満足してる……幸せなんだ……とても……」
そう言うと黒い子猫はにゃあと鳴いた。