Angel Sugar

「監禁愛4」 第14章

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「俺本当に何も持たずに来たからさ、着替えとかいるし……」
 何となく考えながらリーチが言っていることで名執はピンと来た。
「幾浦さんはこちらに出張されているのですね」
 名執にはそうとしか考えられなかった。
「あ、何で分かるんだよ」
 驚いた顔でリーチは言った。
「それで交代しないといけないのでしょう?」
 クスクスと名執が笑うと、リーチは鼻の頭を掻いた。
「うーん、そうなんだよ……お前を連れて帰って貰う代わりに何日かこっちでも譲ることになってる。でも夜は帰して貰うようにちゃんと約束してるから」
「良いのです。幾浦さんもトシさんに会いたいと思っていらっしゃるでしょうし、私ばかりが貴方の身体を独占できません」
 もちろん出来ることなら独占したいが、そういう訳にもいかないのだ。自分の事で今、リーチのことを独占している。言いかえれば利一の身体を独占しているのだ。それを許してくれたトシと幾浦には感謝しなくてはならない。
「事情が事情だと幾浦に説明して、ようやく分かってくれたんだけどな、こっちに来てお前が落ち着いたら数日は渡せと約束させられたんだ……」
 堅い奴だとリーチは小さな声で言った。
「幾浦さんらしいですね……」
 逆に幾浦だから許してくれたのだろうと名執は思った。
「トシしか見えてないだろ、あいつ……。まあ俺が逆の立場だったら切れてただろうけどな。ま、人ごと人ごと……」
 はははと笑ってリーチは言った。
「ですが……トシさんを私の前ではおこさないで下さいね……」
 やや視線を外して名執は言った。
「なんで?あいつも心配してるぜ」
 不思議そうな顔でリーチは言った。
「いえ、こんな姿は誰にも見せたくありません……」
 チラリと自分の身体を見て、やはり自分を知った人間には誰にも見られたくないと考えた。
「そうか……そうだな」
 リーチはそう言って名執のいるベッドに腰をかけると、頬に手を伸ばしてきた。俯き加減の名執の顔を上げようとしているのだろう。
「本当は貴方にも見られたくは無かった……」
 名執はリーチの手に促されるように顔を上げた。
「俺だって見られたくない俺があったぜ。でも見せてやったんだから俺には隠すな」
 ちょっと照れくさい顔でリーチは言ったが、名執は何のことは分からなかった。
「どういう俺です?」
 きょとんとした顔で名執は聞いた。
「俺が崎斗の件で入院したとき……ほら……その……看護婦に下の世話してもらった姿」
 言いにくいのか視線を逸らせてリーチは言った。
「別に病院では見慣れた光景で私は何とも思いませんでしたが……」
 それ程嫌なことだろうかと名執は逆に不思議であった。
「ヤなんだよ、一般の人はみんな嫌だとおもうぜ。だからそういうことだ。ってことだから、俺行くぜ。大人しくしてるんだぞ。あ、なんか欲しいものあったら買ってくるけど……」
 軽く、名執の頬にキスを落とし、リーチはベッドから腰を上げた。
「ドル持ってますか?」
 名執は一番心配なことを聞いた。リーチがここに来てくれたのは良いが、現金を用意できたとは思えないのだ。
「幾浦に出させるに決まってるだろ」
 当たり前のようにリーチは言った。
「そうですか……余り幾浦さんに無理ばかり言わないでくださいね。カードは幾らでも使ってくださって構いませんから……。リーチが欲しいものを買ってきて下さい」
 リーチが買ってきたものなら名執はどんなものでも嬉しいのだ。
「分かった。適当に食い物買ってくるよ。あ、炊事場って借りられるのか?」
 リーチは扉のノブに手をかけながらそう言った。
「え、まぁ……言えば貸してくれると……」
 そんな話は聞いたことはなかったが、とりあえず名執は言った。後でどうにでもなると思ったのだ。
「じゃ、晩飯は俺が飯を作ってやるよ。楽しみにしてろよ」
 笑顔でリーチは出ていった。
 何を買ってきてくれるんだろうかと思いながら、名執はまたベッドに身体を沈めた。するとケインがやってきた。
「隠岐さんは?」
 キョロキョロと周りを見ながらケインは言った。
「買い物があるといって出かけていきました。何か?」
 ゆるゆると身体をもう一度起こし、名執は言った。
「いや、別に……ああ、そのままでいいぞ。無理に身体を起こす必要はない。ところで雪久、隠岐さんは普段はあんなおっとりしていないだろう」
 言って部屋にある小さなパイプ椅子を引いて、名執のベッド脇に置くと、そこに腰をかけた。
「え、どうしてです」
「昨晩、隠岐さんが切れたところを聞いたんだ。その話は聞いたか?」
 チラリと名執の方を見てケインは言った。
「いいえ……昨日の晩……何かあったのですか?」
 リーチは何も言わなかったが、何かあったのだろうか?
 そう言えば、終わっただの、もう大丈夫だと言ったリーチの言葉を名執は思い出した。
 あれはどう言うことだろう……。
「いや、知らなければいい」
 小さく息を吐いてケインは笑った。
「教えて下さい……ケイン、駄目ですか?隠岐さんが口止めしているのですか?」
 名執はケインに向かい、必死にそう聞いた。
「そう言う訳では無いんだが……」
 ケインは思案気な顔でそう言った。
「教えて下さい……お願いします」  
 名執は今度、訴えるように言った。するとケインはまたこちらを見て、仕方ないなという表情になった。
「そうだな……知る権利があるな……」
 ケインはようやく昨晩何があったかを話し出した。
「……そんなことがあったのですか……」
 すべての原因がレオナードであったことには驚いたが、リーチが昨晩なんのために部屋から出たのかを知った名執は、その優しさに又涙が出そうになった。
「雪久?」
 目元を手で押さえた名執にケインは言った。
「済みません。隠岐さんが優しい方だと言うことを改めて知って胸が一杯になりまして……」
 いつもリーチは私を守ってくれる……
 それが分かる度に名執は心の底からリーチに感謝するのだ。
「そうだな……口調は荒かったが、やったことは優しい事だな……。だがな、あの後大変だった。隠岐さんがレオナードに暴力を振るった所為で、緊急手術をするはめになったんだからな……」
 溜息をついてケインは組んでいた足を組み直した。
「緊急手術ですか?」
「ああ……内蔵に出血をしていたよ。あのまま放って置いたら本当に隠岐さんは殺していただろうな……。いつもの隠岐さんしか知らなかったら、あの変わり様は信じられなかったところだが、その前に切れた隠岐さんを知ったせいで、あまり不思議には思わなかった」
 天井の方を向き、ケインは納得したような顔で言った。
「……これは……罪にはならないのですか?大丈夫なのですか?」
 心配そうに名執はケインを見た。
「大事にしたくないとグランマイヤーさんが言った。なにもなかった……お互い。そう言うことにして欲しいと言っていたよ……それが何処まで通るのか私にも分からないがね。とりあえず、レオナードさんの事は心配しなくて良い」
「そうですか……良かった……」
 笑みを見せて名執は言った。
「いつも私たちに見せる隠岐さんを見ていて、お前の相手だということが余りピンと来なかったが、本来の隠岐さんを知ると、お前みたいに精神的に弱い男にはああいうタイプが良いのだろうな……」
「私……弱いですか?」
 それは分かっているが、他の人間からもそう見えるのだろうかと名執は思ったのだ。
「弱いというか……思い詰めると言うかな……」
 ははと笑ってケインは言った。
「……そ……そうですか?」
「ためらい傷もなく、すっぱりお前は切ってたからな。あの時は本当に一瞬どうしようかとうろたえたぞ」
 相変わらず笑いを口元に浮かべてケインは言った。
「済みません……」
 名執には謝ることしかできなかった。
「謝られても困ることだが……。それにしても隠岐さんは本当に強い男だな。あのグランマイヤーさんが隠岐さんのことを話すとき酷く怯えた目をするんだ。そんな表情を私は初めて見た。確かに私もあの隠岐さんが怒ったときの瞳は凝視できないくらい怖いと思ったから、分かるが」
 以前、空港で救い出されたときの事をケインは思い出しているようであった。
「彼はとても強い人です……。だから……隠岐さんに私など必要ないのかもしれないと時折考えます。私など、側にいても足手まといになるのではないかと……。私も強くなりたいと願っていますが……上手くいかずに……何時も迷惑をかけていますし……」
 そのことがいつも名執を苦しめているのだ。自分はリーチにはふさわしくないのではないか……そんな気持ちに囚われては不安になる。
「そう言うことを考えるな。私から見ても隠岐さんはお前を本当に大切にしているのが分かるぞ。迷惑ならさっさとお前を切り離しているだろう。いや、切り離すくらいなら、関係を作るタイプには見えない。愛想はいいが、好き嫌いがはっきりしている様に思える。なんというか、顔には出さないみたいだが……隠岐さんは意外に自分というものをガードしているように見える。だから相手を認めない限りその一線を越えさせ無いのではないか?あれで人間関係は、かなりクールだと思うが……」
 分かったような顔でケインは名執を見る。だが名執は困ってしまった。
「私には良く分かりませんが……」
 ケインの言う通りであったが、名執は同意しなかった。
「それに周りから精神的に強いと思われている男ほど、他に弱みを見せられない分、お前には見せているのではないか?」
 ふふっと意味ありげにケインは笑った。
「え、いえ、そんなことは……」
 名執は何故か頬が赤くなった。
「ま、そんなことはどうでもいいか」
 こほんと咳払いし、ケインは表情を戻した。
「ケイン、それでグランマイヤーさんは……」
「様態は落ち着いているよ。レオナードさんの方はまだ暫く安静だが、グランマイヤーさんがお前と隠岐さんに話があると言っていたよ……どうする?」
「それは……私には答えようがありません……。隠岐さんがどう言うか……」
 どちらかと言えばもう名執は話などしたくなかったのだ。例え、グランマイヤーが直接的には関係していなかったとしても、やはり心の何処かでは許せないという気持の方が大きいからだ。
「そうだな……。さてここを片づけて私も仕事にもどらないとな……」
 言ってケインは皿を片づけだした。
「ケイン……色々……ありがとうございます……」
 心の底から名執はそう言った。すると、ケインは見せたことのない照れくさい顔を向けた。



「トシ……そんなに買い物してどうするんだ?それも食べ物ばかりじゃないか」
 幾浦はあきれた風にそう言った。
「え、あ、うん。外国食があわないんだ。だから買い出し……って実は雪久さんのも入ってるんだ。いい?」
 トシはそう言って一杯になっているかごを持ち直した。
「トシ、私が持ってやるから……」
 あきれた風に幾浦は言って、トシの手からかごを奪った。
「で、名執には会ったのか?」
「会わせてよって言ったんだけど、リーチが勘弁してやってくれって……今の自分は人に見せられ無いって雪久さんが言ったんだって」
「そうか……」
 視線を遠くに向けて幾浦は言った。
「雪久さん……本気で死ぬつもりだったみたい……」
「あんな奴の事で死のうなんて名執も良く考えられるな」
「それ本気で言ってる?」
 トシはじろっと睨んで幾浦に言った。
「あ、いや、冗談だ。信用するな。本当にそう思うのなら、リーチに協力しないだろう」
 慌てて幾浦が言った。
「ふーん……いいけどね。恭眞とリーチって、そうやってお互いけなし合いながら結構仲がいいの最近分かってきたから……」
 不思議とこの二人は仲が良いのだ。それはトシも分かっている。
「お互い?あいつも私のことをそんな風に言っているのか?」
 自分のことは棚に上げた幾浦が不機嫌そうに言った。
「言ってるよ。でも本気じゃないこと分かっているし……。なんか変な関係だよね……恭眞とリーチって……。けなし合ってるかと思ったらお互い協力してたり……」
「……私とリーチのことなどどうでも良い……買い物はそのくらいにして、こっちの自宅に遊びに来ないか?」
 妙に嬉しそうな顔で幾浦はトシに言った。
「こっちの自宅?そんなのあるの?」
 それは初めて聞いたことだった。
「ああ、最近、月の半分は最近出張だからな。一つ借りてるんだ」
 相変わらず嬉しそうに幾浦は言う。
「ふーん……そう。で、悪いことしてるんじゃないの?」
「トシ……それこそ本気で言っているのなら許さないぞ」
 真剣に怒っている幾浦にトシは「冗談だって」といって笑ってごまかした。幾浦が怒ると宥めるのが大変なのだ。
「分かればいい。で、来てみるか?」
「うん」
 夕方まで二人で居てもいいとリーチからは言われていたのだ。だからトシはまあいいかと言う気になった。
「そうか」
 そう言って幾浦が満面の笑みを見せたことで、トシはやばいと感じた。
「やっぱりやめとく」
「何故だ?」
「夜には帰らなきゃならないし……」
 それがリーチとの約束だった。しかし、ここしばらく幾浦とこんな風に合わなかったことで、二人きりになるとどうなるか自分でも分からないのだ。
 夕方には交替すると言った約束を破りかねない自分をトシは自覚していたのだ。
「別に夜を拘束するとは言っていないぞ」
「そう言う訳じゃないんだけど……」
 俯き加減にトシは幾浦を見るが、やはり機嫌がまた傾いてきた様子であった。
「買い物の代金は誰が払ったんだ?」
「分かった。レシート持ってるから後で全部精算して返すよ。それでいいよね」
 腹がたったトシはそう言って歩き出した。
「別に金を払えと言ったわけではない」
「言ってるよ」
「トシ……」
 やや困ったような幾浦の声だ。
「別に恭眞の家に行くのが嫌な訳じゃないんだ……そこで流されるかもしれない自分が怖いから行かない」
「……」
「ほら、黙り込んだ。恭眞の目的はそれだろ?」
「そんな言い方はないだろう。だが正直言ってそうだ」
 何故か幾浦は開き直っていた。
「……今の状況考えてよ」
「それとこれとは違うだろう」
 あくまで食い下がる幾浦であった。
「違うけど……駄目ったら駄目」
 駄目と言い聞かせながらトシは期待している自分も自覚していた。だからなし崩しになるのが怖かったのだ。今は夜、名執から目を離せないとリーチは言っていたのだ。こういう時にリーチと交わした約束を破ることは出来なかった。なにより問題はまだリーチが起きていることだ。色々買い物をするに当たって、アレが欲しいだの、これを買えだの、うしろから煩く騒いでいたのだ。
 現在リーチは不思議と沈黙を守っている。だが、きっとこの状況をニヤニヤと聞いているに違いないのだ。
 悪趣味だからなあ……
 さっさと寝てくれたらいいのに……
 寝てよと言っても今は全く無視をされているのだ。
「何もしないと誓う」
 何も知らない幾浦は必死にそう食い下がっている。
「嘘ばっかり」
 心の中で溜息をつきながらトシは言った。
「私は信用がないのだな」
「してるよ。本当にしてるよ。気分悪くしたらごめんなさい……そうじゃなくて……」
「なくて……なんだ?」
「だから……その……リーチが起きてバックで聞いてるの」
 そうトシが言うと幾浦は目を思い切り開けて驚いた顔を向けた。
「そうか」
「そうなの」
「おい、リーチっ!協定違反だろうがっ!さっさと寝ろ!」
 と、幾浦はトシに向かってそう言っていた。
「……恭眞……止めた方がいいよ。リーチは恭眞のこと無視してるから……」
「どうしてあいつは私に意地悪ばかりするんだっ!」
 イライラと幾浦は言った。
「……楽しいみたい……」
 ぼそりとトシが言うと、益々幾浦は怒りだした。
「何が楽しいんだっ!私がどれだけあいつの我が儘を聞いてやったのか分かってないぞ!感謝するのが本当だろうっ!」
『なあ……トシ、このまま放って置いたら、こいつ泣いちゃうかもしれないな~』
 急にリーチはそう言って笑い出した。
『笑い事じゃないって……んも~さっさと寝てよ。あ、その……夕方まで時間貰ってもいいかな?』
 トシはやはり幾浦とゆっくり二人の時間を楽しみたかったのだ。
『……まあ……色々買って貰ったし……夕方までだからな。お休みトシ。幾浦にありがとうって言って置いてくれよ』
 リーチはそれだけを言ってスリープをした。
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