Angel Sugar

「暴走かもしんない」 第11章

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 翌日、大地は会社帰りに藤城の自宅へ向かい、川原に手伝ってもらって、女性に変身した。何度も練習のためにアイラインを引いたからか、できあがりを鏡で見ても、違和感がなくなっていた。
 どこから見ても澤村大地ではない、性別まで違う別人になっている。しかも、川原の厳しいレッスンで、とりあえず変身している間は、女性らしく歩けるし、身振りの仕草も可愛らしくできるようになった。
 これならば、自信を持って博貴が働くホストクラブへ行ける。努力のたまものだと自負するものの、心からは喜べない。大地は男として生まれたのだが、ちいさい頃は頻繁に、今は時々、やっぱり『可愛い女の子』と見間違えられるのだ。重要なところは、女性ではなく、女の子だということ。大地はそれが昔から一番嫌なことだった。
 なのに、今は、事情があるとはいえ、どこから見ても女性に化けている。その違和感がまったくないことが大地は気に入らない。
 ……見えなきゃ駄目なんだけどさあ……。
 こう、複雑なんだよなあ……俺。
 もともと童顔な大地だ。だからきわどい衣服は逆にちぐはぐな印象を与えてしまうらしい。だから、パステル調のお嬢様ふうワンピースが似合うらしい。ホストクラブにこんな格好で行くものか、よく分からないが、似合っている方がいいだろう。だが、藤城の紹介してくれた叔母の娘は大地と正反対の格好をしていたのだ。
「や~ん。聞いてたとおり、大ちゃん可愛い~!」
 そう言って、木津知美は大地に抱きついてきた。
 悔しいことに知美の方が背が高く、しかも身体にフィットした黒のワンピースを着ていた。スカートの裾は随分短く、これで階段を上がったら下から見えそうだ。百七十はゆうにある身長のくせに、ヒールのかかとは十センチ以上ある。
「……知美ちゃん、彼が困ってるからね」
 馴れ馴れしくべたべたとくっついてくる知美を、藤城がやんわりと引き離してくれた。
「え~お人形さんみたいで可愛いんだもの……男の子に見えない~」
「こらこら」
 藤城が苦笑いしているが、大地は不機嫌を通り越して、腹を立てていた。初対面の相手にこんな言い方をされるとは思わなかった。いくら藤城からよく大地のことを聞かされていたから、初めてあった気がしないと知美に言われても、大地の方はやっぱり初めての相手なのだ。
「……俺、可愛くないぞ」
「……ねえ、大ちゃん、しゃべんないほうがいいよ。ニューハーフみたいになっちゃうから……」
「声は変えられないだろ!」
「まあいいけどさあ、とりあえず、今日はお姉さんに任せておいて。私、大ちゃんより二つも上なんだからね」
 知美はいきなり姉御風を吹かせている。いや、もともとそういうタイプなのかもしれない。けれど、年の近い女性にこんなふうに言われるのは苦手だ。
「……分かってるけど……」
 チラリと藤城の方を見ると、やっぱり苦笑していた。彼女をとめないところを見ると、いつもこんな様子なのかもしれない。
「大くん。この子は本当に怖いもの知らずで、物怖じしないし、言いたいことをはっきり口にする子なんだ。だが、悪い子じゃないから、今晩だけ我慢してくれないかな」
「あ~おじさま。そんな言い方ってな~い~」
「おじさまはやめてくれないかな……そういう年齢にはほど遠いんだが……」
 大地は藤城の困った表情を見て、思わず笑っていた。
 おじさま……。
 おじさまなんだ……藤城さん。
「大くん……今のは聞かなかったことにしてくれないかな……」
「……え……あ。別にいいんじゃないかな……おじさまでも」
「それで、名前はどうするの?大ちゃんだから、ダイコちゃんとか」
 プッと笑いながら知美はからかう。
「そんな女いないだろっ!」
「じゃあ、真面目につけるね。紫織はどう?ご令嬢って感じでしょう?」
「いいね。大くん、どうかな?紫織で」
「分かった……俺……紫織でいいです」
 いきなり『紫織』と呼ばれても、反応できるように、大地は『俺は紫織……』と何度も頭の中で繰り返した。
「あ、そろそろ行く?支払いは私のカードを使うから、後でおじさまに請求するね。それでいい?」
「ああ。いいよ。好きなだけ楽しんできなさい。けれど、門限は十二時だからね。それまでに迎えをやるから、連絡するんだよ。いいね?」
「分かった」
「飲み過ぎないこと。それに……彼には飲ませないこと。未成年だからね」
「もう、分かってるわよ。その分、私が飲むから……大ちゃんは、心配しないでね。私ね、酒豪なの、酒豪。父親に似たのよね~」
 あははと豪快に笑いながら、大地の背中をばんばん叩く知美に、今度は大地が苦笑いした。
「大丈夫なのかな」
 心配そうにそう口にしたのは、大地ではなく、藤城だった。



 博貴の働いているホストクラブ『ファムファタール』には九時に着いた。知美は初めてだと言っていたが、慣れた様子で店内に入り、黒服の男性にエスコートされていた。大地も見知らぬ男性にエスコートされながら、顔を伏せながら後を追う。
 あちこちですでにできあがっている女性がいて、ホストにしなだれかかりながら、シャンパンを飲んでいる。奥では五人のホストに煽られながら、一人のホストがワインを一気飲みしていて、隣に座る女性が喜んでいた。
 ホストに金を巻き上げられて、何が面白いのか、楽しいのか、大地には分からない。それでもいつ来てもここは客でにぎわっている。
 やはり大地にはこの雰囲気には慣れない。とりあえず、すべてを知美に任せ、大地は隣でニコニコと笑いながら、博貴の様子を窺えばいいのだ。
 黒服に案内されて、大地は半円のソファに座った。知美と大地、その両側に男性ホストが一名ずつ座る。大地は勝手に自己紹介をはじめるホストを無視して、そっと博貴の姿を探した。
 博貴は大地が座っている席の二つ向こう側の席にいた。正面を向いているわけではなく、大地からは横向きに座っている。その隣に客の女性がいたのだが、どう見ても四十代の女性だ。
 いくらなんでもああいう人から恋人役なんて頼まれないよな……。
 じゃあ、まだ来てないのか。
 それとも今日は来ないのか……。
 来る日をそれとなく聞いておけば良かった……。
 大地がそんなことを考えている隣で、知美はいきなり一本、二百五十万もするロマネコンティを頼み、ホストのどよめきを買っていた。
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