Angel Sugar

「君がいるから途方に暮れる」 第6章

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「……やあ」
「三崎さんどうしたんですかこんな時間に……」
 大地は瞳が大きく女の子のような顔をしていた。戸浪は背が高いが、大地は背が低く可愛らしい。そしてきめの細かい白い肌は戸浪と同じであった。
 細い猫っ毛ぽい髪がサラサラとしており、思わず頭を撫で回したくなる。そんな気持ちをあわてて抑えて祐馬は言った。
「俺は昼に仕事で食べられなかったからね。こんな時間にお昼なんだけど、大地君は?」
「お昼交代制なんです。今日は俺が一番最後だからこんな時間になってしまって……」
 そう言って大地はニコリと笑う。笑顔が本当に可愛い。
「へえ、警備員って大変なんだね。でも……なんだか似合わないなあ」
「これでも空手の全国大会まで行ったんですけど……誰も信じてくれなくて」
 といって大地は鼻を擦った。
「え、そうなんだ。じゃあ、君たち兄弟みんな空手の有段者なのかい?」
「最後まで父親につき合ったのは俺だけで、兄ちゃん達は途中で止めたんです。特に戸浪にいは小さい頃無理して両膝壊してるから、今じゃあ型くらいしか覚えていないんじゃないかなあ……」 
 大地は思い出すように言った。
「ふうん。戸浪は空手が出来る訳じゃあないんだ」
 今までびくついていたが、一度たりとも殴られた事は無かった。やっていたのは小さい頃だったのだ。
「そうだよ。寒くなる季節になると今だに兄ちゃん足痛いんだって……」
「大変なんだねえ……彼も……。そう言えば昼頃に会社を出ていったみたいだったけど、何かあったのかなあ」
 祐馬は知っていて大地に探りを入れた。
「え、あ。そうなんです。疲労が溜まってるみたいで、友達に頼んで連れて帰って貰ったんです」
「友達?戸浪の?」
「俺の友達です」
 妙に照れくさそうに大地がそう言ったが、そんなことより大地の友達だと知った祐馬ははホッとした。
「兄ちゃんのこと心配ですか?」
 じっと見つめられて祐馬はどう言おうか悩んだ。
「ま、まあね」
 視線の置き所が無く、祐馬はお茶を一口飲んだ。
「兄ちゃん人付き合い苦手だから心配してたけど、良い友達がいて良かったなあ」
 祐馬は思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
「そ、そうかな……」
 本当の事を知ったらきっとこの弟に殺されるだろうと祐馬は思った。
「うん。三崎さん。兄ちゃんのこと宜しくお願いします」
「あ、はは。もちろん……。でも彼はつき合っている人いるのかな?」
「……そんなのは三崎さんの方が良く知ってるんじゃないですか?」
 じっと何かを問いかけるように見つめる瞳に、祐馬は動揺しそうになる。
「いや、そんな話しは聞いたことが無いから……」
「俺も無いです。いないんじゃないかなあ……。兄ちゃんみたいな性格じゃ見合いしか無いかもしれない。だから俺、来週来たときにくっつけたい人がいるんです。俺が入院していたときも良く来てくれた人だから、兄ちゃん全然知らないわけじゃなし」
「あ、確か真喜子さんとか言う……」
 余計なことはしなくていいと、祐馬は口に出しそうになったが当然言えるわけなどない。
「真喜子さんは、すごく綺麗な人で性格も良い人なんです。年齢も多分あうんじゃないかなあ……」
「で、でもほら、戸浪はそう言うの嫌うんじゃないかな……人からどうこう言われるの嫌いなタイプだと……」
 と言ったところで「三崎さん」と女性から声を掛けられた。振り返ると婚約者の真由香が立っていた。
「あ、真由香さん……」
「今お昼?」
「ええ、ちょっと仕事が長引いてしまって」
「あ、じゃあ、俺……」
 大地は立ち上がって鞄に弁当箱を直した。
「大地君。別にいいんだよ」
「いえ、そろそろ俺、戻らないと……」
 ニッコリ笑って大地は小走りに食堂から出ていった。まだ聞きたいことも沢山あるのにと残念に思いながら真由香に席を勧めた。 
「さっきの子……警備員の服装してたけど……」
 オレンジジュースの缶の中身を紙コップに入れて真由香は言った。その手つきも上品だ。
 今風に髪を段カットし、茶色に色を染めている。形の整えられた眉はスッキリと伸び、アイラインが綺麗に引かれた瞳はなかなか色気があった。
「澤村さんの弟だよ。今このビルを担当しているらしい」
「可愛い感じの弟さんね」
「俺もあんな弟が欲しいと思うよってなあ、いつまで偽物させる気だよ……」
「あら、構わないっていってくれたじゃない」
「言いました。言いましたけどね……」
 そう言って祐馬は溜息をついた。真由香と祐馬は幼なじみなのだ。同じ会社に入ったのは偶然だった。
 確かに大きな家に住んでいるのを知っていたが専務の末娘などとは知らなかった。
「もう少しの辛抱じゃない」
 うふふと笑って真由香は言った。
「頼むからそろそろ片づけてくれよ。俺だってなあ、色々あるんだから……」
「迷惑掛けていて申し訳ないと思ってるわよ……」
「俺を隠れ蓑に使うのはいいけどさ、君の親父さんに宜しくなんて言われた日にはかなわねえよ」
 大きな溜息をついて祐馬は言った。
「とうさま祐馬のことはすごく気に入ってるものねえ……むかしっから。私の好きな人は祐馬よりもおおおおっと素晴らしい人なのに……」
 真由香には好きな人がいたのだが父親が反対し、家からも出して貰えなくなったのだ。その男は来月には転勤でアメリカに渡る。真由香はそれについていく準備をするために祐馬を隠れ蓑にしているのだ。
「はいはい」
「もしかして誰かに話した?それとも説明して欲しい人がいるの?」
「……いや。誰にも言ってないよ。それに別に誤解されて困っている相手もいない」
 真由香に戸浪の話は出来ない。
 戸浪にもこの婚約の真相を話せない。
 真相はいずれ分かるからだ。
「……ならいいけど。貴方の大事な人に誤解されると私も困るし……貴方だって困るだろうから……説明して欲しかったらいつでも言ってちょうだいね。でももう少し待って。今が一番こっそり動かないといけない時期だから……」
 祐馬の憂鬱とは対照的に、真由香は幸せそうだ。
「結婚式の日取りとか色々決めるために俺に会うとか言っちゃって、結局恋人に会いに行ってるんだからな……。それを考えるとおやじさんが可哀相だなあ」
「貴方はとうさまのこと知らないから……自分の気に入った相手じゃないと絶対認めないんだから。お姉さまはとうさまの秘書と相思相愛だったから上手くいったけど、とうさまが普通の人は絶対許してくれないの分かってるもの。祐馬だけよ。普通の人でとうさまが気に入ってるのは……」
 本当に普通だと見られているかは別だった。
「何を基準に普通だと言ってるんだか……」
「ほら、祐馬の何処か壊れた性格がお気に入りなんでしょ。変わったタイプがとうさま好きだから」
「……褒め言葉になってねえよ。ていうか、それじゃあ普通じゃないだろう?」
「一見性格悪そうに見えるけど祐馬って結構可愛い性格してるもんね」
「ふん。放っておいてくれ。俺も仕事に戻るわ……」
「そうね。じゃ、もう少しほんと宜しくね」
 軽くウインクを飛ばされて、祐馬は肩を竦めた。
「へいへい」
 トレーを返して祐馬は自分の仕事場に戻ることにした。



 遠くでコトコトと音がするので戸浪は目を覚ました。キッチンに大地が立っていて何か作っている。その横には博貴が立って大地をからかっているようだ。何となく二人に気兼ねして又戸浪は寝たふりをした。耳にだけ二人の仲むつまじい会話が届く。
「やっぱりお粥かなあ……」
「私はお粥嫌だよ……お粥ばっかり食べさせられたからねえ……」
「ばっか、兄ちゃんのだよ。俺とお前はちゃんと白ご飯あるから。中華粥にするかなあ。身体が弱ってるときはあんまり濃いもの食えないし」
「おかず何かなあ……あ、ハンバーグだ」
「ガキかお前。そういや、仕事どうするんだよ」
「ん……まだ決めてないよ。榊さんが戻って来いっていってくれてるけど……貯金だってあるし……ほら、母さんの病院代ほとんどあの男から支払われてただろ。私のは後で全部返ってきたし、私は知らずに、もめたけど今更どうにもならずに、銀行にお金がうなってるからねえ……。細々となら働かなくても死ぬまで食えるよ」
「ばっかやろう。人間は働かなきゃ駄目なんだぞ。まあ、俺お前が良いならホストだってもう一度やったって良いんだぜ。俺との約束さえちゃんと守ってくれるんだったらな。それに金なら俺だって慰謝料とか言って勝手に振り込まれたし……どうしろっていうんだよあの金……」
「それは貰っておくといいって言っただろ。高良田が散々君に酷いことしたんだから……少なすぎるくらいだ」
「でもお前……三千万だぞ……あんなのどうしていいか分からないよ」
「安いね……大地の命の金額なら私はもっとつけるよ……いや、つけられないねえ」
「おい、触るなよ、兄ちゃんが寝てるんだぞ。起きたら何て言うんだよ」
「知ってるんだから良いじゃないか……」
「そう言う問題か?やめろって……」
「愛してるよ……大地……」
 ばきっと音が鳴ったところを見ると大地が博貴を殴ったようだ。
「あのなあ、そんなくそ恥ずかしい台詞をこんな時に言うな!」
「……大地、痛い……」
「全くすぐ病人になりすますんだから……あ、そだ。電話無かった?」
「君の電話は鳴らなかったけど、お兄さんの方の携帯がずっと鳴ってたから仕方なく取ったよ」
 おいおいそれはどういう意味だと戸浪は目を開けた。
「誰からだ?」
 と聞くと二人はびっくりした顔をしてこちらを振り返る。博貴に至っては大地に廻していた腕をパッと離したくらいだ。
「に、兄ちゃん起きてた?」
「今な……で、誰から電話だったんだ?」
「え、あの。三崎さんって会社の人からです。会社の仕事の話しじゃなくて、どうも心配で掛けてこられたようですよ」
 と博貴が言った。
「あ、俺も食堂で三崎さんに聞かれたよ。あの人いい人なんだね。兄ちゃんのこと心配してたよ」
 何も知らない二人はそう言って笑ったが、こちらはぞっとした。大地のうちにいて正解かもしれない。祐馬のことだから、戸浪のマンションの方へ今頃向かっているかもしれないのだ。
「大……もしかしてここの住所を教えたか?」
「え、そんなの教えないよ。なんで?まずいの?」
 ここに来られると困るのだが戸浪はそんなことは一切大地達に言えなかった。
「まずいのはお前達だろう」
「はは……そ、そうだよね」
 大地はそう言って中華粥をスープ皿に入れた。
「他に何か言ってなかったか?」
「別に……なにも……」
 そう言って大地は戸浪の膝の上にお盆を乗せる。
「ならいいんだが……」
「兄ちゃんしっかり食えよ。あんまり身体が辛かったら明日もう一日休んだ方がいいぞ。無理して又倒れたら余計人に迷惑かけちゃうしね」
「そうだな……」
 粥をスプーンですくいながら一口ずつ戸浪は食べた。意外に食欲はあったので、一皿すぐに食べ終わった。
「お代わりする?」
「ああ、しっかり食べないと体力が戻らないからな」
 そう言えば丸一日何も食べていないのだ。腹も空くはずだ。
「あ、も一つ三崎さんと話したよ。そうそう、兄ちゃんが誰かとつき合ってないかって聞かれたんだけど、俺だって知らないもんな。戸浪にいってそんな人いるの?」
「な、何だって?」
「だからさあ、つき合ってる人いるの?」
「そ、そんなことをあいつは聞いてきたのか?」
「うん。別に普通の事だと思うけど……何でびっくりしてるの?」
 何故祐馬はそんなことを大地に聞いたのだろう。その意図が分からずに戸浪は半分パニック状態になった。
「え、あ。いや……いいんだ」
 必死に自分を押さえて戸浪は言った。
「兄ちゃんなんか変だよ……」
「いや、別に何でも無いよ……大、今度三崎が色々聞いてきても余りベラベラしゃべるんじゃないぞ。分かったかい?」
「別にベラベラしゃべった訳じゃあ……」
「大!私の事だ。私のいないところで自分の噂をされたくないだけだ」
 思わず張り上げた声に大地は目を見開いて、次にシュンと頭を垂れた。
「……分かった。ごめん兄ちゃん……」 
「済まない……怒っているんじゃないんだ。ただ……」
 仲良くなって欲しくないのだ。
 考えられないが、もし大地まで巻き込んだらという気持ちが戸浪にあった。なにより祐馬ならやりかねない。
「ううん。俺が悪かったんだ。嫌だよなそういうの。ごめんね兄ちゃん」
「いや……気にするな……」
 食べ終わった戸浪はもう一度布団に潜った。
 大地達は気を使ってくれたのか博貴の部屋へ移動した。
 その方が戸浪も気が休まる。だが何時までもこんな事で悩みたくない。
 そろそろけりを付ける時期だろう。
 色々考えながらも戸浪は又眠りについた。



「兄ちゃん変だと思わない?」
 大地は戸浪の様子にそう言った。
「ん……どうだろう……私は君の兄さんと話した事がほとんど無いからねえ。今日も車の中では眠ってたみたいで話しかけなかったからね、こっちに帰ってからも会話自体無かったから……」
 博貴は大地の額にキスを落としてそう言った。
「なあんか変なんだよなあ……普段はあんなんじゃないぞ。あれはいつもの兄ちゃんじゃない。なんかものすごく苛々してる……」
「体調が悪くて頭が痛いからじゃないのかい?どちらかというと、君のお兄さんはちょっと神経質なところがありそうに見えるしねえ……」
「かもしれないけど……さあ……」
 博貴の腕の中でもそもそ動きながら大地は考え込んだ。
「確かに、三崎って人の名前が出ると顔色が変わることは変わるねえ。実は嫌いだとか」
 博貴はそう言って笑った。
「あ、大良もそう思う?俺も何となくそんな気がしたんだ。戸浪にいが毛嫌いしてるような気がする。だって、三崎さんの名前が出たとたん顔色が変わったんだもん。あれじゃあ俺だって分かるよ」
「……でも大ちゃん……木曜の晩、その三崎さんも誘ったんだろう?」
「だ、だってさあ、一緒にいたから俺、友達だと思ったんだよ。マンションにも来てたし、会社帰りも一緒だったしさ、仲いいんだあって……」
 大地がそう言うと博貴がじいっと大地の顔を見た。
「なんだよ……」
「……今日ね、こっちに帰ってから、お兄さんにパジャマを渡したんだけど……着替えるのに追いだされちゃったんだ。そりゃあねえ、別に男の裸を見たいとは思わないけど……お兄さんそんなに恥ずかしがり屋かい?」
「ううん。そんなの気にしないタイプだよ。あ、きっとほら、俺とお前がつき合ってるのしってるから嫌だったんじゃないか。お前変な目つきで見たんじゃねえだろうな」
 大地はジロッと博貴を睨んだ。
「はあ?あのねえ、男の裸を何で見たいかなあ……そりゃあ……大地なら別だけど……」 キュッと抱きしめられて大地はもう少しで流されそうになった。
「違う……!俺はどうでも良いの。戸浪にいの話だよ」
「うーん……そうだったねえ……」
 くすくす笑って博貴は言った。
「もしかしてさ……」
「なんだい?」
「兄ちゃん脅されてるのかなあ……何か弱み握られてるとかさあ……考えられないけど、三崎って人は随分兄ちゃんに絡んでるみたいだから……」
 そう言うと博貴ははははと笑いだした。
「何だよ。何が可笑しいんだよ」
「別に……何でもないよ」
「あーお前なんか気がついてるんだろう。言えよ」
「いや、何となく思ったことだから……さ」
「何だよ何となく思った事って……」
「三崎さんって私は会ったことが無いんだが、身体ががっしりしていて、こう、眉が太くて……そうそう、健康的に日焼けした肌をしている人じゃないかい?」
「そうそう、え、お前見たのか?」
「いや、君の兄さんを連れ帰ろうとしたときに、じっとこっちを見てたから、誰だろうと思ってねえ……そうか、あれが三崎さんか……」
 と言って又笑い出した。
「だから何なんだよ」
「大ちゃん言ったら怒るんじゃないかなあ……」
「怒らないから教えろよ」
「そのねえ、あれは君の兄さんのこと……脅すとかじゃなくて……ん……恋してる目だねえ。私はすっごい目でその人に睨まれちゃったし……。こっちは訳が分からなくて何だ何なんだ?って思いながらお兄さんを連れ帰ったんだけど……」
「……兄ちゃんのことが好き?つき合ってるのか?」
 大地はびっくりしてそう言った。
「つき合ってたらあんなに毛嫌いしないだろう……。君の兄さんは付きまとわれて嫌なんじゃないかな?ほら、私たちがつき合ったことを知ったときものすごく反対しただろう。男同士がどうのこうのと言うのが根本的に嫌だと私は思うんだけど……どうだろう?」
「……あーそう考えたらそうなのかなあ……だから俺が三崎さんと話すの嫌なのかもしれない。そっかだから三崎さんが俺に兄ちゃんにつき合ってる人がいるかとか聞いてきたんだ。そういうことかあ……」
 だから、戸浪は祐馬と話す大地が気に入らなくて怒ったのかもしれない。
 いやそうなのだ。
 だから苛々している。
「うわっ……それじゃあ俺、三崎さんを誘ったのって最悪のことじゃん」
「……でもそのときは分からなかったんだから仕方ないねえ……」
「……うーん……今更断るって言うのも……でも戸浪にい嫌だと思うし……そんな中で楽しくお酒なんて飲めないよなあ……」
「そうだねえ……」
「中止になったって嘘言おうか?」
「……うーん……先にお兄さんにその事を言ってから、中止になったって言ったほうがいいねえ。でも大ちゃんは嘘を付くのが下手だから……」
「そっか?でも俺の記憶喪失はお前騙されてたじゃん」
「あ、あれはねえー、不覚としか言いようがないよ。冷静になっていたら多分分かっていたと思うんだけど……私も弱ってたしね」
 くすくす笑いながら博貴は言った。
「……先に兄ちゃんに話すよ……でも又怒られそう……」
 それを考えると大地は気が進まない。
「怒られたら私が慰めてあげるよ……」
 博貴の唇がそっと首筋を撫でると大地はぎくっとした。
「駄目だぞ……こればっかりは兄ちゃんが隣にいるんだからぜってーしねえ」
 大地は博貴を押しのけてそう言った。
「大ちゃん……どうしてだい?大丈夫だよ……」
 そう言って博貴が抱き込むので大地はじたばたと手足を振った。
「駄目!やだからな。ぜってーやだぞ。やったら当分俺お前の飯つくらねえからな」
「……むーん……仕方ないねえ……」
 博貴は大地をキュッと抱きしめてそう言った。
「はあもう、お前って状況考えてどうするか全く頭ん中にねえんだから……」
「違うよ。今は特別なんだ。とにかくやれなかった期間の分を取り戻すまではね」
 ニッと笑って博貴は言った。なんだか怖い。
「はは……ははは…お前なあ……」
 大地はただ笑うだけしかできなかった。それは引きつった笑いだった。
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