Angel Sugar

「監禁愛4」 第5章

前頁タイトル次頁
『分かってる』
 そのトシの言葉にリーチは冷静にそう言った。
「隠岐さん。手術前にもう一度検査を一通りしますので宜しいですか?」
 看護婦は笑顔でリーチ達に言ったが、その言葉に不審を抱いたレイが言った。
「隠岐さんの検査は済んでいます」
「レイさん。ここの病院の方針じゃないですか?」
 リーチはレイにこの病室から出ていって欲しかった。
「いえ、そんな話は聞いていません。何よりこの看護婦は見たことがありません」
 レイはリーチにそう言い、次に看護婦に向かって言った。
「貴方一体誰ですか?」
 その言葉に看護婦はただ笑った。
 意外に鋭いレイに感心しながらも、リーチは焦った。巻き込むかもしれないのだ。
「レイさん。私はこの人を知っていますよ」
 とにかくリーチはレイを外に出したかった。
「駄目です」
 ち……!
 そんな鋭さはお前に必要ないだろう……
 と、リーチは思うのだが、レイは頑としてその場を動かない。
『リーチどうする?』
 トシが心配そうにそう言った。
『とにかく……レイを何とかしないと……』
 二人がそう話し合ったと同時に看護婦を装った女は両手に銃を構えた。その瞬間リーチはレイをかばうように手を広げて前に立った。
『M9ドルフィンの二丁拳銃って……』
 呆れたようにトシはそう言った。
『銃はいいんだって……』
 リーチの方が呆れていた。
「目的は……私だけですね……だからこの先生は外に出してあげて下さい」
 リーチは女の瞳を凝視し、そう言った。
「貴方……下手(したて)に出ているけれど、隙を狙っているでしょう……無駄よ、貴方が飛び出した瞬間に後ろの先生はあの世行き……」
 そう言って銃身を斜めに倒し、そして戻した。
「どうすればいいのですか?」
 付け入りたい隙がその女には無かった。
『日本人かと思ったけど……チャイニーズだ……もしかしたら二世かもしれない……』
『何だか国際的になってきたなあ……』
 溜息が出そうな状況にリーチはそう言った。
「屋上に……上がるのよ……。そうね……先生は人質になってもらうわ。こちらに……」
 そう言ってその女はレイに手招きをした。
「先生……今は言うことを聞いて下さい……下手なことをしない限り、貴方を殺したりはしません」
 リーチは顔だけを後に向け、レイに言った。
「隠岐さん……」
 やや青ざめた顔をしているレイは、何か他にも言いたげな顔でそう言ったが、次の言葉は無かった。
「私の言うことを信じて、あの女性に従って下さい。良いですね」
 リーチはレイに有無を言わせない口調で言った。その言葉にレイはようやく、女の元へと歩き出した。
「お利口さんね」
 女はレイを人質にするとリーチに先に歩くように言った。
「何処に行けばいいんですか?」
「屋上よ」
 突き落とすつもりでもいるのだろうか?
 女の意図がいまいち分からないのだ。
 病室を出ると廊下で警護していた警官が驚き、すぐさま女に銃を向けたがそれをリーチは止めさせた。 
「手を出さないで下さい……先生が殺されます……」
 そう言うと警官の一人が連絡をしに走り、一人が距離を置いてついてきた。
「どうしたいのです?」
 リーチは先頭を歩きながらそう聞いた。
「おしゃべりな人は嫌われるわよ……」
 言って小さく笑い声がリーチに聞こえた。
「……」

 そうして屋上まで来ると、リーチはそろそろと振り返った。すると両手を上げさせられたレイの後に女が微笑んでいた。
「忠告したはずよ……」
「何のことでしょう?」
 リーチは知らぬ顔でそう言った。その間も感覚だけが研ぎ澄まされていくのが分かる。
 ベルは止んでる……
 と言うことは相手に殺意は無いのだろう。
 さっきのは警告か?
 だったら……
 こんな逃げ場の無いところに、どうしてこの女は俺達を連れてきたんだ?
 周囲は逃げ場のない屋上であり、出入り口になるのは今上がってきた扉だけだった。ではこの女はこの後何処へ逃げるつもりで居るのだろうか?
 飛び降り防止の金網が二重にそびえ立つ警察病院の屋上は、簡単に逃げ出すことは出来ないのだ。だがこの女はこの場所に来た。
 まさか……?
「ここまで来てとぼけるなんて……貴方、結構図太い性格でしょう……」
 銃を弄ぶように、レイの背中に当てた銃身を上下に擦ってみせる。その度にレイが身体を竦めているのがリーチには分かった。
「連絡するなと言うことですが、私には何がなんだか分かりませんが……。こうしてくれと、はっきりおっしゃって頂かないと答えようがありません」
「貴方は馬鹿ではないわ……私たちが誰に頼まれたか分かっているはずよ……」
「分かりませんよ」
 そう言ってリーチは笑みを見せた。
「そうね……この先生も良くご存じかもしれないわ……」
「えっ?」
 レイは驚いた顔をした。
「貴方達がどうして関係の無い人物を犯人に仕立て上げたいのか私には分かりませんが、私だって馬鹿じゃない。誰がそう思わせたいのですか?とても迷惑をしているんですが……」
 リーチは笑顔のままそう言った。
「なんの事かしら?」
 女がそう言ったと同時にレイは後ろを振り返り、女が銃を持つ手を掴んだ。
「隠岐さん逃げて下さい!」
「撃つな!」
 女は躊躇せずに反抗するレイの足を撃ち抜いた。撃たれたレイは「ひっ」と短く悲鳴を上げて倒れ込み、血が流れ出す太股を押さえた。
「抵抗しないと言う約束でしょう?」
 冷ややかに女が言った。
「撃つなと……言った……」
 リーチはそう言うと女に向かって歩き出した。レイの方は、撃たれたショックで女の足元に蹲り、呻いていた。
「レイさん……大丈夫ですか?」
 やや女から視線を外し、レイの方を向いてリーチは声をかけた。
「大丈夫です……ちょっと痛いけど……失敗してしまった……。御免なさい……」
 涙目でこちらを見てレイはそう言った。その姿は酷く痛々しかった。
『急所は外してる……。大丈夫だよリーチ……』
 トシはホッとしたようにそう言ったが、リーチは押さえていたものが切れた。
「汚いやり方だ……」
 そう言って女を見る瞳が怒りの色を帯びた。女は思いも寄らない瞳の輝きを見て後ずさった。明らかに先ほどから見ている男とは思えないようであった。
「私の周りの人間を故意に傷つけようとしている……。いや、しているのか……」 
 女は少しずつ変容していく目の前の男から目を離せずに立ち竦んでいた。
「貴方をプロだと思っていた。でもそうじゃない。プロは顔を見せるような事はしない。ましてこれほど沢山の人間に見られるような仕事の仕方は失格だから……。でも貴方はそんな事などまるで気にしていない……。貴方達は誰かに仕えている。その人間は貴方が犯罪を犯しても名前、経歴からすべて変えられる程の人間ですね。だから貴方達は少しも自分達の顔を隠そう、目立たぬように行動しようとはしない。いや、しなくても保証されているからそんな必要など無いんだ……」
 それを聞いた女は初めて表情に動揺が走った。
「私はね……こんな顔をしている所為か、犯罪者に甘く見られてしまうんです。でも実際は甘くもないし人が言うほど優しくない……それに女性だからといって手加減はしません。やられたらやり返します……」
 暗く澱んだような笑みを見せながらリーチは女に言った。すると明らかに女の目には怯えが見えた。
「貴方は私を殺せない……」
「近づくと撃つわよ……」
「死ぬような撃ち方はしない」
 リーチは、じりっと歩を詰めた。
「そんなことは無いわ」
「最初狙撃した人間は明らかに私を殺そうとしていた。しかしその人間の気配があれからまるでない。と言うことは貴方のバックにいる人物は、その人間を解雇したか交代させたのでしょう。それは私を殺すつもりは無いと言うことです。どうです?」
「……」
「撃たれたとしても私は何も感じない……。そんな怪我が子供だましに思えるような酷い経験と凶悪な犯罪者の相手をしてきた。それも数えきれないほどね。それに比べると、貴方など……子猫と同じだ」
 リーチでしか見られない底冷えさせる瞳の輝きが女を見据えた。
「撃つわ……」
 女は銃を上げたが、リーチは全く動じていなかった。何より危険を知らせるベルは全く鳴らなかったのだ。その事でリーチは自信を持った。
 殺されることはない……と。
「子猫に銃は似合わない……」
 そう言ってリーチは女の持つ銃を二つとも取り上げた。女は凍り付いたように動かなかった。
「私が殺せないと分かっていて……どうしてここまでついてきたの?」
 その言葉にリーチは低く笑った。
「人目のあるところで、刑事の私がこういうこと出来ないでしょう?」
 と、言いながら女の足を撃ち抜いた。
「あぐっ……」
 痛みに立っておれずに女は足を折り曲げ、膝をついた。
「今のは……レイさんの分」
 冷たい視線を投げかけたまま、リーチはそう言った。
「……」
「あと、三人分引き受けてもらわないといけない。この間、警官が三人撃たれたんです。……可哀相に、命は助かりましたが三人とも今年配属されたばかりの若者で、心の準備の無いまま撃たれた衝撃は、心に深い傷をつけたんですよ……」
 リーチは銃を手のなかで弄びながらそう言った。
「私を殺すの?刑事の貴方が……」
 驚きに目を見開いて女は言った。
「殺しはしません。正当防衛で殺したって良いんですけど……。貴方を殺せば本当にプロの殺し屋が出てきそうだから、それは止めておきます。例え出てきても、返り討ちにするだけですが……」
 不敵に目を細めてリーチは言った。
「貴方は……一体なんなの?聞いていた人とは全然違うわ……」
 女の目には、ここに来て恐怖が宿った。 
「ただの刑事……」
 そう言ってもう一発リーチは撃った。今度は女の肩から血が流れ出した。
「ああっ……」
 肩を押さえながら女は何とか痛みに耐えたようであった。
「どうせここに私を連れてきたのも、貴方にとって都合が良いからだ……そんな事くらい分かっていますよ。どうせヘリでも飛んで来るんでしょう……」
 淡々とリーチは言った。
「なんなの……貴方一体……なんなのよ……」
「貴方を例え逮捕してもきっとうやむやにされて貴方は本国へと連れて行かれる。金と権力が貴方のバックにあるからだ。だから逮捕なんかしない。それよりここで死なない程度に弄ぶ方が私の気も晴れる……」
 くすくすと笑いながらリーチは言った。
「……貴方……それでも刑事なの?」
 人質を取った女にそんな事は言われたくないとリーチは本気で思った。
『なあ……トシ、こいつ半殺しにしてもいい?すっげーむかついた今の言葉……』
 真面目にリーチはそう言った。
『……何、言ってるんだよ……。もうすぐお仲間が来るよ……聞きたいことが合ったら聞いて置いた方が僕は良いと思うよ……』
『……ん~だな』
 遠くからヘリの音が聞こえるのだ。多分こちらに向かっているのだろう。もう一つ聞こえる音はパトカーが病院前に集まってくる音だ。
 そろそろお開きだな……
「何を黙ってるのよ……貴方、いい加減にしないと……ひっ……」
 先程撃ち抜いた女の足に、リーチは蹴りを一発入れた。
「貴様らにそんな事を言われる筋合いなど無い。ブチ殺されたく無ければ、大人しくしているんだな。そうすれば明日も太陽が拝める……」
 銃身で女の顎を上げさせて、リーチがそう言うと、女はもう何も言わなかった。
「良い子だ……」
 そう言ってリーチは取り上げた銃を女の足下に転がした。
「……」
「貴方の依頼人に伝えると良い……」
 いつの間にか気を失っていたレイを抱えてリーチは言った。
「これ以上周りを巻き込むつもりなら、こちらも容赦しないと……。ただの刑事でも手追いは何をしでかすか分からないぞ。……と、伝えて下さい。ただあと二発分は必ず返す。私が受けた分はまけておきます」
 ヘリの音が益々大きくなった。リーチはヘリの到着を待たずにその場を去ろうとした。
「貴方も怖いのね……私の仲間が来るから……」
 女が後ろからそう言った。
 全く口の減らない女だとリーチはある意味感心した。
「怖い?そうですね。ヘリごと落としたくなるので私は貴方の仲間を見ずに行こうとしているんですよ……そういう衝動に駆られる自分が怖いですね……」
 振り向いてそう言うと女は今度こそ何も言わなかった。

 屋上からエレベーターのあるフロアにリーチが階段を使って降りる途中、先ほどの警官が下の角から顔を出した。
「隠岐さん!大丈夫ですか?」
 その警官は手に銃を構えたままだったが、その手は震えていた。しかも安全装置は外されていなかった。
 間抜け~
 怖くてここで仲間を待ってやがったのか……
 まあ……
 気持ちは分かるけど……
 考えると屋上にヒーロー宜しく突入されても困ったけどな……
『僕……警官の行く末を案じてしまうよ……』
 トシも同じように思ったのか、ただそう言った。
『俺も……』
 内心溜息を付きながらリーチは気持ちを落ち着けた。
「私は大丈夫です。それより先生の方が……」
 そう言って抱きかかえているレイの顔色を見ると真っ青であった。ショック状態なのであろう。
「それで……先ほどの女性は……」
 警官はそう言って階段の上に視線を向けた。
「無駄ですよ。多分ヘリが来て連れて行くでしょう」
「ヘリですか?」
 驚いた警官が素っ頓狂な声を上げた。
「ええ……」
 そう言ったところで後ろから声がした。
「お前があんな事をしたのか?」
 白に近い金髪の男が言った。その身なりは上から下まで真っ黒である。濃いサングラスをかけ、手にはやはり銃を構えていた。
『うわ……KG-9フル・オートだよ』
 トシがそう言って驚いていた。
『おい、おたくちゃんと呼ぶぞ……』
 リーチは笑いそうになる自分をぐっと堪えた。そんな場合ではないのだ。
「どうなんだ!お前だろうがっ!」
 男は怒りを露わにそう言った。
「ええ」
 暫く二人が睨み合っていると、下からやっと機動隊が到着した。だが階段途中で睨み合っているリーチ達を確認し、機動隊は隊長らしき人物の手の合図によって、待機した。
「何故あんな事をした?」
 男はそんな機動隊の事など全く気にならないのか、そうリーチに言った。
「何故?私の仲間に貴方達がしたことを忘れてそんなことを言っているのですか?」
 ムッとした顔でリーチは言った。
「うるさい。お前にはそんなことを言う権利はない」
「身勝手な権利を振り回さないで下さい」
「黙れ!こちらはお前を殺さなければ何をしても良いと言われているんだ。思い知らせてやる。来い!」
 そう言って男はリーチの額に銃を突きつけた。その瞬間、下にいる機動隊や、その後にいる刑事も銃を抜いてその男に向けた。
「言ってやれ、下手な真似をするとお前の命はないとな。脅しじゃないぞ」
 それはリーチも分かっていた。ベルが静かに音を立てているのに気が付いたのだ。
 今は言うとおりにした方が良いと判断したリーチはレイを警官に預けると、男に言われるまま歩を進めた。
『リーチ……リーチなら振り切れるでしょう?』
 トシがなのにどうして?という口調で言った。
『後ろから来てるの分かってたんだけどさ……相手の事をもう少し知りたいから、ついていこうかなって……』
 鼻歌でも歌いそうな口調でリーチはそう言った。
『殺さない程度に痛めつけられるよ……ね、きっと痛いよ。それに盲腸だってまだ取ってないんだよ……』
 トシは心配そうに言った。
『分かってるって……痛みは俺が引き受けるんだからいいだろ。俺、とにかく相手を見ないと納得出来ないんだよ!』
 腹の虫が収まらないのだ。
『……知らないよ……僕……』
 今度は呆れた風にトシは言った。
「隠岐!」
 篠原の声が後ろから聞こえたが、リーチは返事をしなかった。



「レイラ……済まないな時間を取らせて」
 ケインは咳払いをしてそう言った。
「いいわよ。おじさまどうしたの?」
 レイラはケインの年のそれほど離れていない姪っ子だった。兄の子供なのだが、兄とはケインは十五歳も離れているのだ。その兄は十六の時に結婚し、すぐ子供を作ってしまったのだから、レイラと年齢が近いのだ。
 そのレイラはこの研究所で電話の交換手として働いていた。
「頼む……おじさまはよしてくれ……」
 苦笑してケインはそう言ったが、レイラは笑うだけであった。
「それで……何?話って……」
 所員食堂で向かい合わせに座ったレイラが嬉しそうにそう言った。今は食事時ではなかった為、都合の良いことに周囲には誰もいない。
「実はな……」
 ケインは名執の繋がらない電話の話をした。するとレイラは驚いた顔をして言った。
「え、隠岐という人は悪い人ではないの?」
「は?」
「プロフェッサーが、隠岐という名の日本人は名執先生にストーカーしてるって言うから電話を繋がなかったのよ」
 ケインは驚いてレイラを見た。
「ストーカーだと?」
「ええ、なんかとっても危険な人だから繋がないようにって……それに名執先生がかけても繋げるなって言われているのよ。違うの?」
 どうしてそんなことをランドルフが指示したのかケインには分からなかった。
「違うぞ。隠岐さんは私も良く知っているが、そんな人物ではない。雪久の一番仲の良い友人なんだ」
「ええっ……嘘ぉ……」
 絶句したレイラがそこにいた。その様子から嘘をついているようには見えなかった。
「どうしてプロフェッサーがそんなことを……」
 おろおろとレイラは言った。
「分からないな……いや……」
 ランドルフは、二人がつき合っていることを知っているのだろうか?だから邪魔をして名執をこちらに引き留めたいと考えているのだろうか?いや、いくら何でもランドルフがそんなことをする等、ケインには思えなかった。いや、思いたくなかった。
「いや……って何か知っているの?」
 レイラは怪訝な顔でそう言った。
「あっ、違う……やはり分からないな……。ただ、今度からは電話を繋いでやってくれ……お互い連絡が取れないと言い合って喧嘩になりそうなんだ」
 小さく笑いながらケインは言った。
「そ、そうなの……ごめんなさい……名執先生に謝って置いてね……。もう、プロフェッサーどういうつもりなのかしら……今度お伺いたててみるわ」
 腹立ちながらレイラはそう言った。だがそれをされると困るのだ。まだこの間名執から聞いた殺し屋の件もはっきりしていない。この状況で、何も知らない人間がフラフラとあちこちで、話して回られると困るのだ。
「いや、それはしなくていい……」
「おじさま……?」
「たぶんプロフェッサーの誤解だろうから、言って気まずい思いをさせたくない。ほら、プロフェッサーは意外に小さな事を気にするタイプだからな。お前達が分かってくれたらそれで良いんだ。他の二人にも伝えておいてくれ」
 交換手はあと二人居るのだ。
「そうね。分かった。プロフェッサーには内緒にしておくわ。でもどうしてそんな個人的なことにプロフェッサーが関わってきたのかしら……。それとも誰かに聞かされたのかな?おじさま心当たりある?」
 何も知らないレイラはそう聞いてきた。
「いや。無い。無いが、他の病院からわざわざ来てもらった所為で神経質になっているのかもしれないな。嫌な思いはさせられないとか……な」
 理由は多分違うのだろうが、そうでも言っておかないとレイラが納得しないだろう。下手にプロフェッサーに聞かれても困るからだ。
「うーん……そうかもしれないね。腕の良い先生だって聞いているし……。名執先生が自分の病院に帰ったときに研究所の良い噂を流してもらいたいとか……。色々あるのかな……きっと」
 視線を彷徨わせてレイラはそう言った。
「そうだろう。その噂を聞いて日本の企業が出資しても良いと言って来るかもしれないからな……」
 苦笑混じりにケインはそう言った。そんな風にはケインは考えなかったからだ。
「そうね」 
 疑わない笑顔でレイラはそう言った。
「ああ、済まない。私はこれからオペなんだが……いいか?」
 オペなど無いのだがケインはそう言って席を立った。
「ええー……もういっちゃうの?ねね、今度ご飯食べに連れて行ってよ」
 ケインの腕を掴んでレイラは甘えた声を出した。
「手が空いたらな」
 掴まれた手をやんわり外すとケインは言った。
「いつもそれで終わりなんだもの……もう……」
「悪いな……」
 片手をふりながらケインは所員食堂を後にし、名執の自室へと向かった。そうして扉の前でノックをする。
「雪久。いるのか?」
「どうぞ……開いてます」
 名執がそう言うとケインは扉を開けて中に入った。
前頁タイトル次頁

↑ PAGE TOP