Angel Sugar

「暴走かもしんない」 第7章

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 大地にふざけた頼みを持ちかけた相手は誰なのか、今のところ分からないが、危険なことであることが分かった。
「えっ……って、大ちゃん。普通に考えても分かるだろ。友達は同僚が好きなんだよねえ。そういう相手でなければ頼めないことだろう?」
「ま……まあ……昔はそうだったみたいだけど、今は友達関係を保っているらしいんだ。相手も本気になれないってことは理解してるらしいし……大丈夫だよ」
 昔はそうだった。
 今は友達関係を保っている。
 本気になれないということを理解もしている。
 この三点を考慮して、博貴が頭に思い浮かんだのは、名前を聞くことすら腹立たしく思う『藤城』だけった。
 藤城か……。
 何度も縁を切っているはずなのに、どうして切れないんだ……。
 何故、思い出したようにいつも出てくるんだ。
 博貴は表向きでは笑っていたが、内心、深いため息をついていた。
「大ちゃん。好きって気持ちほど、やっかいなものはないんだよ。しかも、好きな相手が自分以外の人間と付き合っている場合、さらにやっかいなことになるんだよねえ。分かるかな?だって、君の同僚には嫉妬深い恋人がいるようだし、ばれたらどうするんだい?その恋人は腹を立てるだろうし、それ以上に黙ってこそこそされたことを悲しむんじゃないかなあ……」
 そう、博貴は腹を立てているし、こういった形で知らされたことに、悲しく思っているのだ。もちろん、はっきりと『藤城さんに頼まれたんだ……』と言われるのも、腹立たしいことではある。だったら、どちらが良かったのかと聞かれたら、やはり恋人である博貴にまず相談して欲しかった。ただ、そうすると、絶対に首を縦には振らなかっただろうが。
「こそこそしてるわけじゃないけど……友達の頼みだからこそ、無下にできないだろ……」
 それは君が無下にできないって言ってるだけだろ?
 私の立場はどうなるんだい?
 君の恋人だよ?
 あくまで私に黙って、藤城の恋人役を務めるっていうのかい?
 それは……どう考えても、理不尽だよ。
「もちろん、友情は大事にしなくちゃいけないけどねえ……。大ちゃんは問題をすり替えていないかい?同僚の友達が恋愛感情を持っているってことだよ。これがある限り、そういう頼みは聞かない方がいい。いや、同僚は自分の恋人にまず相談すべきことだよ。私からすると、同僚の友達よりも、その恋人に同情するよ」
「え……まあ……そうだけど……でも……友達のこともさあ……」
 もうばれているのに、大地は気づかないのか、あくまで自分の同僚の話だというふうに、話を続けている。
「ああ……恋人が可哀想だよ。自分の知らないところで、恋人がこそこそしてるなんて……」
「……そう……そうだよな……うん。博貴の言うこともよく分かる」
 大地は目をあちこち彷徨わせ、思案している。けれど、引き受けるのをやめるという言葉が出てこない。博貴が待っているのはそれなのだが。
「じゃあ、博貴が真喜子さんに頼まれたらどうする?恋人の振りをしてくれってさ」
「引き受けるねえ……」
「ほら、博貴も断れないじゃないか」
「だって真喜子さんは私に恋愛感情なんてないでしょ。だから、大ちゃん。私が言いたいのは友達の同僚に恋愛感情があることが問題なんだって。もし、二人きりになって、ムラムラきて、襲われちゃったらどうするんだい」
「博貴じゃないんだから、藤城さんがそんなことするわけないじゃん」
 大地は笑いながら、自分から白状した。
 本当に、大地は素直で、嘘がつけない男だ。
 ある意味、そういう大地に安心しながらも、自分で白状したのだから、思いきり突っ込んでいいだろう。
「ええっ!同僚って言ってたけど、実は大地のことだったのかい?しかも藤城に頼まれたのか?」
 すでに分かっていたことだが、博貴は大げさに驚いて見せた。
「え、俺、そんなこと言ってないけど……同僚の話だよ」
 自分で白状したことに気づいていない大地に、博貴はさらに言った。
「今さっき自分で言ったじゃないか。博貴じゃないんだから、藤城さんが……ってね。大ちゃん。まだ藤城と連絡を取ってるのかい?」
「……あ……わ――――っ!博貴、記憶喪失になれっ!」
 お玉で頭を叩こうとした大地の攻撃をかわし、博貴は呆れたふうに言った。
「何を言ってるんだい。もう聞いちゃったんだから、忘れるわけないでしょ。それより、どういう事情を藤城から言われたのか知らないけれど、そういうことを私に黙って引き受けようとしたことは許せないよ。もちろん、相談されたとしても、許可なんてださないけどねえ」
「……なあ……俺、もう、協力するって言ったんだ。男同士の約束を今更反故になんてできない」
 肩を竦めながらも、大地は小声でそう言った。
「……大ちゃん。男同士の約束だろうがなんだろうが、いくら協力させてくれと言われても、恋人である私が許せるわけないだろ。それより、藤城が大ちゃんに恋愛感情を持っていることを知っていて、どうして引き受けるんだい?私はその方が信じられないよ」
「だからっ!……藤城さんはいい友達だから……困ってるの、放っておけなかったんだっ!」
「私にとって藤城はライバル以外なにものでもないんだよ、大ちゃん。だってそうだろう?藤城は私が大ちゃんと別れるのをじっと待っているようだし、そういうチャンスは絶対に逃さない男だろうね。私がどれほど藤城に対して神経質になってるのか、大ちゃんも知っているだろう? それなのに、どうしてこういうことを簡単に頼まれちゃうのか……大ちゃんの神経を疑うよ」
 顎を上げ、博貴は大地を見下ろすようにして、言った。
 大地は無意識に博貴を煽るのだ。どれほど愛しているのか、大切にしているのか、精一杯の言葉や態度を尽くしても、これだ。本人に自覚がないだけに、やっかいだった。
「俺が無神経だって言うのか?」
 大きな薄茶色の瞳をさらに大きく見開き、ピンク色の唇を尖らせる。可愛らしい顔立ちをしているからか、迫力はないが、大地が怒っていることだけは分かった。だが、ここで怒っていいのは博貴であって、大地ではない。
「そうだよ。大ちゃんは私を傷つけているのに反省してくれない。なのに、藤城のことは放っておけない、男同士の約束だから反故にはできないと言うんだ。どちらを大事にしているのか、考えなくても分かる」
「そんな言い方すんなよっ!俺が大事なのは大良だぞっ!藤城さんはあくまで友達だっ!」
「私を大事にしてくれるというのなら、私をこれ以上嫉妬させないように、藤城に断ってくれるよねえ」
 博貴の言葉に、大地はグッと口を引き絞り、視線を逸らせた。大地はもともと頑固なところがあるが、これに関しては譲ってやれない。
「断ってくれるんだろう?」
「……できないっ!」
 大地は顔を真っ赤にして叫んだ。
「……そう、分かった。もういい」
 大地を試したわけではないが、今この瞬間、自分ではなく藤城を優先したことに、博貴はショックを受けた。もちろん、どれほど大地が友情を大切にするの男なのか、博貴は知っている。それでも、今持ち上がっている問題は、大地の友情を試すものではないはずだ。
 博貴は席を立つと、大地が呼ぶのを無視して寝室に向かった。
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