「暴走かもしんない」 第2章
現在大地は都内ホテルの警備を任されていた。といっても、モニターを観察して、定期的に同僚と見回りをする、ごく一般的な警備だった。
藤城とはそのホテルの前にある中華料理の店で会うことになっていた。待ち合わせが大地の昼休みを利用した時間となっているので、ランチを摂れる場所になったのだ。この辺りの店は夜になると大地にはとても払えない料理ばかりが並ぶ、高級料理店街なのだが、昼間は手頃な値段のランチが用意されていて、気軽に美味しい料理を楽しめる。
そろそろかなあ……。
時間になった大地は、着替えて私服になると、同僚のおじさん達に向かいの中華料理店でランチを摂ることを告げて、警備室を出た。高級ホテルということもあり、裏口から外へと出てから表通りに回り、約束していた中華料理店に入った。
ランチはバイキングなのか、店の中央に並べられた料理の皿に、客達はそれぞれ自分の皿を持って、笑談しながら群がっている。
「ボン!こっちです」
ボンと呼ばれた方向を見ると、以前大地を守ってくれた安佐が皿にたくさん料理を載せて手を振っていた。同時に住友や墨田の姿も見える。
安佐は優男風で、博貴には敵わないが、男前だ。墨田はがっしりした体育会系の男、住友はひょろりと痩せていて、神経質っぽい。けれど、話すと意外に面白い男だった。本来大地は毛嫌いしている暴力団の人間なのだが、話してみるとそんなことを忘れるほど、いい人達なのだ。
暴力団は大嫌い……という自分の主義を変える気はないが、ちょっぴり彼らだけは大地にとって特別だった。
「あ……安佐さん。こんにちは。藤城さんと来たんですか?」
「相変わらずボンはかわいいっすね。じゃなくて、若頭は個室にいます。窓際に座るって言い張っちゃって、困りましたって」
窓際だと都合が悪いのか、安佐はそう言って、他の二人と顔を見合わせて頷いている。
「駄目なんですか?」
「いえ……ちょっと、いろいろありまして……その辺りは若頭に聞いてください。さあ、こっちです」
自分の皿を墨田に渡し、安佐は大地を店の奥へと案内した。
店にはいくつも個室があるのか、通路を隔てて左右に扉があり、時折、華やかなチャイナ服を着た女性が料理の皿を持って出入りしている。
「こちらです」
安佐は一番奥の部屋のドアを開け、大地に中へと入るよう促した。
「やあ、悪いね、呼び出してしまって」
藤城は大地の顔を見ると、嬉しそうに笑顔を浮かべた。
身体にピッタリ合ったブランドもののスーツは濃い藍色で、薄水色のシャツが覗いている。ネクタイは暗い紫で、一見すると黒に見えるが、光の加減で華やかな紫となる。
スーツ姿なのだが、オールバックの髪が悪いのか、それとも放たれている威圧感が、普通の職業ではないと思わせるのか分からないが、藤城はとてもサラリーマンには見えなかった。いや、最初出会った頃からどことなく感じていたが、最近はとみにそう感じる。今は外しているが、藤城はいつも薄い色の付いたサングラスをつけていた。これがまた一般人からかけ離れた存在に思わせるアイテムなのだ。
もしかすると、代理とはいえ、やっているうちに若頭が板に付いてきたのかもしれない。けれど、組を継ぐ気のない藤城だ。そんなことを言えばきっと藤城は落ち込むだろう。だから言わないのだが。
これでも、大地は藤城に気を使っていた。
「藤城さん、突然、どうしたんですか?」
「ちょっと相談しにくいことなんだがね……とりあえず座ってくれないか?」
大地は言われるままに向かいの椅子に座った。
「ああ、安佐。料理を運んでくれるよう、料理長に伝えてくれ。大くんにはジャスミンティーを」
「はい」
安佐はそう言ってドアを閉めた。
「……それで……相談って……」
「大くんは……私が今どういった仕事をしているか……知っているね?」
言いにくそうに藤城は言葉を濁しながらそう聞いてきた。
「どこのかは知らないけど、どっかの暴力団の若頭ですよね?」
藤城は一年の期限付きでとある暴力団の若頭に収まっている。それは病気で入院している実父の代わりで、本来なら母親の再婚相手である義父が経営している貿易の仕事をしているのだ。
藤城自身は、そろそろ解任して欲しいと考えているそうだが、実父が未だ病院から退院できず、困っているという。
「……そうなんだよ。本来は、そろそろお役ご免になっていたはずだった。義父もそろそろ貿易の仕事に戻ってくれと言ってきてるしね。ただ、病院から未だ退院できない実父がもう少しと頼むと震えた声で言うと、嫌だとは言えずにここまできてしまったんだが……」
「……だが?」
「実父の頼みを素直に聞きすぎたせいか、とんでもない要求を言い出したんだよ」
藤城はとんでもないといいつつ、苦笑していた。
「何を言い出したんですか?」
「結婚して身を固めろ……とね」
「……嫌なんですか?」
「そういう言葉を大くんから聞かされるのは……痛いね」
「あ……いや……その。藤城さんも気に入った人がいたら、結婚するのもいいんじゃないかな……って思っただけで、深い意味はないです」
大地はあははと笑って誤魔化したが、藤城は肩を竦めていた。
「実父が言う結婚というのは、跡目を継げというのも含まれていてね。相手も、もう決めていて、勝手に話しを進めていることをようやく私も知ったんだ。だが私は、今はまだ結婚など考えていないし、跡目を継ぐなど論外だよ」
「ずっと聞きたかったんですけど、跡目って血が繋がってないと継げないんですか?」
大地が疑問を口にすると、藤城は笑った。
「そういう訳ではないんだろうが、実父がこだわっているんだよ……。私にはどうでもいいことなんだがね」
「ふうん。それで、相談って……結婚するとかしないとか……そういうことですか?」
「あ……いや、違うんだよ。まあ……そういう事情で、いろいろと周囲が五月蝿くてね。どうにかして、実父を諦めさせたいんだ」
「うん」
「それで、一度でいいから、君を恋人として実父に紹介したいんだよ。そうすれば諦めるだろうと思ってね」
「ええっ!」
大地が驚いて立ち上がるのと同時に、チャイナ服の女性が料理をワゴンに乗せて部屋に入ってきた。