Angel Sugar

「周囲の問題、僕の涙」 第4章

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 一時間程して恭夜が来ると幾浦はその首根っこを掴んで引きずりながらソファーへと座らせた。
「いて、いて、いて、痛いって……」
「お前、トシに絡んでいるみたいだが、いい加減にしろ!」
「あれ、やっぱり来たんだ。先に帰ったからそうかな……って思ってたけど、なんだ、暫く考えたいって言ってたのに、もう兄貴の耳に入ってるなんてなぁ、ちょっと拍子抜けだよ……」
 なあんだという顔で恭夜が言うので幾浦は余計に腹が立った。
「トシは来ては居ない。だからお前が妙なことを吹き込んでいるんだと思ってな。ただ、お前がそう言うからには、また何かくだらないことを言ったのだな!」
「な~んも言ってないよ。来なくなったのは振られちゃったんじゃないの」
 へらへらとそう言う恭夜に頭に来ている幾浦であったが、酔っぱらい相手にムキになっても仕方がない。幾浦はキッチンに向かい、ビールジョッキに水を入れるとそれを恭夜の頭にぶちまけた。
「何すんだよ!」
 冷たい水をかけられた恭夜は酔いの醒めた顔で幾浦にそう言った。
「好意で自宅に泊めてやったというのに、勝手に家の中を家捜しされ、その上、人の恋愛にまでお前が口を出すからだ!」
 ジョッキを机に音を立てて置くと、幾浦はそう言った。
「……ふ~んだっ」
「な、恭夜。お前が今していることは、私たちの事を心配してくれているのだと、良いように解釈してだ、ありがたいがもう、構わないでくれないか」
「兄貴の心配をしているわけじゃないから別に構わないだろ」
 ややふてくされた顔で恭夜は言った。
「良くない。お前がしていることはトシを混乱させるだけだ」
「混乱?隠岐はよく分かってるみたいだったぜ」
 お前が話したのはリーチだとも言えず、幾浦は言った。
「何故、構うんだ。私を困らせて面白がっているのか?」
「違うよ。俺は兄貴をからかうつもりなんかないよ。別に男を好きになっても俺は理解できる。だけど、兄貴は絶対隠岐と長続きしやしない。隠岐が嫌な奴ならほっておいたけど、すごく良い奴なんだよ。だから黙ってられなかったんだ」
「長続きするかしないか、お前に関係ないだろう!」
 幾浦にとっては、恭夜がいること事態が爆弾の様なものであった。
「関係ないけど、同僚のよしみさ。それに隠岐って真面目で、人にも好かれるし、別に兄貴とじゃなくても良いと思ってさ。兄貴もどうせ切るんだったら、さっさと切れよ。その方が隠岐の為じゃないか。あんたの都合で振り回すこと止めなよな」
「お前……いい加減にしろ……どうせ切る?何だそれは。私がトシを切るわけは無いだろう。それに振り回して等いない。トシを混乱させ、振り回しているのはお前だろうが!」
 何故それが分からないのだろうか?
「俺?」
 恭夜はきょとんとした顔でそう言った。
「そうだ。お前だ」
「さっきから聞いてると、俺ばっかり悪者じゃん」
 髪から先程かけた水の滴をぽたぽたと落としながら恭夜は不機嫌に言い、ちらりと視線をこちらに向ける。
「違うのか?」
「違うに決まってるだろ!何だよ、じゃ、両親にちゃんと話すって言うのかよ!俺が昔、言ったみたいにさ」
「いずれ話す」
 さっさと幾浦はこの話題から離れたかった。だが、恭夜の方がそうもいかなかった。
「そうやって先に延ばして、うやむやにする気なんだろ。そのうち隠岐を……」
「だからお前はどうしてそうやって、私がトシを切ると確定して話を進めるんだ!私はトシと別れるつもりも手放すつもりも無い。たとえ両親と決別してもその気持ちは変わらない。そのことをお前にくどくど話さなければならないのか?そこまで言わないと納得できんのか?そんな権利などお前には無いだろう!」
 その幾浦の勢いにたじろぎながらも恭夜は驚いた顔で言った。
「兄貴……すげー真剣なんだ……」
 今、知ったような顔で恭夜は言った。
「真剣でなければ男と付き合えるか!」
「へ~へ~。なんか変だよな」
「お前に言われたくない。で、分かったんだな」
「え?」
「もう構うなと言うことだ」
 それが一番大事な事だった。
「はいはい。分かりましたよ。これ以上悪者にされたくないからな」
「本当に分かったんだな。今後一切、トシに余計なことを言わないと約束しろ!」
 幾浦は念を押すようにそう言った。
「分かったよ。でも隠岐から相談を受けたときは別だからな」
「安心しろ。そんなことは無い」
「…………」
「用はそれだけだ。帰っていいぞ」
「ずぶぬれで帰れっていうのかよ」
「お前が悪いんだろうが」
 恭夜はまだ文句を言いたそうであったが、幾浦の冷たい視線を再確認し、黙り込んだ。
「今晩は泊まっていって良い?」
 様子を窺うように恭夜は言った。
「仕方ないな。今晩だけだ」
 許しが出ると急に元気になった恭夜はバスルームへと走り出した。それを見ながらあきれたように幾浦は居間に戻るとソファーに沈み込んだ。
 それにしてもどうして恭夜が日本に帰ってきたのか聞きそびれいていることに幾浦は気が付いた。もう二度と日本の土は踏まないと言っていたはずであった。
 落ち着いたら聞いてみるか……幾浦はそう思いながらじっと横に座っていたアルの頭を撫でた。


 大きな事件もなく、週の半ばを迎えたリーチはこの水曜日が何事もなく済むように祈っていた。何より、幾浦から「恭夜はもう大丈夫」との連絡を貰っていたので、例の一件はトシに話さずに済んだ。 
 そうして、退庁時間になるとリーチはトシに主導権を渡した。
『ごめんねリーチ。譲って貰っちゃって……』
『ん、気にするなよ。幾浦には先週会えなかったんだからさ、俺だっていつも譲って貰ってるから……ま、楽しんでくれよ。但し、この間みたいな交替はぜってー許さないからなっ!』
 釘を刺すようにリーチは言った。トシは思わず肩をすくめる。
『あ……ありがとう。気をつけるよ……』
 リーチはそれを聞くとスリープをした。
「さーってと、買い出しに言ってから恭眞の所に行こうかな」
 夕食は何にしようかと考えながら買い物をし、幾浦のマンションに向かった。マンションに付くといつも通りにアルが飛びついてきた。
「分かったって、分かったから……お前に先にご飯作ってやるって」
 トシがそう言うとアルは自分のお椀をくわえて、ちょこんと台所でお座りをした。
「本当にアルは賢いんだなぁ」
 感心しながらトシはアルに餌をやり、自分たちの分も作り終えると、居間でテレビを見ることにした。
 時間は既に十時になっていた。
「遅いね……アル」
 膝の上に頭を置いているアルにそう呟くと、フンフンとアルは鼻を鳴らした。
 仕事が忙しいのかもしれない……
 くだらない番組をぼんやりと眺めながらトシはいつの間にか眠っていた。

 「トシはね、気を使わなさすぎるよ」
 「え……」
 「何でもかんでも、相談すると嫌われるよ」
 「ご……ごめんね。ごめんね。僕そんなつもりじゃ……」
 「そんな相談なんか聞きたくない」
 「ごめん……」

「トシ、おい、どうした」
「あ……あれ……あ、恭眞お帰り」
 目を開けると、幾浦が心配そうにトシの肩を抱いていた。
「お帰りじゃない。怖い夢でも見ていたのか?」
「え……」
 トシは驚きながら瞳をこすると、涙の跡があった。
「何でもないよ。ちょっと昔を思い出して……なんだか悲しくなったみたい」
 ごしごしと目を擦ってトシは言った。
「今でも泣く位、悲しい出来事だったのか」
「うーん。ずっと忘れてたんだけど……それよりご飯食べた?」
 幾浦に何となく言いづらく感じ、トシはそう言って話をそらせた。
「トシ、夕飯のことは後でいい。何があったのか教えてくれないか?」
 妙に心配そうに聞いてくる理由がトシには良く分からない。だが幾浦には話せないことだった。
「やだ」
「どうして?」
「嫌だから……」
「どうして嫌なんだ?」
 不思議そうな顔をして幾浦は再度問いかけた。
「嫌なものは嫌なんだ」
 視線を逸らせてトシは言った。
「トシ……」
 トシの頬に手をかけ、幾浦は唇を塞いだ。
「きょ……」
 優しくまさぐる幾浦の舌が、頭の奥をじいんと暑くさせた。暫くして幾浦の手がトシの背中をさすり出すとトシはその手を制止させた。
「だめだよ……ほらもう十二時過ぎてるんだよ……」
 室内の時計を眺めながらトシは言った。
「なんだかずいぶんお預けをさせられているようなんだが……」
「ごめ……」
 言い終わらぬうちに幾浦はトシを力一杯抱きしめた。その強さにトシは驚いた。
「恭眞?」
「暫く黙ってろ……」
「あ……うん」
 幾浦の腕の中にすっぽり収まったトシは何となくその様子がおかしいと思い始めていた。しかしそれがどうしてなのか全く予想が付かなかった。
 暫くそうして、幾浦がやっとトシを腕の中から解放すると、トシは言った。
「ね、何かあった?」
「え?」
「なんだか様子がおかしいから……」
「それはおかしいだろうな。お預けさせられているからな」
 そう言って幾浦は笑みを見せた。それはいつも通りの笑みであった。
「仕事忙しいの?」
「今日はシステムがダウンしてな、大騒ぎだったんだ」
 言いながらスーツを脱いでハンガーに掛ける。
「それは大変だぁ」
 幾浦の会社のシステムがどんなものであるのかを知っているトシにとって、その様子は手に取るように分かった。
「おまけにトシには拒否される……」
 怒っているのではなく、からかい気味に幾浦は言った。
「はは……ところで夕御飯は食べたの?」
 そこから話題を変えようとトシは言った。
「ああ、軽くだが……」
「こんな時間からだと胃に負担がかかりそうだから、お腹一杯は食べない方がいいかも……。メインの魚は焼いてないから、明日にでも食べて」
「そうだな……とりあえず風呂に入ってビールでも呑むとするか」
 うーんと手を伸ばして幾浦が言った。
「じゃ、僕帰るね」
 トシがコートを羽織ろうとすると、幾浦はその手を掴んだ。
「冗談はよしてくれ。今からどうして帰ろうなどと言うんだ……」
「あ、でも……明日仕事だし……」
「私だって仕事だ。今日は泊まっていくと良い。もう遅いしな。帰る時間がもったいないだろう?」
「そうだけど……着替えとか……」
 トシは泊まると決めた日だけしか、今までこのマンションに泊まったことは無い。そして決めた日だけしか着替えなど持ってこない。
 そう言う訳で、今日は手ぶらなのだ。泊まる準備はしていない。
「適当に私のシャツでも羽織ればいい。たまにはそういうのもいいだろう。それとも私の家に泊まりたくない理由があるのか?」
 そう言ってじっと幾浦に見つめられたトシは迷った。今までこんな風に成り行きに任せて決めたことはなかった。
「あの……」
「トシ……だめなのか?」
 視線はトシから離れない。
「じゃ……そうしようっかな」
 照れながらトシはそう言った。これ以上幾浦に見つめられると、どうして良いか分からなくなるからであった。
「お前は夕御飯食べていないんだろう。じゃあ食べているといい。私はシャワーでも浴びてくる」
 嬉しそうに幾浦はそう言った。そんな幾浦の笑顔を見るのがとても嬉しい。
 たまにはいいかもしれない…。と、その笑顔の所為でトシは思った。
「じゃ、ビール用意しておくね」
「頼む」
 幾浦がバスルームに向かうのを見送って、トシはまだ残る照れを振り払った。
 今更である。何を照れる必要があるのか分からないが、トシは幾浦からまじまじと見つめられると極度に緊張する。黒い瞳に射抜かれそうで……それでいてその底のない瞳に吸い込まれそうになるのであった。
 何度会っても、そういう気持ちになった。ときめくと言っても過言ではなかった。
 トシは幾浦に会う度に惚れなおすのである。
「アル、付き合ってよ」
 ソファーに横になっているアフガンハウンドのアルにそう言うと、アルは喜んでトシの後を追った。

 暫くして幾浦がバスローブを羽織って戻って来ると、トシは思わずその姿に見とれてしまった。
 まだ乾ききらぬ髪が黒光りし、拭いきれなかった滴が首元に幾つか流れている。それを見たトシは思わず照れくさくなり、知らずと視線が下を向いた。
 幾浦はそんなトシに気づかず、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、開けると一気に飲んだ。「ああ……風呂上がりが一番旨いな」
 そういってトシの座っている前の席に腰を下ろした。
「あ、ビール……僕が用意するって言ってたのに……」 
 残念そうにトシは言った。
「いいよ。もう飲んでいるから」
 そう言って幾浦はもう一度ビール缶を傾けた。
「それにしても……お前本当に忙しいな……」
「殺人課が忙しいのも困るんだけどね。最近、殺伐としちゃって……簡単に人を殺すんだから始末に負えないよ」
 だからずっと仕事で走り回って幾浦と会えなかったのだ。仕事は嫌いではないが、それが辛い。
「いくら考えてもお前に似合わない職業だな……」
 幾浦がクスっと笑ってそう言った。
「そうかな……」
「ああ、リーチの性格なら分かるんだが、トシとなるとな……」
「僕は結構自分の天職だと思ってるんだけど……他の人から見るとそう思うんだ……」
 ふ~んというようにトシは言った。
「現場に出て失神してそうじゃないか」
 幾浦は言ってニヤニヤしている。
「そんなんじゃ本庁の殺人課で働けないよ」
 むうっと頬を膨らましながらトシは言った。もちろん警官になりたての頃はそんな経験もある。だが今は本庁の刑事だ。今では失神などしない。
「怖くないのか?」
「怖いと思ったのは崎戸の事件だけだよ。僕って意外に根性座ってるから」
 トシは胸を張った。
「そうか……だが、恋愛に関してはあんまり根性が座ってないんだな」
「ええっ……そ、そうかな」
 思わずうろたえながらそう言った。
「ああ、そうだ。根性が座っているというのはリーチや名執の方だ」
 うんうんと頷きながら幾浦は言った。
「ぼ、僕だって根性座ってるよ」
「ホントかな」
「もし、職場でばれるようなことになっても、僕は恭眞から別れようって言われない限りずっと恭眞を好きでいる自信があるもん」
 きっぱりとそうトシは言った。それはリーチとも約束済みのことである。自分達からは言わないが、どちらかがばれても恥じたりしないとずいぶん前に話し合っていた。
「トシに似合わず強気だな」
「あーっ。信用してないんだ」
「してるよ」
 真顔で幾浦は言っているが、目は笑っている。
「してない。その言い方は、絶対してない。酷いなぁ」
 喜んでくれると思っていたトシは、肩を落としながら言った。
「信用してる」
 いつの間にか幾浦はトシの後ろに回って腕を巻き付けた。
「恭眞?」
 やはり様子がおかしいのでトシは問いかけた。しかし次の瞬間、ごりごりと頭をこすりつけられた。
「痛い痛いっ。な、なんだよ」
「いや、一度やってみたかったんだ」
「もー僕、片づけるね。洗い物をして、寝るよ。明日も早いから……」
 構ってられないという風にトシが言うと、幾浦はトシの体を担ぎ上げた。
「恭眞!」
 幾浦は身長が高い所為か、上から見下ろす床がいつもと違って見えた。
「片づけは明日私がするから置いておけ、その時間で肩でも、もんであげるよ」
「恭眞の方が疲れてるんじゃないの?」
「私より刑事のトシの方が大変だろう?」
 言いながら幾浦はトシを抱えて寝室に向かった。
「なんか……」
 変なことしようと思ってない?と聞きたかったが、本当に肩を揉んでくれるつもりで言ってくれているのなら悪いと思い、言葉を途中で切った。それに、言ったことで、煽ることになりかね無いとも考え、「うれしいな」と次ぎに言った。
「どこが一番こってるんだ?」
「うーん、足かなぁ」
 とりあえず身体から一番遠い所をトシは言った。肩を揉んで貰うより何となく良さそうに思ったのである。
「トシ、ベットにうつぶせに横になってくれるか?」
「?」
「足はふくらはぎも揉んでやると、いいんだ」
 幾浦からそう言われると、トシは顔を横に向けてうつ伏せに体を伸ばした。すると幾浦は足の土踏まずをまず押さえた。
「いっ……たいっ!」
 身体を仰け反らせてトシは叫んだ。本当に痛かったのだ。
「今の痛かったのか?」
 だが幾浦は変だというように問いかけてくる。
「痛いってもんじゃなかったよ……も、いいよ」
 トシは体を起こして、今幾浦が押さえていたところを撫でた。
「つぼに入ったんだろう。だがこれほど痛がるところを見ると、かなり胃腸が弱っているみたいだな。こういうのは痛くても我慢しないと良くならないぞ」
 そう言って幾浦はトシの足を掴んで引っ張った。その反動で起こした体が再びベットに沈む。
「もう良いって……」
 苦笑いを浮かべながらトシはそう言うのだが幾浦は止めるつもりが無いようだ。
「だめだ。暫く我慢すれば気持ちよくなるぞ」
 と、言って今度はくるぶしあたりを押さえた。すると先ほどより鋭い痛みがくるぶしから身体に走る。
「い……たぁーいっ」
 痛みに耐えられなくて、トシは陸に上げられた魚のようにばたばたと手を振った。
「恭眞っ!もういい。いいから……たっ!」
「この程度で痛がるんだからな」
 くすくすと笑いながら幾浦はその手を止めなかった。
「やだ。やめてって……」
 うっすらと涙ぐんだ瞳を幾浦に向け、トシは言った。これ以上されると、明日歩けなくなるだろう。
「気持ちよくしてくれるんじゃなかったの?」
 トシは恨めしそうな表情を幾浦に向けた。
「気持ちよくないか?」
「痛いばっかりだよ。」
 半分身体を起こしてトシは言った。
「おかしいな……私はいつも部下にして貰っているときは結構気持ちいいんだがな、その部下は実家がマッサージ師で、見よう見まねでできるそうなんだが、私もそれをみて覚えたんだが……痛い?」
「痛い」
 トシはきっぱりそう言った。
「では、普通にするか」
 そう言って今度は背骨の脇を両親指で押した。今度はトシも気持ちよかった。
「ん……気持ちいい。至福……」
 首の付け根から腰まで往復して幾浦は押し続ける。その指圧が気持ち良くてトシは先程の表情を和らげた。
「あ、恭眞……そこ」
 背骨の最終地点が、やたら気持ちが良かった。
「ここ?」
 幾浦はトシに馬乗りになって、トシが言った所を再度押さえた。
「うん。そこ、すごく気持ちいい……」
 普段こっても自分では分からない部分を幾浦に揉みほぐされて、自覚は無かったが結構筋肉が強ばっていた事にトシは気付いた。押された部分は血行が良くなってきたのか、ホカホカと暖まってきている。
 あまりの気持ちよさに、うつらとしながら幾浦に身を任せていたが、突然、背筋をゾクッとした感触が走った。何だろうと目を開けると、先程まで馬乗りになっていた幾浦がいつの間にか後ろから覆い被さっている。
「きょ……」
 いきなり敏感な部分に手を入れられたトシは、思わず息が詰まり言葉が継げなくなった。
「色気のある顔をお前がするからだ……」
 だから耐えられなかったと言わんばかりに幾浦はトシの首筋に軽くキスをした。
「今日はしないって……あっ……」
 後ろから回した右手で下半身を嬲られ、さらに左手はトシの顎を捕かみ幾浦からキスをせがまれた。トシが抵抗しようにも幾浦の足によって自分の足が引っかけられていたので閉じることも出来ない。
「ん……あっ……!」
 丹念に前を擦り上げられ、トシは抵抗する言葉を失った。
「トシは私と会えない間、欲しいとか思わないのか?」
 トシの首筋に息をかけながら幾浦は言った。
「そんなこと……」
 と、言った瞬間、自分の立ち上がったモノをきゅっと握られ息が止まりそうになった。
「思う……だろう?」
 意地悪く幾浦は言って首筋に唇を当てる。
「ん……く……」
「トシは一度も欲しいって言ってくれたことはないな。恥ずかしいからか?それとも別に私とこうしたいとは思っていないからなのか?」
 握りしめた手の力を緩めず幾浦はそう言った。
「あッ……きょ……ま……」
 快感と痛みが交互に下半身を這い上り、それに気を取られてまともに言葉が出ない。そんなトシの様子を面白がっている様に幾浦は、一定以上の力をかけたまま放そうとしなかった。
「ゆ……緩めて…や……だ……」
 吐き出す息と共にトシはそう言った。とにかく両足を開いて座った格好があまりにも恥ずかしくて、どうにかしたいのだが、足が痺れて言うことを聞いてくれなかった。
「私を欲しいと思ったことはあるんだろう?」
 言いながらも幾浦の手は休まずトシの胸を愛撫する。
「恥ずかしいこと……聞かないでよ……」
「どうして恥ずかしいんだ?普通のことだろう。私はお前と逢えない週は、欲しくて欲しくて堪らなくなるんだぞ。そんな自分を恥ずかしいと思ったことは無い」
「恭……眞……変……」
 痺れが身体全体に及んだトシは身体をやや前に倒しながらそう言った。
「変なことはない。ではトシ、お前のこれはなんだ?」
 そう言って幾浦はトシの手を掴むと、立ち上がっているモノを掴ませた。それは堅く熱を帯びている。
「やっ」
 手を放そうとするが幾浦はそれを許さなかった。
「お前のここはこんなに私を欲しがっているぞ」
「やだっ……!」
 耳まで赤くしながらトシはそう言ったが幾浦は一向に耳を貸さない。
「これはお前の欲望だ……ここだけがトシの中で一番正直な所だな。私を欲しいと言っているぞ」
「あっ……ああ……!はぁ……はぁ」
 身を捩りながらトシは幾浦の腕の中で抵抗しようとするが力が入らなかった。達きそうになると根本に力を込められ、完全に幾浦のなすがままだ。
 こめかみの部分がズキズキと痛み、腰の辺りからは快感による震えが手足の先に伝わる。気持ちいいと思う反面、一気に登りつめられないもどかしさがトシの理性を麻痺させた。
 恥ずかしいと思うより、このもどかしい身体の震えを何とかして欲しかった。
「恭……まぁ……も……だめ……」
 うっすらと涙を滲ませながら懇願する。
「だめだ。聞かせてくれ、私が欲しいって……簡単だろう?」
 トシはただ首を振ってそれに答えた。まだ残る理性が恥ずかしく思っているのだ。
「強情だな……」
 幾浦はトシの身体をそのまま前に倒すと、腰を上げさせ形のいい二つの丸みを両手で割ると、そこに隠された部分に口づけた。
「あっ……!」
 舌は周辺を貪り、時に舌先が恥ずかしげに閉じている部分をせめる。その度にトシは自分の身体がビクビクと反応するのが分かった。
 駄目だ……も、耐えられない…… 
 そんな事を考えている間も幾浦の手は休みなく立ち上がったモノを擦り上げては押さえを繰り返していた。
「あっ……ああっ……や……も……訳……分かんない……恭……眞……やっ……」
 顎をシーツに擦り付けながらトシは呻くように言った。
「聞かせてくれ。もっと気持ちよくしてやるぞ」
 幾浦はそう言って背筋を優しく愛撫した。
「あ……ふう……」
 吐息のような溜息を幾浦は唇で塞ぐ。我慢できなくなったトシは幾浦の背に腕を回し自ら舌を求めた。
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