Angel Sugar

「過去の問題、僕の絶叫」 第9章

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 三人が落ちたのは双子ビルの間にある連絡路の上部であった。その通路は他のものと違い、丁度屋上より二階ほど下の部分にあった。そこに緒方が先に落ち、その手を空中で掴んだリーチが次に落ちた。
「つう……」
 リーチはすぐに身体を起こし、緒方の方を見ると下半身部分が、下にずり落ちそうな態勢で通路の上部にうつぶせになっていた。
『リーチっ!落ちちゃうっ!』
『分かってるっ!』
落ちた衝撃でも緒方の手を掴んでいたリーチは、緒方に引きずられるまま自分も落ちそうになる身体を突っぱね、落ちた衝撃で気を失っている緒方を引き寄せようとした。
「……手を……離してくれ……」
 緒方は意識を取り戻したのか、そう言って顔を痛みで引きつらせていた。
 どっか折ってるかもな……
 こっちは大丈夫みたいだけど……
 リーチはそんなことを思いながら、緒方のその言葉を無視し、半分ずり落ちている緒方の身体を完全に引き上げた。
 そうして先程いた屋上を見ると、警備員が「大丈夫か!」と叫んでいた。それに向かってリーチはとりあえず手を振って無事を伝えた。多分、この通路の上部を開けて誰かが助けてくれるだろう。それまでまたこの男が馬鹿なことをしないでいてくれると良いんだが……とリーチは思いながら緒方の様子を窺った。だが掴んでいる手は離さない。
「トシ……頼む……」
 絞り出すような声で緒方は言った。
「駄目です」
 リーチはそう言って掴んでいる手に更に力を入れた。
「死なないと……駄目なんだ……」
 小さな声で緒方は言った。
「癌の末期とか冗談でも言わないで下さいね……」
 俯く緒方の身体を仰向けにして、胸元や腹の部分を触ると、どうも内出血を起こしているような気配だった。顔色も酷く悪い。
 まず……
『リーチ……僕……』
 トシが心配そうに言ったが、この状態で交替はできない。もし何かあれば、トシがそれに対処できないからだ。
『後でゆっくり話しろ……この状態では交替は無理だ』
『分かってる……だから……リーチが聞いてみて……』
「緒方さん……どうしてこんな馬鹿なことするんですか?」
 そう言うと緒方はうっすら開けていた目を閉じた。
「俺が殺したんだ……」
「まだそんな事を言ってるんですか?」
 リーチが呆れたように言うと、緒方は小さく身体を身じろぎさせた。
「……妹がいる……」
「妹?」
『そんな話し聞いてたか?』
 リーチがそう言うと、トシは『知らない……』と言った。
「小さい頃から……身体弱くてさ……今まで病院から出たこと無いんだ。そのうえあいつ……目が見えないんだ……生まれつきな。親父やお袋は……そんな金食い虫の妹をやっかい扱いしてた……。俺も……バイトしたりして金親に渡してたよ。それでも親父の事業が上手くいってるときはなんとかなったんだけど……事業に失敗して……あのとき……転校じゃなくてやめたんだ……高校をさ……金払えなくなったって奴だ……親父達の事故は……事故じゃなくて心中しようとしたんだ。でも俺だけが生き残った……あと……病院にいる妹だけな……」
 そう言って緒方は息を薄く吐いた。
「……後の話は病院で聞きますから……」
 緒方の様子から、その身体の状態が良くないことに気が付いたのだ。 
「……いや……お願いがあるんだ……」
「何ですか?」
「トシに……近づいたのは……情報を聞き出すためだった……そうするように言われたんだ……でもできなかった……。好きな相手を利用するなんて……思わないよな……。ほんとうに……事件で新聞に載ったトシを見て……初めて俺は……目と鼻の先にトシがいることを知ったんだ……。もっと……普通に再会するつもりだったのに……」
 そこで通路の天井部がレスキュー隊によって破られ、オレンジ色の服を着た隊員が顔を覗かせた。
「大丈夫ですか?」
「私は大丈夫です。でもこちらの方が……内蔵のどこかを出血させているかもしれません。身体を固定して下ろして貰いたいんですが……」
 リーチがそう言うと、隊員は頷きまた顔を引っ込めた。
「もう大丈夫ですよ……」
「……終わりだ……」
 そう言って緒方は涙を落とした。
「緒方さん……」
「……俺は妹の由香里を人質みたいにとられてて……あいつの入院費は……有働が出してくれてるんだ……だから俺が犯人でないと……駄目なんだ……」
「妹さんは何処に?」
 そう言っている最中、レスキュー隊が安全帯を腰につけ、担架を持って、上がってきた。そうして手際よく緒方を担架に固定し、通路に下ろした。リーチはそれに付き添った。
「お友達ですか?」
 エレベーターで搬送中、レスキュー隊員が聞いてきた。
「ええ」
 それに答えたのはトシだった。

 一階に下りると人だかりの山だった。その中に見知った顔も見える。
『有働様の手先かな~』
 リーチは馬鹿にしたようにそう言った。
『それより……何処に連れてかれると思う?』
 嫌な予感がトシにはしたのだ。
『まず……俺に変われ……ユキに電話する』
 救急車に乗せられ、走り出すと、リーチは頑固に「警察病院に行ってくれ。行かないとここで逮捕する」と言った。すると、仕方無しに救急車はその方向に向かって走りだした。
 そこでリーチは警察病院にいる名執に携帯で電話をかけた。
「もしもし……警視庁捜査一課の隠岐ですが……」
「リーチ?」
 名執は驚いた声でそう言った。
「そうです。それで、今救急患者を運んで居るんですが、緊急手術していただけませんか?訳有りで、信用のおける病院に連れて行きたい人が居るんです」
 そうリーチが言うと、名執はバックで誰かと話し、また電話口に戻ってきた。
「私は他のオペがあって執刀出来ませんが、信頼できる同僚に任せます。それでよろしいですか?」
「……し・ん・ら・い、できる同僚さんですね。はい。それで結構です。それでですね。出来たら人の出入りを制限できる個室に入れていただきたいのですが……。うちの捜査員にすぐに入り口を固めて貰うように言います」
 なんてこういう状況であってもリーチは嫉妬心全開だった。
 全くもう……リーチって……
 トシが呆れているのも知らずにリーチは名執と話を続けた。
「分かりました。すぐ手配します。もう来られるんですか?」
「もうそちらの建物が見えてます。宜しくお願いしますね。あ、それと田村さんを貸して貰えたら嬉しいですけど……」
 田村は名執の予定などを取り仕切っている、看護婦だった。
「……事情は分かりませんが……田村さんにそう言っておきます」
 そうして通話を終えると、リーチは応急処置をされた緒方に聞いた。
「緒方さん。妹さんは何処の病院に居るんですか?」
「……埼玉の……」
「今、話しかけないでください……」
 救急隊員がそう言ってリーチを制止するのを、手で払った。
「埼玉の?」
「大宮にある……井村療養所……」
 それだけ言うと緒方は意識を失った。同時に車は警察病院の救急入り口に滑り込んだ。
「もしもし……隠岐です。今、警察病院に居るんですが、例の緒方が自殺を図ろうとしました。また自殺の恐れがありますので、篠原さんと他に山名さんにこっちに来て見張って貰いたいんですけど……ええ、今から緊急手術をしますので……私ですか?ちょっと他に用事があるのでそちらに向かいます。詳しい事情は後ほど……」
 そうしてリーチは、キャリアーに乗せられ運ばれる緒方を手術室まで見送った。その扉の前で、名執の言う信頼できる同僚が入っていくのをジロリと睨み、きびすを返そうとすると田村が走ってきた。
「隠岐さん……何でしょう……名執先生から隠岐さんが用事があると聞いて居るんですが……」
 丸っこい身体を揺らしながら田村は言った。 
「あの、病院を検索できるパソコンってありましたよね……ちょっと貸していただきたいんですけど……」
「……それは……普通は困りますが……隠岐さんなら……」
 困ったような顔で田村は言った。
『はい、トシちゃん出番だよ~井村療養所確認してよ~』
 リーチは嬉しそうにそう言った。
『もしかして、リーチ今からそっちに行って、妹さんを奪還する気でいるの?』
 田村の後ろをついて歩きながらトシはリーチに聞いた。既に主導権は切り替わっている。
『ったりまえだろ……』
『動かせない重病人だったらどうするの?』
『あ……どうしようか?』
 リーチはそんな事考えていなかったようだ。
『……田村さん連れて行く?』
 トシはいきなりそう言った。
『お前……そりゃ……まずいだろ?』
 驚いた声でリーチは言った。だが、医療の心得を持っている人間を連れて行かないと、何かあっては逆に問題だからだ。
『でもほら、由香里ちゃんに何かあったとき、僕たちじゃどうしようもないよ……』
『確かに……う~ん……お前が説得しろよ。俺知らないからな』
 都合の悪いことからはすぐに逃げ出すリーチなのだ。
『分かった……んも~リーチってすぐそれなんだから……』
 ぶつぶつ言いながらトシは田村の指さすパソコンの前に座った。
「病院の検索だけですよ。個人情報は駄目ですからね」
 きつ~く田村に言われ、トシは真面目に「分かりました」と言った。
 パチパチとキーを叩き、検索すると、すぐに住所が分かった。それを一応手帳に記入し、簡単な館内案内図を頭に入れた。
「ところで田村さんはまだお仕事ですか?」
「今日は日勤なのでもう帰るんですよ。それがどうかされました?」
 ニコニコとした顔で田村は言った。
「ちょっとつき合って欲しいところがあるんですが……旦那様にしかられちゃいますか?」
 くるくるっとした大きな瞳を田村に向けると、何故か顔を赤らめた。
「いやだわあ……子持ちのおばさんを誘っていいの?」
 なんて言いながらもまんざらじゃない顔だった。
「はは…田村さんの看護婦としての力量をお借りしたいんです。捜査協力っていうものですけど……駄目ですか?田村さんが駄目っておっしゃったら、私は本当に困ってしまうんですが……」
 苦笑してトシが言うと、田村は快く「いいですよ」と言った。その田村は何だか子供のようにわくわくした目になっている。
『なんか……楽しそうなんだけど……田村さんって結構こういうの好きとか?』
 リーチが退いたようにそう言った。
『何でもいいよ。来てくれたら……』
 トシはホッとした顔でそう言った。
「で、私は何をしたらいいんでしょうか?」
「玄関に降りて、他の刑事を待ちます。もう言っている間に来ると思うんですけど……」
 トシがそう言って椅子から立ち上がると田村が聞いてきた。
「私……この格好でいいんでしょうか?」
 その田村にトシは苦笑しながら頷いた。

 病院の玄関まで降りてくると、タイミング良く、警視庁からやってきた篠原達の乗る覆面パトカーが玄関に止まった。
「隠岐っ!どうなってるんだ?」
 何故か係長の里中までやってきている。
「あ、いえ。色々ありまして……。自殺未遂を計ろうとしたのを止めたのですが、まだ自殺の恐れがあるので……今は手術中です。あと宜しくお願いします」
 それだけ言うと、田村の手を取って覆面パトカーに乗り込んだ。
「おいっ!」
 トシは窓から顔を出して「ちょっと借ります」というとさっさと車を走らせた。バックミラーで確認すると、それを里中達が呆然と見送っていた。
「なあ……隠岐……俺居るんだけど……」
 後ろからシートを掴んで困惑した顔で篠原は言った。
「あっ、篠原さんっ!」
『馬鹿……何やってるんだよ……』
 って、リーチ言ってくれなかったじゃないかああと心の中でトシは悪態をつきつつ『うん。ごめん』と言った。
「あの、篠原さん。悪いんですけど、ちょっとつき合ってくれませんか?道々話しますので……」
 トシはそう言って、緒方が何故自分が犯人になろうとしたかの理由を話した。もちろん、トシに恋愛感情があるというのは除いてだ。
 聞き終わると、田村が涙していた。
「そりゃ……お前、助けてやらないと……おっしゃー!俺はやるぞ!俺は刑事だ!」
 訳の分からない事を言って篠原は張り切りだした。当然、田村もやる気満々だ。
『おい……なんか……いいのかこんなに巻き込んで……俺はいいけどさあ……』
 リーチが呆れたようにそう言った。
『仕方ないよ……でもさあ、下手したら刑事が誘拐することになるんだけど、その辺篠原さん分かってるのかなあ……田村さんもだけど……』
 トシは溜息を付いてそう言った。
 普通は止めるだろう…… 
 だがまあ篠原の良いところはそこなのだ。情にもろくて、少々頼りないのが篠原という男だった。
 約一時間ほどで、井村療養所についたは良いが、既に門は閉じられていた。その近くに車を止め、四人は車から降りた。
 建物は二階建てのどう見ても個人経営の病院だった。明かりは今の所全部ついているのか、窓には患者らしき姿が、カーテン越しに映っている。玄関に続くスロープは明るく電灯に照らされ、玄関には警備員というより、何か胡散臭そうな男が二人立っていた。
「あ、ここ……」
 その建物を見て田村が言った。
「なんですか?」
「いえね、井村療養所ってどこかで聞いたことあったんですけど……ほら、良く政治家が使うじゃないですか……。何か都合の悪くなったときに、心身不良だとかなんとか言って、病院に入院してしまうでしょう?ここ、そう言う療養所だったはずですよ。お医者様はいますけど、どちらかというとお金持ちの人で都合の悪い人が隠れるのに使うところです」
 そう言って田村は建物を眺めていた。
「あの……田村さん。田村さんはここで待っていてくれますか?危険な目には合わせられませんので……」
「ええ、私もそこまではおつきあいできません。何かあったら子供達の事もありますしね。隠岐さん頑張って下さいね」
 既に承知しているとばかりに田村は言って笑った。
「で、隠岐。何か作戦があるのか?」
 田村を車に残し、三人で建物に近づくと篠原が言った。
「……そうですね……正攻法で行きましょうか?」
 と、リーチが言った。
「正攻法って?」
「え、玄関から行くんですよ。それしか入れないでしょう……」
 ニッコリと笑ってリーチは言った。既にリーチは周囲をチェックしていたのだ。塀を越えようとしても、丁度上部に赤外線のセンサーがついている。そんなもので刑事が捕まるわけにはいかない。ならば、玄関から堂々と入るのが良いだろうと思ったのだ。後は入ってから考えればいい。
「お前って……」
 呆れた風に篠原は言った。
「じゃあ……篠原さんはどうするつもりだったんですか?」
「そりゃもちろん。塀を越えてだな、こっそり忍び込んで……」
 っておい、それじゃあ泥棒だろうとリーチが心の中で溜息を付いていることなど篠原は分からない。
「……何でも良いですけど……無茶しないで下さいよ……」
 既に締まっているゲートに沿って歩き、夜間用の入り口である、ハンガーゲートまで来ると、リーチはインターフォンを鳴らした。
「済みません。友人が酷くお腹が痛いと言いまして……こちらは病院ですよね。申し訳ないのですが、救急で見て貰えませんか?」
「お、隠岐?」
 それを聞いた篠原が驚いた声でそう言った。
「しっ、聞こえるでしょ。お腹痛がってくださいよ……篠原さんが病人です」
 リーチはインターフォンを手で押さえてそう言った。
 すると返事は「今、救急の先生はいません」と言ってきた。
「じゃあ……お薬だけでも良いですから……頂けませんか?お願いします。」
 そう言うと、インターフォンの向こうで何やら話し声が聞こえた。誰かが相談しているのだろう。
「ぎゃああああ……いてえええ……さっさとなんとかしてくれよ~俺、死んじゃうよ~死んだらお前らみんな呪ってやるからな~!新聞にだって投書してやるからなあ~わかってんのかーー!」
 と、いきなり篠原はインターフォンに向かって叫んだ。
『うわ……すっげえ下手くそ……』
 呆れた風にリーチは言った。
『でも協力してくれてるんだから……』 
 笑いを堪えながらトシは言った。
 すると、篠原の演技が通じたのか、ハンガーゲートが自動的に開いた。
「篠原さん……開きましたよ」
「いてええ~へへへへっ。やるなあ俺も……っと、医者が出てきたぞ……。わあああ……いてえええ」
 篠原が妙な演技をしているのを、白い白衣を着た医者らしき男と看護婦が怪訝な顔でこちらを見た。その男は痩せて顔色が悪い。
『こいつ実は病人とか……』
『リーチ……笑ってる場合じゃないよ……それでこれからどうするの?』
『中に入るんだよ……』
「先生……お願いします……友人が死にそうなんです……」
 必死の演技をしている篠原を指さしてリーチは言った。顔色の悪い医者は仕方無しに、看護婦にキャリアーを持ってくるように言った。
 するとすぐにキャリアーを押して看護婦が戻り、演技している篠原をその上に乗せた。 
「よかった。もう大丈夫……」
 リーチは、キャリアーに乗せられた篠原にそう言って微笑んだ。だが目線はあちこちを確認していた。
 どの部屋に居るか分かるといいんだけどな……
 建物内に入り、処置室へ案内されると、リーチ達は外の椅子に座って待つように言われた。リーチは大人しくとりあえず座った。しかし、看護婦も隣に座ってそこから動かない。
 どうも胡散臭いと思われてるな……
 いきなりここで走り出してもどうにもならないし……
 何か突破口があれば良いんだけど……
 そして又目線をキョロキョロとさせた。だが、建物内は入り口から、廊下に至るまで監視カメラが設置されている。
 ……う~ん……
『リーチ……さっさとしないと篠原さん出てくるよ……』
『そうだな……騒ぎをおこすのが一番良いな……』
 リーチはそう言ってたちあがると、「済みませんトイレは何処でしょう?」と聞いた。
「そこの突き辺りですよ」
「ちょっとトイレ借りますね」
 言いながらトイレに歩き出すのをはやり看護婦が付いてきた。
 おいおい~ついてくるなよ……
 と、リーチは悪態をついていたのだが、追い返すことも出来ずにとりあえずトイレに入った。さすがに中まで看護婦は入ってこない。
「さて……と。さっさと突破口を探すとするか……」
 言ってトイレの窓をあけ、身体を外に出すと、リーチは建物の樋に捕まって二階に移動した。上手い具合にそのトイレの窓も開いていた。
 その窓から二階へ入ると、誰かトイレに居たのか、いきなり扉が開いて患者らしき男が出てきた。こちらを見ても別に不審がらずに洗面台で手を洗う。だがその男からたばこの匂いが漂っているのをリーチは目ざとく臭い取った。
「済みません……ライター借りて良いですか?」
「なんだね……君も隠れてたばこを吸いに来たのか?」
 仲間だと思ったのか、その男はそう言ってライターをこちらに渡した。
「そうなんですよ……分かりますか?」
 リーチはにこやかにそう言った。
「あ、そうそう、ここに若い女の子が居ますよね。あの子何処の病室でしょう?庭に出ていたのを見て、お近づきになりたいと思ってるんですけど……」
「確か……三階の奥に、ここに不似合いな女性が居るのを聞いたことがあったなあ……でも君、君は患者かい?何だかそんな風に見えんが……」
「今日からこちらでお世話になることになったんです。また御挨拶に伺いますね。色々逃げないといけないことが多くて……匿ってもらいに来たんです」
 適当にリーチがそう言うと、男は分かったように頷いた。
「色々あるな……私もそうだ……ああ、ライターはいいよ。病室に沢山隠してあるから……」
 そう言って男は出ていった。
「やりい!」
『リーチ……ライターなんかどうするの?』
「何言ってるんだよ……まあ見てなって」
 リーチはそう言ってニヤリと笑った。
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