「君がいるから途方に暮れる」 第2章
「え、三崎さん?」
「お前は……俺を馬鹿にしただろ」
「馬鹿に?何のことですか?」
「プログラムチェック……」
「ああ、……別に誰だってあることですから気にするほどのことでは……」
「そりゃあなあ、お前は良くできるよ。おまえんとこの部長だってべた褒めだからな。だがその態度が気にくわねえ」
祐馬は馬乗りになったまま動かなかった。
何がそれほど気に入らないのか、戸浪には全く分からない。
「……態度がといわれても……」
「人を馬鹿にしたような目つきだ。その目で、冷たく見下ろされたらこっちはへこんじまうだろ!」
「悪かったな……。こんな目だ」
そんな風に言われるのが戸浪は嫌だった。
自分でも分かっていることだ。
だが、それは見えるだけで実際は、人を見下すこともなければ、逆に気になることもない。生まれて今まで持ってきた瞳に対して文句を言われる筋合いなどないはずだ。
本気で腹が立った戸浪は、勢いだけで祐馬を睨み付けた。しかし当の本人は口元を歪めるように笑っただけだった。
「眼鏡がなきゃ、結構可愛い顔だと思うぜ。細いフレームの眼鏡がお前の目つきをきつくさせてるんだって」
言いながら祐馬は戸浪のメガネをつまみ、そっと顔から外す。
「……」
「綺麗な顔だ……」
そう言って祐馬の手はシャツのボタンを弾く。その行動の意味が戸浪には分からない。
「なっ……なにを……」
「なあ、信じるか?」
胸元をはだけられ、戸浪は身体が強ばった。ここまで来ても戸浪には自分に何が起こっているのか理解できないのだ。
「……な……」
「抱いていいか?」
「嘘だろう……」
「本気に決まってるだろ……」
細められた祐馬の瞳は真剣そのものだった。
思わず戸浪は祐馬を押しのけ逃げようとしたが、酔っている身体が言うことを利かない。そう言えばやたら酒を勧めてきたのはこの男だった。
「あんた空手やってたらしいからな……下手に殴られたらえれー目に合わされるだろう?だから飲ませたんだ」
最初から計画的だったのか?
とはいえ、自分が男であるという事実に、祐馬の言うことがどうしても信じられない。それでも胸元を這う手は現実だ。
「……じょ……冗談は……」
「冗談でこんな事が出来るか?ははっ」
「……こんな……馬鹿なことは……」
「馬鹿なことじゃねえよ……。俺が可愛がってやるって言ってるんだ……」
そう言って祐馬は胸元を這わせていた手を、今度はベルトにかける。ようやく冗談ではないと理解した戸浪はその手を掴んでねじりあげた。
「何を考えているんだっ!」
「あいててててっ!うるせえんだよ……黙ってろっ!」
「……っあ!」
祐馬は膝で、戸浪の股下にある敏感な部分を擦り、グイッと力を入れて押しつぶすような圧力を掛けてきた。
突然の痛みに、戸浪は身体が反り返る。当然、祐馬を掴んでいた手も外れ、上がった声を押し止めるように口元を押さえていた。
「逆らうなよ……」
そう言って祐馬は戸浪のベルトを引き抜き、一気にズボンを脱がすと、薄い布地の上から先程まで膝で押しつぶしていたものを、手のひらで今度は撫で上げる。
「……っ……く」
「俺は本気だって言ってるだろ?」
「……あっ……やめ……ろ……」
熱のこもった手が何度も行き来する。その手の動きに、理性では制御できない部分が応え始めるのを戸浪は止めることが出来なかった。
いや、問題は心の奥でこの快感を心地よく思っていることだろうか。
本能は明らかに祐馬の手を歓迎し、もっと与えてもらおうと頭をもたげてアピールしている。そんな己の醜い本能が、吐き気がするほど戸浪は許せないことだった。
「……戸浪……」
食いしばる口元に重ねられた唇は、無理矢理舌を口内に突き入れてくると、麻痺したように痙攣している戸浪の舌に絡まって吸い付いてきた。
口内は簡単に祐馬舌で犯される。
すると未だかつて味わったことのない感覚が身体を支配し、抵抗する気を失わせていく身体は素直に感じているのだろう。
「んっ……ん……う……」
翻弄される舌はなすがままだ。しかも同時に擦りあげられる己のモノが益々硬くなっていくのが分かる。両足をばたつかせようとしたところで、祐馬の足ががっちり絡まっているためにそれが出来ずにいた。
「冷えた目が快感で潤んでるぜ……嫌じゃないんだろう?」
口元を離し、祐馬はそう言って笑う。
「……や……めろっ!一体何を考えているんだっ!」
「セックスしたいと考えてるんだよ。いい加減分かれよ」
この状態で問いかける方が間違っていたのだろう。戸浪もそんなことは分かっていた。
祐馬は自分を無理矢理犯そうとしている。
分からないのは、相手に戸浪を選んだことだった。
「……何故私だ?」
「……」
目を見開いて次に聞いたことに、祐馬は苦笑するだけで、また自分の行為に没頭し始めた。
「……ひっ……!」
下着を剥ぎ取られ、内股を唾液で染めるように祐馬は愛撫してくる。
脳を直撃する、現実の快感があまりにも刺激が強すぎて身体は抵抗する事をやめ、祐馬の愛撫に応え始めていた。
小刻みに震える体に、体温を上げながら体積を増すモノに抵抗するなと言っても無駄なのだろう。
理性では何とかしたいのだが、身体は快感という刺激に飢えていた。
「はあっ……あっ……」
息を大きく吸い込み、戸浪は混乱している思考を整理しようとしたが、無駄なことであった。逃げ出そうという気が失せていた。
このまま最後までいっても良いと感じている。
愛している訳でもない。
そのうえ恋人でもない男に無理矢理身体を開かされているにもかかわらず。
「……戸浪……なあ、俺をどう思う?」
分からない。
問われても答える言葉がない。
「もう、なんも考えられないってか?」
くくっと小さく笑い、祐馬は戸浪のまだ誰にも触れさせたことが無い部分に指を向かわせ、無理矢理閉じている部分を開こうとした。
「あっ……」
気持ちの悪い感触が身体を覆い、虚ろな瞳に生気が戻った。
「そんなところに……指を入れようとするなっ!」
「ここに俺の息子を入れるんだよ。まあ、なんとかなるだろ」
そう言って、何度も指を蠢かせて閉じている蕾を開こうとしている。弛むことのない箇所は指の愛撫で、少しずつ強張りを解いていく。
「……私は……嫌だっ!」
「もう止まらない。中に入りたくて仕方ないんだ……悪いな」
謝れば、何をしても許されるのか?
そんな理不尽なことはない。
「嫌だと言ってるっ!あっ!」
必死に組み敷かれている身体を動かそうとすると、祐馬は戸浪の身体を俯きにさせると、人に見せることのない部分をよく見ようと戸浪の両足を抱え込んだ。
「嫌だ……やめろ……っ……」
そこに来てようやく涙が零れた。
「硬そうだけどな、俺が優しくほぐしてやるよ……」
こんな事をして何が優しいのか分からないが、祐馬は楽しそうだった。
「あっ……やめてくれ……っ……頼む……お願いだ……っ!」
窄んだ部分を舌と指で押し広げられ、グチャグチャとかき回す行為に戸浪はパニックになっていた。耳に入ってくるのはビチャビチャと舐めている舌の音と、自分の荒くなった呼吸音だ。
一気にかけ上げる羞恥心で頭を一杯にしながら、戸浪は叫ぶ。
「三崎!」
「中は赤く熟したトマトみたいだな。もう我慢できねえ……」
言いながら祐馬は自分のモノをずいっと蕾に沈ませた。すると身体を鋭い痛みが走り、同時に鈍い重みが腰元から感じられ、急に息が出来なくなった。
「あっ……やめ……うっ……」
ボロボロ涙がこぼれ落ちて、戸浪は頭のなかが真っ白になっていた。引き絞った唇が切れて口の中に血の味を感じる。
「最初はゆっくり慣らすのが一番だな……」
祐馬は言葉通りに腰をゆっくり動かしている。だがその度に戸浪の身体には鈍痛と快感が交互に走り、頬を何度も床に擦りつけた。
「あっ……はあっ……はあっ……あああ……い……た……いっ……」
「慣れるさ……」
戸浪の慣れない場所を穿ちながら、祐馬は背後から覆い被さって散々舐めた胸の突起を指先で潰しては揉み上げる。
「……っあああっ……」
爪を立てて床を何度も引っ掻いた為に、小さな傷が沢山表面に出来て廊下の蛍光灯に白い筋を浮き上がらせていた。
「……っ!」
祐馬の切っ先が、奥を突くと内部がギュッと縮まって、身体までも丸くなりそうな快感が脳を直撃する。こうなると、あとはただ、己の欲望と共に全てを解放してほしいと願うばかりで、抵抗する気などもう失せていた。
「うっ……あっ……あっ……」
「その快感に酔ってるお前の顔も可愛いぞ……」
遠くから聞こえる祐馬の声は何故か優しく周囲に響いた。
それからというものの祐馬は週末にはやってきては、戸浪とベッドを共にする関係になった。一度、行為の虚しさから戸浪は抵抗し続けたことがあったのだが、滅茶苦茶に身体を苛められて後悔する羽目になった。
それ以来、戸浪は抵抗するのをやめたのだ。
何をしても最後には自分に返ってくる。
身にしみて感じたことだった。
もしかすると祐馬は自分を好きなのだろうかとフッと考えたことがあったが、祐馬に婚約者が出来たことでそんな気持ちを持ったことすら恥だと戸浪は思うことにした。
互いに割り切って、大人同士の関係を楽しめばいい。
今ではそんな風に割り切っていた。
「さっきから何を考えてる?」
互いに繋がり、快感に酔っていると、いきなり祐馬から問われて戸浪は現実に戻された。
「別に……何も……」
うっすら目を開けて戸浪は言った。
「他に男が出来たのか?それとも女か?どっちでもいい。そいつのことを考えていたのか?」
ぐいっと顎を掴まれて冗談で言っているのではないのに戸浪は気がついた。
「……馬鹿なこと言うな……お前の相手だけで……こっちは手一杯だ……」
祐馬の腰に手を回して戸浪は言う。
「……」
複雑な表情で祐馬は暫くこちらを見て、急に身体を離した。
「おい、途中でやめるな……」
戸浪は身体を起こしてそう言った。
「……お前……最近妙だよな……」
仰向けで転がる祐馬の上に戸浪は自分から乗り、じっと祐馬を見つめた。
「私はお前の方が妙だと思ったよ」
「なにが?」
「ああ、弟の入院中は何も言わなかったし来なかっただろう。お前のことだからそんなのお構いなしかと思ってたよ」
戸浪は薄く笑った。
「……丁度婚約の件で色々忙しかったからな……」
「なるほどそう言うことか……お前らしいよ……それで、あの可愛い彼女とは何時結婚式を挙げるんだ?」
専務の末娘と祐馬は婚約をしていたのだ。この男にははっきり言って勿体ないくらいの魅力ある女性であった。
「気になるのか?」
妙に嬉しそうな顔で祐馬はこちらを見ている。
「そうなると、ようやくお前と切れるだろう?待ち遠しくてね」
半分は本音。
あと半分は……
「俺が結婚したからと言って、切れると思ってるのか?」
「冗談はよせ」
「冗談じゃない」
祐馬は信じられないことに本気だ。
「……それなら、私も限界だ。会社を辞めて実家に帰るよ。今は跡継ぎがいない状態だからな……誰かが戻らなきゃいけない……私が戻るとするよ。それで私たちは終わりだ」
自らは切れない関係を清算するには、この方法しかないのだ。
「戸浪……そんなことをしたらゆるさねえ……」
ぎりっと戸浪の肩を掴んで祐馬は言った。
「私は一生君の玩具にならなければならないのか?それほどの事を私がしたのか?」
戸浪にはため息しか漏れない。
「楽しんでるだろ……お前も……」
「今はね……そう思うことで自分を納得させているんだ。だが、祐馬……君は結婚して幸せになるのに、私は一生君に縛られないといけないのか?」
「……とにかく駄目だっ!」
そう言って祐馬は戸浪の唇に噛みついてきた。当然差し入れられた舌に戸浪も舌を絡ませる。
慣れたものだった。
「ん……」
口元を離さずに祐馬は戸浪の足を抱えてもう一度自分のモノを突き入れる。今度は強く深く突き刺さり、もたらされる心地よい刺激で戸浪は身体をしならせた。
「ああっ……」
何度も突き上げられる鋼のようなモノは最奥に届いて身体の奥から戸浪を酔わせた。
身体はどうしようもないくらい祐馬を必要としている。
祐馬の刺激を。
だが心はそこにはない。
互いに性欲を処理して、愉しんでいるだけだ。
時に虚しく感じるときもある。だが、祐馬には婚約者がいる。
この関係もそろそろ先が見えていた。
「……戸浪……っ……お前の身体は……俺を欲しがってるぞ……こんな身体が……俺無しでやっていけると……思ってるのか?」
荒い息で祐馬はそう言った。
「……お前に……心配……っ……されなくても……なんとか……するっ……あっ……」
「なんとかなんて……ならねえよ……戸浪……無理すんな……俺が可愛がってやるから……ずっとな……」
遠くでそう聞こえて快感の狭間で戸浪は、訳が分からないと思った。だがそんな気持ちもすぐに快感の波に呑み込まれていった。