Angel Sugar

「過去の問題、僕の絶叫」 第12章

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『トシ……こいつは本気だ』
 リーチは低い声でそう言った。
『……どうしたらいい?僕には……どうして良いか分からない……』
 半分パニックになりながらトシは言った。
『仕方ねえだろう……ばらせ。いいさ……何が埋まってるのか分からないけどよ。それがなくてもなんとかなる』
 意外にリーチは落ち着いた声でそう言った。
『でもあれがないと……』
 トシには逡巡しながらそう言った。緒方が隠している物が何かは分からないのだが、人一人殺しても良いと思える物なのだ。
 だが……
『トシばらしてもいいんだ。でもよ、まずこっちが幾浦の身柄を保護してからだ。それを交渉しろ。先に言って向こうが言うこと聞いてくれる保証は無いからな。ものは取られました、で、幾浦は死にましたじゃ話にならない。とにかく、落ち着け。お前ならちゃんと交渉できるだろう?ジャック先生の弟子なんだからな』
 弟子でも何でもないにも関わらず、リーチはそう言ってトシの気持ちを宥めようとしていた。それが分かったトシは必死に冷静になろうと努めた。
 ここで僕が動揺したら駄目なんだ……
 僕が恭眞を助けないと……
 しっかりしろっ!
 僕は刑事なんだっ!
 何度もそう心の中で自分に言い聞かせてトシは深呼吸をした。
『う、うん……。ごめん……』
 ギュッと携帯を握りしめてトシは言った。
「……私が今、そのありかを言って……。本当にタイマーを止めて貰えるという保証が無い限り……ここでは言えません」
 言いながらトシは警視庁に駆け込んだ。そうして一課のある階までエレベーターで向かった。
「そんな悠長な事を言っていて良いと思ってるのか?信用しないならそれでいい。お友達はさようならだ」
 くすくすと笑いながら男は言った。
「貴方達の事もさようならです。法廷に引きずり出して二度と表には出られないようにしてやります」
 珍しくトシの声には凄味があった。その所為か、声を掛けようとした篠原が無言で近寄ってきた。その篠原にトシは片手をあげて、待ってくれるように伝えた。
「社会的にも完全に叩きのめします。いいですか、天秤に掛けてどちらが得かよく考えてみてください」
 トシが続けてそういうと、向こうは無言になった。何か考えているのか、誰かと相談しているのかはトシには分からなかった。
『誰か側に居るぞ……親玉か?』
 リーチも耳をそばだて、そう言った。
 と言うことは誰かが指示を出しているのだろう。
 暫くすると男は言った。
「では同時はどうだ?」
「同時とはどういう意味ですか?」
「こちらは君から隠し場所を聞いてすぐに探しに行く。こっちはすぐにタイマーを止めてやるが、お前だってすぐにお友達を捜すだろう。無事を確認するのと同じ時間に多分こちらも例の物を手に入れている筈だ。譲歩できるのはここまでだな。ま、もっとも北海道にあると言われたら、困るんだけどな。緒方が、あれだけの短い間にそんな遠くに隠したりは出来なかった筈だ。そうだろう?どうなんだ?そんなに遠くに隠しているのか?隠しているなら、仕方ない。一人まず死んで貰う事になる。後はまた一人、お前の友人の誰かが人質になるだけだ」
 まくし立てるように男は自分が言いたいことだけを言ったようであった。
『トシ……そこまでだ。これ以上は向こうも譲らねえ。いい。いっちまえ』
 リーチはそこで口を挟んできた。
『……』
「分かりました……」
 トシはそう言って隠された物の場所を教え、向こうから幾浦の車に時限爆弾を仕掛けたことを聞くと携帯を切った。
「緊配お願いしますっ!」
 同時にそう叫ぶ。叫びながらも幾浦の携帯に電話を入れた。だが、こういうときに限って圏外で繋がらなかった。
 恭眞っ!
 何処にいるんだよっ!
 何やってるんだよっ!
「友人の幾浦さんを人質に取られています。時間が無いんです。彼を今すぐ保護してくださいっ!」
 更に大きな声でトシは言った。
 冷や汗が額を伝うのだが、それを拭うこともせずにトシは今しなければならない事に集中した。
「隠岐……どういうことだ」
 係長の里中が驚いた顔をしながらも、緊急配備の準備をし始めていた。
「詳しい話は後で致します。私は先に幾浦さんの居所を……もしもし、警視庁捜査一課の隠岐です……はい……システム第二開発部の幾浦恭眞さんが出社されたか……え、成田ですか?はい……分かりました。もしそちらに連絡が入りましたら、すぐに車から離れるように言ってください。いいですか?冗談ではありません。車になにか仕掛けられている可能性があるんです。わかりましたね。はい。宜しくお願いします」
 そう言えば昨晩幾浦は、海外から来るお目付役の案内すると言っていたのをトシは思い出した。
 今車に乗っているかもしれないという事実が余計にトシを苦しめた。
 あれで良かったのだろうか……
 僕は……
 恭眞を失うかもしれない……
 自分が先程何を言ったのかを思い出し、トシは身体が凍り付くほどの寒さを覚えた。だが自分が判断したことだった。
 僕は……
 あんな奴らになんか負けない……
 絶対、恭眞を助けるんだっ!
 トシは強く、強くそう心に思った。
「都内各主道路、及び高速……成田までの緊配。あと各タクシー会社の無線にも協力して貰ってください。テレビなどの放送は犯人を刺激する恐れがあるのでそちらへの協力は見送ってください。幾浦さんの乗っている車種は紺のベンツ、ナンバーは……」
 トシがそう言うのを里中は何も言わずにメモを取っている。先程トシが携帯で話していたことを聞いておおよその見当をつけたのだろう。
「隠岐、上使えって」
 篠原がトシの腕を掴んでそう言った。
「え……」
「今管理官に、ただごとじゃないって言ってきたら、上のヘリが空いているから、それを使えってさ。そっちの連絡はしてくれたらしい。今、首都高は渋滞の真っ最中だからそっちの方がいいだろうってさ。で、俺は入間基地のヘリコプター空輸隊のヘリ回して貰うように言って捜索するよ。俺は幾浦さんの顔知ってるし……向こうも俺の事知ってるからさ」
 田原さん……
 トシは感謝で胸が一杯になった。
「じゃあ……篠原さんくれぐれも注意して探してください。あ、爆弾処理班も待機させて下さいっ!」
 そう言ってトシは屋上のヘリポートに向かった。
『おい、いいのか?あんな事言って……』
 珍しくリーチがやや気弱に言った。
『僕は……何かある前に絶対恭眞を助けてみせる……』
 トシが教えたのは嘘の場所だったのだ。
 相手が嘘だと疑わないであろう場所……
『もし……もしもの事があったら……僕はそんな事は考えないから……』
 
 ヘリは既にプロペラを回して居た。
「隠岐さんですか?」
 操縦士はそう大声で叫んだ。回るプロペラの音がかなり大きいからだ。
「はいっ!そうです。宜しくお願いします!」
 トシも負けずに大声でそういい、はためくスーツの上着を押さえながらヘリに乗り込んだ。
「成田までの道のりを追いかければ良いんですね」
 こちらを見ず、操縦に集中しながら操縦士は言った。
「はい。紺のベンツです。上から見るともしかすると黒に見える可能性もあります。出来ればそういう車種が見えたら接近して低空で飛んでいただけるとありがたいのですが……」
「……そうですね。出来る限りやりましょう。ただ、映画では無いので余り接近することが出来ないんですよ。やれと言われたらやりますがね。下手するとこちらの接近で起きるはずのない事故が起こる可能性があるんです。警視庁なんてロゴの入ったヘリを飛ばすと、どうも皆さんこちらに気を取られるようで……」
 笑いながらも既にヘリを上空に飛ばした操縦士がそんなことを言って笑った。
「そうなんですか……」
 トシはそう言いながらも地上を見ていた。
 心臓がドクドクとものすごい早さで鼓動しているのが自分でも分かった。
 自分が馬鹿な賭をしたと分かっている。
 決して幾浦のことをどうでも良いと思ったわけではない。
 だがあそこで犯人に屈するのも腹立たしかったのだ。
 自分にとって一番大切な人を巻き込んだ相手を、社会から葬るにはどうしても例のものが必要だった。
 だからこそトシは賭に出た。
 必ず助けてみせるとトシは心の底から思った。
「呼びかけをする場合はそちらのマイクを使ってください」
「はい……」
 マイクを握りしめてトシは幾浦の無事を祈った。

 その頃幾浦は首都高を避け、インターチェンジで海外からやってきた本社の役員と休憩していた。
「幾浦君。日本の高速はどうしてこう、狭いんだね。もっとアメリカ的に広げたらいいんじゃないか……」
 本社の役員はそう言って、二杯目のコーヒーを飲んだ。
「まあ……小さい国ですから……この時間は混むんですよ」
 苦笑しながら幾浦は言った。
「ところで……以前君が巻き込まれた事件で……うちの会社は結構稼がせて貰ったよ。まあものは売れなくても、社名を覚えて貰うだけで、もうけ物だと役員会議で皆が言っておったが、意外にソフトも売れた。どうもうちの会社は外資系な分、日本でのネームバリューが無いのが悩みの種だったが、それもあれで解決したのだから、効果はあった」
 はははと笑いながら役員はそう言った。
「……はあ……」
 以前幾浦が事件に巻き込まれたことで、かなりの報道陣が会社にやってきたのだ。会社は迷惑がるどころか、これ幸いと自社を宣伝したのだから、幾浦はあの当時かなり困った。要するに、テレビで宣伝をするには金がかかるからそれは出来ない。だが、理由はなんであれ、メディアに社名を出せるのなら何でも良いのだ。別にこちらが犯罪を犯したわけではないので、堂々と社名のロゴをバックに記者会見を会社主導でしたのだから、まさにアメリカ的な戦略だ。日本の企業ならそんな事はまずしないだろう。
「又ああいうことがあったらいいんだがねえ~」
 不吉なことを言う……
 あんな経験など二度としたくはない……
 と、幾浦は思いながらも笑みを絶やさなかった。
「そろそろ行きますか?」
 言って幾浦は腰を上げた。
「そうだな……渋滞に又つっこむのかと思うとうんざりするが……」
 やれやれと言いながら役員も腰を上げた。
 休憩所から出、自分の車に向かおうとすると、どこかのタクシー会社の制服を着た中年男性が、幾浦の車の周りをうろうろしていた。
「何か?」
 幾浦が訝しげに聞くとタクシーの運転手は顔を上げた。
「あんたこの車の持ち主かい?」
「ええ。それが?」
「この車とあんたの事を手配してるよ。今本社にここに該当する車があることを報告したがね。良く事情は分からないんだが、警視庁からの協力要請らしいわ。あんたなんかやったのかい?」
「はあ?」
 突然言われたことに幾浦は驚いた声を上げた。
「幾浦君、君、一体何をやらかしたんだね」
 疑惑の目を役員は向けてきた。
「何かの間違いでしょう……」
 苦笑しながら車のロックを外し乗り込もうとすると、自分を呼ぶ声が頭上から聞こえ、それと共にヘリのプロペラの音が聞こえた。
 周囲の人間は皆そのヘリに釘付けになった。
「幾浦さん!そこの紺のベンツから離れてください。今すぐ距離を取ってください。その車に爆弾が仕掛けられている恐れがあります。これは訓練ではありません。今すぐ離れてください」
 ヘリのスピーカーから幾浦は利一の声を聞いた。その声でタクシーの運転手は先に走りだした。
 まだ状況が掴めない幾浦は上空を旋回する警視庁のロゴの入ったヘリを見たまま動けなかった。
「こちら警視庁捜査一課です。これは訓練ではありません。危険です。その紺のベンツに近寄らないでくださいっ!周囲におられる方も早く離れてくださいっ!」
 ヘリの扉を開け、半分身を乗り出した利一がそう言って叫んだ。
「幾浦君……」
 役員が幾浦の腕を掴んだ。
「はい……ただ事ではないようです。ここから離れましょう……」
 言って二人はようやく車から離れるように走り出した。
 その瞬間轟音と共に車が吹っ飛んだ。
「うわっ……!」
 爆風で、前に飛ばされるような形で幾浦と役員はアスファルトの地面に転んだが、幸い怪我は無かった。
 周囲にバラバラと車だった破片が落ち、火がついたものもあちらこちらに落ちているのが幾浦には見えたが、幸い怪我人は居ないようであった。だが驚いた人々が、声を上げて逃げまどっている。
 そんな中幾浦は身体を起こし上空を見ると、今の爆風でよろめくヘリが見えた。
 トシっ!リーチっ!
 自分のことよりトシ達の事が気になった幾浦は、すぐに立ち上がるとヘリを見る。すると暫くよろめいていたヘリであったが、体勢を建て直したのが分かった。
 ……良かった……
 深い安堵の溜息を付いていると、ヘリが向こう側にあるバス専用の駐車場に降りるのが見えた。
「幾浦君……どうして車が……」
 役員は転んだまま起きられずにそう言った。多分腰を抜かしてしまったのだろう。そんな役員に幾浦は手を貸し、立ち上がるのを手伝った。
「さあ……私にも何だかよく分かりません……」
 苦笑いしていると、利一が走ってきた。今どちらが主導権を持っているのか幾浦には分からなかった。
 だが……
「幾浦さんっ!怪我……怪我はありませんかっ!」
 蒼白に近い顔で利一が言ったことで、今主導権を持っているのはトシだと幾浦は分かった。リーチなら幾浦の事で、血の気のない顔をする筈など無いからだ。
「この通り大丈夫です……ところで、一体何があったんですか?」 
 と、幾浦が聞いているのだが、トシは聞こえないのか、幾浦の身体をパタパタと触って何処にも怪我がないかどうか確認している。
「隠岐さん?大丈夫ですよ」
 強い口調でそう言うと、こちらに触れていたトシの手が止まり、顔が上がった。
「良かった……」
 一瞬泣きそうな顔をし、すぐに表情は冷静なものへと変わった。今までおろおろしていたのが嘘のようだ。
 ああ……
 リーチに変わったんだな……
 トシが余程動揺しているようだ……
 幾浦にはそれが嬉しくもあり複雑だった。
「またこんな事に巻き込んで申し訳ありませんでした。私のいま関わっている事件に幾浦さんが巻き込まれたんです。本当に済みません……」
 そう言って深々とリーチは頭を下げた。
「いえ……この通り怪我もありませんでしたので……気になさらないでください。まあ……車は大破したみたいですが……」
 幾浦はそう言いながら、自分の車を確認するとまだ燃えていた。それをインターチェンジで働く男達がホースで水をまき、火を消そうと必死になっている。何よりこの休憩場の隣はガソリンスタンドだ。あちらで爆発しなくて良かったと本当に幾浦は思った。
「おーー、君が隠岐君だね~以前は世話になった。また世話になる」
 役員が嬉しそうな顔をしてリーチの肩を叩きながらそう言った。するとリーチは困った顔でこちらを見た。
「済みません。うちの会社の役員です」
 役員が、また以前のような事を企んでいるのが幾浦にはありありと分かったが、その場では言わなかった。
「車……あれではもう使えませんね……」
 ちらりとリーチは車を見て言った。すると、遠くの方からサイレンがけたたましく鳴り、消防車とパトカーが数珠繋ぎに走ってくるのが見えた。
「宜しければ……ヘリに同乗されますか?簡単な事情聴取を受けて貰うことになりますし、来て貰うにしても車があれでは……」
「渋滞で困っていた所なんです……逆に助かりますよ」
 幾浦は笑顔でそう言った。

 警視庁に戻り、幾浦の簡単な事情聴取を終え昼過ぎようやくトシは三係に戻ってきた。
『ねえ、リーチ……昨日の僕達のこと……あいつら知ってるのかな……』
 トシは不安げにそうリーチに聞いた。
『違うだろ……昨日の晩は誰も尾行は付いてなかったしさ。利一が会った人物誰でも良いのなら、ユキが巻き込まれた可能性だってあったんだ。それが無いって言うことは過去の事件を調べて、崎斗が幾浦を人質に取ったのを見つけたんじゃないのか?多分そういう事情で幾浦がまた巻き込まれたんだろう……』
 リーチはそう言った。
『そっか……』
 トシにとってあの事件のことは今思い出しても胸が痛いのだ。
『でもまあ、あいつもよっぽど運が強いよな。あんなところで茶を飲んでたって言うんだから……全く……』
 はははと笑ってリーチが言った。だがトシにすると笑い事ではない。助かったから良かったものの大怪我をしていたかもしれないのだ。
『僕は寿命が縮んだよ……』
 溜息をつきながらトシは言った。
『爆発したって事は、こっちが教えた情報が嘘だって分かったって事だ。あちらさん、かなり頭に来てるぞ~』
 楽しそうな声でリーチはそう言った。
『分かってるよ。でもそこまでして隠したい物ってなんだろうね』
 トシは中身が何であるかは知らないのだ。
『これで、昔書いた絵とか出てきたら笑うぞ』 
『馬鹿なこと言わないでよ……どうしてリーチはそうちゃかすんだよ……僕ホント頭に来てるんだからねっ!』
 ムッとした口調でトシは言った。
『へーへーっと。里中係長が来たぞ』
 リーチがそう言うので顔を上げると、里中が目の前に居た。
「隠岐君、良かったな」
 そう言った里中の表情もホッとしていた。
「はい……皆様にご迷惑をかけてしまいました……済みません……」
「いや、君の友人が無事で何よりだ。それより夕方の合同会議……君が言っていたように話を進めていいのかい?私は構わないが……」
「ええ。お願いします。今晩が勝負になるかと思うので……」
 トシは意味ありげにそう言って微笑んだ。
「……どこから漏れているのか分からないが……身内を疑うのはかなり辛いなあ……」
 苦笑しながら里中は言った。
「済みません……宜しくお願いします……」
 申し訳なさそうにトシは言った。
『さて、ひっかかってくれないと、困るんだよなあ~』
 リーチは言ってくすくすと笑った。
『駄目なら駄目でもいいよ。うん』
 意外にトシは腹をくくっていた。
 その日の夕方合同捜査会議が始まった。広い捜査会議の部屋は一番前に公安、二係、三係、特殊二係のそれぞれ係長が座り、緒方が犯人という流れで進んでいた。そして会議半ばで里中が言った。
「そう言えば隠岐君は何か情報を持っているはずだな……」
 すると他の係の係長が不思議な目でトシを見た。
「ええ。緒方が犯人ではない証拠を掴んでいます。ただ、まだここには無いのですが……」
 そう言うと、二係の小安係長が「本当かね……」と訝しげに言った。
「君と緒方が友人関係であるから庇って居るんではないのかね……」
 不機嫌そうに公安の村井係長が言った。
「そうおっしゃるのなら……明日その証拠を持って参ります」
 トシははっきりとそう言った。すると会議室に座っている捜査員がざわめいた。
「分かった。では明日もう一度会議を開くことにしよう。念には念を入れた方がいいだろう。逮捕状はいつでも取れる。それに緒方は今動ける状態ではない。逃亡の恐れも無いのだから数日逮捕が遅れたと言っても差し支えは無いはずだ。逆に本当に緒方が犯人で無かったとしたら、またマスコミに騒がれる……それは避けたいからねえ……」
 里中はそう言ってトシをフォローした。
「ありがとうございます。明日必ず持ってくるように致しますので……」
 そこで会議はお開きになった。
 捜査員がバラバラと退出するのと同じくして、トシ達も会議室から出た。意味ありげにこちらを見て頷く里中に軽く会釈する。
『さってと~んじゃま……夜に取りに行きますか……』
 リーチは楽しそうにそう言った。
『餌はぶら下げたけど……誰か来るかな……』
 トシはおもむろにそう言った。ああいえば、自分達を追いかけてくる人間が居るだろうと思ったのだ。
『釣り上げられると思うぜ……』
 わくわくしている。
『リーチ……すっごい楽しそう……』
 呆れた風にトシは言った。
『久しぶりに人を殴れるだろう~楽しみだよ』
 もうこれでもかと言うほど嬉しそうだ。
『何を言ってるんだよ……全く……。逮捕!逮捕だからね』
 トシはげんなりしながらそう言った。

 夜、交替したリーチが問題の校舎裏にやってきた。既に自分が警視庁を出たところでつけられていたのは承知の上だった。
 そのリーチは何も気が付かないふりをし、左手に懐中電灯、右手にスコップを持っている。そうして緒方が言っていた、大きな木の下を掘り、ビニール袋に包まれた書類の束を見つけた。
 その瞬間、後ろからライトが当てられた。
『リーチ……何人?』
 トシには気配を読むことが出来ないためにリーチにそう聞いたのだった。
『三人……』
 トシにそう言いながらリーチは立ち上がって、ライトの方向を向いた。だが逆光になっていて相手の顔が分からなかった。
「昼間はよくも嘘を教えてくれたな。何が緒方家の墓石の下だ。骨壺しか無かったぞ。刑事が嘘を付いていいのか?」
 真ん中の男がそう言った。
 その声は朝電話を掛けてきた男の声だった。
「……汚い相手には汚い手を使うしか対抗手段がありませんでしたので……」
 ニッコリ笑いかけてリーチは言った。
「んだとっ!」
「よしなさい……。そんな事はどうでもいい……その手に持っている物を大人しく渡して貰おう」
 右端の男がそう言った。やはり顔が見えない。
「嫌だと言ったら?」
 リーチは不敵に言った。
「君は死にたいのかね?」
 呆れた風に右端の男が言ってこちらに銃を向けていた。
「いえ……死にたいなんて思っていません。助けて欲しいですよ」
 あくまでリーチは冷静にそう言った。
「なら……それを渡すんだな……」
 左端のやや太った男が言った。
「これにどんな価値があるんですか?」
 手に持った袋を左右に振ってリーチは言った。
「君には関係ないだろう」
 銃を持った右端の男がイライラしながら言った。
「どうせ……私はここで殺されるんですよね……」
 溜息を付いてリーチは言った。
「なんだ分かってるじゃないか……」
 真ん中の男が言った。
「よせ」
 左端の男がそう言って真ん中の男を止めたが無駄だった。
「お前を生かしておくと思ってるのか?散々こけにしやがって……。緒方に色々聞かされてるかもしれないお友達を生かして置くわけ無いだろう……。緒方の妹は、また身内が引き取りにいくさ。そうなりゃ緒方にしろ、退院したらどうせ刑務所に自分から入ってくれるだろうしなあ。いくら無実を訴えたところで、それがこちらに渡れば誰も信じちゃくれない。元々の段取りに全てが収まるだけだ」
 言って男が笑ったと同時に警笛が鳴った。
「何だ……」
「確保しろーーー!」
 里中の号令とともに、周囲がまるで昼間のようにライトで照らされ、三係の捜査員が雪崩れ込んだ。明るいライトに照らし出された三人が、突然のことに周囲を見ながらおろおろと逃げまどう。そんな中、三人の顔が警視庁の用意したライトによってその表情をはっきりと浮かび上がらせた。
「まさか……」
 絶句したのは里中だけではなかった。
『リーチ……』
 トシも余りのことに絶句して声が出なかった。
『ああもう……。俺は人間不信になりそう……』
 呆れたような声でリーチはそう言った。
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