Angel Sugar

「駄目かもしんない」 第3章

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 一週間、何事もなく過ぎた。大地はもしかして高良田という男が又やってくるのではないかと思っていたが、その様子は無かった。あの騒動のあった後の数日間、確かに休んだ方が良いと思うくらい身体は痛かったが、今は痛みを思い出せないくらい回復した。肌に残るキスマークの跡もかなり薄くなってきた。
 ただ、あれ以来、博貴とは身体を合わせはしなかった。博貴の方もその辺りには触れないからだ。自分がしてしまったことを博貴が気にしているのだ。と、大地は思った。多分こちらからそれを切り出さない限り博貴は大地の身体に触れはしないだろう。助かっていると言えばそうなのだが、やはり身体が寂しく思っているのは確かであった。
 俺って、恥ずかしいこと考えてるよな。と大地は思った。今まで余り自覚は無かったが、身体を重ねない日が続くと気持ちが参ってくるのが分かったのだ。
 大地は仕方無しに溜息をつき、椅子に座り直したところで巡回の時間がやってきた。
 今、仕事で入っているビルはかなり楽な警備であった。来月からオープンの為にまだ人は入っていない。いるのはまだ細かい部分の工事をしている作業員か、ビル内に入る会社の関係者がまばらにいるくらいであった。そのビルの二十五階から順番に様子を見ながら一階まで降りるのだが、夜勤でないため一人で巡回できる分、気が楽なのだ。その上警備員はあと四人おり、巡回は交代で行うため、それほど忙しくない。
「じゃ、ちょっと行ってきます」
 大地はマスタキーを腰にぶら下げて、そう言った。
「ああ、いっといで。帰ってきたら、さっき現場の人に貰った饅頭でも食おう」
 年輩の警備員がそう言って大地を送り出した。
「はい」
 大地はエレベータに乗り一番上まで行くと、まず屋上から歩いた。丁度緑化計画の一環で屋上には木が沢山生えており、ちょっとした公園になっている。その小道をぐるりと周り、不審な人間がいないかチェックするのだ。だがまあ、まだ人がほとんど入っていないビルである。奥の方では、まだ作業をしている人がいるくらいだ。
 一通り見て降りようとすると、公園の中央で植木を植えていた年輩の男が大地を呼び止めた。
「すんません。警備員さんちょっと良いですか?」
 男は土いじりで真っ黒になった手袋をはたきながらこちらにやってきた。
「どうかしましたか?」
「さっきねえ、手を止めた時にあそこに人影が見えたんだが、今日作業はわしだけで、ここには誰もおらんはずなんじゃ……」
 そう言って、公園内にあるコンクリートの建物を指さした。確かあそこは上の機械室だったはずであった。
「じゃあ、ちょっと見てみます」
 腰にぶら下げたマスタキーを持って大地はその建物に向かった。
「なんかあったら困るだろうから、わしもついていきますわ」
 作業服の男はそう言ってついてきた。
 コンクリの建物に着くと、鉄の扉についた鍵穴にキーを差し込もうとしたが、鍵は開いていた。今日ここでの作業者の届けは無かったはずなので、おかしいなと大地は思って中に入るとまだ稼働していない機械が幾つか並んでいた。
 電気のスイッチを見つけ電気を点け、その部屋をうろうろと見回ったが別に変わったことは無かった。妙な人物もいない。 
 次にもう一つ奥にある扉を開けて中に入るとダクト作業用の穴がぽっかりと真ん中に開いた狭いフロアに出た。周囲は入り組んだダクトが壁を這っている。
「うーん、誰もいないようですけど」
 大地がそう言って振り返ると扉が閉められた。
「わあっ!何するんですか!開けてください!」
 扉をドンドン叩くが作業員は何も言わなかった。その代わり聞いた覚えのある声の男が言った。
「本当はこんな事したくはなかったんだがね」
 高良田だ!
「あんた高良田さんだろ!一体どういうつもりなんですか!」
「金を手に入れて大良さんと縁を切るか、そこで干物になるか、どちらを選びます?」
 ちょっと笑いを含んだ声で高良田はそう言った。
「ふざけんな!てめえのやってることは犯罪だぞ!」
「貴方は誤ってここに入ってしまった。それだけの事ですよ」
 扉の向こうから今度ははっきりと不敵に笑う声が聞こえた。
「いい加減にしやがれ!」
 扉をバンッと叩いて大地は叫んだ。
「金を貰う方が得だと思いますがね。どうなんです?」
「何でもかんでも金で、かたがつくと思うなよ!」
「交渉決裂……ですか。まあ、数日経てば弱ってくるでしょうから、どうせうんと言わざる終えないでしょうがねえ」
「俺は死んだっていわねえぞ……」
 大地の怒りは頂点であった。
「どっちにしても構いませんよ。干物になれば自ずから貴方はいなくなるのですからね。手間が省けます」
「こんの野郎っ……!」
「その元気が何処まで続くか楽しみですね。二日後に又お伺いに来ますよ。その頃位には今のような口も叩けなくなってると思いますしね」
 そう言って足音は遠ざかり、建物の扉が閉められる音が響いた。
「なんなんだ!マジかよ……」
 大地は置き去りにされた場所で暫く呆然としたが、思いだしたかのようにマスタキーを取り出し、キーをあわそうとした。が、向こうからの差込口の為こちらに穴がない。
 仕方なくポケットから携帯を取り出して電話をかけようとしたのだが圏外だった。
「くっそーなめやがってあのやろう……」
 もう一度扉をドン!と叩いたが、いくら何でも鉄の扉をぶち破ることなど出来ない。諦めて大地は腰にぶら下げている懐中電灯を点けて周りを見回した。
 出口は何処にも無かった。
 どうする?
 大地は必死に考えた。高良田の提案を呑むつもりなど毛頭なかった。かといって干物になるまでここに居る気も無い。何処か出口がないか大地は先程より丹念に調べたが、空調用のダクトがぽかっと幾つか開いているだけで出口はない。真ん中に開いているダクトと言えば、ビルの上から下まで突き抜けているダクトで降りられるものではなかった。
「どうしようか……」
 コンクリートの上に座り込んで、暫く考え込みながら大地は天井を見上げた。ただ真っ暗だった。食べ物と言えばポケットに入っている数個のあめ玉だけだ。飲み水なんて無い。この状態なら数日でダウンだ。冗談ではなく本当に干物で発見されるだろう。
 じっとしていてもドンドン体力が無くなってくる。大地はもう一度一階まで突き抜けているダクトを覗いた。その先は見えず闇だけが広がっていた。
「落ちたら死ぬよな……」
 一人呟く。
「安全帯も持ってねえもんな……」
 一人だけの声が響く。
「でもまあ、出るにはあいつの申し入れを聞かなきゃ出してくれそうに無いし、かといって、ここにいても干物だし、ダクトを落ちてもあの世だし……。どっちにしろ一緒か…。穴の大きさとしては、手足を伸ばして、張り付いた状態で下まで降りていけるか……でも……」
 体力が持つかどうかが問題であった。途中で力つきたらそれで終わりだ。だが選択するしかない。懐中電灯をつけたまま首から提げ、靴と靴下を脱ぎ上着のポケットに入れ。その上着を脱いで肩のところで巻くと半袖になった。マスタキーは腰にぶら下がっているので落ちはしないだろう。あとズボンの裾は破った。でないと足に裾がまとわりついて滑ってしまう可能性が考えられたからだ。
「途中で横のダクトも有るだろうから、休むことが出来るはずだよな。よっしゃ行くぞ」
 大きな声でそう言って自分自身を納得させると、大地はダクトを降り始めた。
 手足から伝わる冷ややかな鉄の感触が背筋を舐めたような気がした。



 博貴は夕方出勤しようと玄関を出たところで、警官に呼び止められた。
「宜しいですか?」
「何でしょうか?」
「お隣の澤村大地さん御存知ですね」
「ええ……」
 嫌な予感がした。
「有るビルの警備中に行方不明なんですよ。まだはっきりそうだと決まったわけでは有りませんが、マスタキーを持ったまま消えたことが不審だと連絡をうけましてね。自宅に戻っておられるかどうか伺ったのですが、やはりまだのようですね。何か御存知有りませんか?」
「いえ……何も聞いておりませんが……行方不明なんですか?」
 博貴は必死に平静を装って警官に言った。
「その辺りは何とも……。他の警備員がエレベーターに乗ったのを見たのは確かなのですが、そこから先の目撃者がいないのです。何かそれに関わりのありそうなことを思い出されましたらご連絡下さい。では」
 警官はそう言って帰っていった。
「……」
 なんだ、一体どうしたのだと言うのだ。もしかすると高良田が大地に何かしたというのだろうか?不安が一気に高まった。高良田ならやりかねない。
 博貴は無駄だと思いながら、大地の携帯に電話をかけたが、かからなかった。
 どうする?どうしたらいい?
 散々悩んで博貴は高良田の携帯を鳴らした。
「博貴さま。考えが変わられたのですか?」
「大地に何をした?」
「何のことですか?」
 高良田はとぼけたように言った。
「警官がやってきたよ。行方不明だってね。一体何をしたんだ!」
「ああ、私から警官には説明しますよ。彼はお金を受け取ってくれたんです。条件の中にそのまま姿を消すって事も含まれていましてね。もう、そちらには戻られないでしょう」
「嘘を言うな!」
「嘘じゃありません。言ったでしょう。金を積まれれば誰だってそちらを選ぶとね。彼だけは違うなどと幻想を抱く方が間違っていたんですよ」
「……もしかして……」
「止めてください物騒な話は。金は出しますが殺しはしませんよ。それは博貴様も御存知でしょう」
 高良田は汚い手は使うが、人を殺めたことは一度も無いことを知っていた。殺すと言うことは絶対もみ消せないからだ。ひいては酒井の方にも責任が及ぶ。それを知っているから高良田は、殺さない。だが、殺さない程度にあらゆる手を使って間接的に相手の首を絞めるのだ。
「監禁でもしたのか?」
「だから、何度も言っているでしょう。金で片がついたとね。いい加減にそれを信じることですね」
 そう言って高良田は電話を切った。
「大地……」
 博貴は呟くように言った。大地を信じると決めたのだ。だから高良田から金を貰ったとは考えなかった。では何処かに監禁でもされているのだろうか?どうにも連絡出来ない状況なのか?
 博貴には何をすればいいのか全く分からず、空を仰いだ。



 どの位降りたのか大地には分からなかった。長時間同じ格好でいるために身体がガチガチになっている。途中で休めるような、横を通るダクトが無いためにひたすら降りるしかないのだ。既にシャツは汗でぐっしょりと濡れ、身体に張り付いて大地は気持ちが悪かった。風呂に入りたいなあ…と、ふと思ったところで足が滑った。どこからか滲んだ水が管に垂れていたのだ。その部分に運悪く足をかけた為につるりと踏み外した形になった。
「うわあああっ!!」
 手足を必死に踏ん張り、落ちる勢いを緩めようと大地はした。管に張り付く手足が摩擦で熱く、共に激痛が手足から脳に伝わってくる。だがここで踏ん張らないと、一気に天国まで行ってしまうだろう。
 手や足の皮が剥けて血が流れ、それが顔にまで飛んで来たが、死ぬよりマシだと大地は思った。
 何メートルかずり落ち、ようやく落下が止まった。大地は荒い息をしながらホッとした。冷や汗が額を伝う。
「あー助かった……」
 声に出して気を紛らわせる様に言った。その声は虚しく辺りに響いた。
「時間も分からないもんな……」
 言いながら又すこしづつ降りていくと、足の先に出っ張りが当たった。太股程のダクトが、この降りているダクトを横断しているのだ。
 大地はようやく休憩が出来るとそのダクトをまたがるように座った。足をぶらぶらと回し、背を伸ばしたりして身体の筋肉をほぐした、手の平がヌルヌルしているのは先程負った怪我で出血しているからだ。
「痛いはずだあ……」
 その手を大地はハンカチで押さえ、暫くもたれて身体を休めた。睡魔がやってくるのだがここでは眠れなかった。この横断するダクトの上で、大地はまたいで座っているとはいえ、バランスを取るのがやっとである。眠ると落下するだろう。
 大地はあめ玉を一つ口の中にいれてなめた。今朝、年輩の警備員から貰ったものだ。黒飴なんか嫌だなあと思いながらもポケットに入れたのだが、ここに来てこの黒飴がものすごいご馳走となった。空腹だが、少しは足しになる。
 時計を確認すると既に六時を廻っていた。ではかなり降りたことになる。懐中電灯で下を照らしてみるがやはり真っ暗で何も見えなかった。そこへ向けて大地は持っていたボールペンを落としてみた。暫くするとぽちゃんという音が聞こえた。
 下は水が貯まっているのだ。ここまで来て出口が無いのか?
 大地は一瞬パニックになりそうな気がしたが、水が貯まるということはどこからか水が運ばれてくるということだ。何処かに大きな横穴が有るのかもしれない。それが小さかったらどうにもならずに又上まで登らないとならないだろう。
 こんな経験は久しぶりだなあと大地は回想した。昔、父親に良く山に連れて行かれては崖を登ったり降りたりをさせられた。日課では何キロも毎日山道をマラソンさせられた。そんな経験があるために今のような状況を、怖いとか辛いとか思わなかった。もっと死にそうな目にあったこともあるからだ。
 よくよく考えると自分の父親はかなり型破りなのだろう。母親がいつも心配するはずであった。
 溜息をつきつつ大地は休んでいた足場のダクトを越えて、又、下へ下へと降りだした。暫くすると水が貯まっているところに足がついた。大地は手を離してその水の中へ落ちたが、水自体はそれほど無く、膝までしかなかった。沢山有ると勘違いしてもっと上から落ちなくて良かったと、大地は背筋を凍らせながら思った。
 ここが何階かは分からないがとりあえず終点なのだろう。懐中電灯を首から外して辺りを窺うと、真後ろに這っていけるほどの横穴ダクトがあった。それは腰の辺りに開いており、中にチョロチョロと水が流れていた。
 大地はその穴に登り、這っていくことにした。だが、這い出すとダクトは四方に別れだし、どれが外へ繋がっているのか全く分からない状態だった。ここまで来ると勘である。
 ようやく少し広いダクトに出ることが出来、中腰から立ち上がった状態にまで体勢を整えられた。それにしても全く方向が分からない。時間は既に十二時を廻っていた。
 大地はもう一つ黒飴を口に入れ、ここいらで休憩することにした。首に巻き付けてあった上着を着て、ポケットに入れて置いた靴下を傷む足にはき、更に靴を履いた。
 次にハンカチを二つに裂いて怪我をしている手に巻き付けた。それが終わると乾いている場所を探し、大地は真っ暗なダクトの中で座ると膝を両手で抱えて丸くなった。
 何とかなるよなあ……大地は根っからの楽天家であった。



 博貴が結局仕事に行くことが出来ずに大地の部屋で帰りを待っていると、夜に兄の戸浪がやってきた。
「会社から連絡を受けてね。見に来たんだが、あんたは何も聞いていないのか」
 相変わらず、偉そうな態度で戸浪は博貴に言ったが、腹は立たなかった。博貴の事に巻き込まれたことは分かっているからだ。だがその辺りを説明するわけにもいかなかった。
「ええ、警察の方からも問い合わせがあったのですが……」
「そうだ、警察は最初あれだけとやかく言ってきたのに、突然うって代わって、今度はあれは本人の意思だったと、訳の分からん事を言い出す。会社側も会社側だ!失踪だのなんだの大がそんな無責任なことをする訳が無いだろうが」
 憤慨しながら戸浪は言った。
「それで……終わりですか?」
「そう、それだけだ。大が出てこない限り何も分からない。こっちは上京すると言い出した両親をとりあえず押さえるのに必死だったのにな。それよりあんた、大が言うには友達だと聞いているが、本当に何も聞いていないのか?」
「ええ……」
「役に立たない友達だな」
 不機嫌な口調で戸浪は言った。こちらが悪いために反論も出来ない。
「……もう遅い。帰るとするか。まあ、大のことだからヒョイとどこからか出てくるだろうがね。あいつは意外に骨のある奴だから、明日には帰ってくるだろう。もし帰ってきたら、必ず連絡するように伝えてくれないか?」
 戸浪は結局、玄関から一歩も中に入らずにそう言った。
「必ず連絡するように伝えます」
「それと、その扉、何時埋めるんだ?目障りだ」
 吐き捨てるようにそう言って戸浪は夜の闇の中を帰っていった。博貴は苦笑する余裕も無かった。
「大地……」
 警察も大地の勤める会社も高良田が手を回したのだろう。何て卑劣な奴なのだ。そんなことより、大地は空手の有段者だ。外見からは想像できないほど喧嘩早くて根性も座っている。そんな大地を簡単に拉致は出来ないだろう。
 真喜子に連絡したが彼女も驚いていた。八方塞がりとはこのことだろう。
 定期的に博貴は大地に連絡を入れるのだが、どうしても携帯が繋がらない。その時間の経過と共に、焦りと不安が博貴の心の中にどんどん蓄積していく。高良田に連絡したところで、昼間と同じ答えが返ってくるだけであろう。
 博貴は壁にもたれ溜息をついた。今日一日何十回溜息をついたか数えられない位だった。
 とにかく待ち続けるつもりだった。大地はきっと帰ってくる筈だ。高良田の言いなりになるわけ無いからだ。
 戸浪が言うようにいずれヒョイと帰ってくるだろう。
「帰ってきてくれ……大地……」
 博貴は朝まで眠ることなく待ち続けたが大地は一向に帰ってくる気配は無かった。



 遠くの方で人の声とドリルの廻る音が聞こえた。その音で大地は目が覚めた。
 気がつくと腰の辺りまで水が貯まっていた。慌てて大地は立ち上がり、音のする方へ手探りで歩いた。するとどんどん人の声とドリルの音が近くなってくる。どこから聞こえるのか大地は必死に探した。
 すると音が聞こえてくるダクトは高さが胸の下くらいにある、横ダクトであったが、その直径は狭く、這っても通り抜けられそうになかった。それでも屈んで、ダクトに手を掛けて覗くと、ダクトの終点である十メートル先には向こうの部屋が見えた。何より蛍光灯の光が見える。人の声やドリルの音はそこから伝ってこちらに来ていたのだ。
 来月竣工に向けて、まだ工事が終わっていない為に業者がそこで作業をしているのだろう。大地は助けを求めるために、思いっきり声を張り上げたが、ドリルの音にかき消されて向こうに伝わらなかった。
 仕方なく、他の出口は無いかと周りを見回してぎょっとした。先程より水量が上がってきているのだ。今は膝上まで水に浸かっている。このままいくと水死だ。何より周りは真っ暗で、明かりと言えば目の前にあるダクトから入る光だけが弱々しく周りを照らしているだけだ。
 もう一度ダクトを見る。やはり直径が小さい。
 だが……肩を外せば何とかなるかもしれない。外すことは出来る。だが簡単には外せない。それにかなりの痛みを伴う。そんなことを考えている間も、どんどん水が流れ込んでくる。大地は思いきって肩をダクトの壁に叩きつけた。
「があっ……」
 痛みと共に肩ががくりと前へ落ちた、息が切れそうだったが、片方だけではダクトに身体が入らない。もう片方を同じように叩きつけて両肩を脱臼させた。泣きそうなほどの痛みが襲う。だがそんな痛みを悠長に感じている暇はなかった。そうしている間もどんどん水は上へ上へと上がってくる。もしかしてダクトを這っている間に水が押し寄せてくるかもしれないのだ。
 大地は腰を折って狭いダクトに身体を押し込むと、足の蹴る力だけで前へ進んだ。向こう側の光はまだまだ遠い。顎が擦れて血が出てきたが、大地は必死に足を動かした。少しずつ出口の輪が大きくなってくる。だが水がこのダクトにも侵入し始めた。ある意味前へ進む力が少なくて済むのだが、腹筋だけで顔を上げているので口元に泥水のようなものが入ってくる。その上ダクト自体の広さも人一人がやっと入り込んでいるため、顔も高く上がらない。あっぷあっぷしながら前へ前へ進んだ。どんどん水が流れ込んで、鼻からも水が入ってくる。つーんとした痛みが鼻の奥に感じ、涙が滲んだ。
 畜生!負けるものか!大地は必死に歯を食いしばって前へ進んだ。すると急に水がダクト一杯に増え、視界が真っ暗になった。口の中の空気がごぼごぼと外へ漏れていく。息苦しい中で大地はその水流に押されてダクトの外へと飛び出し、下のプールへ落ちた。両肩が外れているために上へ泳ぐことが出来ずにどんどん沈んでいく。それと同時に気が遠くなった。
 このまま死ぬのは格好が悪い……息苦しい中で大地はそう思った。

「な、なんだあ……い、今人間が流れてきたぞ!!」
「おいおい、冗談言うなよ」
 ドリルをもった男がそう言って笑ったが、試運転で機械を動かした男は真っ青だった。
「いや、本当だって、あそこからスポーンっと流れてきてダクト水用のプールの中に落ちた」
「……水流を回転させて見ろよ……浮いてくるだろうから……」
「あ、ああ、そうだよな……そうするよ」
 男はそう言って水を回転させた。ドリルをもった男は水面をじっと見つめた。するとぼこっという泡と一緒に人間が浮かび上がった。
「うぎゃあああああ!!死体だーーーー!」
「馬鹿野郎、叫んでねえで、ひ、引き上げるんだよ!!」
 そう言ってドリルを脇に置くと、水に浮かんだ男を捕まえて引き上げた。
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