Angel Sugar

「監禁愛3」 最終章

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 一瞬気を失っていたのかもしれなかった。気が付くとリーチは、自分を腕に抱いて飽かずに唇で肩から腕にかけて愛撫をしていた。名執は身体を動かしたかったが、力が入らずくったりと弛緩している。
「リー……チ……」
 叫びすぎた喉が熱くヒリヒリと痛んだ。それは、大きな声を出すなと言った約束が全く守ることが出来なかったことを証明していた。他に間借りしている人達に聞こえていないことを祈ったが、それは希望的観測であり、実際は明日にでも噂になるのだろう。そう思うと半分後悔しながら、羞恥に顔が赤く染まった。
「何照れてんだ?」
 リーチは自分のことなのに全く気にならないのか、名執の顔を見て不思議そうな表情をしていた。
「あの……っ……」
 名執は言葉が続かず、コホコホと咳き込んだ。喉が焼けるように熱かった。
「叫びすぎだ……馬鹿」
 クスッと笑い、リーチは名執に廻している腕に力を込めた。息が止まりそうなほどの幸福感と安堵感が名執を支配した。
 ああ……
 うっとりと熱い抱擁に身を任せる。開放感と同時に感じる束縛感がなんとも心地良かった。二人で繋がっている時も好きであったが、こうやってただベットで抱き合うことも同じくらい名執は気に入っていた。
 熱の残る肌を密着させて、互いの存在を確認し合う。それが名執にとってどれほど生きるために必要か、このときばかりは思い知った。
 他の人から見るときっと大げさに思われるだろうが、名執にとってはこれは大切なことであったのだ。
 小さい頃からあまり両親に抱かれた記憶はない。その両親の後ろ姿ばかり追いかけていたような気がする。そして両親の死。あまりにも突然で衝撃的であった。
 その後、母方の父に引き取られてからの地獄……。
 それらが名執の性格を形成したのだ。
 人とつき合うことの恐怖。世界中でたった独りぼっちのだと感じる孤独。それでも生きるしかないという現実。
 上辺だけの微笑みを身につけたが、人生のよりどころは仕事だけでしかなかった。心の底にはいつも、凍えるように丸くなって泣いている自分がいた。それをリーチは救ってくれたのだ。
 リーチの愛撫は止まらない。いつの間にか身体を裏返されて、リーチの舌は背中を這っていた。
 リーチが戻ってきてくれて安堵する。トシの言うようにあの状態が彼らの死でなはいかと本気で考えるときもあった。もう二度とリーチに会えない。あの時の感じた喪失感は一生忘れることは無いだろう。心が砕けてしまっているのに、身体は生きているという苦痛。知って初めて切り離せないものだという現実を知らされた。 
 そう、例えどんなことがあっても、彼から伸ばされる手を離してはいけないのだ。離すということは心の死を招くことになるのだ。
「ユキ……」
 その声の調子から、リーチはまだ満足していないようであった。良いよな……そんな言葉が聞こえてくる。名執は答えるほど無粋ではなかった。ベットに置かれたリーチの手に自分の指を絡めて返事にする。するとリーチの手が腰を掴んで引き上げ、荒々しく尻を割って力を失った名執のモノを掴んで指で弾いた。その感触にピクピクと蠢いているのが分かった。先程リーチが放出した蜜が、緩くなった蕾から滲みだし、大腿部を流れ落ちる感触が内股に感じ、名執は思わず腰を引いた。
「逃げるなよ……」
 からかうような声でリーチは言った。今更であるが、後ろから見られたくないという羞恥がそうさせるのだ。そんな名執の気持ちなどお構いなしに、リーチは先程自分が散々抉った奥に指を入れて、奥まで押し込もうとする。すると白濁した液が、開かれた入り口からトロトロと絶え間なく流れ落ちた。生ぬるいそれはくすぐったい感触がした。
「あ……やだ……指を……入れないで……」
 シーツに押しつけられた顔を、少し後ろに向けて名執は言った。
「や……随分入ってるもんだなってさ……」
 子供が不思議なものを見つけたように、リーチが言うので思わず身体を起こして、お尻を隠した。
「別に恥ずかしがらなくってもさ……お前の身体で知らないところは皆無だぜ」
「そう言う……問題じゃありません……」
 顔が充血したように真っ赤になっているのが分かった。
「そんな顔も可愛いな……ユキ……」
 可愛いとか、綺麗だとか言われても嫌悪感しか感じないが、リーチに言われると、どうしてか嬉しい。
「さ、前菜は終わりだ。メインを食わせてくれ……」
 先程は前菜だと言うのだろうか?
 あれが前菜なら、メインとは……
 名執はそんなことを考えながら、メインはもっとすごいのだろうか?……と、思わず期待している自分に気が付いた。
「食わせてくれよ……」
 舌なめずりをしてリーチは腕を広げた。名執はその胸に飛び込んだ。
 満足するまで私を貪って……私も自分が満足するまで貴方から奪う……リーチを見つめる瞳にそんな感情を忍ばせ、名執は「残さず食べて下さいね……」と言った。 

 朝日がカーテンから漏れ、リーチの顔に直撃していた。瞼を閉じているにもかかわらず、眩しい光を感じる。もう少し寝かせてくれよ……と、思いながら目を開けた。
 カーテンを引き忘れて朝日が室内に入っていたわけではなく、引いたカーテンの上部が少し開いており、そこからの光であることを知ったリーチは、カーテンを掴んで今度はピタリと閉じた。すると急に室内が薄暗くなり、目覚めた目に優しい明るさになった。
 見ると名執はシーツにくるまって、無防備な顔をして眠っている。整った容貌であるがこういう表情は、普段見られないだけに新鮮に感じた。時計に目をやると八時を廻ったところであった。
「う……腰が怠いな……」
 腰をトントンと叩き、リーチは伸びをした。手足に巻いてあった包帯がいつの間にか外れて足下や、床に転がっていた。露わになった傷口は、瘡蓋になっており、他も似たようなものであった。
 トシは余程鈍くさかったのだろう……そう考えると思わず笑いがこみ上げる。普段そつなく犯人を捕らえている利一が、こんなに傷を負ったのだ。廻りも変だと思っているだろう。それを挽回しなくてはならない。 
「ん……」
 傍らで眠る名執の手が、横で眠っているはずのリーチを探している。リーチは起こさないように気を使いながら、再度名執の側に横になった。空をかいていた手がリーチの腕に触れ、そのまま引き寄せるような力が入った。そんな名執を可愛く思いながら、引き寄せて眠りながらも自分を求める名執を胸に抱いた。
「ユキ……」
 額にかかる髪をそっと掻き上げてやると、フッと瞳が開いた。
「リーチ……おはようございます……」
 まだ焦点が定まらないまま名執は言った。
「うん……おはよう……。お前仕事は?」
「今日は夜勤ですから……夕方からです……」
 うつらとしながら名執は言った。
「いいな……それ……俺は今日これから出勤だ……」
 そう言うと名執は寂しそうな顔をした。
「そんな寂しそうな顔をするなよ……」
「済みません…」
 シュンとなった名執をリーチは抱きしめた。いろんな事がありすぎて、まだ実感が無いのかもしれない。それはリーチとて同じ気持ちであった。たった一晩一緒にいたからといって、完全に落ち着く訳は無いのだ。
「今週は俺の番にして貰うから、毎日会えるよ……」
「本当ですか?」
「うん。仕事は何とか片づけるから……」
「私……貴方に話が有ったのです……」
 言いにくそうに言ったので、何か重要な話だろう。
「何だ?」
 そういえば、岩倉の事を何か言っていたな……
 そうリーチは思い出した。
 実は……と、名執に切り出された話は、やはりその事だったが、よくよく聞くと驚くような事であった。
「何でお前は余計なことをするんだよ……」
 リーチはあきれるように言った。
 事も有ろうか名執は、自分があんな目にあわされたにもかかわらず、岩倉家に行き、リーチとこれからもつきあいを続けて欲しいと言ったのだ。
「ですがリーチ……貴方は本当に縁を切りたいと思っているのですか?私にはそう思えません。確かに……私は二度と芳一さんにはお会いする気はありませんが、リーチは彼らを家族のように思っているのでしょう?そんな大切なおつきあいをこんな形で切ってしまうのはもったいないと思うのです……」
 名執の顔は真剣そのものである。
「もったいないってな……そんな問題か!お前……自分がどんな目にあわされたのか忘れたのかよ。たとえお前が許すと言っても、俺は許せない。どうあっても許せないんだ!」
「ですが……あのお爺さんや、組頭の元一さんは知らなかったのでは有りませんか?」
 確かに芳一の行動を知っていたのなら、どちらかが止めただろう。だからといって「そうだな」と言って聞けることと聞けないことがあった。
「監督不行届は誰が責任をとるんだ?保護者だろうが……」
「リーチ……私が納得していることです……」
「お前が納得しても俺は納得できないんだよ!」
 思わず大声でリーチは言った。
「リーチ……」
 辛そうな表情で名執が言った。別のことなら聞いてやれるが、この件では折れるつもりはなかった。まだまだ鮮明な記憶としてあの時の名執を覚えているのだ。リーチはとにかく未だ収まらない程の腹を立てているのだ。時間が経ってもきっと怒りは冷めないだろう。
「お前の言ってること……分からないとは言わない。だけどな……俺は駄目だ。今度芳一に会ったらきっと手をかけてしまうかもしれない……。だから縁を切ると言ったんだ」
「リーチ……せめて……あの気の毒なお爺さんとは仲直りしてください……。あのお爺さん……私に、何本芳一さんの指を差し出せば、許してくれるのか?と、言っておられました。その時のお爺さんは本気でした。私が何本と言えばその場で切り落として持ってきそうなほどの勢いでした……。それはお断りしましたが……。ですから、せめてあのお爺さんとはお付き合いを続けて上げてください……。何より私はあのお爺さんのこと好きなんです。貴方を本当に自分の孫のように……いえ、歳が離れてはおりますが、貴方とは何か気の合う友人のように思っておられるようです…ですから……」
「何本か請求してやれば良かったんだよ……」
 リーチは吐き捨てるように言った。
「私は医者ですよ……」
 頑固な名執はリーチが何を言っても諦めようとはしなかった。それがリーチを余計にかたくなにさせた。
「ああ、お前は優しいやつだ……。あいつらにも言ってやったが、優しいのも度を超すと、嫌みだぜ……」
「私は優しさでこんな事を言っていると思っているのですか?」
「じゃなんだ?」
「私は優しくなど有りません。ただ、私が芳一さんを憎んでも、それは私が酷い目にあったからであって、貴方ではない……。貴方には関係ないことです」
「誰に関係ないって言ってんだよ!」
 名執の言い方に腹を立てたリーチは怒鳴りつけるように言った。
「リーチには関係ないと申し上げているのです」
 そう言った名執は目から一筋涙を落としていた。
「ユキ……」    
 何に対して名執が耐えているのかは、聞かなくとも分かった。それに気が付いたリーチはそっと名執を引き寄せた。
「馬鹿……お前って本当に超が付くくらい馬鹿だ」
 呆れながらも、そんな名執を愛しく思った。
「私には……リーチがそばにいてくれる……本当に……本当にそれで充分です……」
 リーチとして付き合っているのは岩倉家以外に無い。名執はそれを知っているので縁を切るなと言っているのだろう。
 確かにそうであった。本当はどうなのかと自分に問えば、きっと元造や元一と、これっきりになることを後悔している部分があるだろう。名執の手前、認められるかという意地みたいなものがあった。名執はそんなリーチのことを充分察しているのだろう。
 ならば、ここまで名執に言わせて、嫌だと言えないだろう。
「考えておくよ……」
 リーチはそう言うしかなかった。
「リーチ……」
「だから……いくら何でも時間は必要なんだ……。お前の気持ちは尊重する。だけど、今すぐどうこうとは言わないでくれ……」
「はい……」
 名執は納得したようであった。
「なんで……お前はそんなに優しいんだ……」
 胸が痛かった。かなりの葛藤があったに違いないのだ。しかし、名執は誰よりも自分を理解し、大切に思ってくれているのだ。名執の優先順位は自分であることを改めてリーチは知り、腕に抱いている名執を力一杯抱きしめた。
「リーチ……」 
 幸せそうな表情で名執はリーチを見つめていた。絶対的な信頼がその瞳の奥に宿っているのが分かる。自分にそんな資格は無いと言いそうになるのを、リーチは喉元で止めた。
「いずれ、ゆっくり旅行にでも行くか……」
「楽しみにしています……」
 名執はリーチの鼓動を聞いているかのように、腕の中で瞳を閉じた。
 時はゆっくりといつも通りの日々に戻していってくれるだろう。抱き合う度にお互いの傷はきっと癒える。
 平凡な毎日を二人で暮らすのだ……
 リーチはただそれだけを祈った。

―完―
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