Angel Sugar

「周囲の問題、僕の涙」 最終章

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 時間が十時になるころ二人で店を出た。最初、幾浦の話をして、それ以降は恭夜はふざけた笑い話ばかりをした所為で、トシは笑い疲れてしまった。それは恭夜が気を使ってそんな話ばかりをしてくれたのも分かっていた。
 いい人なんだ……
 でも、基本的に……だろう。
 そう思うと何故かトシは余計におかしかった。
 多分誤解されやすいタイプなんだろうと思う。どこかリーチに似ているような気も話していて思った。
「はあ……なんかちょっと寒いな……」
 通りを二人で歩いていると恭夜が言った。
「もう秋ですから……これから寒くなりますよね……」
「ま、好きな相手と一緒にいたら、寒く無いよ。周りは極寒になりそうだけどな」
 言って恭夜が肩に手を回してきた。意外にそれは嫌ではなかった。
「おい、隠岐、いっとくぞ、親父達を宥めるのは俺の役目。お前はやりたいようにやれ。俺は一度兄貴に両親を宥めてもらったんだ。だから今度は俺がそれを引き受ける。分かる?俺兄貴に借りがあるんだよ。それ返させてくれよな」
 小声で恭夜はそう言った。
「ありがとうございます……」
 くすくすと笑ってトシは言った。
 だがトシはそんな姿を幾浦に見られていたとは思いも寄らなかった。

 幾浦の家に着いたのは十一時過ぎであった。幾浦はまだ帰ってはいなかった。
 返しそびれた合い鍵を使っても良かったが、何となく出来ずに扉の前でぼんやり座っていた。
 勢いで来てしまった。
 溜息と共に出るのはそんな言葉であった。
 周囲の空気がいやに冷たかった。
 冬眠してしまいそうだと考えながら目を瞑ってうつらとした。
「何をしているんだ?」
 突然声をかけられて顔を上げると幾浦が立っていた。
「恭眞……」
 目を擦りながら確かめるようにトシはもう一度言った。
「恭眞……」
 幾浦はキーを取り出し、扉を開けた。その姿はなんだか自分を避けているようにトシには思えた。
「何しに来たんだ?」
 こちらも向かず、背を向けたまま幾浦は言った。
「僕……話があって……」
 最後は言葉が小さくしぼんだようになった。
「私には無い」
 拒絶するように幾浦が言い、そのままうちへ入ろうとするのをトシが止めた。
「話し……ちょっとでいいんだ。聞いてくれない?」
 トシが腕を掴むと、幾浦はそれを振り払った。
「きょ……ま……?」
「話など無いと言っている!帰れ!」
 そうか……もう遅いんだね……
 僕と話を、するのももう嫌なんだ……
 でも、言いたいことだけ……言わせて……
 その為に来たんだ……
 言わずに帰ったらきっと後悔するから……
「恭眞……僕ね…」
「見合いは決まった。お前の話など聞く気はない」
 こちらを向かずに幾浦は言った。その言葉に感情は無かった。その態度がトシを切れさせた。今まで生きてきて、これほど腹が立ったことは無かった。トシは今まで自分のことで怒鳴ったことは無かった。八つ当たりしたことも無かった。それがここに来て初めて自分の事で切れた。
「なんだよっ!今まで僕が悩んでたのは一体何だったんだよ!本当は自分から別れるなんてしたくなかった。追いすがっても側にいたかった。でも恭眞のことを思って、身を引いたんだぞ!辛くて、泣いて……会いたいの我慢して……それでも恭眞の為だって……そう思って耐えてたのに……馬鹿だったよ!僕って本当に馬鹿だった!お前なんか……さっさと見合いでも何でもして結婚すればいいんだ!もう……もういいよ!」
 幾浦は驚いた顔をして振り向いた。トシが怒鳴り散らすのは見たことが無かったからだろう。幾浦の呆然とトシを見つめる瞳がトシと交差した。
「僕だって……切れるときは……切れるんだよ!悪い?悪いかよっ!以前、恭夜さんが言った通りやっぱり冷めたら早いんだね。あんなに好きだって言ってくれたのに、一瞬で僕の事なんかどうでも良くなるんだっ!」
「トシ……」
 驚いた顔のまま幾浦はトシの腕を掴もうと自分の手を差し出した。その手をトシは振り払った。
「触るなっ!」
 挑むような目でトシは言った。
「今更だったよね……僕が知らなかっただけで、今までだってそうだったかもしれないんだから……」
 その一言で幾浦は、冷えたような表情に変わった。
「反論できるならしてみたら?反論する気にもなれない?その他大勢になった僕なんか、もうどうでも……」
 その時、幾浦の容赦ない平手がとんだ。その勢いでトシは体勢を崩して扉に背を当ててずり落ちた。口の端が切れて血が出ていたが、それを拭くこともせずに目の前に立つ幾浦を睨み付けた。
「いい加減にしろ」
「そうやって……見下してるといいよ……どうせ僕は男だから……何を言っても滑稽な笑い話にしかならない……。馬鹿は僕で、恭眞はそんな僕のことなんか一瞬で忘れて、もう見合いすることしか頭にないんだっ」
「もう一度殴られたいか?」
 幾浦の瞳の奥に紛れもない怒りがこもっていた。
「殴りたいのは僕の方じゃないか!何で殴られなきゃならないんだよ!」
 一歩も譲らず仁王立ちでトシは叫ぶように言った。
「何故だと?お前が馬鹿気たことを言うから殴ったんだ」
 トシの胸ぐらを掴んで幾浦は言った。そんなことをされたことがなかったトシは泣きそうになるのを必死に堪えた。次に視線を逸らせまいと必死に幾浦の目を見つめた。逸らすと泣いてしまうのが分かっていたからである。
「違う!ホントのこと言われて腹が立った……」
 もう一度幾浦は平手を飛ばした。先程より手加減をしているようであったが、二回目の平手でトシはその場に座り込んでしまった。堪えていた涙がボロボロ零れて玄関のタイルに染みを作った。
「帰れば良いんだろ……帰れってことだろ……分かってる……も……言いたいこと言ったから……帰るよ…邪魔して……ごめんね……」
 好きだと言うことは言えなかった。
 これからも一緒にいたいと……
 愛してると……
 一番言いたいことは言えなかった。
 だが、この状態でそんな事を何故言える?
「言いたいことはそれだけか?」
 幾浦にそう聞かれたトシは、俯いたままコクリと首を上下に振った。
「そうか、やっと終わったか」
 やれやれという風に幾浦が言ったところを見ると、こうやって怒鳴り込む女もいたのだろうとトシは思った。何を言っても、こういうことに慣れた幾浦の耳には入っていないのだろう。信じられなかったが幾浦は本当はこういう性格だったのだろか?
 だがもうそんなことはどうでも良かった。これで思い切れるのだ。
 帰ろうと立ち上がろうとすると幾浦が言った。
「今度は私の番だ。聞く耳はあるか?」
 涙でグシャグシャの顔を上げたトシは視線を合わせず頷いた。
「私は……どうしても、例えどんなことになっても、どれほど家族のことで後悔してもお前と一緒にいたいと……散々悩んだ末に結果を出したんだ。だから今日母親に会って、はっきり言ってきた。今の父親には話せないが、どうあってもお前とは別れられないとな。両親も大切だが、お前とは人生の最後まで一緒にいたいと……そう告げてきた。母親に頭を下げて……勘当するならそれでも良いと……。散々話して、ようやく母親は折れてくれた。その事を早くお前に言いたいとそう思って帰ってきたら、お前は恭夜と一緒だった。恭夜は以前私に言ったんだ。私がトシを捨てるなら自分が貰うとな……私はそのとき、好きにすると良いと、あの時は何も考えられずに言ったんだ。今日お前達を見て、ああそうか、もう遅いのだと私は思った。お前が恭夜とつき合おうと、それに対して文句は言えないだろう。それなのにお前は冷めると早いだの、何だのかんだの……では、お前は何なんだ?自分のことは棚に上げて私を責めるのか?お前に私を責められるのか!もういい、帰れ!」
「恭眞違うんだっ!恭夜さんは僕の相談に乗ってくれただけなんだっ!」
 再度背を向けた幾浦にトシは必死に呼び止めの声をかけた。自分の酷い誤解で幾浦を傷つけたのは自分の方であったのだ。
「え?」
 振り返った幾浦の顔は驚いている。
「僕は恭夜さんに怒られたんだ……僕がすごく甘ったれてたっていうことを分からせてくれたんだ……」
 すんっすんっと鼻をならしながらトシはそう言った。
「どういうことなんだ?」
 その幾浦の問いにトシは恭夜に何を言われたのか、そのとき自分はどう思ったのかを正直に幾浦に話した。
「僕……恭眞の事を考えてるつもりだったのに、本当は全然恭眞のことなんか考えてなかった自分に気が付いた……僕……本当に……ごめんなさいっ!」
 幾浦はトシに手を伸ばして腕の中の恋人を確かめるように身体を抱きしめた。
「トシ……っ」
 ぎゅうっと力強く抱きしめられてトシは息が詰まった。だが心地よい締め付けであった。
「ごめん……恭眞ごめん……僕一緒に頑張らなくちゃならなかったのに……駄目な恋人でごめん……恭眞のこと……全然考えてなかった……本当にごめん……。それでも僕一緒にいたい。一杯迷惑かけるけど、恭眞の家族のこと何も考えられない位、僕は恭眞が好きだ。どんなことがあっても僕は恭眞の側にいたいんだっ!」
「ああ、ああ、私もだよ……トシ……私もだ……」
 幾浦から廻された手はトシの髪を梳く。何度も何度も梳く。その優しい手の動きにトシは新たに涙が零れだした。何を言っていいのか分からず、ただ大声で泣いていた。声が枯れるまで泣いた。
「トシ?」
 幾浦はいつの間にか自分の腕の中でくったりしてしまったトシを心配そうに眺めると、トシは泣き疲れた子供のように眠っていた。幾浦はトシを抱え上げると寝室に直行した。
「トシ……起きるんだ……」
 鼻先を軽く捕まれてトシはうっすらと目を開けた。目を開けるとそこに幾浦がおり、自分を見ていた。そんな幾浦に手を伸ばして自分の側に来てくれるよう訴えた。しかしそれにすぐに応えてくれると思っていたが、幾浦はじっとトシを見つめているだけで行動は起こさなかった。
「恭眞……」
 またそぞろ不安がもたげ、伸ばした手をサッと引き戻し、胸のところで組んだ。
「トシ……これだけははっきりしておきたい」
 真剣な表情がそこにあった。だからこそ余計に不安がつのる。何をはっきりしておきたいのか見当がつかなかった。
「確かに……お前を傷つけたことは弁解のしようがないくらい……申し訳ないと思っている。私自身の家庭事情に巻き込んだことも、謝る。お前が納得できないのなら、私にどんな責任をとって欲しいのか言ってくれ……どんな責任の取り方でも聞いてやるし叶えてやる。先程私が殴った分だけ殴り返してくれてもいい。ただ……」
 ただの次にくる言葉が恐くてトシは耳を塞いでしまった。そんなトシの手をやんわりと掴んだ幾浦は怒りを抑えるような声で言った。
「本当に恭夜とは何も無かったんだな?」
 何を言っているのか分からずにキョトンとした目を幾浦に返した。
「だから……何もなかったんだろうな?」
「だって、恭眞の弟さんだよ……何かあるわけないじゃない」
「……」
「何?恭眞と別れたからって、僕が弟さんとそういう関係になるような節操無しに見えるの?そ、そんな事考えたんだ?それこそ謝ってよ!そんな風に疑われるの……嫌だよ!」
 トシは叩かれたことよりそっちの方が腹が立った。
「……私が見たとき……恭夜はお前の肩に腕を回して……お前も楽しそうに笑っていた……」
「あの時、恭夜さんが、親父達を宥めるのは俺の役目。お前はやりたいようにやれって言ってくれたからおかしくて笑ってたんだよ……」
 と、トシが言うのに幾浦はじーっとみて何故か不満げだ。
「……ただの同僚としてのものでも、あんな風にお前の肩を抱くのは気にいらん」
 そう言って幾浦は腹を立てている。
 気に入らんと言われても……あの程度の事は篠原もよく利一にするのだ。ただの友達同士のじゃれあいだ。それなのに幾浦は不機嫌になっている。
「……はは……恭眞……すごいおかしい……」
 思わず笑ってしまった。すると幾浦が噛みつくように唇を奪った。
 激しいキスであった。湿った肉厚の舌がトシの舌を捉え、嬲るように口内を犯す。息を吐き出す隙も与えてはくれなかった。
 それは、キスなんて可愛いものではなかった。顎が痛くなるくらい口を開かされて、思わず顔が仰け反る。が、幾浦の執拗な舌はトシの舌を離そうとはしなかった。
「気に入らないものは、気に入らないんだ」
 やっと唇を離した幾浦は手で口元をキュッと拭くとそう言って睨んだ。
「恭……ま……」
 幾浦の怒りがトシにも感じられたが、それが嫉妬からだと思うと、その怒りは身体に火を付ける役目にしかならなかった。何よりずっと我慢してきただけに、久しぶりに与えられる刺激は鮮烈な快感を呼び起こしていた。
 目は潤み、身体が火照り受け入れ体勢など全く整っていないにも関わらず、身体の奥に力強い雄を感じたくて仕方がなかった。その為、上体を起こしている幾浦に手を伸ばして一生懸命自分のそんな身体を訴えた。
「も……駄目……だ……」
「トシ……」
 幾浦は耳の後ろに舌を這わせ耳朶を軽く咬み、「愛していると」と何度も言う。そうやって幾浦が淡々と触れるそこかしこが、それだけの刺激で陥落してしまいそうになる。それなのに本当に欲しいものは与えられず、甘美な苦痛だけが身体をギリギリ締め付けた。
 何度幾浦に訴えても一向に態度を変えない。ひたすら体中に触れては囁きかけてくる。そして本当に触れて欲しい部分は忘れ去られたように無視されていた。
 呼吸が荒くなり酷く苦しかった。気が付くと幾浦の手がトシの大腿部を這い、所在なげに立ち上がっているモノに手が触れた。
「…………っ!」
 トシは思わずその刺激に果ててしまった。幾浦はそんな反応に驚いた顔をしていた。それはそうだろう。ただ少し触れただけなのだ。それなのに簡単にイってしまった。
 トシは急に羞恥心が戻り、驚いた幾浦の反応もあって、サッと毛布を引き、顔を隠すように身体を丸めた。
 自分だけが馬鹿みたいに欲しがっているのが、滑稽でもあり、幾浦から何と思われるかを考えると恥ずかしかった。こんな自分を幾浦が嫌いになるのではないかという心配の方が強かった。
「トシ……」
「……」
 心臓がはち切れんばかりに鼓動していた。幾浦は簡単にトシをひっくり返し、見たくない自分の顔を見ようとしている幾浦が疎ましかった。きっと自分は厭らしい盛りのついた猫のような顔をしているに違いなかったからだ。見られたくないのに目の前の幾浦は顔を伏せるトシの顎を掴んでその表情を読みとろうとする。切れ長の目は微動だにせず瞳の奥にある自分の本心を読みとろうとしているようであった。
「見ないでっ……」
 逃げられないのは分かっていたがトシは必死にもがいた。それでも相変わらず身体の芯から鈍い疼きを感じていた。
「トシ……欲しかったんだろう?」
 顎のラインをなぞるように幾浦は舌で愛撫した。背中で組まれていた手は背骨の窪みを通り、双丘を何度か撫で暫くすると、その間の割れ目に指を滑らせた。隠された蕾はまだ堅く、そこを過ぎると、先程濡れた部分を擦り上げた。その度にトシは甘い息と共にくぐもった声を上げた。
「こんなに濡らして……仕方のない奴だな……」
 呆れた風ではなく、楽しんでいるような声で幾浦が言った。
「あっ……も……」
 トシは自分から脚を広げたことは無かった。しかし今日はいつの間にか自分で脚を広げていた。もっと触って欲しかった。もっともっとと思ううちに脚が広がったのだ。
「ああ……こういうトシが欲しかったんだ……」
 幾浦は嬉しそうに目を細めてその嬌態に見入っていた。そんな幾浦に恨めしそうな目をトシは向けた。脚を閉じようとすると、幾浦は素早くトシの膝を掴むと自分の頭を埋めた。
「そこ……だめだよ……汚い……」
 先程零れた蜜が所々残る部分を、幾浦は舌で舐め取っていた。力を失った雄をそっと口に含む。舌は先から丁寧に愛撫され、その刺激に含まれているものが息を吹き返すようにそそり立ってくる。
 自分ばっかり達かされるのは不本意であった。確かに身体はもっともっと刺激をと訴えてはいたが、最初に達かされた所為で少し余裕がでたトシは幾浦に言った。
「恭眞……」
「何だ?」
 どうしたんだろうと顔を上げた幾浦はトシが見える位置まで上半身をずり上げた。
「恭眞も服を脱いで……」
 幾浦は自分が上半身だけ裸なのを確認して、ベットを椅子の様にして座り、残りの衣服を脱ぎだした。トシはその様子を見ながらそっと上体を起こすと、ベットを降りた。
「トシ?」
「恭眞……あの」
 今からしようとしていることに心臓が高ぶった鼓動を内側から耳の奥に伝えていた。目の前の幾浦は不思議そうな顔をしている。トシもこんな事をしようと思い立ったことが無かったので多少不安であった。
「どうした?」
「僕も……してもいい?」
 言葉には表せなかったトシはそう言って目線を逸らした。その言葉でも充分であるとも考えたし、言葉にするとなにやら厭らしく聞こえそうで言えなかった。
「何をだ?」
 分かるだろうと思ったのが間違いであった。なんて鈍感なんだろうとトシは思ったが、考えてみると言葉にするより行動した方が早いことに気がつき、床に膝をつけると、幾浦の両足を拡げた。
「トシ……?」
 キョトンとした幾浦が次の言葉を言う前に、トシは目の前にあるモノを両手でそっと包むと、少し震えながら口に含んだ。どうやっていいか分からなかったが、必死に舌を使って先端を舐める。すると幾浦の手がトシの髪を優しく撫でた。嫌がられているわけではないと分かると口一杯に含み、何度も何度も擦りあげた。頭上からは幾浦の少しずつ荒くなる息づかいが聞こえ始め、思わずそれに反応して自分の身体の体温を上昇させた。
 口に含んだ雄は次第に口内を圧迫するほど大きくなり、トシは顎が痛くなって来たが、やめるつもりは無かった。圧迫されればされる程、幸せな気分になる。口の中で滲み出す蜜も滑りを良くする格好の潤滑油でしかなかった。
「トシ……もういい……」
 そう言って幾浦がトシの頭を軽く掴んで後ろに反らされ、口から堅くなった雄が、唾液の糸を引きながらその姿を見せた。
「めんね上手くなくて……」
 もういいと言われトシは自分のやり方が拙かったのだと思わず目が潤んだ。そんなトシを軽々と抱き寄せ膝の上にまたがせた幾浦は優しい瞳でトシを見ていた。
「ここに入れていいか?」
 トシの背中に回した手を滑らせ、蕾をつついた。
「あっ……」
 刺激が背骨を一瞬走ると、トシは幾浦の首に腕を巻き付けた。恐ろしく恥ずかしい格好に顔が真っ赤になった。何か言おうとしたが幾浦の指が蕾を押し広げ、中に侵入するとそれは甘い声となって部屋に木霊した。
「あ……ああっ……」
 指は狭い中が少しでも広くなるようにと言わんばかりに円をかきながら動かされる。その快感を少しでも深く味わえるように、トシは曲げた足は幾浦の身体に巻き付け、自分で腰を揺らした。

「トシ……」
 身体を揺らしながら指を深く取り込もうとしているトシに幾浦は煽られた。トシの顰めた眉に切なそうに潤んだ瞳。どれをとっても己の欲望に直に響いた。だがまだ準備は整ってはいない。この状態で堅く反った自分の雄を侵入させるわけにはいかなかった。
 それはトシを酷く辛い目に合わせることになるからだ。だが、こんな嬌態を見せられたことが無い幾浦にとって、実行に移したいという欲求ががんがんと頭を支配する。
「っ……はぁっ……はっ……」
 上下に揺れるトシの胸が自分に触れる。その胸はしっとりとした汗と、いつもより高い体温を幾浦の下半身にダイレクトに伝えた。
 濡れる瞳が誘う。巻き付ける足が訴える。絡む腕が自分を引き寄せる。
 欲望と理性が戦っている間に、トシの方が先に行動に移した。
「も……我慢できない……」
 そう呻くように言ってトシは幾浦の雄を掴んで自分の奥へと誘った。
「トシ……!」
「う……っ……あっ……!
「いいから腰を上げろ!」
 苦しそうに膝を曲げて、顔をしかめながらトシは痛みに耐えていた。引き締めた口元が痛々しい。
「欲しいんだ……」
 顔を上げたトシはそう言って、苦痛に歪めた笑みを口元に浮かべた。
 こんな表情があったとは……なんと色っぽいのだろうか……
 驚愕にも似た驚きを幾浦は感じた。しかしそれは一瞬のことで、すぐに自分自身が翻弄される羽目になった。
 トシは自分で必死に身体を上下させ、一番敏感な部分に突き刺すように深く幾浦の鉄を自ら打ち込んだ。その顔にもう苦痛の表情は無かった。快感と喜びで一杯の表情である。
 トシの悲壮なまでのその行為は幾浦の理性を完全にふっとばした。押されてなるものかという感情も働いて、トシの動きに合わせて自らも腰を突き上げる。そのたびにトシは悲鳴のような声を上げた。しかしその悲鳴は快感がもたらす悲鳴であった。
「もっと……もっと……ちょうだい……恭眞……!」
 トシは訴えるようにそう言って幾浦の瞳を射抜くように見つめる。快感に酔っているのだろうが、視線はまっすぐこちらに向けられ、まだまだ足りないと訴えていた。
 トシの身体を一度突き放し、ベットに押しつけると今度は後ろからトシを攻めた。やられっぱなしは幾浦のプライドが許さなかったのだ。
「あっ……ああっ……!」
 シーツに顔を押しつけ、ギリッと握りしめた手が快感にわななく。腰だけが高く持ち上げられ、力強い振動を受け止めていた。幾浦の回された手はトシの雄をきつく擦り上げ、シーツには滲み出した白濁の液が染みを作っていた。
「……っ……はっ……はっ……!」
 熱を持った荒い息が互いに吐き出される。同じく、グシュッン、グシュッンと淫猥な音がした。普段ならトシはそんな音に耐えられず、恥ずかしいと言ってやめさせようとするが、今日は違った。その音すら快感に感じるのか、愉しんでようであった。
「きょう……まっ……もっと強く……!」
 泣き叫ぶような訴えを受けて幾浦は何度も強く腰を打ち付けた。トシは反りながらその反動に身体が動かないように手足で踏ん張っていた。
 腰からくる快感とそれと同時に行われる指の愛撫。時折背筋を走る舌のねっとりとした感触がトシを狂わせた。手の先から足先まで隅々まで行き渡る愉悦が、頭の芯を揺さぶった。めちゃくちゃになりそうであった。めちゃくちゃにして欲しかった。このまま壊れてもいいと思うほどの快感が、何度も何度も身体を走る。
 それは一種の電流のようであった。つぼを押さえた幾浦の愛撫はよどみが無かった。トシが何処を感じるか熟知しているのだろう。
「う……あっ……うう……あ……」
 閉じることを忘れた口の端から唾液と身体全体を吹き出した汗が玉を結んでシーツにと吸い込まれていく。
「ひっ!」
 何を思ったのか幾浦はトシの双丘に歯を立てた。その痛みすら電撃のような快感をもたらした。
「きょ……まっ……!」
 涙が零れるがそれは痛みの所為では無かった。純粋な快感によるものであった。
 むせる様な熱気が辺りを支配している。
 幾浦は夢中であった。
 トシの身体がこんなに素直に反応してくれるという事実を知った為であった。しなやかな身体は幾浦が指で爪弾くだけで反応する。
 鞭の様なしなやかさ……それでいて柔らかい。そんな例えがピッタリであった。
 服を着ていると分からないそうであるが、トシの時とリーチの時の体型はやや変化があるらしい。リーチの時の方が筋肉質であると名執から聞いたことがある。中身が入れ替わると体型も変わるものかと不思議に思ったが、見たことが無いので分からなかった。しかし、トシの身体は女の柔らかさと違うが、触れたくなるような柔らかさがあった。
 今もこうやって肌を合わせるとよく分かる。しっとりと汗をかいた肌は自分の身体によく馴染む。肌同士を擦り合わせるだけでも幾浦は欲情するのだ。
 そんな考えも激しくなるトシの嬌声にかき消えた。
 ああ、そんなに私が欲しいのか……トシの声に嬉しさでクラクラしながら求めに応じてやる。突き上げる腰が何ともいえないラインをつくりだす。それに欲望を煽られ何度も何度も突き上げ、己も高みへと駆け上がった。
 こんなセックスがあるのか……幾浦はトシに虜になっていた。

「恭眞……が……見えない……」
 互いに俯せにベットに身体を倒れ込ませているとトシが言った。幾浦は上体を起こして、トシをこちらに向ける。するとトシは首に腕を絡ませた。そんなトシに緩やかな口づけをしてやる。するとトシの両足が幾浦の腰に絡められた。
 まだ足りないらしいな……ふっと笑みを零して、トシが言う前に胸の桜色に染まった突起を口に含んだ。すると小さな喘ぎが漏れた。
 指と舌でゆっくり愛撫を促すと、トシの腰が押しつけられる。
「ごめんね……ごめんね……」
 何に謝っているか幾浦には分からなかった。それでも愛撫の指は止まらない。
「僕の身体……変で……ごめんね……自分でもどうにもならないんだ……恭眞しか助けられないんだ……」
「他の男に助けを求めて見ろ。例えキスでも許さないからな……」
 息を吐き出すに必死になっているトシは頷いて答えを返した。
「ここは特にな……」
 膝を思いっきり曲げさせ、露わになった秘所を舌で愛撫しながら幾浦は言った。
「んっ……あっやっ……」
「触らせたり、他の男を受け入れて見ろ……そいつをギタギタに切り刻んでやる。覚えておくんだな」
 一瞬目を見張ったトシであったが、すぐに目を細めて笑みを浮かべた。
「返事は?」
「う……ん……」
 叫びすぎて掠れた声でトシはそう言った。
「きょ……ま……」
 こちらに来てとトシは手を伸ばした。それに応えるように幾浦はトシの方へと身体を動かした。曲げられた足は膝がベットに付いている。
「お前は身体が柔らかいな……」
 両手でふくらはぎを掴みながら幾浦は言った。
「だって……刑事だもん……」
 それが何を意味しているのか図りかねたが、こういうことだろう。トシでは無いが、リーチは剣道と柔道の有段者であった。それが身体が柔らかいという所の理由になるのだろう。普段利一の身体を鍛えてくれているリーチに感謝するべきことなのか?
 そう考えて幾浦はなんだか可笑しくなった。
「どう……したの?」
「いや、何でも無い……ところでトシ、もうワンラウンドできるのか?」
 その答えは満面の笑みで返された。



 窓から漏れる光が眩しくて幾浦は目を覚ました。時間を確認すると八時を少し回ったところであった。
 身体は気怠く、それでいて苦にならない。そっと腕の中で眠るトシを見ると、無防備な寝顔がそこにあった。
 今日はとてもじゃないが仕事が出来る体調ではないな……苦笑混じりに幾浦は笑うとトシを起こした方がいいのかどうか悩んだ。
 一晩中激しく運動していたのだからトシの身体も早々動ける状態では無いだろう。こんな日にも仕事に行くと言うのだろうか?するとトシの腕時計のアラームが鳴った。
「ん……」
 その音が煩わしいのか、眠ったままで無意識にアラームを止め、幾浦の胸に頬を擦り寄せてきた。その仕草がひどく可愛かった。暫く様子を窺っていたが、トシの目がパッと開いた。そして急いで今の時間を確認して、身体を起こそうとした。
「あっ……ってっ……」
 上半身を起こしたところで腰に手をかけてベットに倒れ込み、「いったぁ……」と目の端にうっすら涙を浮かべて幾浦を見た。そんなトシの背中に片腕を回して言った。
「私は会社を休むつもりだが、トシはどうするんだ?」
 トシは顔を真っ赤にして、視線を逸らした。出来るのならば今日はトシにも仕事を休んで貰って昼頃まで二人ゴロゴロと惰性を貪りたかったのだ。しかしトシは仕事に関しては厳しい規律を守っていた。たぶん無理であろう。
「今日は朝から捜査会議あるんだよ……」
 半分泣きそうな顔をして、トシは言った。後悔しているのかもしれなかった。今後こういうセックスは出来ないな……ため息に似た吐息を幾浦は吐いた。そういう幾浦を敏感に感じ取ったのかトシはそっと腕を回してきた。
「僕……厭らしくて……ごめんね……なんか……もう……なんて言っていいか分からないんだけど……すごい自己嫌悪……」
 そういってトシは真っ赤にした顔を向けた。
「そうか?厭らしいとは思わないがな……私は反対に感動した」
「なっ……何であんな僕が感動する対象になるの?」
「快感に素直で……ああ、思い出しても欲情する……」
 昨夜のことを思い出して思わず顔が弛んだ。
「嘘だ……恭眞は絶対、僕を傷つけないようにって言ってるんだろ」
 何にトシが怒っているのか分からないが、どうも怒っているようであった。
「いや、私はああいうお前も好きだが……何か問題があるのか?」
「昨日の僕って……なんか獣じみてたでしょ……」
「お前につきあった私も獣だと言いたいのか?」
「そ、そうじゃないけど……」
 何かまだいいたそうにトシはじっと考えながら続けた。
「リーチってね、事件とかで二、三日雪久さんと会えないと……その……やりたいとか、キスしたいとか……凄いんだ……で、僕がたいていそういうの聞くと、リーチにけだものとか、本能直結型とかいって馬鹿にしてたんだけど……なんか自分もあんまり変わらないって分かって……ショックなんだ……」
「何がショックなんだろうな……私には分からない。ただ、結局の所セックスとは本能的なものがほとんどで、おとぎ話の様な綺麗ごとではない。男は悲しいことに、下半身の生理現象には勝てない部分があって、したいからする。欲しいからする。それを増幅させるのが相手に対する愛情の度合いだと思う。愛しているから、よけいに欲しくなる。それを叶えることに何が問題なんだ?」
 真剣にトシに言ったがまだ自分の昨夜の姿に戸惑っているようであった。
「お前のああいう姿は、私しか知らない。私にだけ見せて欲しいし、誰に話すことでもない。私がいいと言っているんだから、いいのではないのか?」
「こんな僕……変態と思わないでよ……」
「いや、益々好きになった」
 笑みを浮かべながらそう言った。ここでトシが後込みすれば二度とああいう姿は拝めないと分かっていたからだ。嫌悪感を持たせることだけはなんとしても避けたかった。トシは性格的にストイックである。セックスに関しても奔放ではない。いつも自分の決めた規則な様なものに従って理性的に生活すること、そして仕事上でも完璧を信条としている。
 だからといってエリートの持つ傲慢さや、冷たさは無い。
 要するにするに何事にも真面目なのだ。
 真摯で真面目、それが逆にトシの性格をかたくしているのだが……。
「いっか……恭眞がいいって言ってくれてるんだから……思い出すと恥ずかしいけど……」
 少しくつろいでトシは言った。
「ね、恭眞……聞いていい?」
「ああ」
「すごく疑問なんだけど……何で僕の身体が……その……昨日変になったと思う?だって仕事で会えないときもあったし、そんな時はあんな風にならなかったんだよ……それなのに……。僕、病気じゃないんだよね……」
 真面目にそう言う顔が可笑しくて、幾浦は思わず笑いそうになった。
「トシがきっと昔より私を愛してくれるようになったからだろう」
「今も昔も同じだけ好きだよ!」
 腹立気にトシは言った。その顔に思わず苦笑した。
 理由は分かっていた。トシは感じることが気持ちいいことになってきたのだ。男同士のセックスに対する嫌悪感が昔はあった。それが少し無くなり、快感を受け入れることが出来るようになったのだ。人間は一度覚えた気持ちいい、楽しい事は何度もしたくなる。そして自らそれを求めるようになる。そしてそれが出来なくなると無性にしたくなる。
 トシはそんな自分の変化には気が付いていない。だから疑問として思うのであろう。
 でも教える気は無い。
「なんだかよく分からないけど……もうあんな事無いと思うし……大丈夫だと思う……」
 まるで迷惑はもうかけないよと言っているようであったが、一度経験したことは忘れない。これからは何度もお目にかかれるだろうと密かに幾浦はほくそ笑んだ。
「何が可笑しいんだよ……」
「いや……あんまりお前が可愛いから……」
 そう言って毛布からはみ出しているトシの片足を手で撫でる。
「そうだ……大切な話の続きだ……」
 トシはじっと目をこちら に向けていた。
「私も実は限界だった……お前がいない生活がな。母親に散々お前のことを話して最後には。呆れたように「あなたの好きにしなさい。だから今度は笑顔で帰ってきて」そう言ったよ。母親は父には今は話せないと言った。これからも話せないかもしれないと……だが私は今度こんな事になっても覚悟を決めたとはっきり言った。どちらも大切だが、譲れない事もあることが今回のことで思い知らされたからな……」
 また、トシが申し訳なさそうな顔をするので幾浦はそっと顎を掴んで優しいキスをした。
「私は後悔はしていない。だからトシも後悔しないでくれ……謝ることもしないでくれ……約束してくれるか?」
 コクリと頷く。
「トシ……指を見て……」
 幾浦に言われてトシは手を見た。左の薬指に例のリングが光っていた。
「恭眞……」
 思わず涙を零しそうなトシに幾浦は自分の手も見せた。
「今日一日位は互いにしておこう……」
 何度も何度もトシは頷いた。
 だがもう時間はなかった。
「まずい~遅刻する~」
 よろよろとバスルームに向かうトシを抱き上げて幾浦は、仕事に行く準備を手伝った。
 そうして玄関を出ようとするトシに幾浦は思わず言った。
「トシ……今日は絶対リーチと交替しない方がいい……」
 真剣な顔でトシは頷いた。

 だがその日、リーチの絶叫が木霊したのは言うまでもない……。

―完―
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