Angel Sugar

「終夜だって愛のうち」 後日談

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 ユウマの餌やトイレの砂など、必要なものをひとそろい買い、夕方戸浪が戻ってくるといつもは玄関に迎えに来る祐馬は来なかった。
 拗ねている……
 昼間良いところで、まず如月に邪魔をされ、次にユウマに邪魔をされたのだから仕方ないのかもしれない。
 それにしても、あのユウマの人見知りの激しさは何だろう……
 人間に捨てられるとああなってしまうのだろうか?
 戸浪は自分が動物の世話をしたことが無いのだ。何より、昔大地が犬を飼ってはいたが、庭に放し飼いにし、食事として与えていたのは、その日の夕食などの残り物だった。だから、買い物に出かけ、ワンフロアペットの餌や玩具と、様々なもので埋め尽くされているのをみて、本当に驚いたのだ。
 あれ……
 ユウマも来ないのは変だ……
 戸浪は靴を脱ぎながらそんなことを思った。如月の家でユウマは戸浪が帰ってくると足下に絡みつき、うちにいる間ずっと付きまとってはベタベタとしてきた。それが住むところが変わったからといってユウマの態度が変わるとは思えなかったのだ。
 もしかして?
 祐馬が苛めてるとか?
 そおっと祐馬がいるであろうリビングを覗くと、祐馬はクッションを持って怒っていた。
「そこは俺の席!なんでお前が座るんだよっ!」
 何時も自分が座っている場所に身体を伸ばしているユウマにむかついているのか、祐馬は三日月型のクッションの先で黒い身体をつついていた。だがユウマの方は我関せずで、欠伸をしている。
 思い切り祐馬の奴馬鹿にされているぞ……
 その光景が面白く、戸浪が暫く見ていると、祐馬が愚痴りだした。
「何だよ……祐馬っていうのは俺の名前なんだからな。お前みたいな猫野郎はタマにしておけば良いんだ。お前はタマだ!」
 そう祐馬が怒鳴るとユウマはソファーの上で「フーーーッ!」と今度は毛を逆立てて怒っているようであった。
「何だよっ!文句あるのか?」
 あまりにも祐馬が猫を相手に真剣になっているので、戸浪が笑いを堪えていると、それに気が付いたユウマがソファーから飛び降りてこちらのいる廊下に走ってきた。
「にゃ~」
「ただいま……ユウマ。大変だったな……」
 クスクスと笑いながらユウマの頭を撫でる。するとようやく気が付いた祐馬が今度走ってきた。
「戸浪ちゃんお帰り~あぎゃーーーっ!」
 ユウマが戸浪に抱きつこうとする祐馬の脚に噛みついた。
「こらっ!駄目じゃないかっ!」
 噛みついている脚からユウマを引き剥がすと、今度は祐馬の方向に手を出して爪を立てていた。
「こいつ……俺のこと嫌いみたい……」
 こちらから距離をとって祐馬はそう言った。
「お前だけじゃなくて、誰に対してもだよ……気にするな……そのうち慣れるって」
 戸浪はそう言って笑った。
「絶対慣れないよ。だってそいつ絶対……戸浪ちゃんのこと好きなんだ……だから俺の事気に入らないんだ……」
 真剣にそう言う祐馬に戸浪は余計に笑いが漏れた。
「何を馬鹿なことを言ってるんだ……はは……そんな訳無いだろう……」
「そんな事あるんだって……」
 むーっとした顔で祐馬が言った。だが戸浪は馬鹿馬鹿しくてそんな話などまともに取られなかった。
「……夜は寝室には入れないぞ。絶対!絶対だからなっ!」
 祐馬はそう言って、キッチンに歩いていった。
「ユウマ……この家はあっちの祐馬のものだぞ。私とお前はここに住まわせて貰ってるんだから、仲良くしないと駄目だ。分かるかい?」
 なにやら以前にも似たようなことを言った記憶が戸浪にはあった。
 ……
 以前も言ったような……
 まあ……いいか……
 そんなことを考えながらキッチンに入ると、祐馬は夕食の準備をしていた。戸浪もそんな祐馬を久しぶりに手伝った。その間、やはりユウマは祐馬の椅子に座って身体を丸くしていた。チラと横目でそれを伺い、又祐馬が怒るだろう……と戸浪は思ったが、確かにこれは祐馬に対して嫌がらせをしているように見える。
 気のせいだ……
「あのさ……会社行ってるんだよな?」
 お皿を並べながら祐馬はそう言った。
「ああ……行ってるよ……どうした?」
「そんで……大丈夫?」
 聞きにくそうに祐馬はそう言った。
「別に何も無いが……ああ、そう言えば、例の営業マンがどっか飛んだみたいだな……それとアルファの施主の担当も飛んだとか聞いたな。なんだか変だとは思うんだが……あっ……」
 もしかして……
 祐馬が何か裏でやったのか?
 普段は忘れているのだが、この男の祖父は巨大企業の会長だ。祐馬はその祖父が唯一可愛がる孫だと如月から聞いたことがあった。
 なんだか……
 そんな気がしてきた……
「あ……ってなに?」
「お前……もしかして……その二人が飛んだのは誰かさんが誰かさんに頼んだんじゃないのか?」
 そう言うと祐馬の顔色が一気に変わった。
「え~何のこと?俺知らないよ~」
 はははといって祐馬は笑うが、この男は嘘を付くのが下手なのだ。
「……まさか……私の事を話して……」
「えっ!べ、別に……話した訳じゃないよ……それに爺ちゃんに頼んだんじゃなくて、爺ちゃんの秘書が勝手に動いたんだ……」
 慌てて祐馬がそう言った。
「……どうしてそんな余計なことをするんだ……」
 視線を避けて戸浪はそう言った。
「だから俺じゃなくてその俺のしようとしてたことがばれたって言うか……。俺、戸浪ちゃんをあんな目に合わせた奴らを、ほんと殴ってやろうって思ってたんだ。無茶苦茶頭にきててさ……そしたら秘書の宇都木さんがその間に入ってくれて……。俺が馬鹿なことをしないようにって、俺の目の前から消してくれたっていうのが本当の所だけど……」
 言いにくそうに祐馬はそう言った。
「……お前……何を考えてたんだ?入院先に行くつもりでいたのか?」
 確か家木は入院していた筈だ。
「何って……俺頭に来てたんだっ!あんときほんと思いっきり切れてたぞ。そんなん……当たり前だろ。人を騙して自分はいい目見ようと企んだんだからな。そんな奴、俺にだって……ボコボコにしてやる権利はある。だって……戸浪ちゃんは俺の恋人なんだから……。だから、俺は遠くに追いやられて逆にむかついてるんだ。俺手出しできなくなっちゃっただろ。頼んだんじゃなくて、俺を止めるのにあいつらを爺ちゃんが飛ばしたんだ……」
 確かに……
 孫だろうが、東都系列の人間が問題を起こすほうが大変だろう。それを回避するのに家木と尾本を飛ばしたのだ。
「はあ……お前は意外に恐い性格をしてるんだな……もう少し後先を考えろ……。東都系列の人間が事件を起こしたら大変だろうが……」
 戸浪が呆れた風にそう言うと、今度祐馬はムッとした口調で言った。
「そんなん関係ないよ。東都はそんなんで潰れたりしないし……。逆にそんな事考えるような奴の方が信じられないね。自分の恋人が酷い目に合いそうになったのに、家のことがあるからって何もしない奴なんてさ……男じゃないよ」
 珍しく堂々と祐馬はそう言った。
 祐馬……
 なんだか……
 格好いいぞ。
 ぽわ~と頬を赤らめた戸浪はそれに気が付かれないように「そうか……」とだけ言って御茶の用意をしだした。
「……でも、噂とか大丈夫?」
 祐馬は心配そうにそう言った。変な噂が社内であると思ったのだろうか?
「私は別に何も言われてないよ。と言うより元々私は噂に疎いんだ。だから何か言われていても多分、分からないよ……」
 ははと笑ってそう言った。
「戸浪ちゃんらしいと言えばそうなんだろうけど……。周りでこそこそ言ってると思ったら、それもむかつく……」
「放っておけば噂などいつの間にか何処かに行っているもんだ。いいんだよ……」
 くすと笑いながら戸浪はそう言って、準備の整ったキッチンテーブルから離れた。そして冷蔵庫からユウマの餌をとりだし、皿に入れた。するとユウマは祐馬の椅子から降りて、餌の入った皿の所にやってきた。
「私は……ここに戻って来られた……それが叶ったんだからもう何かを気にすることも、心配することも無いんだ……」
 餌を食べるユウマの頭を撫でながら戸浪はそう言った。そんな戸浪に近づこうとした祐馬に「今のうちに席に着け」と戸浪は言った。
「あ、そうだったね……んも……こいつ絶対俺に対する嫌がらせしてると思う~!うわ……なんか俺の座布団、猫寝てたから温い……」
 嫌な顔をしながらも椅子に腰を掛けた。
「悪いな……でも可愛がってやってくれ。ユウマは……あ、同じ名前を付けたのは悪かったが……、この下の駐車場にあるゴミ箱に捨てられてたんだ。それもな、ゴミと一緒に袋に詰められて捨てられてた。だから人間不信だと思うんだよ……。可哀相な奴だと思って多少の事は許してやって欲しいんだ……駄目かな?」
「……そんなの聞いたらうんって言うしかないんだけど……俺も別に動物自体は嫌いじゃないし……でもなあ……あいつ……絶対俺には慣れないという予感があるんだけど……」
「又くだらないことを言うなよ。動物なんだから餌をくれる相手に懐くんだ。お前もたまに餌でもやればいつの間にか懐いてるよ」
 戸浪のその言葉に祐馬は頷くこともせずにじいっと床を眺めている。
「なんだ?」
「俺のこと睨んでる……」
 そう言うので戸浪が視線を床に向けると、戸浪の足下から祐馬の方を向いて微動だにしない黒い身体があった。
 ……
 なんだか……
 祐馬が言う通りのような気もするが……
 まさかなあ……
 猫だし……
「さっさと食べるぞ」
「……頂きます~」
 祐馬は仕方ないと言う感じにそう言って食べ出した。

 食事を終え、後かたづけを済ませると、バスルームに向かった。ユウマは水場が嫌いなのか、如月のうちに居たときでもそうであったように浴室には入らず、脱衣場でうとうとしながら座っていた。
 戸浪はそんなユウマの頭を撫でて衣服を脱ぐと、浴室へ入った。
「はあ……」
 湯船に首まで浸かって、身体を伸ばすと、本当に帰ってきたという実感が涌く。如月のうちはやはり落ち着かなかったのだ。
 ここより広く、そして家具も良いものを置いてはいたが逆にそれが落ち着きを無くす原因になっていたのだ。普通の家具に、普通の浴槽……ものによっては汚れていたり、欠けていたりしているこのうちの方がホッとする。
 生活感がここにあるからだろう。如月は最近戻ってきたせいか、その点家具など新しすぎてまだうちの中でしっくりと収まっていない。それが居心地悪いと思った原因なのだ。
「……気持ちいいな……」
 バシャバシャと顔を洗って、ほ~っと息を吐く。
 色々合ったが……
 こうやって又一緒に暮らせる……
 それが一番嬉しい……
 浴槽の縁に手を掛け、頬を置くと戸浪はそんなことをぼんやりと考えた。
 今晩祐馬はどうするつもりだろう……
 う~ん……
 私は……良いが……
 昼間煽られたままだしな……
 なんて思っていると祐馬の叫び声が聞こえた。
「うっぎゃああああっ!」
「何だっ?」
 ザバッと浴そうから上がり、バスルームを出ると、祐馬がまたユウマに引っかかれていた。
「何をやってるんだ……」
「バスタオル切れてたから持ってきたんだよ。戸浪ちゃん困ると思って……そしたら……」
 と言いながら祐馬はこちらの素っ裸の身体を眺めて顔を一気に赤く染めた。
「うわっ……わ、分かったからもう出ていってくれ……」
 自分の姿を認識した戸浪は、直ぐに浴室側に戻ると、顔だけ出してそう言った。
「……で、こいつにまた引っかかれたの……」
 腕に爪を立てているユウマを指さして祐馬はぼーっとした顔で言った。
「……分かったから……」
「あ……うん」
 言って祐馬は出ていった気配がした。
 散々お互い裸で抱き合ったのだから、見られたといって恥ずかしがるのもなんだなあ……と思いながらも戸浪は祐馬が去った脱衣場に入り、今置いてくれたバスタオルで身体を拭いた。すると、まだ濡れている脚にユウマが身体をすり寄せてきた。
「あのな……祐馬を噛んだり爪を立てたりしたら駄目だろ。あいつもお前を可愛がってやろうと思ってるんだから……」
 戸浪が呆れた風に言うと、言い訳がましくユウマはにゃーにゃーと鳴いた。だがこちらは何を言っているか分からない。
「……まあ……お前も色々言いたいことはあるだろうが……」
 溜息をつきつつ、戸浪はパジャマを着ると祐馬がいるであろうリビングに向かった。だがリビングは薄暗く、小さなランプだけが机に置かれていた。
「……何だ?」
「戸浪ちゃん……座って……」
 意外に真剣な顔で祐馬が言った。
「?」
 訳が分からなかったが、戸浪は言われるままにソファーに腰を掛けた。
「やり直し……」
「やり直し?」
「うん……もっかいさ……ちゃんと……誓いを立てようって思ったんだ……」
 そう言って祐馬は、先程風呂に入るために手首から外した戸浪の時計と、自分の時計を机に置いた。
「……祐馬……」
 なんだかもう嬉しいことばかりで戸浪は胸が一杯になった。
「なんだか……今更恥ずかしいんだけど……」
 言いながら祐馬はこちらの隣りに座って戸浪の手を取った。そんな祐馬の肩に戸浪は身体をもたれさせた。
 ああもう……
 幸せだ……
 私は本当に幸せだ……
「……病めるときも……健やかなるときも……戸浪ちゃんは俺の事……好きでいてくれる?」
 なんだか妙な変換をしている言葉なのだが、戸浪には祐馬が恥ずかしくてそんな風に言っているのだと分かっていた。だから何も言わずに頷いた。
「俺も……戸浪ちゃんが……病気になっても……元気でいてくれるときでも……ずっと大事にする……一生かけて……愛します……」
 真剣な、そして不器用なものの言い方が逆にとても神聖な言葉に聞こえた。
「祐馬……愛してる……」
 小さくだがはっきりと戸浪はそう言った。
「俺も……ずっと……ずっとね……」
 言って祐馬はこちらの額にキスを落とした。その部分が何故か戸浪には熱く感じた。
「指輪の交換……俺達の場合は時計だけどね……」
 言いながら祐馬は以前してくれたように、左手首に時計をはめてくれた。
「戸浪ちゃんも俺にはめてよ……」
 促されるまま戸浪も祐馬の手首に時計をはめてやる。
「じゃあ……誓いの……」
 キス……
「H……しよ」
 ってなんだそれは??
「普通はキスだろう……」
 じろ~と見ていると、本人はやる気満々だ。
 いや別に構わないんだが……
「だって~俺昼から我慢してるんだからなっ!」
 ムードもへったくれもない。
 だがまあ……
 今日は良いか……
 気分もいいことだし……
「……なあ……俺絶対あの猫に邪魔されると思ったんだけど……このランプが恐いみたい……」
 そう言って祐馬はリビングの入り口で顔を出しているユウマを指さした。ユウマはこちらに来たいのだが恐いという風に、うろうろとリビングと廊下を行ったり来たりしていた。
 動物は火を怖がるというのは聞いたことがあるが、こんな作り物のランプが恐いというのもなんだか微笑ましい。
「あっ!じゃあこれ寝室に置こうか~そうしたらあいつ入ってこれないじゃんか!」
 確かにこれからも最中に邪魔をされるのは幾らユウマが可愛いと言ってもこれとは話が違うのだ。
「……ま……そう言うことだな……」
 こほんと小さく咳払いをして戸浪は言った。すると祐馬は部屋の明かりを付けて、ランプを持つと、さっさと寝室へ走っていった。
「にゃーにゃー……」
 ユウマはランプが無くなったと同時に戸浪の膝に乗り、どうも抗議しているような鳴き声を上げた。
「こればっかりはなあ……お前の言うこと聞いてやれないんだ……」
 苦笑しながら戸浪はユウマの頭や背を撫でるのだが、鳴くのを止めなかった。
 ちょっと可哀相だが……
 こればっかりはなあ……
 と、戸浪がそんなことを考えていると祐馬が戻ってきた。
「戸浪ちゃん……じゃ……寝室いこ……」
「ああ……」
 立ち上がるより先にユウマは祐馬の方へ突進してまた爪を立てていた。
「うあああっ……ひでえっ!こいつやっぱ、戸浪ちゃんのこと好きだから俺に嫉妬してるんだよっ!見て分かるだろっ!」
 ユウマから逃げ回りながら祐馬はそう叫んだ。確かにそんな気が戸浪にもしてきた。
「……まあ……いいじゃないか……猫だし……」
 戸浪にはそう言うしかなかった。
「俺っ!先に寝室へ逃げるっ!」
 言って祐馬は走っていった。
 仕方ないな……
 戸浪の方もそれの後を追うように寝室に向かうのだが、祐馬を追いかけ回していたユウマがいつの間にか足下に絡まってきていた。
「済まないな……ユウマ……」
 寝室の入り口で立ち止まったユウマは何故かとても寂しげな顔を向けて小さく鳴いた。
 可哀相だぞ……
 とは思うのだが、本当にどうしてやることも出来ないのだ。戸浪はユウマを挟まないように寝室の扉を閉め、チラリと祐馬の方を見ると、嬉しそうにベットに寝そべっていた。
 例のランプはベット脇にある机に載せ、寝室の明かりにしていた。
「……可哀相だな……少し……」
 自分もベットに上り戸浪は寝室の扉の方を向いて言った。
「……俺だって可哀相だと思うだろ?」
 扉を向く戸浪の頬を掴んで、祐馬の方に向けられた。
「……ま……まあな……」
 これから先邪魔ばかりされることを考えると、ここは駄目だというしつけは必要なのかもしれない……と戸浪も思った。
「戸浪ちゃん……好きだよ……」
 言いながら祐馬は軽く唇にキスを何度も落としてきた。
 ああもう……
 これからは何度だって……
 ついばむようなキスに酔いながら戸浪がそう思っていると、祐馬が言った。
「一つだけ聞いて良い?」
「何を?」
 そう言うと祐馬はじいっとこちらを見た後で「やっぱいい」と言って覆い被さってきた。
「おい、途中で止めるな……何だ?何が言いたいんだ?」
「……いいよ……戸浪ちゃん絶対怒るから……」
 今度は首元にキスを落としながら祐馬は言った。
 だがそんな風に言われたら気になって仕方ない。
「途中で言葉を止められたら、気になってしまうだろ……何だ?」
「怒らない?約束する?」
 顔を上げて祐馬はそう言った。
「ああ。だからなんだ?」
「俺……は……もしそうでも仕方ないって思ってるから……」
 と、表情を少し曇らせて祐馬は言った。
「は?なにが仕方ないんだ?」
 戸浪は祐馬が何を言いたいのかこれっぽっちも分からないのだ。
「……だから……」
「だから?」
「如月さんと寝てたとしても……俺は仕方ないって……」

 キサラギサントネテタトシテモ……

 って……なんだ?
 こいつは何を言ってるんだ?
 すぐに言葉が出ずに戸浪が口をぱくぱくさせていると、祐馬は又言った。
「……俺が悪かったし……あんとき……慰めて貰ったかも……って思って……でもその事は俺……怒れないし……」
「……こ……こ……この……」
 この男は……
 何も分かっていないっ!!
 私はそんな簡単に誰かと寝たりしないっ!
 それを何度も言っているだろうがっ!
「この?」
「大馬鹿者がーーーーー!」
 ドスッと膝を蹴り上げ、祐馬の鳩尾にヒットした。
「ぐっは~いってええええっ!な、何するんだよっ!」
「私がそんな男に見えるのかっ!」
 と、言ったが、確か一度だけ如月に迫ったことを思い出したのだが、一度飛び出した言葉を引っ込めることが出来ずに、そのまま怒り続けた。
 ああ……
 す、済まない……
 確かに一度だけ……
 血迷ったよ……
 何も無かった……
 でも……
 あれも元はと言えばお前があそこで私を抱かなかったからだっ!
 と、全ての責任を祐馬に戸浪は押しつけた。
 この事は言えない……
 私から抱けなどと言ったことは……
 絶対言えないな……
 うう……
 済まない……
 なんて思いながらも戸浪は謝る祐馬に背を向けた。
「戸浪ちゃん……ごめんって~」
 いや……
 それは私の台詞なんだが……
 こうなるともうばらすことも出来ない……。
 そんな自分を隠すように戸浪は毛布に潜ろうとしたが、扉の前で鳴くユウマに気がついた。
「と、戸浪ちゃん?」
 戸浪は寝室の電灯をつけ、例のランプを消した。
「ユウマ……おいで……」
「う、嘘だろ~マジ?そいつここに入れる気か?」
 祐馬は真っ青な顔でそう言った。
「……可哀想だから……私も疑われて可哀想だろ?可哀想なもの同士一緒に寝るんだよ……」
 ああ……
 済まない……
 自分の気持ちを誤魔化すのにユウマが必要なんだ……
 このまま怒り続けるのが辛いんだ……
 ユウマが居たら適当に誤魔化せるだろう?
 はあ……と戸浪は心の中で溜息をついて、ユウマを腕の中に抱きながら毛布に潜った。その後ろで祐馬はブチブチと文句を言っていた。
 今回は……
 私も本当に悪かったよ……
 そんな風に戸浪が思っていることなど祐馬は、当たり前だが気付かずいつものように落ち込んでいた。戸浪も、自分のしでかしたことを思い出し湯鬱になっていた。そんな中、機嫌が良いのはユウマだけであった。

―完―
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