Angel Sugar

「過去の問題、僕の絶叫」 第11章

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「どうしてリーチが出てくるんです?」
 益々困惑したような顔で名執が言った。
「あ、俺じゃあまずいってか?いいから座れよ……」
 言ってリーチはクイクイと手で椅子を指さした。名執はそれに促されるように椅子に座った。
 そうして事件の経緯をリーチは話した。
「……緒方さんは妹さんを人質に取られていたのは分かりますが、いままでの入院費を考えますと、別に人を雇った方が良かったのではないのですか?」
「あのな、身内を人質に取った方が、裏切らないだろう?有働はそれも全部頭に入れて、緒方さんを今まで飼っていたんだと思う。金が唸るほどある奴が一番怖いのは、やばいことを頼んだ相手が裏切ることだよ。その点、緒方さんにはどうにもならない相手を人質に取られてたんだ。まあ……最初の時点でそれを考えて引き取ったとは思わないけど……。途中で方向転換したんじゃないのか?身内で下手なことをした奴が出た。さあ、誰を人身御供に出せば丸く収まるか?ってさ。そうなるとあれだ、一番裏切らない相手を出すに決まってる。でないと枕高くして寝られないしな……」
 むうっとした顔でリーチは言った。
「……そうですか……だから手術で治る筈の彼女を生かさず殺さず治療していたのですね……」
 今度は名執が腹立たしげに言った。
「マジで治る?」
「ええ。カルテを拝見しましたが、かなり小さい頃に血中の酸素量を増やす手術を受けているようです。これは鎖骨下動脈を肺動脈に繋いで肺を通る血液を増やす方法なのですが、見たところ上手く機能していません。こうなると根本的な治療をしなければならないのでしょうが、彼女は数年前に脳膿瘍を起こしているんです。それが合併症として出ていたようでその間は手術は出来ません。が、今は落ち着いているようです。完全に治す方を選ばれるのでしたら、昔の手術した部分を元に戻し、問題のある心室中隔欠損を閉じて肺動脈の狭い部分を広げる事で治ります。ただ、一時的に心臓を止めて人工心肺を使うことで多少の危険があるんですが……」
 やや表情を曇らせて名執は言った。
「が?って何だ?やばいのか?」
「……そうですね、三十%~五十%の間で危険度があります。ですので保護者の同意が居るんですよ。彼女が二十歳を超えていますので、自分で同意書を書かれる場合は良いのですが……」
「俺達が受けた手術とどっちが危険だ?」
「貴方達が助かったのは奇蹟と言うんです」
 苦笑しながら名執は言った。
「じゃあ大丈夫だろ。このままじゃ死ぬしかないって言うなら、やるしかない。それよりずっとベットに縛り付けられて生きるより、元気になれるかもしれないっていう方を選ぶよ」
「それは彼女が選ぶことですよ。私達が説得することではありません。あくまで自分が決めて同意して貰わないと困るんですよ」
「堅いこと言うなよ。お前偉い外科医なんだろ。殺すなよ」
 リーチはそう言ってニヤと笑った。
「……偉い訳じゃないんですが……」
 肩をすくめて名執は言った。
「俺達はお前に助けて貰ったんだ。棺桶に首まで突っ込んでだぞ。その俺達が助かったんだから、大丈夫だって。やれやれ、人生には生きるか死ぬかっていう瞬間が絶対あるんだからさ。それを乗り越えなきゃな。で、お前は自信が無いのか?」
「自信はあります。あのくらいのオペはかなりこなしていますので」
 意外に名執は胸を張ってそう言った。その姿にリーチは満足げな目を向けた。
「お前がそういうなら大丈夫だ。要するに彼女が生きたいって思えば良いわけだろう?でも、見て分かると思うけど、昔に死のうとした事はあったみたいだけど、今は生きたいって思いが強いぞ。ああいう子はがんばれる」
「そうですね」
 緩やかに笑みを浮かべて名執はそう言った。
「で、お前、病院ではほんっと医者の顔してんな……むかつく」
 たったその一言が言いたいが為にリーチはトシと交替したのだ。
「……またそれですか?貴方だって刑事の顔してるじゃないですか……」
「あ、忘れてた。で、緒方さんは大丈夫なのか?」
 自分から振った話をそらせるようにリーチは言った。
「今は麻酔が効いているようですのでまだ眠っておられます。オペを担当した同僚に聞きましたが、腹部に出血、それと片方の腎臓が破裂していたようで摘出しています。その時の状況を伺いましたが良く助かったんですね」
「……実は一緒に落ちたんだけどな、緒方さんだけ怪我して、俺達はぴんぴんしてる。なんでだろうなあ……」
 リーチは自分の身体を見ながらそう言うと、名執は青い顔になった。
「貴方も精密検査に回ってください!!良いですね。なにがぴんぴんですっ!そういう人は突然倒れて亡くなることも多いんですよっ!」
 名執は立ち上がってリーチの腕を掴んだが、動く気は無かった。
「えーー……嫌だって。俺検査は嫌いだ。何処も痛くないんだからいいだろ。俺仕事忙しいし……」
 この名執の心配性はすぐに検査へと結びつくのだ。恋人が医者だというのも考えものだった。
「痛くなくても何処か出血していたらどうするつもりなんですかっ!」
 だが名執のものすごい剣幕でそう言った。
「してねえよ。してたら分かるって」
 分かるのかどうか分からないのだが、リーチはのほほんとそう言った。
「分からないから突然亡くなる人がいるんです!どうしていつもそうやって身体を大事にしないんですっ!」
 ぐいぐいと引っ張られてリーチが椅子から無理矢理立たされたところに篠原が走ってきた。
「隠岐!話聞いて……なにやってんの?」
「え?名執先生と力比べ」
 リーチは間抜けなことを言った。
「はあ?まあいいけど、それよりすぐに警視庁に戻った方がいい。色々進展してバタバタしてる。何より、緒方の家に捜査員が行ったらすっげー荒らされてたらしい。変だろ?この間うちの鑑識が全部調べてるのにだぞ」
 篠原は名執をちらりと見、そしてリーチを向いて言った。
『もしかして緒方さん、何か握ってるんじゃないの?それが見つからなくて警察が調べたところも一応調べたのかも……』
 トシがそう言った。
『だろうな。自分が全部罪をかぶって死んだ後の保証を取り付ける為に、何かで脅しをかけたんだろ。良い兄さんだよ……』
「と言うわけで先生。力比べは又今度にして下さいね」
 やんわりと名執の掴む手を外してリーチは言った。
「隠岐さん。分かってるんでしょうね」
 眉間にしわを寄せて名執は言った。
 かーなーり名執が怒っているのがリーチには分かった。
「……分かってます。またちゃんと来ますから……」
 肩をすくめてリーチは言った。
『ねえリーチ本当に身体大丈夫?』
『やばかったらベルが鳴ってる筈だろ。それがねえんだから大丈夫なんだって。鳴らないから俺、ビルの上からも飛んだんだし……』
 リーチはどんなときでも春菜の存在を絶対的に信用しているのだ。
「あ、名執先生。緒方さんどのくらいで麻酔が切れますか?」
 そうリーチが聞くと、名執は小さく溜息を付いて時計を確認した。
「そろそろ戻るはずです。ですが当分面会謝絶ですよ」
「ほんの少しだけ話しても良いですか?」
「……ICUに入られて居ます……」
 駄目だという事だろう。
「隠岐、何が聞きたいんだよ……」
 篠原がイライラと言った。
「じゃあ、先生がちょこっと聞いてきてくださいませんか?お願いします。本当に大事なことなんです。自分はガラス戸の向こうで見てますから……」
 リーチが手を合わせてそう頼むと、名執は「仕方ありません」と言った。
「篠原さん。私はちょっと緒方さんに会ってきます。警視庁には後から戻りますので……それと、由香里さんに警官をつけてください。彼女も危険かもしれませんので……」
「わかった。そう係長に言うよ。さっさと戻って来いよ。なんだか公安が怒ってるらしいから……お前にさ」
 ニヤリと笑って篠原は去っていった。
『公安の佐波管理官がご立腹です~』
 はははと笑ってリーチは言った。
『……僕あの人絶対許さない。だって、知ってたはずだよ妹さんのこと……それは僕たちに話さなかった……それがむかつくんだ』
 既に主導権はトシに変わっていた。

「緒方さんにまず、妹さんは私が連れ戻して今この病院に無事に居ることを伝えてください。それから、これが肝心なんですが、緒方さんが隠しているものが何処にあるか教えて貰ってください。聞きたいのはそれだけなんです。それが先に向こう側に渡るとどうにもならない状況になるんです」
 トシは歩きながらそう名執に言った。
「分かりました。ですが、こちらが危険だと思えばそこで会話は中断します。それで宜しいでしょうか?」
「ええ。分かっています」
 ICUの前には一課の鈴木が立っていた。
「隠岐、お前帰れと言われてたんじゃないのか?」
 鈴木は驚いたようにそう言った。
「そうなんですけど……ちょっと用事が……」
 ははと笑いながら、さっさとトシは名執の後に付いて入った。
 手を洗い、手袋をはめ帽子をつける。そしてスーツの上着を脱いで決められた服を上から着た。
 ICUに入る手前のガラス戸が自動的に開閉し、中に入ると定期的な機械音が小さく聞こえている。数人の看護婦がもう一つあるガラス戸から出たり入ったりをして忙しく働いていた。
 トシは名執に言われたように、ベットの置かれている部屋へと通じる手前のところに立ち、中に入る名執を見守っていた。
 こちらの部屋の窓全体がガラス張りになっているため、ベットの置かれた部屋がよく見える。
 じっと見ていると、名執は六つあるベットの左から二番目の所に立ち、こちらを向いて頷いた。
 あれが緒方さんだ……
 口元に酸素注入をつけられているところを見るとかなり重症のようだった。白い毛布から出ている腕にはいくつか点滴もぶら下がっている。
 名執は近くにあった椅子を引き寄せて、小さく緒方に語りかけていた。するとやや緒方の頭が動き、こちらを見たような気がした。
 トシは思わずガラス戸に手を当ててへばりつくように中の様子を窺った。
 暫く名執は何かを話しているように見えるのだが、こちらまでその会話は当然のごとく聞こえない。
 そうして名執は立ち上がると、ちらりと緒方の背後に置かれた機械をチェックし、こちらに向かって帰ってきた。
「名執先生……」
「こちらからでは随分重病に見えてご心配でしたでしょう。でも大丈夫ですよ。脈もしっかりしていますので、明日には一般病棟に移せるでしょう。ところで、緒方さんは弱々しかったですが、はっきりと話をされました。まずトシさん……貴方にありがとうと……」
 それを聞いたトシは、自分が今利一であるにも関わらず、涙が出そうになった大丈夫なのだという安心感で胸が一杯になったのだ。
「それで……例の話は……」
「ええ、貴方にお任せするとおっしゃっていました。ものは秘密の場所にある大きな木の下に埋めたとおっしゃっています。分かりますか?」
 秘密の場所……
 いつも二人で会っていた所……
 校舎裏の広場にある大きな木……
 その下に埋めたのだ。
「……はい。分かります。ありがとうございました」
 名執に深くお辞儀をすると、トシはその場を後にし、警視庁に戻った。
 
 警視庁に戻るとトシは一課にはまず入らずに、いるかどうか分からなかったが、管理官の田原の元に向かった。
「隠岐君、君は一課に戻れと言われていなかったのかね……」
 今帰ってきたばかりなのか、スーツの上着をハンガーに掛けて田原は言った。
「管理官……お話が……」
「……佐波管理官から苦情が来ていたが、その件かね……」
 意外に笑いながら田原は言った。
「……それもあるかと……」
「まあいい、私も目黒の捜査本部から今帰ったところでね、それほど時間は無いのだが、話を聞こう。かけなさい」
 田原に促されるままトシはソファーに座った。
 そうして、トシは尾行をまいた後からの話を田原に聞かせた。
「新聞社の掴んだ情報は本人がリークしたのか……。で、その隠してあるものは一体なんだね。何処にあるんだ?」
「……それは多分私しか知らないと思います。それで相談なのですが、罠を仕掛けたいと思います」
 トシは顔を上げて田原にそう言った。
「罠?」
「誰が犯人かまだ分かりません。その隠されたものが何かも分かりません。ただ、一度警察が入った緒方のうちにまで再度何かを探しに誰かが入っています。ということはかなり重要なものだと予測されるんです。犯人はそれがどうしても欲しい筈なんです。場所は分かっています。だからそれを餌にしておびき寄せたいと思ってるのですが……」
「……そうだな……。それには信頼できる人員が居る。どうもこう、こちらの動きを先回りされているような気がして仕方ないんだが、隠岐君はどう思う?」
「関わっている部署と係が多すぎて、どこから漏れているのか全く分からないのですが……」
 困惑したようにトシは言った。
 とにかく人数が多すぎるのだ。
「それと面白い話を小耳に挟んだ。里中君から連絡を受けたんだがね。これはまだ何処の部署にも話していないのだが……といっても殺人事件はうちが担当なのだから、べらべら話して回る必要が無いというのが理由だが」
 目元を嬉しそうに細めて田原は言った。すると目尻に寄る皺が深くなる。
「何でしょう?」
「有働の息子、篤と言うのだが、素行が良くなかったらしい。まあそれは学生の頃の話で、今はそんな事は全く無いらしいのだが……。それで何が面白いかというと、三年前中野が殺された後暫くしてから海外に勉強のためと称して出国しているんだ。あの頃、中野とは全く関わり合いが無かったために捜査線上には浮かんでは来なかったのだがね。なんとなく面白いだろう?」
 言って田原は深くソファーに座り直した。
「……それで、篤を疑いの目で見て調べ直しは進んでいるのでしょうか?」
「その後の進展はまだ聞いていないな。三係に戻って聞くと良い。ああ、罠を張る話は少し待て、係長の里中君と話をしてからだ。あと問題の高校のある警察署とも連携を取らないとならんからな」
「管理官……この度はご迷惑をおかけしますが……宜しくお願いします」
 トシは立ち上がってお辞儀をした。本当に田原がこちらを信頼してくれないと何も話が進まなかったからだ。
「いや、誤認逮捕なぞさせられて恥をかきたくないんだよ。そのことでうちの部下が無能呼ばわりされるのも腹立たしい事だからな」
 言って田原も立ち上がり、笑った。
 
 その日の晩遅くトシがうちに一旦戻ると、自分のうちの扉の前で幾浦が立っているのを見つけた。
「恭眞……どうしたの……あっ……と……」
 ああもう。誰もいなくて良かった……
 かなり遅い時間な所為か、コーポの廊下には誰もいなかった。
 トシはそう思いながら幾浦に走り寄った。
「え、ああ。近くまで来たからな。居るかどうかだけ確認しにここまで上がってきたんだ」
 言って幾浦は苦笑した。
「そう、僕たち殆どうちに帰ってなかったから……。今日久しぶりに帰ってきたんだ。お茶でも入れるけど……入ってよ」
 トシは言いながらキーを取り出し、住まいの扉を開けた。
「じゃあ……ごちそうになるか……」
 幾浦はそう言って自分も玄関に入った。
「あ、もう適当にその辺に座ってて。今入れるね」
 トシは台所に立って、電気ポットを取り出し水をいれ、電源を入れた。
「……全く……いつ来ても狭い部屋だな」
 部屋は1DKで、その為仕切る扉がない。狭い所にベットを入れているのだからよけいに狭い。
「だって殆どここに帰らないから……広いところを借りて家賃払うのもったいないんだもん。リーチは雪久さんのところで、僕は恭眞のうちにいくだろ?益々ここ、誰も住んでない状態になるんだって」
 トシは湯飲みを出しながらそう言った。
「夕刊を読んで……驚いて来た」
 幾浦は自分もキッチンにはいると椅子に腰をかけて言った。
「あれは……緒方さんが自分でリークしたんだ。嘘だよ」
 まだ沸かない電気ポットの上部に手を置いてトシは言った。
「そうか……」
「もうすぐ解決するから……」
 トシがそう言って振り返ると、幾浦がいつの間にか真後ろに立っていたため、向かい合わせになった。
「……」
「トシ……本当の所どうなんだ?」
「何が?」
 何を聞かれているのかトシには分からなかった。
「……ああ……」
 幾浦は両手をトシの腰に回し、自分の方へ軽く引き寄せた。
「恭眞?」
「不安なんだ……」
 そう言った幾浦の声は本当に不安げであった。
「不安?」
「……緒方にお前をもって行かれそうな気がして……」
 幾浦はそう言って自分の顎をトシの頭にのせた。
「そんな事は絶対ないから安心して……」
 目を細め、幾浦の体温を感じながらトシは言った。
「お前が傷つきそうで怖い……」
「……恭眞……大丈夫だから……本当に大丈夫だから……」
 自分も手を回し、幾浦にしっかり抱きついてトシは言った。
「事件のことを話せないだろうと思う……だが……少しで良い。話してくれないか?二度とこんな事を聞きたいと言わない。だから……」
 やや身体を離し、幾浦はこちらを覗き込むように言った。
「……それは……駄目だよ。全部片が付いたらきちんと話すから……もう少しまって欲しいんだ。僕が真面目すぎるのかもしれない。だけど……」
 今はまだ話せないのだ。
 明日からはまた一悶着ある。疑っているわけではない。だが何処で誰が聞いているか分からないこの部屋では、安心できないのだ。確かに、ここに帰ってくる間に尾行者は居なかった。だからといって安心出来るわけではないのだ。
「済まない……今の言葉は忘れてくれ……」
 言って幾浦はもう一度トシを引き寄せてギュッと抱きしめた。その強い抱擁に息が詰まりそうになりながらもトシはホッとした安堵感を感じた。
「僕には恭眞だけだから……恭眞の存在が僕を強くしてくれる……本当だよ」
 幾浦に出会えたことで得たものは大きかったのだ。
 安らげる腕……
 そして何よりも精神的にかなり頼っているのがトシにも分かる。それは決してリーチからでは与えられないものなのだ。確かにトシは精神的にリーチに頼っている事が多い。だが幾浦だけが与えてくれるものをトシは知っている。そして身体で感じている。
 どんなことがあっても失いたくないのが幾浦という存在だった。
「トシ……」
 確かめるように幾浦はトシの頬に手をかけて、触れるようなキスを落としてきた。
「恭眞……ごめんね……」
「いや……心配性なんだ……私は」
 小さく咳払いをして幾浦は言った。
「あ、お湯沸いたみたい……」
 コトコトと沸騰するのが聞こえたトシは首だけを横に向けて電気ポットを見た。
「そんな事は良いから……」
 言って幾浦はトシの上着に手をかけた。
「恭眞……僕……」
「……触れさせてくれ……お前に……」
 するりと上着を床に落とされ、トシは顔が真っ赤になった。
 待って……
 ここ?
 ここでするの?
 内心慌てていると身体を抱き上げられ、ベットに運ばれた。
「恭眞……恭眞……あの……あのううう……」
 既に組み敷かれた身体は動かない。
「まさかリーチが起きてるとは言わないだろうな?」
「ううん。スリープしてるけど……」
 幾浦が扉の前に居るのを見たリーチはその時点でスリープしたのだ。
「なら良いだろう?」
 と、そんな会話の最中もどんどん服は脱がされているのだ。
「恭眞……」
「何だ?ここまで来てお預けか?」
 くすくすと笑いながら、幾浦が今度服を脱いでいた。
「……うう。僕明日早いんだけど……」
「私もだ……明日は海外からお目付役が来るからな……都内を案内しなきゃならない……」
 そういう幾浦は既にトシの首元に舌を這わせていた。困ったことにそれがとても気持ち良いのだ。そうであるから拒否する手に力が入らない。
「……恭眞……」
 困ったようにそう言うのだが、全く拒否になっていなかった。それはトシ自身にも分かっていた。
「トシ……愛してる……」
 真摯な、そして真剣な表情の幾浦が切なげな目を向けてくる。そんな幾浦にトシは身体が熱くなるのを感じた。
「……僕も……好き……」
 言ってトシは幾浦の首に手を回し、その頭を自分に引き寄せた。
「愛してるだろう?」
「……うん。愛してるっ……あっ……」
 まだトシの力無いモノを、いきなり幾浦によって握り込まれ、トシは声を上げた。
「や……」
「この方がいいか?」
 握り込んでいた手が微妙に動くと、トシはその刺激で膝が折れ曲がった。その指先に酷く力がこもっている。
「……うん……んっ……あっ……そ、そんなっ……やっ……」
 ユルユル動いていた手が、急に激しく動かされ、トシは身体をビクビクと痙攣させた。その間に幾浦は、柔らかい胸の突起を口に含むと、舌で転がした。するとプッツリと立ち堅くなってくるのがトシにも分かった。
 ああああ……
 恥ずかしい~
 まだ理性のあるうちだと、トシはとにかく自分の身体の反応が恥ずかしくて仕方ないのだ。
 身体の体温が上がることも……
 胸が立ってくることも……
 震える両足も……
 そして……
 勃ちあがる己の欲望……
 それらが気になって仕方ないのだ。
 僕は変じゃないよね……
 普通だよね……
 毎回そう思いながら、いつの間にかそれらを忘れて快感に浸るのだ。事が終わった後で、又恥ずかしい思いをするのだが……。
「恥ずかしがらなくても良い……まあ、そう言うお前が可愛いんだがな……」
 頬をにキスを落としながら幾浦は言った。
「……ん……そ……そうなの?……ひゃあっ……」
 自分のやや勃ちあがったモノと、幾浦のモノを一緒に握られ擦られると、トシは素っ頓狂な声を上げた。
「私のモノは熱いだろう?あそこで感じるだろ?」
「嘘っ……やっ……そんなの……やめてよっ……あっ……あっ……」
 堅くて熱い幾浦のモノがトシのモノと擦れあい。普段感じられない快感がトシの背を這うのが分かった。下半身がその心地よさにどんどん麻痺していく。何より室内に響く淫猥な音が余計に自分の快感を煽るのだ。
「あっ……やっ……いやだよっ……あああっ……」
 恥ずかしくてトシは顔だけを横に向け、両手で自分の顔を隠してそう言った。だが幾浦は自分の行為を止めようとはしなかった。
「そうだな……トシはここがイイんだな……」
 腰の動きを止めて幾浦は指をトシの後ろに回した。そして堅くすぼまった部分を指でつついた。
「ひっ……あ……も……やっ……」
 かああっと顔を赤くし、トシは言ったが、幾浦はそんな言葉では怯まず、既にこぼれ落ちている白濁した液を指につけ、そのまま堅い部分に差し入れた。
「……んっ……あっ……」
「……うーん……触りにくいな……」
 そう言って幾浦はトシの両足を自分の肩にかけさせ、腰が浮いた状態でまた蕾を弄びだした。
「こんな格好嫌だよ……」
 恥ずかしくてもうどうしていいか分からないほど顔を赤らめたトシはそう言った。だが指が入れられると、その声が詰まった。
「……んっ……ん……」
「恥ずかしくないぞ……恋人どうしが愛情の確認をしているのに何が恥ずかしいんだ?私はそれの方が不思議だが……」
 楽しそうな声で幾浦は言った。
「んっ……ん……あっ……あっ……ああっ……」
 目の奥がじいんと痺れたような快感があった。
 ああもう……
 僕こうなると駄目だ……
 訳が分からなくなる……
 トシはそんな事を思いながら幾浦に身体を任せた。
 何度も指先で抉られ、そのたびに声を上げながらもトシは酷く満足していた。誰かに必要とされるということは、自分にとても価値があるように思えるからだ。
 自分を認めるのが怖かった。
 自分を見つめるのも怖かった。
 それが幾浦に会ってようやく自分自身と向き合うことが出来たのだ。
 幾浦が支えてくれたからそれが出来た。
「トシ……信じているから……」
 意味ありげに幾浦はそう言った。その言葉にトシは頷いた。
 何も心配しなくて良いのだ。
 後は明日からの事だった。
 全て丸く収まるだろう。
 それで良いのだ。
 綺麗な思い出を取り戻すことが出来る。
 そして過去を本当に過去にすることが出来る。
「僕は……とても幸せだよ……恭眞……」
 トシは満面の笑みを幾浦に向けた。

「ふあむ……」
 翌朝、欠伸をしながらトシは警視庁に向かっていた。今朝は幾浦と二人で朝食を取ってお互いの仕事に向かったのだ。
『……なあ……やったな?』
 リーチが呆れたようにそう聞いてきた。
『うるさいよ……ほっといて。あのさあ、いちいちそう、報告しなくても良いんじゃないの?一度言おうと思ってたんだけど……。そっとして置いてくれたらいいだろ。リーチだってお構いなしなんだから……』
 言いながらも欠伸がまた漏れた。
 そうして警視庁の玄関までくると携帯が鳴った。見ると誰がかけてきたのか分からない電話番号だった。
「隠岐ですが……どちら様でしょう……?」
「例のものは何処に隠されて居るんだ?」
 電話向こうの男はそう言った。
『おい、なんだこいつ……』
 リーチがそうバックで言うのを無視し、トシは聞いた。
「何をおっしゃっているのか分かりませんが……どちら様でしょう?」
「とぼけるんじゃない。緒方が隠したものだ。お前だけがICUに入ったことは確認済みだ。さっさと言え」
 男はイライラとした口調で言った。
「……緒方さんとは話は出来ませんでしたよ」
 トシはそう言った。
「……いいのか?お前の友人の幾浦とか言ったな。奴の車に何が仕掛けられているのか分かってるのか?正直に言えばタイマーを止めてやるが?」
「なっ……」
 その言葉でトシは一気に目が覚めた。
「冗談を言っている訳じゃない。信用するかどうかはあんた任せだが……。そうなるとご友人の死体とご対面になるだろうがね」
 くくくと男は含み笑いをしながら言った。
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