Angel Sugar

「過去の問題、僕の絶叫」 第3章

前頁タイトル次頁
「僕の……性格……」
 よし、核心に迫った。幾浦は飛び跳ねて喜びそうになった。
「トシの……性格?そんなものは私は充分把握している。今更、何故性格なんだ?」
「本当の性格……」
 小さな声でトシは言った。
「知っているよ……」
「え……違うよ……たぶん知らないと思う……」
「私が求めているお前と、お前がセーブしている部分はきっと同じだ」
「違う!」
 突然トシは声を張り上げた。
「違うものか!」
「知らないだけだ!恭眞は知らないからそんな風に言えるんだ!」
 そう言うトシの目は、涙目になっていた。
「見せたことがないくせにどうして勝手に結果を決めてしまう?」
「誰だって……不快だから……それを分かってるから」
 トシはそう言いながら、どんどん声が小さくなってくる。
「自分の性格が誰にでも受け入れられると思うお前の方が間違っているぞ!」
 そう言うとトシはビクッと身体を硬直させた。
「性格なんて十人十色だろうが、人によっては合わない事もある。万人に好かれる人間なんていない。お前が利一の性格を基準にしているのなら間違っているぞ。あれはお前達が作り上げた性格だ。あんな物わかりの良くて人に好かれやすい性格はない。それはお前達が気を使って人ともめ事を起こさないようにしているからだろう。だから好かれるんだ。だがそれは時に苦痛になるはずだ。お前達の本当の性格は別々で正反対だからな。そんな嘘の性格を基準にしたって仕方ないだろう」
「分かってる……別なのは分かってるよ」
「分かっていない。お前はトシだ。お前は利一に自信を持っていても、トシとしては自信がない。普通は逆なはずだろう」
「恭眞……」
「相手のことを分かるには時に、喧嘩も、もめ事も必要だ。それの何処が怖いんだ。お前とリーチは喧嘩をするだろう。それでもお前達は仲がいい。それはお前達がいつも一緒だという特殊な状況だからではないぞ、本来あるべき姿がそうだというんだ。なのにお前はいつまでたっても私に一線を引いている。それが分からないとでも思っていたのか?言いたそうにしながらお前は言葉を飲み込む事が多い……。それに対して私がどれほど歯がみしているのかが何故分からない?聞いてもお前は貝のように口を閉じることを知っている。だから言うまで待つ事にしているが、それがどれほど辛いか分かるか?私がそれほど信用できない人間だと思っているのか、それとも言っても仕方ないと諦めているのかは分からない。どちらにしても私はお前が側にいても遠くに思えることが少なからずある。それが……私には辛いことなんだ……」
「違う……信用してるよ……でも、僕……上手く言葉が出ないんだ……」
 トシはぽつりと言った。
「選んでいるうちに、冷静になって、こんな事言ったら嫌われる……駄目だって思ってしまう……だから言葉が出なくなってしまうんだ……」
 目を真っ赤にしながらトシは言った。
「お前に今必要なことは……私を頼ること。それと逃げ出さないことだ。どんなことでも納得いくまで話し合うことと、ぶつかっていくことだ。全く……事件ならお前は逃げ出したりしないくせに、どうして自分のことには逃げ出すのか分からないな……」
「恭眞……僕……少しすっきりしたよ……」
 幾浦には何がすっきりしたのか分からなかった。こっちは益々心配になっているのだ。だがこれ以上は深入りすることは出来ない。
「トシ……」
「こんなに沢山恭眞と話したこと無かったから……なんだかモヤモヤしたものが少し晴れたよ……」
「トシ……抱き合うだけが……恋人じゃないぞ……」
 こくんとトシは頷いた。そうしてこちらを向く。
「僕が思っている以上に恭眞は僕を分かってくれているって……初めて知った。それが本当に嬉しい……」
 涙を溜めた瞳で笑みを浮かべるトシは、幾浦の下半身に直接ひびくような艶があった。
「トシ……苦しいときは頼ってくれると約束してくれるか?」
「うん」
「何でも一人では解決しようとしないで助けを求めてくれるか?」
「うん」
「私にだけは気を使わないと……約束してくれ……」
「……う……ん」
「最後の、うんは気が入っていないな……」
「はい……努力します」
 トシは慌ててそう言った。努力すると言うことはトシの本音であろう。いきなり変わることは無理なのは幾浦も分かっていた。ただトシに認識させることが出来ただけでも前進したことになるのだ。今はそれだけで十分であった。
「世界がお前の敵になったとしても……例えお前の間違いでそうなったとしても……私だけは最後までお前の側にいるということを忘れないでくれ……」
「くさい……」
 トシはそう言って笑った。
「なぁトシ……」
「なに?」
「もうそろそろ愛して良いか?」
 言いながら幾浦はトシのシャツのボタンを外し始めた。
「恭眞……」 
 なすがままに脱がされたトシを素っ裸にすると幾浦はガバッと抱き上げた。
「え……ええ?」
「シーツを代えてくれとは言えないだろう」
 ニンマリ笑うとトシはその意味が分かったのか耳まで赤くして幾浦の首に腕を巻き付けた。
 風呂場に入ると幾浦はトシをおろした。
「え、部屋の中にも温泉が引いてあるの?」
 トシは驚いたようにそう言った。この宿屋はこれが売り物であったのだ。
 大浴場を小さくしたような岩風呂は、窓が上からガラス張りになっており、外は景色が見えるようになっていた。その景色は漁り火が所々光っており、後は真っ黒な海が広がっていた。
「うわ……うわーなんか凄いね」
 トシは子供のように喜こび、湯に浸かると窓の外を眺めた。幾浦もトシに寄り添うように湯に浸かった。
「硫黄のにおいがするよ……」
 クンクンと鼻を鳴らしてトシは言った。そんなトシの背中を捕まえて幾浦は丁寧に愛撫した。
「恭眞……外から見えるよ……」
「マジックミラーなのに外から見えるものか……」 
 意外に傷の多い背中を舌で撫でると、トシはその度に低い声を上げた。背が敏感に仰け反ると幾浦は身体を自分の方に引き寄せ、トシを腕の中から離さなかった。幾浦をまたいだように座わり、湯に身を任せたトシは恥ずかしげに言った。
「電気……消してよ……なんだか恥ずかしいよ……」
 こちらに振り向いてトシはそう言った。湯の熱さではない火照りが顔から滲んでいる。
「お前の隅々まで見たい」
 却下と言うように幾浦は自分の手をトシの下半身に延ばした。
「うぁ……恭眞……」
 指先でトシのまだ立ち上がっていないモノに触れると、トシの身体が一瞬震えた。指でなで上げ、爪で弾くと次第に硬さを増してくる。そんな素直な反応が指先から伝わってきた。
 更に擦り上げるとトシのくぐもった声が漏れだした。その声は狭い風呂場でエコーがかかったような音として反射した。それがトシには恥ずかしいのか両手で幾浦の手を掴んで止めさそうとする。しかし、しっかりトシを握り込んだ幾浦の手はそんな抵抗などものともしなかった。
「や……何か……やだ……」
「お前の欲望が……私の手の中で形になる……感じているんだな……」
 そう言ってキュッと手に力を入れるとトシの身体が前屈みになった。顔が半分湯に浸かったまま呼吸をしようとしたトシは湯を吸い込み咳込んだ。
「はっ……ゲホゲホ」
 幾浦はトシの肩を掴んでもう一度引き寄せ、今度は自分の方に向かせた。咳込んだ所為かトシは涙目でまだケホケホ言っていた。
「水死されてはたまらんからな……」
 フフッと笑い、幾浦はトシを浴槽の縁に座らせてから、その股間に顔を埋めた。
「あ……ああ」
 両手で浴槽の縁を掴み、トシは身体を支えていた。その両腕が細かに震えている。
 幾浦はトシの立ち上がったモノを口内で弄びながらトシの内股に指を滑らせた。傷の付かない程度に爪を滑らせ、敏感な部分に刺激を与えると幾浦の口内のモノは生き物のように蠢いた。それを味わうように舌を絡め舐め上げる。
「恭眞ぁ……」
 開いた両足を震えさせて、トシはこちらに潤んだ瞳を投げかける。うっすらと桜色に色づく身体は扇情的であった。その光景は手練れの娼婦にもかなわないだろう。
 トシの誘うような瞳に促されるように幾浦は身体をずり上げ、抱き込みながら胸の尖りを舌で転がすと、トシの腕が幾浦の背に廻してくる。
「恭眞……ね……触って……もっと……」
 眉根を寄せてトシはそう言って訴えてきた。
「どの辺だ?」
 分かっていながら意地悪にそう言うと、トシは足を絡ませてきた。そんなトシを少し離し、身体を俯きにさせると、幾浦は腰を持ち上げた。不安定な両足が湯船に浸かった。
「恭眞……あの……」
 湯船の縁を掴んで四つん這いになったトシは、腰から下を湯に浸けてような格好になった。そんなトシの背中から覆い被さり、背骨に沿って舌を走らせる。片手で立ち上がったモノに軽く刺激を与えながら、もう片方の手は、まだ堅く窄まった部分を揉みほぐすように動かした。
「っ……ん……ま……待って……僕も……恭眞の……」
 掠れた声でトシはそう言って身体を自分から離した。トシが言おうとしていることが分かった幾浦はこちらを向いて擦り寄るトシの思うようにさせた。
 トシは幾浦の立ち上がっているモノをそっと両手に持ち、口内に含んだ。舌の柔らかい刺激が堪らなく心地良い。こちらもトシの蕾に指を走らせ、刺激を与えてやると、その度にトシの口元がキュッと締まり何ともいえない圧迫感が下半身から伝わってきた。それに煽られる様に幾浦の指先もトシの窄まりに沈ませていく。とうとうその刺激に耐えられなくなったトシが根を上げた。
「や……も……駄目……」
 口を離してそう言い、顰めた顔で幾浦を見る。濡れた口元は薄く開いて息を吐き出していた。その口が恭眞と呼び、上目遣いの瞳が濡れていた。
「トシ……」
 頬に手を当ててキスを繰り返して与えると、絡まる舌に勢いがあった。幾浦はトシを再度四つん這いにさせて己の欲望を一気にトシの蕾に突き立てた。
「あーーーっ……」
 背を弓なりに逸らせてトシは叫んだ。幾浦はトシの腰を掴んで更に突き上げ始めた。
「あっ……ああっ……ああ」
 幾浦の腰の動きに併せてトシの身体が揺らめいた。背には汗の粒が吹き出していた。風呂場の温度の高さと、蒸気の所為だろう。吸い込む空気も熱を持っていた。
 熱かった。トシの内も湯も……幾浦は額に汗が流れ落ちるのが分かった。
「きょ……ま……湯が……入って熱い……」
「湯?」
 腰を動かすと湯面も揺れてどうも湯が中に入り込んでいるようであった。トシはそれを感じて熱いと言っていたのだ。
「熱いよ……そんなとこ火傷したら……嫌だよ……」
 吐き出す息と共にトシは泣きそうな声でそう言った。しかし言葉ではそう言っていたが、トシの腰は幾浦の動きに併せて上下している。
「火傷するような温度じゃない。お前が興奮して温度が上がっているんだよ」
 くっと笑って幾浦は言った。
「違う……絶対……ひっ」
 口を黙らせるために最奥を突くとトシは弓なりにしなった身体を更にしならせた。こちらは話をする余裕など無くなってきているのだ。これ以上おしゃべりにつき合ってはいられなかった。
「あっ……ああ……あああ……も……我慢できない……」
 顎をタイルにつけた状態でトシが哀願した。
「もう少し……頑張るんだ……トシ……」
 そう言うとトシはくっと口を引き結んだようであった。それを合図に一気に極みに駆け上った。

 湯と幾浦からやっと解放されると、半分のぼせていたトシは布団によろよろと倒れ込んだ。ひんやりとしたシーツが心地よく感じられる。浴衣を着るのもめんどくさかったので、トシは持参していたシャツを上から被った。
「うう……身体ぎしぎし言ってる……」
 身体を動かす度に間接の音が聞こえそうであった。ふと気がつくとシーツに血が付いていた。
「あれ……」
 トシは腕や肘を見回したが、擦って赤くなっているところはあったが傷を見つけられなかった。そこに幾浦が浴衣を着て風呂場から出てきた。
「トシ……血が出てるぞ」
「あ、うん。どこからか分からなくて今探してるんだ……」
「顎だ」
 笑いながら幾浦は言った。
「……」
 どうしてそうなったのかが一瞬にして分かったトシは真っ赤になった。
「見せて見ろ……ああ、だいぶ擦っているな……」
 トシの顎を引き寄せてじっと見ながら幾浦は言った。
「だ、大丈夫だよ……バンドエイド持ってきてるから……」
 トシは幾浦の顔をアップで見たことで急に照れくさくなり、逃げるように旅行鞄の所へ走った。鞄から応急用に持ってきた塗り薬とバンドエイドを取り出すと洗面所へ直行しようとしたが幾浦に捕まった。
「ほら、私が治療してやる」
 そう言って持っていた塗り薬とバンドエイドを取られ、トシは促されるまま幾浦の膝にちょこんと乗った。
「しみるかもしれないぞ……」
 薬を塗られるとトシは「うっ……」と言って膝から飛び降りた。
「痛い……」
 思わず涙目になった。
「言っただろう。しみるってな」
 くくくと笑いながら幾浦は言った。なんだか楽しそうに見えた。
「なんか…恭眞嬉しそう……」
「そんなに擦っても気がつかないほど、気持ちよかったのかと思うと……」
 満足そうに幾浦がそう言った。
「なっ……何言ってるんだよ!!知ってたよそんなことくらい……」
 いや、全く気が付かなかった。
「ん?さっき何処を怪我したのか分からないと言っていたのでは無かったか?」
 意地悪な目で幾浦が言った。
「やっぱり……いじめっこだ……」
 顔から火が出そうなほどトシは恥ずかしかった。そんなトシに近づいて幾浦はバンドエイドを張ってくれた。
「こら、動くんじゃない。上手く傷口に貼ることが出来ないだろう……」
 痛いだろうな……という予想がトシを後込みさせたのだ。
「う……うん」
 顎を掴まれたトシはそう言った。幾浦は片手でトシの顔を押さえ、バンドエイドを傷口に貼ってくれた。
「なんだか……かっこわるいね……」
「キスマークでは無いから恥ずかしがることなど無いだろう」
「そ……だけどね……」
 それでも恥ずかしくてトシは布団に潜り込んだ。
 布団は少し離れて引いてあった。当たり前であったが少し寂しく感じた。幾浦が部屋の電気を消して隣の布団に潜り込む音が聞こえた。こっちにおいでと言われたらすぐさま幾浦の布団に潜り込むのに……そう思いながらじっと暗闇に目が慣れるのを待った。
「トシ……明日何時頃出ようか?」
「え……うん……起きてから考えようよ……僕ゆっくり眠りたいから……」
 今のトシにはそんなことはどうでもよかったのだ。暫く枕に顔を埋めていたが、堪らなくなって、自分の布団から出ると自分枕を持って、幾浦の側に這っていった。
「恭眞……ね、眠った?」
 枕を抱えてトシはそっと聞いたが、返答は無かった。
「恭眞……」
 大したことではないのになんだか涙が出そうになった。仕方がないので戻ろうとすると幾浦が言った。
「何だ、弱気だな……」
 クスッと笑う声がした。
「お……起きてるんじゃないか……」
「いや、お前がどう出てくるか様子を見ていたんだ」
 言いながら幾浦はトシの腕を掴んで自分の方へ引き寄せた。トシは急に引っ張られたので体勢を崩して幾浦の方に倒れ込んだ。
「い……いたた……」
「顎よりは痛くないはずだろう?」
「もーっ……へへっ……いっか」
 トシは幾浦に腕を廻した。
「暖かいな……恭眞って……。でも狭くない?窮屈だったら……」
「窮屈ならどうする?」
「どうもしないよ。もっと窮屈にしてやるんだ」
 ギュウッと幾浦に廻している腕に力を入れた。
「トシ……」
 幾浦の唇が額に当てられるのを感じた。それはとても心地よくトシに感じられた。
「こんな風に……旅行が出来て……良かった」
「本当にそう思っているのか?」
「え?」
「緒方という男に会って気分が悪かったのだろう?」
「あ……うん……でも……今は大丈夫だよ……」
 まだ不安は心に澱んでいたが、幾浦と話をした事で少し楽になっていたのだ。
「お前は私のものだ……」 
 低いバリトンの声が耳に心地よく響く。
「その代わり恭眞は僕のものだよ」
 周囲が暗いと素直に言葉が出る事に、トシは驚きながら幾浦の腕の中でくつろいでいた。
「ああ……お前のものだ……全部だ」
 腕の中でまどろむことがこれほど気持ちよく、安心する事をトシは幾浦と出会って初めて知った。
「恭眞……僕は恭眞だから好きになったんだよ……」
 トシは緒方から言われたことを気にしていたのだ。トシ自身そんな事など無いとはっきり言えるために、その事は気にならなかったのだが、緒方から幾浦に自分を重ねているのではないかと言われ、もしかすると幾浦も緒方と同じく考えたかもしれない。
 そう思うからこそトシは幾浦にそうではないと伝えたかった。
「……どうした?突然……」
「その……」
 言葉が詰まったトシはそのまま黙った。大事なことを聞いたり、言おうとすると言葉が上手く出てこないのだ。幾浦の方はじっと次の言葉を待ってくれているようであった。
「僕の言うことで気を……悪くしないでくれる?」
「もちろんだ」
「その……ね、緒方さんが……言ったんだ。でも僕は恭眞のこと緒方さんみたいに思ったこと一度もないから……それだけは信じてよ……」
「分かった。で、どういう話をしたんだ?」
「あの……緒方さんは恭眞と自分が似てるって言ったんだ……でもね僕は恭眞と会ったときも緒方さんのことはこれっぽっちも思い出さなかった……。そう言うと緒方さんは、恭眞と友達になったのは、って友達じゃないんだけど……僕が心の中で緒方さんに悪いって思ったから、その代償に恭眞と仲良くなりたいって考えたんだって言うんだ……僕はそんなこと無いって否定したけど……」
「否定したけど?の、けどは何だ」
「その、緒方さんはあんまり納得していないみたいだった……。だから普通はそう思うのかなって……ただ恭眞にはそんな風に思って欲しくなかったから……ううん。思ってるんじゃないかなって……もしそんな風に恭眞が思っていたら嫌だって思ったんだ……」
 そうトシが言うと幾浦は何か考えているのか、すぐに返事は無かった。
「恭眞……?」
「ああ、そう言う考え方もあるんだなと思ってな」
「え?」
「確かに何となく似てるとは思ったが、そんな風には考えなかったぞ。緒方が納得しないのは自分にとって都合良く考えているだけだと思うのだが……」
「都合良く?」
「お前は頑固に信じないが、緒方はお前に好意を抱いている。だからそう言う風に考えたいのだろう」   
「それは…」
「お前が信じられないのなら、別に構わない。だが、緒方の感情にお前まで翻弄されるな。奴は奴。お前はお前だ」
「そうだよね……。確かに雰囲気とか目は似てるけど……性格は似てないもん」
 そう言ってトシは幾浦の胸に深く身体を沈めた。
「さ、トシ。もう眠ろう。明日は早く出てドライブでもしよう。土産もみたいしな」
「うん。僕も、もう眠い……」
 トシはそう言うと幾浦の腕の中で眠りに落ちた。

 翌朝目を覚ますと幾浦がこちらを見ているのに気がついた。
「あ……おはよう……」
「おはよう……トシ」 
「もしかして……僕の寝顔……ずっと見てた?」
「ああ」
 嬉しそうに幾浦は目を細めていった。
「や……やだな……」
 あまりの照れくささに思わずトシは目線を避けた。そんなトシを引き寄せて幾浦は腕の中に抱いた。
「ずっとこういう風に暮らせたら……」
「恭眞……」
「目が覚めるとお前が横にいる。そんな生活をしたいと本当に思う」
「……」
「分かっている。望めばお前を困らせるだけだと。済まない……」
「ううん……気にしてないよ……」
 トシもそういう風に考えることはあったが、同意をすることは出来なかった。自分たちには特殊な事情があるのだ。今以上の事を望んではいけないとトシは考えていた。自分たちを認め、更に一緒に過ごしてくれる人と出会ったことは奇跡に近いのだ。
「そろそろ起きるか?」
「そうだね。朝ご飯食べたいし……あ……」
「どうした?」
「え、ううん……やっぱりいいや……」
 広間で緒方に会うかもしれないと言うことがトシを後込みさせていた。
「私は行くぞ。もちろんお前を置いてはいかない。だからトシも一緒に来るんだ」
「……その……」
「奴に会いたくないのは分かる。だがお前が気にしないふりをすれば、あちらもいい加減諦めるのではないのか?」
「……僕は……」
「いつも通りでいいんだよトシ……出来ないのなら利一として振る舞えばいい。それなら出来るだろう?」
「……利一でいれば良いんだよね……それなら何とかなるかな……」
 トシはそういって身体を起こした。
「さて、着替えるか」
「うん」
 広間に着くと既に何人かの泊まり客が朝食を取っていた。トシはぐるりと見回したが緒方の姿はなかった事で胸を撫で下ろした。
「おいしそうだな」
 幾浦が用意された座布団に座りながらそう言った。トシはその言葉に頷く。
「お腹が空きました……」
 トシも座って早速箸を取り、食事し始めると入り口から緒方が入ってくるのが見えた。一瞬ドキリとしたが、幾浦が言ったようにいつも通りに振る舞うことにした。
「おはよう」
 そう言って昨日のことなど何もなかったかの様な態度で、緒方はトシの隣に座った。
「おはようございます」
 トシもそんな緒方に利一モードを保った。
「昨日はご迷惑をおかけしました」
 緒方は幾浦に笑みを見せながらそう言った。幾浦の方は「いえ……」と、ただ機械的に言った。トシは内心立ち上がって逃げ出したい衝動を必死に押さえ、みそ汁を口に無理矢理流し込んだ。
 しかし、みそ汁はかなり熱くトシは「あっつっ……」と思わず口に出した。それを横目で見ていた緒方は笑みを浮かべた。その表情はずっと昔に友人として接していた頃の緒方と変わらなかった。
「相変わらずトシは鈍くさいんだね」
 満面の笑みで緒方はそう言った。
「……ほ、ほうですか?」
 トシ自分の言った言葉がまともな日本語にならなかったことに顔が真っ赤になった。先ほど無理矢理流し込んだみそ汁の所為で、口内がひりひりとし、きちんと日本語が話せなかったのだ。
「大丈夫か?」
 幾浦も心配そうにそう言った。トシは返事を返さずに頷いた。そのときトシの携帯が鳴った。外野の二人がトシに注目をした。
「ひょっと、失礼します……」
 緒方と幾浦を二人きりにはしたくはなかったが、警視庁からの連絡だろうと思ったトシは立ち上がって廊下に出た。
「もひもひ……」
 そう言うと電話向こうの相手が爆笑していた。相手は篠原であった。
「なんだよ隠岐、そのもひもひっていうのは!」
「ひょっと口の中がひゃけどして……なんでふか?」
 仕方なくトシはそう言ったが、篠原の方は爆笑中でなかなか用件を言わなかった。
「ひのはらはん!用件なんでふ?」
「ごめんごめん、あんまり可笑しかったからさ。旅行中のお前に悪いんだけど、メールチェック出来そうか?」
「はい……なんとか」
 やっと口内が落ち着き、トシは真っ赤になりながらそう言った。
「じゃ、ちょっと見て返事貰いたいんだけど……」
「いいですよ……でも事件なら戻りますけど……」
「いや、そこまで言わないよ、ただちょっと意見が欲しいんだと」
 篠原はそう言った。
「じゃ、すぐに見て返事を書きます」
「頼むよ、悪かった」
 そう言って篠原は電話を切った。
 トシは席に戻ると幾浦と緒方は一言も話をしていなかったらしく、無言で互いに食事に集中していたようであった。その事にトシは少しホッとすると幾浦に言った。
「幾浦さん。少し本庁に連絡を取らなければならなくなりまして……少し部屋に戻ります。私には構わないで幾浦さんは食事を続けて下さい」
「分かりました」
 幾浦は少し不機嫌気味にそう言った。今の様に互いに話をせずに幾浦は戻ってくるだろう。緒方がもしかして話すのではないかと一抹の不安はあったが、トシは「すみません」といって部屋に戻った。
 部屋に戻ると幾浦のパソコンを借り、設定し直すと携帯とパソコンを繋いで自分のメールのチェックをした。内容は添付の写真と事件の簡単な報告書であった。
 な、だいたい誰だか検討つかないか?こっそり教えてくれないか?
 と篠原はそうコメントしていた。きっと他の捜査員を出し抜きたいとでも思ったのだろう。トシは小さくため息を付いてリーチを起こした。
『リーチ篠原さんから犯人特定してって言ってきてるんだけど……』
『?ここ何処?幾浦と一緒なんだろ?』
 欠伸をしながらリーチは言った。
『うん一緒だよ。連絡入ったから僕だけちょっと抜けてきたんだ』
『篠原って無粋な奴だな……』
 リーチは呆れたように言った。
『帰ってこいって言ってるわけじゃないからいいよ。で、どの人怪しい?』
 そう言うとリーチはパソコンの画面に立ち上がっている写真を眺めた。
『どういう事件だよ』
 リーチがそう言うとトシは報告書の方を見せた。
『……ふーん……大したことない事件だな……』
 興味なさそうにリーチは言った。
『で、写真の中にいる?』
『いや、怪しそうな奴はいないみたいだ……関係ありそうに思える奴もいないんだけど……。篠原に電話してみてくれよ』
 じっと見ながらリーチは言った。トシは電話とパソコンを繋げているケーブルを外すとリーチと交代をした。
「もしもし……あ、篠原さん」
 リーチは利一モードでそう言った。
「隠岐、で、分かった?」
「見たところ該当しそうな人間はいない様ですが……」 
「じゃ、あと何枚か写真はあるから送るからみてくれよ」
「あの……同時には出来ないのですが……」
「なにが?」
「ちょっと公衆電話に移動しますよ……。携帯が一台しかないのでメールを受け取りながら電話は出来ないんです」
「今送ってるさ、そのまま移動しろよ」 
 篠原はそう言った。
「もー……一旦電話切りますね」
 リーチはそう言って電話を切った。
「トシ、交代だ電話あるところに移動した方がいい」
『分かった』
 トシはパソコンと携帯を持ってロビーに降りた。そこで先ほどと同じように携帯をパソコンに繋げてメールを受け取ると、側の公衆電話から篠原の携帯へ電話をかけた。
「見た?」
「ちょ、ちょっと待って下さいって……受信中です」
 言いながらトシはリーチともう一度交代した。
「で、見た?」
 篠原の方は早く答えが欲しいのか急かすようにそう言った。
「見てます……うーん……どれも違うみたいですよ……」
 何度も見ながらリーチは言った。
「……俺の的はずれかな……」
 がっかりしたような声で篠原は言った。喜ばせてあげたいのは山々であったが、どれも全くリーチの目に止まらないのだから仕方なかった。
「ええ、思い切り外れてるみたいですよ」
 そう言ってリーチはくすりと笑った。
「くそー……。で、隠岐、今日帰って来るんだよな」
「遅くなると思いますけど。まさか今すぐ帰れとか言いませんよね」
「言ったって帰ってくれないだろ……明日は寝坊すんなよ」
「気を使っていただいてありがとうございます」
 リーチはそう言って公衆電話の受話器をおろした。用事は済んだのでリーチはトシと交代しようとすると後ろから声を掛けられた。
前頁タイトル次頁

↑ PAGE TOP