Angel Sugar

「周囲の問題、僕の涙」 第2章

前頁タイトル次頁
「はい篠原さん、これおみやげです」
 大きな事件もなく、捜査一課で報告書を書いていた篠原にトシは菓子箱を渡した。
「いやー気ぃ使ってくれてありがたく戴くよ」
 嬉しそうに篠原は菓子箱を手に取るとそう言った。
「大したものじゃ無いですけど…」
「で、何処に行ってたんだ?」
 報告書を書く手を止めて篠原は言った。
「長野の方へ涼みに行って来ました」
「いいなー…長野か~」
 長野を想像しているのか、篠原の目は遠くを見ている。
「で、豪遊してきたのか?」
 クスクス笑って篠原は言った。
「安いパックに決まってるじゃないですか。豪華にしたくても先立つのもがありませんよ。特に私はね…」
 と、トシは分かっているくせにー…という顔をして見せた。
「そりゃま、そうだ」
 以前トシ達の住んでいるところが放火され、全財産が燃えてしまっている。その上彼らはその犯人に重傷を負わされ、復帰するのに三ヶ月かかっていた。今もそのことは金銭面で特に尾を引いている。
「じゃ、田原管理官の所に挨拶に行って来ます」
「ああ、管理官はなんか合同捜査で目黒に行ってるよ。夕方一度戻るって。ところで、科警研に新しく来た分析の主任ってのが、お前の休みの時にみんなに紹介されてたけど、まーアメリカ帰りとなると、なんかすれてるって言うか、なんというか……」
 どう説明していいか分からないのか篠原は言葉を探しているように、視線が彷徨った。
「変わってるんですか?」
「そうそう、変わってるんだ。髪は茶色に染めて、後ろで束ねてて。白衣は着崩してるし、ヘビースモーカーなのかいつもたばこをくわえてるよ」
 何となくトシはその人物を想像できた。
 まさか……
「名前はなんて……」
「幾浦恭夜って言ってたな、何だお前知らないのか?お前のダチで幾浦っていたじゃないか、その人の弟っていってたぜ」
 トシは驚いて目を開いた。
『なんだ話には聞いてたけど、科警研とはね…知ってたか?』
 そこでリーチは話に加わった。
『ううん…知らなかった…』
「弟さんがいらっしゃるのは知ってましたが、科警研に就職する話は知りませんでした」
「そか。幾浦さんとは何度か例の件で会って知ってるけど、兄弟あんまり似てないよな…なんか性格正反対そうじゃない……」
 篠原が的確にそう言った。
「そうですね…」
「幾浦って名前は珍しいから思わず親戚ですかって聞いたら、兄弟だって言うからさ、俺も驚いたよ。でも例の事件の事は知らなかったみたいだったぜ。それにしても兄弟似た名前でややこしいよな。でも曾じいさんかららしいぜ。全部名前に恭がつくんだと。恭一、恭二、恭三、四が無くて恭吾だってさ。それはそれで面白いよなあ……」
 篠原はそう言って笑った。だがトシはそんな名前の事などどうでも良かった。
「え…篠原さん崎戸の事件話したのですか?」
「だって知ってるとばかり思ったからさ…お兄さんには迷惑をかけて…って言ったら何の事?って聞かれてさ…まずかったかな?」
「いえ…そういうわけでは…」
 だがトシは何となく知られたくなかった。
「噂をすれば何とやらだ……」
「えっ?」
 一課の入り口から内勤用シャツの上に白衣を腕まくりて着、そのボタンも留めずにひらひらと裾をなびかせ恭夜はこちらにやってきた。白衣のイメージが名執であったので、着る人間によってこんなにも印象が違う。それがトシには驚きであった。
「あ、あんたっ!」
 恭夜の第一声はそれであった。
「この間はどうも……」
 トシは何と答えればいいのか分からずにそう言った。
「へーあんた刑事だったんだ。なんか似合わないな……」
 利一をあんた呼ばわりする事にカチンときた篠原が、むかつきを隠せない様子で言った。
「幾浦さん。いくら知り合いでも、あんた呼ばわりは無いでしょう。隠岐はうちのトップの捜査員なんだからね」
「聞いてるよ。ただ、もっといかつい感じだと思ってたから…。ふーん…この間も可愛いなって思ったけど、スーツを着ているのもなかなかいいじゃない」
 いいじゃないって……。
「はぁ……ありがとうございます……」
 トシはそう言うしかなかった。
『なんか…嫌な奴だな…』
 リーチが恭夜の態度にそう言った。
『恭眞の弟だし…悪い人じゃないよ』
 とは言ったものの、恭夜はジロジロと品定めするようにこちらを見つめ、その好奇心ともいえる視線にトシは思わずたじろいだ。そこに警部の田中が篠原を呼び、トシと恭夜だけになった。
「あの……私は食堂に行きますね。お昼まだなんですよ」
 恭夜から逃げようとトシはそう言って、部屋を出ようとしたのだが、「じゃ、俺も一緒に行こうかな…」と、恭夜は言って後ろから付いてきた。
「……」
「迷惑?」
 にこにこ顔でそう言われ、断れる様子では無かった。
「いいえ…構わないですよ」
 トシは仕方なくそう言って恭夜と食堂に向かった。

「そんなに沢山食べるの?」
 トシ達と食事を一緒に摂る相手は必ずといって良いほどそう聞いてくる。本人達は気にするほど量を食べてるとは思わないのだが、こうやって聞かれると言うことは一般では多いのだろう。
「え…多いですか?」
 トシはBランチとラーメンを目の前に置いてそう答えた。
「いや、そんな風に見えないからさ…」
 太っていれば言われないのだろうか?
「皆さんにそう言われます……」
 トシは苦笑しながら言った。
 そうして二人は食事をし始めたが、トシが驚いたのは恭夜がきちんと「頂きます」といって手を合わせてから食べ始めたことであった。そんな事をする様には見えなかったが、身なりや態度がどうあれ、きちんとした家庭でしつけられたのだろうと思った。まあ、幾浦を見ていたら納得出来ることだ。
 だがリーチはそれを見て、トシが思うようには考えなかったようであった。
『俺、あんまり好きになれそうにないタイプだ…』
 本当にリーチは好き嫌いが激しい。
『又そう言う……』
「俺さ、実は男が好きなんだ……」
 突然、恭夜にそう言われたトシは思わず口の中に入っていた麺を吹き出しそうになった。
『なんだ?こいつ自分から白状してやがるぞ……』
 リーチも呆れているようだ。
「は…はぁ?」
「兄貴から聞いてるかと思った……その調子じゃ、聞いて無いみたいだね…余計なこと自分で言ってしまった……」
「あ…いえ…」
「兄貴がきっとばらしてると思ってさ、そんなことで変な目で見られるのは嫌だったから、ちゃんと説明しとこうと思ったんだ…」
 照れくさそうに頭を掻いて恭夜はそう言った。
「べ…別に同姓を好きになってもそれは個人の自由ですから……」
 トシはそう言った。
「良かった。兄貴と違って…」
 ニコリと笑って恭夜は言った。その顔はとても嬉しそうだ。
「兄貴と違って…って?」
 トシはそこが気になった。
「俺、大学生の時、男とつき合ってるのばれて家族から追い出されたんだ。兄貴なんかはすげー軽蔑した目で俺を見てな…。毎日針のむしろで仕方無しに家を飛び出したんだ。俺ん家の両親は、兄貴もそうだけど、ゲイとか全く駄目でさ、散々罵倒されたよ……。今は少し兄貴の方は諦めてるかな……。両親には悪いと思ってるけど、ま、でも長男じゃないし、家継ぐ事も無いからいいけどね。そう言うの兄貴に任してるから……両親も兄貴に期待してるし、俺なんか既に居ないも同然の扱いだから……」
 少し寂しそうに恭夜はそう言った。
「そうですか……。でも幾浦さんはそんな固い考えの持ち主じゃ無いと思いますけど…」
 固いのなら今トシとつき合っているわけなど無いからだ。
「確かに固いってわけじゃないけど……あ、女にはだらしないけどね」
 といって恭夜は笑った。
「そ…そうなんですか……」
 再度、喉に詰まりそうになりながらトシは麺を飲み込んだ。
「冷たいの。あいつ。つき合ってるときは結構まめなんだけど、冷めると早いんだよな……。見た目誠実そうに見えるからやっかいなんだ。俺、中学の時から家の前で兄貴がそうやって振った女の子見てきたし、あんま可哀相な子は説得もしてやったんだぜ」
「はぁ……」
 聞かなきゃ良かったとトシは思ったが、もう遅かった。
「でもやっぱ年かな…。随分丸くなったよ。誰を好きになっても人それぞれだって言うようになったし…。きっとあれだな、勤めてるのが外資系でアメリカ出張が多いから、居るんだろうなそういうの…周りにさあ。だから少し理解できるようになったのかも…」
 なんて答えていいか分からないトシは、ただ無言で聞くしか無かった。
「あの……今、幾浦さん…誰か居るんでしょうか?」
 トシはふとそう聞いていた。
「知らないな。兄貴が出張してきた時、良く会ってたけど、そんな話…最近聞かないな…。昔は今つき合ってる人と結婚するかもなって良く聞かされたけどさ。でも次に会ったときは又違う人がそういう対象になってたよ。兄貴ってすげえ節操無しかって思ったくらいだよ。いや、悪口みたいに聞こえたら、ごめん。違うんだよ。兄貴って基本的に家の事まず考えるもんだから、そうなっちゃうだけなんだ」
 それは悪口にならないのか??
 と、トシは思ったが、そんな事言える訳などない。
「へ…へぇ~……」
 トシは自分が知らなかった幾浦の面を知って動揺したが、悟られないように必死に笑顔で答えた。
『昔の事だろ…気にすんなよ…』
 リーチがそんなトシに気が付いてそう言った。
『う…うん。分かってるよ』
 分かっているのだが、聞かされた内容は結構ショックだ。
「で、聞いたんだけど、事件に巻き込まれたって聞いたけどさ、一体全体どうして巻き込まれたわけ?何でもトシさんをおびき出すために人質に取られたって聞いたけど…」
 いつの間にか呼び方が、あんたからトシさんに変わっていた。
「あの…トシはやめて下さい…ここは職場ですから…隠岐で構いませんので……」
 何よりトシとリーチ、二人を知らない人間にトシと呼ばれたくは無かった。
「やっぱ、兄貴の友達だけあるな~固いんだから…」
 恭夜は馴れ馴れしくそう言った。
「か…固い訳じゃ……」
 トシは恭夜の事が、もの凄く苦手なタイプに入るのかもしれないと思った。
「いいか、じゃ、隠岐。俺、こんないい加減に見えるけど、仕事はきっちりさせて貰うからね。刑事さんもそのつもりで現場に向かってよ。居るんだよ…鑑識が到着するまでに荒らしちゃうのがさ…。ま、隠岐はその点、優秀だそうだから、余計な忠告かもしれないけどね」
 恭夜はそう言うと、ごちそうさまの挨拶をして自分のトレーを持って立ち上がった。
「あ、今度、夕飯でも食べにいこうな」
 軽くウィンクをすると恭夜はその場を後にした。
『リーチ…僕も苦手かも……』
 はあと溜息をついてトシは言った。
『初めて意見があったな』
 リーチは笑ってそう言うが、トシはなんだか憂鬱な気分になっていた。こういう時は事件に振りまわされたいと思うのだが、その日は大きな事件もなく、とりあえず抱えている事件の継続聞き込み位で、平穏な一日であった。
 そうして七時頃管理官の田原が戻り、トシは挨拶を終えると、帰り支度を整えた。
 こんなに早く帰えられる事はあまりなかったので、トシは昼間の気分が回復し始めていた。早く帰れそうなら外で食事でもしようか……と幾浦から誘われていたのだ。たいてい無理なのだが、今日は約束が守れそうだとトシは笑みを堪えきれなかった。
 だが……東京都足立区管内にて殺人事件発生…の館内放送が入り、一課に引き返すことになった。
「隠岐、三係で仕切るらしいぜ」
 篠原がそう言ってスーツを羽織った。
「そうですか状況は?」
「詳しいことはまだだそうだ…」
「しゃべっとらんと行くぞ」
 係長の里中に背中を押され二人は慌てて飛び出した。
 又約束やぶっちゃうな…心の中で呟きながらトシは意識を事件に集中させた。

 一旦、うちに帰ったのは朝の六時であった。トシとリーチはくたくたに疲れ、ベットに倒れ込む。
『起きたら起こしてくれよ…』とリーチはトシに言い、スリープを決め込んだ。トシはむくっと起きると、パソコンの電源を入れ、幾浦に電子メールを送った。幾浦に逢えないときはいつもメールを送ることにしていた。

 恭眞、今日はご免なさい。せっかく夕食を誘ってくれていたのに、事件が突然おこってさ…。旅行のこと黙ってて御免ね。今度は恭眞と行くようにするから、次会うまでに機嫌治してて…。
 あ、恭眞の弟さん科警研に就職だったんだ。今日お昼一緒に食べて話をしたけど、とっても楽しい弟さんだね。
 多分、水曜には少し逢えると思うから、メール入れて置いてね。

 トシ 

 楽しい会話など無かったのだが、本当の事など書けずに、トシはそう打つと、メールを送信した。その後シャワーを浴びて歯を磨き、ベットに再度倒れ込んだ。そうしてベット脇の時計のアラームを十時に合わせる。
「十一時に捜査会議だって言ってたから間に合うよね…」
 ぼそっとそう言うとしばらくの眠りについた。

 トシが眠りについた頃、幾浦は起床した。足下に丸くなっているアフガンハウンドのアルは顔を少しあげただけで、又布団に顔を沈めた。そんなアルを置いてベットを降りると、顔を洗うより先にパソコンのメールのチェックをした。
 トシからのメールを見つけ、思わず顔がにやける。が、内容を読み、恭夜が何を話したのか酷く気になった。なにかよからぬ事を話しているのではないかと思ったのだ。
 しかし、問題の恭夜はまだ戻っていなかった。
 イライラしながら顔を洗い食事をとり、アルにドックフードをやる。そうしてスーツに着替え、支度が終わる頃、問題児が帰宅した。
「何をしていて朝帰りなんだ…」
 幾浦の口調は刺々しかった。
「うるせーな…仕事だよ…昼には又出なきゃならない…」
 確かに疲れた顔をしていたが、そんなことを気にかけてやるほど幾浦は恭夜に優しくは無かった。
「お前、私に何か言うことはないのか?」
 そう言われ、不思議そうに恭夜は幾浦を見た。何を言わんとしているのか分からない。そう言う表情であった。
「なんのこと?」
「思いつかないのか?」
 呆れた顔で幾浦は言った。
「ああ、住むとこは二、三日中に探すよ。もう少し待って」
 あくびをしながら恭夜は言った。
「そうじゃないだろう…」
 横をすり抜けようとする恭夜の腕を掴み幾浦が言った。
「もー…なんだよ…寝かせてくれよ…眠いんだって…」
「昨日、トシと昼を一緒に摂ったそうだな、その時、私のことは話題にしなかっただろうな」
「え…何で知ってんの?」
 やはり話題に出たのだ
「そんなことはいい。何を話した?」
「別に大したことじゃないさ。世間話だよ」
「どういう?」
「話すほどの事はないよ。ただ…俺のことばれちゃったよ。いや、ばらしたってのが正解だけど…」
 苦笑して恭夜は言った。
「何の事だ?」
「俺がホモって事。どうせ、あんたがばらしてるだろうと思って、偏見を持たれたくなくてさ……だから説明しようと思ったのが原因なんだけど……」
「お前はあほうか!」
 幾浦は怒鳴った。
「朝っぱらから、あほうは無いだろう……も、いいだろ…」
 掴んでいる手を振り払おうとする恭夜を幾浦は逃がさずに、更に問いかけた。
「他には?」
「別にねえよ」
 捕まれた腕を今度は振り払って恭夜はすたすたと寝室に向かった。
「帰ったら、はっきりさせて貰うからな」
 幾浦はそう言って自宅を出た。
 
 妙だよな……兄貴があんなにうろたえるなんてな…
 恭夜はベットに服も着替えずに寝そべりながら考えていた。
 昨日の今日の事を何故幾浦が知っているのかが恭夜には不思議だった。
 なんだかおかしい…そう思うと恭夜は眠気が吹っ飛んだ。
 むくっと起きあがると目の前にパソコンを見つけた。恭夜はこの家に転がり込んでまず不思議に思ったのがパソコンが何台もあることであった。確かに幾浦の勤めている会社がコンピューター関係であったのでそれは分かるとして、一部屋丸ごと機器で埋まっているのを見つけ、ため息が出た。
 そう、幾浦にとってパソコンは生活の一部であるのだ。だから普段、手紙や電話よりメールを使うのかもしれない。
 そう思いパソコンを立ち上げてみる。恭夜も幾浦のようにプログラムなどは組めないが最近の分析機器はほとんどコンピュータであったので、普通には使いこなせるのである。
 しかし、幾浦のパソコンは他の人間がさわれないように起動時にパスワードを入力する形のロック形式だった。
 別にロックされていること事態変だとは思わなかった。会社で組んでいるプログラムなんかが入っているとすれば当然の事である。
 それでも恭夜はどことなく引っかかっていた。
 家捜ししてやる!
 恭夜はそう決めると眠る事はすっかり忘れ、あっちこっち何を探すわけでもなく、あちらこちらをひっくり返し、気になる何かを探し回った。
 だが、幾浦がその事に気付かぬように、本を出せば、一寸違わず元の位置に戻し、開いた書類は中身が前後にならないように、神経を使いながら片づけた。
 そうしてキッチンからトイレまで探し終わると、後は何処だろうと考えながら麦茶を飲んだ、その様子を戸の向こうからアルがじっと見ている。
 可愛げのない犬だ……
 どうもあの犬は恭夜の事を嫌っているようであった。それもそのはず、初めて恭夜が幾浦の家に来たとき吠えられ、最初は笑っていたが一歩入った瞬間に噛みつかれそうになったので腹が立ち、思いっきり拳で殴りつけたのである。それ以来、アルは恭夜には逆らわないようになった。それもかんに障った。
「ご主人様に俺のしてること報告したら又こうだぞ」
 そう言って握り拳を作ってみせると、アルはすごすごとどこかに姿を隠した。
 本当に可愛げがない……。
 さて、他に探していないところは無かったかな…ぼんやりそう考え、クローゼットがまだなことを思い出した。
 思い立つとすぐにクローゼットに入って恭夜はその服の数に驚いた。しかし、数も多いがそれらが全て、きちんと整頓されている。
「又、随分衣装持ちなんだな……」
 恭夜は思わずそう言うと、さっそく探索に入った。暫くそうして自分のやっていることに何となく馬鹿馬鹿しさを感じた恭夜は、もう探し回るのをやめようかと思った。
 その時、服の奥になにやらアルバムらしき箱を見つけた。何だってこんな所にしまい込んで居るんだろうと何気なく開けてみると、そこにはトシとツーショットで撮られた写真が貼り付けてあった。友人同士で写真を撮ることは別におかしいことではない。友人以外という関係を決定的とさせる写真も一枚もない。
 それでも恭夜はその雰囲気で感じ取った。同類は分かるのだ。
「もしかして兄貴も俺と同じか……」
 そうしてニヤッと笑う。
 おもしろくなってきたよな……
 そう心の中で呟くとそっとアルバムを直し、今度こそ仮眠を取った。



 捜査会議が十一時に始まり、十二時で終わると、トシは鑑識から上がってきた現場写真を渡された。写真には事件が起こった現場を見ようと集まった野次馬を色んな場所から撮ったものだった。
「どうかね」
 鑑識の石黒はそう言って写真に見入っているトシを覗き込むように見た。
「あ、もう少しお待ちいただけますか?」
 トシは写真から目を離さずにそう言った。
『リーチ…どう?犯人らしき人物はいそう?』
『ああ、もう何枚かめくってよ』
 リーチはそうトシに言う。
 会議の済んだ部屋では、そんなトシの周りに彼の特殊な能力を知る人間が集まる。
 リーチは写真を見て、犯人を特定できる特殊な能力を持っていた。何故、分かるのかは本人にも分からないが、とにかくピンとくるのである。最初は誰も信じ無かったが、何度か当たるうちに信じるようになった。
 今では警視もその能力を高く評価していた。だからといって捜査員がそれを鵜呑みにしているわけではない。ただ、余計な時間を浪費しなくなることが刑事達にとってありがたい事であった。
『その人混みの真ん中にいる…青い帽子かぶった奴らしいな……。やっぱり現場が気になるってのは犯人の心理なんだろな』
 リーチがそう言うとトシは、この人だと指を差した。
「どうもこの人の様ですね…」
「じゃ、ここを鑑識で引き延ばして貰えばいいか」
 石黒はそう言ってその写真を持って鑑識主任の席へと向かった。
「見事だよな……」
 篠原が感心してそう言った。他の刑事も同様にそう言う。
「でも多分ですよ……」
 困ったようにトシはそう言った。
「さ、とにかく鑑識からものが出来上がるまでの間に昼飯を食ってこい」
 係長の里中がそう言うと皆一様に会議室を後にした。
 その中で居残っていたのが恭夜であった。
「どうしてこいつが犯人な訳?」
「あ、何となくですよ……」
「隠岐の何となくを信じてみんなが動くのか?そんなんでいいわけ?」
 その言い方がトシの感にさわったが笑みは絶やさなかった。
「今まで外したことはありませんから……それより恭夜さんも忙しいんじゃないのですか?色々鑑識が持ち帰ったはずですし……」
「分かってるよ。それより……」
 チラとトシを見て恭夜が続けて言った。
「隠岐がどうして俺に理解あるか知ったんだよ……」
「何のことですか?」
『こいつ…幾浦からなんか聞いたんじゃないのか?』
 リーチが嫌な顔で言う。
「警視庁きってのデカさんが……ね。考えるとすごいよな」
「何をおっしゃっているのか分かりませんね。私も忙しいんですよ。くだらない話なら又今度にして下さい」
 そう言ってその場から離れようとすると、恭夜がトシの腕を掴んだ。
「確かに可愛らしい顔してるよな。本当に噂通り沢山の事件を隠岐が解決したのか?本当は上司に色目使って自分の出来にして貰ったとか?」
 その言葉にムッとしたトシは精一杯睨みをきかせて言った。だがトシだと凄味は全くない。同じ利一の顔でも、怒って凄味が出るのはリーチが主導権を持っているときだ。
「なんか、隠岐が怒ると可愛いよなあ……」
 う、全然分かってくれていない……。
「外見で判断されてむかつくのは貴方だけじゃないんですよ」
 ムッとしてトシが更に言うのだが、全然恭夜は堪えない。
「あ、そうだったな…そりゃ失礼しました。で、兄貴とこんな事してるわけ?」
 といって、いきなり引き寄せられた瞬間、恭夜の鳩尾に一発拳を当てた。
「手加減はしてます。けど、暫く疼くと思います。それは自分の言動の所為だと後悔するんですね。噂聞いてるでしょう?私を怒らせない方が身の為だって」
 そう言い、誰が見ても可愛い顔でニコリと笑ったのはリーチであった。
 言われた恭夜は膝をつき腹を押さえて驚いた顔をしている。それを後目にリーチは後ろを振り向かずに会議室を後にした。その表情は怒りを隠せないものであった。
前頁タイトル次頁

↑ PAGE TOP