Angel Sugar

「終夜だって愛のうち」 第10章

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 目覚ましの音で意識だけ覚ました祐馬は、いるはずの戸浪を手で捜した。延ばした手はシーツを彷徨い、何も掴むことが出来なかったことで、ようやく祐馬は側に誰もいないことを知った。
「え……」
 一気に目が覚めた祐馬は、半身を起こし、周囲を見渡した。
「シャワーでも……浴びてる?」
 戸浪が帰ってしまったとはその時、祐馬は考えられなかったのだ。
 腰が怠く、暫くベットに身を任せていたのだが、戸浪が戻ってくる様子が無いのにようやく気が付いた祐馬は、素っ裸で部屋中を探し回った。そして戸浪の姿もその戸浪が作っていた荷物すら、何処にもないのを知ると、又寝室に戻ってきた。
「嘘……帰った?なんで?」
 茫然とベットに座り込み祐馬は思わずそう言った。
 何で帰るんだ?
 あんなに……
 愛し合ったじゃないか……
 俺……
 絶対まだ戸浪ちゃんは俺のこと好きだって思った。
 違うのか?
 そうじゃないのか?
 ここにずっといてくれるんじゃないの?
 俺、ちゃんと好きだって言ったよな……
 愛してるとも言った。
 あれじゃあ駄目だったのか?
 それとも……
 やっぱり如月とよりが戻って、昨日の晩はただの気まぐれだったのか?
 ぼんやりと祐馬は、雨が降る音が聞こえる窓の方を向いた。
 ……気まぐれなんかで戸浪ちゃんはあんな事しない……
 俺……それ分かる……
 つい先程まで感じていた戸浪の温もりを、思い出すように手の平を眺めた。
 戸浪ちゃん……
 今は迎えにいかない……
 俺は一杯戸浪ちゃんに謝らないといけないから……
 だから……
 時計が直ったらそれを持っていく……
 それと一緒に……
 全部謝るから……
 聞いてくれる?
 許してくれる?
 俺……
 これからも一緒に戸浪ちゃんと暮らしたい……
 もっと……抱き合いたいよ……
 一晩だけじゃ満足できない……
 広げていた手の平をぐっと握りしめて祐馬はそう思った。
 絶対……取り戻すんだ……
 祐馬はそう決意した。

 本日から会社に行くつもりで昨日祐馬の家へ荷物をとりに出かけたのだが、一晩中抱き合っていたことで、とても会社で仕事が出来る体調ではなかった。
 ああ……
 腰が怠い……
 間接のあちこちが痛い……
 膝も痛い……
 何より……
 口では言えない所がヒリヒリする……
 うう……
 無我夢中で抱き合っていた時は良かった。だが時間が経つと、そのダメージが一気に身体に押し寄せてきたのだ。
 自業自得と言えばそうなのだが、これでは会社で仕事など出来ない。仕方無しに戸浪は明日から出社することにした。休みはまだあるからだ。そんな戸浪に如月は呆れた顔をし、さっさと会社に行ってしまった。
 私は……馬鹿だな……
 でもまあ……
 気持ち良かったのは良かった……
 要するに回数が問題なのだ……
 もう少し考えてやれば良かった……
 いや、あの状態で考えることなど出来るはずがない。
 うだうだとそんなことを考えながら溜息をつきつつベットにだらしなく寝そべっていると、今朝拾ってきた黒猫がベタベタと身体を擦りつけてきた。猫はとても気まぐれで、愛想もそれほど良くないと聞いていたのだが、この黒猫、そんなところはこれっぽっちもないのだ。
 とにかく戸浪が歩くと、その後ろをついてくる。こうやってベットで寝ていると、同じくベットに上り、小さな身体をまたベタベタとこちらにすり寄せてくるのだ。
 多分、捨てられるのが恐いのだろう。だから戸浪が行く先何処にでも付いてくるのだ。
 それにしても……
 誰かに似てないか?
 ごろごろと鳴らす喉元を撫で、戸浪は誰かを思いだしていた。
「そうだ……お前の名前はユウマにしよう……」
 いつでもベタベタする性格といい、何処にでも付いてくる性格といい誰かさんにそっくりだからだ。
「にゃ……」
「ユウマ……だよ」
「にゃあ~」
「そうだ……ふふ。分かったみたいだな……」
 自分でも滑稽な事をしていると思うのだが、何故かその名前しか思い浮かばなかったのだから仕方ない。
「祐馬……」
「にゃあ」
 子猫は自分が呼ばれたのだと思い、又擦り寄って来る。その小さな身体を自分の胸元に引き寄せて抱きしめた。
「にゃああ……ん」
「……お前……」
 鼻についた臭いは弁当の臭いだった。
「にゃ」
「臭いぞ……」
 苦笑して戸浪はそう言った。だがユウマはキョトとした顔をこちらに向けてくるだけであった。
「にゃあ」
「仕方ない……洗うか……」
 怠い体をようやく起こして戸浪は子猫を抱き上げるとバスルームに向かった。
 だが戸浪はその事で余計に疲れてしまった。



 翌日出社し、まず部長の柿本の所へと挨拶に向かった。柿本はただ「風邪はもう大丈夫か?」と言って笑った。戸浪はそれに合わせて「ご迷惑をおかけしました」とだけ言い、自分の席に着いた。そうして随分仕事をほったらかしにしていたにも関わらず、まるで今までずっと仕事をしていたかのように、ごく自然に仕事に戻ることが出来た。それは柿本が気を回して全て手配してくれていたからであろう。
 いい人だ……
 戸浪は柿本に感謝しながら、ようやく自分の居場所に戻って来られた実感を味わった。
 暫くすると、戸浪が出社したことを聞きつけた、営業の川田が走ってきた。
「やっぱり来たんだなあ……賢い賢い」
 コの字型の机に腰をかけて川田は言った。
「まあな。何も無かったんだから、それで辞めたら変に勘ぐられそうで嫌だったんだよ」
 表情を変えずに戸浪は小声でそう言った。
「知ってたか?」
 いきなり川田がそう言った。
「何を?」
 書類を読む手を止めて戸浪は言った。
「家木の事……」
「入院でもしたか?」
 散々殴り飛ばしたのだから、そうなっていても仕方ないだろうと戸浪は思った。
「暫くしてたみたいだけどな……あいつ今度の移動で北海道の僻地に飛ばされるみたいだぞ。何がどうなってるのかしらねえけどなあ……」
「はっ……いい気味だ。流氷にのってシベリアまで流れていけばいい……」
 戸浪がそう言うと、川田が爆笑した。
「それいいなあ……今度使わせて貰うよ」
 何が良いのか戸浪には分からないが、とりあえず笑った。
「もう一つ……」
 意味深に川田が言った。
「何だ、まだ何かあるのか?」
 ちらりと川田を見て戸浪は聞いた。
「ああ、ほら例のアルファクレールの……」
「尾本か?」
「そうそう、噂でしか知らないんだけどさ、あれもどっかとんででもない所に飛ばされたらしいぞ」
 川田はそう言って又笑った。
「ほう……いい気味だ」
 もう興味などこれっぽっちもない。
「で、澤村は恋人とずっと楽しんでたのか?」
 何も知らない川田はそう言ってニヤニヤと笑った。
「五月蠅い……別れたんだ」
「は?」
「だが新しい恋人が出来た」
 それは子猫のことだった。
「……ふ、ふーん……いいなお前……すぐにそうやって恋人が出来て……。で、どういうタイプなんだ……」
「身体は黒い」
「は?色黒か?」
 川田は目を見開いてそう言った。
「身体中毛が生えている……」
「……えらい毛深い奴だな……まさか外人か~?やるなあお前……」
 戸浪はそれを聞いて笑いそうになるのを堪えた。
「何処にでも付いてくるし、始終ベタベタされて困る」
「……あつあつなんだな。羨ましい……」
 やれやれという風に今度は言った。
「それに尻尾が付いてる」
「へえ~尾てい骨が長いのか……ってお前、それ人間じゃないだろう……」
 おいおい~と言いながら川田は呆れたように言った。それに気が付くまでどういう人間を想像していたのか聞いてみたいものだと戸浪は思った。
「猫だ。昨日拾ったんだ」
 クスクス笑いながら戸浪は言った。
「……お前……もしかして……」
「……ああ……今は一人だ……」
「まさかそれで、夜寂しいからって猫と……」
 真剣にそう言った川田の頭を図面入れで殴った。
「あいてっ、冗談だって」 
「お前、こんな所で油売っていていいのか?仕事しろ」
 何も無かったような顔で戸浪はそう言い、先程読んでいた書類に視線を戻した。
「ああ、そうだ、今晩でも飲みに行くか?」
「いや、まだ住むところがちゃんと決まっていないんでね。色々物件に目を通さないと……」
 如月が色々物件情報を持って帰ってはくれるのだが、どうも家賃の高いところばかりでなかなか決まらないのだ。自分の収入で選ぶなと戸浪が言うと、じゃあここに住んでろと言うのだからどうしようもない。
 結局自分で探さないと駄目なのだろう。このままズルズルと如月の好意に甘え続ける訳にはいかないのだ。
「……色々大変だなあ……お前も……。落ち着いたら飯でも食いに行こうな」
 そう言って川田は帰っていった。
「仕事……するか」
 独り言のように戸浪はそう言って、仕事に専念することにした。
 すると携帯が鳴った。何だろうと取ると、祐馬からだった。
「なんだ?」
「今……いい?」
「……ああ」
 自分の周囲には今、人がいなかった。
「週末何時に来る?」
 祐馬は普通にそう言った。やはりこの間のことは酔って忘れているのだろう。
「……そうだな……如月にも手伝って貰うことにしてるから……あいつの予定を聞かないと……」
 一人で行くとまた流されそうなので戸浪はそう言ったのだ。
「一人で来て」
 祐馬はきっぱりとそう言った。その言葉の意味をどう取れば良いのか戸浪には分からなかった。
「……それは……」
「大事な話があるんだ……」
「今言え」
「……こんな所で言えるわけないだろ……」
 ちょっと怒ったような口調に聞こえた。
「私は……もう流されるつもりはないぞ」
 そう言うと祐馬は沈黙した。
「一人では行かない……分かったな」
「流されて……情にほだされてあんな事したんだ?」
 覚えている……
 当然だな……
 酔っていたからといって、あの一夜をそうそう忘れることは出来ないだろう。
「……ここでそんな話は出来ない……」
 打合せが終わったのか、部の人間がちらほらと帰ってきたのだ。
「だったら……週末は、一人で来てよ。俺、ただ話がしたいだけなんだ……それとも俺が行った方がいい?俺はどっちでもいい……。でも……如月さんがいるところで、俺……話せない事だから。だから……一人で来てって頼んでるんだ……駄目かな……?」
 駄目じゃない……
 お前と二人きりに何時だってなりたいと思う……
 だが……
 そうなったら……
 私は余計に踏ん切りが付かなくなるんだ……
 離れて……
 お前の顔を見ずにいるから……
 ようやくまともに立っておれる……
「……済まない……」
「……分かった……じゃあもう二人で来てくれてもいいよ……。俺……ただ戸浪ちゃんに渡したいものがあっただけだから……そんだけ……じゃ……」
 何となく落胆したような声に聞こえたのは、間違いだろうか?
 だが切れてしまった電話にもう問いかけることは出来なかった。

 切った携帯をじっと見つめて祐馬は肩を落とした。
 やっぱ……
 無理みたい……
「はあ……」
 外回りの途中、公園から戸浪に電話をかけたのだが、もうこちらの話など何も聞いてくれそうにない様子であった。
 時計が直ったと連絡を貰ったため、嬉しくてその勢いで戸浪に電話したものの、帰ってきた答えは最悪だった。
 要するに……
 もう戸浪ちゃんは俺のことはどうでもいいんだ……
 つい先日の夜抱き合ったのも夢だったのかもしれない……
 愛し合った……
 愛されてる……
 それもみんな自分の思いこみだったのだ。
 目を閉じて祐馬はベンチに深く座り込んだ。
 仕方ない……
 記念に持って貰えば良いんだ……
 俺……それで、もういいよ……
 嫌なら……
 もう見たくもないのなら……
 今度こそ本当に捨ててくれたらいい……
 俺はそれを止めることはしない……
 俺が先に捨てたんだから……
 今更……直ったところで……
 もうあんなもの普通見たくも無いだろう。
 買ったときと同じ値段をかけて直した事自体、滑稽な事だったのかもしれない。
 それでも……
 俺……
 直したかったんだ……
 その気持ちだけでも分かって貰えたら良いよ……
 俺は……
 自分の気持ちを分かって貰えればいい……
 そんでいいよ……
 祐馬は自分の鞄を持って仕事に戻るために立ち上がった。

 戸浪は久しぶりに会社に出社したことで意外に色々仕事がたまっていた。その為それらを片づける為に残業をし、遅くに帰ると、如月が又玄関に立っていた。
「なんだ……いちいち迎えてくれなくても良い……」
 そう戸浪が靴を脱ぎながら言うと如月が言った。
「あの馬鹿猫……なんとかしろ……」
「なんだ?ユウマがなにかやったのか?」
「は?お前……あのくそ猫にそんなふざけた名前を付けたのか?」
 驚いた風に如月が言っていると、ユウマが走ってきた。
「にゃ~」
 可愛げに鳴きながらこちらの足下に絡みつくユウマは本当に祐馬そっくりだった。
「……どうしてお前にはこんなに愛想がいいんだ……信じられない猫だ……」
 如月はそう言って怒っている。
「何かしたのか?」
「こいつ……私が餌をやっても食わない。その上、頭を撫でてやろうとすると思いっきり噛みついてきた」
 ムッとしながら如月は言った。 
「お前……私がいない間に苛めたんじゃないのか?」
 ユウマを抱き上げ、その黒い身体を撫でながら戸浪がそう言った。
「……あのなあ……私が動物虐待するわけ無いだろう……。私は可愛がってやろうとしたんだ。それがこれだ……」
 そう言って自分の腕を如月は見せた。その手首や手の甲には引っかかれた跡と、噛みつかれた跡が付いていた。それを見て戸浪は思わず笑いが漏れた。
「笑い事じゃない……」
 溜息をついて如月は言った。
「笑い事だ……はは」
「……久しぶりに笑ったな……」
 如月はそう言って、頬に手を掛けてきた。その手にユウマが爪を立てた。
「うわっ!」
「おい、ユウマっ!」
 ぽこんと軽くユウマの頭を叩くのだが、逆立てた毛は戻る様子は無かった。
「フーーーッ!」
 その上相変わらずユウマは如月に向かって威嚇している。
「戸浪……お前が妙な名前を付けるからこんな事になったんじゃないのか?」
 本気で如月はそう言っていた。
「……さ、さあ……」
 はははと笑いながら戸浪はユウマを抱いたまま、自分にあてがわれた寝室に向かうと、ベットの上に黒い身体をそっと置いた。
「おい、駄目だぞ。如月は好意で私とお前を、ここに置いてくれて居るんだからな。追い出されると困ったことになるんだぞ。まあ、次住むところは、お前もちゃんと住めるところに決めるつもりだから安心して良いが、それまではとりあえず、嫌いでも好きな態度をとってくれないか?」
 言って分かる相手だとは思わないが、戸浪がそう言うと、ユウマは耳を後ろ足でかいた。どうも聞いてくれる様子はなさそうだった。
「……やっぱり……名前が悪かったのかな……」
 はあ……と戸浪は溜息をつき、仕方無しにスーツを脱いで部屋着に着替えた。
「さあ、ご飯を食べに行くか?」
 ベットに身体を伸ばすユウマに言うと「にゃああ」と言ってベットを降りてこちらの足元に絡みついてきた。
 なんだ……分かってるんじゃないのか?
 何となくそんな気はしたのだが、所詮動物相手に何を言っても通じないはずだ。
 まあいい……
 夕食を摂って今日は早く寝よう……
 久しぶりに仕事をすると疲れた……
 ユルユルとした足取りでキッチンに入ると、如月が既に夕飯を用意してくれていた。
「如月……随分迷惑をかけて……悪いと思ってる。だから、今度からそう言うことはしなくて良いから……」
「道楽だよ……気にするな……」
 そう言って如月はキッチンテーブルにみそ汁を入れた碗を置いた。他には焼き魚とほうれん草のお浸しがそれぞれ皿に入って置かれていた。
「……お前ってこんな色々作れたか?」
 椅子に腰をかけて戸浪が言うと、冷蔵庫から缶ビールを取り出した如月はただ笑った。
「ま……ありがたく御馳走になるよ……」
 そう言って戸浪は頂きますと手を合わせ、如月の作ってくれた夕食を食べ始めた。ユウマの方はそれに合わせるかのように、自分の皿に入っていた餌を食べだした。
「変な猫だな……」
 ビールを飲みながら如月はそう言った。
「……猫だし……」
 他に言いようがなく、戸浪は自分でも訳の分からないことを言った。
「で、明日、何時に行くんだ?」
「あ、ああ。お前が都合悪いのだったら一人で行ってくるつもりなんだが……」
 如月に用事があれば、一人で祐馬のうちに行けると、戸浪は心の中でどこか期待しながらそう言った。
「いや、大丈夫だ。付いていけるよ」
「そうか……悪いな……」
「……本当は一人で行きたいんじゃないのか?」
「……え?」
「行きたかったら行ってくるといい」
 ビールをもう一度飲んで如月は言った。その言葉で戸浪の箸が止まる。
「なあ……戸浪……」
「なんだ……」
「自分に正直になれよ……」
「……」
「お前はいつだってそうだった。本当に自分が望むことを、口に出さずにいつも心の中に秘めていた……。それは美徳かもしれんが……時には自分から相手に吐き出すのも良いんじゃないのか?」
 優しげな目を向けて如月は言った。
「……別に……何も……」
「私から見ていると……お前は祐馬のうちに帰りたくて仕方ない……そんな目をしてるぞ。嫌がられても押し掛けるくらいの気持ちが無いのか?好きなんだろう?」
「終わったんだ……」
 小さく戸浪はそう言った。
「そのくせ、自分で夜這いをかけたじゃないか。どうもお前はやることが極端すぎるんだな……」
 くすくすと笑いながら如月は言った。
「……別に……」
「なあ……お前が時計を拾って……祐馬のうちの玄関で、開けてくれと言っていたあのくらいの気持ちがどうして今無いんだ?」
 あの時の私は……
 自分が自分で無かったんだ……
 あんな……
「……」
「あのな……今頃ばらしても仕方ないんだが……。お前が気を失った後すぐに祐馬があの扉を開けて出てきた。それもな、頭から水でもかぶったんじゃないかと言うくらい濡れて出てきたんだ。お前達に何があの時あったかは分からない。だけど……祐馬も頭を冷やそうとしていたのは、びしょ濡れのあいつを見て分かったよ。祐馬は昔から、勢いでつっこむところがあるから……お前に酷いことを言ったのかもしれない……だが、悪い奴じゃないぞ……」
「……どうして……お前が祐馬を弁護して居るんだ」
「さあな……。一度騙してみせたことに対する罪滅ぼしなんだろう」
 そう言って如月はクスリと笑った。
「もう……終わったんだ……」
「自分が終わったと思わない限りなんだって終わりにはならない。仕事でも私生活でもな。終わったと言うのは本当にどうにもならなくなったときだ。でも、お前達はこの間やりまくったんだろ?遊びやその時の雰囲気で出来る性格の二人じゃなだろうが……」
 困ったような顔で如月は言った。
「祐馬は……まだ……」
 戸浪は顔を上げて如月にそう言った。だがその先が怖くて言えない。
「好きなんだろ。あいつは好きでない相手を抱くことなんて出来ないぞ。それも男をな……」
「……如月……」
「私は好きだが、お前はどうだ?と祐馬に聞けばそれで済むことだろう。何をうじうじ二人でやってるんだ。見ていてイライラする」
 ムッとした顔で如月は言った。
「お前は……どうしてそんなに優しいんだ……」
 じわりと涙が滲んだ目が、如月の顔をぼやけさせた。
「別に優しくなんか無い。何をやってもこっちを見てくれないんだったら、いい人になるしか、これから先お前ともう会えないだろう?」
 どんな顔でそれを言ったのか戸浪には、分からなかった。
「明日は……一人で行けるな?」
「……ああ。一人で行ってくる……」
 戸浪は目を擦りながらそう言った。
「ちゃんと祐馬と話をしてくる」
 続けてそう言うと戸浪は、何か心に引っかかっていたものが取れたような気がした。
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