Angel Sugar

「過去の問題、僕の絶叫」 第5章

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「トシ……」
 そう言って幾浦はトシを引き寄せて抱きしめた。
「恭眞……折角の旅行……散々な目に合わせてごめんね。今度は絶対こんな事にならないようにする……」
「色々収穫はあったから私には良かったがな」
 言って額にキスを落とす。
「収穫??」
「ああ、お前がずっとこの私に異常に気を使っていた理由が分かったからな」
「え……」
「気付かないと思っていたのか?名執と私を較べたら、お前は私の方により気をつかっていた。それも友人より恋人の私の方により気をつかうんだからな。こっちは歯がゆくて仕方が無かったぞ」
 ははっと幾浦は笑った。
「……そんなことは無いけど……」
「未だに私の家にお前は自分のものを余り置かないだろう……そんなことはまあいいが、私の顔色ばかり伺っていないで、たまにはそんなこと気にしないで私に甘えてくれないか?いつも言っているだろう?トシのわがままなら何だって聞いてやると……」
 嬉しそうに幾浦はそう言ってトシの頬を撫でた。
「もう充分すぎるほど……僕わがまま言ってるよ……」
「なんだ、全然分かってない」
「え、でもさ、僕もうそんな子供じゃないし、いい年した大人なんだから、なんていうか……常識的に振る舞わなきゃならないし……」
「トシ……恋人に対して常識的って一体何だ?こんにちは、今晩はじゃないだろう?」
「あの……確かに緒方さんとの誤解は解けたけど、今の性格をだからといって変えられないよ。もうこれが僕なんだからって言うしかないし……。分かったからってどうこうって言うのは……」
 幾浦が一体何を自分に求めているのかトシには良く分からないのだ。別に気を使うと言っても常識の範囲だと思っていることであったし、当たり前のことだからだ。今でも充分トシは幾浦を頼っていると思っていたし、これ以上は五月蠅くなる可能性の方が大きいと本気で思っている。確かに気を使っていないとは言えない。だが恋人だからと言ってなし崩しに相手に依存したりすることは元々のトシの性格上できやしないのだ。
「……ああ、本当にトシは……」
 そう言って幾浦は溜息をついた。こういう幾浦を見るとトシは不安になるのだ。こればっかりはどうしようもない。
「ご……ごめん。変なこと言っちゃったよね……」 
「そう言うところを直して欲しいと私は言ってるんだ」
「……それって……結局僕の性格の話しだよね。恭眞は僕が良く分からないところで、いやだ、直して欲しいって思ってる。じゃあ、僕なんかと何でつき合ってるんだよ……。最初のイメージと違う?違う、つき合えないっておもったら……いいよ……」
 そう言うと幾浦は機嫌が悪いのを通り越していた。
「いいよ?いいってなんだ?別れようと言うことか?誰がそんな話しをしているんだ」
「……だって、僕の性格的なことに不満があるんでしょ。それこそ、どうしようもないじゃないか。じゃあ、恭眞が忙しいって言うのに、僕がわがまま言って休みを取れとか、家に押し掛けて、自分のことばっかり恭眞に相談したら嫌だろ。恭眞はこのうちに僕のものを置かないっていうけど、これは僕のけじめなんだ。リーチ達がどうしてようと僕には関係ないよ。あの二人の付き合いはあの二人の付き合いで僕と恭眞の付き合いとちがうじゃないか。恭眞はリーチじゃないし、僕は雪久さんじゃないんだから……僕らは僕らの付き合いかたがあるわけだろ……それを、恭眞が気に入らないって言うなら……僕にはどうしようもないじゃないか」
 意外に口調がきつくなったことにトシは自分でも驚いていた。言ってしまって後悔してしまった。どうしてこう自分はかわいげがないのだろう。だが、あの時自分の性格を否定し、自分なりに努力して今の自分があるのだ。他の人間に否定されるのならまだいい。だが幾浦に今を否定されたら今度はどうすればいいのだろう。
 もうどうして良いか分からないのだ。
「あのなあ、トシ、誰も気に入らないとは言っていないだろう?そう言う話しをしているんじゃない。じゃあ、何故私と名執がいれば私の方により気を使うんだ?それこそおかしいだろう?機嫌を伺われるとこっちはいい気はしないんだぞ」 
「ごめんっ!恭眞ごめん……酷い言い方だったよね。怒らないでよ、怒らせる気はなかったんだ。ごめんっ」  
「怒って等いない」
 ムッとしてそう言う幾浦の何処が怒っていないのかトシには分からなかったが、言い合いにはなりたくなかった。
「ごめん……」
「話しを途中で止めるんじゃない。これは大事なことなんだからな」
 大事と言われてもトシはもう言うことは言ってしまった。これ以上はどうしようもないのだ。
「……」
「トシ……私はね。別に特別なことをお前に求めてるんじゃないんだ。こう、なんというかな……」
 幾浦は言いにくそうに言葉を濁した。
「……何?」
「いや、だからな。こう、トシにとって私が特別であって欲しいというか……いや、それは分かっているんだが……」
「……え」
「ただな、私はお前に甘えて欲しいんだよ。もっと頼って欲しい。トシのことならなんだって相談にも乗ってやりたい。だがそれにトシが躊躇するから嫌なんだ。私はトシの恋人なのに……な」
 幾浦は照れくさそう言った。こういう表情をする幾浦は珍しい。
「恭眞……」
「いや、いいんだ。強制してどうこうというものじゃないしな。ただこうあってくれたら嬉しいのにと言う意味なんだ。誰だって恋人には頼られたいものだろうし、甘えて貰いたいと思うものだろう?そういう事だ。話しの道筋がいつのまにか違う方向に行ってしまったが、別に性格がどうのとか、そんな難しいことを私は言いたかった訳じゃないんだ」
「……恭眞……」
 トシはなんだか嬉しくなって幾浦にもう一度抱きついた。 
「私はトシに同じ事を何度も言ってきただろう?だからそれが出来ないのは緒方の事があった所為なのかと今回思ったわけだ。だからそれが解決したのなら、私がそうあって欲しいと思う事が実現するんじゃないかと単純に考えたわけだ。まあ、これがトシなんだから仕方ないんだろうがな。あー全く。期待したんだがなア……」
 笑いを口元に浮かべて幾浦は言った。
「単純に?」
 つられてトシも笑いが口元に零れた。そんなトシを床に組み伏せると幾浦はじっとトシを見つめていった。
「そう……単純に思った……」
「でもね恭眞……恭眞はそう言うけど、それを聞かされたときから僕一生懸命努力はしてるんだよ。努力するようなことじゃないんだろうけど……。僕……女の子とつき合ったことないんだ。リーチはあの通り、雪久さんにはばれたらしいけど、もう信じられないくらい遊び人だったんだけど……。僕の方と言えば、ちょっと好きだなあって淡い恋心は持ったことくらいしかなくて。つき合うとか……その、遊びでリーチみたいにはしたこと無かったんだ。大の大人が恥ずかしい事言うんだけどね……本当に恭眞が初めてつき合った人なんだ。だから、もー一緒にいるだけで僕、未だに照れ臭くって、恭眞を見るたびに、自分の恋人なんだあって思うと嬉しいやら恥ずかしいやら……見るたんびにこの人は僕の大好きな人だって、会うたんびに恭眞に恋してる……。だから、きっと僕は毎回恭眞にそんな気持ちをもっちゃうから、つきあい始めの恋人同士みたいな感じになっちゃうような気がするんだ。こんな事言って嫌われたらどうしようって……」
 こんな事を言うと呆れるんじゃないかなあとトシは思ったが、自分の気持ちを正直に言った。気軽に甘えたりわがまま言うのも確かに相手に不快に思われたら嫌だという気持ちもあったが、毎度幾浦に会うたびにこうなのだから、そこまですすめないのだ。
「そうなのか?」
 驚いたような顔で幾浦が言った。
「なにが?」
「つき合ったこと無いのか?」
「無いんだ……すごく恥ずかしいけど……」
 真っ赤になってトシは言った。
「だが、思春期は女の子と何かしたいとか思うものだろう?」
「思わなかったわけじゃないんだけど……そういうのリーチに任せてたって言うか……肉体的にどうこうっていうの無かったんだ。そりゃ、女の人ってどうなんだろうとか考えたことはあったけど、特定の人とつき合うことなんて出来ないって思っていたから……だからといって昔のリーチみたいに、そのときばったりっていうの性格的に出来なかったし」
「ふうん……そうか……」
「だ、だからこれは言いづらかったのに、そんな風に笑わなくても良いじゃないか」
 穴があったら入りたかった。この告白は自分が童貞だったと告白しているようなものだ。
「からかって笑っているわけじゃない……」
 クスッと笑って幾浦はそのままトシの耳元で言葉を続けた。
「私がトシを男にしたんだな。本当の意味で初めて……」
 トシはそれを聞いて耳まで赤くなった。
「もっ……やめてよ……」
「……そうか、初めての恋人と初めてのセックスの経験か」
「だからからかわないでよ。こんな事言うんじゃなかった。馬鹿みたいだ僕……」
「いくらうぶくても、一人や二人くらい経験があるんだと思っていたからな。だがそうか、私が初めてか、そりゃあいい」
 こっちの言うことなど聞かずに幾浦は一人で納得している。
「きょ……」
 抗議しようとしたトシの唇を幾浦は塞いだ。そのまま幾浦の手はトシのシャツの裾から胸板の方へ移動する。
「……あ……や……」
「トシは可愛いな……何時だって可愛い……」
 ずいっとのしかかられてトシは背中に痛みを覚えた。
「恭眞……背中痛い……」 
「そうだな……寝室に行こうか……」
 ガッと抱き上げられて、トシは又気恥ずかしくなった。こればっかりはもうどうしようもないのだ。
「恭眞……」
 トシは幾浦の首に腕を巻き付けて肩に顎をのせるとそんな自分を隠した。

 まさか本当にこういう経験すら私が初めてだったとはな……
 幾浦はそう思って妙に嬉しくなった。経験があったからどうとかそんなことは思わない。トシからすれば、こちらは遊び人の部類にはいるだろう。
 幾浦は自分が初めて恋をしたときのことを思いだした。確かに相手に妙に気を使った。相手の顔色を窺い、ちょっとしたことで落ち込んだりもした。何人かとつき合うとそんな新鮮さなど無くなったのだ。
 トシはまさにその自分が失ってしまったものを未だに持ち続けているのだ。
「恭眞……」
 ベットに横たわってトシが照れくさそうにそう言った。
「愛してるよ……トシ……私がトシにとって最初で最後の男という名誉を与えてくれ」
「……や……も……そんな風に言わないでよっ……恥ずかしいじゃないかっ」
 顔を真っ赤にしてトシは言った。
「約束だ……トシ……」
「……うん」
 言いながらトシは幾浦のなすがままに服を脱がされていく。まだ柔らかい胸の尖りを幾浦は指で挟んで揉むと徐々にぷっくりとした硬さを帯びてくる。何時もこの身体は幾浦が触れると、こちらに敏感に反応する。そんな身体を己が開発したのだと思うと幾浦はいつもより余計に興奮してくるのが分かった。
 会うたびに恋をする……トシはそう言った。その素直な新鮮さに幾浦は感動していた。そうだったのかとようやくトシの行動に理由がついたのだ。トシの性格だけではなく、一番大きな要因が、恋も、セックスも教えた相手は幾浦自身なのだ。
 最初トシに会ったとき、真っ白だと思った。こんなに純粋な相手はいないとおもったのだが、それがこういう事も原因だったのだ。
「あっ……や……っ……ん」
 手でトシのモノをやんわり握ると、小さく声を上げた。最初慣れなかったのは男同士で抱き合う事の抵抗と、初めての経験である抵抗という二つの原因で大きかったのかもしれない。
「やっ……恭眞っ……」
「や?いやじゃないだろ?トシ……ほら……こんなになってる……」
 きゅうっと握りしめてそのまま上に扱き上げると、トシはびくんっと身体を震わせてこちらの首に巻きつけ、顎を仰け反らせて呻いた。背に廻した片方の手をそのまま滑らせてまだ固い蕾に指を滑らせた。何度ここを穿っても最初は何時だって固く窄んでいるのだ。その部分をゆっくり揉みながら胸元に舌を滑らせるとトシが何度も声を上げた。
「あっ……はっ……や……そこ……」
 幾浦は一旦手を離し、トシの身体を俯かせ膝を立てさせた。そうして置いて背後から絡みつき、固い蕾を更に攻め立てた。
「あっ……あ……ああっ……」
「トシは後ろだけでイけるのかな?」
 含み笑いでそう言うとトシが恨めしそうな目をこちらに向けた。
「なっ……やだっ……あっ……っ……」
 後口を攻め立てると少しずつ固かった蕾に指が沈み出す。そのまま一気に指を入るとトシの身体ががくんと下がった。
「ひっ……あっ……やっ……」
「逃げるんじゃない……気持ち良いだろう?」
 引いた腰をこちらに引き寄せて更に指を中で蠢かすと、トシが嬌声を上げた。
「あっん……やっ……やあっ……はっ……っ!!!」
 指を抜くことなく攻め立て、後ろから抱き込むように羽交い締めしたトシの身体は、何度もビクリとしなった。自然にトシの前も濡れ、蜜を落とし出す。それを手で掬い蕾に塗り込め更に指を増やして突き上げると、トシは口元から荒く息を吐き出し、必死にシーツを掴んでその刺激に酔っていた。
 抜き差しを繰り返す指に、内襞が張り付いてくる。幾浦は指を抜くと己のものを代わりに沈める。
「いっ……つっ…」
「痛い?」
 狭い中を、ずるるっと奥まで突き上げると、トシはしかめた顔をしたが、それも一瞬で次には口元に笑みを浮かべた。
「う……ううん……痛くない……。最初ちょっとだけ……痛かったけど……あっ……ああ……っ……んっ……」
 答えを待たずに幾浦が抜き差しを繰り返すとトシはギュウッと目を閉じた。
「あっ……はっ……あっ……あんっ……」
「トシ……気持ち良いだろ?」
「んっ……う…んっ……うん……っ、きょ……ま…熱い……熱くて……気持ち良い……」
「ここも……だ……」
 そのまま身体を起こしてトシのモノを掴む。急に体勢を変えさせられ、深く沈み込んだトシは身体を幾浦に預けて息を吸い込んだ。
「はあ……っ……はあっ……恭眞……っ……」
「愛してるよ……トシ……お前の全てを……愛してる……」
 息を継ぐのに必死になっているトシの口元を愛撫しながら幾浦は言った。
「あ……ぼ……僕も……っ……恭眞のこと……大好きだ……」
 トシがそう言うと幾浦は握りしめているトシのモノに力を入れた。 
「ひっ……っあっ……っ」
 前に倒れ込もうとするトシを引き寄せたまま幾浦は手の中のもので弄ぶ。
「違うだろう?愛しているだろう?トシ……」
「んっ……んん……あ……愛してる……っ……恭眞……っ……愛してるっ」
 ポロポロと涙を落としながらトシは言った。 
「あっ…あああっ……ん……あ……きょ……うまっ……っ」
 トシは何度も悦びの声を上げた。

 目が覚めると、トシはしっかり幾浦の腕の中にいた。ぐっすり眠っている幾浦の顔は、いつもの寡黙さは感じられない。
「恭眞……」
 小さく囁くように良い、自分から深く幾浦の懐に潜り込んで、頬を寄せる。このときが一番トシにとって幸せな時間であった。抱きしめられ、仕事の煩わしさを忘れることができる。絶対的な保護の中に浸れるからだ。
 自分がどういう人間であるのかすら忘れ、相手に自分というものをさらけ出すことが出来る。
「……あ、起きたのか?」
 切れ長の瞳がこちらをじっとみて和んだように緩む。背中で組んでいた腕を解いて、トシの髪を撫で、そのまま背を撫でた。
「うん……」
「お腹空かないか?」
「でも、もう少し……このままでもいい?すごく気持ち良いんだ……」
「こんな風にされるのが気持ち良いのか?」
 言って幾浦はトシの額の髪を撫で上げた。そのあまりの気持ちよさにトシの目が細くなる。 
「うん……恭眞にこうやって撫でられるの僕好きだよ。すごく安心するんだ……。僕は両親に捨てられた身だから、抱きしめられたり、撫でられたりっていうスキンシップに飢えてるのかもしれない……」
「そういう風に普通に言ってくれるだけで私は嬉しいんだよ」
 満面の笑みで幾浦にそう言われてトシは又顔が赤くなった。
「……そ、そうっか……そうなの……」
「素直になるのは難しい事じゃないだろう……。お前はただ、私にこうして欲しい、こうしてくれたら嬉しいと言ってくれるだけでいいんだ」
「あ……はは」
 そんな風に言われるとものすごく照れくさくて仕方がない。
「なあ、トシ……」
「なに?」
「話しを蒸し返すのは気が引けるんだが……」
「うん」
「緒方が又お前に会いに来そうな気がする」
「まさか……僕、緒方さんに結構言っちゃったし……」
 言ったのはリーチであったが……。
「お前が言ったところでたいした言い方していないんだろう?」
「え?あ、うーん……どうだろ。そうなのかな」
 トシはリーチとそのとき交代したことは言えなかった。
「向こうは堪えてはいないだろうからな。ただ、昔の誤解が解けたと思っているのは緒方も同じなのだからな」
「……そ、だけど……」
 緒方が本当に又姿を見せるのだろうか?あれだけ言い合いになったのにだ。だが緒方が次に姿を見せてもトシは平静を保てるだろうとも思った。
「大丈夫だよ……僕は緒方さんのことは別になんとも思ってないし……あっちだって今更どうこうしようとは思ってないよ」
「やばそうになったらリーチに、ぼこぼこにしてもらえ。あいつならうまく半殺しにするだろうからな」
 真剣に幾浦が言うのでトシはおかしかった。
「笑い事では無いんだがな」
 困ったように幾浦は言った。
「大丈夫。恭眞は心配しすぎだよ」
「……まあいい、さ、何か食べるとしよう。私もそろそろ限界だよ」
 そう言って幾浦が身体を起こすと、トシは笑顔で応えたが携帯が鳴ったところで折角のムードがブチ壊れた。
「隠岐です。はい、分かりましたすぐに戻ります」
 携帯を切ると幾浦が残念そうな顔をした。
「急いで僕シャワー浴びて準備するよ。殺しがあったんだ。恭眞ごめん!」
 パタパタとバスルームに向かって駆け出しながらトシは言った。
「ああ、分かってるよ」
 後ろで小さく肩を落としている幾浦に気付きながらもトシの心は既に事件へと移っていた。



 現場に着くと事件があったであろう家の周りは既に人の波でごった返していた。パトカーが何台も止まり警官達がわらわらと野次馬整理をしていた。
「隠岐っ!こっちこっち!」
 篠原がそう言って叫んだ。
 立ち入り禁止のロープを越えてトシは中へと入ると。そこへ篠原が駆けて来た。
「あれ、篠原さん何外でぶらついてるんですか……」
 トシは言いながら周りを見ると、三係の他の連中も手持ちぶたさで事件があったであろう家の外でうろうろしていた。
「今、里中係長が喧嘩してるよ……」
 と言って、問題の里中を指さした。
「え……喧嘩って……」
 トシがその方向を見ると確かに喧嘩していた。その相手を見てトシとリーチは驚いた。
『公安がでばってきてるのか?あ~暗い暗い……』
 リーチがそう言って溜息を付いていた。
『みたい……』
「どうして公安がここに来てるんですか?」
 トシは篠原に言った。
「しらねえ。公安からの情報はこっちに降りてこないし……」
「公安二課が出てきてるって言うことは……政治がらみの金とか……そういうのでしたよね。あと集団犯罪……ええっと他には……」
 トシが思い出すように言った。
「でもってな、ここには見あたらないけど、中に二係が入ってる」
「はあっ?どういう殺人なんですか?」
 トシも驚いた。二係は殺人事件には出てこないからだ。
「ほら、お前が電話で聞いてきた件だよ。あれがらみみたいだ。っていうか、俺らが到着してから、それを知った公安が止めに入って、その隙に二係がはいっちまったんだ。で、中でやっぱり公安と言い合いになってるみたいだぜ……」
 篠原がげんなりして言った。
「鑑識は?」
「ああ、そっちは入ってるみたいだ。ただ何処が担当するかで今揉めてるって訳だ」
 はあ……と溜息を付いて篠原が言った。
「……何処でも良いですけど……妙な合同捜査になりそうですね……」
 トシがやや笑いを浮かべてそう言った。
「だな。二係はいいとして、公安が問題だよな。なんか色々証拠物件を隠されそうじゃないか……あいつら得意中の得意だもんな。ほら、例の宗教がらみの警察関係者狙撃でも、かなり公安が証拠を潰したり、頭を辞めさせたりして、うやむやにしたんだからな。この事件でもどうなることやらだ……」
 暫くすると係長が三係の人間を集めて一旦警視庁に戻る指示を出した。
「負けたのかな?」
 小声で篠原が言った。
「あの係長が?もとマル暴担当してたのに?」
 言ってトシが笑う。
 警視庁に戻って、滅多に帰らない課の席に座って待っていると、係長が呼んだ。
「隠岐!ちょっと管理官の所に来てくれ」
「あ、はい」
 なんだろうと思いながら席を立ち、里中に付いて管理官の所へと向かった。
「済まないね。隠岐……」
 滅多に居ない管理官の田原はそう言って口元にだけ笑みを浮かべた。
「いえ、なんでしょうか?」
 そうトシが言うと、ソファーに座るように田原は言った。
「……今日の事件だが……まずいことになっている」
 田原はそう言って苦笑した。
「公安まで出てきているようですが……」
「そうだ。私もつい先程公安部から連絡を貰ってね。それで話し合った結果、表向きは殺人事件として三係が仕切る。内情は公安手動になった。それとだ、真っ先に情報を入れた二係がそこに入ることになる。それでだ、ダミーは三係だが、一人その間を走る人間が必要でね。うちからは公安の下に隠岐に付いて貰うことにした」
「私が……ですか?」
『何だか雲行き怪しいぞ~』
 リーチが不審気に言った。
『うん。出来たら関わりたく無いんだけど……』
「ああ、警部クラスが動くと、マスコミに目に付くからな。そういう事情で若いのが良いだろうと言うことになった」
「はい。頑張って連絡役を引き受けさせていただきます」
 トシはそう言った。だが田原は表情を急に曇らせた。
「隠岐に決まったのは……村上課長が名指しで指名して来たからだ。理事官通さずにな。何か裏にもう一つあるようだ。それを言っておく」
「……そうなのですか……」
 トシの表情も曇った。
 面倒な駆け引きが裏で進行しているようだからだ。
「だが、隠岐。お前はお前が信じるように行動すればいい。お前の信念通りにな。五月蠅いハエは私がはたき落としてやるから安心して動いてくれたらいい。こっちも意地がある。あれはうちの事件だ。分かるな?」
 ニコリと笑って田原は言った。
 田原はいつも利一を気にかけてくれているのだ。本当に信頼してくれているのもあるが、利一が刑事局長に目をかけられているからという理由もすこ~しあるようだ。
 出世コースに乗っているのも大変なのだろう。特に田原は上とも下とも上手くやるタイプだった。だからといって、何かを曲げることはしない。
 多少の出世欲が見えることは別段トシ達も気にしない。出世して貰わなければ、こちらを守る地位にも居続けることが出来ないからだ。
 田原はどちらかというと、下をよく面倒見るほうなのだ。こっちが無茶をしても、普段上層部に何かと気を使って居る所為か、警告を受けることはない。いや、実際色々あっても下には言わずに、まあまあと取りなしてくれているのだ。
「ご期待に添えるよう頑張ります」
 トシがそう言うと、田原はホッとした顔で頷いた。
「じゃあ、隠岐は一旦一課に戻ってくれるか?すぐ私も戻る」
 里中がそう言うので、トシは立ち上がって管理官の部屋から出た。
『くら~い連中とお仕事楽しいなあ~。お前はいつも暗い奴を相手してるからいいけどよ』
 半分涙目でリーチは言った。 
『それって、恭眞の事言ってるの?怒るよ』
 ムッとしながらトシは言った。
『あれ、俺幾浦の名前言ってねえじゃん。お前だってそう思ってるんだ~暗いって』
 ひゃはははっ……と笑ってリーチは言った。
 気楽なものだった。
『いい加減にしてよね。公安絡むと、お互い恋人には会えないよ。分かってる?僕たち公安の管理下に置かれるんだからねっ尾行くらいはつくと思わないと……。そうなったら僕達が二人の男を手玉に取るホモな人間だってばれちゃうんだからねっ!』
『げーーっ!そんなの無しだっ!』
 リーチは慌ててそう言った。
『無しだって言ってもね。仕方ないじゃないか……決まったんだから……どうせこの後公安に呼び出されるよ……』
 溜息を付いてトシは言った。
 その呼び出しはすぐにあった。

 公安の係長である、佐波は一言で言うと、は虫類がカツラを被っているようだった。背は低く、体つきも貧弱だ。
 薄い唇に、やたら細い目に黒縁のめがねをかけている。なにより、7・3に分けた髪がぺったりと額に張り付いており、なにやら怪しげだった。
『ズラか?お前聞いてくれよ。すげえ気になる……今晩この問題で俺寝られねえよ』
 リーチもそう思ったのか、佐波を見て言った。
 だが聞けるわけなど無いだろう。こういうタイプは根に持つのだ。こちらがそんな事を思っているのがばれただけでも、睨まれ、弱点を見つけるまで追いかけ回すタイプだ。
『リーチねえ、そんなの聞けるわけ無いだろっ!もう笑わせないでよ……』
 必死に顔が笑うのを我慢しながらトシはリーチに言った。
「ほう、隠岐君が来たのかね。君の噂はかねがね聞いているよ……」
 佐波はそう言っていくつか前に垂れ下がっていた、7・3分けの7の部分の髪を掻きあげた。
「……そ、そうですか……光栄です」
「君は語学にも堪能らしいから、うちにくれと、いつもそちらに頼んでるんだが、誰もうんと言ってくれなくてねえ……残念だよ……」
 そう言って佐波は、ほほっと笑った。
『気持ち悪い笑い方だぞ~最悪~こんな顔で、ほほってオカマかってのっ!』
 リーチはそう言って悪態を付き始めた。そんなリーチを無視した。
「ありがとうございます」
 トシはニッコリ笑ってそう言った。何故か佐波はニヤリとした笑みを目に浮かべた。
『冗談じゃなくて……こいつ実は利一気に入ってる??いや、人間としてじゃなくて、なんか別の理由っぽいぞ……俺……嫌だーーーーッ!こいつ上司で働くのは嫌だっ!』
 リーチはそう言って花畑で行ったり来たりしていた。
『ぼ、僕だってやだよ……』
『お前、ケツの穴奪われないようにしろよ……』
 リーチは真面目な口調で言った。
『ばっ、馬鹿っ!何言ってるんだよっ!』
 トシは狼狽えながら言った。
「ところでまず事件の概要だが……何か聞いているかね?」
 蛇のような舌をチロチロと出してもおかしくないような、そんな佐波の口が言葉を発した。
「いえ、何も聞かされておりません」
 必死に笑顔を浮かべてトシは言った。
「じゃあ、本題に入ろうか」
 佐波はそう言って、又髪を掻きあげた。もちろん7の方の髪だった。
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