Angel Sugar

「監禁愛3」 第7章

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「退屈だな……」
 リーチは池に石を投げ入れながら呟いた。
 昨日、あまりにも暇であったので鯉を池から引きずり出し、蹴り飛ばしていると、それを止めに入った男どもと喧嘩なった。が、手加減するように言われているのか、手応えはなかった。
 今日もまた池を見ながら石を投げるリーチが馬鹿なことをするのではないかと、見張りの男達はチラチラとこちらを窺っている。
 一匹何百万もする鯉だそうだが、そんなことはリーチには関係なかった。胸にぽっかりと空いた空洞があり、それを埋めるためなら何でもするだろう。しかし何故、空洞があるのかがリーチには分からなかった。大切な何かがごっそりと抜け落ちている。それは忘れている記憶の所為だろう。
 芳一はたまに岩倉組が取り仕切っているクラブやバーに連れて行ってはくれたのだが、黒いサングラスだけは外させてくれなかった。その理由は自分が有名な刑事で、本来ならば海に浮かんでいる男だからだそうだ。
 芳一とて、いつもリーチの面倒を見るわけにはいかないようであった。父親の源一に付いて廻り、仕事を手伝っていたからだ。リーチは「俺も連れて行け!」と言ったが源一の方が「とんでもない」と言って断った。
 岩倉組が胡散臭い商売をしているとは感じていたが、どんな商売かまでは分からなかった。広い屋敷をみて確かに金持ちなのは分かるが、所々に黒服でやはり黒いサングラスをかけた人間が逐一自分の行動を監視しているのは気に入らなかった。
 鎖は付いていないが、ここでも自分は拘束されている。ただ、ここより名執と一緒だったあの時の方が良かったような気がした。風呂場は断然こちらの方が広くゆったりと出来たが、気が落ち着かないのだ。いつだって誰かしら自分を見張っていた。四六時中視線を感じるのは疲れるのであった。
 その点、名執と一緒の時はこんなにイライラしなかった。鎖を付けられたことに関しては腹が立っていたが、今の自分にはどうでも良いことになっていた。見える鎖より、見えない鎖の方がリーチにとっては辛かったのだ。
「隠岐さん!」
「なんだ芳一か……今日は、はえーんだな」
「今日は鯉を捕まえてはいないんですね」
 そう言って芳一は笑みを見せた。
「ほっとけ……」
 リーチはまた、視線を水面に戻した。赤に金色の混じった鯉が目の前を緩やかに泳いで行く。
「何を考えていたんです?」
 芳一が心配そうに言った。
「さあな……」
 視線は鯉の描いた波紋を追っていた。
「名執さん……ですか?」
「何であいつの名前が出るんだ?」
 チラリと視線を芳一に移して言った。
「別に……何となくですが……」
「何となくか……」 
 暫く沈黙した二人であったが、リーチの方が先に言葉を発した。
「ところで芳一、お前、いい加減に迫るのやめろよな……」
「迫るなと言われても……」
 こちらを窺うような顔で芳一は言った。芳一は夜になると忍んでくる為、リーチはほとほと困っていたのだ。
 色気のない男に迫られてもちっとも嬉しくない。
「男に迫られていい気する奴はいねーだろうが……」
「私は貴方が……」
「聞きたくない。そんな台詞は何の意味も無いからな。意味があったとしても理解したくないね。お前さ、男が好きならその気のある奴に迫れよ」
「誰でも良いわけではありません……」
 顔を伏せて芳一は言った。
 こういう状況はリーチは苦手であった。別れる別れないでもめているカップルのようであるからだ。
「なぁ、女が抱けるとこ連れてけよ……」
 そう言うと芳一は顔を上げ、暫く考えたような顔をして言った。
「分かりました」
「お前も女を抱けば男より良いって分かるって」
 言いながら芳一の肩を叩いたが、芳一は恨めしそうな目を向けるだけであった。しかしリーチはそんなことはどうでも良かった。
「では隠岐さん……私は仕事がありますので夕食後に……」
 芳一はそう言って去っていった。
「女を抱けば男より良いってか……」
 先程芳一に言った言葉をもう一度呟くようにリーチは言った。何故か脳裏に名執の顔が浮かんだ。



 名執の住むマンションから少し歩いたところに小さな公園がある。そこにはあるだけましという位であったが、桜の木がひょろりと立っていた。背も高くなく、枝振りも立派ではなかったが、桜の花が満開の時期ともなれば、結構見応えがある桜だった。
 夜勤明けの名執はそんな公園を愛車の窓から眺めながら自宅へと急いだ。だが、何を思ったのか名執は、ふと車を止め、そんな桜の木を眺めた。
 リーチが事故で記憶を失う前、しきりと春には花見に行きたいと言っていたことを思い出した。その時は、ただ桜が好きなのだと思っていたのだが、リーチの初恋の人が桜の満開の時期に亡くなったことを知った今では、リーチにとってこの季節は春菜という女性の弔いの意味があったのだろうと思った。
 記憶を失っても桜のムービーを見て涙を流すのは、それ程強烈な思い出なのであろう。しかし名執にしてみればあまり嬉しくは無かった。自分のことはすっかり忘れてしまっているにも関わらず、春菜との思い出は憶えているのだ。
 そう名執は思い溜息を付いた。
 マンションの地下駐車場に車を止めるとすぐには降りず、暫くシートにもたれていた。
 身体が重怠い。最近、夜勤を詰めて取っていた所為であった。
 外科医は三Kと呼ばれるほどの職業である。ある意味刑事と良く似ていた。ただ、名執の勤める病院は院長の方針もあって優秀な外科医がそろっていた。医者も人間である。忙しすぎるとミスもでる。しかしメスを握る外科医にミスは許されないのだ。だからこそ休みも取れる位の余裕のあるシフトになっていた。
 ただ仕事は増やそうと思えばいくらでも増えるのである。名執は進んで引き受けていた。今まではリーチとの時間をとるために必要以上の仕事はしなかった。ただし緊急時はリーチと会っていても病院へと向かっていた。
 今は毎日が緊急時の様な仕事の仕方をしていた。周囲は一週間自分が休んだことで、それを取り戻す為に頑張っているのだと見ているようであったが、それは違った。何も考えられない位くたくたになりたかったのだ。
 新聞やテレビのニュースでは最初、絶望視されていたが、利一らしき人物がクルーザーから降ろされたのを港で目撃した人間が現れ、クルーザーの持ち主を警察は洗いだそうとしているが、上手くいっていないようであった。それにもし病院に運ばれているのなら連絡があるはずであったが、それはなかった。何かの事件に巻き込まれたのでは……と言うのが現在の警察の見方であった。
 その利一が記憶を失い、更に岩倉組にいると分かれば大騒ぎになるだろう。それらの結末がどう付くか名執には全く分からなかった。
 マンションに着くと驚くことにリーチが扉の前に座り込んでいた。帽子をかぶり、濃いめのサングラスをかけていたが、すぐに分かった。
 ただ、あまりの驚きに名執は声が出なかった。
「朝帰りとはあんたもすみにおけないな……」
 そう言うリーチは機嫌が悪そうであった。
「朝帰りと言っても夜勤ですから楽しくはありませんよ」
「ああ……あんた医者だったな……そっか」
 そう言ってリーチは視線を逸らして帽子を被り直す仕草をした。
「あの……」
「俺さ、一晩中ここに座って待ってたんだから、中に入れてくれよ……」
 一晩中という言葉に名執は再度驚いた。
「キーは……渡してあったはずですが……」
「勝手にはいるの……何となく悪い気がしてさ……」
「遠慮しないで今度から勝手に入って下さい」
 名執は笑みを浮かべながら扉を開けた。
「もういらっしゃらないかと思ってたのですよ」
 キーを渡して一週間経っていたからそう思っていたのだ。
「なかなか出してくれなくてな……」
 リーチはスニーカーを脱ぎながらそう言った。
「今日はどうやってこちらに来たのですか?」
「芳一に頼んで送ってもらったよ」
 さっさと居間に行き、ソファーに身体を伸ばしながらリーチはそう言った。
「送って下さったのですか?」
 意外なことを聞いて名執は目を見張った。止めるのなら分かるが、芳一が名執の家に行くというリーチを事もあろうか送るとは思いもよらなかった。
「無理矢理だけどな、お前嫌われてるんだな……お前の話が出るとすげー嫌がるんだ」
 それで納得した。リーチのことであるから無理矢理とは本当に無理矢理だったのだろう。
「あの……申し訳ないのですが……冷蔵庫の物や、アルコール類とか私の家にある物は何でも勝手に食べていただいても結構です。帰りたくなったら自由に帰って下さい。来られるのも自由です。ですが私は夜勤明けで眠りたいので休ませていただいても宜しいですか?」
 昨日はオペが続いてかなり疲労が溜まっていたのだ。本当なら起きて話の一つでもしたかったが、夕方からまたオペがあった。嫌でも身体を休ませなければならなかった。
「え……ああ……」
 ソファーに目一杯身体を伸ばして横になっているリーチはチラリとこちらを向いてそう言った。
 名執は一人でくつろいでいるリーチをおいてシャワーを浴びた。バスローブを羽織って居間のある部屋を通るとテレビの音が聞こえてきたので、リーチは機嫌良くそれを見ているのだろう。
 寝室の扉を開けるとドッと疲れが襲ってきた。右腕が特に疲れていた。バスローブを脱いで大きめのシャツを着、そのままベットの倒れ込んだ。パジャマは最近重く感じて着ていなかった。
 折角リーチが来てくれたのに自分は睡眠をとらなければいけないことに腹が立った。夕方からのオペは本来、名執の担当ではなかったのだ。何より今日でなくとも良かったのだ。だからといって日にちを変えることはできなかった。
 毛布にくるまりながら名執は後悔した。それが余計に睡魔を遠ざけた。三十分程たってやはり眠れないことが分かった名執は睡眠薬を飲むことにした。最近くせになっているのは分かっていたが、一度服用するとそれ無しでは眠れなくなっていたのだ。
 一度はリーチに捨てられたのだが、リーチがこんな事になって、また寝ることが出来なくなった。その為病院から持って帰ってきていたのだ。
 名執はベットから降り、キッチンへと向かった。寝室に置くとやたらに服用するから今は台所にある引き出しに置いてあった。
 キッチンではリーチがワインの瓶を持っていた。名執を見て何故か驚いた顔をしている。
「なんだよ……」
「いえ……薬を取りに……」
 そう言って引き出しを開けて睡眠薬を取り出した。それを横から見たリーチは名執の薬を持つ手を掴んだ。
「こんな物くせになったら困るだろうが……眠れないのならアルコールを飲んだ方がいい」
「アルコールは……ご遠慮しますよ……。私は医者です。必要量以上は服用しませんよ」
「こ……こないだのことで、アルコールが嫌だと思ってるのなら……悪かったよ……」
 そう言いながらも名執を掴んだ手をリーチは離さなかった。
「離して下さい」
「だから……駄目だ」
 リーチは手を掴むのをやめて薬の方を名執から奪い取った。
「リーチ……」
「俺が預かっておくからな、横になってりゃ眠くなるさ」
 そう言ってリーチは自分のポケットに薬の瓶をつっこんだ。どうあっても薬を渡してくれそうに無かったので名執は仕方なく、寝室に戻った。
 再度毛布にくるまった時、リーチが入ってきた。手にはワインボトルとグラスを持っている。
「どうしたのですか?」
 やや上半身を起こして名執は言った。そう言えば何となく様子がおかしいことに気が付いた。
「いや……さ、笑わないで聞いて欲しいんだけど……」
 ベット脇の床に座り込んでリーチはグラスにワインをついだ。
「俺さ、その……今週……ソープに行ったんだ」
「…………」
 何を言って良いか名執は驚いて声も出なかった。
「ま、俺が芳一にしつこく言ってやっと連れていって貰ったんだけど……」
「そんな話を私が喜んで聞くと思っているのですか?」
 名執はそれを聞いて無性に悲しかった。今目の前にいるのが記憶を失っているリーチだと分かっていても悲しかった。
「だから……先も聞けよ」
 言いにくそうにリーチは言った。
「その……やっと女を抱けると思ったんだけど……肝心な時に勃たなかったんだ」
「はぁ?」
「だから……俺のが役に立たなかったんだよ……」
 ようやくリーチの言ったことを理解して名執は思わず笑ってしまった。
「そんなに笑うこと無いだろうが!」
 真剣にリーチは怒っていた。彼にしてみれば重大なことなのだが、名執は笑いが止まらなかった。
「……もしかしたら……俺、男しか駄目なのかと思って、芳一にお願いしたんだよ」
 リーチがそう続けて言うと笑いが止まった。
 何故芳一なのか?
 自分では駄目だったのか?
 何よりリーチとは散々抱き合ったはずだ。
 にもかかわらず、芳一を選んだリーチに怒りすら覚えた。
「リーチ……それ以上はおっしゃらないで下さい。私は貴方がこれから言おうとしていることを平静に聞く自信がありません。寝室から出ていって下さい……」
 一番避けて欲しかったことを何故聞けるのだろう。
「最後まで聞けよ!」
「嫌です!」
 残酷なことをリーチがどうして聞かせようとするのかが分からなかった。
 名執はこれ以上聞くことが耐えられなくなり、毛布に潜り込んだ。
「俺にとって、勃たないってのは、すげー重大な問題なんだよ!」
 リーチはそう叫んでいたが無視をした。彼にとって重大なことであろうが、これ以上辛い目には合いたくは無かった。
「で、芳一ととりあえずキスしてみたんだが……気持ち悪かった」
 名執は毛布の中でそれを聞き、気持ち悪いとはどう言うことか聞きたかったが、聞きたくないと言った手前、沈黙を守った。ただ耳を覆っていた手はいつの間にか胸で組まれていた。
「芳一は乗り気だったみたいで俺に抱きついてきたんだけど……もー気持ち悪くてさ、そりゃそうだって、あいつ男なんだからな……。それから芳一を突き飛ばして逃げ出したんだ」
 その時の光景を想像して名執は思わず声に出して笑いそうであったが、グッと堪えた。
「それなのにな……」
 リーチの声が急に小さくなった。
「その……お前としたキスは気持ち悪くなかったんだ……」
「……」
「お前と抱き合ったときも気持ち悪くなかった……」
「……」
「なぁ……どう思う?」
 ギシリとベットのスプリングがきしんだ。リーチがベットに手を置いてこちらを窺っているのだろうが、名執は毛布から出られなかった。。
「なぁって……」
 名執はリーチの苛立った声を聞くとそっと毛布から顔を出した。するといつの間にかリーチはベットに上がり込んでじっとこちらを見ていた。
「こうやって側にお前がいても……その……なんだ……嫌じゃない」
 一言一言選ぶような慎重さでリーチは言った。
「それは……どういう意味でしょうか?」
 名執の鼓動は益々高まった。
「上手く言えないけどな……その……なんだ……芳一は一定距離以上近づかれると、やばいって思うんだけどさ……」
「それは……」
「あーもう……上手く言えねーや……」
 ガシガシと頭を掻きながらリーチは言ってこちらを見た。
「リーチ……」
「確かめたいんだ……」
「何を?」
 そっとリーチに肩を掴まれ名執の身体はビクッと震えた。
「リーチ……」
「……俺を……受け入れてくれよ」
 優しい口調でリーチは言った。
「アルコールを飲んだ貴方とは嫌です……」
 身体が熱く火照りだす自分を叱咤しながら名執は言った。監禁生活を送っていた時にアルコールを飲んだリーチが名執を酷く扱ったことだけは未だに思い出せるのだ。
 いくらあの後抱き合ったとはいえ、アルコールの入ったリーチとは嫌であった。
「言いにくいことを誤魔化すために飲もうと思ったけど……飲んでない……」
 チラリとワイングラスを見たが、ワインは注がれたままの状態でそこにあった。
 どうすれば良いのだろうか?
 これは計画通り、身体を目的に帰ってきたのだろうか?
 それとも女性に勃たなかったから、自分の身体を使って試してみたいと思っているのだろうか?
 それでもいいと自分は思えるのか?
 名執はリーチの瞳を見据えたまま身体が硬直してしまった。

 言ってしまった。しかしリーチは不思議と後悔はしていなかった。もともと深く悩まないのだ。悩む前に行動に出る。悩んだらすぐに解決する性格であった。それに元々自分たちはつき合ってたのだ。記憶を失う前の自分がどんな風にいつも言っていたのかは分からなかったが、大丈夫だろうという気があった。
 それに本気で確かめたかったというのが理由であった。やはり男は御免だという気持は今でもあった。しかし名執にそれを感じなかったのだ。名執と抱き合ったことを思い出してもちっとも気持ち悪くなかった。最初はそれを逆手にとって、後で突き落としてやろうと考えた。だがそんな気持ちは今どこにもない。
 名執が熱を出し、介抱したときに分かったのだ。男に対して可愛いとか大切にしたいとか愛しいとか……口に出すことが恥ずかしい想いが自分を支配したのだ。何より弱っている名執を押し倒したいと本気で思ったのだ。いくら何でもあの時の名執には出来なかった。
 自分を拘束した男……
 本来ならば憎悪しただろう。しかしそんな気持は全く湧いてこなかった。
 しかしこちらが必死に白状したにも関わらず、名執は困惑した表情でピクリとも動かなくなった。あれ程抱き合ったのに、何故今は駄目なんだと、苛立って怒鳴りそうになったが、それを堪えた。
「嫌なら……仕方ないよな……」
 名執を掴んでいた手を下ろしてリーチは言った。残念であったが無理強いはしたくは無かった。嫌がる名執として何故か嫌われたく無かったのだ。
 俺にしたら珍しいよな……。
 思いながら苦笑した。
「確かめたいとおっしゃってますが……何度も貴方は私を抱いたじゃありませか。それなのに、今更何を確かめるんですか?あの時とは違い、ここで、失敗して、私を抱けなかったとしたら……、はっきりと私自身が芳一さんと同じ立場に立たされるのなら……私は……死んだ方がましです……」
 キュッとシーツを掴んだ名執が言った。その表情は真剣であった。
「ああ……もう……何でそんなに深刻になるんだよ!お前と芳一は違う。それは分かってる。こうなったら白状するよ……」
 どうあっても本当のことを言わずには済みそうになかった。
「お前を見てると……側にいると……抱きしめたいとか、キスしたいとか……その……やりてーと思うんだよ!芳一とは違うんだ。俺が確かめたいのは……」
「確かめたいのは……何ですか?」
「自分の気持ち……だっ!」
 そう言うと名執は顔を真っ赤にして視線を逸らした。リーチも言った手前続きをどう言おうか迷ったが、いい言葉が見つからなかった。
「だからっ……その……俺、散々男は嫌だと抜かしてたけど……お前は結構いけるというか、それ何でか理由もいまいち分からないしさ……うわっ俺何言ってるんだろ」
 言えば言うほど墓穴を掘っている自分が情けなくてリーチはベットから下りると小走りに扉に向かった。
「待って!」
 名執が引き留めるのをリーチは振り向かずに聞いた。
「リーチ……」
 リーチの耳には名執が近づいてくる足音が聞こえた。しかし振り返ることは出来なかった。すると名執の白く長い指が後ろから回された。それだけでもリーチの下半身は熱くなった。
「確かめて見ます?」
 耳元でそう名執は囁いた。その声は今まで聞いたことのない甘美な響きを伴っていた。
「いいのか?」
「もう……話はやめましょう。早く貴方が欲しい……」
 名執が頬を擦り寄せているのが背中に感じた。その瞬間せき止めていた何かが崩れた。
 振り返って見ると名執の瞳は涙で潤んでいた。その意味は分からなかったが口元に笑みが浮かんでいたので、悲しいわけでは無いのだろう。
 リーチはそっと名執の顎を掴むと唇を合わせた。名執の舌は待ちこがれていたかのように先にリーチの舌を捉えた。味わうようにじっくりと舌を絡める。すると名執の細くしなやかな腕が首に巻き付いてきた。
 リーチはそのままの状態でベットに倒れ込んだ。一瞬、しかめた顔をした名執に気付いて「ごめん」と呟いていた。名執よりも自分の方が重いのである。急に倒されると細い身体を壊してしまうような気がしたのだ。しかし名執の方はそんなことはどうでもいいようであった。覆い被さったリーチのシャツを捲り上げようと手は背中を這っていた。
「リーチ……」
 囁くように呼ばれてリーチは再度名執に唇と合わせた。自分の手は既に名執が着ているシャツのボタンを外していた。二つ目を外したところで手をシャツの間から忍ばせた。指はすぐに胸の突起を捉え、やんわりと撫でる。すると名執から喘ぎ声が聞こえた。その声に煽られたようにリーチの愛撫は益々熱を帯びた。首筋から鎖骨を丹念に舌でなぞると次に手で愛撫していた突起を口に含んで舌で転がす。その度に名執は身体を仰け反らせた。
 名執が感じているのが手に取るように分かった。嫌悪感も違和感もない。名執とのことは忘れていたが、自分の身体は重ねているしなやかな身体を知っていた。廻される腕と、シャツの裾から伸びる、からみつく足は自然なものであった。触れている身体は薄い生地を通して普段より高い体温を伝えた。
「あんたの身体……気持ちいいな……」
 リーチは名執の胸に頬を寄せて言った。
「ユキと……ユキと呼んで下さい……」
 名執はそう言ってリーチの髪を梳いた。その仕草がたまらなく心地よい。
「ん……ユキ……か……そうだな……」
 耳に名執の鼓動を聞きながらリーチは呟くように言った。
「リーチ……服を脱いで……」
 そう言えば自分がまだ服を着ていることに気が付いたリーチは急いで衣服を脱ぐと、再度身体を重ねた。
 直に感じる名執の肌が格別であった。顔を上げると名執の瞳がじっとこちらを見つめていた。
 綺麗な瞳……リーチはそう思った。今まで気がつかなかったのだが、それは真っ黒ではなく、薄い茶色であった。手に入れたいと思わせる瞳であった。その瞳は物憂げに潤んでいた。
「たまらない目をしてるよな……」
 そう言うと名執は何のことか分からないのか、困惑した表情になった。
「いや……瞳が……綺麗だなって……」
 目の縁を指でなぞりながらリーチは言った。すると名執は瞼を閉じた。長いまつげがリーチの指に触れた。その指を頬を伝って首筋に下り、胸を通って大腿部で止めた。暫くその辺りを撫で、ゆっくり股の間に移動させた。
「あ……」
 名執の足がピクリと動いた。
「駄目かな?」
 駄目と言われても手を止められない事は分かっていたが、社交辞令のように名執に問いかけた。しかし名執から返事は貰えず、その変わりに頬を赤く染めた。
 そっと名執のモノに指を絡ませ、先を親指で刺激した。一瞬、その刺激に足を閉じようとしたので、リーチはそれを阻止するように足の間に自分の足を入れ、更に指を使って刺激を与え続けた。
「あっ……リーチ……」
 暫く指で嬲ると先端から液が滲み出し、更に滑りが良くなり、リーチはいつの間にか口に含んでいた。
「あっ……やっ……ああ……」
 名執は荒い息と共にそう言って頭を振っていたが、リーチの手はしっかりと名執の足を掴んでいた。頭上から聞こえる歓喜の声がリーチの欲望を高める。
 舌を絡ませ上下に擦り、時折軽く歯を立てた。その度に名執の身体は電流が走ったように身体を仰け反らせた。
「リー……チ……や……あっ……駄目……」
 名執は廻らぬ口でそう言っていたが、本気ではないことをリーチは知っていた。
「あっ……っ……!」
 ビクリと大きく背中を反らせて名執は果てた。リーチは口に放出されたものを躊躇いもなく嚥下した。口を拭い、リーチが上体を起こすと、名執は胸を大きく上下させながら、息を吐き出していた。ぐったりと伸ばした身体は、汗で湿っている。その身体を反転させ、腰を掴み引き寄せた。名執は足を立て、顔をシーツに擦り付けられた格好をさせられ、恥ずかしいのか、逃げようと身体を動かすのを、リーチは覆い被さって名執の身体に腕を廻して捕まえた。
「リーチ……」
「黙ってろって……」
 逃げだそうとする気配が消えると、リーチは廻した腕を解き、柔らかな双丘を掴み見えた蕾に舌を入れた。まだ堅いその部分を、舌先で器用に押し広げた。暫く舌で弄ぶと、今度は人差し指を中に沈めた。襞はリーチの指にピッタリと張り付き、奥に引き込もうと蠢いた。

「はぁっ……」
 手を前に伸ばしてシーツに爪を立てた。リーチの手が前と後ろを攻めている。気が変になりそうな程、頭の芯まで快感が浸透していた。
 リーチは自分のことを覚えていないと言っていたが、何度抱かれても指の運びといい、舌の愛撫といい、名執を飽くことなく求めさせる、いつものリーチであった。
 体の中をうねりながら快感を伝えてくる。体温が上昇して血液が沸騰してしまうのではないかと錯覚するほど身体が熱かった。それでもまだリーチは自分の一番敏感な所には入っては来なかった。
「入れて……早く……」
 懇願するようにそう言うと、リーチが後ろから覆い被さってくる気配がした。名執は身体の中で暴れ回る欲望が、急に息を潜めてその瞬間を舌なめずりして待った。
 リーチの雄がジワリと自分の中に入ってきた。その塊は重量感をもっており、名執の中から外へと圧迫感を伝えた。ジワリジワリと奥へと進む鍛えられた鉄は、内側からたぎる血流を伝え、その振動が狭い中で感じられた。
「あー……っ!」
 最も敏感な奥にリーチの先端が触れると、名執は頭の芯が麻痺してしまいそうな快感を感じた。更にリーチが腰を揺らすと、その刺激が益々強くなる。思わず腰が引けるが、その都度リーチは名執の腰を掴んで力一杯引き寄せた。その時感じる刺激は言葉では言い表せないものであった。
 緩んだ口から荒く息を吐き出す。背後から聞こえるリーチの荒い息が自分の背に感じた。それは熱を帯びていた。
「あっ……あああ……っ……リー……チ……」
 もう少しで果てる所を、リーチは名執の身体を起こさせた。
「ん……ああっ……!」
 丁度リーチの大腿にまたぐような格好で座らされた。自分の体重が、下から突き上げているリーチの雄が最奥に突き刺さったまま動かない。立てて左右に広げた自分の脚が視界にはいると、急に羞恥心が蘇ってきた。
「こ……こんな……格好……嫌……」
 背後のリーチはその言葉を聞いて、含み笑いをした。
「変な奴……」
 そう言って次に笑いながらリーチは名執の肩を愛撫した。
「見えないのは……嫌……です」
 脚を閉じようとすると、リーチの手が太股を後ろから掴んで更に左右に開かせた。
「だめだ……」
 言いながらリーチは、そっと耳朶を咬む。
「あっ……」
「まあ、どんな顔をしているのか、確かにこれじゃあ見えないな……」
 リーチは一旦名執から離れた。すると名執はがっくりと身体をベットに沈ませた。一体リーチは何をしたいのだろうかと、そっと様子を見るとニヤニヤと笑っていた。
「まだだ……」
 枕に背をもたれさせたリーチが、手招きをした。
「リーチ……」
「おいで……」
 リーチの優しい瞳を見ると、名執は四つ足で這うように側へと近寄った。リーチはそんな名執の腕を掴むと、自分に引き寄せ抱きしめた。リーチの肌は汗で湿っていた。それを自分の肌に感じ、まるで幼い子が母親の抱擁に対してするように身体を預けた。
 背骨に添って、リーチは手を滑らせ上下に撫でる。肌を触れ合わせるだけでこれほど安心するのは、リーチだからなのだろう。
 夢心地でいると、リーチは耳元で囁いた。
「俺の上に乗って……」
「え……あの……」
 戸惑いながら名執は言った。
「あの時は自分で乗ってくれただろう……今日は嫌なのか?」
 ちょっと寂しそうにリーチが言った。暫く名執はそんなリーチを見ていたが、中途半端で引き離された身体の方が気持より先に動いた。
 そっとリーチの立ち上がった雄を掴み、息を吐き出しながら、ゆっくり腰を落として自分の中へと招き入れた。しかしやはり完全には腰を落とせなかった。
「あ……っ……」
 両手を思いっきり伸ばしてベットに立て、正座を浮かしたような格好で、やっと落ち着いた。しかし、リーチはそんな名執の脚を抱えあげた。
「ひっ!」
 名執の腰は重力の法則にしたがって、下へと身体が沈む。するとリーチの雄が名執の奥で凶器にも似た痛みと、快感を同時に伝えた。その衝撃にガクンと頭が前につんのめった。そんな名執の身体を抱きしめ、唇を合わせてくる。名執は無意識にそれを受け入れた。貪るような愛撫と、激しく突き上げてくるリーチの腰の動きが、名執の視界を真っ白な景色に染めた。下半身から背骨を走る快感に酔いながら、自らも腰を揺らせ、その身に深く刺激を取り込もうと必死であった。
「ああ……すげーいい顔してる……どうにかなりそうだ……」
 リーチはうっとりとしながらそう言った。しかしどうにかなりそうなのは名執も同じであった。吐き出す息た歓喜の声で喉が痛みを訴えていたが、欲しいと言う欲求の前にはそんな痛みなどどうでも良かった。
「あっ……はぁ……ああ……いい……」
 快感でもたらされた涙を落としながら名執は言った。
「俺も……最高だ……」
 そう言ってリーチは笑みを口元に浮かべた。
 身体が限界を感じていた。もう少し……まだ……そう頭の中で必死に思い続けていたが、身体の方が素直であった。
「ああああッ……!」
 名執は後ろに仰け反らないようにリーチの肩を力一杯掴みながら、一気に高見へと駆け上がった。
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