Angel Sugar

「監禁愛4」 第12章

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「それで……レオナードは……一体どうした?」
 グランマイヤーは心配げな顔でそう聞いてきた。
「友人に頼んで、あるところで少しダイエットしてもらっています。まあ……大したことはないですよ。私の恋人に比べたら少しスレンダーになったくらいでしょうか?」
 クスリと笑ってリーチは言った。
「……そうか……」
 安堵した表情でグランマイヤーはやや視線を落とした。
「今後一切……私の恋人にも……私自身にも構わないで下さいね。それは貴方の部下に対してもきちんと教育していただけるとありがたいです。私、これでも切れるとちょっと自分でも制御できないんですよ……」
 リーチは笑みを浮かべながらそう言ったが、グランマイヤーの方は笑ってはいなかった。ただじっとリーチの顔を見て、頷いただけであった。
「じゃあ……夜遅く済みませんでした。どうぞゆっくり休んで下さいね」
 最後にそう言うと、リーチはもうグランマイヤーの方を見ずにその部屋から出た。すると、廊下に腕組みをしたケインが立っていた。
「あまり病人を興奮させないで欲しいですね……」
 意味ありげにそう言ったことで、リーチはとりあえず笑みを返した。
「ちょっと遅い時間でしたね……申し訳ないです……」
「……それより……隠岐さんは結構言う人なんだと知りましたよ……」
 ケインは苦笑した顔を見せた。
「え、はぁ……」
 ケインが何処まで知っているか分からないリーチはあやふやに返事を返した。
「ほとんど……聞いていました……知っていましたか?あの病室には盗聴器が仕掛けられていたこと……」
「え……」
「私ではありませんよ。レオナードさんの部屋を調べているとき偶然受信機を見つけましてね……それで知ったわけです……」
 仕方なしにリーチは頭をかいて見せた。
「雪久はそんな貴方を知っているのですか?」
「ええ、口が悪いといつも言われていますよ……。さすがに刑事としては使えない言葉ですが……時々切れるとああなるんです。まだまだ未熟で……」
 とでも言うしかないだろうとリーチは思った。
「それにしては板についていましたね」
 ケインはふうんと鼻を鳴らした。
「いや……そうですか?参りました……」
「で、レオナードさんを拘束しているのですか?」
 怪訝な顔でケインはそう言った。
「あ、はぁ……そうです。友人にも協力して貰いまして……」
「そうですか……。詳しくは私も聞きません。多少、レオナードさんが苦しんだ所で、いい気味だとしか思いませんから……。それに、まあ、貴方のことだから無茶はされていないと思うことにしましょう。それより隠岐さんは早く雪久の所に戻ってあげて下さい……」
 レオナードのことには興味が無いという風に言うと、ケインはその場から立ち去ろうとした。そんなケインにリーチは声をかけた。
「レオナードさんのこと……話さなくても宜しいのですか?」
「聞いたところで……私の中では終わったことです。それに井戸端会議の趣味はない。ああ、どうせ同じ方向に帰るんですから、一緒に行きますか?」
 そこでケインはようやく笑みを浮かべた。
 
 戻ってくると、名執の自室の扉が開かれていた。リーチは不審に思いながらチラリと部屋を覗くと名執の姿が無かった。
「ケインさんっ!彼がいないっ!」
 部屋に入ろうとしていたケインにリーチはそう叫んだ。
「え……?」
「手分けして……探した方が良いかもしれない……」
 リーチには妙な不安があったのだ。あの身体で移動できるとは思わなかったのもある。
「洗面所に行ったのでは?」
 ケインは多分そうだろうという風に言ったが、続けて、
「いや……あの身体では無理だな……」
 と、言い、急に顔色を変えた。
「行くとしたら……何処に行くと思われますか?」
 ケインに駆け寄りリーチはそう聞いた。何よりこの建物内のことをリーチはまだ来たばかりで把握していないのだ。
「……そ、そうですね……とりあえずプロフェッサーとレイに聞いてみます……」
 慌てて自分の部屋に入ると、ケインは内線の受話器を上げた。
「レイ……済まない。寝ていたのを起こして悪いんだが……そっちに雪久が行ってないか?……ああ、そうか……行ってないか……。そうだ、悪いが雪久が行きそうな所を見に行ってくれないか?部屋から出たまま行方不明なんだ……ああ、だから……頼んだよ……」
 言って一旦通話を終えると、今度はプロフェッサーの所に連絡をし、やはり名執はそちらにも行っていないことを確認した。
「駄目ですね……何処にもいないようだ……」
 ケインは申し訳なさそうにこちらを向いた。
「この建物には監視カメラのようなものは設置されていないのですか?」
 あるはずだった。このフロアには見当たらないのだが、グランマイヤーのフロアや入り口周辺に監視カメラが設置されている事にリーチは気が付いていたのだ。
 ただグランマイヤーの部屋に盗聴器があることまでは分からなかった。
「ああっ!そうですね。それがあった。警備室に行きましょう……案内しますよ」
 ケインは思い出したようにそう言い、廊下に出ると走り出した。リーチはそれを追いかける。
 エレベーターホールまで来ると、リーチとケインはそれに乗り込み警備室に向かった。
 警備員室は一階にあり、そこにはいると太った警備員が一人、壁一面あるモニターの前で眠っていた。
「ゲイリー寝てる場合じゃないっ!おい、起きてくれ……」
 ケインがゲイリーを起こしている間にリーチはモニターを隅から隅までチェックした。すると、中庭に名執とレオナードの姿を見つけた。
 あの男……
 そろそろ逃げ出してくると思ったが……
 リーチは小さく舌打ちし、すぐ警備員室から走り出た。背後からケインが何か叫んでいたがそんな声に足を止めることはなかった。

「……はっ……あ」
 何度も噴水の手前にある水路に顔を浸けられ名執は咳き込みながら顔を上げた。頬を伝う水滴が上半身のパジャマを濡らし、痩せた身体に冷えた布が張り付いた。
「死ねばいい……」
 レオナードは何の感情もこもらない声でそう言い、再度名執の頭を水路に押しつけた。
 死んでもいい……
 名執はそんなことを考えていた。
 自分から死を望んだとすると、またリーチに呆れられるだろう。リーチは名執がそういう考えにとりつかれているのを好まなかったのだ。
 私は……
 殺されるんだから……
 それでいい……
 どうせ……
 誰も私が死んだからと言って悲しまない……
 リーチだって……
 そう……
 嘘ばっかり……
 みんな……
 私を騙して……
 リーチが求めてくれないのに……
 どうして生きていて楽しいのだろう……
 それに誰も気が付いてくれない……
 そう……
 リーチだって……
 鼻と口から水が入ってきた名執は、つんと突き抜けるような頭の痛みを感じた。意識が朦朧となり、だんだん何かを考えることが出来なくなってくる。
 すると、水中にあった頭が上に持ち上げられそのまま草むらに身体が転がされた。
 ぼんやりする意識の向こうから、リーチの声が聞こえたが、それを名執は幻聴だと思うことにした。なにより身体を起こせないのだ。頬にあたるちくちくとした草の感触だけが、名執の意識を現実に引き留めていた。
「……っ……あ……がっ……」
 何かを殴っているような音が名執の耳に入ってきた。それとともにレオナードの呻きのようなものが聞こえた。
 なに……
 なにがあった?
 目を開けて様子を窺おうとするのだが、瞳に水滴が入り込んでおり、視界がぼやけてはっきりと見えないのだ。
 なんだろう……
 誰かが喧嘩でもしているような感じがする……
 ドスッという音が何度も聞こえるために、名執はそんな風に思ったのだ。
「隠岐さんっ……そこまでにして下さいっ!殺す気ですか?」
 ケインの声がはっきりと名執には聞こえた。そして次にリーチの声が聞こえる。
「死んでもいいんじゃないですか?どうせ屑みたいな男だ……」
 その声は利一の時のリーチの口調だった。だが怒りを抑えたような声であることに名執は気が付いていた。
「隠岐さん……お願いですから止めて下さい……」
 震えるような声はレイのものだった。
 レイがいる……
 リーチとここに来たのだろうか?
 今まで一緒にいた?
 ……
 嫌だ……
 動くこともままならない自分が情けなくて仕方ない。目を開けて二人を見るときっと仲むつまじい姿で立っているのだろう。
 名執はそんなものを見たくはなかった為、しっかりと目を閉じた。
「貴様がっ……私をっ……げほっ……」
 レオナードの悲鳴のような声が響いた。
「だから?大切な人をこんな風にしてしまったことでも、私は貴方を殺してやりたいほどの怒りをこれでも持っているんですよ……。分かりますか?貴方の死体をあの哀れなお爺さんの前に晒してやってもいい……。でも……ここは人が多すぎる……。死体にしてやれないことが残念ですよ……」
 あっさりとリーチがそう言い放つとケインがまた何かを言ったが、それは聞こえなかった。
「それ程心配ならこの男を連れて行け。目障りだ……」
 今度はいつもリーチの口調であった。
 人の気配がいくつかあったが、暫くすると辺りは静寂に包まれた。
 置いて行かれたのだろうか……と、名執が思うと草を踏みつける足音が近づいてきた。
「ユキ……大丈夫か?」
 心配そうな声をかけられ、それがリーチの声だと分かると、名執は閉じていた目をそっと開けた。
「……こないで……」
 自分を見つめているリーチを確認し、名執は小さな声でそう言った。
「お前……びしょぬれだ……」
 苦笑したような声でリーチは言い、名執を抱え上げた。
「いや……っ……」
 動くだけの力で名執は両手を振り回し、リーチから逃れようと必死になった。そんな名執にリーチが不思議そうな顔を向けてきた。
「何、言ってるんだよ……お前……」 
「……嘘だったくせに……みんな……。リーチはレイの所に行っていたんでしょう……。側にいてくれるって言ったのに……。こっそり抜け出すなんて……。レイの所に……行って……。どうせ……もう……私なんて……ここで死んでも良かったのに……私のこともう愛してなんかいないくせに……も……嫌……こんなの……嫌……死ぬの……私……ここで……」
 涙を落としながら名執は必死にそう言った。
「死ぬ死ぬ言うな」
 きつい口調が名執を余計に傷つけた。
「……私……私……こんな……ひどい顔して……こんな……ひどい身体になって……リーチが……も……私のことなんか嫌いになっても仕方ないのかもしれないって……もう……自分でそれが分かったから……はっきり言って下さい……。私の事なんて……本当は……もう……何とも思ってないんでしょう?嫌いになったんでしょう?」
 するとリーチは名執に怒りの表情を向けた。
「お前は……俺の何を見てる?俺の顔か?俺の身体か?本当のものじゃないのに、お前はそんな表面を見て俺が好きだって言うのか?ふざけんなよ。俺の顔はこんな顔じゃない。もっと背だって高いはずだ。だけどな、俺はこの利一って入れ物に入ってる。それをお前は知ってるな。それなのに、ユキは俺の顔や身体を見て好きだっていうのか?」
 じっと見つめられ、名執は視線を逸らそうとしたが、リーチによって引き戻された。
「おい、よく見ろ。お前は俺の何を見てる?」
「リーチ……」
「俺はお前の心を見てる……お前の……中身を見てる……。多少痩せたからと言ってそれがどうして、嫌いに繋がるんだ?そうだろう?ああそうだよ。お前は痩せて、本当に見た目は酷い。でも俺はそんなものを見てお前を好きだの愛しているだの言った覚えはない。だろう?なのにどうしてユキは自分の姿を見てそんな風に不安になるんだ?俺はそれが分からないよ……。それともお前が俺の顔を見て好きだの愛してるだの言ってるのだとすると、俺は……どうしたらいい?」
 怒りに満ちていた瞳が、今度寂しげな色合いを帯びた。
「……リーチ……私……貴方の顔を見て好きだなんて……一度だって思ったことなんかない……」
 慌てて名執はそう言った。
「じゃあなんで、お前、自分の姿を見て嫌われるとか考えるんだよ……。お前が言うって事は、お前自身がそう思っているって事だろう……?」
「違う……違うの……ご免なさい……私……恐くて……自分の姿が……あんまり酷かったから……不安になって……。側にいてくれるって言った貴方がいなくなってしまったから……きっとそうなんだって……ご免なさい……」
 リーチの首に手を伸ばし、名執はしがみついてそう言った。そんな名執の頭を何度もリーチは撫でた。
「俺が悪かったんだな……一人にして悪かったよ……ちゃんと説明するから……さ。最初に言っておけば良かったんだ……うん……俺が悪いんだ……」
 囁くような声が名執の耳に入り、冷えていた心が温かいもので満ちるのが分かった。
「それよりお前……着替えた方がいいよ……余計に身体に触る……」
 そう言ったリーチに名執は何度も頷いた。

 自室に戻ってくると名執はリーチにタオルで濡れた頭を何度も拭かれ、次にパジャマを脱がされた。自分の惨めな身体を見られたくなかった名執は、両手で身体を抱きしめ、リーチから少しでも見えないようにした。
「隠すな……」
 新しいパジャマを持ったリーチがそう言って、下着だけの姿で座り込んでいる名執の側に腰をかけた。
「……でも……」
 自分の脚や手をはっきりと目で確認した名執は、本当にこんな姿を見られたくなかったのだ。
「ほら……身体をもう少しちゃんと拭いて……。風邪引くだろう……」
 バスタオルで身体も拭かれ、名執は小さく震えた。
「……やっぱり……見られたくない……」
 ギュッと目を閉じて名執は言った。だがリーチはそんな名執の声を聞こえない振りをしている。
「リーチ……嫌……」
 閉じた瞳の睫が涙で濡れ、そのまま頬を伝うと、唇が触れるのが感じた。
「どうして……?ユキは綺麗なのに……」
 言いながらリーチは名執の肩にあたらしいパジャマの上着を掛けた。柔らかい布地が背に触れると名執は何故か涙が止まらなくなった。
「……」 
「まだ手足冷えているなあ……」
 やんわりと解かれた手をリーチは自分の手で暖めるように包み込み、笑っていた。
「……リーチ……恐い……」
 名執は本音を漏らした。それはいくらリーチが、すべてが嘘だった、お前が好きだ、愛していると言ってくれた今でも名執が心で感じているものであった。
「恐い……?」
「たまらないんです……。恐い……。何が……って上手く言えない……。だけど……貴方が側にいるのに、恐くて……貴方が消えてしまいそうで……。恐い……恐いんです……」
 そこで目を開け、名執はリーチをじっと見つめてそう言った。
「……ユキ……駄目だ。出来ないって言っただろう……」
 笑いの一欠片もない表情でリーチは言い、手のひらで温めていた手を、パジャマの袖に通した。
「……私……私……」
「駄目」
 名執の方を見ずにリーチはパジャマの前ボタンを留める。その手を名執は掴んだ。
「リーチ……」
「……もうっ……お前、俺を煽るなって……」
 キッと睨むような瞳で名執の方をリーチは見たがその瞳には、怒っている感じはなかった。どちらかというと呆れていた。
「……だって……」
 暫くにらみ合ったような状態で沈黙していたが、リーチの方が降参したようであった。
「……仕方ないなあ……。ちょとだけならつき合ってやるよ……」
 笑みを浮かべ、リーチは名執をそっとベットに倒すと、横向きに名執を抱きしめた。
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